おぐにあやこの行った見た書いた

★赤い指 (著・東野圭吾)

★赤い指 (著・東野圭吾)

夜中の1時から読み出して、結局、一気に読み終えてしまった。
やっぱり、東野さんの本は、途中でやめられません。
おろかな、でも悲しい家族の物語。子育ての問題であり、介護問題でもあります。

読後、それぞれの登場人物の立場に立って、悪夢のような2日間の流れを追ってみると、いくつかのタイミングで、「この人物がこんな行動をする設定には無理がある」と感じましたが、読んでる途中では特にそんなことも感じず、一気に楽しめました。

殺人事件の犯人は早々に明かされているので、あとは、それを隠蔽しようとする家族たちと、それを看破する名刑事との絡みが見所。
刑事それぞれの人生の物語もしんみりさせるうえ、こちらのほうにも「どんでん返し」が用意されていて、ほんと、よく準備された作品だなあ、という感じ。

休日の夜、数時間の読書を楽しむのにちょうどいい本でした。

★町長選挙 (著・奥田英朗)

★町長選挙 (著・奥田英朗)

ご存じ、精神科医、伊良部シリーズ第三弾。
……と知らず、図書館で借りて読んだ。あのシリーズだと知っていれば別に借りなかったんだけどな。

奥田さんは実は大好きな作家です。
「最悪」「邪魔」は、当時のエンタテイメント系では最も好きな作品の一つでした。
一方、伊良部ものの「空中ブランコ」で直木賞取った時は、なんかちょっと寂しい気分になった。
それくらい、「最悪」「邪魔」路線が好き。

「ガール」はよく出来ていた。
「マドンナ」は楽しめた。
「サウスバウンド」もおもしろく読んだ。

やっぱ、伊良部シリーズはこれからは遠慮しておこう。
そろそろ奥田さんの新たなる長編、読みたいなあ。

「その日を境に、彼は変わった」

よく2時間もののテレビドラマとかに、こういうのがあるよね。

その日を境に、彼は変わった……。

何かとんでもない失敗があって、
あるいは父母と心から分かり合えるような出来事があって、
あるいは恩師の涙ながらの説得があって、
あるいは普段ふざけてばかりの親友が真剣にしかってくれて、
あるいは恋人が、「私が好きになった○○君は、こんな人じゃないっ!」とか泣いて。

主人公は、その日を境に心を入れ替え、まるで生まれ変わったかのように歩むべき道を歩み始める……。
2時間ドラマなら、そうだな1時間30分くらいで起こる出来事。

あんなの、うそだ。ぜーーーーーーーーーったいにうそ!
前振り、長すぎますが、何かというと、またしても息子の話。

先日のエントリー「涙ぼろぼろ」以来、お友達の家に遊びに行く前に必ず私の携帯に電話を寄越していた息子だったのです。

そうよねー。さすがにあんなことがあったんだものねえ。
よかったわ、雨降って地固まるって話よね。

などと心の中でほくそえんでいた私でありましたが。
またしても。
金曜日の午後、息子からの電話はついぞありませんでした。

まあね、今回はある程度予想はついたの。
天気予報は久しぶりに快晴。
「今日は○○君と○○グラウンドでキャッチボールするんだっ!」と張り切っていたし、まあ、たぶん、あまりに張り切りすぎて、電話するのを忘れたんだろう。行った先のグラウンドで気付きはしたけど、お友達のおうちと違って電話もないし、「どうしよう。母ちゃんに連絡するのわすれちゃった」と焦りつつ、遊んでいるんだろうな、と。

案の定、○○君のお宅にお電話したら「○○グラウンドに行くと言って出かけました」という。
よかったよかった。
……とはいえ。

息子の場合、「その日を境に、彼は変わった」とはならないわけでありまして。あの時、流した2人の涙はなんだったのよ、と脱力するのみ。

地下鉄を降りて、携帯電話の留守番電話を聞いたら、

「母ちゃん、今日は連絡しなくてごめんね。もうこれからは絶対に気を付けるから許してね」

と、またしても震える声で入っていた。
息子が平然としていない分、私の怒りが収まり、若干笑えた。
というか、かなり笑えた。
何度も聴き直しては、笑ってやった(一人で)。

自宅で。
息子は帰ってくるなり、ばつが悪そうに「ごめんなさい」。
「あんたさー。あんなことがあった後でも、やっぱり忘れちゃったわけ?」と思わず尋ねたら、息子があまりに素直に「うん」と答えたので、これまた、あきれた。
が、自分の子ども時代を振り返ると、やっぱり似たようなことは何度もあったわけで、そのたびに親に叱られてきたわけで。
「人間って 『その日を境に変わった』 りしないよなー」と認めざるを得ませんでした。

今回はアホらしくなって、怒るより、対策を2人で考えた。

息子「玄関のドアの内側に『母ちゃんに電話!』って書こうか」
私 「今、『戸締まり!』って書いてあるけど、あんた、出かける前にいつもあれを見てる?」
息子「見てない……」
私 「じゃあ、意味ないじゃん。それより、出かける前に絶対に見るもんって何だろう? グローブ?」
息子「グローブにマジックで『母ちゃんに電話』って書く?」
私 「……そんなグローブで野球やりたい?」
息子「うーん」
私 「それより、DSliteはどう? 必ず持って行く携帯ゲーム機に油性の赤マジックで『母ちゃんに電話』って書くの。盗難予防にもなるかも」

冗談だったんですが。
ふと横目で息子を見ると、すでにマジックのフタをあけ、DSの真っ白い本体に大きく「母ちゃん」と書きそうになっていて、あわてて止めた。

「ちょっと、待って! もうちょっとまともな案を週末にゆっくり考えよう」

かくして、「パールホワイト」と呼ばれる真っ白なDS本体に、赤マジックで「母ちゃんに電話」と書かれる事態は回避されたのでした。

まあ、あんまり子どもが簡単に、「その日を境に変わった」りしたら、つまんないものね。2時間ドラマより、子育てはリアルでおもしろいってところでしょうか。
まったく、もう〜。


★渋谷の考現学 (著・鈴木健司)

★渋谷の考現学 (著・鈴木健司)

「考現学」のタイトルに、今和次郎さんのような手法で書かれた渋谷本かと期待し、
手に取ってみたんだけど……。
そういう意味では、このタイトルはずるい。
裏切りだ。

渋谷が大好きで、その歴史から地形、風俗など全方位的に知りたい、という方には、コンパクトにして雑学いっぱいの、楽しい渋谷ガイド本だと思う。
でも、それだけ。
読みたいところをつまみ読みしようと思ったら、そういう箇所があまりなくて、トイレに入っている間に流し読みして、終わってしまった。

仕方ないよね。渋谷ガイドには興味がないし。
渋谷をホントに考現学してくれた本なら、絶対に読みたいんだけどなあ。

きょうのイモリ君たち

また、スイッチ入っちゃいました。
何って、私の「飼育衝動」に。

イモリなんて、お腹が赤いし、毒々しいし、なんか好きじゃないわと思っていたのだけれど。
息子が神社の縁日で釣って来ちゃったんだから、まあ水槽もたくさん余っていることだし、飼ってみるか、と飼育を始めたのが2日前。

何がかわいいってね。
冷凍アカムシを割り箸でつまんで、顔の前まで持っていってやると、パクパクって食いつくの。耳(あるのか?)まで裂けた大きめの口が、これまたカワイイ。
少しずつ慣れてくるところがまたカワイイ。

だいたい、飼育モノというのは、

1、繁殖行動(交尾、産卵、誕生など)
2、変態
3、補食行動

が、三大イベントでございまして。
感動はたいていこの3系統に分類されるのです。
「繁殖」系ランキングでは、やはり1位はダントツで、カタツムリの交尾、2位はアメリカンザリガニの産卵から孵化まで、3位は鮭の孵化、かしらん。
「変態」系では、やっぱり1位はカブト虫の幼虫の蛹化で、蛹になりたての真っ白い色が好き。ザリガニの脱皮も楽しかった。あと、定番だけど、アゲハチョウの羽化。

