おぐにあやこの行った見た書いた

好きだな、この写真

エントリー「ヒラリーと、おばさんの憂鬱」に登場してくれた女性と、またしても選挙談義。
あんなにヒラリーにこだわった彼女が今はこういう。

「テキサス、オハイオで負けた後はもう、潔く身をひいてほしい。潔く、潔く」。

潔く、と言う時に彼女が使ったのは、graciously という言葉。
辞書を引くと 「寛大に、愛想よく、快く、優しく、親切に、優雅に、潔く、円満に」 なんて訳語が載っているんだけれど、彼女の思いはもしかしたら、「潔く」 より 「優雅に」 に近かったのかも。

彼女と2人して共感し合ったのは、
「最近の、ヒラリー陣営の、オバマ陣営に対するネガティブキャンペーンは見ていてつらいよね」
だった。
このオバマ人気の中にあってもなお、ヒラリー氏が唯一オバマ氏に優位を保っていた支持層である高齢白人女性たちの、どうしようもないヒラリーへの熱い思いを、最近のネガティブキャンペーンは、踏みにじっている感じがする。

ヒラリーをそんな風に見つめ続ける彼女は、最近、この本を読んでるのよ、と教えてくれた。
オバマ氏の自伝だった。それも2冊の著書のうち、より素直に書かれていると評判の1冊目のほう。
笑ってしまった。
実は、私もこの本を買って、読み始めたばかりだったから。

彼の半生をきちんと彼の言葉で振り返ってみたいと思わせたのは1枚の写真だ。
オバマ氏へのネガティブキャンペーンの一つとして報じられた写真。
彼がケニアに行った時に、民族衣装を身につけた、という写真

私はこの写真が好き。
ニュースやあれこれで、オバマ氏が思春期に 「白でも黒でもない自分」 に思い悩み、模索したと何度も聞いた。そんな彼の物語性は今、多民族国家のこの国に生きる多くの人々の心をつかんでいる。
この写真を見て、一番最初に思ったのか、

「彼の歩いてきた道をもっと知りたい」

だった。
この写真、ヒラリー陣営の誰かが意図的に流したネガティブキャンペーンだ、などと噂され、それが報道されてもいる。浅黒い肌にターバン姿が、イスラム原理主義のテロ指導者たちを想起させるから、ということらしい。

でも。
この写真が、ネガティブキャンペーンとして成立してしまうなら、悲しいな。
とても、素敵な写真だと思うんだけどな。
私は、この写真がとても好き。

そんなことをヒラリーファンの彼女に話したら、彼女も共感してくれた。
「そうよね。私も美しい写真だと思う。あれをヒラリー陣営が流したなんて信じない。オバマ人気を怖がった共和党の誰かじゃないのかな。いずれにしても。あの写真は、この国の大多数の人にとっては、ネガティブキャンペーンではなく、逆に働くと思うよ」

この国が、そうでありますように。

塩鮭の炊き込みご飯

魚が食いたい。
たいして魚食いでもなかったくせに、とうとう、そんな思いにあえぎ始めた。
近所のスーパーで手に入る魚は、どうもフライやらムニエル用って感じで、塩焼きには向いてなさそうだ。
あえて使うなら、サーモン?

んなわけで、まずは塩じゃけを作るようになった。
作り方は友人に教わった。
たっぷりの塩で一晩漬けて、翌日は数時間かけて塩抜きし、最後に寒風の中で干す。
皮の部分が固くパリパリっとなったあたりでできあがり。
これを焼く。
うまい。

ところが不満が一つ。
あんまり油がのってないのだ。
そもそも、私が一番好きな部位はハラス。
油がのってなきゃあ、皮がパリパリと油で弾けなきゃ、いやなのだ。

そんな時、すごいものを見つけた。
韓国スーパーで、ハラスや頭やカマ、中落ちみたいな部分など、フィレとして売る以外の部位をまとめて一山いくらで極端に安く売っていたのだ。
あーん、ラッキー!!

そんなこんなで、今度はこれを塩じゃけにした。
これがすごいのよ。油のりのりのりまくり。

今日はこれを炊き込みご飯にしてみました。
皮こんがりと焼いた塩じゃけを、酒と醤油と塩と千切りショウガで味付けした米と一緒に炊く。
ほんとは、塩じゃけをほぐして、炊きあがったご飯に混ぜちゃってもいいんだけど、こんがり焦げた皮の香りをどうしてもご飯にうつしたかったもんで。

炊きあがったご飯に骨をはずした鮭を混ぜ込んで味見。
うーん、ちょっと味が薄い。
本来ごまを混ぜるところに、いただきものの醤油味のごまを混ぜてみた。
おお、いいかも。
あともちっとパンチがほしいな。
息子に秘密で、ネギの白い部分をこまかくみじん切りにし、混ぜ込んでみた。
よし、完璧。

むちゃくちゃうまかった。
落涙。

在米イラン人の見る大統領選

こちらに来て、イランから来た人たちとよく知り合いになる。
グリーンカードの抽選に当たったから、とやってきた人。
親類縁者を頼ってやってきた人。
こちらで開業するため、必死で試験を受け続けてるイラン人の医者。
ようやく地元のカレッジで教職を得たの、という女性。

米国に暮らす多くのイラン人は、今のイラン政府に批判的。でも一方で、米国の対イラン政策や、アメリカ人のイラン観にも思うところはいっぱいあって、それを慎重に、とても慎重に発言する。
あるいは、発言しない。
そんな人が多い。

「ところで、あなたは、オバマ、ヒラリー、マケイン、ハッカビー、誰が一番好き?」

私の質問に対する彼らの答は、当たり前だけれど、色々。
でも、アメリカに暮らして4年という夫婦からこんな答を聞いた。

「イラン政府が一番好きなのは、間違いないわ、オバマ氏よ」

さて、そのココロは?

「だって、オバマ氏の父親姓って、Hussain だもの。Hussain っていえばもう、兄弟も同然よ」

……そんなものなんでしょーか?

確かに、オバマ氏のお父さんはケニア出身のイスラム教徒だったはず。
オバマ氏も、世界最大のイスラム人口を抱えるインドネシアで育った経験がある。
ご自身もお得意のスピーチで、そんな経験を語り、自分がいかに世界の多様な人達と分かり合える回路を持っているかをアピールしてたっけ。

しかし、名前が「Hussain」だからってのは、あまりに単純過ぎないか?

そんなわけで、今日は別のイラン人二人にも、こんなふうに尋ねてみた。
「ねえねえ、知人のイラン人夫婦は、『イラン政府はオバマの父親姓が Hussain だから、オバマ大統領誕生を期待してる』 っていうんだけど、それどう思う?」

日本語で質問するなら、もっともっと慎重に、誤解を受けないように、色々と言葉を費やして尋ねたんだろうけれど。悲しいかな、私の英語力じゃあ、ずばり、そのまんま聞くしかないのよね。
一つ間違えば、すっごい偏見に満ちた質問だと思う。

だけど彼らは全然そんなこと気にせず大きくうなづいて、こう言った。

「そりゃもう、間違いないよ。Hussain といえば、イランで一番よくある名前なんだから。イラン政府だけじゃない。イランに暮らす多くの人々が 『バラック・フセイン・オバマ大統領』 の誕生を期待してるのさ。オバマもイランと直接対話したい、って言ってるだろ。実はイラン政府もそれを歓迎してるからね」 と米国で開業を目指す医者の中年男がいえば、
つい最近、グリーンカードの抽選に当たって渡米したばかりの、イランで英語を学んだという若い女の子も、
「2週間前までイランに暮らしてた私が言うんだから間違いないわ。みんな、オバマには期待してる。イランと米国との関係が少しでも良くなれば、って」

