おぐにあやこの行った見た書いた

野鳥天国にリス乱入

我が家の庭が大変なことになっております。
きっかけは、息子が、「野鳥が来るように、エサを置きたい」 と言い始めたこと。
近所にはウサギやシカがやってくるお家もあるそうですが、我が家の周囲は比較的、木も少ないので、せいぜいリスくらいしか来ません。野鳥なんて来るかしら、と半信半疑でエサを置いてみました。

そしたら、最初にやってきたのは、chickadee という鳥。
大統領選から降りたばかりの共和党候補、ハッカビー氏と呼び名が似てるせいで、我が家では、「チッカビー」 とか 「ハッカディー」 とか、さんざ間違えて呼ばれております。

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我が家で一番人気は、赤い、カーディナルという鳥。
オスは真っ赤、メスはオレンジ色です。
以下、上の写真がオス、下の小さい写真がメスです。

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このほかにも、野鳩やら、ハウスフィンチという野鳥のつがいがやってきたほか、キツツキなんかも遠巻きに木の上から様子をうかがっております。

ところがところが。
野鳥の餌である雑穀やヒマワリの種をこよなく愛する動物たちがいるんですよね。
そう、リスたちです。
最初にこの家に引っ越してきた時、我々家族全員が、この愛くるしいリスたちに夢中になったものです。そうこうするうち、灰色のリスはちっとも珍しくないことがわかり、希少価値のある黒リスのほうに情が移っていったわけですが。
こうして野鳥のサンクチュアリにリスが乱入するとなると、もう、ほとんど害獣みたいなもんです。
リスがやってくるたび、必死で追い払う息子。ぷぷっ。
ほんの数カ月前まで、「リスさん来ないかなあ」 と言ってたくせに〜。

リスは、なんと、鳥の餌置きの中にもぐりlこんで、ヒマワリの種を頬袋にいっぱい詰め込んでいきます。ものすごい勢い!

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黒リスも負けてはいません。

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息子に追い払われ、必死で逃げる灰色リス。

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それでも性懲りもなくまたやってきて、食べながら、時々こんな風に立ち上がり、周囲を恐る恐るうかがう仕草が、私は結構好きだったりします。

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しかし、追い払っても追い払ってもやってくるリスもすごいけど、住民をうんざりさせるほどリスがやってくるこの環境も、すごいよね。
私の日本人のお友達の家では、せっかく植えたチューリップの芽を全部リスに食い荒らされたとか。
まさか、リスを害獣扱いするような暮らしがやってくるとはねえ……、と日本人同士、苦笑したりしております。

巨大ハマグリの潮汁

結局、フィッシュマーケットで買ってきた巨大ハマグリを、潮汁にすることにした。
酒蒸しも考えたけど、6個じゃ寂しい。
パスタにするにも、これまた6個じゃ寂しい。
でも、ハマグリだもの、きっと出汁のうまさには期待が持てるはず。
となると、やっぱ、日本人だもの。
潮汁でしょー。

この微妙で芳醇な味を、コテコテのクラムチャウダーにしちゃうのは、あまりにもったいない、というもの。

私の手の平ほどもある (ちょっと大げさかも……) 巨大ハマグリ6個を洗い、大きな鍋にいれる。
水と日本酒。あとはそれだけ。
熱する。
沸騰した。
が、ハマグリ野郎は、うんともすんとも言わない。
貝のフタはぴたりと閉じたまま。
おいおい、ちょっと、そりゃないだろー。
アサリだったら、今ごろ、ぱかーっと口を開けてるタイミングだぜ。

鍋から湯があふれるほどに沸騰したころ、ようやく1個目のハマグリの口が5ミリほど開き始めた。
あああ、もう、じれったい!

箸で、その口をこじあげる私。
沸騰させすぎて、貝が出しガラになるのも嫌だったので、そのまま開いたハマグリから、お椀に入れていく……と、あれれ。
貝が巨大過ぎて、お椀にはいりませーん。

あわてて、二枚貝の半分をむしり取り、1枚の貝殻だけをお椀に入れようとするが、どひゃーん、それでも貝が大きすぎてお椀に入りらない。

結局、貝殻から完全に貝肉をはがし、お椀に2個ずついれた。
それから、潮汁のほうの味をみたら、ひえええええ、濃い味!!!
ちょいと醤油を隠し味に垂らし、ほんとはここに、スダチの皮か柚の皮がほしいところだけれど、そんなものは我が家の冷蔵庫にはないので、レモンの皮を香り付けに入れた。

完璧な潮汁でした。
日本じゃ、ハマグリなんて高くて買ったこともないの、私。
巨大ハマグリ6個で4ドル弱は、うれしすぎます。
ハマグリ天国万歳!
これ、今度は絶対に炭焼きにしてやる!
固く誓った夜でした。

初めて書く 「人種」 の話

連日、食いモノのエントリーばっかりアップしていたのは、もちろん、週末においしいものを食べまくった、ということもあるのだけれど。
書きたくて、書こうとして、どう書けばよいか、ずっとこの1週間ほど引きずってきたテーマがあったりするんだな、これが。

人種、の話。
日本で15年以上記者をやってて、真正面からこれをテーマの記事を書いたことがない。
アメリカにわずか半年暮らしただけで、知った顔して書けるテーマでも、実はたぶん、ない。
だから、分からないなりに、感じたことを書いてみようと思う。

「オバマvsヒラリー」 を基本的には楽しんで来た私だけれども、一つだけ、できれば見たくないなあ、と思っていたことがあった。それは、2カ月前のエントリーにも書いたことだけど、

これからどうなるんだろう。
選挙戦、もっと熾烈になるのかな。
たまらないなあ、と思うのは、オバマ陣営も、クリントン陣営も、接戦が続けば続くほど、この数週間がそうだったように、お互いへの攻撃を強めるしかなくなるわけで。
互いへの攻撃を強めれば強めるほど、ジェンダーだとか、人種だとかが何となしに対立軸になってしまうわけで。

「黒人初の大統領」 が誕生しても、
「女性初の大統領」 が誕生しても、
それまでの過程で、私たちはたぶん、できれば直視したくないようなたまらないこの国の現実をたくさん突き付けられちゃうんじゃないか、と。
そんな予感がする。