「補食」系では絶対にダントツでカマキリがおもしろかったなあ。何しろ、獲物を狙って捕獲し、ガシガシとかぶりつくところの迫力といったら!
でも、イモリもかなり、いい線いってるのです。

夕飯の支度やら、洗濯の待ち時間やら、ちょっとした家事の合間に、水槽の横に寝転がり、延々と観察しちゃう。
かなりキュートです。
この飼育衝動が高じると、私の場合は、繁殖させたくなるわけで……。
(危ない危ない)。

風に飛ばされたお誕生日カード

私があんまりごねたので、息子が書いてくれた。
お誕生日の手紙。1日遅れだけどね。
「いいじゃん、口でおめでとうって言ってあげるから」とふてくされる息子を、ひたすら説得したら、こっそりと隠れて、手紙を書いてくれたのだった。

夕飯を食べに出かける時も、息子はTシャツの中に隠したり、後ろ手に隠したり、私にばれないように、書き上げた手紙をずっと隠し持っているのだった。
なんと、かわいい〜。
思わず、気付かないふりをしちゃう母ちゃんなのである。

ところがところが。
大通りの歩道を歩いていたら、いきなり、息子が悲鳴を上げた。
振り返ると、なんと折からの強風にあおられ、手に持っていたお誕生日カードがヒラヒラヒラと車道を転がっている。
「お誕生日カードが、お誕生日カードが!!」
悲鳴を上げる息子。

思わず、背中をさすりながら、「大丈夫、母ちゃんがあとで取りに行くから」となぐさめたが、いやはや久しぶりに見たぜ、息子の半泣きの顔。思えば昔はよく、顔をくしゃくしゃにして、手足をバタバタさせて号泣してたっけな。いつごろからだろう。滅多に泣かなくなったのは。
なんかすごく懐かしい表情を見た気がして、胸が熱くなる。
車道が赤信号になるのを待って、車道を転がっていくお誕生日カードを拾いに行った。

息子はしばらく落ち込んでいた。
なにしろ、秘密にしていて、ご飯を食べる時に、じゃじゃーん!と私に渡そうと楽しみにしていたのだから。
それでも、私が手紙を開き、大げさに驚いたら、ちょっと気分を立て直したようだった。

手紙の文章はこれだけ。
「かあちゃんへ おたんじょうびおめでとう!! ○○より」
でも、余白に絵がいっぱい描いてあった。
巨大なメロンとぶどう。車。今日、我が家の仲間に加わったイモリ。私の顔。電車。ホームベースとボールとバット。何だか分からない物体。
でも一番大受けしたのは、恐竜。
恐竜が何か食べている。
「これ、何?」と聞いたら息子が一言。
「餃子!」

私の一番の好物の餃子を恐竜に食べさせるなんて。
妙にシュールなその絵が一番気に入った母ちゃんなのだった。
子どもがいると、自分の誕生日までうれしい。
泣きたいくらいうれしい。

イモリ釣り狂想曲

近所の神社のお祭りで、息子が目に留めたのは金魚釣り。
それも、金魚ではなく、イモリ。
今回、息子は自分のお小遣いを握りしめ、あれこれ、お金の使い道に悩んだ末、最後の最後に選んだのが「イモリ」釣りだったというわけ。

1回200円。
ポイ(金魚すくいの道具)を手に握りしめたまま、水に漬けることもなく、きっかり5分経過。その間に、次から次へと新しい子がやってきては、すくい、ポイを破り、2匹の金魚をもらっては帰っていく。
あーあ、こういうところは、2歳や3歳のときと全然変わらないなあ。

慎重派、なんである。
いったん水に漬けたらもう、破れるかもしれないと思って、念には念を入れて、念には念を入れすぎて、なかなか最初の一歩を踏み込めないんである。
5分後、ようやくトライ。
イモリ2匹をゲット。
お店の人はこのうち1匹を息子にくれた。
小さい。おまけに弱々しい。

私は思わず、「もっと元気なのと替えてください、って言ってきたら」と息子に声をかける。
息子は、イモリを手に、お店のおじさんの前でたたずむこと3分。
結局、何も言えず、帰ってくる。
で、私に一言。
「ねえ、母ちゃん。もう1回、釣っていい?」

再び、200円を払い、金魚釣り客に混じってひたすらイモリを狙う息子。
1匹、2匹、3匹、4匹……。
今度は戸惑うことなく、驚くほどの速さで結局7匹をゲット。
途中、ミドリガメまで一緒にすくってしまい、律儀にも、ポイを使ってお椀から水槽に戻したのには笑えた。んなことして、ポイが破れたら、泣くに泣けないだろうに。

今度は、7匹のうち、一番大きいのを選んで、持ち帰りようの袋に入れてもらったようだ。

家に帰って、水槽をセット。
空いてる水槽やら飼育ケースがまだ4組ほど残っているから、余裕なのだ。たしか、冷凍庫に、アカムシがいたよなー、と思って冷蔵庫を掃除すると、奥の方に、ブロック状に凍ったアカムシがいた。
これを溶かす。途中、なかなか溶けないのに業を煮やした息子が、食事用のフォークでアカムシブロックを崩してるのを見たときは、ちょっと涙が出た。
「あんたっ! このフォークで明日、リンゴを食べられるの?」と怒鳴る。「うん、食べられるよ」と息子。確かになあ、洗えば、ま、いいか、と納得しちゃう私なんである。

溶けたアカムシを、イモリの口元に持って行くと、でかいのはさすがに生きが良く、ぱくりっ!
しかし、弱々しいほうは、どうにもあまり動かない。

段々と落ち込み始めた息子。
今になって、「あーあ、やっぱり替えてもらったらよかった」などとグズグズいう。
最後の最後になって、私に言ったのが、この一言。

「ねえ、母ちゃん。もう1回、釣ってきていい?」

あきれてモノも言えません。
でも、水槽をセットしてしまえば、あと1匹増えたところでこっちは痛くも痒くもない。「いいんじゃないの」と答えると、息子は100円玉2枚を握りしめて、神社に走っていきました。

ということで、我が家の仲間に、イモリ3匹が加わりました。
アカムシを食べる大きな口がかわいいです。

★映画「バッテリー」を見に行く

家族3人と、息子の野球仲間の合計4人で、映画「バッテリー」を見に行った。
原作の1巻出版直後からのファンである私と。
原作は読んでないけれど、最近、とうとう、息子の少年野球の練習に毎週付き合うようになった「脱・会社だけ人間」状態の夫と。
それから、ピッチャーをやりたい、と頑張る息子と。
今のチームでは不動のキャッチャーである息子の友だちと。

まあ、こういう構成で行ったのでした。

家族で一番涙もろい夫は、「病気の子ども」という設定だけで涙ぐむので、もう大変。ここに最近は「少年野球」という涙のツボが加わったらしく、「イチニイサンシイ、とかけ声かけて練習してるシーンだけで泣けた」という始末。映画館を出る時は、目が真っ赤でした。

私は、映画の冒頭で主人公の少年を見て開口一番。
「おいおい、少年野球やってる子が、こんな色白なわけなかろう」とつぶやいてしまったりしましたが、やはり、私の大好きなキャラクターである豪ちゃんが出てきたら、その笑顔がまた、イメージぴったりでうれしくなってしまったのでした。
豪ちゃんや、ほかの少年たちの心の葛藤を小説で読んでしまっているので、そういう意味では映画に物足りなさを感じますが、映画にそれを全部ぶち込めるわけはないので、映画としてはとても良い出来だと思いました。

ちらちらと、映画館に並んで座る少年2人の顔色をうかがっていたのですが、息子のほうは相変わらずポーカーフェイスのまま。友だちのほうは、最初、私や夫が涙ぐむたび、息子に「おい、泣いてるよ」と報告し、ふざけてましたが、後半は何度もこぶしで目をこすってました。
ざまあみろ!