さらに、二人に共通していたのは、「オバマ氏が大統領になったからといって、米国とイランの関係が良くなることはきっとないよ」 という諦観だったのだけれど。

変わる算数

先日、「線分、半直線、そして直線」 というエントリーにも少し書いたけど、とにかく息子の算数の宿題には、

「どんな風に解いたのか、図や文字や数字で説明しなさい」

という問題が多い。
英語ができない息子は、結局、ひたすら 「図を描く」 ことになる。
掛け算や割り算、足し算や引き算の意味も分からず、問題文の中の数字を適当に足したり掛けたりしがちな息子にとって、これは 「問題の意味を理解し、計算の意味を考える」 のにすごく良い訓練になっているなあ、と常々思っていたのだけれど。

実はこの教授法、先日のワシントンポスト紙によると、この国でも新しい取り組みということらしい。

例えば息子はこの国の現地校3年生で、掛け算を習った。
3×6とか、4×2とか、そんな計算をするたび、絵を描くよう徹底して指導されていたようだ。

***
***
***
***
***

とか、

****
****

とか。

「アメリカって、掛け算の九九とか覚えないんだなあ」 などと私は勝手に思っていたわけだけれど、実はそうでもなかったらしい。
ワシントンポスト紙によると、アメリカでもちょっと前までは、

3 times 5 is 15

とか、

4 times 2 is 8

とか、記憶に頼っていたというのだ。
なーんだ、そうなのか。

もう一つ、同紙が例に挙げていたのが、2桁の足し算。
例えば、42+34、という数式があったとする。日本ならば迷わずこれだ。

  42
+ 34
------
  76

アメリカでもこれまで上記のようなアプローチで教えていたのだが、最近は多くの学校でこんな風に教えているという。

 2+
4030  2+4
70  +  6 =

なるほど。
確かに筆算の意味もよく考えずに問題を解いている子の多くが、筆算で、4+3 を計算する時、
実は 40+30 なんだということを理解してなかったりする。
はっきりいえばうちの息子はその典型。(ため息)。

これらの新しい教授法は本来、記憶や計算練習を重視した教授法から脱却し、生徒たちが絵を描いたり、実際にモノを動かして考えたり、工夫したりしながら創造的な解き方を探すよう手助けすることで、中学や高校に進んだ時に数学という概念をより深く理解できる子を育てよう、というような目的で導入されたという。
この趣旨、私としてはすごーく納得。

ところが、今回のワシントンポスト紙によると、これらの新しい教え方に対する保護者からの批判が結構すごいんだそうだ。
1000人の署名嘆願が集まっちゃったり。
新しい教え方に異議をとなえるサイトができちゃったり。

着実な計算力、そして、それを支えるための九九などの記憶か。
記憶をあえて排し、数字や計算の意味を理解し、自分で考える癖をつけることか。
いや、どっちも大事、ってのがホントなんでしょーけどね。
(そういえば、日本でもあるものね。100マス計算や公文式の功罪をめぐる議論などなど)

ケネディーセンターの日本文化週間

先週末から今週末にかけて、ワシントンDCのケネディーセンターで日本の文化特集をやっております。狂言、バレエ、蜷川幸雄さんの芝居に、宮本亜門さんのミュージカルなどなど。
息子とは、亜門さんのミュージカル「ブンナよ、木からおりてこい」を、夫とは蜷川さんの「身毒丸」を見てきました。
それぞれ、とても楽しめました。

「身毒丸」 は開演前にナレーションでかなり詳しくストーリーを英語で説明したものの、舞台自体は完全に日本語。アメリカの人の目には、寺山修司のこの作品、どんな風に伝わったんだろうなあ。
舞台が終わった途端、隣のオバサンが大興奮で叫んでた。
「インクレディブル!」
なんとも怪しげな役者たちの存在感と、舞台演出と、音響に感動したらしい。

私の耳に残ったのは、
「家があって、屋根があって、お父さんがいて、お母さんがいて、子どもが2人いて、それが家族というものだ」 というお父さんのセリフ。
そうそう。
こういう価値観、あったあった。
息子が長じてこの芝居を見ても、もう、「あったあった」 とは思わないんだろうなあ。

それはそれとして。
今回のケネディーセンターでの催しの中で、ものすごい人気を誇っていたのが、ロボットたちでした。ペットセラピーの代用ともいえる 「ロボットセラピー」 で効果を上げた実績を持つ、パロちゃんとか。アシモとか。

でもたぶん、一番人気は、着物姿のアクトロイド。
アンドロイドとアクターあるいはアクトレスを掛けた名前らしい。

20くらいプログラミングされた質問があって、これを尋ねるとちゃんと英語で答えてくれる。
アメリカの大の大人たちが、奪い合うようにマイクを握り、
「どんな食べ物が好きですか?」
「あなたは何歳ですか?」
「お名前は?」
「アメリカをどう思いますか?」などと必死で聞いている。
ちゃんと答が返ってくると大喜び。
一方、うまく質問を理解してもらえず、奇妙きてれつな答が返ってくると、これまた大喜び。

いわゆる人型ロボットのどうしようもない不自然さから来る不気味さがかなり抑えられていて、その出来には関心した。
もっとも、その後、女子トイレで黒人女性2人のこんな会話を耳にした時は爆笑してしまったが。

「しっかしさーー。日本にはきれいなモデルとかいないのかねえ」
「ほんとだよね、何もロボットに受付嬢をやらさなくたってねえ」

思わず、「いや、日本にだってきれいな女優さんはいっぱいいるのよ」 と口をはさみたくなったが、でもよくよく考えたら、どんな女優さんだって、あそこまで人気者にはなれなかったかも。
「私は2年前に生まれました。でも生まれた時から18歳で、歳は取らないの」 なーんて答えるだけで、拍手喝采してもらえるんだもの。
いやはや、大したもんです。

卵を買う時に

古巣の毎日新聞のサイトを見ていたら、こんな記事を発見。
「消費者は甘やかされる存在なのか」。

結構大笑いして読んでしまった。
私自身、「消費者庁? 別のことに税金使えよ」 というのが本音だったから。

今回の冷凍餃子はもちろん怖い話だ。
特に今回は被害者が存在し、それが子どもだったわけで、同じ子どもを持つ親としては、たまらないものはある。
おまけに、今回の餃子みたいな冷凍商品の場合、外からじゃ判断できないわけで。消費者がいくら賢くなっても太刀打ちできない。
それだけに、餃子騒動を受けてこの手の意見をメディアで書くのって、実は結構勇気がいることだと思う。
よく書いたなあ、と素直に感服。

実はね、日本から消費者庁のニュースが漏れ伝わってきた時には、なんだかすごく違和感があった。そもそもその前に、厚生労働省が休日返上で相談窓口を設けた、というニュースを聞いた時に、「なんか、手取り足取りだなあ」 と思った。
休日返上で電話相談に応じた役人さんたち,、大変ねえ、とか。
でも、やっぱり休日出勤のお手当とか、もらえたのかしらん、とか。
税金、いくら使ってるのかしらん、とか。
だって、販売元の企業がすでにこぞって、相談窓口を設けていたわけじゃない?

私がアメリカに来て最初に学んだのは、
「卵を買う時には、パックを開けて、1個1個確認せよ」 だった。
最初に買ったパックにも、2度目に買ったパックにも、ちょっとしたヒビの入った卵が混じっていたから。
スーパーでよくよく観察してみたら、誰もがパックを開けて、きちんと確認して買っている。時にはグシャっと割れて、中の黄身が漏れだしてるパックが並んでたりもする。
そもそも、英語で 「rotten egg」 といえば、腐った卵。日本でいうところの、「腐ったミカン」みたいなもので、「ダメな奴」 とか 「悪い奴」 みたいな意味で使われる。
そういう卵があるのって、前提なのよ。
日本で、ミカンを箱買いした時、1個くらい白くカビが生えたのがあったりするのと同じようなもの。

豆腐と、牛乳も、「この日まで店頭で売ります」 という日付表示は平気で1カ月先だったりする。そのくせ、開けて食べてみると、腐ってたりすることももちろんある。「牛乳を子どもの飲ませる前には、必ず私が味見するわよ」 とこちらのママに言われた時には、ちょいと感動した。
そんなこと、私、日本じゃあしたことなかったもの。

買ってみて、不具合が見つかったら、みんな平気で払い戻しにやってくる。店の側ももちろんちゃんと払い戻してくれるしね。
食べ物に限らず、衣類でも、電気製品でも、箱を開けてみるまで部品がそろってるか、ほんとに見本と同じ内容か分からないことが多い。だから、こっちの人は絶対にレシートを安易に捨てない。
我が家でもモノによっては数カ月ほどレシートをきちんと取り置いて、将来の「払い戻し」に備える。

スーパーの卵売り場で、パックを開け、1個1個裏返してヒビがないか確認しながら、その面倒さが段々と平気になってきた自分に気付く。
ふと日本を思う。
日本の卵パックって、そもそも、お店で開けられたっけ???

