おぐにあやこの行った見た書いた

豚肩ロースじゅうじゅう→鶏つみれ鍋→豚骨ラーメン

昨夜から本日まで、お友達一家を招き、どんちゃん騒ぎ。
お友達一家所有の、巨大ダッチオーブン (容積は、日本のアウトドアショップなんかで売ってるのの2〜3倍ありそう……) で巨大豚肩ロースを焼くところからスタート。
お友達によると、下味は、ハチミツと塩胡椒にニンニクのすり下ろしに各種ハーブにお酢少々、だそうで。あとは隙間にジャガイモだのタマネギだのリンゴだのニンジンだのをぎゅうぎゅう詰めて。
炭をおこして、蓋の上にも炭を乗っけたら、放置すること2時間。

大変なごちそうでした。肉もうまいが、一番うまかったのはたぶんニンジンとタマネギ。溶けてしまったリンゴもいい味を出してました。

夜は更け、酔いは回り、その日はお休みなさい。
干しシイタケを水につけて冷蔵庫へ。これだけは酔っぱらってても覚えてたんだ。
(某国営放送の人気番組によると、冷蔵庫でゆっくりと戻すのが一番おいしい干しシイタケの戻し方なんだそうで)

さて、翌朝。
肉がついたままの豚骨に、ネギとショウガを加え、を昨夜からコトコトとスープを取っておいたものに干しシイタケの戻し汁、さらに前々夜の客用に作った鶏のつみれの残りを落とし、これまた、いたむ直前の白菜とコトコトコト。
最後は塩としょうゆと胡椒で味付けし、ごま油タラーリでいただきます。

さらにお昼。
コトコトコトと煮込み続けた豚骨スープがかなりいい感じになってきたので、煮干しと醤油なんかで味付けしてみたら、うん、いいぞ、ラーメンにぴったり。
子どもたちは 「ラーメンだ、ラーメンだ!」 と大騒ぎ。
それならば、と、2家族でわざわざ中華食材の店まで車でひとっ走りし、半生麺を買ってくるあたり、ほとんど執念ですな。

豚骨と煮干しの出会い。
ラーメン、おいしゅうございました。

そのお友達によると、これだけ楽しませてくれた豚肉の巨大肩ロースの固まりは、こちらのスーパーでわずか8ドルだったそうで。
うーん、すごい。
夫はすっかり感動し、「ダッチオーブンを買うぞ」 と息巻いてます。

コンク貝のサラダ

夫がクリスマス直前になって、「仕事、休めるかも」と言い出した。
おいおいおい、今から旅行なんて予約取れないよー、と叫びながらも、夫の 「バハマなんかどうだ?」 という声を頼りに、わずか2時間でバハマのホテルとフライトを押さえた私。
その段階ではまだ、バハマとハバマ、どっちがどっちかすら、確信を持てなかったんだから、情けない限りです。

ちなみに、バハマ、は、米国フロリダ半島の南東に位置する、英語圏の独立国の名前。
一方、ハバマは、キューバの首都の名前です。
念のため。

ということで、米国初のクリスマスは、南の島バハマで過ごすことになりました。
3泊4日の旅。
お天気にも辛うじて恵まれ、少々寒いながらも、プールで泳いだり、シュノーケルしたりできました。
が、親子で一番感動したのは、コンク貝という貝。
見た目はこんなにきれいな巻き貝。
だけど、もっとうれしいのは、おいしいこと!
多くのレストランで、コンク貝をフリッターにしたり、スープにしたり、パスタにしたりしてるんだけれど、中でも最高なのは、コンク貝を目の前でさばいて作ってくれる、生のままのサラダ。

タマネギと少々のピーマンとまだ青いトマトをサイコロ大に切り、生のコンク貝は中華料理でイカを料理する時みたいにこまかな切れ目を入れて食感を良くさせた上で、これもサイコロ大に切り、少々の唐辛子と大量の塩とライムとオレンジの絞り汁とで味付け。
巨大なコンク貝がどんと入って、8ドルなり。

親子で毎日、コンク貝サラダだけを作る小さな出店に通い詰め、家族3人で奪い合うように食べたのでした。
息子は、さばいた後の貝殻を1個わけてもらって大喜び。
(ほんと、ピンク色に光る貝の内側はびっくりするほどきれいなんです)

レストランで食べるコンク貝料理よりも、小さな出店に通い詰めたのは、ひとえに「生の貝」 にかける執念です。

「サラダもいいけど、この生の貝を刺身にして、柚胡椒か何かで食べてみたいなあ」とか、
「握りにしてみたい」とか、
「昆布じめにしてみたい」とか、

妄想を膨らませたコンク貝との出会いでありました。

おわびと訂正
上記エントリーにある、「ハバマ」 は、「ハバナ」 の誤りでした。お詫びして訂正します。そうよねえ、ハバナよねえ。なぜこんな勘違いをしたんだろ。でも、ハバマ、ってどこかにありそうよね。バナナとかも。……などと、何を書いてもごまかしきれない、この恥ずかしさ。嗚呼。
(新聞に書いてたら、社内笑いモノのうえ、始末書ものだったわー。笑いモノ、はここでも同じか。反省)

snowman ってなーんだ?

先日、息子に問題を出された。

「母ちゃん、snowman って、どういう意味か知ってる?」

そんな初歩的なこと聞くなよ、という感じで、私はこう答えました。

「んなもん、『雪男』 でしょ。まんまじゃん」

この時の息子の歓喜に満ちた表情を私はしばらく忘れないだろうな。

「ええええええええっ! 母ちゃん、知らないんだっ! snowman は、雪だるま、だよぉーーーーーー」

私、呆然自失。
え? うそ?
スノウは雪。マンは男。
スノウマンは雪男、とずっと思ってたぞ。
いやはや、恥ずかしい限りだわん。

「やった〜! 母ちゃんに勝った! 母ちゃんに勝った!」

本気で喜んでる息子なのだった。
この話しには後日談がありまして。
夜遅くに帰宅した夫に、息子は目をキラキラさせながら、

「ねえねえ、父ちゃん、snowman って、どういう意味か知ってる?」

思わず固唾をのんで夫の返事を待ってしまう私。
夫はそんなこととも知らず、あっさりと一言。

「へ? 雪男、だろ?」

やったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
父ちゃんにも勝ったーーーーーーーーーーーーーーーーー!

飛び跳ねる息子をみながら、「私の無知が、息子の自信回復の一助になったならば、ま、いいか」 と思う反面、やっぱり、負けたら悔しい母ちゃんなのでした。
ま、夫に負けなかったから、いいか。

眼球の裏を涼しくしよう……って?