ってなわけで、今一つ、息子がこの映画に何を思ったかは分からぬまま。
まあ、感想を聞くのもヤボだろう、とそのまま放置してました。

その夜、親子で外食していた際、夫が一言。
「オレさあ、最近、少年野球の練習をするようになったから、よくわかるんだけど、あの映画のお父さんが『野球って心を伝えるスポーツなんだ』って言ってただろ。あれ、分かるよ」と。

私が「正直なところ、野球未経験だから、ぜーんぜんわからん」とのたまうと、
夫が息子に、「おまえは分かるだろ?」と。
息子は平然と、「うん、わかる」と言ったのだった。

わ、わかるのか?
君は、野球が「心を伝え合うスポーツ」だなんて思ってるのか?

意外な息子の一面にビックリ。
息子は「だってね、この前だって……」としゃべり始め、それからふいに恥ずかしくなったのか、「いや、いい。何でもない」とまた黙ってしまったのだった。うーん、残念。

でも、息子によると、「僕は自分がピッチャーをやる時は、○○君に誰よりボールを受けてほしい」 という思いが明確にあるんだそうだ。
○○君とは、もちろん、映画に一緒に連れて行った友だちのこと。

そうか。
我々夫婦は、息子を、バッテリーごと映画館に連れて行ったというわけか。
なんか、ベストメンバーで映画館に行けたんだな。
ちょっとうれしくなった。

私が結構好きだったシーンは、3枚の大中小のユニフォームが、物干し竿に並んで揺れていて、それを母親がみつめているって光景。
普段の私であれば当然、「おいおい、3枚のユニフォームを洗うのは、母親かよ? 男女性別役割分担、殲滅!」とか怒り狂うはずなんだけれど、やっぱり、心に染みるシーンなのでした。
このあたりは、もう、理屈じゃないわー。



ウソだけはつくな

昨夜、遅く帰宅したら、シッターさんからこんな引き継ぎを受けた。
「息子さんから、『玄関のところがベタベタするの……』と言われ、ほんとに何かベタベタしたしていたので、雑巾で水ぶきし、ワックスをかけておきました」

このベタベタの正体は?
よくわからないまま、一夜空けて、本日朝。
朝食の用意をしていて、ふとゴミ箱をみてびっくり。
新聞紙につつんだヨーグルト飲料の割れたガラス瓶のかけらが……。
なんだ、これ?
シッターさんの処理にしたら、あまりにだらしない。
さては、息子か?

徐々に明かされる、「ベタベタ」のなぞ。

私 「あんた、昨日、瓶を割った?」
息子「……うん、割った」(目が泳ぎ始める。ウソをつく前兆)
私 「いつ割ったの?」
息子「えーっと」
私 「シッターさんがいる時?」
息子「うん!」(はい、ウソ、決定!)
私 「そんなはずないでしょ。もしそうだったら、シッターさんが引き継いでるはずだもん」
息子「あ、間違えた。その前」
私 「どこで?」
息子「えっと、あっちのほう」(と、玄関を頼りなげに指す)
私 「袋に入ってるはずの瓶が、なぜ1本だけ割れるわけ?」
息子「……」(すでに論理破綻し、動揺している)
私 「ちゃんと説明して」
息子「……ごめんんあさい。あのね。○○君は廊下で一人で待つと怖いの。だから玄関のところまで入ってもらって、ジュースを飲んでてもらったの。そしたら、○○君の手が滑って、割れちゃったの」

そんなことで怒らないから、頼むから、声を震わせて、言うなよ>息子。
でも、だいたい想像通りなのだった。
我が家では、「親がいない時は友だちを家に入れない」がルール。それを何度か破った息子は、私にそのたび注意されている。これがばれるのが相当怖かったんだろう。

「怖がりの○○君だから、廊下で一人でいるのは確かに怖いでしょう。だから玄関にまで入れてあげたことを母ちゃんは怒らない。玄関までだったら上げてあげてもいいと思うよ。母ちゃんや父ちゃんが、どうしてこんなことを聞いたかというと、あんたがけがをしなかったのか心配だったからなんだよ。ただ、母ちゃんが残念なのは、あんたがそれを隠そうと、ウソをついたことだよ。ウソだけはつくな。あんたが、正直に言った時に、それでも母ちゃんが怒鳴ったことがあるか?」

とりあえず、一喝して、おしまい。
それにしても。よくケガしなかったもんだ。
一応、新聞紙でガラスのかけらをくるんで捨てるところなど、たいしたもんだ。

ところが……おしまいじゃなかったのよー。
洗濯機を回しながら、ふと気付いた。

「ちょっと、あんた、昨日、廊下を雑巾とか、どうした?」
「洗濯に出した〜」
「まさか、ガラスの破片がついたまま?」
「……わかんない」


どっちゃーん!!


母ちゃんは、とほほ、と泣いたのだった。
洗濯を終えて、干す前に、ふるってみたら、いくつもガラスの破片が落ちてきた。
ついでに私の涙まで落ちそうだった。
見つけたかけらは、3つ。
ほんとに大丈夫なんだろうか……。

思わぬ後遺症になんかげっそりしちゃった週末。
思えば、41歳の誕生日なのだった。
あーあ。


夫の寝言

夫の寝言ネタというのは、これまでにも色々あったんですが。
今回という今回はあきれました。

スヤスヤ寝息を立てていたかと思ったら、夫が一言。

サルコジで決まりだなっ!


?????
何かと思えば、フランス大統領選絡みの寝言であった。
フランス国民に聞かせてやりたいよ。
あんたは、予言者か?

★公立炎上 (著・上田小次郎)

★公立炎上 (著・上田小次郎)

なんというか……。
本書の最後の一文はこれです。

今の公立は監獄である。子どもをそこに通わせる行為は、単なる虐待でしかない。

そ、そこまで言いますか?、という感じ。
息子(公立小の3年生)が1年生の時にめぐりあった先生なんて、本当に素晴らしい方で、やっぱり、公立だ、私立だ、という以前に、人だよなー、と思う経験を、良い意味でも悪い意味でもしているので。
虐待、と言われると、さすがになー。

随分たくさんの事例を集めていて、色々な学校があるんだなあ、と。今後、どんな先生にめぐりあっても、二度と驚かなくなるために一読するのも良いのかもしれないけれど。
ただ、正直思ったことを一つ。

著者は7年間、教壇に立っている現役の公立高教師、というが。
たぶん、あんまり先生としての出来はよくないんじゃないかなー、という気がしました。
自分の職場で真っ当な評価を受けていれば、わずか7年程度の職場経験で、自分の職場をここまでズタズタに批判しないんじゃないかな、と。

それとも、これって、会社員ボケした私の偏見かしら。
そうかもなあ……、という気がしないでもない。
だとしたら、ごめんなさ>著者さま。

ただね。
冒頭にこんな事例が出てきます。
著者の生徒が親から生活費をもらえず、キャバクラに勤めていた、って話。著者はその生徒のためを思って、店にプリントを届けに行ったという。すると、生徒は「仕事の邪魔だから」と著者を鼻でせせら笑った、という。
これを著者は、「いかに今の公立学校の生徒がひどいか」という事例として挙げているんだけど。
おいおい、ちょっと待ってよ、という感じ。

親から生活費をもらえない子どもがキャバクラに勤めてる、と聞いた時、まず最初にやるべきことは、その生徒と信頼関係を結ぶこと。それから話をできる関係を作ること。その生徒の本音を聞いてやれる関係を作ること。
プリントなんて、この際どうでもいいじゃん。
信頼関係のない教師が、いきなり店まで押しかけてきて、「おまえのためにプリント持ってきてやったぞ」みたいな顔をしたら、悪いけど、私でも、つらくなって、あるいはそういう先生と話しをしたくなくなって、あるいは勘弁してよ、と思って、あるいはなんだかすごく腹を立ててしまって、「仕事の邪魔よっ!」と叫んでしまいそうな気がする。

それでも。
飽きもせず、あきらめもせず、教師が何度も何度も足を運んでくれたなら。最後まで「仕事の邪魔よ!」と言い続けたとしても、私はその教師のことを一生忘れないと想う。

そういうもんじゃないか?

