おぐにあやこの行った見た書いた

キョンに会ったこと

地元の図書館の外国人向け英会話クラブで先週会った韓国人女性、キョンの話を書こうと思う。

先週初めて会った時、この手のクラブでお決まりの、「どのくらいアメリカにいるのですか?」 という質問に、小さい身体をもっと縮めて、「2年もいるんですけど……」 と答えたのが妙に印象に残ってた。
今朝、1週間ぶりに再会したら、むこうもなぜか私のことを覚えていて、隣のイスに座って、と呼んでくれた。
このクラブ、アジアンとヒスパニックが2大勢力で、妙にアジアン同士は親近感を募らせちゃったりするのである。

この日は、ボランティアに来てくれた先生役の米国人が一人で勝手にベラベラとしゃべっちゃったので、みな少々、しゃべり足りず、欲求不満気味。
そんなこんなで、クラブの後に、少しキョンと話しをしたのだった。
私が大量に図書館で児童書を借りてるのを見て、「私も借りたい! 何を読めばいいか、教えて」 という。
「わかんないけど、とりあえず、ニューベリー賞を取った比較的新しい書物をピックアップしてきたから、一緒に借りましょうか」 と私。
結局、2人して仲良く、

・The Higher Power of Lucky (Susan Patron)
・Criss Cross (Lynne Rae Perkins)

の2冊をそれぞれ借りた。
あまり蔵書のない図書館でも、ニューベリー賞受賞作品はさすがに2〜3冊置いてあったので。

キョンは、2年もアメリカにいるのに、英語があまり話せないのをとても恥じ入っている。
でも彼女は、2年前に韓国を出てきたんじゃないんだ。
実はもう国を出て7年になる。

始まりは、今17歳の息子さんが幼稚園だったころ。
家族でバンクーバーに旅行したら、まだ6歳だった息子さんがすっかりカナダを気に入ってしまった。
「親を残して一人でもカナダで暮らしてみたいって言ったの」
キョンは言う。
でも、幼稚園児が本当にそんなことを言うのかなあ、とちょっと疑問。
きっとキョンも夫も、息子さんに国外で教育を受けさせてみたい、という思いがあったんだと思う。
息子さんは、そんな両親の思いを敏感に感じ取ってもいたんだと思う。

結局、そんなこんなで、息子さんが小学校に入学するタイミングでキョンは息子と2人でカナダに渡った。
アメリカではなく、カナダ。
キョンによると、「アメリカはビザが大変で最初は無理だったから。カナダなら、その当時、1年のビザがもらえたの。あとは延長、延長を続ければ、子どもと一緒にカナダに住めたからね。アメリカだと、ビジタービザでたぶん数カ月がせいぜいだと思う。実際、韓国人で、子どもの教育のために夫を国に残して海外に渡るケースでは、アメリカ、カナダ、オーストラリアがポピュラー。でもアメリカは長期ではなかなかいられないのよ。オーストラリアは安いけど、教育レベルはほかの2国のほうが高いってみな言ってるわ」

韓国や中国で、子どもを国際派に育てようと、夫を置いて子連れで海外に渡るママたちが増えてる、とは何度もニュースで読んだけど、実際に目の当たりにすると、その信念に圧倒されちゃう。
まして韓国での英語熱は本当にすごいらしい。
toefl(米国留学のために必要なスコアを得る試験)を受けるにも、受験希望者が多すぎてなかなか予約が取れず、わざわざ日本まで来て受験する人がいる、と聞いたこともあったっけ。

キョンはカナダで5年ちょっとを過ごしたらしい。
でも、英語は一切話せなかった。なぜか。
「カナダでは、子どもの教育のためにビザをもらうことはできても、働けないだけでなく、親が英語を習うことも禁じられていたの」
このあたり、少し法律を調べてみようと思う。
どういうことなのかよくわからないけれど、とにかく彼女は異国で、5年以上、ひたすら子どもの教育のために暮らし続けたんだ。

英語を習いに行ったり、何かを学ぼうとしたり、そんなことを何も考えずに。

彼女がラッキーだったのは、詳しく彼女は話してくれないけれど、実父が自国で何らかのコネクションを持っている人だったから。
カナダに暮らしながら、韓国で米国のグリーンカードを申請し、1年待って親子でグリーンカードを取得。はれて今度はアメリカに渡ってきたというわけ。

アメリカで息子さんはハイスクールの学生さん。
10歳から韓国を離れてる彼は、「韓国には戻りたくない。仕事をするなら、アメリカか。いや、カナダが一番好きだな」 と言ってるらしい。
息子が独立したら、どうするの?
そう尋ねたら、「韓国に戻ると思う」 とキョンは言った。

彼女はなぜ、アメリカに暮らして2年目にようやく、図書館の英会話クラスに顔を出し、英語を学ぼうと思ったのかな。
息子さんに何か言われたのかな。
またいつか、聞いてみよう、と思った。

私は、「家族は一緒にいるべき」 ということを最優先して、日本を出てきた。仕事もやめた。日本に残りたがった息子をアメリカに連れてきた。息子は今でも 「日本に帰りたい」 という。
息子みたいな性格の男が、いきなり親の都合で外国に連れてこられて、言葉の分からない学校に毎日通わなければならないのは、きっと大変だろうな、とも思う。
息子の教育面からいうと、もちろん得るものも大きいと思うけれど、失うものもまた、大きいんだろう。
それでも結局、家族でアメリカに来ることを選んだのは、「家族で一緒にいること」 は何にも替えられないと思ったから。

キョンは、そしてたくさんの韓国人のお母さんたちは、どんな思いで子どもと2人、海を渡るんだろう。
お父さんと一緒に暮らせないことの子育て上のマイナス面を、どんなふうに考えているんだろう。
いつか聞いてみよう。
キョンは、私の選択を逆にどう感じるんだろう。

初めてのニューヨーク

大学時代はアジアンバックパッカーで、アメリカ大陸に行くことすら思いつかなかったもんで。
実はニューヨーク、って行ったことがなかったんです。
今回のサンクスギビングデーのお休みを利用して、3泊4日でニューヨークにやってきました。
お休み渋滞で、なんとなんと7時間もかかりました。
私も半分くらい運転しました。
いよいよ、ハイウェイ運転デビューです。

さて。
ニューヨークで一番最初に行った場所は……。
日系のスーパーマーケット、ミツワ。
NYに行ったら、ミツワ詣でをし、山頭火ラーメンを食べる、というのが在米日本人の一つの行動パターンだそうで。
私はラーメンとイクラご飯のセットを注文。イクラ、うまいうまい、と落涙しそうになりながら食べました。感動。
夫は、「うーん。うまい。ニューヨーク旅行の主目的を達成した、って感じだな」
いいのか?
こんなことで。

次はミツワのお隣にある紀伊国屋書店。
村上春樹の新著を買っていこうと張り切ってたんだけど、売り切れ。残念。

サンクスギビングデーって、たぶん、日本のお正月みたいなもんなのかも。家族や親せきで集まって、ターキーを焼くのは、いわば年越しそばとかおせち料理みたいなもの。
誰もがテレビで視るというメイシーズパレードは、なんというか、紅白歌合戦みたいなものかしらん。
そんなわけで、サンクスギビングデーは、ほとんどのお店が閉まってるか、夕方までに閉まってしまうし、街は暗くて、がらーんとしてる。
「こういう時なら、マンハッタンの街を車でドライブできるんじゃないか」 という夫の発案で、夜はマンハッタン島へ。
案の定、サンクスギビングのNYの夜は、東京都心の正月状態で、渋滞知らず。スーイスイ。

完成からしばらくの間、世界で一番長い吊り橋で、フランスの建築家が「世界で一番美しい橋」とたたえたという、ジョージワシントンブリッジを通って、マンハッタンへ。
我々単純なもので、やっぱりBGMはビリージョエルの「ニューヨーク52番街」。(ははは、世代ですねえ)。

やっぱり、初めての街は夜に訪れるのがいいよね。
旅のたびにそう思う。
52番街を通った時は、思わず感激しちゃった。
恥ずかしながら告白すると、小学校6年の時、私は、「ビリージョエルの妻エリザベスを追い落とし、彼の奥さんになるんだっ!」 と恥ずかしげもなくのたまっていたのだった。
未だに大阪の実家の部屋には、古い古いビリージョエルのポスターが貼ってあったりするのだ。

さてさて。
この夜は、マンハッタン島の八百屋さんでちょっとした総菜を買い込み、サンクスギビングの夜はホテルで軽くワインで乾杯、と思ってワインも買い込んだのに、なんとなんと、コルク抜きを荷物に入れるのを忘れてたっ。
ホテルのフロントに聞いたら、「コルク抜き、あるはずなんだけど、見つからないよ」だって。
それから家族3人、真っ暗な街をさんざ走って、開いてる店をめぐり、「コルク抜き、ない?」 と頑張ったんだけど、結局、見つからず、断念。
飲兵衛夫婦には切ない、アルコール抜きのサンクスギビングデーとなったのでした。

翌日は、ニュージャージー側のホテルから、バスでマンハッタン島へ。
ほんとは、カニグズバーグの作品の舞台にもなった、メトロポリタン美術館に行くはずだったのに、息子が「恐竜がみたい」と言ったため、自然博物館に目的地を変更。これがむちゃくちゃ込んでいて、おまけに息子がすっかりそこにはまってしまい、夕方までたっぷり博物館見学してしまったのでした。

次は夫の希望を取り入れ、リトルイタリーと呼ばれるイタリア人街へ。
我が家は3人とも、何が好きって、イタ飯が大好きなの。
レストランで夕方からワインを1本空けて、ほろ酔いを完全に越えた状態で生ハムを大量に買い込み、さらにホテルに戻って飲み直し。
生ハム大好き息子に、「こうなったら、将来は生ハム職人になれ」 とせっつく我々夫婦なのでした。