ヒラリーと、オバサンの憂鬱

「ヒラリーの涙」報道について書いたエントリーの後半に登場してもらった、民主党支持者で、日本茶が好きで、「アメリカのケーキは甘すぎてダメ」という志向を持つ米国人女性(白人、推定年齢60歳)と、今回の予備選について茶飲み話した。

投票日の夜にやってきた彼女は、私が尋ねる前からきっぱり言う。

「これまであなたに、何度も何度も、私言ったわよね。『ヒラリーか、オバマか。どうしても決められないの』 って。でも結局私、今日はヒラリーに投票しちゃった」

さばさばとした表情でそういうから驚いた。
(というか、誰に投票したか、こんなにサバサバと他人に言っちゃっていいのか?)

彼女が、ヒラリーに投票しようと決めたのは、今朝方かかってきた1本の電話が原因だという。

「オバマ陣営からの電話でね。息子さんはいますか? って言うのよ。民主党に登録してあるはずの私じゃなくて、息子さんはいますか? だって」

彼女はずっと迷ってきた。
長年、ヒラリーの活動をつぶさに見守ってきた。尊敬もしてるし、感謝もしてる。
でも、夫のビルがどうも好きになれない。
そこに、華々しく、オバマ氏登場。
経験がない。ただの演説家に見える。そんな不安材料がいっぱいあるにも関わらず、この国がオバマ氏のような大統領を抱いた時の、この国のかたちを思い浮かべて、それを素敵だと思う自分を抑えられない。
でも、長年支持してきたヒラリーを裏切れない。
ああ、どうしよー。
延々とそんな悩みを吐露してきた彼女だったのだ。

そんな彼女の気持ちを、1本の電話が踏みにじった。
「ずっと気になってたの。オバマの選挙運動は、あまりに若者のシフトし過ぎてる。露骨過ぎる。私を、私のような年代の者を、ないがしろにし過ぎてる。1本の電話で、私はすっかり腹を立ててしまったの。それでヒラリーに投票したのよ」

彼女は言う。
「今日はオバマが勝つかもしれない。(事実勝った。この会話は、開票前のもの)。でもね、そうなったら私、選挙事務所に電話しようと思う。若者ばかりをターゲットにした選挙キャンペーンは間違ってる、って」

前日のオバマ集会で感じた「ロックコンサートに乗りきれなかった時のような気持ちの重さ」 の正体が、なんとなく私にも自覚できた。
そうよ、そうなのよ。
オバサンの憂鬱、なのよ。

投票日の朝にかかってきたその1本の電話に対して、彼女は最後にこう言ったんだという。
「私は、ヒラリーを応援してきたけれど、オバマ氏が候補になったらオバマ氏を喜んで応援するわ。でも、あなたたちはどう? もしもヒラリーが勝ったら、本当にヒラリーを応援する? それとも、政治から興味関心を失って、投票も選挙応援もこの国の行方も、どうでもよくなっちゃったり……しないわよね?」

さて、どうなんだろう。
昨日、ロックコンサートのごとく会場を埋め尽くした1万7500人の大観衆の思いの行方。
オバマ氏が最終的に候補になろうとなるまいと、人々がなぜこれほどまでに、Yes, We Can に揺り動かされたか、とても丁寧にウォッチしてくべきものなんだ、と改めて感じた。
今のこの国を理解する、というのはきっと、そういうことなんだろう、とも。

オバマ氏が、ヒラリーさんを、獲得代議員数で逆転した、そんな夜。

オバマ圧勝の前日の集会

私の暮らすメリーランド州と、ヴァージニア州、それに首都ワシントンDCの予備選挙で、オバマ氏が圧勝し、獲得代議員数でとうとう逆転した、というニュースをリアルタイムに聞きながら、今更こんなエントリーをアップするのも何ですが。

実は、投開票日の前日、生オバマを一目見に、車を30分走らせちゃったのよね、私。
メリーランド州立大学にある、巨大なアリーナ会場。
その場に集まったのは大学生や一般人ら約1万7500人 (ワシントンポスト紙によると)。

開場は朝10時半。
オバマ氏が登場したのは午後1時過ぎ。
2時間半以上、延々とアップビートなBGMがガンガンと流れる会場で、ウェーブの練習なんかさせられちゃったりして、私なんかもう、ポップコーンとかほおばっちゃったりして、ほとんどスポーツ観戦かロックスターのコンサートか、って感じ。

でもね。スポーツ観戦やロックスターのコンサートと一番違ったのは、たぶん、セキュリティーの厳しさだった。いきなり入場前の長い列に向かって、ボランティアたちが、「携帯電話やカメラ、パソコン、ありとあらゆるOA機器の電源を入れてくれ」 と叫び始めた時は、何が起こったのかと思った。OA機器を使った新手のキャンペーンかしらん、と思っていたら、入場時のセキュリティーチェックをより厳密に行うためだった。
この国では、黒人運動家や、黒人の権利に絡んだ政策を推し進めた大統領が、暗殺されてきた歴史があるんだものね。
「オバマには大統領になってほしくない。だって、あんないい人が暗殺されたらいやだもの」 と本気で語るアフリカンアメリカンがいるのも、そのためだ。

それにしても、すごい人。
小高い丘の上に立つ巨大なコムキャストセンターに、人々が長い長い列を作る様は、どこかの巡礼地みたいな感じで、氷点下の中でよくみんな我慢して外で待ったと思う。

人の波を前に、男たちがこんな会話をしてた。

「おいおい、女ばっかりだぜ」
「まったくな。女はヒラリーを応援するんじゃなかったのかい?」

揶揄混じりの会話は、ちょっと悔しかったけれど、でもホント、女性がたくさんいた。
白人も黒人もラティーノも関係なしに、本当にいっぱいいた。
ヒラリー危うし、という感じ。

すごい数の警察と、すごい数のボランティア。
人種の偏りはほとんど感じなかったけれど、
この世代の偏りは何だ?
若者ばっかり。
ま、大学だもの、仕方ないか。

開場から1時間を過ぎて、まず、午前11時40分に国歌斉唱。
150近くある記者席で、記者たちまで起立して歌うのを見て、日本と違うなあ、とふと思う。
いよいよ始まるか、と思うが、その気配はない。

「Latino for OBAMA」 というプラカードを持ったラティーノたちが現れると、メディアがわっと取り囲んだ。テレビが盛んに撮影してる。もっと拳を振り上げて、とか、叫んでくれよ、とか注文をつけてる。ああ、メディアのこういうところは、日本も米国も一緒ね。

開場から2時間後、ようやく集会が始まる。
学生がまず舞台に立ち、叫ぶ。

You guys!
Are you fired up?
Ready to go?

会場の若者は総立ちで叫ぶ。

Yeah!!!