★「じぶん…この不思議な存在」「感覚の幽い風景」(ともに著・鷲田清一)

★「じぶん…この不思議な存在」
★「感覚の幽い風景」(ともに著・鷲田清一)

今回、記事を書くにあたって、久しぶりに読み直した本。
いつも「あーあ、こういう本と、高校時代に出会ってればなあ」と思います。今高校生、という方。手遅れにならぬうち、だまされたと思って読んでみてください。
買わなくてもいい。
図書館でいいから。

「じぶん……」のほうは、講談社現代新書。
表紙の一文が、この本の狙いをすべて言い尽くしてます。

「わたしってだれ? じぶんってなに? じぶん固有のものをじぶんの内に求めることを疑い、他者との関係のなかにじぶんの姿を探る」

「じぶん」とは「他者の他者」である、というのが結論。

一方、「感覚の幽い風景」のほうは、月刊誌などへの連載をまとめたもの。今回の記事は、この中の「ぬくみ」という章に一番関連が深いです。が、このエントリーでは、別の「皮膚の疼き」という章から、長い目の抜粋。

もう消えてなくなればいい、とおもうことがある。じぶんが、世界が。そういう想いが、日常のあたりまえの光景の背面から音もなく滲みだしてくるのをひとはとどめることはできない。その水は石清水のように透明であるが、ときに溶岩のように土色になって、あるいは爛れのように血の色をして、噴きだしてくることもある。

わたしはここにいる、物はそこにある。わたしはわたしで、物は物である。そういうかたちでここにわたしがいて、そこに物がある。眼の前にあるということのほかに、関係はなにもない。ありふれた光景といえばそうである。

しかし関係がないというかたちでわたしと物たちとの関係があるということじたいに、ある苦痛を感じることがある。ある物との関係はこれから始まるのであろうに、なぜか先に、関係が起こるかもしれない物との、その関係のなさに、疼きをおぼえてしまうことがある。そういう光景のなかには、他人という存在も含まれている。ターミナルにひとが溢れている、テレビをつければひとががなり立てている。関係ということを欠いたままに物があり人がおり、そのなかでぐるぐる自転するわたしがいる。


孤独とは何か、という記事

大好きな哲学者、鷲田清一さん(大阪大副学長)に、どうしても会いたかった。何か良い機会はないだろうか、ともう何年も虎視眈々とチャンスを狙っていたところ、先月、こんなニュースを見つけたのだった。

「日本の子どもは先進国で一番孤独」

主要・先進国の子どもに「孤独を感じるか」と問うたところ、日本の15歳がダントツトップだった、という話。まあ、極端なまでに2位との差が開いていたのだった。

この記事を見て思った。
「あなたは孤独を感じますか?」
そんな質問ではかれるものは、いったい何だろう、と。
その孤独とはどういう孤独なんだろう、と。
ああ、これ、鷲田先生に聞きにいくのにちょうどいい質問だわ、とも。
企画会議に提案してみたら、なぜかあっさり通ったのだった。

前回の「弱音のはきかた」にせよ、今回の「孤独とは何か」にせよ。
最近、この手の企画案がなぜかスイスイ通って、うれしいような、気持ち悪いような。

ということで。
書いたのがこれ。

「あなたは今、孤独ですか?」

上記リンクの記事だと、よくわからなくなっちゃってますが、最初の4行は紙面では見出しです。
それから、このリンク記事だと見出しのようになっちゃってる「あなたは今、孤独ですか?」という一文は、オリジナルの原稿では、文章の最初の1行です。
普通、こういう記事って、一番最初に、記事のポイントや要旨なんかを短くまとめた前文(いわゆるリード、ですね)を付けるもので、新聞では普通10行とか15行とかなんですが、今回はうんうんとうなって悩んだ末、一行だけにしたのでした。
それが、

あなたは今、孤独ですか?

です。
上司には「前代未聞の前文!」「シンプルイズベストの極みだな」と大笑いされたけど、この記事にはこの前文しかなかったと、私は思っているのです。このまま使ってくださったデスクに感謝。

といっても、紙面を見た人には見出しとしか見えなかっただろうなあ。とりあえず、鷲田先生がこの問いを受けて話し始めた、という作りにしたかったのでした。単なる自己満足ですね。

鷲田さんに出会えた時間はとてもとても濃いもので、普段は、帰りの新幹線でビールを飲んで寝ちゃう私ですが、今回は、寝てしまうのも惜しく、言葉を何度も反芻したのでした。
もっとも、その途中で、帰宅したはずの息子から連絡がないという事態が発生し (「涙ぼろぼろ事件」参照)、ビールを飲むに飲めなくなったという現実もありましたが……。

鷲田さんとあれこれ話していたときに、「私、子どもを産んだら、それまで長年私を苦しめていた 『私は生きていていいのか』 という問いがあっさり消滅したんです」 という話をしたら、大笑いされました。
さらに、「だから、息子が自立しちゃった時、子離れできず、見捨てられた気分になって、またボロボロになっちゃうかも、と不安もありますよ」 と言ってみたら、「あんたは大丈夫でしょ。むちゃくちゃタフやもん」 と言われてしまった。
初対面の取材相手に、「タフ」と言われたのは初めてかもなあ。

成熟を超えて初めてしる根元的な孤独感についての話になった時、思わず私、「哲学者って大変ですねえ。私なんか、最終的には、理屈抜きで自己肯定しちゃって、ハイ、終わり、ですよ。やっぱり哲学者って違うんですねえ」 と言ってしまった。
中島義道さんに会った時に、ほんと、痛感したもの、「哲学者ってこんな生き方してたら、キツイだろうなあ……」と。
ところが、この時、鷲田先生が口にした返事も興味深かった。

「いや、同じなんですよ。おぐにさんが、最後は全部『自己肯定』で切り抜けるのも、僕が、『とはいっても、それは本当は存在しないほうがよかったのではないか』 とか、全部問い直してしまうのも。方向は違うようで、やってることは同じでしょ」

うむむ、なるほど。
自己肯定バージョンは、楽。
問い直しバージョンは、苦悩を伴うが、それ自体がお仕事、飯のタネになる。
……ということか?





★名もなき毒 (著・宮部みゆき)

★名もなき毒 (著・宮部みゆき)

前作「誰か」の続編。

主人公は探偵ではありません。
日本に名だたる企業グループの創始者会長の娘のところに婿入りした、杉村というまったく欲のない会社員。もともと書籍の編集者だったが、会長が示した結婚する時の条件は「経営権を奪おうなどと欲を出すな/こっちの財産をあてにして起業するな/こっちの一社員となれ」の3つ。ということで、本の編集しかしたことがなかった杉村さん、企業の広報室で広報紙を作る編集員となったわけ。

前作に続き、今作も、この設定の上で、「ただの会社員のはずが、なんだかんだと事件に巻き込まれ、結局、探偵まがいのことをしてしまう」というパターンです。

正直なところ、「欲のない男」という存在自体、あまり身近にいないので(私も含め、私の周囲には、良くも悪くも欲深い男と女がひしめいている気がするのは気のせいだろうか? それとも、新聞社というところが、そういう空間なんだろうか?)、主人公に今一つ、なじめない。
これは前作も同じ。

読んでしまえばおもしろいけど、時間を割いてまで読む本でもなかった。読んだけど、最後まで。

とはいえ、深く考えさせられるシーンが一つありました。
この本には、秋山というフリージャーナリストが登場します。
彼もまた、ひょんなことから、杉村と一緒に行動し、こじれにこじれた事件の「真犯人」の自白に立ち会うことになるんですが。
この「真犯人」だって、色々と切ない事情があるわけで、杉村にしれみれば、つらい話はあまりさせたくはないわけです。
「真犯人」が「ごめんなさい」「私がやりました」と吐露し始めた時、秋山氏は犯行動機はもとより、毒物の入手先やその取り扱い、関係人物とのやりとりなど、事細かに話をさせます。まるで取材のように。
これに耐えられなくなった杉村は、「『私がやりました』だけで十分でしょう? なぜあれこれ尋ねたんです」と秋山を責めるんですね。
この時の秋山のセリフ。