今日はコーラスのパート練習、と聞いて出かけたが、実は、そうではなかった。
なんと、途中入部した私のためだけに、同じメゾソプラノの皆さんが半年かけて習ってきた組曲「水のいのち」について、これまで習った要点を全部説明してくれようという会だったのだ。
ありがたさと申し訳なさに、ほんと、感激。

先生方のご助言をびっしりと楽譜に書き込んだメンバーお二人から、一箇所一箇所説明をしていただいた。
この、「先生の助言」 というのが、こんな感じ。

息継ぎで希望を表現して。
20歳くらい若返った透明感のある声で。
自分に言い聞かせるようなレガートで。
背中を広げて。
織物の糸が1本1本抜かれていくように。
呼吸で絶望感を。
顔で響かせて。
おなかの底を揺らす。
性転換した気分で男性のような声で。
自分の声を集めて、喉の奥がくすぐったくなるように。
眼球の裏が涼しくなるような発声で。

うーん。
ピアノの木曽センセの 「音楽語」 で相当免疫があるつもりだった私ですが。
眼球の裏が涼しく」 には参った!
でも確かに。ニュアンスとしては分かるし、実は極めて具体的で分かりやすい説明だとも思う。

ほかの皆さんはこれを半年かけて練習してきたわけで、さらに5カ月後には日本から合唱団と指揮者の先生を招き、合同で合唱を披露する予定だそうで、本番に向けていよいよ 「折り返し地点」 に入ったタイミングだったらしい。
これに私が今から追いつくのは、たぶん、常識的には極めて難しいと思うんだけど、それなのに笑顔で仲間として受け入れてくださった先生方や皆さんに何より感謝。
同じパートの皆さんが貴重な時間を私のために割いてくれたのだし、絶対に頑張っちゃおう、と、またまた張り切っちゃってる私なのです。

ということで。
ブログのカテゴリーに 「コーラス」 を追加しました。
「ピアノ」 とともに、四十の音楽手習い生活ぶりを書いていく予定です。



 

現地校2カ月の息子の様子

母ちゃんがピアノだ、合唱だ、カレッジだ、あああ、時間がない〜!と叫んでいるうちに、我が息子のほうも、現地校登校がほぼ2カ月に達しました。

「子どもは大人より慣れるのがずっと早いわよー」

などと誰もが言うのですが、うーん、どうだろ。
とても私より息子のほうがこの国に慣れたとは思えないぞ。

学校では、日本人のクラスメートにべったりらしい。
そのくせ、その子に 「○○してくれないと、一生遊んでやらないぞ」 みたいなことを言われた時に、笑い飛ばしたり、拒否したりできず、嫌なことでも我慢しちゃってるらしい。
一度、「あんた、嫌な時はノーと言いなさいな」 と助言したら、「そんなことして遊んでもらえなくなったら、独りになっちゃう……」 と息子は涙目に。

普段は絶対に弱音をはかない息子が、ほんの一瞬だけ本音をこぼした瞬間だった。

まいったな。
まじかよ。

日本では絶対にこんなタイプじゃなかったんだけどなー。
やはり、言葉が通じないというのは、子どもにとって大変なことなんだなあ。

そんなわけで、担任の先生に手紙を書いた。
(実は宿題のことやらあれこれで、ほぼ毎日先生にメモを書いてる私なんだけどね。今回はちょっと長文で頑張ったの)。

「息子は日本人のお友達とばかり遊んでます。本人は、ほかにお友達がほしい気持ちもあるのですが、英語ができないとお友達になってもらえないと固く信じているようです。でも、日本の友だちとしか一緒にいない状態では、英語の上達も望めません。私は、息子に友だちを作るよう無理強いするつもりはありません。ただ、できるだけ励ましたいとは思ってます。協力してくださいませんか?」

担任の先生からすぐに返事が届いた。

「実は私も同じことを心配してました。今後、英語を話す生徒たちと息子さんとでペアを作らせるなど、交友関係が広がっていくよう工夫してます」

とのこと。
あと2日で現地校は冬休みに入ります。
我が息子ちゃんの来年の課題は、まずこのあたりかな〜、という感じです。
母ちゃんはアメリカ生活でますますアクセルを踏み込みたい状態なので、「息子よ、早く適応して自立してくれ」 というのが本音だったりしますが、こればかりは急がず、急がせず、おおらかに見守りたいと思ってる母ちゃんなのです。

さようならクローデッテ先生

先週、2度目のピアノレッスンに行きました。
課題は、C Major と G Major のスケール、ツェルニー50番のうち左手練習が課題の12番、そしてなぜかやることになったベートーベンの悲愴第一楽章。
この2週間、ツェルニーが無性におもしろくなっちゃって、ほとんどの時間をツェルニー練習に費やしてしまいました。左手って動かないものだと思っていたので、動き始めると、それがうれしくて楽しくて!
おまけに、実はツェルニーってエチュードでありながらやっぱり美しい。左手の練習としてだけでなく、どうにか美しくひきたくて、すごく必死になったのでした。

で、先週、2度目のレッスンに臨んだわけです。
いよいよ、ツェルニーを披露。緊張の一瞬。
ある程度弾けてはいたけれど、音楽的には、まだまだだったから、左手をどう使えばもっとスムーズに指が動くのか、美しい音色が出るのか、手首の使い方とかそういうことを教えてほしかったの。
それなのに!

クローデッテ先生は言うのです。
「Great! Great job!! 」
私は次の一言を待ちました。
「でもね、ここをこうしてごらん……」みたいな一言を。
ところが、クローデッテ先生の次の言葉はこれ。

「じゃあ、次はベートーベンね」

結局、この日の練習は、スケールを弾いた後、ショパンのノクターン19番を初見で弾かされ、ツェルニーは1回聴いてもらっただけでそれに対する指導は特になく、ほとんど練習できず初見に毛がはえた程度しか弾けなかった悲愴第一楽章に対してはペダリングについて一箇所注意があっただけ。
あとは英語にて、和音の理論を少々。
これで1時間のレッスンがおしまい。

色々と悩みましたが、結局、数時間前にクローデッテ先生にメールを出しました。
さすがに 「自分で弾いて教えてくれないのは困ります」 とは言えないもので、「1月からカレッジに通うので時間がなくなっちゃうので」 などと理由をつけて(たぶんウソにはならないと思うし)、レッスン休止のお願いメールを出しました。

わずか2度のレッスン。
でもまあ、英語でだってレッスンを受ける度胸がついたし、色々な先生に出会うことでアメリカのピアノレッスン事情が分かるってもんだろうし、気を取り直して、来年からまた先生探しを再開しようっと!
(しばらく合唱で忙しいしね)。



そして初の合唱レッスン

一つ前のエントリーで、「コーラスに参加しちゃうかも!」 などと書いておいて、いきなり次のエントリーが 「初のレッスン」 なのですから、相変わらず、猪突猛進女でございます。