というわけで、初めてのニューヨークで、我々一家は、ブロードウェイのミュージカルにも、メトロポリタン美術館にも、近代美術館にも行けないまま、大量の剥製と恐竜の骨格標本を見まくり、飲んだくれたのでありました。

日本を発つ前、ピアノの木曽センセに、「おぐにさん。絶対にニューヨークでブロードウェイ、ニューヨークフィル、それからオペラ、見てくださいねっ!」と言われたんだっけ。
でも息子がいる限り、ちょっと無理だなぁ、きっと。
実は来年には、カーネギーホールに、私が一番大好きなピアニスト、内田光子さんが欧州からやってくる。
聴きに行きたいなあ。
無理だよなあ。
東京では毎月2〜3回、息子をシッターさんに預け、コンサートやリサイタルに行ってたのに。
ポトマックのカントリーライフはそれはそれで楽しいのだけれど、NYなんかに来ちゃうと、やっぱり都会暮らしっていいなあ、と思っちゃう私なのでした。


息子の記念日、私の記念日

自分から友だちになかなか声をかけられない性格ゆえ、アメリカの現地校はもちろん、日本人対象の土曜日の日本語補習校でも休み時間に一緒に遊ぶ友だちができないらしい我が息子。

To be the first to say "Hello"

などという目標も掲げたわけだけれど、そう簡単じゃないものね。

だからね。
今日、息子を学校に迎えに行った時、誰よりも早く校舎から飛び出してきた息子が開口一番、「今日は、友だちと休み時間にボールを蹴ったりしたんだよ」 と報告してくれた時は、本当にびっくりしたし、うれしかったんだ。
息子の説明によるとこうだ。

いつもは同じクラスの日本人の子と一緒にご飯を食べているのに、最近は、その中の一人から「来るな」とか言われちゃったらしく、ちょっと居場所がなかったらしい。
ランチタイムの時、これまでも、声をかけてくれることが多かった男の子のほうに自分から近付いていったら、「カモン」 と呼んでくれたらしい。
結局、2人で一緒にランチを食べたんだそうだ。
もちろん、息子は英語を少しも話せないから、まともな会話なんかなかったと思うんだけれど、それでも息子によると、

「なんとなく言ってることは分かるから」

……ほんとかよ??
よくわからないけれど、この日、息子は彼と初めて校庭でボールを蹴ったらしい。

「今日は、あんたの記念日だねー」

なんてうれしい気持ちで2人して帰宅。
息子がいつものようにポストをチェックしたら、なんとなんと!
東京の息子が通っていた小学校のクラス全員からお手紙が届いていた。

実に幸せそうに手紙を読む息子の横顔を見やりながら、私は内心ほっとする。
1日早く手紙が届いていたら、息子はホームシックで泣いちゃってたかもなあ、と。
少し希望が見えてきた日に、手紙が届いてほんとによかった。
(実は、この夜、息子に許可をもらってみんなの手紙を読ませてもらった。どの子も思い出深いものだからね。思い思いの言葉や絵に、鼻水を何度もすすっちゃいました……)


息子は早速、クラスのみんなにお礼の手紙を書いた。
私がそれを小学校にファックスし、「朝からすみません!」 と授業前の担任に電話した。
小規模校はこういう時、実にアットホームで助かる。
担任の先生が電話口で、「今、ファックスが届きましたよ!」。
しばらく息子は、大好きだった担任の先生とも話をしていた。

「今日はほんとに、あんたのお友達記念日だねえ」と私が言うと、
息子が 「母ちゃんの記念日でもあるよね」 と。
そりゃ、あなたの記念日は、母ちゃんの記念日でもあるわよね、なんて納得をしかけたら、息子が笑いながら、
「だって、今日、ピアノが届いたでしょ」

ああ、そうだった。
そうなのですっ!
ピアノがようやく我が家に届いたのです。
ということで、11月20日は息子の友だち記念日。
そして、私のピアノ記念日。
(でも、ピアノの話はまた今度、ね)。

まだまだ続くcomcastとの闘い

昨日、二重請求が発覚したうえ、その処理の最中にネットのモデム回線を切断されてしまい、一時はネットが不通になるというトラブルの顛末を書きましたが。
我らがcomcastとの闘いは、まだまだ続くのであります。

実は昨日、280ドルの支払い請求に驚いて、電話で追及し、comcast側に二重請求を認めさせたまではよかったのだけれど。
念には念を入れて、本日はcomcastのホームページできちんと二重請求が処理されているかどうか確認することにした。
カスタマーセンターのキム女史は昨日、「あら〜、大丈夫よもう。私が全部完璧に処理したから、あなたは144ドルの小切手を送ってくれればOKよ」 と言ったっけ。
だけど、その後、キム女史の処理のまずさで、私の家のモデムがオフラインになってしまうというトラブルが発覚したわけで、悪いがキム女史をこれ以上信用できないのだ。

comcastのホームページにサインインし、自分のアカウントの支払い請求額を見たときの私の驚きを、何と表現したらいいんでしょう。

昨日280ドルだった支払額は、
144ドルに減っているどころか……。

477ドルに増えているのですっ!

明細をチェックして、だいたいの事情を把握した。
まず、キム女史は、私の家のモデム回線をオフにはしてくれたらしいが、10月の280ドルの二重請求を144ドルに訂正してくれなかったらしい。
この280ドルに、さらに11月分の支払いが上乗せされているわけで、この11月分もまた、ケーブルテレビとインターネットのパッケージ106ドルの契約だというのに、それぞれ別々に請求しているせいでまたしても 「二重請求」 状態となっていたというわけ。
たぶん、本来ならば2カ月で250ドル程度の支払いのはず。
ちくしょー、200ドル以上損させられてたまるかっ。

おーい、キム!
君はいったい、昨日、何をしてくれたんだ???
優しくて、わかりやすい英語をしゃべってくれるアンタを、私はすっごく気に入ってたんだけどなあ。

仕方なく本日もcomcastに電話。
しかし、今度は、「今ほかのお客さんの相手をしてるので、それが終わったらオペレーターにつなぎますねー」みたいなアナウンスと音楽が延々と流れ続けること40分。
結局、あまりの電話の混み具合にあきらめました。

comcastとの闘いは、まだまだ続く。
絶対に勝利するぞ。

コムキャストとの闘い、再び

我が家のインターネットとケーブルテレビは、comcast という会社にお願いしている。
そう、渡米直後の私に、こんな試練こんな試練、そしてそしてこんな苦悩のすえ、こんなドラマチックな結末までプレゼントしてくれた、あの愛すべきコムキャストである。

ことの発端は、この会社から送られてきた支払い明細書。
なんと、合計額は280ドル!!!
確か、ケーブルテレビとインターネットで月々106ドルのパッケージだったはず。
確かにモデムなどの機材は別料金という約束ではあったけれど、いくらなんでも高すぎる……。

ということで、覚悟を決めて comcast に電話した。
なぜ「覚悟を決めて」かというと、渡米直後に一度、comcast のスタッフと電話でやりとりして、ほんと、ありえないほど相手の英語が分からなかったことがあるから。
大丈夫かなあ。
ちゃんと相手の言うこと、分かるかなあ。

さて。
結論からいうと、今回の comcast のカスタマーサービスの姉ちゃんは、結構わかりやすい英語をしゃべってくれる人だった。
ラッキーである。

「あのね、280ドルって明細が来たの。でも本来、1カ月に106ドルのパッケージのはずだし、いくら最初でも高すぎると思うんだけど、明細の項目ごとに毎月課金されるものなのか、今月だけなのか、中身について確認させてもらえます?」

ところが、彼女、280ドルという値段を聞いた途端、即答で、
「それはさすがにありえませんね」

……。
だろ?
ありえないよな?
だけど、あんたの会社が送りつけてきた明細なんだぜ。
いきなり、簡単に impossible とか言うなよ。

彼女はあれこれ調べていたが、最後にこんな結論を出した。
「どうやら二重請求しちゃったみたいです。インターネットとケーブルテレビのパッケージなのに、別にインターネット関連の料金を加えちゃってるんでしょう」
で、本来の支払額は144ドル。
136ドルも下がったのだった。
黙って支払ってたら、大変な大損だったぞ。

それでも結果オーライ。
私もなかなかやるじゃん。やっとこの国で生きていくチケットを手に入れちゃった気分だわ〜。
……などと浮かれていたら、パソコンがいきなり不穏な動きをし始めた。

メールが取れない。
ネットにもつながらない。
再起動をかけて、Internet Explore を立ち上げたら、そこには

You Got Here

の3文字。
これ、記憶にあるぞ。
確か comcast のネット立ち上げの際に、技術者が家に来てくれた時、彼が最初にたどりついた画面じゃあなかったっけ???
どう考えても、さっきのカスタマーサービスの彼女が何か変な処理をしたせいで、ネットがつながらなくなったとしか考えられない!