「その必要がありました」
「もしかしたら、警察は、違う筋書きをしゃべらしょうとするかもしれない。もっと通りのいい動機、判り易くて座りのいい犯行の理由を求めて、ね」
「そんなことが起こった時、我々は最初の告白を裏付けてやらなければなりません。(真犯人から)告白を弾きだした以上、その責任があるんです。あなたにも覚悟してもらわないと」

ジャーナリストらしいセリフだなあ、としみじみしてしまいました。
その質問をすれば、目の前の取材相手を傷つけそうで、傷つけるのが嫌で、躊躇する時はたくさんある。
でも、言葉を選んで、最後はやはり質問する。質問を繰り返す。
そんな時に心に念じることに似ているなあ、と。

「本日も授乳中」記事に怒り爆発

ああ、腹が立つ。
何かというと、週刊文春4月19日号。
柔道の全日本選抜選手権で、決勝に負けたのに世界選手権代表に選ばれた、谷亮子さんをめぐる記事。
見出しの「これじゃあ 『負けても金』 谷亮子」 まではいい。
代表選考に対する疑問を感じている人も多いだろうし、それを批判したり揶揄したりする記事があるのは全然OK。
YAWARAちゃんファンを自称する私だって、そう思います。

ただし、この見出しには続きがある。
正確には、

これじゃあ「負けても金」谷亮子 本日も授乳中

最初にこの見出しを見た時、すごく悪意を感じてしまった。
記事によると、スポーツ紙の記者が「今回の最大の敗因は、愛息の佳亮クンへのいわゆる“授乳問題”です」と語ったとし、こんな文章を続けている。

当の谷本人も、こんな本音を漏らしていた。
「言い訳にはなりませんが、普段なら2時間かけて練習するところを30分しかできなかった。もし(子どもが)2歳になっていたら(結果も)代わっていたはず」
大会前夜は、夜泣きで起こされ、一回戦が終わった後には、搾乳器で母乳を哺乳瓶につめていた。


記事の趣旨に反して、私はここで、思わず涙ぐんでしまいました。
「もしもこの子が○歳になってたら……」と思ったこと、あります。
大事な取材の前に限って夜中に夜泣きで起こされたこと、あります。
会社のトイレで、母乳を絞って捨てたこと、もちろん何度もあります。

それは、切ない、悔しい気持ちで振り返る経験であると同時に、
私にとっては大切な、何にもかえがたい誇りでもあります。

ところがこの記事、1歳3カ月の佳亮くんは「普通は乳離れしている年齢」と断じ、八洲学園大の福田博子教授の談話を引いて「個人差はありますが、生後5、6カ月を目安に離乳を始めたほうがいいですね。夜泣きしている姿を見ると、かわいそうになって、思わずオッパイをあげてしまう人が多いんです。でも、卒乳時期が遅いと、自立が送れてしまう」と書いている。

おいおいおいおいおい!
今じゃあ、自然卒乳を唱える専門家もいっぱいいるし、福田教授の「離乳は5、6カ月を目安に」だって断乳とは別の話なのに、極めて意図的に誤解を誘おうとした編集としか見えない。
WHOやユニセフが 「短くても2年間は母乳を与えましょう」 と推奨していることはもはや常識ではなかったか。
(参考に順天堂病院系のサイト

母と子が一緒にいられない時間を、魔法みたいに埋めてくれる「授乳」という結びつきを、なぜ、あえて捨てなきゃいけない?
いつ授乳をやめるのか、それは、自身の体や息子の様子、仕事の事情などを全部考えた上で、YAWARAちゃん自身が選ぶことだ。
それで負けたら、YAWARAちゃんだって批判を甘んじて受けると思う。
他人が、こともあろうに「授乳」を揶揄すんなっ!
ちくしょー。

さらにこの記事、YAWARAちゃんに「子離れ」を迫った挙げ句、最後の締めの言葉がこれ。

「ママでも金」に向かって、まずはもう一度、(夫婦)二人で育児について話し合ってみたら?

余計なお世話よっ!。
なぜに卒乳時期まで、メディアが口を出す?
代表選考に疑問があるなら、選考した側の連盟を批判するのがスジなのに。

……と、ここまで熱くなったところで、しみじみ。
なぜ私はこんなに熱くなる?
授乳期からもう8年近く経つのになあ。
いまだに、おっぱいは私のツボなのねえ。ふむむ。

夜のジンファンデル (著・篠田節子)

夜のジンファンデル (著・篠田節子)

短編集。というところでもう、がっかり。
だって私は、篠田さんの長編がむちゃくちゃ好きなんだもの。
初めて「聖域」を読んだ時の驚愕。
「ゴサインタン」も、おもしろかったなあ。
ってなわけで、長編を待つ。

でも小説としてはどれもとても面白かったです。
大人の小説です。
短い中に、彼女の持ち味である「圧迫感」というか、人が微妙に追いつめられていく心理を、抑制気味に描いていて、一晩で読み終えた時、なかなか満足できる読書時間だったなぁと、心地よい眠りにつけました。

★いじめと現代社会 (著・内藤朝雄)

★いじめと現代社会 (著・内藤朝雄)

ずっと気になっている内藤さんの本、再び。
ものすごい忙しい最中に図書館で借りたので、期限までに読み切れず、ただし、一部を拾い読みして、「これは買うべし」と直感。ネット書店で注文してしまった本。

第一章は、これまた今をときめく社会学者、本田由紀さんとの対談。この冒頭で、内藤さんは、関心領域が学校でのいじめから職場におけるいじめにシフトしている、と話しています。
そもそも内藤さんの問題感心は、「逃げることも出来ない狭いところに閉じこめられ、『悪く思われたらどうなるかわからない』という恐れを背景に、人間が人間にとってのオオカミになる状態を何とかしたい、というところから始まっています」(本書冒頭)なので。

今回、本田さんとの対談で一番おもしろかったのは、本田さんが内藤さんに「家族についても研究対象と考えているか」と質問しているところ。
内藤さんは「職場や学校については、社会政策での改善方策もあると考えているのですが、家族に関してはできることの範囲がとても狭い。(略)家族がダメだったら、ほかのところで人間関係を試行錯誤しながら、自分をつくっていけるための場所を用意させてあげることで、よいパターンを他所からもらえるような開かれた社会にするぐらいしか、方法はないのではないかと思っています」と正直に、実に正直に答えています。
その後、本田さんは、「しかし一方で、家族の教育力といったものへの過剰な期待感や、それを重要視して言い募るような状況が強まっています」と問題提起しています。

実はこの、「家族の教育力への過剰な期待感」のようなものは、私自身、例えば学校の保護者の間にもとても感じます。例えばクラスの誰か生徒に「問題行動」が見られたときに、教師に対して「あの子の親をちゃんと指導してるのか!」と言い募るような……。
教師に言い募りたいなら、「あの子にちゃんと指導してるのか!」であるべきだと思うんだけどなあ。

親と子は別もの。別個の存在、という原則を、私はやっぱり守りたいのです。もちろん、親が子どもに大きな影響を与えることや、指導上のカギを握ってることまでは否定しない。でも、クラスの子どもが問題だと思った時に、何よりも真っ先に、その子の親への反感が募る、というのはさすがに不思議。
もちろん個別のケースであまりに解決の目処が立たない時、「おいっ、いったいあそこの親はどうなってるんだっ!」と言いたくなる気持ちは、正直なところ、すごく切実に分かる。それでもなお、どこかで、「家庭への過剰な期待」に歯止めをかけておかないと、という思いがあるんですよね。

で、話は戻りますが、本田さんは「家庭でどのような子育てをするとどのような子に育つか」みたいな家庭教育を強調する言説が社会にあきらかに増えていることを指摘しています。これには同感。

さらに、これに対し、内藤さんが言った言葉がこれ。
「そういった言説に反応することは、子どもに、非常に悪い影響をおよぼします。つまり、家族のなかで親が心理学者や『先生』になったりしたら、たいがい子どもはグレます(笑)」
「親が親であることを忘れて『教育』に欲情すると、子どもは親を失って、家族のなかでも教育施設の孤児のようになってしまいます。本屋に平積みされている『教育』や『心理』のジャンク・スキル本はゴミ箱に捨てるべきです」