これって日本語にすると、

「おーいおまえら、ノッてるか〜い?」
「いぇ〜〜い!」

だよね。
やっぱりどこまでも、ロックコンサートみたいなのだった。
大体、ここまで延々と待たせるのだって、下手な前座の演奏を延々と聞かされてる感じ。
時間のないオバサンとしては、段々とイライラ。

女はやっぱりヒラリーに投票するんだろ? なんて偏見を持ってる人に、とりあえずこの会場を見せたいよ。
会場を埋め尽くす、若い娘さんたち。
ピチピチのお腹だして、腰だして、氷点下の中もかっ歩できるその若さ。
お母さんたちがヒラリーを応援すればするほど、「ママってサイテー。私は絶対、オバマよ〜」と言い出しそうな感じだ。
オバマは本気で強い。そうヒシヒシと感じる。

12時50分。
何度も練習したウェーブが始まった。
1周。
2周。
3周。
まったく衰える気配なく、何度も何度も繰り返す。
甲子園のPL高校の人文字応援も真っ青の、一糸乱れぬこの動き。
アメリカの人って実はこういう集団的応援も得意だったのね。

もう飽きるほど聞いた Yes,We can コールと、Obama コールの末、
2万人近い観客が総立ち。
1時02分、いよいよ本打ち登場!!

さて、生オバマの感想は……?

1、待ち疲れた。
2、やっぱり演説はほれぼれするほどうまい。
3、若者、何でもかんでもキャアキャア叫びすぎ。

オバマ氏が叫ぶ。
「多くの人が言う。『おまえはまだ若い。次回まで待てるだろ』 と。冗談じゃない。今だって遅すぎる。今がその時だ。僕らは待てない。今が変革の時なんだ!」

若者、大興奮しながら拍手喝采。

しかし、どうなんだろ。
健康保険ネタにも、教育ネタにも、イラク戦争ネタにも、温室効果ガスネタにも、全部が全部、「いぇ〜い!」 でいいのか?
おい、そこの青年たち、タコスチップにむちゃくちゃチーズつけて、大量のプラスチックゴミ出しまくっておいて、「地球温暖化に立ち上がれ、いぇ〜い!」 でいいのか?

Change という単語が聞こえただけで、反射的に総立ちしちゃっていいのか?
そんなにも、そんなにも、あんたたちは CHANGE がほしいのか?

Yes, we can! の先に続く言葉に耳を傾けるよりも、Yes, we can! とひたすら叫び続けていたいのか? それほどに、あんたたちは、信じられるものがほしいのか?

結構、オバマファンを自称していた私なんだけど。最後は妙にフクザツーな気分になってしまったのだった。
ふと周囲を見れば、私と同世代かそれより年配の大人たちが、総立ちの若者の中でぽつねんと座り、腕組みして渋い顔で考え事してた。

オバマは強い。ものすごく強い。
これまで選挙なんかに関心のなかった層を、たぶん、若者だけでなく、ごそっと掘り起こしてる。それは肌身に感じる。
この場は大学だから、若者ばかりが目立っただけで、彼の支持者はもちろん若者だけじゃあない。
未来とか、希望とか、変革とか、はっきりと先が見えないほどにまぶしいものを、私たちに見せてくれそうな予感を、間違いなく彼は持っている。

でも。
この日、私の中に生じた、ロックコンサートで乗り切れなかった時みたいな気分は何なんだろう。

月曜日は学校ボランティアの日

ずっと、息子の小学校の学校でボランティアができないかな、と思ってきた。
息子から、断片的に聞こえてくる学校の話はどれもおもしろい。

「毎朝、『忠誠の誓い』ってのをやるんだよ。United of America のところだけ、いつも聴き取れるんだけど、あとは分からない」 とか、
「先生が黒板の前で全員に説明するような授業は、算数だけ。あとはみな、別々のことをやってて、Done? (終わった?) とか聞かれるの」 とか、

気になる。
私も見てみたい。
いったいこの国の小学校って、どんな授業風景なんだろう。
子どもたちはどんな風に学んでいるのだろう。

新聞記者の立場で学校を見学しようと思ったら、日本国内だって、申し込みだの親の許可だの何だのって結構面倒だ。ところが、「生徒の親」 の立場を利用したら、誰に文句を言われることもなく、堂々と、それも感謝されながら、学校に出入りできるというわけ。
現地の教育に興味のある私が、これを使わない手はないのだった。

しかし。
問題は、今の私が忙しすぎること。
息子が学校に行っている平日午前9時〜午後3時。カレッジだ、合唱だ、英会話だと、あれこれ詰め込みすぎて動きが取れない。
それでも、1週間の予定を1時間刻みで書きだしてみたら、見つけたぞ!
月曜日の朝9〜10時半が空いている。

早速、息子の担任、ドーブリッジ先生に手紙を書いた。
「学校のことをもっと知るためにも、ボランティアをさせていただけませんか? 息子がこの学校に慣れるのを支えるためにも、私自身が学校のことを知る努力をしたいんです」
いかにも優等生ちっくな手紙に、我ながら満足。
本音は、「親の立場を利用した学校取材」 なんだけどね。

ということで、本日初めて行って参りました。学校ボランティア。
最初は、噂に聞いていたコピー取り。
渡米前に聞いた時は、「アメリカでは、教師が親にコピー取らせるの???」 とびっくりしたものですが、不思議ねえ。こっちに来てみれば、なぜ日本にいた時、そんなことに抵抗を感じたのかすら思い出せないわ。

「これはホッチキスで止めたのを7部、これは一部ずつ、この紙は全部で23枚、おねがいします」 とドーブリッジ先生に頼まれ、いそいそとコピー室へ。ほかのボランティアママに手取り足取りコピー機の使い方を教えてもらい、これは難なくクリア。
次は、図形の絵と名前を書いた紙を色画用紙と一緒にラミネートしたものを渡され、「もう1セット作ってもらえます?」 だって。
コピー室に戻ると、おおお、ラミネートする機械があったのだった。これまた別のボランティアママに教えてもらって、あっさり完了。
この手の工作ちっくな作業は、実は私、かなーり得意なのよね。

このあたりでもう、私、楽勝ムード。
「何でも来い、ガハハハハ」状態の私に、次にドーブリッジ先生が頼んだボランティアは……。

「アーロンという生徒のリーディングを見てやってもらえます?」

は? リーディング?

「アーロンはこの本に今取り組んでます。このページの内容について、アーロンにいくつか質問してやってください。アーロンがうまく答えられないようなら、内容を吟味したり、必要なら、数ページ前まで戻ってないようを確かめたり、そうやって本の中身の理解を深めさせてやってくださいな」

がーーーーーん。そんな、いきなり。
なにしろ私、アーロン君とは初対面。
アーロン君の本とも初対面。
アーロン君の本の登場人物とも、もちろん初対面。
話の中身、全然分からないのに、何を質問すればいいの?

とりあえず、やってみた。

私 「ハ〜イ、アーロン、よ、よろしくね」
ア 「ハーイ……」
私 「じゃ、始めよう。え〜っと、このお話、主人公は誰?」

(仕方ないよね、話の筋が分からないんだもん)

ア 「このネズミ」
私 「なるほど。で、このページでは、このネズミ君にどんなことが起こったの?」

アーロンはしばらく考え込んだあと、一言。

ア 「別のネズミにラブしたの」

…………。

LOVE の単語にしばし頭が凍る私。
ネズミのラブ。いったいどんな恋なのか。
さらに、どういう質問をすればいいわけ?

「で、告白はしたの? まだなの?」 じゃあ、性急だよな。
「相手のネズミさんは、どんな娘さん?」 は、何かオバサン臭い。

焦っていたら、アーロン君、正直にこんなことを打ち明けた。

「でも、僕、このページ、まだあんまり読んでないんだ」

心の中で歓声を上げる私。
でも表情はあくまで冷静に。
にっこり笑顔で私は言ったわよ。

「OK、アーロン。一緒に声を出して読んでみましょ〜」

2ページ、音読したところで授業はお終い。
めでたしめでたし。
でも、ここだけの話、音読してみたところで、登場人物のネズミが多すぎて、話の筋はまったく分からなかった。
まいったまいった!