というような話。
今回の、オバマ氏が通う教会の、ジェレミア・ライト氏という黒人牧師の発言と、それに対する大きな反発、それに対するオバマ氏のスピーチまで、一連の流れを追いながら、この国についてたくさんのことを学んだ気がした。
「できれば直視したくない」 ことも含めて。

ライト牧師は、「God bless America (アメリカに神の恵みがあらんことを)」 と言う代わりに、「God damn Ameria (アメリカに神の呪いがあらんことを)」 と言い、アメリカのことを 「KKKの国」 と称し、2001年の米国同時多発テロのことについても、「米国が海外でやってきたようなこと」 で、「ヒロシマやナガサキでは、もっと多くの人の上に原爆を落とした」 と語った。
これら、とっくの昔の演説や、すでにDVDとして発売もされている発言が、YouTube や テレビで何度も何度も放映され、この牧師を人生の師としていたオバマ氏に対して、「こんな、反アメリカ的な発言を繰り返す奴を慕うオバマが、大統領としてふさわしいのか」 という問題が浮上してしまった。

人種の対立を超えた unite を訴え、大きな hope の物語を語ってきたオバマ氏だけに、その師の 「反白人」「反米国」 的な発言が繰り返し報道されたのは、とても痛かったと思う。

彼は、自分の立場をスピーチした。
たぶん、このタイミングで、日本の多くのメディアもそれを報じたと思う。

このスピーチ、私は聞き逃したんだけど、その後、YouTubeで何度も聴いてみた。
それは、危機管理、って側面から見れば、極めて高度なテクニックだったし、政治家の演説として見れば極めて完成度の高いものだったし、内容そのものも、人の心を打つ力を持っていたと思う。
実際、米メディアの多くのジャーナリストが彼のスピーチを非常に評価した。

「すばらしい」「非常に勇気ある演説だった」「(この国への)大事な贈り物だ」「雄弁だった。アフリカンアメリカンだけが、こうも真っ直ぐに人種について語ることができるのだ」

何人かの専門家は、オバマ氏ができうる最高のパフォーマンスで窮地を挽回したかのように論じているけれど。
本当にそうかな、と思ってしまった。
この問題、いったん噴き出したからには何度も何度も彼の足を引っ張るんじゃないかな。
特に、もしも彼が民主党候補としてノミネートされたならば、その後で、必ず蒸し返される話しなんじゃないかな。

ずっとずっと不思議だったんだ。
オバマ氏のミドルネーム (父親側の姓) が、「フセイン」 だということがネガティブキャンペーンにさんざ使い倒されていた時。
ラジオトークショー (たいていが保守路線) で、みながさんざっぱら、「バラック・フセイン・オバマ。フセイン、フセイン、フセイン。大統領候補のミドルネームを連呼しちゃ悪いかい?」 などと叫んでいた時。
「この国では、『フセイン』のミドルネームについて、ここまでネガティブキャンペーンを打てる人たちでも、人種については、表立って言えないんだなあ」 と思ったものだった。
本音の部分で、人種問題について、この国の人たちは何を考えているのだろう。
それを知る機会が、とても少ない。
私の周囲にいる人たちは、どんなテーマでも率直に語ってくれる人が多いんだけれど、それでも人種問題になると、とても慎重に慎重に言葉を選ぶ気がした。
たぶん。
それほど根の深いテーマでもあるんだろう。

オバマ氏の演説の中で、私が一番、どきりとしたのは、彼が自分を育てた白人の祖母について語っているところだ。
彼女から、黒人男性と道ですれ違う時の恐怖を聴かされ、子ども心に身がすくんだ、という思い出話には、たまらない思いがした。
こちらに来てとある黒人の社会学者が書いた文章を読んだことがある。
手元にないので厳密に引用できないが、以下のような話だった。

「大学にいる僕を、生徒たちは尊敬の眼差しで見る。しかし、一歩、大学を出て、街でエレベーターに乗ると、そこで乗り合わせた女性は、僕を脅えた目で見る。難しい社会学の専門書を抱えていたって、それは同じことなんだ。僕は、2つの人生を生きているようなものだ」

オバマ氏は、さらに複雑な人生をたぶん、生きてきたのだろう。
あらためてそれを痛感させられた。

もちろん、彼はこの挿話を、「なぜ自分が、ライト牧師と縁を切れないか」 を語るのに最も効果的に使っているわけで、非常に計算された部分でもある。
彼は、この国に人種差別が存在することを認めたうえで、再度 それを克服していこうと呼びかけ、こんな風に演説で自分の立場を表明した。

「私は黒人コミュニティーと縁を切れないように、ライト牧師を切り捨ててしまえない。人種や民族のステレオタイプ(な偏見)を何度か口にした私自身の白人の祖母と縁を切れないように、ライト牧師と縁を切れない」

悩んだ末の言葉だったんだろうな。
ライト牧師との関係を切らないと騒動は収まらない、しかし、あっさり切り捨てれば今度は多くの仲間を失う。
そしたらもう、極めて個人的な体験談を吐露して、心情的な理解を求めるしかないもんね。
それでも、騒動になった途端、騒動の渦中にいる問題人物との関係性をあっさり否定したり、切り捨てたりする政治家より、ずっと勇気ある演説だったと、私自身は思う。

あいかわらず、ラジオのトークショーのオバマ批判は、落ち着く気配がない。
「こんなアンチアメリカな人物は、大統領どころか、上院議員としてもふさわしくない!」
「私は無党派で、オバマを応援しようと思ってきたけれど、アメリカを悪く言うなんて許せない!」

彼の肌の色や人種について、あからさまに何かを言うことはなかった保守派のラジオトークショーで、一気に人種問題が 「解禁」 されちゃった感じ。この大変な盛り上がり振りをみながら、ふと思った。
実は、問題は、ライト牧師の騒動の前から水面下にずっと存在してたんじゃないか、って。
ライト牧師の 「過激な説教」 は一つのきっかけに過ぎず、実はみんな心のどこかで人種問題について気になってたんじゃないか、って。
「黒人には投票したくない」 とは堂々と言えないこの国で、オバマ氏を批判し、否定し、彼に投票しないことを堂々と表明できる 「立派な理由」 がとうとう登場しちゃったんじゃないか、って。