再度、comcast のカスタマーセンターへ電話。
しかし今度は電話が混雑していて、全然オペレーターにつながらない。
結局20分も待機アナウンスを聞きながら粘ったが、外出時間となり、タイムアウト。

外出先から帰った午後も、すぐにcomcast へ電話。
カスタマーサービスの電話番号、覚えちゃいそうだよ。
今度はようやくつながった。
次は男の声。
つたない英語に加え、技術的なことはさっぱりの私だから、もうしどろもどろ。それでも、

「技術的なことは分からないけどね。キム(カスタマーサービスの彼女の名前。きちんと聞いておいたんだ)が、二重請求の処理をしてる最中に、いきなり、いきなりよ! ネットがつながらなくなったの。何が起こったかは分からないけれど、間違いなく、キムの作業のせいだと思う」

と、言いたいことだけはぶちまけてみた。
今度の相手はアンソニー。
アンニュイな声が魅力の男だ。
そういえば、アンソニーとかいう名の、かわいい男の子が、漫画キャンディーキャンディーに登場したっけかな。
私の好みは、名前も忘れたが、あの眼鏡の兄ちゃんだったが。

ともかくアンソニーは言う。

「まず、何がトラブルの原因なのか、チェックさせてください」

いいよいいよ、好きなだけやってくれ。
私はすでに疲弊していて、なんとなく投げやりな返事。

それなのに。
これって comcast の接客のルールなんだろうか。
「少々お待ち下さい」系のアナウンス音楽を延々と流しているくせに、アンソニーはきっかり1分ごとに、
「madam...」
と電話口に登場し、
「One moment, please」とかいう。
ほかにも、
「あなたの我慢に感謝します」とか
「本当に待たせてすみません」とか色々。
こっちは電話をオンフックにして、ソファーでだらけているわけで、10分でも20分でも好きなだけ作業してくれ、という気分なんだけど、1分ごとに
「madam...」
とアンニュイな声で起こされてしまう。
「One moment, please. O.K?」
と言われると、つい、
「おーけい」
と生真面目に答えてしまう自分が哀しい。

途中、「問題の所在が分かりました。どうやら、さきほどの処理の時に、こちらのモデムまでオフにしてしまったようです。もう一度設定をしなおさねばなりません。だから、さらにもう少し待っていただけますか?」と、アンソニー。

結局、30分たっぷりかかりました。
が、それでも何度かのパソコンの再起動の後、ネットにつながった時にはちょっと感動。
どう考えても comcast側 の二重のミス (二重請求の末、作業ミスでネット不通になったわけだからね) なんだけど、「すみません」 の一言も言わず、むしろ 「僕が全部解決してあげるよ」 的な声で優しく私を励ますアンソニーに、こともあろうに私、言っちゃったよ。

「さんきゅーふぉーよーへるぷ」

まあ、いいか。
今日はそんなこんなで、英語でしゃべった相手は、キムとアンソニーの2人だけだった。
NOVAの講師と「駅前留学」ならぬ「テレフォン留学」したと思って笑い飛ばそう。
明日は、さて、誰と闘うんだろ、私。


米国のビンゴゲームと、トヨタの話

先日、息子の小学校のPTA行事で、ピザビンゴ大会があった。
何かというと、ビンゴをやりながら、ピザやレモネードなどを飲み食いするイベント。
ビンゴ大好き少年の息子は、風邪で学校を早退しているにもかかわらず、「ビンゴだけは絶対に行く!」と言い張ってきかない。
ゆえに親子で参加した。

アメリカのビンゴゲームは、日本のそれとだいぶ違う。
単に一列のマス全部が開けば良い、という普通のルールに加え、「ビッグX」(X字状に9マス開かねばならない)、「5コーナーズ」(4隅4マスが開けば良い)、「ブラックアウト」(1面25マス全部が開かねばならない)など、どんどんルールが変わる。
ルール変更がすべて英語にて告げられるので、もう、こっちは必死。
おまけに最初はルールの内容も分からず、あっちこっちに聞いて回り、えらく疲れるビンゴ大会だった。

日米最大の違いはたぶん、全員に商品が当たるわけじゃない、ということだろう。
日本だと、ほら、子どもたちは 「リーチ!」とか「ビンゴ!」とか盛り上がるものの、心のどこかで、「まあ、全員が何かもらえるわけだし」 と思っている。ゲームも佳境となれば、最後に残った数人の子どもたちの表情も固くはなるが、それを見ているほうも、当人たちも、「何か必ず当たるんだから」という安心感がどこかにある。

しかし、米国では、そうじゃない。
5人ほどビンゴの人が出ると、「じゃあ、もう一度最初からやるわよー」 と合図があり、全員がビンゴのボードをクリアする。
せっかくリーチで後一歩、というところで、また一から出直さねばならない。「いつか当たる」という保証はどこにもない。

この夜、我が親子は圧倒的に運が悪かった。
次々と「ビンゴッ!」の声が上がるなか、息子や私のビンゴカードは、ちっともマスが開いていかない。
賞品は次々消えていき、最後は、ブラックアウトのルール変更が告げられた。いまだ賞品をもらってない十数人の子どもたちが、次々に読み上げられる数字に必死で食らいつく。
いやはや、盛り上がる盛り上がる!

息子はあと2マス、というところまで詰めたけれど、結局そこでゲームオーバー。
親子して何ももらえない夜となったのだった。

これって、この学校のローカルルールなのか、それともアメリカ流のビンゴなのかを知りたくて、在米知人に尋ねてみたら、あちこちから、「全員の子どもに商品をあげなきゃいけない、という発想はすごく日本的なんだよ」 と指摘された。
やっぱり、そうなんだー。
主催者にもよるだろうけれど、少なくとも、日本で学校や、PTAあたりが企画したビンゴゲームであれば、子ども全員分の商品を用意しないと、子どもだけでなく、親からも文句が出そうだものねえ。

時を同じくして、こんな記事を見つけた。
トヨタ会長の張さんの講演会を報じた記事

アメリカのトヨタ工場で、皆勤賞の社員向けに金一封を等しく出そうとしたら、米国人幹部が「それじゃつまんないよ」と言ったんだそうだ。「それより、抽選で10人にカムリ(という車)をプレゼントするほうが面白いし盛り上がるし社員も喜びますよ」と。
それを聞いた日本人役員はこぞって、「そんな不公平な! 何も当たらなかった社員から文句が出るのでは……」と案じたらしい。
が、米国人役員全員の賛成で、試しにこれをやってみると、現地の労働者たちに大好評。それ以来、毎年恒例イベントになった、っていうような話。

ビンゴとトヨタ。
全然、舞台は違うけれども、つまりは、機会の平等か結果の平等か、という話。日米のお国柄の違いを象徴的に示すエピソードだなあ、と思った。
(日本で結果の平等が、米国で機会の平等が、完璧に保証されてるか、というのはまた別の話としても……)

ピザビンゴ大会の片隅から、この国を見つめた夜。

ベライゾンとの闘いの結末

お騒がせしました。
3度目の正直で、ベライゾンは来てくれました。
それも約束の時間の5分前に。
そして、10分で作業終了。

「何が悪かったの?」
「ああ、家の外の電話ボックスの回線がまだつながってなかった」
「ってことは、料金そっちもちよね」
「もちろん」

今回皆さんにご助言いただいたように、基本料金の値引きくらいは求めても良さそうねえ。問題は、それを請求するだけの英語交渉力が私にあるかってことだなあ。
膝詰めだったら、絶対に負けない自信があるんだけど。
どうも電話での交渉となると、いまだ自信がないのよね。
夫に、「あんた、やってみる?」 と聞いたら、案の定、渋い表情で、

「君がやってよ!」

やっぱり。
ま、何事も経験。
やってみるか、アメリカ初のクレーム体験。

ベライゾンとの闘い

のんきにカレッジなんかに通ってるから、「ははーん、おぐにも新居のセットアップをとうとう終えたのね」 なんて思われちゃうかも。
とんでもない!
ちなみに我が家には、いまだ電話がありません。
携帯電話だけ。

引っ越してきて、電話機をつないだが、うんともすんとも。
家中のジャックを試したけれど、やっぱり、うんともすんとも。
もしかして電話機のせいか、と知人宅で電話機を試したら、ちゃんと通じる。
やっぱり、家の電話回線に何か問題があるらしいのだった。

電話会社のベライゾンに技術者派遣を頼んだのが1週間前。
先週の金曜日に来てくれる、というのが最初のアポイントメント。
この時の約束は、

「朝8時から午後6時までのいつかに行きますから!」

8時から6時って、なんだよそれ。
こんなアポイントメント、日本じゃありえないよなあ、と思いつつも、仕方ないかとあきらめる。
ただし、今回は私も、覚悟ができている。

この国で、「朝8時から午後6時までに行くわ」と言われたら、それは、次のことを意味するのだ。

「8時前に来るかもしれないし、午後6時以降に来るかもしれないし、あるいはまったく来ないかもしれない」

そんなわけで、家にメモを残してすぐに連絡を取れるようにしておいて、私も適当に外出したりしたが、結局、先週金曜日は、誰も来なかった。

「おいおい、いいかげんにしてよ! 1日じゅう待ってたんですからねっ!」 とベライゾンに電話したら、次のスケジュールをくれた。
それが、本日。
「15日木曜日の朝8時から午後6時まで……」
と相手がいうところを遮って、

「あのね、私は先週金曜日、1日じゅう待ってたんです(もちろんウソ)。とてもそんな長い時間、家にいられないわ」

それで本日の約束は、午後2時から午後6時まで。
それでも4時間の幅がある。

で、結論。
本日も来なかった。
が、今回は自動音声による電話がちゃんとかかってきて、「思ったよりおくれてしまって行けなくなりました。リスケは以下の電話によろしく〜」 みたいなことを言われたのだった。

早速電話する。
「明日は必ず」という返事。
「正午から午後6時までの間に……」
これをまたしても、

「あのね、私はもう2日間、ずーーーーーっと待ってるの。24時間よ! (これはウソ)。そのお陰で、もう明日は家にいられるかどうか……。せめてもう少し予定時間を短縮してくださいな」

で、明日午後1時から5時の間、と決まった。
明日は来るかな。
三度目の正直、っていうもんな。
あ、でも、日本には、二度あることは三度ある、ということわざもあったっけか。

ということで、家の電話が通じないまま、延々と続く電話会社との闘いなのだった。
1カ月間、電話が不通のまま、基本料金だけ取られるようなことだけは避けたいもんだなあ。

里芋とイカの煮物風

ついつい、衝動的に、巨大なタロ芋を買ってしまった。
韓国系スーパーでそれをみた時、「里芋みたいに食えるだろ」と。
この前、豚汁ならぬ鶏汁(豚肉がなかったので、手羽で作ったのだ)に入れてみたら、里芋として十分使えることが分かった。

ということで、今晩作ったのは、
「里芋とイカの煮物風」。

ほんとなら、里芋とイカのゲソで作りたいところだけれど。
さて、何と一緒に煮ようか。
冷蔵庫の中をぐるぐる見渡したら、先週末、日本人の方にお裾分けいただいたスルメを発見!