最後は、何人かの子に、「じゃあね〜。また来週来るよ」 などと調子よく声を掛け、学校を退散。
ああ、おもしろかった。

コピー室と教室を言ったり来たりだったので、ゆっくり授業を見学できたわけじゃないけれど、息子の言う 「算数以外は、みなてんでバラバラなことをしてる」 は本当みたい。リーディングだって、レベルによって取り組んでる本も違うし、息子たち英語ができない生徒3人はさらにまったく違う課題をやっていたし。
先生はそれぞれの子のところを転々とし、その場その場で指導をしてる。
息子によると、お母さんボランティアはこの指導の一端を担うことも求められているだそうだ。
学校内を歩き回っていて、たくさんのお母さんボランティアとすれ違った。
コピー取りから教材作りから授業の指導分担まで、ボランティアの力の大きいこと!

そんなわけで初日は無事終了。
今朝は息子も張り切って登校してくれて、そんな姿を見ただけでも、毎週頑張るぞ、と勇気が沸いてくるってものだ。

もっとも、帰宅した息子には一言文句を言われた。

息子 「母ちゃん、俺に声をかけないまま、ほかの子とかに声をかけて、帰っちゃったでしょ」
私   「あんたに声をかけたら、なんかヒイキみたいじゃん。あえて声をかけなかったのよ」 
息子 「ほかのお母さんたちは、自分の子どもにだけ声をかけて帰るんだよ!」
私   「うそっ。それで、ヒイキとか言われないわけ?」
息子 「それどころか、ボランティアに来るたび、自分の子どもを抱きしめてるよ」
私   「……。それ、今度、母ちゃんやろうか?」
息子 「それは、やめてよ」
私   「じゃあ、投げキッスとか」
息子 「それもダメ」
私   「両手でちぎれそうになるくらい手を振るとか」
息子 「……片手でいいよ」

あ、そーですか。
しかし。
教室ボランティアとして登場し、自分の子どもをハグしちゃって良いんですか。
やっぱり、何でも体験してみるに限りますなあ。
これから毎週月曜日、アメリカの学校探検が楽しみな私です。

息子が取り戻した消しゴム12個

「母ちゃん。学校で消しゴムがさ、なくなるんだよ。誰かに盗られてるんだと思う」
息子が最初にそう言い出したのは、たぶん1カ月くらい前だった気がする。
アメリカには、エンピツにつけるキャップ型のカラフルな消しゴムというのがあって、何色も入ったのを文具店で売っている。
「クラスのみんなが持ってるのを見て、ほしいなーと思うんだけど、買ってくれる?」
息子が米国に来て最初にねだった文具が、これだった。
「文具は日本のに限るなあ」  などと言うことが多かった息子が、初めてアメリカの文具に興味を示したのがなんとなくうれしくて、あっさり買ってやったのが1カ月前。
それ以来、一つ、また一つと机の中から消えていくんだという。

「だからアメリカは嫌なんだ」 などと息子が言い出すもんだから、「日本だってよくある話しじゃない〜」 などと焦って言いなしたら、「俺は日本ではモノを盗られたことはないっ!」 と息子は断言する。 
なまじ日本で友だちに恵まれていた息子だから、何か嫌なことがあると、全部 「アメリカ」 のせいにしちゃいそうで、とっても心配なのだった。

そんなある日、息子は言った。
「俺、消しゴムを盗る奴、だいたい分かってきた。わざと消しゴムをちらつかせたら、ずっとこっちを見てて、こそこそと友だちと俺の名前を言ってたもん。明日はあいつを、1日じゅう、監視してやるんだ」
なんだか最初から敵対ムード。
穏やかじゃないなあ。
大丈夫なのかしらん。

そしたら翌日。
学校が終わって、お迎えの私の車に飛び込んできたと思ったら、ポケットの中から何やら出して、得意満面に言う。

「返してもらったよっ!」

手のヒラにはなんと、消しゴムが8つ。
息子の話は、こんな感じ。

「算数の時間に、俺、ずーっとアイツの行動を見てたんだ。そしたら、別の子の机の上から消しゴムを盗る瞬間を見ちゃったの。それで、英語しゃべれないけど、どうしたらいいかな、って考えて、ドーブリッジ先生のところに電子辞書を持っていって、アイツを指さしてから、『消しゴム』 と 『盗む』 って文字を辞書で探して見せたの」

先生はその子をすぐ呼び出し、事情を聞いたらしい。
その子は絶対にやってないと言い張ったけれど、2人組の片割れが全部正直に離し、その子も認めたんだそうだ。
で、その場で戻ってきたキャップ消しゴムの数が、なんと8個。
「まだ家にあるから、明日持って来てくれるんだって」
息子は実にうれしそうだ。

彼の喜びを分析するに、
「消しゴムが戻ってきた」 が5割。
「英語が話せなくても、なんとかなった」 が4割。
「先生がちゃんと信じてくれた」 が1割。
というところかなー。

息子に言いたいことは、実は色々ある。
「消しゴム」 くらい、辞書を使わなくても、既に知ってる単語だろ、とか。(完璧主義の息子だから、完璧を期したかったんだろうことは、容易に想像つくけどね)。
辞書を駆使してでも意思表示する気持ちがあるなら、誰かと友だちになるとか、もっとポジティブな場面でその努力をしろよ、とか。

それでも。
息子の性格を考えると、本当に緊張しながら、迷いながら、先生に告げに行ったのだと思う。
単に自分のモノが盗られたからじゃなく、クラスメートの消しゴムが盗られてるのを見て行動に移したことも、うれしい。
何より。
どんなささいなことでもいい。
少しでも自信を取り戻してもらえるなら、それはやっぱり息子にとっては貴重なステップなんだろう。

翌日。息子はさらに消しゴムを4つ持ち帰った。
その子が直接届けてくれたんだって。
息子は12個の消しゴムを、今はしっかり家で保管している。
現地校に行き始めてもうすぐ4カ月。
いまだ英語で友だちと会話する気配のない息子の、長い長い道のりの中での小さな出来事なのだった。


きょうは朝からオバマ応援

節操がない、と言われればそれまでだけど。
今朝は朝6時に家を出て、やってきました、オバマ応援。

オバマ氏の公式ホームページから、各州のページに飛ぶと、近所でやってるイベント予定が分かる。ミーティングは平日の夜か週末の昼間だし、phone bank (携帯電話を持ち寄って電話を掛けまくるというもの) は英語が流暢でないとつらい。そもそも「体験」目的の私としては、相手の反応が目に見えないとつまらない。
そんな中で見つけたのが、これ

朝6時半から大通り沿いで Obama のプラカードを掲げて立ち、通勤客にアピールしよう、というVisibility Event。これなら、1時間だけ参加し、大急ぎで自宅に戻れば、息子と朝食を一緒に食べられそうだ。

朝5時50分に起き、真っ暗闇の中、現地へ向かった。
実は、今回の場所は、先週参加したヒラリー陣営の集会場所のすぐ近く。
それだけに、自らの節操のなさをヒシヒシヒシと感じてしまう。
「Knowles通りとConnecticut通りの交差点の駐車場で集合」 なんて、そんなテキトーな待ち合わせ場所あるかい! と思いつつ言ってみたら、どうやらそれらしき人が数人ちらほら。

駐車中の車の隣にキャンプ用のテーブルを置き、買ってきたドーナツと家庭用の水筒に入った暖かいコーヒーを並べてある。その場にいたのは30代の白人夫婦と2人の白人女性。
とりあえず、
「混ぜてもらえるかな? 正直言ってアメリカ市民でもないんだけどさ」 と切り出してみる。
それから、ふとオバマ氏お得意の 「Yes We Can スピーチ」 を思い出し、よし、あれをちょっと拝借しよう、と考え、こう続けてみた。

「少し前までは、アメリカ市民でもないし、関係ない、何もできることはないと思ってたの。でもスーパーチューズデーの夜、オバマさんのスピーチを聴いて、思ったの。もしかしたら、って。Yes, I can ! って」

まあ、実際はこんなにスムーズではなく、少々詰まっちゃったんだけど。
それでも、4人全員の大拍手を勝ち取ったぞ。
「Welcome ! 」 と歓迎してもらうのって、ほんと、気分いいのよね。