渡米から半年。
この国の人たちがここまでストレートに人種について語る姿を、初めて見た。
テレビで、新聞で、ラジオで。

「人種のことをあからさまに語るのは難しい。黒人の友人といる時には言わないことを、白人同士の友人の間でしゃべることはある。黒人たちもまた、白人に対する思いのあれこれを、僕には言わなくても、お互いに語ることはあるはずだ」 と、そんなことを吐露したリベラル派のコラムニストがいたり。
「今回のライト牧師の説教に対して、この国でわき起こった大きな反発に触れ、改めて、実はこの国の白人たちが私たち黒人のこれまでの怒りをまったく理解してなかったんだと痛感しました。ライト牧師の発言は、決して特殊なものではなく、ある時代の黒人の教会では普通に聞かれたものだったのに」と新聞に投稿した女性がいたり。

メディアの内側にいる人達から、「勇気がある演説だった」「人種というテーマに対してこれほど率直な演説はほかにない」 といった評価が多く出ているのも、結局は、メディアの内側の人たちがこれまで、人種について書くことに、とてもとても慎重になってきた経緯があったからじゃないかな。
自分の実体験に照らしても、反省も含め、そんな思いにいたった。

今、すごくぎりぎりのところで、自分の体験に基づいて、自分の言葉で、この国の人達が人種について語り始めたのかもしれない。それが多数派でなかったとしても。
だから今はできるだけ、自分の政治信条やら思いこみを横に置いて、真っ直ぐに色々な人の声に耳を傾けてみよう、と思ってる。

チェサピーク湾名物カニ (と、ノビル)

息子の春休み初日。
ワシントンDCのフィッシュマーケットに行ってみた。
もちろん日本の魚市場のような巨大さも、迫力も、種類の豊富さもない。
けど、鮭のほかは、フライにするしかないような魚らしくない魚しか並んでいないアメリカのスーパーマーケットの魚コーナーに比べれば、お魚天国だ。

さかなさかなさかな〜。
数年前のヒットソングなんか心で歌いながら、何軒かの魚屋をハシゴする。
ここでは、その場で食べられるメニューがいくつかあって、

・生ガキ (その場で開いてレモンを添えてくれる) 1個1ドルくらい
・生はまぐり (その場で開いてレモンを添えてくれる) 1個1ドル弱
・クラムチャウダー カップ1杯3〜4ドルくらい

日本人的には、カキより、はまぐりがお勧め。
うまい。非常にうまい。

さらに自宅用に買ったのが、以下の通り。

・冷凍マグロの固まり 500グラム8ドルくらい
・ブルークラブ (青い蟹。茹でたら赤くなるけどね) 8個 13ドル
・巨大はまぐり 6個 4ドル

この夜は、蟹を蒸して食べた。
ブルークラブは、チェサピーク湾で取れる名物蟹。このあたりで、蟹、といえば、これなのだ。
韓国スーパーあたりに行けば、冷凍タラバガニの足が山ほど安く手に入るんだけれど、冷凍した蟹をおいしく解凍するのって難しいじゃない?
はっきりいって、小さなこの青い蟹のほうが、うまいと思う。

小さい蟹といって思い出すのは、そう、福井の妹夫婦がよく送ってくれた、セイコガニ
セイコガニは、カニ肉を食べるものではなく、卵やミソを食べるもの。
実は、ブルークラブのメスにもこの、卵とミソがたっぷり!
ミソはちょいと苦めで、卵のほうは、セイコガニの極上の味にはとてもかなわない。
でも、量だけは、勝ってるな。
さすが、アメリカ。質より量で勝負、ということか。

おまけにこのブルークラブ、卵と味噌を食べきったところで、そこにたっぷりのカニ肉が詰まってるから驚きだ。食べるのにものすごく時間がかかるので、「本当にアメリカ人がナイフやフォークでこれを隅々まで食べているんだろうか」 というのが気になるところ。
今度、知り合いに聞きまくってみようっと。

さて。
この日のカニに添えたのが、フィッシュマーケットからの帰り道にポトマック河沿いで見つけたノビル
きっと種類は弱冠違うんだろうけれど、アメリカには、ノビルがあたりまえのように生えていて、我が家にはないけれど、例えば息子の学校なんかにも群生してるのを見つけた。
ノビルの根っこをきれいに掘り出すのは大変なんだけれど、この日は息子が必死で掘り出してくれた。
アメリカのノビルは、すっごいチビ。
小指の先の半分くらいの真っ白な球根を、味噌をつけてカリリとかじると、ああ、春の味。

ワシントンDCは東北に気候が似てるから、案外東北の山菜に似たものがあるんじゃないかしらん。
コシアブラとか、ミズとか、コゴミとか。
夫の実家に行くと、コシアブラがいーーーーーーーーーっぱい取れて、天ぷらどころか、お浸しにして食べるんだ。あれ、おいしかったなあ。

ということで。
死なない程度に、この国の山菜を試しに食べてみようと思っている私です。



自宅ラーメン、癖になりそう

日本では、ラーメンは 「外食メニュー」 だった。
何しろ、うまいラーメン屋があっちこっちにあったから。
湯島の「大喜」、うまかったなあ〜。

アメリカに来てから、ラーメンは 「おうちメニュー」 になってしまった。
最初は、ダッチオーブンで豚の肩ロースを丸ごと焼いた時なんかに、その豚骨でスープを取ってラーメンを作ってた。が、これは実はかなり面倒。
そんな時、とある料理ブックから、超簡単なレシピを拝借。さらにそれを簡素化したのが、これ。

豚肉の固まりを長ネギの青いところやショウガ、ニンニクなんかと一緒に半時間ほど煮る。
熱いうちに、この煮汁を少し煮詰めたのと紹興酒や醤油、ニンニクなんかのたれに漬け込む。
これでチャーシューの完成。
ゆで卵の殻をむいて漬け込むと煮卵に。

