おぐにあやこの行った見た書いた

★感じない男 (著・森岡正博)

★感じない男 (著・森岡正博)

問その1 男はなぜミニスカートに欲情するか
著者の答 パンツが見えるかもしれない、というその一点に尽きる。

問その2 ミニスカートの下に下着をつけていないほうが欲情するか
著者の答 ノー。中身は白いパンツに限る。女性器は包まれていなければならない。

問その3 なぜ女子高の制服に欲情するのか。
著者の答 「学校」は「洗脳」が許される場所であり、制服は「あなたは私を好きに洗脳していいのよ」という記号である。

……正直いって、この3つの質疑、どれも理解できない。
男性陣なら、「そうそうそう!」と同意するものなんだろうか。
それともこの答は著者に特有のものであって、ほとんど普遍性はないんだろうか。

よくわからないのであった。

1点、「ひえええええ。知らなかったよ」と衝撃を受けたのは、射精を「抜く」と表現するがごとく、放置しておけば体内に精子が「たまって」いくものだ、と思われているがそれは違う、というところ。

使われなかった精子は自然に分解されて、体の中に吸収されてしまうのである。

……ってほんと?
全然知らなかった。
確かに物理的に「たまる」というのは怖いよね。
体内吸収も、考えようによってはちょっと怖いけど。

著者は、本書の中で自分のことをとても誠実に語っています。
「自分の身体は汚い」という強い思いがある、ということも。
きっとこれは、男性に普遍的な感覚ではない気がしました。
でもって、こんな感覚を持ちつつ、自分の性のことを論理的に語る、という作業はきっととてつもなく大変な作業だろうなあ、と思いました。

理解はできなかったけれど、熱意の伝わる、不思議な本でした。

私のコスプレ宣言

先日のピアノレッスンで、木曽センセに宣言してしまいました。

「今度のピアノ発表会を、コスプレと位置づけてますから!」

だって、どうしようもないじゃない。
1曲目の献呈は、10代か、無理しても20代前半の恋の喜びを歌った歌。
「あなたは私の命、あなたがいれば、私は私以上の私になるっ!」と愛を連呼し続けるようなシューマンの歌曲を、派手派手リストが編曲したんだもの。

40代でこれを弾くなら、心をまず、コスプレしないと!

コスプレといえば、実はもう、この曲を念頭に、発表会用のワンピースは購入済み、なのだ。
ま、普通なら10代が着る服よね、というようなミディアム丈のドレス。ちくしょー、意地でも着てやる。

問題は、しかし、2曲目「アンダルーサ」。
こちらは別の意味で、心のコスプレを必要としそう。

自分なりに弾いているうちに、イメージが固まってきた。
私のイメージでは、こちらは、恋を失った女の曲。
薄暗いタブラオの片隅で、フラメンコの音と安酒に身を任せながら、胸にこみ上げる嘆きを、自分ひとりで慰めているの。
ABAのB部分は、ずっとずっと遠い昔、まだ幸せだったころ。
デートの舞台は、アルハンブラ宮殿の庭。
水がきらきらと輝いていて……。

ね、こっちはこっちで、やっぱりコスプレ。
それも、1曲目と2曲目の性格は、まるで正反対。

木曽センセは、私の「コスプレ宣言」に爆笑しながら、一言。
「献呈を弾いた後、アンダルーサを弾く前に、お色直しにドレスを替えるとか、黒いショールを羽織るとか、そういうのもいいかもしれませんね」
半ば本気で言ってるみたい……。

そんなこんなで、コスプレまであと2カ月ちょっと。
ひたすら練習あるのみ!

美少年を抱きしめるように弾いてみよう

いよいよ、発表会の2曲の暗譜も終え、グラナドスの「アンダルーサ」に続き、シューマン=リスト編の「献呈」も曲作りの段階に入った。
ここまでくるともう、自宅での電子ピアノ練習だけじゃあどうしようもない。これからの2カ月、グランドピアノを触る時間をどれだけ確保するか、が大きな鍵を握るというわけ。

ということで、久しぶりに先日、日比谷の松尾スタジオにて、スタンウェイのフルコンサートを弾きに行った。
そしたら、まあ、前の方が譜面台を外して弾いておられたらしい。
普段とは違い、譜面台が外れていたのだった。

ああ、いいなあ。
ぱっくりと口を開けたグランドピアノ。
こんな小部屋で弾いたら、ものすごく響いて、たまんないだろうなあ。
そんな誘惑に抗えず、譜面立てを使わず、そのまま練習をしてしまった。