いかにもお手製ちっくなプラカード (公式のカードに混じって、写真を拡大コピーしただけ、とか手書きのポスターなんかもあった) が15枚ほどあった。
1枚を高く高く掲げてみる。
しかし……。

つまらん。
ヒラリーの時みたいに、「Bumper sticker for Hillary?」 とか言葉が必要なわけでもないし、そもそもアピールする相手がみんな車に乗ってる通勤客なので、そこで対話は生まれないし、おまけに、

真っ暗で、相手の反応が見えない〜

これは大誤算なのだった。
どんな世代の、どんな人たちが、オバマ応援に反応するか、それが見たかったのになあ。

でも、そうこうするうちに、ちらほらと、運動に参加する人が集まり始めた。黒人女性2人組が来て、その後、妙にノリの良い白人男性が来て、さらに白人夫婦が来て……。
最後は総計15人くらいに。
うち10人は白人で、アジア人は私一人、ね。
全体的に30代前後が多い感じ。

次第に夜が明け、段々とおもしろくなってきた。
上り始めた太陽のお陰で、車の中が見えるから。
最初は、賛同の意を示すクラクションくらいしか反応が見えなかったんだけど、明るくなって通り過ぎる車の中が見えるようになってくると、色々な人が実に色々な反応を示してくれていることがわかってきた。

ちぎれそうなほど手を振ってくれた女性。
窓を開け、上半身を乗り出し、「オバーマオバーマ」 と叫んでくれた黒人男性2人組。
あっちでタクシー運転手がクラクションを鳴らせば、
こっちではトラックの運転手が、野太いクラクション。
おまけに、生徒を乗せたスクールバスの運転手さんまで!
リアクションだけで見れば、そこに民族差はほとんど見られないような気がした。
別にアフリカンアメリカンの人たちだけでなく、色々な人が賛意を表してくれた。
が、あえて言うなら、年配者の反応が悪い。
これがヒラリーの時との差かも。

もちろん、賛同ばかりじゃない。
親指を立てて賛同してくれた人もいっぱいいたけど、その半分くらいの数の人が逆に親指を下に向け、反意を表明してた。
わざわざクラクションを鳴らし、私たちの注意を引いておいてから、親指を下に向ける人までいる。
結構なスピードで運転してるくせに、ハンドルを完全に離し、両手で 「Go to hell ! 」 とやってくれた白人男性もいた。
おいおい、危ないってば。

おもしろいなあ、と思う。
この国では、車の中からでも、ここまで豊かなリアクションを見せてくれるんだ。
というか、何か意見表明をしないといられない国民性なのかも。

もう一つ、気付いたことがある。
ヒラリー陣営で、車のバンパーにつけるステッカーを配った時には、リーダー格の人はものすごく選挙運動がうまかった。集会でも 「ミニ・ヒラリー」 みたいな弁の立つ女性がいっぱいいたし、地域選挙も含め、選挙運動をやりなれてる感じがした。
だから、私が参加した時も、すぐに名前なんかを書かされたし、「アジア人向けの集会もするから、絶対に来てね!」 とか言われるし、運動内の民族的多様性を確保するため、私みたいにたいして英語もできない人間でも上手に活用する術をよく分かってる感じがした。

が、今日のオバマ応援は、全然違った。
みんな、すごく選挙応援が下手。
車が信号待ちしてる時なんか、もっと積極的にチラシなんかを用意して配りまくればいいのに、と、こっちがイライラしちゃうくらい。そもそも彼ら、そういうチラシすら用意してないのだ。
朝が明けてきて、道ゆく人も見え始めたのに、積極的に声もかけない。
はっきり言えば、全員が全員、素人なのだ。
主催者らしい白人男性なんて、手袋もしてない。冬の、それも早朝の野外選挙運動といえば、手袋は必須だろ、と突っ込みをいれたくなる。

みんな、ただ、何となくうれしそうに、楽しそうに、車に向けてプラカードを揺らしてるだけ。
私に対して、名前を書けとか、こちらで選挙権のある知人の住所を書いてくれないか、とかそういうのも一切なし。

あれれ、と不思議な感じがして、手袋のない手に必死で息をはきかけてる主催者の白人男性に尋ねてみた。
「こういうこと、しばしばやってるの?」

彼は言う。
「実はね、これ、僕にとっては最初の選挙運動なんだ。計画したのは妻なんだけどさ。夫婦で、今回ばかりは何かオバーマのためにやってみたくなっちゃってね」

夫婦で話し合い、何かやってみようと計画し、お手製のプラカードを用意し、公式ウェブで告知したんだそうだ。「いざとなったら、2人だけでやってもいいしね」と。
自腹を切ってドーナツをたくさん買い、暖かいコーヒーを水筒に詰め、そのくせ自分の手袋はしっかり忘れて……。
つまりその日集まった10人以上は、お互いまったく見知らぬ他人で、ウェブの情報だけを頼りに、こんな朝早くにやってきたというわけ。
私も含めて。

彼がしゃがみこみ、「寒いかい?」 と声を掛けた。
声を掛けた先を見ると、ゆりかごの中に赤ちゃんがいた。
青い目をパッチリ開けて。
この瞬間、胸が詰まった。
この夫婦、赤ちゃん連れだったんだ。

ゆっくりと話しをする時間もなく別れたのだけれど。
それまで大統領選に興味もなかったような夫婦が、たぶん自分たちと子どもの未来を想い、初めて何かを一緒に計画し、行動に移したんだろう。
小さな夫婦の物語に過ぎないのだけれど、オバマの強さを垣間見せてもらった気がした。
これからの8年間、この赤ちゃんの青い瞳に映るのは、どんな国の姿なんだろう。

Yes We Can の魔術

民主党ばかりでなく、共和党にも関心を寄せろよ、と夫は言う。
そりゃ確かに、Huckabee さんの集会とか、どんな人が来て、どんな話をしているのが、興味がないわけじゃあない。
正直に告白すると、原因は私の英語力不足。
読解スピードがついていかず、大量の選挙報道のすべてをとても読破できそうになかったため、最初っから民主党だけに絞って、これまで記事を読んできたのだった。
まずは反省。
ということで、本日、Huckabbeさんの集会が近所でやってないかなー、と調べて見ましたが、日曜日のお昼とか平日夜とか。
うーむ。
好き勝手動き回るのは息子が学校に行ってる時間だけ (息子がこの国にもう少し慣れるまではね)、と自分なりに決めている私としては、ちょいと苦しいのだった。

ということで、本日はオバマ話。
スーパーチューズデーの前夜9時前、という絶妙なタイミングで、オバマ陣営から支持者への一斉メールが届いた。(私も登録しているのだ)。
タイトルは YOU HAVE TO SEE THIS.
中身には、4分半程度の動画へのリンクだった。

いやはや、参ったね。
彼の、Yes, we can節は、何度か演説なんかで見聞してきたけれど、この見事なセンス。
部外者の私でも、Yes, we can の連呼と、優しげなメロディーに、しみじみと癒されてしまったよ。
もしもこの国の国民が全員若者だったら、正直言って、ヒラリーさんには勝ち目がないだろ、と思ってしまったほど。

一夜明けてスーパーチューズデー。
5日の夜、テレビで、オバマさんのスピーチを見た。
しょせん私の寂しい限りの英語力ですから、逐語訳できるほど理解なんかとうていできないわけだけど。
それでも、彼のスピーチがむちゃくちゃうまいことだけは、よーく分かった。
スピーチの最後は、お得意の繰り返しによる盛り上げ。
最後の最後は、Yes, we can の連呼。
彼が、力強く、“Yes, we can” と叫び、聴衆に “Let's go on !” と呼びかけた時なんか、テレビのこっち側で、一緒になって、

YES, WE CAN !

と私まで叫びそうになったよ。
スピーチの途中からは、前夜に見た例の動画と、そのメロディーの記憶があふれてきて、感動的なBGMつきでスピーチを聴いてるみたいな感じ。
まさかとは思うけど、そこまで狙った動画配布だったのかしらん。

この国に来て4カ月の間に色々あった出来事や、
切なかったこと、悔しかったこと、
それでもあきらめきれないこと、
もっと目の前の話で言うならば、カレッジの社会学の宿題が全然終わらないことまで、
全部全部胸にこみ上げてきて、
 
Yes, We can.