さらに強く同感!
というか。日頃、私が自分自身の子育てに危機感を抱くのはその点だから。教育やら家族関係なんかを下手に取材しちゃうと、どうやったって「頭で考える親」になっちゃうもの。あたしはもう「肝っ玉母ちゃん」にはなれないんだろーなー、としみじみ思う。
たぶん、世の教師や保育士や心理学者なんかも似たようなことで悩んでる。実際、取材してみると、教師や精神科医、心理学者の子育てって、かなり苦しいものがあるものね。

私の場合、そういう隘路から私を救い出してくれているのは、たぶん、地域力。様々な人が子どもに関わって、清濁ごっちゃまぜに他人の子に何かを伝えてくれる、少年野球の世界なんだろう、と思う。
よそ様の手に息子を委ねるようになって、よそ様の子どもとその分、より深く関わるようになって、ようやく「頭で考える」ところから脱却し始めた自分に気付くので。

さてさて、真ん中はすっとばして(本日、購入した本が届いたので、後日読もう!)、最終章は宮台真司さんとの対談。「あなたの意見には半分賛成」という発言が双方から何度も飛び出し、その差異がとてもおもしろい。
これを読んで思ったのは、「ああ、私はもう一度、頭を整理しなければいけないなあ」ということ。

私は若者や子どもの世界を考える時、3つの時代の具体例に依拠する傾向がある。

一つは、自分自身の思春期。
もう一つは、警視庁記者時代に少年事件や援助交際などを取材していたころ。
最後は、現在。つまり自分の子育てを通して見聞する実例。

最初が70年代後半〜80年代前半。
次が10〜15年後の90年代半ば。
今は、さらにそれから10年後。

思えばこの25年間くらいをごっちゃまぜに考えてこなかったか。
もっと言えば、バブル時代とバブル崩壊が子ども社会に与えたものが何だったかを、自分なりに全然整理できてないんだろう、という気がする。もう一つは、ネットの世界が子どものコミュニケーションなどにどんな影響を与えたか。
新聞記者は基本的に、事実の積み重ねで取材するので、普通に記事を書いているぶんには、そのあたりがごちゃまぜでも、感覚的に乗り切れてきちゃったんだと思う。
そろそろ、整理していかなきゃなあ、と切実に実感したのでした。

その他、いくつか、記しておきたいこと。

・内藤氏は 「暴力が減った分、人間関係のいじめがひどくなる、という俗説には反対です。むしろ暴力とコミュニケーションのいじめは相乗し合っていることのほうが多いのです。というのは、学校のような閉鎖空間での暴力(の可能性)は、コミュニケーション操作系のいやがらせをおこなう者にとって、権力の担保になっているからです」 と指摘していること。
そういえば、校内暴力→陰湿ないじめへ、という構図が一般的によく語られるけれど、暴力そのものがどのように作用しているかについては、あまり考察されてこなかったのかも、と思ってしまいました。
特に男の子の間のいじめでは、暴力が権力の担保になっている、というのはよくわかる気がします。

・最近、私が一番嫌いな言葉に 「空気を読め」 というのがあるのだけれど、これについて、本田由紀さんが発言されている。「コミュニケーション系の圧力」 の一つとして。「『人間力』といわれるような、コミュニケーション操作能力に代表される、見えにくい能力に基づいたミクロな支配が強まるようになり、その場を牛耳れるかどうかによって、仲間集団内での地位の格差が開いてきている印象がある」と。そして、「コミュニケーション操作能力以外の自他へのリスぺクトの基準を再構築すること」 と 「コミュニケーション操作能力の格差があまり開かないよう、それが自然に培われる機会を制度に組み込むこと」 を提案している。
具体的には、特定の専門領域やテーマに対して共同で取り組む機会を学校で用意すること、という提案につながっているわけで、これを支えているのが、専門学校生を対象にした研究結果なのだろうけれど。
私は、彼女の2つの方向の提案を読んで、前者ついては、まずが大人なり社会が変わらないとどうしようもないと思ったし (コミュニケーション操作能力を一番シビアに判断するのは就職試験だと思うし)、後者については、これを既存の学校制度に組み込めば、結局はいびつな形になっていく気がします。そういう意味で、内藤さんの提案する 「学級をなくせ」 を実現した後の話、という気がしました。


★チエちゃんと私 (著・よしもとばなな)

★チエちゃんと私 (著・よしもとばなな)

すっかりご無沙汰していたのだけれど、久しぶりに、ばななさんの本を読んでみるか、と。
いきなりそういう気持ちになったのでした。
ばななさんの本で一番好きだったのは、彼女の初期作品「キッチン」の中に収録されている「満月 キッチン2」です。
特に、あの、カツ丼を出前に行くシーン。

本当に本当にほしいモノは、あるいは人は、絶対に手放しちゃだめ。失いそうになったら、最後まで、みっともなくとも、ジタバタするんだ。

という私の信条は、あの本によって最大級に強化され、今に至る気がします。(20年も経てば、その芯の強さも、単に『強気のオバサン』ですけどねえ)

さて。チエちゃんと私。
圧倒的に装丁がいい。というか装画が好き。
ここのイメージ、拡大して見てください。原マスミさんという方の絵だそうだ。
花々の深いピンクが好き。傘の黄色が好き。人物の目が好き。手が好き。
……ということで、表紙のほうが、中身よりうれしかった本、かも。

42歳の「私」と35歳の「チエちゃん」、という従姉妹同士の不思議な同居生活を描いた本。
主人公が私と同世代、ということに、ちょっとびっくりしました。
最後までの3ページくらいの文章は、好きです。
でも、とどのつまりは、きっと、私にはこの本はもう必要のない本なんだろう。そう思った。

20年前、大学時代の私には、あの「カツ丼」のエピソードは、絶対に必要な、誰がなんと言おうと価値のある、見過ごしてはいけないものだったのだけど。

涙ぼろぼろ

息子の学童保育で、同じ学年の男児がほぼ全員退室してしまう、という事態になっている。そもそも、同学年男児の家庭は、共働きであっても、祖父母や兄姉が家にいる人や、フルタイムでない人が多かったから、本人が「やめたい」と強く言えば辞めさせてやれる環境にあったのだろう。
これはもう、仕方がない展開なのだった。

放課後に友だちと約束し合って自由に遊ぶ級友を横目に、うらやましくてうらやましくて仕方がなかった息子から「学童保育を辞めたい」という強い訴えを受け、何度も家族で話し合い、週数回、学童保育を休ませることにした。
学童を休む日は、自由に友だちと約束し、遊んで良し、という結論。
それに当たってのルールは、

*学校から帰宅後、必ず、どこに行くか、母ちゃんの携帯電話に連絡を入れる。その場所を移動した時も、必ず連絡を欠かさない。
*親が家にいない時は、友だちを家に入れない。
*カギや持ち物の管理に万全を尽くす。
*どこで誰にどのようにお世話になったかきちんと報告する。

本人も、よほど学童保育を辞めたかったんだろう。
思ったより、ルールを死守して、遊んできたのだった。

が……本日。
よりにもよって、私が大阪日帰り出張の日に、やってくれたのだった。

新幹線で大阪から東京に向かう途中、息子から連絡があっていいはずの時間になったのに、全然、連絡がない。それでも最初の1時間くらいは、「まあ、学校で居残りさせられてるんだろ」とか、その程度にしか思っていなかった。
が、帰宅時間を1時間過ぎても連絡がない時点で、ちょっと不安になってきた。

思いつく友だちの家に電話してみる。
いない。
学童保育に電話してみる。近所の公園も含め、誰も見てない、という。
思い切って学校に電話し、まだしゃべったこともない新しい担任の先生にも聞いてみる。
学校からは時間通り帰った、という。
自宅にも電話してみる。もしかしたら、友だちを連れ込んじゃって、私にばれるのが怖くて、家から電話できなくなっちゃってるんじゃないか、と。
しかし、本当にいない。

帰宅予定時間を1時間半過ぎたところで、いよいよ不安になってくる。
夫と何度か連絡を取り合う。
夫がぼそっと「もう、学童保育を休ませるのは、なしだな。こんな状態じゃ、安心して休ませられない」という。
同感。

学童保育を将来辞める方向で、休む日を増やすというのは、息子の訴えを受けて私が進めた話だ。
夫は最初から反対だったのを、「友だち同士で約束し合って遊びたい気持ちも分かるでしょう? 夏休みや春休みに朝から夕方まで屋内に閉じこめられてるなんて、自分だって嫌でしょう?」と私が必死で説得したのだ。
それなのに。

心でつぶやく。
おまえはアホか。
せっかく必死で後押ししてやったのに、なぜ約束が守れない?