ここまで作っておけば、あとは簡単。
小腹がすいた時に、付け汁をお湯でのばし、チョチョイと鶏ガラスープの素を加えて味を調え、あっさりスープの完成。
スープに入れるのは、別に茹でた中華麺(我が家は超細のちぢれ麺が好き)。
自家製チャーシューと自家製煮卵。
白髪ネギがあればおいしいけれど、
私はどっちかというと、シャンツァイたーっぷり、がいいな。

こんなにテキトーなのに、このあたりの日本料理店のどこで食べるラーメンよりおいしい。
癖になる味。
料理、得意じゃないんだけどなあ。
どうしてなんだろ。

それとも、単に、「日本の本当においしいラーメン屋のラーメン」 から遠ざかったために、自分たちの舌が劣化し、要求レベルが落ちてるだけなんだろーか。

香菜があれば、それでいい

結局、一人で飲むビールのつまみは、これに限る。
シャンツァイ (香菜) と、味噌。
シャンツァイは、茎ごとくしゃくしゃっと丸めて、味噌をつけて、食べる。以上。
手間といえば、シャンツァイを洗って、味噌をスプーンに1杯、すくいだすだけ。
必要時間、わずか30秒。
でも、うまいんだわ。

「うまいうまいうまいうまい」

食べていたら、夫に取られた。

「うまい、と聞けば、ほしくなる」 んだそうで。
でも一口たべて、「これ、うまいか? おれは香菜はフォーなんかに入れるのがいいな」
生でそれだけ食べるには、あまりに匂いが強すぎる、ということらしい。

いや、私だってね。
大学時代、初めて中国に行って、シャンツァイに出会った時は、「なんじゃこりゃ」 と思ったのよ。
「臭い草」 と呼び、長い間、毛嫌いしていたこともある。
でも、いつの間やら、好きになった。
好きになったら、今度は、深く愛してしまった。

両手にいっぱいのフレッシュなシャンツァイが、あなた、韓国スーパーでわずか、42セント。
うるうるうる、感涙。
この国に暮らす中国人や韓国人に心より感謝!
これを食べるたび、「日本にはもう戻れないなあ」 と思う。

ラーメンにもいれる。もちろん、うまい。
キムチスパゲティーにも入れてみた。当然うまい。
ワカモレに入れる。これは必須だ。
私の作るワカモレ、どんどんシャンツァイの量が増えてきて、なんか、アボカドのディップというよりは、シャンツァイ味のディップだもんな。

シャンツァイ万歳。
今日も、シャンツァイと味噌で、ビールを飲む。
息子の熱はいまだ下がらず。
私は看病で外を出歩けず。
こんな夜は、飲まずにやってられっかい!

いよいよ球春・後編

息子がカレンダーを見て言う。
「最初の野球練習の日まで、あと2週間だね」
おおお、いよいよ、やる気が出てきたか。

でも、夜になると、やっぱり気弱になるのだろう。
「あーあ、野球、怖いなあ」
そんな風にも言う。

不安なんか、ぜーんぶ口にしちゃったほうがいい。
そう思ったから、具体的に不安の中身を聞いてみた。
「やっぱり、俺だけむちゃくちゃ下手だったらどうしよー、とか思うわけ?」

すると息子、
「いや、そういうことよりもさ。英語が心配なんだよ」
むっとして言う。

うーん、やっぱり、不安なのは言葉なのかー。
「だってさ、あれこれ指導されても、英語だったら分からないもん」 と息子。
「今回はあんたが英語が分からないのをコーチも仲間も分かってるわけだから、身振り手振りで教えてくれるんじゃないの? 大丈夫だよ」 と私。

そしたら、しばらく考え込んでいた息子が、こう言うのである。

「母ちゃん、『ばっちこーい!!!』 って英語でなんて言うの?」

心配そうな息子には悪いが、噴き出しちゃいました。
あんた、一番心配なのが、それかい?

「ばっちこーい」 というのは、ノックを受ける時の掛け声みたいなもんで、日本の少年野球文化的には、この声が元気で大きければ大きいほど良し、とされているわけ。
たぶん、具体的に自分がノックを受けてるシーンとかを想像して、「あ、なんて言ってボールを呼べばいいんだろ」 と不安になったんだろうなあ。
なんとも息子らしいのだった。

「たぶん、カモーン、とかでいいんじゃないの?」

てきとうにごまかす私に、しかし、さらに息子はたたみかけてくる。

「じゃあ、『ナイナイナイナイナイスラン、見たか、これが黄金の、足、足、足、足、足』 は?」
「あと、『いっけーいけー、おっせーおせー、燃えろ、燃えろ、燃えろ○○、ガッツで行こうぜ!』 は?」

そうなのだった。
これぞ日本の少年野球文化。
各チームに似たような応援歌もどきの掛け声がいっぱいあって、それをみなで叫んで応援するのが、少年野球応援のスタイルなんだな。
この時も、声が大きければ大きいほうがいい。
仲間をどれだけ応援できるかが大事。
一緒に声を合わせて歌えば歌うほどに、チームがまとまっていくというわけ。

2ストライクまで追い込まれ、次の一球をどうにかファールにした時なんか、

「ナーイスカット、ナイスカット! ホームラン前のナイスカット〜!」 とかね。

あーあ。
懐かしいなあ。
でもさ、あんた、心配するなら、もっと別のこと心配したら???

