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涙ぼろぼろ

息子の学童保育で、同じ学年の男児がほぼ全員退室してしまう、という事態になっている。そもそも、同学年男児の家庭は、共働きであっても、祖父母や兄姉が家にいる人や、フルタイムでない人が多かったから、本人が「やめたい」と強く言えば辞めさせてやれる環境にあったのだろう。
これはもう、仕方がない展開なのだった。

放課後に友だちと約束し合って自由に遊ぶ級友を横目に、うらやましくてうらやましくて仕方がなかった息子から「学童保育を辞めたい」という強い訴えを受け、何度も家族で話し合い、週数回、学童保育を休ませることにした。
学童を休む日は、自由に友だちと約束し、遊んで良し、という結論。
それに当たってのルールは、

*学校から帰宅後、必ず、どこに行くか、母ちゃんの携帯電話に連絡を入れる。その場所を移動した時も、必ず連絡を欠かさない。
*親が家にいない時は、友だちを家に入れない。
*カギや持ち物の管理に万全を尽くす。
*どこで誰にどのようにお世話になったかきちんと報告する。

本人も、よほど学童保育を辞めたかったんだろう。
思ったより、ルールを死守して、遊んできたのだった。

が……本日。
よりにもよって、私が大阪日帰り出張の日に、やってくれたのだった。

新幹線で大阪から東京に向かう途中、息子から連絡があっていいはずの時間になったのに、全然、連絡がない。それでも最初の1時間くらいは、「まあ、学校で居残りさせられてるんだろ」とか、その程度にしか思っていなかった。
が、帰宅時間を1時間過ぎても連絡がない時点で、ちょっと不安になってきた。

思いつく友だちの家に電話してみる。
いない。
学童保育に電話してみる。近所の公園も含め、誰も見てない、という。
思い切って学校に電話し、まだしゃべったこともない新しい担任の先生にも聞いてみる。
学校からは時間通り帰った、という。
自宅にも電話してみる。もしかしたら、友だちを連れ込んじゃって、私にばれるのが怖くて、家から電話できなくなっちゃってるんじゃないか、と。
しかし、本当にいない。

帰宅予定時間を1時間半過ぎたところで、いよいよ不安になってくる。
夫と何度か連絡を取り合う。
夫がぼそっと「もう、学童保育を休ませるのは、なしだな。こんな状態じゃ、安心して休ませられない」という。
同感。

学童保育を将来辞める方向で、休む日を増やすというのは、息子の訴えを受けて私が進めた話だ。
夫は最初から反対だったのを、「友だち同士で約束し合って遊びたい気持ちも分かるでしょう? 夏休みや春休みに朝から夕方まで屋内に閉じこめられてるなんて、自分だって嫌でしょう?」と私が必死で説得したのだ。
それなのに。

心でつぶやく。
おまえはアホか。
せっかく必死で後押ししてやったのに、なぜ約束が守れない?

いよいよ、新幹線が東京駅に着いた時には、「近所で交通事故がなかったか、警察署に聞こうか」というほど思い詰めていた。
帰宅予定時間を2時間も過ぎているのだ。

と、そこで携帯電話が鳴った。
「あ、母ちゃん? あのさー、今日、何時に帰らなきゃだめ?」
と、のんきな声の息子。
やはり友だちの家に行ってたらしい。
私が一瞬黙りこくると、険悪なムードを察知したのか、
「あのね。家を出る前に母ちゃんの携帯に電話したけど、プープーって話し中だったから電話できなかったの」

母、激怒。
無事でいた、という安心感と、のんきな声に対する憤りと。
東京駅のものすごい人混みの中、思わず立ち止まり、

「じゃあ、どうして何度も電話しないの?! どうして父ちゃんに電話しなかったの?! どこに行ったか連絡せず、この時間までどこにいるの! 母ちゃんや父ちゃんがどんなに心配したか分かってるの?! 連絡しなかったらこれほど親を心配させる、ってことすらわかってないアンタに、アンタなんかに、学童保育を辞めるの辞めないの言う資格なんて、ないーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

久しぶりに携帯電話に向かって、大声で怒鳴りました。
映画の一シーンみたいに、雑踏の動きが一瞬止まり、相当の注目を浴びていたようです。
でも、もう、そんなことどうでも良かった。

「父ちゃんも心配してる。すぐに電話しなさい」と言って、いったん電話を切る。
しばらくして、夫から電話。
「おいおい、なんかあいつ、すごい殊勝な声出してたぞ」
当たり前だ、ふん!
「もしかして、君、すごく、しかりつけた?」
しかりつけたなんてもんじゃあございません。
怒鳴りつけましたっ。

思わず、私、「万死に値するわよ! 市内引き回しのうえ、はりつけだっ!」って叫んだら、夫が爆笑していた。まったく。
こうやって夫婦で笑えて、ほんとによかったよ。

そんなこんなで、何はともあれ、東京駅から自宅に急ぐ私。
地下鉄の中で、憤りより安堵感のほうが膨らんできて、無性に鼻がグズグズした。
さて、家に帰ったら、何と言ってやろう。
頭も心も混乱したまま、マンションの下まで帰ってきたら、部屋の電気がついていた。
母ちゃんの剣幕に、さすがの息子も、慌てて飛んで帰ってきたというわけか。

家に入る。
背中を丸めてうつむいた息子がいる。
いつも、見ているテレビ番組「天才テレビくん」がついてない。
が、手にテレビのリモコンを持っている。
ちくしょー、さっきまで見てたな。
もう、何もしゃべる気持ちにもなれず、黙々と着替え、布団の上に座ったら、もう、悲しくなってきて、このまま黙って寝てしまおうと思った。
布団を被る前に、ちらっと息子を見たら、息子もこっちをそっとうかがっていて、目が合った。

息子がか細い声で「ご、ごめんね……」と言う。
私は、声も出ないまま、息子を手招きする。
怖々と息子が近付いてくる。
息子に触れたらもう、ダメで、気付けば声を上げて私のほうがオイオイと泣いていた。

「よかった~、無事でよかった~、ふえええええん」

弾かれたみたいに息子もしゃくりあげ、ボタボタと大粒の涙をもぎ飛ばしながら、「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」とずっと泣いていた。

帰宅するまで、私の頭の中には、「もう学童保育を辞める話は、白紙撤回!」とか「新しいルール作り」とか色々と建設的、あるいは破壊的な思いもあったはずなんだけれど、結局、息子にすがって泣きながら、どうにか言ったのは、これだった。

「覚えていて。母ちゃんは、あんたが野球が強くなれなくても、勉強ができなくても、縄跳びができなくても、何ができなくても、本当のところは構わない。あんたが無事に生きていてくれたら、もう、それで十分だと思ってる。それが一番、何より一番大事なの。それだけは、頼むから、どうか頼むから、ちゃんと覚えていて……」

あーあ、久しぶりに声上げて泣いたなあ。
さんざっぱら親子で号泣したら、なんか気持ちもすっきりして、夜は阪神ー中日戦のナイター中継を見て、テレビの前でメガホン叩いて、応援歌を歌って、阪神が逆転勝利を上げて、藤川球児は3打者連続三振で決めてくれて、最後は親子一緒にテレビの前で万歳して、風呂入って、寝た。

息子には、「学校と学童保育の先生に、自分からもきちんと事情を説明し、心配をかけたことを謝りなさい」と伝えておいた。
明日、これを、ちゃんとできなかったら、ちくしょー、今度こそ絞めてやる!

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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