いよいよ、新幹線が東京駅に着いた時には、「近所で交通事故がなかったか、警察署に聞こうか」というほど思い詰めていた。
帰宅予定時間を2時間も過ぎているのだ。

と、そこで携帯電話が鳴った。
「あ、母ちゃん? あのさー、今日、何時に帰らなきゃだめ?」
と、のんきな声の息子。
やはり友だちの家に行ってたらしい。
私が一瞬黙りこくると、険悪なムードを察知したのか、
「あのね。家を出る前に母ちゃんの携帯に電話したけど、プープーって話し中だったから電話できなかったの」

母、激怒。
無事でいた、という安心感と、のんきな声に対する憤りと。
東京駅のものすごい人混みの中、思わず立ち止まり、

「じゃあ、どうして何度も電話しないの?! どうして父ちゃんに電話しなかったの?! どこに行ったか連絡せず、この時間までどこにいるの! 母ちゃんや父ちゃんがどんなに心配したか分かってるの?! 連絡しなかったらこれほど親を心配させる、ってことすらわかってないアンタに、アンタなんかに、学童保育を辞めるの辞めないの言う資格なんて、ないーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

久しぶりに携帯電話に向かって、大声で怒鳴りました。
映画の一シーンみたいに、雑踏の動きが一瞬止まり、相当の注目を浴びていたようです。
でも、もう、そんなことどうでも良かった。

「父ちゃんも心配してる。すぐに電話しなさい」と言って、いったん電話を切る。
しばらくして、夫から電話。
「おいおい、なんかあいつ、すごい殊勝な声出してたぞ」
当たり前だ、ふん!
「もしかして、君、すごく、しかりつけた?」
しかりつけたなんてもんじゃあございません。
怒鳴りつけましたっ。

思わず、私、「万死に値するわよ! 市内引き回しのうえ、はりつけだっ!」って叫んだら、夫が爆笑していた。まったく。
こうやって夫婦で笑えて、ほんとによかったよ。

そんなこんなで、何はともあれ、東京駅から自宅に急ぐ私。
地下鉄の中で、憤りより安堵感のほうが膨らんできて、無性に鼻がグズグズした。
さて、家に帰ったら、何と言ってやろう。
頭も心も混乱したまま、マンションの下まで帰ってきたら、部屋の電気がついていた。
母ちゃんの剣幕に、さすがの息子も、慌てて飛んで帰ってきたというわけか。

家に入る。
背中を丸めてうつむいた息子がいる。
いつも、見ているテレビ番組「天才テレビくん」がついてない。
が、手にテレビのリモコンを持っている。
ちくしょー、さっきまで見てたな。
もう、何もしゃべる気持ちにもなれず、黙々と着替え、布団の上に座ったら、もう、悲しくなってきて、このまま黙って寝てしまおうと思った。
布団を被る前に、ちらっと息子を見たら、息子もこっちをそっとうかがっていて、目が合った。

息子がか細い声で「ご、ごめんね……」と言う。
私は、声も出ないまま、息子を手招きする。
怖々と息子が近付いてくる。
息子に触れたらもう、ダメで、気付けば声を上げて私のほうがオイオイと泣いていた。

「よかった〜、無事でよかった〜、ふえええええん」

弾かれたみたいに息子もしゃくりあげ、ボタボタと大粒の涙をもぎ飛ばしながら、「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」とずっと泣いていた。

帰宅するまで、私の頭の中には、「もう学童保育を辞める話は、白紙撤回!」とか「新しいルール作り」とか色々と建設的、あるいは破壊的な思いもあったはずなんだけれど、結局、息子にすがって泣きながら、どうにか言ったのは、これだった。

「覚えていて。母ちゃんは、あんたが野球が強くなれなくても、勉強ができなくても、縄跳びができなくても、何ができなくても、本当のところは構わない。あんたが無事に生きていてくれたら、もう、それで十分だと思ってる。それが一番、何より一番大事なの。それだけは、頼むから、どうか頼むから、ちゃんと覚えていて……」

あーあ、久しぶりに声上げて泣いたなあ。
さんざっぱら親子で号泣したら、なんか気持ちもすっきりして、夜は阪神ー中日戦のナイター中継を見て、テレビの前でメガホン叩いて、応援歌を歌って、阪神が逆転勝利を上げて、藤川球児は3打者連続三振で決めてくれて、最後は親子一緒にテレビの前で万歳して、風呂入って、寝た。

息子には、「学校と学童保育の先生に、自分からもきちんと事情を説明し、心配をかけたことを謝りなさい」と伝えておいた。
明日、これを、ちゃんとできなかったら、ちくしょー、今度こそ絞めてやる!

「樹木希林さんの母親論」という記事

何もピアノばかり弾いて、仕事をしてないわけじゃあないのです。
最近書いた記事を1つ。

「なぜこんなにも切ないの、「オカン」のヒミツ 樹木希林さんに聞く」。

記事の最初を「お母さん、と声に出すだけで胸がいっぱいになる時がある。母の思い出は、なぜこんなにも切ないのだろう。」という文章で始めてみたら、夫がこれを読んで、「なーんだ、いつも君が言ってることじゃあないか」と。
確かに。あまり意識しなかったけれど、やっぱり、死んだ自分の母親と、それを思う自分というのが念頭にあって、原稿を書いていたのかもなあ。
あまり意識してなかったんですけどね。


ピアノ発表会の演奏の順番

今度のピアノ発表会は、前回発表会と違い、大人だけの演奏となる。それも、10人だけで、そのうち8人は木曽センセの生徒さんなんだそうだ。

で、今回も、木曽センセに聞かれたのだった。
「おぐにさん、演奏順について、何かリクエストはありますか?」

同じ問いを、前回発表会の前にもされたのだった。
その時、私は、こんなレスポンスをしてしまい、木曽センセに閉口されたのだっけ。

今回は、一つだけ。
「できるだけ早い順番で弾かせてください」

前回痛感したのは、「自分の演奏前は、とても他人の演奏を聴ける余裕が心にない」ということ。
特に自分の前の4人くらいは、練習室の順番が回ってくることもあって、まったく演奏を聞くことができない。
これはあまりに残念なのだった。
今回、10人しか弾かないのだとすると、できるだけ前のほうで弾かせてもらって、自分の演奏を済ませてから、皆さんの演奏を楽しませていただこう、というわけ。

「でも、さすがに一番最初、というのは嫌ですよね?」と木曽センセ。
「へ? 全然OKです。5番より前なら、どこでもいいです」と私。
そういわれて気付いたが、私、トップバッターは嫌、という感覚、全然ないわ。
むしろ、前と比較されないし、いいじゃん、って感じ。
「でもねえ。今回は、大人に混じって中学生や高校生、大学生も出るのでねえ」と木曽センセ。
「やっぱり、おばさんがトップバッターじゃ、華がなくて、ダメですか?」と私。
「と、とんでもない〜。そんなことないですよ。でも、中高生に混ざって弾くのは平気ですか?」
「全然OK。今回は気分はコスプレですから」

ってな会話がありまして。
さて、どういう順番に決まってくることやら。

「音大目指してる中高生と、音大生に並んで、指のあまり回らないオバサンが弾く」というシチュエーションは、確かにツライものがあるけれど、それより、前回一緒に発表会に出た大人の男女たちが、今回、どんな演奏を聴かせてくれるのか、そっちのほうが、聴き手として興味があるんだもの〜。