さてさて、うちの息子は今夜、とうとう発熱しちゃいました。
知恵熱かしらと思ったけれど、本格的に8度を超えたみたい。
渡米から5カ月、初めての発熱です。
「学校休みたいなあ、熱が出ないかなあ」 と切望し続けた子が、ようやく発熱にいたった、という次第。
「はい、明日の学校はお休みね」
早々に言い渡してやると、熱にうかされたまま、それでも、「やった!」 とガッツポーズする息子。
がっくりとうなだれる母ちゃんなのだ。

早く元気になってくれ。
またキャッチボールしよーぜ。
でも頼むから早く、キャッチボールの相手を別に見つけてくれ。
母ちゃんは、硬球が怖いんだから。

いよいよ球春・前編

息子の少年野球がいよいよ始まる。
「球春」 という言葉を、こんなにしみじみと実感するのは、ホント、初めてだ。
だって、日本じゃあ、子どもたちは年中野球をしてたからね。

アメリカの少年スポーツはすべてシーズン制で、野球もサッカーも春、場合によっては秋も、という程度。夏も冬も、野球はできないのだ。
もちろん、本当にうまい子は、選抜チームなりトラベルチームの一員に選ばれ、それこそ郡や州を超えてプレイする機会を得られるわけで、「うまい子はずんずんと。それなりの子はそれなりに」 なんだろうな、きっと。

そもそも、チーム分けからして、日本と違う。
日本じゃ、地域の少年野球チームに入る。だからチームによって人数も実力もバラバラ。100人以上部員がいて、なかなか全員が試合に出られない、なんてことも当然ありうるし、圧倒的に実力が違って勝負にならない、なんてことも結構ある。

米国ではリトルリーグなど数種類のリーグがあるものの、いずれにせよ、チームではなく、リーグに申し込む。
あとはトライアウトなり前年の実力なり、色々なことを勘案して、実力や人数に偏りがないようにチーム分けが行われ、シーズン中はそのリーグ内のチーム同士で試合をするらしい。
逆に言えば、毎シーズン、どのチームに所属するかは分からない、というから驚きだ。

日本で息子が約2年間ちょっとお世話になった野球チームは、なんというか、私たち親子にとっては 「還るべき場所」 ともいえる存在だ。
日本では、あるチームに所属すれば小学校卒業までずっとそこでお世話になるものだし、当然、監督やコーチ、保護者同士が何年間も苦楽をともにしちゃうわけで、ものすごく濃い関係になっていく。ましてこのチームのキャッチフレーズは 「絆」。
我が家はもう、親子全員でこの 「絆」 にどっぷりとはまりこんでいたのだ。

私にしろ、夫にしろ、息子だけでなく、よその子の初ヒットにも感動し、よその子の意外な一面を発見しては、ぞくぞくさせてもらった。
日本の少年野球体験を総括するならば、

「よその子の成長でここまで泣けるとは……」

だった気がする。
笑われるかもしれないけれど、いまだに懐かしい。
数日間に1度は、この日本のチームのホームページを見に行ってしまう。
私も、夫も。
ほんと、笑われるかもしれないけれど。

そんなわけで。
「絆」 のない野球チームなんて、という思いはあった。
毎シーズン、プレイするチームが違うんじゃあ、どうやって 「絆」 が育つんだろう、とも。
でももしかしたら、そうでもないのかも、と思った出来事を一つ。

数日前の夜、いきなり電話がかかってきた。
息子が今度新たに所属するチームの監督の奥さんからだった。
ようやくスケジュールが決まったので、メールで送りたいんだけど、メールアドレスを教えてくれる? という電話。それから数時間後、チームの保護者全員への同報メールの形で、スケジュールが届いた。

それは単なるスケジュールを告げるだけのメールではなくて、冒頭にこんな文章が添えてあった。

スケジュール連絡の機会に、一番新しいチームメートを紹介したいと思います。日本から来た○○○○君(息子の名前) です。彼はこの国に来てまだ数カ月ですが、春の野球のためにアメリカの硬球で練習しているそうです。彼のお母さんによると、彼は英語を習い始めたばかりなんですって。私たちのチームのみんなは、彼が言葉の壁を乗り越えられるよう、最善を尽くしましょうね。
ようこそ、○○君!


これまた、一瞬、目頭が熱くなってしまった。
息子にも訳してやったら、ものすごく照れながら、でもうれしそうだった。

3月の末から練習が始まり、それからは、金曜日の夕方遅くに1時間半の練習、日曜日は毎週1試合、というスケジュールが続く。
息子のチーム名は、「ナショナルズ」 といいます。
そう。大リーグの弱小チーム 「ワシントンナショナルズ」 と同じ名前です。
ユニフォームは、ネイビーブルーに赤字でチーム名。ズボンはグレイだそうです。

息子よ、踏ん張れ。
母ちゃんは、できるだけ早く、あんたのチームメート全員の顔と名前を覚えて、
この国でも、「よその子で泣ける」 感動を味わうのさ!

裏庭でバーベキューなお夕飯

息子が朝起きるなり、お腹がいたい、と言い出した。
痛くて、痛くて、立てない、と。
思わず夫婦で顔を見合わせる。
いわゆる不登校の前兆か。単なるずる休み計画か。それとも本当に風邪?
「のどが痛い。頭も痛い」
こう来たところで、なんかこっちまで疲れちゃって、そのまま寝かせておくことにした。

思えば渡米から5カ月。
うちの息子は熱一つ出さない。病気で学校を休む友達を見ては、「いいなあ、俺も熱でないなかあ。学校を休みたいなあ」 などとさんざ言っていたのだ。
毎晩、学校に行きたくない、と言い続けているわりには、朝になると登校を渋ったりはしない。万年登園拒否児(保育園時代) だった過去を思えば、結構ぐっとこらえて我慢してんだと思う。
これまで一度のずる休みもしなかったんだもんな。
休ましてやるか。
そんな気がしたのだった。

人には色々なタイプがあるけれど、私は 「ずる休み」 で仕事の効率を上げるタイプだ。
一度ずる休みするとズルズルとそのまま立ち上がれなくなる人もいるらしいが、私はむしろ確信犯的にずる休みしてきた。
高校時代から、「明日の授業は休んでも追いつけるな」 と確認できれば、仮病をつかって休んでいた。
もはや時効と信じて告白するが (このブログ、私の元勤務先の方なんかも読んでいるので)、超多忙だった警視庁詰め記者時代にも、年に3度ほど 「確信犯的仮病ずる休み」 を取り入れた。そうしないと心も体も持ちそうになかったし、肝心な場面でぶっ倒れるくらいなら、もっともダメージの少ないタイミングで適度にずる休みしてリフレッシュしたほうが、仕事にも会社にも良いに決まってる。