結局、日本語補習校の音楽会で彼らの合唱を聞いて、「絶対にやってみたい!」 と思いこんだ私は、その後どうしたか。
その夜のうちに、ネットであれこれ検索しまくり、連絡先を探し当て、電話してみたらつながらず、さらに一人だけ連絡先を存じ上げていたメンバーの自宅に夜遅くになって電話を掛け、「やっぱりどうしてもやってみたいんですっ!」 と一方的に熱く語りまくり、気付けば数日後(つまり本日)の年内最後の練習に、ちゃっかり参加しちゃってたのでした。

一言でいうなら、すごーーーーーーーーーーーーーーーーく楽しかったっ!
先生はすばらしく音楽的な方で、おっしゃる一言ひとことを全部メモしておかないともったいない!と思わせてくれる方。さらに伴奏してくださる先生は、やはり私が思った通り、本当に本当に音色の美しいピアノを奏でる方なのです。
もう、極上の時間とはこのことですなー。
楽譜が配られて、いきなり初見で皆で歌ってコーラスになっちゃうんだから、ドキドキします。
というか、ドキドキを通り越して、かなり緊張します。

「水のいのち」という合唱曲を私は全部知ってると思いこんでいたのですが、実は私が小学校の時に習ったのは、組曲のほんの1曲「川」だけで、残りの4曲はまったく知らないわけ。これを一気に暗記できるかどうか、かなり問題が残ります。
さらに私、合唱は素人だし、発声からして、教わったことがありません。
ほんとに一緒に歌わせてもらって良いのかしらん。
雑音発生源に、なってないかしらん。
不安いっぱい。

こうなるともう、ピアノどころじゃありません。とりあえず、みなに追いつけるまで、合唱曲の楽譜を抱いて寝ます。

ほんとはね。
自分でもビックリしてる。
合唱は昔からやりたかったんだけれど、日本人の方ばかりの合唱グループに入るということは思ってもみませんでした。
せっかくアメリカに来たんだから、日本ではできないことをやりたいと思ってたし。だから、合唱については、実は現地の音楽学校の合唱コースなどを調べたことはあったけれど、日本人コミュニティーの中に合唱できる場所があるかどうかなんて、調べたこともなかったの。
じゃあ、なぜ、こんな風に一気に飛び込んでしまったのか。
すごくシンプルな答だけれど、そこの音楽がすごくすごく良かったから。
アメリカ人だとか、日本人だとか、そんなこと関係なしに、音楽は音楽。自分で 「ここにいたい」 と思える場所でやってみたいもの。

そんなわけで 「年内最後の練習」 というすごいタイミングで滑り込みで参加。
練習後のポットラックにも、ちゃっかり参加しちゃいました。
冷蔵庫の中に何もなかったので、山芋を短冊切りにして、梅干しをたたいてだし醤油で伸ばしたもので和え、刻み海苔を掛けただけ、という まるで 「今夜のおかず」 みたいなものを持っていったけれど、案外好評で、内心ホッ。

ポットラックで皆さんのお話を聞いてみると、駐在組あり、永住組あり、みなさん様々で、年齢層も幅広く、それはそれで貴重な出会いの場になりそうな予感。
一目ぼれした伴奏のピアニストさんは、残念ながら生徒を教えるお時間がないそうなのですが、私の渡米来のピアノ浮き沈み人生 (いや、沈んでばっかりの人生か) について耳を傾けてくださり、色々とご助言くださいました。

さあ。
来年の練習までに頑張って暗譜するぞーっ!
(明日はパート練習があるのだ。なんか部活みたいで楽し〜!)

コーラス!コーラス!

今日は、息子の日本語補習校の音楽会だった。
のんびりしたもので、「親にも見せてもらえるって話だから、軽く見に行くか」 と気楽に出かけたのだが、びっくり。
音楽会は、運動会と並び、補習校のビックイベントなのだ。
ビデオやカメラ片手のお父さんがいっぱい!

音楽会はとてもよかった。
1〜3年生それぞれの学年が、ミュージカルや手話歌、リコーダー合奏などに挑戦していた。
歌も 「うみ」 や 「たきび」、「しゃぼん玉」 に 「ふじ山」 など、いかにも日本らしい童謡が次々に登場。
この国で生まれ、親御さんが日本人だということで補習校に来ている子もいれば、うちの子みたいに期間限定でこの国にやってきた子もいる。それぞれが色々な思いをしながら頑張ってるんだなあ、と思ったらしみじみしてしまった。
久しぶりに聞いた日本の歌というのも、また良いもので、これまたしみじみしてしまった。

ダメだよ、妙にしみじみしちゃってるよ、と焦って周囲を見渡したら、目尻をふいてるどこかのお母さんがいて、ちょっとホッとしちゃったのだった。

息子はといえば、リコーダー合奏の時、見事に手が動いてなかった。
でもまあ、元気よく歌ってたから、よし、としよう。

でも、今回のエントリーのメインテーマはここから。
音楽会の最後に、おかあさんコーラス隊が登場。そこで歌った合唱曲が 「川(水のいのち)」という本格的な曲だった。
実はこれ、私は小学6年の時に学年で合唱したことがあったので、すごい思い出の曲でもある。実に楽しそうなコーラス隊の面々を見て、あああ、こりゃもう、じっとしていられない、と思った。

さらにさらに。
指揮をされている方が、すごく気になった。音楽の世界の人だ、と思った。
さらにさらにさらに。
ピアノ伴奏の女性がもっと気になった。ただの電子ピアノなのに、それまでの色々な先生方の伴奏とはまるで楽器自体が変わったみたいに、音色がガラリと違ったから。

この人のピアノの音色、聞いてみたい!
そう思った。
ものすごく音色を大事にする人のピアノだと思ったから。

コーラス隊の中に、息子のクラスメートのママを見つけたもんで、即ゴー!
「ねえ、このコーラス隊って、誰でも入れるんですかっ!!?」

……。
コーラス隊、入っちゃう気がする。
でもその前に、あのピアノ伴奏をしていた方にピアノを教えていただけないか、絶対に聞いてみなきゃ!