「献呈」。
最初からちっとも歌えない。苦しい。
右手の高音部がちっとも歌になってくれない。
左手にメロディーが移ってからは、さらに悲惨。
ただ、アルペジョの部分から主題がどんどん展開していく部分では、もう、大音響の迫力にひたすら身もだえ。
(自分で弾きながら、もだえるのはとても変だと思うけど)。
最後のオクターブ和声連打の場面で、突然、木曽センセの助言がよみがえった。

「鍵盤をつかんで」
「腕ではなく、肩から体重をかけて」

忠実にそれを守っていたら、途中で、妙な感覚にクラクラと来てしまった。
肩ごと鍵盤に体重をかけていたら、何となく、両腕で誰かを抱きしめているような気がしたものだから。
ああ、これ。
この感覚。いいかも。

ということで、決めました。
この部分は、思い切り妄想を膨らませ、線の細い色白な美少年 (いや、特に美少年趣味などないし、美少年でなくてもいいんだけど。曲調からいうとやはり若者が良いかな、と) をひたすら抱きしめるように、鍵盤を抱きしめてみよう。
むふふふふ。

……とまあ、テクニックはちっとも追いつかないのに、妄想ばかりが膨らむ私なのです。


DSデー2日目、無事終了!

またまたまたまた、DSの話。
(これまでの話は、DS購入から紛失にいたる経緯などをどうぞ)

我が家では原則、DS禁止。週に1度だけ「DSデー」を設け、学童保育をお休みし、母ちゃん所有のDSを借りて、お友達と一緒であれば遊んでもいいよ、というルールです。
で、本日が、第2週目。
なにしろ、前回買ったばかりのDSを、2回目のDSデーで自宅の鍵と一緒に紛失するという手痛い経験の後ですから。 2台目DSを、再び、2日目のDSデーでなくしたらどうしよ〜、と本人なりにかなりプレッシャーを感じていた様子。

昼間、仕事をしていたら、自宅から携帯電話にTEL。
息子から。
「母ちゃん。遊びに行く約束をしていた○○君が病気でお休みだったから、△△君のおうちで遊んでくるからね」
ちゃんと電話連絡を入れたあたり、おおお、成長してるじゃん、という感じ。

さらに。
帰宅後、無事に二代目DS機を持ち帰った息子は、今日の報告をしてくれたのでした。

何でも、お友達の家に行く前に、男友だちと大勢で近所の公園でしばらく遊んだんだそうです。
息子曰く、

「みんなはDSを入れた鞄を公園のベンチに放り出してたけど、僕は心配だったから、デイパックをしょったまま遊んだんだ〜。自宅の鍵も入ってるし、なくしたら大変だものね」

おおお、失敗体験から学んでる学んでる。
でも、一人だけ、デイパック背負ったまま公園で走り回っていたらしい息子の姿を想像すると
……ちょっと笑える。

さらにさらに。
お友達の家で、DSに飽きた後、Wiiでみんなで遊んだそうなのですが。
ここでも、息子曰く、

「母ちゃんに肌身離さず、って言われたから、DSをポケットの中に入れてWiiをやったよ」

…………そこまでやるか。
なにはともあれ。
我が家の二代目DSデー2日目、無事終了。



いよいよ、明日は運命の「DSデー2日目」

みなさまのご協力と声援のお陰で、
再び私のDSを週に1度だけ借りてお友達と遊ぶことができるようになった息子。
いよいよ、先週に続き、明日は、「新DSデー」2日目。

我が息子、本気でワクワクしているのです。
「あー、明日はDSで遊べる〜。楽しみだなー」
そして、本気で緊張もしているのです。
「前のDSは2日目になくしたんだよなー。明日もなくしたら、どうしよー」

明日、もしもまた、なくしたら……さすがの母ちゃんももう立ち直れないと思います。
ブログに書く根性もないと思います。
だから、どうかどうか、なくさないでね。

でも、前回で学んだのか、息子はかなり慎重です。
先週のDSデーでは、遊び先から帰ってきた息子が私にDSを返却しつつ、言った台詞がこれ。
「母ちゃん! 今日はなくさなかったよっ! 鍵もなくさなかったし、戸締まりもしたし、電気も消して家を出たよ。鞄にDSを入れていったし、外で遊ぶ時はお友達の家にDSをちゃんと置いていったよ」