親からして、こういう主義なので、「まあ、これまで無遅刻無欠席で学校に通ったんだから、そろそろずる休みも良かろう」 となったのだ。
前日に夏時間に切り替わり、朝が一時間早くなったこともあり、睡眠不足や疲れも出たのだろう。
息子は正午前までこんこんと眠りつづけ、起きてきた。
最初は本を読んだり、宿題をしたりしていたが、さすがにたいくつしてきたようだ。

「母ちゃん、○○君ちのママって変なんだよ。○○君が病気で学校を休んだ日も、家でパソコンゲームをやらしてくれたりするんだって」

という。
内心、爆笑した。
もちろん、これ、「俺もDSゲームやパソコンゲームをやりたいなー」 と言ってるのだ。
「変だねえ。あんたも変だと思うでしょ。あんたのその気持ちを優先して、今日はDSなどのゲームはダメなことにしよう。また頭が痛くなったら困るもんね」 と私が言ったら、さすがの息子も泣きそうだった。
ははは、ざまーみろ。

「ああ、たいくつ。母ちゃん、何かして遊ぼう」 という息子に、「病人は寝てなさい。母ちゃんはカレッジの宿題や仕事で忙しい」 と冷たく言い放っているうちに、夕方に。

「ねえ、母ちゃん。本当に1日じゅう家から出ないの? 買い物も行かないの? おれ、ずっと家にいるのなんていやだよ」

息子に言われ、気付いた。そういえば、1日じゅう家にいるのなんて、何カ月ぶりだろう。
確かに、ストレスフルだよな。
ふと外を見ると、真っ青な青空。夕方4時なのに、まだ陽が高いのは、夏時間の贈り物だ。
思わず、口走ってしまった。
「バーベキュー、するか、これから」

言った瞬間に後悔。
お腹と頭と喉がいたくて学校を休んだ息子と2人きりで、まだ寒い季節に夜間バーベキューはないよなー。
でも息子、狂喜乱舞。
「わかった! じゃあ、母ちゃん準備して! おれはこの勢いで春休みの宿題を前倒しで頑張っちゃうよ」
いまさら前言取り消せない母ちゃんなのであった。

本日の食材。
牛肉 (アメリカのは安くてうまいぞ)。
生ガキ
ソーセージ
野菜類 (タマネギ、ジャガイモ、黄色パプリカ、人参、ズッキーニー)

裏庭にテーブルとイスを出し、親子で炭を起こし、私はビール、息子はジュースで乾杯。
はっきりいって寒いが、バーベキューコンロを両足ではさむように身をかがめていると、それなりに暖かい。
マイナスドライバーを片手に、生ガキの殻をひたすら開ける。これ、結構大変。
でも、炭火であぶった半生のガキのうまいこと、うまいこと!
「母ちゃん、これはレモンだよ」 と息子に言われ、レモンを絞って食べたら、おおお、ホントだ、むちゃくちゃうまい。

風邪のはずのずる休み息子は、バーベキューとなると甲斐甲斐しく働き、驚くほどの肉を食い、肉を口に入れたまま、意味もなく裏庭を駆け回る。
「いいなあ、いいなあ、バーベキュー、最高だね、母ちゃん」
実に幸せそうな息子に、思わず言っちゃう私。
「だろ? アメリカ暮らしも悪くないだろ? 肉食って、元気だして、あしたは学校に行ってくれ。明日、頭やお腹が痛くなったら、さすがに母ちゃんも、バーベキューしたことを後悔するぞ」
息子は軽く、「行くよ、行く、行く」 と笑いながら走り回っていた。
変なの。

一夜明けた今朝、庭に出したままのテーブルとイスには氷が張っていた。
春、まだ遠し。
息子は友達もほとんどいない学校に、今日も出かけて行きました。

写真界の「芥川賞」!

不思議な縁というのは、あるもんだ。
超多忙な日々の中、なぜか数カ月ぶりにアメリカの自傷研究者の論文を1本読み、質問メールを送り、自傷を集中的に取材していた日々をふと思い出していたら、いきなり日本からこんなメールが届いた。

昨年記事を書いて頂いた写真集『I am』 が、
第33回木村伊兵衛写真賞を受賞することになりました。
写真界の“芥川賞”と呼ばれている賞です。


2度ほど、こちらでもエントリーで書かせてもらった、若い写真家の岡田敦さんからだった。
(ちなみに、過去のエントリーは、
リストカットの写真集に、思ったこと」 と
リストカットをテーマにした写真集、の記事」。)

私は全然知らなかったんだけど、一時は世間から黙殺されるんじゃないか、とすら案じた写真集は、その後、たくさんのメディアにきちんと取り上げてもらったようだ。
そのあたりの記録は、彼自身のサイトで見ることができる。
ちゃんと写真展も開けたらしい。うれしい。
そして今回の受賞。すごく、うれしい。

だって、芥川賞、だぜ。
というのは冗談としても。
本当に、本当におめでとう。

上記にリンクを貼った、岡田さんのサイトの上のほうに、今回の受賞について彫刻家の舟越桂さんの言葉が載ってます。これ、すごくよくわかる。
“寄りそえた時間”の証しと記録 というところ。
ふと、初めてあの写真集を見せてもらった時の記憶がよみがった。

そもそも好き嫌いの激しい私が、彼の写真集をなんとか世に伝えたい、などと思ったのは、以前のエントリーにも書いたように、 「彼の 『自分は写真家で、カウンセラーや医者ではない』 という基本姿勢や、自傷者との距離の取り方が気に入った」 から。
だからこそ、自分でも記事を書いたし、何より、彼が撮ったのは 「自傷」 という社会現象などではなく 「生きることそのもの」 なんだ、ということを記事で伝えたかったんだな。

「I am」。
機会があったら、一度手に取ってみてください。
(おめでとう、おめでとう、と異国の地より。)

テキサスとオハイオの予備選から一夜明けて

まず最初に、「ぬか床SOS」にご助言くださった皆様、感謝です!!