★The Higher Power of Lucky (Susan Patron)

★The Higher Power of Lucky (Susan Patron)

2007年のニューベリー賞受賞作。
渡米後、「かんたん書評」ブログが一切アップされないので、「ははーん、おぐには本を読んでないんだな」 とか誤解されちゃってるでしょうが、実は……そうかも。
というか、私、ほんとに英語で本を読むのが遅いのです。
いまだこの手の児童書やヤングアダルトで精一杯。専門書になると、いわゆる 「つまみ読み」 を英語でする技術がまだないもので、結局最初から頑張って読んで、途中で断念することが多いわけです。

それでも、語学の基本は案外、良い文章を読むことにある、と思っているもので。
こつこつと図書館で本を借りてきては、読んでいるのです。
今回のこの本はぜひお薦めしたくて、アメリカ発の「書評」エントリーのトップバッターに持ってくることにしました。
邦訳も出るでしょうから、ぜひぜひ、よろしく。

主人公のラッキーは10歳の女の子。カリフォルニアのどん底のようなトレーラー集落(人口43人)に暮らしてる。母はある日事故で死に、母と別れてフランスの若い女の子のもとに走った父親は子育てする気はさらさらなく、ラッキーの面倒を見にやってきたのは、なんとなんと、この父親とも別れたフランス人女性。つまり、実父の元恋人、というわけ。

この本、最初のシーンがいきなり、アルコール依存症者のためのアノニマスグループの集まりなのね。これはたぶん、依存症の世界や、12ステップ、ハイヤーパワーなどの用語を知らない人にはなじみにくいかもしれない。けれど、私にはむしろ、何度も何度も取材してきた世界だけに、ものすごく光景が鮮やかに伝わってきた。
その会合をこっそり盗み聞きしながら、彼らがどうやって自分なりの 「ハイヤーパワー」 をつかんだのかを知りたいと願う10歳の少女ラッキー。
私なんかもう、この設定だけでノックアウトだわ。

日本的な表現で一言で言ってしまうならば、
10歳にして生きづらさを抱えた少女が、一風変わった近所の住人やら、フランス人のブリジットとの関わりの中で、母親の死や見捨てられ感を、鮮やかに受け止めていくまでの物語、かな。

とにかく、最後の骨壺のシーン(これ以上はネタバレなので書きません)が圧巻です。

ちなみに。
上記書名リンクから、amazonの書評を読んでいただくと分かるのですが。この本の1ページ目に登場する scrotum という単語 (陰嚢、という意味です) 一つのせいで、この名著を図書館の子ども向けの書棚から排除しようという動きが、一部の司書たちの間にあったそうです。
日本じゃあ、考えられないな。
文脈で読めば、何の問題もないと誰もが思えると思うんだけど。




おいおい、あんた、そりゃないだろう

久しぶりに地元図書館の会話クラブへ。
私の暮らすカウンティーでは、ほぼすべての図書館で、週に1〜2回、同様の会話クラブがある。アメリカ人がボランティアで、外国人を集め、ゆったりと英語で会話しましょー、という趣旨のクラブだ。
「教室」ではないから、宿題も、無理強いされることもない。が、先生のほうも、外国人に英語を教える専門の方が来てくださるわけではない。
すごく素敵だなあ、と思う方もいれば、おいおい、あんた、そりゃないだろ、という先生ももちろんいる。もちろん、どの先生に関しても、外国人のためにボランティアをしよう、という精神には頭が下がるけれど。

本日のナンシー先生は、「おいおい、あんた」系だった。

この日は、「まったく英語が分からないの」 という不安気な中国人の母娘が参加していた。
「英語がまったくわからないのに大丈夫かしら?」 と中国語で尋ねられたので、どうにかこうにかヘタクソな中国語で 「大丈夫だと思うよ。一緒に席に座ろうよ」 と誘った。
さて、まずはみんなで自己紹介。
ナンシー先生は、「OK。では最初に、お名前と、出身国と、どのくらいこの国に暮らしているのかを順番に話してちょうだいな」 という。
彼女の英語を聞いて、あっちゃー、まずいぞ、と思った。
英語の分からない外国人にも、きちんと丁寧に完璧な文章で質問しようとするタイプ。相手が分からないと気付くと、より複雑な言い回しを使っては墓穴をほり、どんな表現であれば英語初心者に伝わるかをまったく解してないタイプだと分かったからだ。

案の定、中国人母娘は、ナンシー先生の英語をまったく分からない様子。
こういう時は、「name?」 とか 「what country?」 とか、単語だけ並べてあげたほうがずっと分かりやすいのに。ナンシー先生は、必死で質問をたたみかけ、文章はいよいよ長くなっていく。
結局、私より圧倒的に中国語のうまい中華系タイ人のレックが通訳役を買って出て、母娘2人は無事、名前と出身国を答えることができた。

しかし、である。
我らがナンシー先生は、なぜか、彼女たちの出身国をあっさり忘れてしまうのだ。
「えっと……。あなたは日本からだったかしら?」
「いや、タイでしたよね?」
などと英語で質問し、そのたび、何を言われたか分からない中国人母娘の表情が固まる。
ちょっと、いいかげんにしてよ、彼女たち、さっきどんなに必死の思いで 「China」 の一言を言ったと思ってんのよっ!
私は内心、むっとしてしまう。

どうやら、私やタイ人のレックが中国語で彼女たちと意思疎通をしてるのをみて、「日本人なのかー」 とか 「いや、タイ人だったのかも」 とか勘違いしちゃったみたい。

気付けば、その場にいる日本人の私と、タイ人3人と、韓国人2人が、アジアンタッグを組んで、中国人母娘を守るぞ的な雰囲気になっていたのだった。

ここまでなら、まあ、よくある話。
でも、この日は、この先があった。

まったく話せない中国人の母娘に、ナンシー先生はこう話しかけた。

「大丈夫。トライすることが大事よ。実は私が出会った生徒さんにこんな人がいたの。髪をすっぽり布で覆った女性で、初めてこのクラブに来た時はまったく英語が話せなかった。初対面の時、私は彼女の年齢を60代前半かな〜、と思ったの。1カ月くらい経つと、彼女は少しずつ英語を話し始めたわ。すると、不思議ね、彼女が以前より明るい雰囲気に見えた。60代前半に見えたのが、もしかしたら、50代かも、と。それからさらに1カ月。彼女に再会してびっくりしちゃった。彼女はもう、髪に布なんか巻いてなかった。アメリカ人っぽい服を着て、すごく若々しく見えた。年齢を聞いたら、なんと42歳だって! 英語もとっても上手になってたのよ」

言いたいことは、分かるよ。
悪気がないのも、分かる。
こうやって外国人のためにボランティアをしようというあなたの精神には頭も下がる。
でもさ。

アメリカっぽい服を着て、英語を話せるようになり、髪のベールを外したら、なぜ自分の眼に彼女が途端に若々しく見えるようになったのか、考えたことはある?