ということで、スルメの足とタロ芋でやってみました。
「里芋とイカの煮物風」。
あえて醤油は使わず、色も美しく。
するめの塩分だけで十分にお出汁も塩分もまかなえた。
思えば、生シイタケより干しシイタケのほうが良いお出汁が出るのと同じなのかも。
スルメ、万歳!

作りたての昨夜もおいしかったけれど、
一晩明けた今朝はもっとおいしかった。
タロイモは里芋ほど繊細な味ではなけれど、ほくほく感に勝っているので、だし汁をたっぷり吸って味の染みた翌日のほうがおいしくいただけるみたい。

日本では、手に入らない海外の野菜をどうにかこうにか日本野菜で代用したものだけど。
(今とちがって昔は、青いパパイヤなんて絶対に日本じゃ手に入らなかったから、タイのソムタムを作るのに、キュウリとニンジンで代用できないか、とか、タマリンドの代わりに梅干しと砂糖を使ったり、ホント皆色々と苦労したもんですよね)
今度は、こちらで手に入るもので日本料理に挑戦、って結構おもしろい。

料理は別に好きじゃないけど。
実は私、子どものころから、理科実験はすごく好きだったんだよね。

アメリカ初ボランティア体験

ボランティア……とか言ったところで、せいぜい、息子の学校での話なんですけどね。先週のブックフェアの後、図書館の本の並べ替え作業が大変だからみんな助けてくださいねー、という案内文を息子が持ち帰ったので、試しに行ってみました。
だってさ。
本の並べ替えならば、多少の英語で何かしら訳に立てるだろうし。
これで図書室の先生なりアメリカンママとお話でもできれば、「タダで英会話学校」状態じゃない?
おまけにあれこれ、知りたい情報もあったしね。
ボランティア、とは名ばかり。
実は下心たっぷり!

結論からいえば、手伝いのお母さんは1人しかいませんでした。
その前に一人いたらしいんだけど、私と入れ替わりに帰っちゃった。
一緒に作業をしたママの名はマリア。とても親切な人で、「英語ができないなりに、何かしたいと思って来たんだけど、私にできることってある?」と尋ねると、すっかり感動してくれた。
この国の人は、思うに、challenge とか try とか、とにかく前向きな言葉が好きなのよね。
だから、初対面の相手にはできるだけこの二言をまぶしてしゃべるようにしてるわけ、私。

それから1時間。
黙々と本の並べ替え。
小さい数字から大きい数字の順。
さらにアルファベット順。
アルファベットの順番は、いちいち、abc……とaから始めないと判別できないので、結構必死になったわよ。
でも1時間で、あっさり終わっちゃった。

「ほかにはないの?」と聞いたら、「全部終わっちゃった! あと4日掛けるつもりだったのに!」と図書室の先生は感動。マリアも、「あなた、私よりずっと早かったわ」なんてお世辞を言ってくれる。

しかしなあ。
かつて、「CNNの英語より、大学の授業より、結局はママ友だちの井戸端会議の英語が一番難しい」と聞いたことがあったけれど、あれは本当だと思った。
マリアと図書館の先生がしゃべってる内容は、理解するのも難しかったし、とてもじゃないけれど口が挟めるようなものじゃあなかった。
たぶん、マリアは 「よその学校では読書にもっと力を入れていて、クラスごとに章を出したりもしてるみたい。そういうことできないかしら?」とかそういうことを提案してたんだと思うんだけれど、私の単なる想像の産物かもしれませぬ。

アメリカに来て以来、何か想像力ばかりたくましくなってる気がするなあ。

とにかく、ボランティアが終わった後、「ところでさ。息子の髪を切ってもらえる場所を探してるんだけれど、近くで安いところはないかしら?」と聞いてみた。
こういう情報は、日本人コミュニティに頼るまでもなく、地元のママさんたちに聞くに限るもんね。
マリアと図書館の先生は口々に教えてくれた。
が、彼らはとても道を教えるのが苦手。
そこで私はすかさず、冊子になった立派な地図を取り出して見せる。
こんな地図、普段から持ち歩いているはずもなく、もちろん、この機会に色々と情報収集しよう、とボランティアに出かける前に密かに鞄にしのばせておいたんだけどさ。

地図を見せると、あっさりマリアは地図に散髪屋さんの場所を記してくれた。
「それに、ここには小さなスーパーもあって、たぶん、この学校からだと一番近いスーパーよ」 とも。
ひええええ。
いつも15分かけてスーパーに行ってたんだけど、車で2〜3分のところに日常の買い物ができそうなスーパーもあったんだっ!

さて、かくかくしかじかで、本日、息子は無事にアメリカ初の散髪を体験しました。なかなかの出来です。
子どもは13ドルで、チップを入れると15ドル。
この近所の物価を考えると、なるほど地元で子連れに人気があるのも分かるわ。
みな子どもの扱いに慣れていて、お店にはひっきりなしに子連れが訪れてました。
おまけに直近のスーパーマーケットの場所も分かったし。

与えるものより、得るものの方がずっと大きな、初ボランティア体験だったのでした。
めでたし、めでたし。

サンクスギビングデーで七面鳥を食らうわけ

息子が学校でサンクスギビングデーのための飾り物工作を作ってきた。
というのはウソで、本来ならそうやって学校で工作するはずだったのに、前日に息子がそのプリントを 「たぶん宿題だと思う……」と言って持ち帰ったため、我が家では宿題としてそれを工作する羽目になったのだった。

翌日、家で作った宿題を息子が学校の先生に見せたら、「Good,good,goooooood!!」と先生に思い切りほめてもらった後、みなが教室で工作している間、別の先生に連れられ、学校探検をさせてもらったんだそうな。
このあたり、柔軟な対応に感謝。

つまりなにかというと、息子も私も、いまだ、英語の壁のせいで、何が宿題で、何が宿題でないのか、ほとんど理解できてないというわけ。
お陰で、私は毎朝、担任の先生に手紙を書いているような状態で、ある意味、ものすごく英文を書くのが早くなったとも言えるんだけどさ。
こういう日々がいつまで続くのかなあ。

ちなみに息子が作った工作とは、七面鳥の紙飾り。
色とりどりの紙で七面鳥の羽飾りを作り、その羽に、自分が感謝しているものを4つ書くの。
息子が書いたものは……

Foods
Mother
Father
Baseball

そうだよね。
野球がやっぱり、君の心の支えなんだねえ。
主なスポーツにシーズンのあるこの国では、春まで野球はできないんだけど。

ところでところで。
家族で話題になった。
「なぜ、サンクスギビングデーに七面鳥なんだ???」
そもそも、サンクスギビングデーって何なんだろう。

なーんて疑問に思っていたら、本日、カレッジのESL生徒対象の会話クラブでそんな話題になった。
ボランティアの先生曰く、

「1620年、英国から宗教上の理由でアメリカに渡った人たちがいました。メイフラワー号に乗ってマサチューセッツにたどりついたのですが、その冬は酷寒で、食べ物もなく、100人ほどいた人の半分が病気や死に至りました。そんな時、先住民のネイティブアフリカンが彼らにトウモロコシの育て方や魚を肥料にして土地を肥やす方法、野生の七面鳥の狩りの仕方などを教えてくれたんです。翌秋、大変豊かな収穫を得た彼らは、ネイティブアフリカンを招き、3日間、食べ物を山と積み、収穫を祝ったんだそうです」

おおお。
だから七面鳥、というわけか。
ちなみに、その 「大宴会」 の日、ネイティブアフリカンは七面鳥だけでなく、鹿の丸焼きを作ってくれたんだそうだ。
なるほど、この国のオーブンがいかに大きくても、各家庭で鹿は焼けないもんなあ。だから七面鳥が定着したんだろな。
勝手な想像だけど。

ボランティアの米国人女性の先生は、
「サンクスギビングデーは、宗教色もなく、アメリカ人にとっては純粋に家族と過ごす大切な休日なのです。宗教色がないため、多くの人が祝うことができるのです」
と言う。
でも、その後、多くのネイティブアフリカンがこの国で命を失っていくわけで、なかなか脳天気に受け止められない私だったりする。
さらにそれを、ESLの生徒である中南米から来たヒスパニックの女の子たちが聞いているという何ともシュールなシチュエーション。

この日は、ハイチから来たすごくきれいな黒人の女の子もいた。
彼女を中心に、ハイチのクレオール言語なんかについて盛り上がった。
でも、ラテンアメリカで一番最初に独立した国が確かハイチだったはず。フランス語とクレオールの両方を操る上、学校で学んだスペイン語まで話せるという彼女だから、当然、独立後の自国のアメリカとの微妙な歴史なんかも熟知してるはず。

「英語を学びたい!」と集まってる彼ら彼女らが、実はこの国にどんな思いをいだいているのか、少しずつ聞き出してみようかな、と下心たっぷりの私だったりする。

今日は、台湾や中国から来た人たちと、しばし中国語でしゃべってみた。
何もESLで英語ではなく中国語を学ばなくてもいいと思うんだけれど、授業が終わると途端に中国語で仲良く会話している彼らにどうにか食い込んでみたい、とついつい思っちゃうのよね。
この際、英語と同時に、中国語も練習しちゃおうかなあ。