そう、力強く自分に言い聞かせたくなっちゃったんだよね。
魔術みたいだな。
まいった、まいった。

この手の動画を、日本の政治家で作ってみたらどんな感じかなあ、と想像してしまった。
少々古いが、土井たか子さんの 「山が動いた」 で作れそうな気がする。特に今の時代だと、旧社会党シンパのノスタルジーをかっさらうことくらいはできそう。
ちょっとマイナー過ぎか。

小泉純一郎さんが土俵に上がり、涙目で言った 「感動したっ!」 はどうか。
なんか作れそうな気はするけど、未来や希望を想起させてもらえないし、第一、自信に充ち満ちてくる感じが全然しないよなぁ。

ただの、Yes, we can.ってだけの言葉なのにねえ。
日本の英語の教科書で言えば、

Can you swin?
Yes, we can.

みたいにして中学生で教わるような単純な言葉じゃない?
それがどうして、彼のスピーチをあんなに力強くしうるんだろう。

Bumper stickers for Hillary ? 行動編

(Bumper stickers for Hillary?集会編、の続き)

さて。
集会はお開きになった。
さっそくあちこちで、色々なボランティアのリーダーの元に、人が集まり始める。
私は、息子の補習校のお迎えまでまだ数時間ほど時間があったので、近所のショッピングモールに行って、ヒラリー応援をうたった bumper sticker (車に張るバンパー) を配るボランティアに参加してみることにした。
「英語、うまくないけど、参加していいよね?」 と聞くと、
「大歓迎!」 と言われたもんだから。

いよいよ、選挙ボランティア体験も実践編、である。
ワクワクドキドキの私である。

車で20分の近くのスーパー前に集合。
集まったのは、ボランティアの中核メンバーが3人。それに初めてこういう行動に参加するという白人夫婦。それから私の6人。
民主党の色である青いステッカーを手に、笑顔で叫ぶ。

Bumper stickers for Hillary??

リーダーの人から、前もって注意事項が言い渡されていた。
「ステッカーはお金もかかってるし、間違いなく車に貼ってもらうことが必要なの。だから、ただ渡すのではなく、その人の車まで一緒に同行し、その場でバンパーの汚れを布で拭き取り、私たちの手で貼らせてもらうのよ!」

だから、ステッカーとボロ布を握りしめ、叫ぶことになる。

Bumper stickers for Hillary??

いやはや、おもしろかった。
日本でこういうことをやると、興味のある人は静かに近寄って来るだろうけれど、多くの人は無視するよね。あるいは、顔の前で手なんかを小さく振りながら、軽く頭を下げちゃったりなんかして、悪意がないことだけを伝え、そのまま立ち去るとか。

アメリカの人はおもしろい。
反対であろうと、興味がなかろうと、ヒラリー大好きであろうと、とにかくリアクションしてくれる。このリアクションが豊かで、バラエティーに満ちている。

「オバーマ!」 と一言、喜びと誇りに満ちた顔で言い、胸を張って立ち去るのは、やっぱりアフリカンアメリカンに多い。それも女性に多い、というのが印象。
(彼女たちの、オバマ氏の名前を本当に誇らしげに口にする表情は、こっちまで感動するくらい美しかった!)
こんな時は、ヒラリー陣営のリーダーも、 「ええ、オバマも素敵な候補者よ!」 と相手をたたえる。

親指を立てて、「ヒラリー! ヒラリー!」 と歓声を上げる人もいれば、駐車場内を車で走らせながら、窓を開け、クラクションをがんがん鳴らして支持表明する、うるさい人もいる。
「私も娘もヒラリー派よ」 という人も結構目立った。
こういう派手なレスポンスをしてくるのは、ほぼ女性に限られている。
圧倒的に多いのは白人女性。

さらに、ヒラリーがヒスパニックに人気が高い、というのも、実感としてつかめた。
女性だけでなく、男性も 「ヒラリー支持」 を口にするのは、ヒスパニックの家族連れなんかに多い。

それに比べると、白人男性は意外なほど冷たかった (気がする)。
中には、すごい剣幕で、
「Don't kill children !」 と何度も叫びながら立ち去った白人男性がいた。
一瞬、なんだろ、と思ったけれど、どうやら、ヒラリーの中絶に対する態度 (確か、「中絶は女性にとって悲しいこと。避けられるなら避けるべきだけど、権利は認められるべき」 だっけ?) を批判していたらしい。

どっちにしても、「ジェンダーや人種が問題なんじゃない」 とどの候補が言おうと、それは嘘だ、としみじみ痛感。
こうやって、街行く人々に声をかけて、その反応を身体で感じれば、そこにジェンダーや人種・民族のバイアスがあるのは、どうしようもなく明かなのだった。

ほかにも、「興味ないわー」 や 「どっちか決めてないし」。
「オバマにもクリントンにもうんざりしてるの」 や 「そうやってうるさく支持を求めるところが嫌いなのよね」。
いろいろなことを、いろいろな人が言いながら、立ち去っていく。
日本で同じことをやっても、これほど面白い体験はできないだろうな。
私の英語力がもう少しどうにかなっていれば、もっと豊かな言葉をキャッチできたと思う。
誰に言うでもなく、サラリと言う、短い、小声の言葉って、一番、私には聞き取りづらいのだ。

「誰に投票するかは、私が自分で考えるわ!」
「俺は共和党支持者なんだ」
そんな風に言う相手に、ボランティアリーダーの女性が必ず笑顔で返していた言葉がある。
それは、

That's America !

だ。

あなたには、あなたの信じる候補者に投票する権利がある。
私には、私の信じる候補者に投票する権利がある。
それが自由な国、diversity (多様性) を認めてくれる国、アメリカなのよ!
というわけだ。

これを言う時の彼女は、本当に誇らしげで、胸を張っていた。
単に他の候補を支持する人に悪く見られないように方便で言っているというようなことではなく、本気で、それを誇り、信じているのだと、見ていてよく分かった。

さてさて。
肝心の車のバンパーステッカーはどうなったかというと。
これねえ、ほしがる人、すごく多いの。
ところが、「じゃあ、この場で、今、車に貼らせてくれる?」 というと、半分以上の人はその瞬間に言い繕って逃げる。
この逃げ方がまた絶妙。

「あーん残念、私、車を持ってないの」

うそつけ、嘘!
この巨大ショッピングモールに、車なしで普通こられないだろ。
カートにつんだ大量の買い物を、君は本気で歩いて運べるのか?
といったみえみえの嘘。

ほかにも、
「夫の車だから、夫に許可を取らないと」
「今日はバスで来たんだ。あとで車を持ってくるよ」
「車に貼って、取れなくなるといやだなあ」(多くの人の本音はこれだと思う)
などなど。
ここからが、選挙ボランティアの交渉力が問われる。

「大丈夫。お湯を掛けるとすぐ取れるのよ」 とか、「バンパーがダメなら、車の内側から後ろのガラス窓に固定する方法もあるよ。私が今、やって差し上げるわ」 とか。
ボランティアリーダーの彼女は、ここからの押しがものすごく強くて、気付けば相手を納得させて、相手の車に同行する。
英語が苦手な私には、これができない。
だから、

Bumper stickers for Hillary??