ところで。
テキサス州とオハイオ州でヒラリーが華々しく3度目の復活劇を演じた日から一夜あけて。
すぐさま私の元に届いたメールがこれ。

「金曜日、君と選挙戦の話しをするのが楽しみで待ちきれないよ。
 ヒラリーの髪型でもして行こうかな。エドより」


エドは72歳、白人男性でデモクラッツ。
元々理系の人だが、退職後は、地元の図書館でボランティアとして外国人に英語を教えている。
初めて会った日、彼はいきなり、こんな議論をふっかけてきた。

「ねえ、あやこ。ヒラリーは、ビルの妻でなかったとしても、こうして上院議員になり、大統領選の最有力候補にまで上り詰めたと思うかい? 世界中に、女性の大統領や首相はいるけれど、たいていは重要人物の妻や娘なんだよね」

ちっくしょー、あんた絶対にヒラリーが嫌いだろ。
マッチョで、女に上に立たれるのが嫌いで、おまけに女に議論をふっかけては勝ちまくるのに快感を覚えてるんだろ。
ちくしょーちくしょーちくしょー。
根が単純な私はすっかり怒り狂い、腹わた煮えかえる思いで反論したさ。

「確かに、ビルの妻のお陰でメリットもあったでしょーね。でも今の選挙選を見てごらんよ。ビルのせいでいくら足を引っ張られてるか。『ブッシュ・クリントン・ブッシュ・クリントン』の20年支配、なんて言われるし、ビルの問題発言で黒人支持者を失うし、オバマの 『change』 の前には下手な経験で損してんじゃないのよ」

もちろん、こんなにスムーズに言えたわけではなく、つっかえつっかえ、頑張ったんだけどね。
エドは、はっはっは、と実に楽しそうに笑い、「そりゃそうだな」 だって。

だから、メリーランド州の予備選の後で、エドから

「僕が誰に投票したと思う?」

と聞かれた時には、すぐさまこう言ってやった。

「どーせ、オバマでしょ。あなた、絶対にヒラリーが嫌いなんでしょ」

そしたらエドは、またしてもうれしそうにこう言う。

「残念でした。ヒラリーに投票したよ。オバマの選挙運動って、ちょっとうわついた感じがするし、彼は素敵な候補だけれど、大統領となるとどうかな。やっぱり経験って大事だからね」

この時の私の驚きったら。
あんた、女が大統領になるのが許せない、マッチョな女性差別主義者じゃあなかったの???

エドと心底仲良くなったのは、この時だと思う。
それ以来、30年の歳の差なんて。
毎週1度、政治談義を交わすのがお互いの楽しみになっているというわけ。

オハイオとテキサスの予備選の前、「今度の今度ばかりはヒラリーももうダメよ。ディベートに、ネガティブキャンペーン、ファイターとしての演出まで、あらゆることをやり尽くしたけど、オバマが相手じゃ勝ち目はないよ」 と熱く断じる私に、「いやあ、来週、選挙結果を君と話すのが今から楽しみだよー」 とエドは言っていたっけ。
きっと、選挙結果を見てすぐに私の顔が思い浮かび、このメールを出したんだと思う。
ちくしょー。

しかし参った。やっぱり選挙って分からない。
ヒラリーがここに来て盛り返すなんて。
やっぱりこの国の人は、underdog というか、敗北を喫してる挑戦者が好きなの?
出口調査の結果の通り、年寄りの反逆?
実はとあるメディアから原稿を頼まれていて、「オバマはなぜ強いか。ヒラリーは風前の灯火」 なーんて原稿を仕上げたばかりだった。
あーあ、全面書き換え、決定。

負けても負けても、打たれ強く立ち上がる、っていうの、日本人のメンタリティーとしても嫌いじゃないよね。
「立つんだ、立つんだ、ジョー」 の世界?
我らがヒラリーさんは、久しぶりに晴れやかな表情で勝利のスピーチをしたかと思ったら、その最後に、いきなり自ら

Yes, We Will !

と連呼し、支持者たちにも連呼を迫ってた。
オバマの 「Yes, we can」 ならぬ 「Yes, we will」。
「できるぞ」 から 「やるぞ」 への大展開。
タイミングも絶妙だ。
オバマが 「そうさ、僕らはできるんだ」 と言い続け、それが定着し、人々を魅了し、勇気づけ、前を向き始めた時だから、「やるぞ!」 という一言も生きてくる。
(オバマファンの間では大顰蹙をかってるけどね)
「できる」 をもう一歩進めた 「やるぞ」。
復活劇効果のお陰で、説得力も増すというもの。
つくづく、この人ってすごいわ、と思う。

実は、昨日のテレビの選挙報道では、共和党候補のハッカビー、そしてマケインの妻2人がビミョーに気になったんですが、その話はまた今度。
あさってのエドとの 「対決」 に向け、英語で理論構築しなきゃ!

ぬか床SOS!

キュウリの糠漬けが大好きな息子のリクエストもあって、久しぶりにぬか床が冷蔵庫に復活しました。数年前、しばらくタッパー容器でぬか床を維持してたのですが、まあ、私のことですから、

ある日突然、セメンダインの匂いが……状態となって、
昇天あそばされたことも多々あり。
いいかげん嫌になってやめてしまったのでした。

が、日本にいる時は、息子のクラスメートの八百屋さんで本当に本当においしい糠漬けを食べられたんだけど、さすがにこちらでは糠漬けは売ってません。
そうこうするうちに、日本食材店で、水を混ぜればぬか床になる 「ぬか床の素」 なる商品を見つけ、ついつい購入しちゃったわけですな。

ネックは、私のアトピー。熱いお湯で手を洗っただけで悪化する私のアトピーにとって、ぬか床は地獄です。そんなわけで、最近は、ラテックスフリーの手袋でぬか床を混ぜております。

エントリータイトルに 「SOS」 と書いたのは、今一つ味が決まらないこと。
まだぬか床がこなれてないからだと思うのですが、単なる塩漬けや浅漬けに近い味。ぬか特有の臭さがないんですよねー。
アトピーを理由に、2日か3日に1回しか混ぜてないことも原因だと思う。
(混ぜて、空気に触れさせないと、発酵が進まないんだそうで)。