息子の目標

息子が現地校に行き始めて2週間が終わった。
先日、担任の先生と面談があった。
先生によると、3週目からは、息子もほかのクラスメートとほぼ同じ宿題が課されることになり、提出の是非もチェックされるという。
読書20分に加え、スペリングの宿題、算数プリントなど、間違いなくこちらの小学生は日本の子より勉強してると思う。

いや、日本でも塾などに行ってる子は別かな。
ただ、少なくとも、息子は日本にいた時より、アメリカにいるほうが、大量の宿題に追われそうだ。
現地校に加え、日本語補習校(土曜日のみ登校)の宿題もあり、こちらはドリルやプリントなど毎日2〜3枚以上やる計算。
これに付き合う親も大変だが、子どもは子どもで大変だと思う。

さて、面談の時に 「これを提出してくださいね」 と一枚の紙をもらった。どうやら、今学期の目標などを子どもたちが自分で書くプリントらしい。
日本流でいうと、「今学期のめあて」 って感じ。
ただし、アメリカ流だなあ、と思うのが、「漢字を頑張ります」 とか、そういう「めあて」だけじゃ終わらないこと。

最初に、「自分の得意なこと」。
次に、「自分がもう少し努力しなければならない課題」 を書き、
さらに、「その課題に関して自分なりに定めたゴール」 を設定。
「ゴールまで目標を達成するために、自分がするべきこと」 を書く項目があり、
さらにさらに、「どういう状態になったら、目標を達成できたと自分で判断するか」 についても書かせる。

単に 「めあて」 を書くより具体的で、おもしろいもんだなあ、と感心した。

ちなみに息子と相談して、書いてみたのはこんなこと。

息子の 「めあて」 は、

・英語での授業をできるだけ理解できるようになる
・クラスにお友達をつくる

「めあて」達成のためにやるべきことは、

・家でも英語の勉強をする
・「こんにちは」って自分から先に声をかけてみる

To be the first to say "Hello"

英語で記入なんてできるわけのない息子に代わり、私が書いてみたんだけど、こんな表現で良いのかな。
日本でだって、どちらかというと声をかけてもらえるのを待ってるタイプの息子だったから、実はこんな簡単そうに見えることが、とっても大きなステップなんだ。

目標、達成できればいいね。

IKEAのコーヒーテーブル

週末、IKEAに行った。
段ボール箱に布をかけただけの家具ばかりに囲まれているのも寂しいので、安い家具を少し手に入れようか、と。
そんな中に、コーヒーテーブル、があった。
ソファの前に置く、あの、低いテーブルである。

引き出しつきのタイプで、パーツが約30個、ねじやクギに至っては約170本もある。
これ、本当に組み上がるんだろうか。

ねじやクギなどの本数を数え、種類ごとに分ける。
30個のパーツは、引き出しなどの部分ごとに分け、組み立てる前にだいたいの構造を把握する。
回りくどいようだけれど、この作業なしに、いきなり説明書を見ながら組み立てるよりは、最初に全容を把握したほうが、結果的には近道になると思うから。

あとは心静かに大工仕事。
6ドル99セントで買ったIKEAの工具で、釘などをトントンと打ってると、妙に幸せな気分に包まれてしまう。

ああ、そうだっけ。
私、実は好きだったんだよなー。大工仕事


よみがえるのは、中学時代の 「技術家庭」 の授業。
家庭科で調理実習なんかするよりもずっとずっと、技術科で本棚などを作るほうが好きだったんだっけ。
特に、釘を真っ直ぐ打つのが好きで、ほかの女の子のもやらせてもらったりしたよなあ。

私 「いやあ、楽しいわ」
夫 「ほんと、楽しそうだなあ」
私 「実は私、技術科の大工仕事がむちゃくちゃ好きだったの。今思い出した」
夫 「俺は大嫌いだったぞ。技術科がなくなってくれたら、と何度思ったことか」

……。
そうだったのか。
うちの夫の不器用さには時々驚くけれど、昔っからそうなのか。

私 「だって、こういうのってプラモデルみたいなもんよ」
夫 「俺、プラモデルも苦手だった。途中で絶対に無茶苦茶になってしまって、完成しないんだ」

……。
そうだったのか。
IKEAの高い家具の組み立ては、絶対にこの人に触らせないことにしよう。

丁寧に丁寧に、1時間半かけて完成。
うーん、満足。
私にとってはこのコーヒーテーブル、安く買えた家具、という以上に、非常に高度な工作オモチャって感じ。
IKEA工作に、はまりそうな予感。

恐ろしい夜

しばらく、自己嫌悪がひどくて、書く気にもなれなかった話。
週末の夜、夫の職場の上司や同僚のみなさんが、先輩記者のお宅で、我が一家の歓迎会を開いてくださった。

いったい、何がどうなったのか……。
いまだもって自分で分析不能。
よそ様のお宅にお邪魔し、ごちそうになっているわけで、おまけに周囲は夫の上司や先輩記者とそのご家族。こんなシチュエーションで、なぜ私は、あんなに無防備に痛飲してしまったんだろう。

結論から言えば。
次々と開栓されるワインがあまりにおいしく、ついつい飲み過ぎた上、日本語で会話し、お酒を飲むというのが渡米以来の経験だっただけに、見事に弾け、たぶん、私は、他人の迷惑を顧みず、一人で盛り上がり、一人でしゃべり倒し、一人で酔っぱらい、最後は爆睡したらしい。

なぜ、たぶん、かというと、その歓迎会の前半3分の1くらい以降は、ほとんど記憶がないから。

息子がその時の私を、こんな風に説明してくれた。

「母ちゃん、すごかったよ。一人でソファに横になり、ガァアアアア、ガァアアアアってすごいいびきをかいて寝てたの。ものすごい、いびきの音だったよ」
「最後はみんなでお片づけをしたのに、母ちゃんと父ちゃんだけソファで寝てたんだよ」

……ああ、最悪。

さらに、同じく痛飲したものの、私ほど早く沈没しなかった夫によると、私は、

・一人でわけのわからないことを延々としゃべっていた。あまりの騒々しさに周囲はただただあきれていた
・爆睡する前は、お邪魔したお宅のピアノを勝手に弾きまくっていた
・ソファで寝る前は、ダイニングのイスでも寝ていた

というような状態だったそうな。

「おまえ、寝てしまう前に、ずっと○○さんを相手にしゃべってたけど、あれ、何をしゃべってたの?」

と夫に聞かれた時は、呆然自失。
私、その方と話し込んだという記憶すら、ないのです。
彼女はちなみに、お酒を飲まない方なので、しらふだったはず。
そんな方を相手に、記憶を完全に失ったままの私が、いったい何をしゃべったんだか。
想像するだけで卒倒したくなる。
ちなみに彼女も、私にとっては、先輩記者、です。

何より、お料理がおいしかったこと。
ワインがあまりにおいしかったこと。
日本語でお話できたのがうれしかったこと。
生活のセットアップを私一人に押し付ける夫への不満が、ついつい爆発してしまったこと。
さらにはたぶん、会社を辞めて、「もう、上司だ先輩記者だというのは関係ないもんねー」 という変な安心感があったこと。

自己分析すれば色々理由は思いつくのですが。
たぶん子どもを産んで以来、3本の指にはいるほどの酔っぱらい方をした気がします。
少なくともここ数年は、人前でこんな飲み方をしなかったもの。
いったい、どうしちゃったのかなあ、私。
恥ずかしいのを通り越して、なんかもう、再起不能です。
特に、お邪魔したお宅のご家族には、何とお詫びすれば良いやら。
取り返しのつかないことしちゃったなあ、と反省しきり。

しばし、痛飲禁止、を自分に課すことにします。
渡米から1カ月半。
自分で思ってるよりもずっとずっと、今の私は、自分の気持ちのバランスをうまく取れてないんだと思う。
この状態で無防備に飲むのは危険。
人に迷惑を掛けまくって気付くなんて、情けないよね。
反省。

社会見学的英語レッスンのススメ

今朝もカレッジでふらふらしてたら、カレッジのESLクラスの掲示板に、地元の図書館でやってる英語学習者向けの会話クラブの情報が貼られていた。
へええ、おもしろうそうじゃん。

見れば、カレッジのESLのコンピュータラボの先生Mollyが、「すごくゴージャスな図書館があるのよ」 と評した Rockville Library にも会話クラスがあるらしい。
(図書館を「ゴージャス」って表現するんだから、どんな図書館かしらん、と気になるじゃない?)