思わずそんな風に、口をはさみそうになってしまったけど、やめた。
ここは、自己紹介だとか休日の過ごし方だとか、当たり障りのないテーマについて平易な英語でおしゃべりする場所。私が彼女に議論を挑んだら、周囲にすっごく迷惑だろうしね。

そう思ってたら、目の前にいた韓国人の女性が、一言こう質問した。

「その女性、どこの国の方だったんですか?」

ナンシー先生は一瞬、言いよどみ、「覚えてないけど、どこか中東の国だと思うわ」

その瞬間、質問した韓国人女性と目が合った。
彼女の目が 「ほらね、やっぱり」 と言ってた。
思わず、目で 「結局、そういうことよね」 と答えた。

ちなみに、この場には、イランから来た男女もいた。
絶対に思うところがあったと思うけれど、彼らとは視線が絡まなかったので、真意はよく分からなかった。


サンタへの手紙

息子は焦っている。
何かというと、今年はまだ、サンタさんに手紙を書いてないからだ。
「早く手紙を書かないと、プレゼントをもらえないかも」
本気で焦っているのだった。

結局親子で相談し、硬式野球用のバットをお願いすることにした。
来年3月から、アメリカも野球シーズンが始まる。いよいよ息子もアメリカの少年野球デビューする、というわけ。
最近は、軟式野球用のバットで硬球を打ったりして、軟式用バットはボコボコに凹んでいる。そろそろ硬式用がほしい時期なのだった。

単に 「バット」 とサンタさんに頼んでも、息子の身体にあったバットが届くとは限らない。サンタさんへの手紙に、バットの長さと重さなどをきちんと書かなきゃね、というわけで、本日は親子でスポーツショップへ。

「息子の野球のバットを探してるんだけど」 と店の人に相談すると、恰幅の良い黒人の男性が付き添ってくれた。
まず選んでくれたのが、長さ28インチ重さ18オンスのバット。
息子は、振ってみるなり、

「か、軽いよーこれ!!」

一方、息子が選んだのは、30インチ21オンスのバット。
「これがいい!」 と言って聞かない。
30インチ、というのは、息子が日本で使っていたバットの長さ75センチとほぼ同じで、たぶん重さも同じくらいなんだろう。
ところが、店の彼は半信半疑。

「ほんとに大丈夫か? ならば片手でバットを持って、水平に突きだしてそのまま頑張ってみろ。20秒たってもバットの先が下がらなかったらOKだ」

こう言われると、我が家の英語のできないジャパニーズボーイはむちゃくちゃ意地になる。わざと平気そうな顔でバットを片手で持ってみせる。

1、2、3点…19、20。

ざまあみろ、といわんばかりの息子の顔に、店の男も 「ならOKだろ」。

サイズや型番を記入しながら、店の男にこう言ってみた。

「サンタクロースに手紙を書くのに、バットのサイズが必要だと思ってね。だから今日は買わないけど、サンタが買いに来たら、よろしくねー」

店の男は、意味ありげににやりとした後、しばらく笑ってた。
よかった〜。ちゃんと私の英語、通じたみたい。
この手のセリフって、言い方がまずくて、英語が通じなかったら、むっちゃくちゃ寂しいじゃない?

ということで、30インチ21オンスで決定、と思ってたんだ。家に帰るまでは。
家でふと思いついて、英語でバットの選び方についてのサイトを検索してみた。
そしたら、ひええええ、ほんとかよ!!
硬式の少年野球の世界では、重すぎるバットは絶対にNGなんだそうだ。
理想的なバットは、重量(オンス)−長さ(インチ)が、マイナス10〜マイナス12くらい。
軽いほうが、早く振れるし、遠くに飛ぶかどうかは、素振りの速さで決まるんだそうだ。
ある程度重さのあるバットにコテンと軟式ボールを当て、硬球より圧倒的にバウンドしやすい軟球の特徴を活用し、フライやゴロよりバウンドする球が捕りにくい、という少年たちの下手な守備を抜いて外野に転がす、ということに慣れてきた息子だったが、これからはとにかく素振りを速くする必要がありそうだ。

いろいろな情報を収集すると、息子のベストのバットはたぶん18オンス。
結局、店のにいちゃんが選んでくれたのがベストだった、というわけ。

さらに、実はリーグによって、バットの直径などを定めた bat regulation も違うらしい。
うちの地域はリトルリーグではなく、リプケンリーグ所属のリーグなので、リトルリーグのルールは参考にならない。
結局、来春参加予定のリーグに 「バットの規則を教えてくれー」 とメールまで出す羽目に。
ところ変われば、で、バット1本買うにも苦労するわー。

そんな親心など知らず、息子は全然別のことを心配している。

「アメリカのサンタだから、英語で手紙を書かないとダメだよね」
「サンタさんには、『うちの煙突はまだ掃除してないから使えません。煙突から入らないでください』 って書かなきゃ」
「クリスマスの日に家族旅行で家を空けるなんて! サンタさんはプレゼントを置いていってくれるのかなあ。雨に濡れるところにおきっぱなしにしちゃったらどうしよう!」

………。
そうなのだ。12月22日から家族で旅行しようとおもっている我が家。クリスマスプレゼントを枕元に、というわけにもいかない。
なんとか旅行初日の朝、息子を先に家から追い出し、リビングの暖炉の中にプレゼントを仕込んでしまおうと密かに計画中。

うわー。さすがはアメリカのサンタだ。本当に煙突から来たよ」

決めのセリフは、これでバッチリ。

アーミッシュのバターの恵み

在米歴先輩の日本人女性2人に、連れて行っていただいたのが、家から車で20分くらいのところにあるジャーマンタウンという街のアーミッシュのマーケット

アーミッシュといえば、電気機器も電話も使わず、確か車も乗らず、馬車で暮らしてる人たち、じゃあなかったかしらん。大草原にテントを張って、お店でも開いているのかしらん。
などと思いつつ、車で乗り付けたら、そこはいかにも普通のショッピングセンターの一角。門構えも普通の小さなスーパーと全然変わらないのだった。

が、中は、うっとりするくらい贅沢な空間。
手作りっぽいたくさんの種類のチーズ、そしてバター。
お肉は全部冷凍知らずで、ムチムチしていて、ハムやソーセージもいかにもおいしそう。
家具の作りはしっかりしているし(お値段もしっかりしているけれど)、フライドチキンはからりとおいしそうだし、ジャムなんかもすっごくおいしそう!

結局、同行先輩諸氏の助言に従い、
バター、ハム、ソーセージ、豚肉、アップルサイダーなどを買った。

まず、ハム。
ちょっと厚めで、アメリカにありがちな変な甘さもなく、味付けは濃くないのに、味が濃い。
ちょっと小腹がすいた時にハムを食べる習慣がある息子がまず、目の色を変えた。隣で味見した私は、夕飯の方向を慌てて変更。大根サラダにツナ缶を入れるつもりだったのが、躊躇なく、ハムの細切りにした。
小さなキュウリのピクルスにクルクルッとこのハムを巻いたりすれば、もう十分に完璧な前菜になるわー。

でも、一番驚いたのはバターだ。
あれは漫画「美味しんぼ」で読んだのだっけ。
曰く、バターは酸化すると味が変わる。スーパーで売ってるのは本物のバターの味ではない。作りたては本当においしい、と。
ほんとかよ、と長年気になっていたのだが、今回、アーミッシュ手作りバターの味に仰天した。

こ、こ、これはうまいっ!