と笑顔で叫んでおいて、「1枚ちょーだい」 と誰かが近付いてきたら、「Could I put it on your car right now?」 とか尋ねて時間稼ぎしながら、ボランティアリーダーに合図し、合流してもらう。あとは彼女の交渉力に任せて、一丁上がり、みたいな。
ほとんど、私がやってることは、キャッチですな。

立ち去る時、ボランティアリーダーに 「本当に本当にありがとう」 と感謝された。
圧倒的な言葉の壁にはばまれ、さしたる成果も上げられなかった私なんだけどな。

でも、感謝された中身を、私は実はその2時間で、かなり痛感していた。
何より感謝されていたのは、私が、アジアンだということだったと思う。
同じように、夫婦連れで参加した夫 (つまり男性) も、とても感謝されていた。
私と彼がいなければ、その日のボランティア4人は、全員が白人女性。
一気に、diversity が失われてしまう。
ボランティアメンバーの中に、アフリカンアメリカンがいて、ヒスパニックがいて、アジアンがいて、ちゃんと男がいてこそ、多種多様な人々に支持を訴えやすくなるし、「へええ、色々な人が支持してるんだ」 ということをアピールすることができる、というわけ。
戦略上のそういう理由に加え、たぶん、本気で彼女たちは、diversity を尊び、自分たちの仲間の diversity を誇りたいんだろう。

実に興味深い体験だった。
悪辣な怪文書や怪メールも飛び交うらしい民主党の選挙戦で、それでも「初の黒人大統領候補」 と 「初の女性大統領候補」 の一騎打ちというシチュエーションが、自信を失いかけたこの国の多くの人々を今、勇気づけてるんだと肌身に感じた。
結局、アメリカを世界に誇りたいんだよな。

こうなると、オバマ陣営のボランティアも1日体験したいもんだ。
彼がどんな人たちを惹き付けてるのか、すごくすごく興味があるもの。
なーんて。ああ、節操のない私。
スーパーチューズデーは明日だっ!

Bumper stickers for Hillary?  集会編

日本の友人たちから、「こんな面白い大統領選の時期にアメリカにいられるなんて、ホント、うらやましいわ」 などと言われる。
でも、家でワシントンポストを読み、テレビでCNNニュースを見てるだけなら、実は日本にいるのとあまり変わらない。
米国にいたところで、投票できるわけでもない。
新聞記者でもないから、取材するわけでもない。

ってなわけで、こっちにいなければできないことをやってみることにした。
それも、新聞記者を辞めてなければできないことを。

先週土曜日。
地元のカウンティー内で開かれたヒラリー陣営のボランティアミーティングに顔を出してみた。
夫は 「ヒラリーが来るわけでもないのに、なんでそんな所に行くわけ?」 と不思議がったが、生ヒラリーや生オバマと同じくらい、彼らを応援するアメリカの選挙ボランティアたちが私は見てみたかったんだ。

というか、この選挙に 「参加」 してみたかった。
祭りも選挙も、見てるより、やってみたほうが、おもしろいに決まってる。
日本では、新聞記者である限り、特定の陣営の選挙運動なんてものにはなかなか手を出せない。取材目的でどこかの陣営の選挙運動に参加するならば、まず身分を明らかにし、取材目的であることをきちんと相手に伝えるのがルールだ。
一市民として選挙運動に参加する、というの、一度やってみたかったんだよね。

さて。
DC市街地から車でわずか20分程度の閑静な住宅街に、その集会所はあった。
体育館みたいな場所に、80席ばかりのイスがぐるりと丸く並べられている。あちこちで選挙談義が花咲いている。みんなワクワクウキウキしている。
男女差を見れば、8割が女性だ。
人種比を見れば、8割が白人だ。
ヒスパニックの家族連れも結構多い。
アフリカンアメリカン、アジアンが若干名、という感じ。

所在なげにしてたら、すぐさまボランティアの中核メンバーの一人が近付いてきた。
簡単に自己紹介。「実は初めてなの。日本人だし、投票権もないんだけどね」
さすがに、「アメリカの選挙運動を体験してみたかったから来た」 と正直には言えず、「ヒラリーさんは日本でもとっても人気者なのよ」 と言っておいた。
そしたら、すぐさまボランティア統括担当の人がやってきて、「投票権がなくても、こんなことも、あんなことも、それからあんなことだってできるのよ。あなたの力が必要なの!」 と熱っぽく語ってくれた。
悲しいかな、私の英語力では、8割程度しか分からないんだけどね。

いよいよミーティング開始。
まず最初に、「今日、初めてヒラリーボランティアの集会に来てくださった人は立ってください」と声が掛かる。
立ち上がったのは、私も含め、15人程度。
大きな、極めて大きな拍手が私たちを迎えてくれる。
うーん、悪い気はしないのであった。

その後、皆の前で選挙ボランティアの説明を始めた女性の、演説のうまいことうまいこと。
彼女の話に呼応するように、次々に輪の中から手があがる。

「22州で選挙運動するのにいくらかかるか、みんな考えて。ヒラリーは何も、お金をくれ、と私たちに迫ってるわけじゃないのよ」
「ヒラリードットコムでTシャツでもボタンでも何でも買って、それを身につけて近所を歩き回りましょう」
「この前のディベートパーティーはすごかったわ。参加する前はオバマ派だった人も、帰宅する時には全員ヒラリー派に変わっちゃった!」
そのたび、一同拍手喝采。

発言するのはほとんど女性。
みんな堂々として、人を説得する言い方を知っている。
かっこいいぞ。ちょっと、すごいぞ。
ミニ・ヒラリーの集団みたいだ。

それから、みんな明るい。
むちゃくちゃ楽しそうだ。
2月5日のスーパーチューズデーには、22州に住む知人に片っ端から電話する作戦のようだ。
「9時間半、電話しましょ。最後のアラスカ州には、夜中まで電話できるわよ」 (時差のため)
「夜はみなでスナックを持ち寄って、私たちが成し遂げた結果をテレビで見ながら、パーティーよ!」
地元メリーランド州の投票日である2月12日にも、パーティーをやるらしい。
「朝から大きな投票場所に行って、そこから携帯電話で知人に電話を掛けまくろう」
「ヒラリーマスクを被るの、楽しいわよ〜。すごく注目されて、気持ちいいの」
(ほんとにヒラリーマスクってあるのだ。顔はちょっと、怖い)
「夜はもちろんパーティー。勝利を祝うのよ!」
そのたび、イエーイとかヒューとか声が上がり、拍手喝采なのだ。

ボランティアの申し込みにも、「phone bank (電話要員)」 や 「寄付」 のの隣に、「Tuesday snack」なるものがあり、何かと思ったら、夜の選挙報道観戦パーティーにお料理を持ってくるボランティアなのだった。
ほんと、楽しそう。

このミーティングで一番盛り上がったのは、中核ボランティアの一人である黒人男性が発言した時だ。
「アフリカンアメリカンの仲間は言うんだ。なぜおまえ自身の候補者(candidate of your own)を応援しないんだ? って。だから僕は言ったさ。僕の候補者(candidate of my own)は、ヒラリーなんだ、ってね」
この時は、会場中が割れるほどの拍手で埋まった。
しかし、この男性はさらにこう続けた。
「だからね。オバマに対するネガティブキャンペーンだけは、やらないようにしよう。それをお願いしたいんだ」

これに対しては、色々な意見が出た。
そもそも、ミーティングの司会役の女性からして、こういう。
「ニューハンプシャー州では、ヒラリーをものすごく悪く言う、ひどい nasty なメールが大量に配られたのよ。ネガティブキャンペーンをやってるのは、オバマ陣営でしょ」
「それに、ヒラリーは過去にこう言った。オバマは過去にこう言った。2つ並べて、あなたの好きな方を選んでね、って言うのは、ネガティブキャンペーンじゃないと思う」

「何がネガティブキャンペーンなのか」 に話題が及ぶと、議論は一気にドロドロしてきたのだった。私は外国人で、そもそも蚊帳の外だが、非常にネガティブな怪情報メールが、やっぱり飛び交っているらしい。
そういえば、「オバマはイスラム教徒。オバマ・ビンラディン」 なんて悪辣なメールも存在すると聞いたこともあるもんなあ。

とにかく1時間。
さながら、ミニ・ヒラリー演説大会のような勢いある 「話し合い」 の後、「さあ、もう議論してる時間じゃないわ。行動する時よ!」 というかけ声のもと、集会は終わったのだった。
ちゃんちゃん。