曜日や時間を調べてみたら、なんとなんと、まさに30分後に始まろう、という絶好のタイミング。

コンピュータラボでネット検索し、大急ぎで詳細を調べてみたら、どうやら登録も必要なさそう。
自宅からもカレッジからも直近の図書館らしいし、こりゃ、行ってみよう、とカレッジをあっさり後にし、今度は図書館へ。

しばし迷った末、無事に尽きましたよ、ゴージャス図書館。
確かにね。
一帯を再開発したらしく、おしゃれで真新しいレンガ造りの建物群の中に、すごく雰囲気のいい図書館があったのでした。
ゴージャス、かどうかは別にしても、明るくてモダンですごくいい感じ。
一目で気に入っちゃったのだった。

だいたい私は、図書館運がものすごくいいのだ。
東京で暮らしていたマンションは、マンションから最寄り駅までの道に図書館があったから、とっても便利だった。
息子の名前でカードをつくり、私のと息子のと2枚のカードを駆使して、ネット上で常時30冊の本を予約してたのだっけ。
あれ以来、どこに住むにしても、家から最寄り駅までのルート上に図書館がないと耐えられないわ、なんて思ったものだ。

アメリカは車社会だから、「最寄り駅までのルート上に」とは言わないけれど、家と大学とのほぼ真ん中にこんな図書館があったら、やっぱりすごくラッキーな感じ。

さてさて肝心の、会話クラス@図書館。
カレッジでは、若いヒスパニックの au pair が圧倒的に多かったんだけれど、こちらはものすごくアジア人率が高い。日本人の女性も数人いるようだった。

実はこちらで暮らしてる中国人や韓国人のコミュニティーってすごく独特でおもしろそうだったので、ぜひ一度、彼らに聞いてみたいなと思っていた私。
早速、韓国人の夫婦の隣の席を選んで強引に聞いてみたのだった。

この夫婦、米国滞在はもう4年になるそうだ。
ボストンあたりで暮らしていたが、いよいよ自分たちでこの国で商売を始めよう、と考え、商機を見出すためにワシントンDC近郊にやってきた。
「思った以上に韓国人向けの店が充実してるので、どういう店なら経営が成り立つか、今考えてるところなんだ」 と。

さらに、私が、こちらの暮らしのセットアップでいかに苦労したかという話をすると、

「日本人向け教会ってないかな。韓国人向けの教会はいっぱいあって、韓国人はたいがい教会で情報収集するんだ。僕ら夫婦は仏教徒だけれど、妻は情報収集のために教会に通ってるよ。教会では、病院に行くとか警察に行くとかの付き添いや、英文の翻訳までやってくれるよ」

恐るべし、教会ネットワーク。
同じグループにいた日本人女性によると、日本人向けの教会も実はあるんだという。
へええ。
今度、のぞいてみるか。

何となく分かってきたけれど、地域で簡単な英語を学ぶにはたぶん、4つくらいの方法がある。

・地元のカレッジのESL関連 (有料)
・地元の図書館の会話クラブ (無料)
・地元の教会でやってるESL (無料)
・各種英語学校 (もちろん有料)

当面、週2回は図書館、週2回はカレッジのフリーカンバセーションクラスに顔を出してみるつもり。
カレッジでは絶対にヒスパニックの若い女の子たちと仲良くなっちゃうのだ。
図書館では、できれば中国人や韓国人の人の話が聞ければいいな。

……と気付けば、私の目的は、「英語を学ぶ」 というのから、ずんずんと離れていってしまうのだった。
結局は私、社会見学というか、「この国で英語を学ぶ人に会いたい」 ってことなのよね。
第一、この手の英語クラスって常に自己紹介から始まるから、ライフヒストリーを遠慮なく根掘り葉掘り聞ける格好の場なんだもの。
それに、英語のためだけに、英語を学ぶのって、なんだか性に合わないしね。

私が、
「実は、家の電話、まだ開通してないの。水道会社なんか、電話しても何を言ってるか分かんないしさ、いまだ引っ越し連絡すらできてないのよ〜。英語なんか勉強してる場合じゃないわよねえ。がっはっは」
などと笑い飛ばすと、ヒスパニックの姉ちゃんも、アジアンなご夫婦も、本気で心配してくれる。

英語に苦労しているもの同士の結束力って、案外強くて、国境なんか軽く越えるぞ、と思った昼下がり。

船便到着の巻

ある意味、念願でもあり、恐れてもいた船便が届いた。
荷出しが9月26日だから、ちょうど1カ月半、というところ。

「念願」 だったのはもちろん、いくつかどうしても早くほしいものがあったから。例えばコンタクトの溶液だとか、髪にあった日頃から使ってたシャンプーとか、台所回りのいくつかのグッズなど。
航空便にうっかり入れ忘れた物たちだ。

「恐れていた」 のは、やはり、またしても 「片づけ人生」 が始まるのか……、という思い。
この家に住んで10日。
航空便と手荷物とほんの少しの買い足した荷物だけで、案外と暮らせてしまうことが分かった。
ものが少ないということは、片づけが簡単だということで、少々不便はあっても、実は快適でシンプルなのだった。
が、届いちゃったよ。

出国前のドタバタで必要かどうかの選別すらできず、取りあえず全部詰めてもらった段ボール箱104個!!
これ、全部、片づけなきゃ……ふえええええん。

昨日から今日にかけて、私が最初にやった作業は、届いた荷物の中から不要なタオルやらボロ布やら使い倒したスポンジやらとても着そうにない衣類をゴミ袋に何袋も捨てることだった。
(出国前にやっておくべきだったよ。後悔先に立たず)

そんなこんなで、船便が到着したお陰で、私の人生はまた掃除人生に逆戻り……なんてできるわけもなく、結局は、割り切ることにした。
とりあえず、息子を学校に送ったら、午前中は一切掃除はしない。
その足で図書館かカレッジに行っちゃう。
気が向いたら午後は掃除してもいいし、3時のお迎えまでは掃除はしないというのもOK。
息子が帰ってきたら、まずは一緒に遊ぶ。
夕飯を済ませて余力があった時だけ、掃除をする。
以上。
もう、誰にも文句言わせないわ。
これで半年くらい片づかなかったとしても、構うもんかっ!
一人で掃除する人生には、もう飽き飽きしちゃったんだもん。

実は、船便の片づけだけじゃないの。
我が家にはまだまだ懸案が山盛り。

いまだ、自宅の電話のセットアップはできておらず、水道のアカウントも開けていない。
電話のほうは、電話会社はラインを開いてくれたというのに、電話機をセットアップしてもうんともすんとも。
回線のどこかに問題があるらしい。
結局、電話会社から技術者を呼ぶしかないのだが、「じゃあ、金曜日の朝8時から夕方5時までのいつかに行きます」 って言われてもなあ。
1日中、ずっと家に必ずいられるわけなんか、ないじゃない?
結局、今日来る予定だったはずなんだけれど、行き会えなかった。
メモもなかったから、たぶん来なかったんじゃないかな。
なんかもう、すっかり電話回線を開く意欲を失ってしまってる私なのだ。

水道のほうは、何度か水道会社に電話するのだけれど、いつも自動音声ガイダンスで、おまけにむちゃくちゃ音質が悪く、意味不明。
いや、音質のせいにしちゃダメよね。
分かってます分かってますって。
私の英語力不足ですよ、どーせ。

なにしろ、自動音声が相手じゃあ、ぷりーずすぴーくもあすろーりー、なんて言っても無駄だしなあ。

今日も電話してみたけど、来週月曜日まで事務所は休み、だってさ。
こちらでは電話も水道も転居のたびに止めたりしない。
だから逆に、転居したらできるだけ早く連絡して、アカウントを作らねばならないんだと思うんだけど。

全部終わるのはいつのことでしょうねえ……。


現実逃避のバナナケーキ

明日は船便が来る。
朝11時予定。
実は明日は、朝9時から11時までの間のどこかでペストコントロール(害虫駆除)も来る予定。
鉢合わせせずに終わってくれればいいなあ。
さらに夜は小学校でアニメ映画会があるとか言ってたな。
ひええええ。
明日はてんやわんやだっ!
それなのに、ちくしょー、夫は2泊3日の出張中。

……ってな状態になると、人間不思議なもので、現実逃避に走ります。

「ケーキでも焼くか」

ははは。
我が家にはまだ計りがありません。
ゴムべらもありません。
もちろん自動泡立て器もないし、粉ふるい器もありません。
そもそも、ボールがありません。
さらにさらに。
この新居で、オーブンを使ったことすらありません。

だけど。
ダメなんです。
現実逃避モードに入ったら、こういうことを必ずやっちゃう。
このクソ忙しい時に、なぜケーキなんだ???

ボールがないので、近所のガレージセールで買ったサラダボールで代用する。
まず、熟れすぎて誰も手をつけなくなったバナナ2本。
フォークでつぶして、レモン汁を適当にかけ、卵2個入れて、かろうじて航空便に入れてきた泡立て器で混ぜ、砂糖は目分量。
サラダ油も目分量。
掃除用に買ったベーキングソーダをてきとうに振り入れ、小麦粉ももちろん目分量。

現実逃避モードに入ったら間違いなく必要だろう、と思って、早い時期に買っておいたパウンドケーキ型に流し入れ、暖めておいたオーブンに放り込む。

きちんと数字を確かめたのは、華氏で表示されたオーブンの温度表示のみ。
巨大なくせに、中は下に熱線が1本ぐねぐねしてるだけの電気オーブンで本当に180度が維持できるのか、ものすごく不安だったけれど、よくよく考えれば、日本で愛用していたデロンギのオーブンだって、電気で動いてたんだしな。
よし、電気のパワーを信じてみるか。

これまた適当に30分ほど焼いたら、なぜか本当に不思議なんだけれど、ちょうどいい感じに焼き上がった。
いいのか、本当に?