せっかく買ったのに酸化させてはもったいない。
かといって、冷凍バターって普段は使いにくい。
2リットルの牛乳瓶ほどの大きさのを、まとめ買いしてしまった私は、大あわてで30グラムずつ小分けにし、ラップに包み、巨大タッパーに入れ、冷凍庫に放り込んだ。
パン焼き機でパンを焼く時のために、30グラムずつ小分けして冷凍したというわけ。
ある程度を冷凍に回すと、残りを使いやすい用にタッパーに入れて、パンにつける用に冷蔵庫に。

初めてこのバターで食パンを焼いた時はたまげた。
味が全然違う。
普通、パンにつける時のバターなど、直接バターの固まりが口に入るようなシチュエーションでなければ、それほど味の差なんて分からないんじゃないかと思ってた。私自身、そんなに敏感な味覚の持ち主じゃないしね。
でも、食パンには、まいった。
シンプルな材料で作るだけに、バターの味が変わると、ここまでパンの味が変わるのか!って感じ。

アメリカで、本当に心から満足できるパンに巡り会えずにいた私は、すっかり感動。
今度は頑張って一人で高速道を運転し、アーミッシュのマーケットに行くぞっ!

……でも一つ疑問。
あのスーパーマーケットまで、彼らはどうやって品物を運んでいるんだろう。
ま、ま、まさか馬車で???
今度、彼らに教えてもらおうっと。

なんて豊かな

お天気が良い日は、午後3時、学校で息子を車に乗っけたらすぐに、近くの大きな自然公園のネイチャーセンターに行くのが習慣になった。
車でほんの10分のところに、センターはある。

地図でいうと、こんな感じの公園
地図中の野球場やソフトボール用球場のサイズを見れば、いかに巨大な公園か分かってもらえると思う。
おまけに、この地図は公園のたぶん3分の1くらいだけを示したもの。この公園の北側はキャンプ場が広々と広がっていて、南側はポトマック川まで続いている。
でも、冬になると、室内のアイスリンクを除けば、さすがにほとんど人はいない。

で、我が親子のお気に入りは、というと、地図中のNの場所にあるネイチャーセンターなのだ。
どんな寒い日でも、センターの室内でぼーっと座っていれば、窓のすぐ外にたくさんの野鳥がやってくる。
キツツキの雄と雌の見分け方や、野鳥のチッカディーとナッツハッチの見分け方 (喉の毛の色がポイントなんだって!) なんかをここで教わった。

先週末、家族で散策した時は、遊歩道脇の何本かの木が、根元をノミのような道具でけずられて倒れていた。
「今どき、電気のこぎりを使わないのねえ。騒音防止かしらん」 などと私。
息子は 「絶対にビーバーの仕業だ!」 と言い張る。
まあ、子どもねえ、なんと夢のある話だこと、などと鼻で笑っていたら……。
ネイチャーセンターの方によると、本当にビーバーの仕業だという。

びっくりだ。
ビーバーと信じて疑わず、けずられた木くずを大事に家に持ち帰っていた息子は、「どんなもんだ」 と大喜び。

そんなわけで本日も、公園へ。
いつか鹿を見たように、今日はキツネに会えないかな、と。
昨日の雪で、公園はどこもかしこも真っ白。運動靴の中まで雪だらけにして、親子して公園を少し散歩した。
今日はとってもいい天気で、青空がまぶしい。
雪景色の青空って、大好きなんだ。
今日は夕陽もとてもよかった。
オレンジ色に染まった後、空が赤紫色に焼けた。
日本では見たことのない空の色に、ちょっと感動した。

アメリカ初のピアノレッスン・後編

まあ、聞いてくださいな。
ネットで見つけた「この道40年」のクローデッテ先生のおうちに、先週の水曜日、出かけていきました。
車で15分くらい。

ロックビル郊外の住宅地にあって、楽譜でごっちゃごちゃのレッスンルームには古びたYAMAHAのグランドピアノと、アップライトが1台。
クローデッテ先生は、この写真より実際はもう少しお年を召されているんだけど、それでも、この業界にしてはあまり若作りしてない人だった。
「まあ、座って」
薦められるまま、グランドピアノの前に座る私。
とりあえず簡単な自己紹介の後、さっそく、バッハのシンフォニア11番から。

ほんと、自分でもこういう時、不思議だなあと思うんだけど、なんか緊張しないのよねえ。子ども時代はこういうシチュエーションだと、心臓ばくばく状態になるくらい緊張したのに。
ということで、バッハはつつがなく弾けた。
自分でも、満足、の出来具合。

gorgeous!!!」

クローデッテ先生が大げさに言う。
「ごーーーーー」の後にしっかり「r」の音が発音されていて、なんだかむちゃくちゃほめられた気分。
ちなみに、辞書で gorgeous をひくと、「華麗な、素晴らしい、豪華な、見事な、華やかな、きらびやかな、すてきな、かっこいい」だってさ。

いやーん、それほどでも。

すっかり気をよくした私。
次は、グラナドスのアンダルーサを弾き始める。
こちらは、「楽譜は要らないわ」 と格好付けて楽譜を閉じてしまったのが後で響いた。途中、一瞬、音がわからなくなり、頭が真っ白。合計20秒間くらい緊張で心臓バクバク状態に。
でも、幸運なことにあっさりごまかせて、そのまま落ち着けた。
やっぱり、無理は禁物だ。
ということで、少々消化不良の演奏になってしまった。気落ちしつつも、まあ、仕方ないよな、と半分開き直り始めた私に、クローデッテ先生がかけた言葉は……。

Gorgeous! Beautiful!

……。
この辺りで、私、少々不安になってきた。
もしかしてそれ、あなたの口癖?

半ばやけっぱちのまま、いまだ完成にほど遠いベートーヴェン「悲愴」の第三楽章へ。
生ピアノで1週間練習出来たお陰で、タッチの差で音色に変化をつけられるようになった、という面では、日本にいたころより進歩したとは思うけれど、「どう考えても、これはベートーヴェンの悲愴じゃあないよな」、という程度の演奏をいまだ脱出できてないのだった。

やけっぱちが功を奏したのか、とりあえず一度も止まらず、致命的な音を外すこともなく、練習通りには弾けた。
弾き終わった後、
「……とまあ、こういうわけで、私は古典が苦手。この曲について言えば、なかなかベートーヴェンの音にならないんですわー」
と、ぼやこうとしたら、その前にクローデッテが……。

Gorgeous! Really gorgeous!