でも、毎日混ぜるなんて、絶対に私には無理。
どなたか、「あれを混ぜ込むとむっちゃくちゃおいしくなるわよー」 というご助言、ありませんでしょうか?
ウェブで見てみたけど、イースト菌を混ぜると発酵が進むとか。
ほんと?
冷蔵庫管理のタッパー容器入りぬか床でも、イースト菌は働いてくれるかしらん。

ま、味はまだ今一つですが、息子は好物のキュウリの糠漬けを、私は好物のセロリの糠漬けを、それぞれ食べられるのが、とっても幸せ。。。

算数を教えちゃった

3度目の教室ボランティアの日。
コピーや教材作りなら、いいな〜、楽だし。
と思っていたら、いきなり、算数プリントを生徒たちが解くお手伝いをすることになった。
なにしろ、各学校の評判はもちろん、学区の不動産価格まで左右するというメリーランド州の一斉テストは間近に迫っているし、学校としても、テスト科目である算数とリーディングにひたすら時間を割く時期なのだ。

最初の問題は、こんな感じ。

テラさんは、壁にタイルを貼ります。毎回、白いタイルを3枚、黒いタイルを2枚ずつ貼って模様を作ります。合計30枚のタイルを使いました。白いタイルは何枚使いましたか?

最初に思ったのは、「おおお、美しい問題だ」 ということ。
単純な掛け算や割り算ではない。計算の意味がわかってないと解けない問題だ。

最初に相手をしたのは、アメリカ生まれのラティーノ少女。
いきなり回答欄に、「3枚」 と答を書いて、私をびびらせてくれた。

「ちょっと、待って待って。まず絵を描いてみようよ」

□□□■■ □□□■■
□■■□□ □■■□□
□■□□■ □■□□■

ここまで書いたところで、「ほらね。どんな模様を作るにしろ、毎回白は3枚、黒は2枚。つまりこの5枚を1セットとして考えてみようよ。すると、30枚のタイルを作るのに、何セットいるかな?」

30÷5

を導き出す質問だったはずなんだけど、いきなり少女は私に聞いてきたよ。

「掛け算か割り算かどっち?」

あああああ。
ここにもいたか、計算の意味を考えず、与えられた数字を足したり引いたり割ったり掛けたり、それで答を求めた気になってしまう輩が。
まるでうちの息子にそっくり。

ああでもない、こうでもないと説明し、ようやく、5枚一組のタイルを6セット使うことまで理解させた。
「すると、1組のセットに白いタイルが3枚ずつあるわけだから、6セットだと、合計何枚になるかな?」

これはわかるだろー、と思ったんだけど。
彼女はまたしても聞く。
「掛け算、割り算?」

これまた必死に説明し、

3×6

の数式を導きだした。
が、彼女はさらに問う。

「3×6なんて、答の出し方、わかんないよ」

そっか。掛け算の九九を覚えないのが、この国の新しい算数のありようだったっけ。
仕方なく、絵を全部描かせた。

□□□■■ □□□■■ □□□■■ □□□■■ □□□■■ □□□■■

彼女は白いタイルを1枚1枚数え、「18枚だ!」 と大喜びで答を回答欄に書いた。
めでたしめでたし。

気になったので、20人クラスの半分くらいの子の解き方もチェックしてみた。
てんで関係のないむちゃくちゃな式で、答も間違えてる子が数人。
タイル30枚を全部描き、白いタイルを数えてる子がほとんど。
解けてない子も結構いた。
きちんと正しい数式が2つ並んでたのは、私の見た限りでは誰もいなかった。

一人だけ、私を驚かせてくれたのが、息子をハグして、カルチャーショックを息子に与えてくれたジェイコブ君。
問題用紙に書いてあった、

□□□■■

という5個のタイルの中に、いっぱい点が打ってある。
なるほどー。

1、2、3、4、5
と数えながらまず、タイルの中に1つずつ点を打つ。
次に、
6、7、8、9、10
と、最初からまた、5枚のタイルに点を書き加える。
さらに、
11、12、13、14、15
と最初からやる。
こんな風に、30まで点を打ち続けると、それぞれのタイルに6個ずつ点が打たれることになる。
あとは白いタイルに書き込まれた点 (各タイルに6個、それが3枚分) を数えれば、18、となる。
なかなかオリジナリティーあふれる解き方よね。
打ち間違いや、数え間違いが頻発しそうな解き方で、決して推奨はできないけれど。

いずれにせよ。
これじゃーだめだな、と思った。
そもそも問題用紙に、「自分で30枚のタイルを描いてみよう。それから白いタイルの数を数えてみよう」 とヒントが描いてある。だからほとんどの子はタイルの絵を描き、白いタイルの数を数えて、それでおしまい。

算数の問題を考えるために絵を描くのは大切だけれど。
絵を描くことで、どんな風に考えれば良いかを考案し、数式を導きだしてこそ、応用力が付くというもの。そこまでの作業を、ほとんどすべての子が全然できてないように見えた。

つまり、ほとんどの子は、

□□□■■□□□■■□□□■■□□□■■□□□■■□□□■■

こんな風に絵を描いて、数を数えてるだけ。
そうじゃなくって、

□□□■■|□□□■■|□□□■■|□□□■■|□□□■■|□□□■■

上のように、5枚を1セットとして考え、割り算や掛け算を使えば解けることを自分で導き出し、数式にできるかどうかが、この手の問題のカギだと思うだけどなあ。

え? うちの息子は解けてたか、って?
ぜーんぜん。

そもそも。
問題文の英語自体がまったく分からず、ぼーっと座ってました。
あまりにたいくつだったのか、別の日本人の生徒のところに立ち歩いて行き、おしゃべり。
しっかり先生に注意されてました。あーあ。
先生なりに息子にも一生懸命解き方を教えてくれてるんだけど、その先生の英語自体を息子がまったく理解できてないようなのよね。
どうしたもんだろ。

ボランティアに入ってみて、よその子の勉強の相手をしつつ、ちらちらと息子を観察してる。
ようやく、いかに息子が、まったく言葉が分からないままに、授業を受けてるかが、よーく分かったよ。先生がどんなに気を掛けて説明してくれても、説明してくれている英語がこれまた分からないんだもの。
どうしたらいんんでしょうねえ。