食べてみたら、これまた甘さ控えめで、うまいのであった。
息子は感動。
「また作ってね」

あんた、同じものを作れと言われても、目分量だもの、2度と作れないわよ。
そんな現実逃避の夜。

(でもオーブンが案外使えることが分かったので、うれしい! 今度、鶏肉でも焼いてみるか〜)

コミュニティカレッジのESL

昨日登録したモンゴメリーカレッジに早速行ってみた。
コンピュータラボで適当に自習した後、週に2回のフリーカンバセーションクラスへ。ESLに登録してる生徒なら誰でも参加できるから、私のようにクラス分けされたESLに登録してない生徒でも、潜り込むことができるのだ。

実に色々な背景を持った人たちが集まっていて、かなりおもしろい。
一番多いのは、ヒスパニックの au pair の女の子たち。
(au pair って日本からも斡旋サイトがあるのね。知らなかった)
特に、コンピュータラボにたくさんいる。
なぜかというと、ある程度時間に制約がある彼女たちが、空いた時間に自習できるかららしい。コンピュータラボでの3時間の自習が、1時間の講義に参加したと換算されるらしく、単位取得に欠かせないシステムになっているようだ。

次に目立つのがアジアン。
例えば今日出会ったのは、

・美術学校の教師をリタイアした年配の台湾女性。娘がこのカレッジで美術を学んでいるため、夫を残し、渡米。せっかくだから、と英語を学んでる。

・中国の北京でコンピュータプログラムを専攻し、大学を卒業。米国で修士号を取るため渡米。大学に入る試験のため、まずは英語の勉強中。

・台湾ですでに修士号を取得。でもあまり良い仕事がなかったのですぐに渡米し、こちらで英語力を身につけ、1年後、台湾でより良い仕事をみつけるのが目標。

ヒスパニックの彼女たちは、話そうという意欲がものすごい。
それに比べるとアジアンは何でもかんでも話そう、とはしない。英語が苦手な人も多い。
でも、ひとたび頑張って話し始めると、もともと知識人だから、極めて面白い自国の情報を披露してくれたりする。

私が、米国の書店でみなが座り込んで本を読むのに仰天した話をすると、台湾の2人が誠品書店の話を教えてくれた。

彼女たちによると、夜、行き場のない子どもたちにとっての、不思議な居場所にもなっているんだという。
なんかまた、台湾に行ってみたくなっちゃった。

「日本の書店なんか、漫画売り場に 『立ち読みお断り』って書いてあるよん。座り込み読みなんて、絶対ダメダメ」 というと、みなに驚かれてしまった。

generous じゃないねー。
stingy だねー。


そういう反応を受けちゃうと、うーむ。
例えば、日本の書店がいかに万引き被害で苦しんでるかとか、そういう話まできちんとしないと、不公平だったかな。

「英語を学ぼう」という意欲以外に、何の共通項も持たない者が、ぐちゃっと集まってるこの空間は、英語を学ぶというよりも、人間観察に格好の場のように思えた。
ここには、ここでしか会えない人が集まってる。


息子のトイレ問題、その後

ESOLの教科書にある 「May I go to the bathroom?」 という一文を指さし、無事にトイレに行ったことを報告してくれた我が息子。
翌日はさらに、頑張ったようだ。

「母ちゃん、今日は休み時間だけど、バスルーム、って自分で言ってトイレに行ったんだよ」

実にうれしそうに報告してくれた。

どうやら息子の学校では、休み時間であっても、トイレに行く時には先生に一声掛けなければならないらしい。息子には鬼門だった 「bathroom」 の発音だが、この日は勇気を出したらしく、休み時間に一言、bathroom と行ったら、先生が分かってくれて、トイレに行けたんだそうだ。

その夜のこと。
息子がパソコンに向かってカシャカシャとキーボードを叩いているので、何をしてるのかな、とこっそりのぞき込むと、こちらに来て初めて、友だちにメールする文章ではなく、日記をパソコンで書いていたのだった。

プライバシー保護のため、さすがに全文掲載は控えるけれど、

「今日、学校で初めて BASUEUMU と言ってトイレに行けた。うれしかった」

うれしかった、の一文の後には、20個くらい 「!」マークが並んでいた。

「今度は授業中に行ってみたい」
とも。

なんかもう、母ちゃんはこれだけで十分に泣けるぜ。

「現地校なんかもう飽きた」
「熱が出ればいいのに。学校を休めるのに」
などと、すっかりあきらめたポーズを取る息子だけど、心の中にまだ、相手を理解したい、相手に理解してもらいたい、という思いがちゃんとあるのだと教えられた思いだった。

最近の息子は、一人でいることが多いらしい。
クラスにいる日本人の子にくっついているのにも何だか飽きてしまったらしく、長い昼休みにも、校庭を一人、うろうろしているそうだ。
そんな様子を私が尋ねると すぐ 「忘れた」 というので、こちらも根掘り葉掘り聞かないことにしてる。

最近は、学校のお迎えの時にグローブ2つと野球のボールを車に入れて行く。
学校と自宅の間に、フットボールと野球場とサッカー場を全部合わせたくらいの、とんでもなく広い公園がある。週末は色々なスポーツの試合をしているそうだが、平日はがらんとしている。

校舎から疲れた顔で出てきた息子が、親子2人でキャッチボールしているうち、いつの間にか、いつもの生き生きとした表情を取り戻す。
そんな時はいつも、心の中でこっそり、野球に感謝してしまう。

ええっ!船便が?

どうせあと2〜3週間かかるだろ、とたかをくくっていたら、なんとなんと船便がニューヨークに到着した、という連絡が!
あさっての朝には荷物が届くという。
おいおい、勘弁してくれよ。
なんと、夫は出張中だよ。

当の夫は出張先から、「今回は日本人スタッフが1人同行してくれるらしい。『奥さんだけでも大丈夫ですよ』 といってるぞ」。
あのさー。
日本人がいるかどうかの問題じゃないんだってば。
引っ越しって何かと人手がいるでしょー。
あちこちに指示飛ばして、整理しながら掃除機かけたり。
引っ越し当日にうまくやらないと、後々とんでもなく苦労するの。
この 「後々」 だって、全部私にかぶってくるわけじゃん?

夫に不満爆発、ではあるが、やはり船便の荷物を一日も早く見たい、というのも確かだし。
今週末はすでに予定がいっぱいで、引っ越ししてる場合じゃないし。
夫の予定に合わせたって、結局は直前ドタキャンで、私一人で荷物を受け取る可能性は大だし。
やっぱ、私が頑張るしかないんだよな……。

妙に疲れちゃってるのは、息子とのキャッチボールで硬球を鼻にぶつけたからかしらん。
弱冠頭痛もするし。
鼻は、はれてるし。
笑うだけで、鼻が痛いし。
踏んだり蹴ったりの夜。
やっぱり、硬球は、怖いです……。

息子、初めて授業中にトイレに行く

昨日の話。
息子がちょっと自慢げに、こんな話を打ち明けた。

「母ちゃん、あのね、今日、授業中にトイレに行ったんだよ」

息子によると、こちらはランチタイムの時間まで、はっきりとした休み時間なるものがないらしく (あるいは息子が理解してないだけなのか?)、みな、許可を求めて授業中にトイレにいくらしい。

言葉のできない生徒には、これが一つの関門らしく、ESOL(英語が母国語ではない生徒のための授業)の教科書の確か3ページ目くらいに、この一文が載っているほど。

May I go to the bathroom?

そりゃそうだ。
トイレ問題は、どこでも深刻だもんな。
言葉が原因でトイレを我慢するほど、みじめで悔しい経験もないだろうしなあ。

しかし、息子にはどうやら、bathroom の発音が鬼門らしい。
どうにもこうにも自信が持てないらしい。
結構いい発音してると思うんだけどなあ。
息子は、自分で自信を持てない限り、絶対に口にできないからね。

Trick or treat もそうだったもの。

実は現地校2日目に、息子は授業中にトイレに行ったことがあるらしい。
「トイレ行ってもいいですか?、って聞いたの」 と尋ねると、息子曰く、「クラスがざわついてる時に、こっそりと抜け出して行った」と。
飄々とそう話していたけれど、息子のことだから、内心はどんなに緊張したことだろう。

で、昨日の話に戻します。
息子が、「とうとう、トイレに行けた」 というので、こっちはてっきり、おおお、いよいよ、May I go to the bathroom? と言えたわけね、と感動。
しかししかし。

息子 「違うの。ESOLの教科書の、『トイレに行ってもいいですか?』のページを開いて、先生に指さして見せたの」
私  「ってことは、手を挙げて先生に合図をしたってこと?」
息子 「そんなのできないよー。だから、先生が俺の席の隣に来るまで待ったの」
私  「………。それってどのくらい待った?」
息子 「1時間半くらいかなあ」

ひえええええ。
内心、なんと可哀想に! と思ったが、そんなことはおくびにも出さず、

「すっごいじゃん。むちゃくちゃナイスアイディア! よくそんなこと思いついたねえ」

と、ほめて、ほめて、ほめまくった。
それから、

「母ちゃんが言葉の通じない国を旅行する時につかう手と一緒だ。行きたい場所や、駅の名前や、タクシーの運転手に説明する言葉など、20個くらいの文章を、英語の通じるホテルの人に先にノートに書いてもらっておいて、困ったらそれを指さして旅行したもんだよ。そっかー。そりゃ、生活の知恵だなあ。大丈夫、そういうことを自分で思いつけるんだから、もう、どこでも生きていけるよ」

とも。

挙手することができず、1時間半も待ってしまうあたり、いかにも息子らしくて、何ともたまらないけれど、この子はこの子で日々戦ってるんだなあ、としみじみ。

今朝はとうとう、こんなことも言ってたっけ。
「あーあ、熱でも出ないかなあ。熱が出たら学校を休めるのに」

思わず私、言っちゃいました。
「大丈夫大丈夫。熱の出ない冬はない。あんたは毎年冬に、一度くらいは熱を出してる。もうすぐ、ちゃんと熱が出るから、安心して待ってなさい。でも、週末に熱が出たら最悪だから、ちゃんと平日に熱が出ればいいねえ」

「熱が早く出ないかなあ」と楽しみにする息子に、「平日に熱が出ればいいねえ」と答える母親の図。
我が家は今、こんな感じなのです。



コミュニティカレッジに挑戦

渡米から1カ月余り。
新居に引っ越してから1週間が過ぎた。
息子を朝8時40分に学校に送り届け (息子は、どうしてもスクールバスが嫌なんだって。一人ぼっちで座ってるのが苦痛だ、って。目の前がスクールバスのバス停だっていうのになあ! ま、慣れるまでは仕方ないかな)、それから、息子を迎えに行く午後3時までが私の時間。
つまり、約6時間、ね。