……。
つまり、そういうことである。
クローデッテ先生はたぶん、生徒が演奏した後、まずほめるのが指導姿勢で、最も彼女が愛用しているほめ言葉が 「ごーじゃす」 なのだろう。
うむむ。
人間、ほめられて悪い気はしないというけれど、3曲弾いて、3曲とも同じほめ言葉をもらって喜ぶ生徒はいないと思うぞ。

半分意地になった私は私で 「こんなのベートーヴェンの音じゃないと思うんです」 と主張してみたんだけれど。
クローデッテ先生は優しげに言うわけ。

「そんなことないわ。あなた、自分が思ってるよりずっと素敵な演奏ができてるわよ。リズムも音も間違いはなかったし、きちんと大きな音も出ていたし!」

いや、そういう問題じゃなくってさ。
リズムや音の間違いなんて、問題外。大きな音が出てりゃーいいってもんでもないわけで、あなた……。
思わず、木曽センセがアメリカのピアノ教育について、ぼそっと語った言葉を思い出しちゃった。

曰く、
「アメリカの人は、何というか、早く弾けて、音が大きければ、それで良し、というようなおおざっぱなところがあるので……」
「ロシアにピアノの勉強に行った時、アメリカから来た人の演奏に『ええっ! こんなので本当にいいの?』と仰天させられました。16分音符なんて崩れてるし、ちっとも指なんか回ってないのに、本人はすっかり弾けた気になって……おまけに、完全に自分の演奏に酔ってるの」
「まあ、おもしろいといえばおもしろいんですけどねえ」

……はははは。
本当にそういう世界なのかも。

とまあこんなわけで、そのあと、クローデッテと少し会話。
どの作曲家が好きか、とか、どの演奏家が好きか、とか、どんな曲を弾いてきたか、とか、私のピアノ歴(恐怖の25年以上ものブランク)なんかについて。

クローデッテが聞く。
「ところで、悲愴は1、2楽章は?」
「渡米直前に、最後の曲を選んでって、日本の先生に言われたので、その時に一番ほれこんでた曲を選んだんです。3楽章なら、渡米までに間に合うかも、と先生にも言っていただいたので。1、2楽章はもっと難しいし、時間もかかるけど、と」 と私。

そしたら、クローデッテは、「not really」という。
んなこと、ないわよ、というわけ。

クローデッテはおもむろに悲愴1楽章の最初のページを開けて、

「おーけい。さあ、弾いてみて!」

は?

は?

いきなり、一楽章を、初見で弾け、と???

固まる私。
おまけに、悲愴の三楽章は複数の演奏家の演奏を編集して、何百回と聴いてきたけれど、一楽章なんて最近はほとんど聴いてないぞ。
思わず、楽譜のフラットを数える私。
もちろん、ベートーヴェンといえば、ハ短調。フラットは3つ。
「3つだ。よかったー。4つだったら、初見では絶対に弾けないもん」
正直に英語で告白する。
こうい時は正直が一番だもの。

結局、つごう4ページ、初見で延々と弾かされた。
カメのようにのろい歩みの第一楽章。いくらゆっくり弾いたところで、初見ですから、音を頻繁に外します。外すたび、楽譜にチェックを入れられるのが、ちょっと哀しい。
私が音を探したりしてリズムが揺れると、クローデッテ先生は音を教えてくれるわけだけど、これが、英語なのよね。

「ドレミ」
でもなければ、
「ツェーデーエー」
でもなく、
「ABS(エィビースィー)」
なんだもの。

頭、ごっちゃごちゃ。
大パニック。
しかし、第三楽章のレッスンをつけてもらうために来たのに、なぜ肝心の第三楽章は 「gorgeous」の一言で片づけられて、第一楽章を初見で弾くような事態になっちゃったんだろう?

そんなわけで。
「じゃあ、来週はここまでね」。クローデッテ先生はにっこり。
予期せぬことに、第一楽章も手をつけることになってしまったのだった。

まあ、第一、第二楽章を乗り越えた先にあるべき第三楽章を、独立させて弾いていることで、絶対にたどり着けない解釈や音色があるんじゃないか、とずっと不完全燃焼感があったわけだし、これはこれで良い機会なのかも。
しかし、第一楽章は難物です。
まさかクローデッテ先生も、「大きな音が出てるからOKよ」とは言わないと思います。

(もしもそう言われたら、早々に別の先生を捜そうと思います)

さて。
「ほかに何か弾きたい? モーツァルトは? ショパンなんかどう? メンデルスゾーンもいいわね」 とクローデッテ先生にあれこれ言われたので、「日本では時間がなくてできなかったツェルニーをちゃんとやりたいんです」 と正直に言ってみた。
日本ほど、ツェルニーを多用する国はない、とある本で読んだことがあるが、とりあえず、クローデッテ先生はツェルニー派らしく、「ぜひやりましよ」と。

「どの指が弱いの?」と聞かれたので、「そりゃもう。左手全部。あとは左右両方の薬指と小指」と答えると、クローデッテ先生に 「そりゃ、あなた、誰だってそうだわよ」と笑われた。
「じゃあ、ツェルニー50番の、12番をやってみましょー」
クローデッテ先生が開いたページを見ると、最初から最後まで左手は32分音符だった。
これを指定通りのスピードで弾けるとは、とうてい思えないんだけどな。
ま、頑張るかー。

さらにさらに。
「ところであなた、スケールは練習したことある?」

ごめん。
実は私、そもそもスケールってどんなものか知りません。
子ども時代、ハノンは、細々とやりましたっけ。
「ハノンならやったけど」
「ハノンとは違うの。スケール」
「だったら、やったことないと思う」
そう答えた時のクローデッテ先生の驚きようったら!!!

Incredible! I can't believe that!!

思わず、すんません、と謝りたくなったよ。
謝らなかったけど、もちろん。
そんなわけで、スケールの薄っぺらな本を手渡された。

まずはハ長調。Key of C Major.
Paralell motion in octaves / Contrary motion starting on the same note / Paralell motion in thirds or tenths / Paralell motion in sixths / C Major Triads / C Major Cadences / C major Arpeggios / Dominant Seventh Arpeggios...と続きます。
つまりだな、普通の音階、左右が逆に昇降する音階、3度と6度に、和音のコード進行があって、アルペジョ、って感じ。
運指訓練なら、ハノンのほうが色々バリエーションがある気がする。むしろ、全音階について主音だの上主音だの下属御だの属音だの(だったっけ?)をお勉強しましょー、ってことか。それも全部英語で??
こりゃまた、厄介そう。

というわけで。
ピアノに詳しい皆さんに質問。

若い子みたいに音楽のキャリアを真剣に考えているわけでもなく、趣味でピアノを弾いているオバサンが、運指目的のハノンではなく、スケールを習う意味って何なのでしょう? 
どうせ習うなら、どういうことを心がければ良いのでしょう?