見えてきた「アンダルーサ」

先日のピアノレッスン。
グラナドスの「アンダルーサ」に迷いたっぷりのまま、木曽センセの元へ。
「センセ、あのですね。アンダルーサがとんでもない迷いの中にあるんです……」と正直に吐露したうえで、木曽センセの前でまずは1度弾いてみたのでした。

ところが。
変なこともあるもんだ。
たいていは、レッスン本番になると、普段通りに弾けなくて、どんどん焦って、演奏が崩れていくのが常なのに、この日は違った。
むしろ、これまでにないほど、思い通りの音が出せて、え?え? 案外いけるじゃん!……と。

弾き終わって、思わず、「センセ、実はこの1週間、練習していたどの時よりも、今が満足できる演奏でした。こういうこともあるんですねえ。いつもはこんな風に弾けないんですっ!」と訴えてしまったほど。
木曽センセは、「ええ、ほんと、すごく良くなってます。でも1度弾けたということは、目指すべき地点が見えているということですから」と。
そうなんだろうか。

それでも、普段の練習で、思った音が出せず、思った音楽にならず、途中で飽きて演奏をやめてしまいたくなるんです、と正直に打ち明けると、木曽センセはこう言った。
「おぐにさん、自分が出したい音を具体的に頭の中で奏でられますか?」

どきり。
それは……えーっと。

「イメージを具体的にするのも大切だし、こんな風に弾きたいと考えることも大切だけれど、自分で奏でたい音が具体的に頭の中に鳴り響いてなければ、結局は到達できません。練習とは、頭の中の理想の音と、自分の音とのギャップを埋めていく作業なんです」

なるほどなあ。
私は、この「アンダルーサ」に関してかなり具体的な解釈をもとに音を作ってきたつもりだったけれど、あちこちに迷いがあり、本当に奏でたい音や音色までは決まっていなかったのだ。
ただ、ふらふらと迷い、ああでもないこうでもない、と試し弾いては「これも違う」「あれも違う」と悩んでいたのだ。
「ならば、弾く前に、頭の中でまず、奏でたい音楽を完成させてください」とまで言われちゃった。
だから、私も具体的に片っ端から迷っている点をぶつけてみた。
曰く「左手のギターを弾くような音を、毎回どんな音色で弾くか、まだ迷いがある」「ABAのB部分の音色に若干の迷いがある」「ABAの最初と最後のA部分に変化をつけたい。解釈も具体的にしたが、どう表現すればいいのかわからない」などなど。

今回のアンダルーサの解釈はこんな感じ。
場所は、薄暗いタブラオ。響くのはフラメンコギター。
主人公はダンサーの女。破れた恋の思い出にひたりつつ、ギターの音色に心を委ねている。
これが最初のAの部分。

Bは同じフレーズを2度繰り替えすのだけれど、1度目は、過去の楽しかった逢瀬の思い出。光と喜びに満ちていて。でも戻らない日々。身体にはまだ肌のぬくもりまで残っているというのに。
繰り返しの2度目は、過去を振り返るのではなく、むしろ未来。生きているうちはダメでも、せめて死んだ後には一緒になれるよね、と。

でB部分を経て、現実に引き戻された主人公のダンサーは、次のA部分で自ら踊り出す。踊って、踊って、踊って。それでも。
最後の最後で、一番大切な、踊るということをもってしても、やり過ごせない深い孤独感と哀しみに自分で気付いてしまい、スポットライトの中で立ちつくす。ジ、エンド。

……とまあ、こんな感じなんですが、と木曽センセに詳細にお話してみた。
すると木曽センセ、瞬時にこれらを理解し、それを表現するためのテクニックやペダルの使い方、音色の選び方を次々に伝授してくれた。

センセ「ここはペダルなしとありで、両方やってみてください」
私  「了解。こんな感じ?」
センセ「よし、やっぱりペダル付けていきましょー。そのほうが踊ってる感じが出る」
センセ「ここは語尾が強いから、訴えたいことが伝わらない。語尾を弱く語りかけて」
私  「こんな感じ?」
センセ「そう。それですっ!」

こんな感じで、興奮の中、木曽センセに手伝ってもらって、曲を構築していく。
私はこの瞬間が一番好き!
はっと気付けばすでに1時間のレッスンのうち50分が終わってた。
残る10分で、さて、どうする?
もう1曲のシューマン=リスト編「献呈」。

こちらのほうは、まだまだ技術的に乗り越えなければならない壁があり、それを邪魔する腱鞘炎という障害があり、見通しは暗いのだった。

発表会まであと1カ月を切り、本格的にカウントダウンが始まった。
どうなることやら。


舘野泉さんの右手

本日、ピアニスト、舘野泉さんの取材。
いやはや、憧れの人に会える、なんという役得!

私は例えば彼のグリーグの抒情小曲集がとても好き。
日本にセヴラックを紹介したあのCDがとても好き。
彼は脳溢血の後、右半身麻痺となり、今や「左手のピアニスト」と言われ、クラシックファンを超えた人気を誇っているけれども、彼の音に「勇気が出た」「元気づけられた」というのは、単に彼の「左手ストーリー」ゆえではない、と私は思うのです。
なぜなら。
彼が両手で弾いていた時代のCDを聴いてみてください。
彼の音はそもそも、最初から、人を勇気づける思いやりと光に満ちているから。

取材が終わった後、「実はあと1カ月で発表会なんですが右手が腱鞘炎になっちゃって……」と吐露したら、舘野さんが不自由なほうの右手で握手してくださいました!
もう、天にも昇る気分!

頑張るぞ。
うん、感張るぞ。
舘野さんは、シューマンに造詣深く、さらにグラナドスもよく弾いておられます。つまり発表会に弾く2曲とも、舘野さんとご縁があるわけで。
こういう出会いに励まされ、がんばってピアノを弾こう、と思う私なのでした。

息子、初の三塁打に浮かれる

人間は、簡単に調子に乗る動物なんだと思う。
特に、息子を見ていると、そう思う。
まあ、自分自身を観察していても、そう思いますけどね。

昨日、息子のチームの練習試合。
9−2で負ける。

負けはしたけれど、毎回きちんと自力で3アウト取れたし (これまでの練習試合では、自力で3アウトチェンジに持ち込んだことはほとんどなかったから。10点ルールとか5点ルールとかいって、1イニングに大量得点をされると、3アウトを取る前にチェンジ、というような少年野球特有のルールがございまして。これがないと、例えば、ピッチャーがストライクを入れられなくなった時など、試合が終わらなくなるのです)、内野ゴロをアウトにすることもできたし (基本がまだまだできてない我がチームでは、これがなかなかできなかったんです……)、子どもたちの集中力も最後まで維持でき、声もよく出ていて、なんというか、脳天気な野球母ちゃんである私は、「ちょいと希望が見えてきたぞ」なんて。

もちろん、こんな安易な見立てをするのは、脳天気な私くらいのもので、コーチ陣にしろ、うちの夫にしろ、「キャッチボールレベルのことができてないこのチーム、まだまだ勝てそうにない」とむしろいら立ちや焦りを募らせているようですが。

そんな中で、脳天気な私以上に、浮かれているのが、我が息子。
前の試合で、あまりに声が出ない、覇気がない、動きが悪いことを叱られ、セカンドからライトに変えられたりして、少々落ち込んでいたくせに。
さらにずっと前の練習試合では、マウンドに上がるも、相手から2本のランニングホームランを打たれ、ヘニョヘニョになっていたくせに。

今回の試合で、初の三塁打を打ち、ファーストを守っていた時にきちんとさばいてアウト2つ取った、ということで、あっさり浮上しやがった。
(サードを守ってた時、ファーストに悪送球したくせに)。

試合が終わって、「だいぶ上手になってきたねえ」と声をかけた私に、息子がのたまった言葉がこれ。

「あったりまえじゃん」

おいおいおいおい。
一瞬、耳を疑ったぜ。
それでも、まあ、我が夫婦のことですから。
息子の「初の三塁打」をつまみに、またしてもワインボトルを1本あけたことは言うまでもありません。
(思えば「初の試合出場」や「初のファール祝い」に始まり、なんど目の祝杯だか……)。