この1週間は、家のセットアップのための買い物に忙殺されてました。
なにしろ、私の場合、英語力もひどいけど、それにも増して運転力がひどいのです。
毎日毎日、目標を定めて走れども、必ず道に迷いまくって、学校のお迎えの時間に遅れそうになることばかり。
それでも、ようやく、「我が家」と呼べるような状態になりつつあります。
あとは2〜3週間後に届く予定の船便の整理まで、小休止、という感じ。

だめなのよね。
暇、が一番苦手。
のんびり、なんてできない。
これ、性分。

おまけに、段々と分かってきたのだけれど、たぶん意識して勉強しないと英語なんてうまくならないのよね。
だって、学校の送り迎えにもスーパーの買い物にも、英語なんかいらない。おまけに内向的な息子ちゃんを持つと、習い事なんかもしないわけで、息子の習い事の合間に、現地でママ友だちを作る、なんて機会もないわけ。
これじゃやっぱりつまんない。

ということで、昨日、自宅から車で10分ちょっと(のはず)の、モンゴメリーカレッジというコミュニティーカレッジをのぞいてみました。
10分ちょっと、と思ったら、迷いに迷って半時間以上かかったけどさ。
気を取り直して、今朝息子を学校に送り届けた後、その足で(これが大事。やっぱり人間、勢いがついてないとね)、再び大学へ。
今度は15分で到着。
よし。

で、今から私が勉強できるような英語クラスがないか、色々とさまよい歩いてみた。
「秋季授業がもう始まってるからねえ」
「こっちじゃなくて、あっちへ行ってごらん」
などなど、色々な人の指さす方へ歩くうち、英語を第二言語とする人のためのセクション (ESL) へ。
そこで、学習アドバイザーのアネットに出会った。

何というか、一目で彼女が気に入っちゃった。
年は私より10歳くらい上かな。
色々な国から来た人の学びたい気持ちを、きちんと、丁寧にすくってくれる、そんな感じに見えたから。
自己紹介の後、「とりあえず、春まで待つんじゃなくて、今何か勉強できるものはないの? あんまり時間を無駄にしたくないのよ、私」 とアネットに取りすがったら、アネットがこんな提案をしてくれた。

「確かに、ESLの授業は年末にテストをして、1月の第三週から始まるの。でも、たぶん、あなたはそれまで待てないってわけよね。だったらこういうのはどう?」

曰く、
秋学期のクラスの中に、コンピュータ室の色々な英語プログラムを使って英語を学べるクラスがある。
これは他のESLの授業よりもずっとずっち値段も安い。
だから、秋学期が半分終わろうとしている今登録しても、それほど損にはならない。
これに登録すれば、毎日自由に好きな時間に勉強できるうえ、学生として登録されるから、ESLの先生が正規のクラス以外でボランタリーにやっている週2回の会話プログラムなんかにも、無料で参加できる。
カレッジで色々な情報収集もできるだろう、と。

私   「つまり、私の先生は、コンピュータ、ってわけだ」
アネット「そう。でも1週間の朝から夜まで、好きな時間に自分の好きなように勉強できるし、このクラスなら、途中からでも私がサインをすれば登録できるわ。ESLの春季コースが始まる前に、英語力を磨いておくのも悪くないんじゃない? どうする? 興味があるなら、今、そこまで連れて行ってあげるけど」
私   「ぜひぜひ!」

先生がコンピュータというのはいただけないけど、一つひとつ道を結んでいけば、きっと人にも出会えるだろうしね。

そんなわけで、コンピュータ室へ。
そこには、この部屋のスタッフのMollyが座ってた。
彼女は結構なお年寄りで、それゆえしゃべるのがものすごーーーーーくゆっくり。会話の相手には最高なのだった。

コンピュータソフトの使い方を教えてもらううち、彼女は色々なことを教えてくれた。
彼女の世代から見たこの国の教育制度の問題点、近所にできた新しい公立図書館の場所、私たちの住むモンゴメリ郡に充実してる女性向けプログラムの話から、彼女曰く 「一番安いガソリンスタンドの場所」 まで。
都合2時間くらい、彼女とおしゃべりしてたんじゃないかなあ。

日本のベルリッツで先生とプライベートレッスンを2時間受けたら、それだけで今回の登録料なんて消えちゃうよな、と、ふと思いつき、自分のあまりのせこい発想に、一人苦笑いした。

登録することに決めて、帰り道にアネットの部屋に立ち寄った。

「決めました。私、やってみますね」

そう言うと、アネットは、ずばっと聞いてきた。

「で、そのクラスであなたは何を勉強するつもり?」

ははは、さすがは学習アドバイザー。
漠然と 「何でも勉強したい」 じゃ許してくれないのねえ。
だから、正直に私も言ってみる。

「まずは、できるだけ毎日、定期的に通うこと。そして勉強癖を付けること。単に英語のヒヤリングだ、語彙力だ、というのじゃなくて、この国を知るために、今後どんな勉強ができるかの情報収集。困ったらまた相談に乗ってくれる?」

アネットはにっこり笑って、「もちろん!」 と答えてくれた。

登録料を払ったら、緑色の小さなカードをもらった。
秋季学期のみの学生向けの駐車場カード。
こんなものが、妙にうれしいなんて、私って変?

新聞記者という仕事、何より好きだったけれど。
今は、毎日が新しいことずくめで、仕事を恋しがってる暇もなし。
いや、恋しい気持ちがどこかにあるから、こうやって毎日新しいことを探しちゃうのかな?

落ち葉掃き

一軒家に住む限り、逃れられないのが、芝生の手入れ。
もう一つが、落ち葉拾いです。

芝生のほうは、春と夏が本番。
何しろ夏は毎週のように芝刈りをしないと、グングンと伸びて、大変なことになっちゃんだそうです。

一方、今は、落ち葉拾いの季節。
緑の芝生の上に、茶色い枯れ葉がズンズン積もっていくわけで、最初は「街路樹の葉が全部落ちてから一気にまとめてやっちゃおー」なんて思ってたのですが、やはりこまめにやったほうが結果的には楽だと聞いて、先週から、息子と2人で頑張ってます。

どちらのお宅も、芝生や庭の手入れは 「お父さんの仕事」 みたいですが。我が家は、よそみたいに、「お父さん」 が夕方早くに帰ってこないからねえ。
唯一、親子3人がそろう土日の週末に、わざわざ落ち葉拾いをする気にもなれず、ならば、仕方ないか、と息子と私でやってしまうことにしたわけ。

息子が学校から帰るのが午後3時。
ここから裏庭で軽くキャッチボール1時間。
その後が、落ち葉拾いの時間です。

大きな熊手(あるのねえ、アメリカにも。こちらはプラスチック製だけどね) を駆使して、芝生の上を掃いていきます。
裏庭の枯れ葉は、大きな指定の紙袋に。
歩道や街路樹に近いところは、車道の隅にひとかたまりにして積み上げます。

これがなんというか、いい運動なのよー。
案外、筋トレ風で、息子の野球トレーニングにも良いかも〜。

息子なんか、「母ちゃん、腰痛くなっちゃうから、ここは俺がやるよ」 とか言ってくれちゃって。
思えば、この家に暮らし始めてから、料理の手伝い、庭の落ち葉掃き、買い物の時の荷物持ちなど、随分と手伝ってくれるようになりました。
一番の理由は、息子によると、「遊ぶ相手もいないし、テレビを観ても英語だからおもしろくなくて、やることがほかにないから」 だそうですが。
それでも、ほんと、ありがたいことです。
我が家の平日は、ほぼ、「父親不在」 だけに、息子の手助けが本当にありがたいのです。

1週間ほどこの家に住んでみて、思ったこと。
アメリカで一軒家に住まう時の、一番の必需品は、「まめで、器用で、早く帰宅するお父さん」 かもねー。
まあ、それが望めない我が家ですが、そのお陰か、我が家ではまるで、「お父さんが出稼ぎに行って帰ってこない留守宅で男の子が自然と家の手伝いをするうちに、成長していく」 みたいな現象が発生しております。

これからも頼むぜ、息子よ。

初めてのハロウィン

10月31日はハロウィンでした。
一応、オレンジ色のカボチャなど買ってきて、でもくりぬく余裕はなかったので、知人から色々とグッズなどお借りし、無事ハロウィンを迎えたのでした。
新居に引っ越してわずか3日。
一応、ハロウィンまでに転居し、現地校入学、という当初の目的は達成できた、というわけ。

昼間は学校でハロウィンのパレード。
その後、それぞれのクラスでゲーム大会。

私は、息子の教室での風景をこの時初めて見たのだけれど。
ありゃ、つらいわー。
正直言って、先生やほかの保護者がペラペラペラとやるゲームの説明を、私だって半分くらいしか理解できなかったもの。
息子なんか、全然分からないわけで。
そのたびに、オロオロと目が泳いでる。
分からないことや、不安なことを、表に出すのが恥ずかしい年だから、わざと、興味のなさそうな格好を装ってしまう。
おまけに、この日は母ちゃんがいるわけで、クラスの動きに無関心な風を装っているのを母ちゃんに看破されるのも悔しいから、余計に惨めな気持ちになっているようだった。

思った以上に、言葉の全然分からない教室で1日を過ごすというのは、子どもにとって酷なことだなあ、と思い知らされた。
毎日、ぐったりと疲れて帰ってくるわけだ。

あれこれ息子の世話を焼いてくれてる黒人の女の子がいるので、その子に声をかけてみた。
「なんて名前だっけ?」
「アヤンナ」
「どういうつづり?」
「えっとね。AYA……」
「ひええ! あんた、私と同