そんなこんなで、私のピアノライフがとうとう、アメリカでも始まりました。
どうなることやら……。

アメリカ初のピアノレッスン・前編

実は2週間ほど前にピアノをやっと手に入れた。
「退職金をつぎ込んで、アメリカではグランドピアノを買ってやる!」と息巻いていた私だったが、物価の高いこの国では、私の17年間の退職金を持ってしても、満足いくグランドピアノは買えそうになかった。
まして、何かとお金が飛んでいく日々に、主婦おぐには完全にひるんでしまい、野望は大きく後退し、気付けばYAMAHAのすごくオーソドックスなアップライトを購入していたのだった。

が、このピアノ、結論からいえば、案外良い音がする。

ピアノのお店で何台かで迷った時、「おまえはどのピアノが一番気に入ったのか?」 と店のおじさんに問われ、選んだのがこのピアノだった。
店のおじさんに答えた理由は、「このピアノが一番、ベートーヴェンのフォルテが出る気がする」 だった。
内心、自分で笑っちゃったよ。
何しろ、日本でのピアノの先生である木曽センセに、「ベートーヴェンのフォルテはそうじゃない!」と何度も何度も指導されてきたわけで、実は私自身、ベートーヴェンのフォルテなんて出せてなかったわけだから。
それなのに、すました顔で、「このピアノが一番、ベートーヴェンのフォルテが出る」 と英語で言い切っちゃう自分の度胸が……怖いよ。
店のおじさん、妙に納得した顔で、「このピアノは特に低音が深いからね」 だって。
でも、確かにそうなのだった。

まして。
アメリカのでかい家で、たいした家具もない空間で弾いてごらんよ。
びっくりするような深い音がするんだ。
風呂場で歌った時みたいに、とんでもなく響くしね。
というようなわけで、私は2カ月ぶりにピアノを手に入れた。
電子ピアノではなく、生のピアノという意味では、10代で大阪の実家を出て以来、初めてなのだった。

先週木曜日、アメリカで初めてのピアノレッスンを受けた。
ピアノの先生をこちらで探すのって難しい。
ほんとは、日本人の方でピアノを教えておられる方がごく身近にいたので、その方に教えていただけないかと思ってたんだけど、なんとなんと! その方のお宅の飲み会で泥酔し、ピアノを乱打した挙げ句、大いびきをかいて爆睡した、という取り返しの付かない大失態をやらかしてしまって。
とてもとても 「ピアノを教えてください」 とは言い出せなくなってしまったのだった。

日本語でピアノを教えてくださる先生を探すのは、やはり結構難しかった。
そこでこの際、日本語で教えてくれる先生、という条件を外すことにした。
よくよく考えれば、英語でレッスンを受けちゃえば、ピアノと英語の両方の勉強になるじゃーないか、と。
なんというか、発想の転換、である。

私の暮らす地域で、教育熱心なご家庭が子どもにピアノを習わせる音楽学校が2つある。
こんな学校とか、こんな学校とか。
ところがホームページを見てみてびっくり!!
プライベートレッスンのお値段、た、た、たっかーーーーーいっ!
30分で約50ドル??
言葉の壁を考えると、30分じゃあレッスンにならない。やっぱり1回のレッスンは60分ほしい。大人のレッスンだから隔週だとしても、やっぱりつらい。

あれこれネット上で探していたら、近所に個人でレッスンルームを持っている先生が見つかった。
クローデッテ先生、という。
この道40年、って何か迫力あるじゃない?
まずはメールを出してみた。正直に。
「月に何百ドルも払う余裕はありません。でも隔週で1時間のレッスンを考えてます」と。
そしたら、彼女のレッスンは1時間60ドル、とのこと。それなら何とかなりそう。おまけにレッスンルームが自宅からそう遠くない (車で15分くらい) ことも分かった。
さらに、「下手な英語ですんません」 という私のメールへの返事に、「私はちっとも日本語ができないんですから、英語のことで謝られたら、私はもっと謝らなきゃいけないわ」 などと書いてあったのも何となく新鮮だった。
そんなわけで、まずはレッスンを始めてみることにしたのだった。

当初、私は初レッスンに、半年前の発表会で弾いたグラナドスの「アンダルーサ」を持参する予定だった。
敬愛する日本の木曽センセによると、「最初の先生には 『お土産』 に何か一曲仕上げていくものです」 だそうで、本当は、最後にレッスンをしてもらったベートーベンソナタ「悲愴」第三楽章が 「お土産」 になるはずだった。が、モーツァルトに続き、ベートーヴェンも思うように完成せず、「おぐにさんは、古典が苦手なんですねえ」と途方に暮れた木曽センセが導き出した結論が、「やはり、アンダルーサにしましょうか」 だったのだ。
あの発表会で弾いたもう一曲のシューマン=リスト「献呈」を、引っ越しのどたばたの中で半年前と同じ状態にまで磨き上げるのは到底無理だったしね。平易な「アンダルーサ」であれば、どうにかなるかな、と。

けれども。
後ろ向きが嫌いな私としては、半年前に弾いていたものを再び仕上げて持っていく、というのがどうも好きになれなかった。
今一番弾いていたいものを、新しい先生の前で弾いてみることにした。
それは、結局、木曽センセに最後にレッスンをつけてもらった2曲。

バッハのシンフォニアの11番と、ベートーヴェンの悲愴第三楽章。
シンフォニア11番は、渡米のどたばたで2カ月間もピアノが一切触れなかった日々の中で、ずっとずっと頭に鳴り続けていた曲。心でずっと歌ってきたから、今や3声それぞれの歌がすんなりと身体に染みついていたし、だからだろうか、不思議なことに、いざアメリカでピアノを手に入れ、弾いてみたら、日本にいた時よりもしっくりと来た。
だから、新しい先生に、私がピアノをどんな風に弾きたいのか、分かってもらうのに一番いい曲だと思ったのだ。

一方、ベートーヴェンの悲愴第三楽章は、2カ月ぶりに弾いてみたら、とんでもないことになっていた。とても人前で弾けるような状態じゃあない。
でも。
25年以上のブランクを経てレッスンを再開し、仕事と育児の狭間の小さな小さな時間を使って、じっくりと練習曲に取り組むこともできないまま、好きな曲を細々と弾いてきたような私の一番の弱点 (指の独立がなってないとか、左手が圧倒的に弱いとか、どうやっても手首から先っぽだけで弾いてしまうこととか) を全部さらけ出すのには、この曲が一番いいのかも、と正直に思った。
今更格好付けることないしね。
コンクールだの、テストだのと無縁の私にとってみれば、ちゃんと私を分かってくれて、私に付き合ってくれる先生が一番必要だったから。

そんなわけで、バッハとグラナドスとベートーヴェン、3曲持っていきます、とクローデッテ先生にメールをした。
先週の水曜日が初レッスンでした。
このレッスン、なんというか、まあ……。
初レッスンの詳細は、エントリー後編で。

(ブログの更新が滞りがちなのは、私の暮らしにピアノが食い込んできたからです。どうしようもなく時間がなくって!)