恥ずかしそうに。
でも誇らしそうに。

まあね。
ちょっとくらい学んでないとね。
あれだけ親子で悩んだかいもないというもんだわ。
ということで。
明日も、DSをなくすことなく、楽しく遊べますように。

なぜか気になるこの記事

芸能界のゴシップとか、不倫ネタなんて、まったく興味ない私なのですが。
うーん、なぜだろう。これだけは熟読してしまったのでした。
週刊新潮の特ダネ、ベネッセコーポレーションの社長が不倫相手を社長室長にすえ、デートを楽しんでいる、というような話。

なぜついつい読んでしまったかというと、例えば

口が裂けても「しまじろう」には言えない爐となのせかい
そこはチャレンジ精神が旺盛な社風
(↑ こどもちゃれんじ、に掛けて)
進研ゼミの『赤ペン先生』も添削しきれないほどの、さらなる超難問

など、同社の看板商品をちりばめた文章が、あまりにベタとはいえ、やっぱり目を引いたから。
幼児・児童の教育界におけるベネッセの寡占状態を知っている世のパパママならついつい、興味を持たずに居られない、というような……。

大人同士の恋愛ですから、んなもの、他人が口を出す話じゃあありません。ついつい読みふけってしまった自分自身も、結構恥ずかしいと思う。
でも、ついため息をついてしまった。
「大変よねえ。教育に携わっているというだけで、たかだか不倫でこの扱い……」

そういえば、「国家の品格」の藤原正彦さんが、昨年末に新聞社の取材に答え、「週刊誌は『著者の品格』っていう私のスキャンダルを狙ってるようで。お陰で日本一清らかな人間になりました。母に褒められそう。ああ、品格なんて言葉、使わなきゃよかったなあ」と語っていたのが印象的でしたっけ。

さらに、「夜回り先生」で有名な水谷修氏と昨年しゃべった時にも、「僕が誰かとホテルから朝帰りなんかしようものなら、見出しは決まってますよね」と彼が言ってたもんです。
曰く「夜遊び先生」。
うーん、どちらも絶妙だっ!。

おもしろいなー、と思うのは、藤原氏にしろ水谷氏にしろ、自分がメディアで叩かれる時の見出しをちゃーんと自分で思いついてるってこと。
無性におかしく思ってしまったのだった。

そうそう、もう一点。
この週刊誌の記事ですごく気になったのが、こんな匿名での社員の談話。

うち(ベネッセ)は社員の6割が女性ですが、美人は少ないんです

おいおいおいおいおい。
間違いなく。
ベネッセの女性社員一同、社長の不倫記事自体より、このコメントに注目した気がする。
「誰だよ、こんなコメントしゃべったのはっ!」
大顰蹙だと思うんだけどなー。

ゴロを軽くさばく松坂選手

アメリカ大リーグのレッドソックスに入団した松坂選手のキャンプ地報道がすごいことになっている。
今朝、NHKニュースを見ていたら、レポーターの男性が、
松坂選手、ゴロを軽くさばいております!」と意気込んでいた。

……ゴロくらい、さばくだろ。

さらに、こうも言っていた気がする。
その後は、ランニングも

……走るだろ、練習なんだから。

もちろん、それだけ注目度が高いわけで。
松坂選手が今何をやっているのか知りたい、という視聴者のニーズを受けての報道、なんだろうけれど。
ゴロを取って投げるだけの姿を全国に放映される松坂選手がいて、その姿を報道するために「軽くさばいておりますっ」とマイクを握る現地のレポーターさんがいて、そんなテレビニュースをついつい親子で注目しちゃう我が家がある……何だか変だなぁ、と思いながら。

「もうひと花宣言」を考える

AERA(2/19号)の「もうひと花咲かせたい」という特集を読む。
野球の桑田、清原、マラソンの有森、柔道の古賀……と40歳(もしくは40代前半)の「もうひと花宣言」が相次いでいる、という世代論めいた記事。
記者は、このテーマで同世代を取材した結果として、「バブル世代たちが彼らの挑戦について自己同一視する傾向がある」と書いている。

なぜか。
記事中の分析は、こんな感じ。

・バブル世代は難なく社会に受け入れられたその成功体験ゆえに、楽天的な気質がある。メゲない。

・気質が定まる14歳までにいわゆる「バブル時代」を経験していないため、汗くさいことがかっこわるくないと思える「最後のスポ根世代」だ。(三浦展さんの談話を引いて)

ふーむ。うむむ。
40歳といえば……私じゃん。

「世代論」というのは基本的に乱暴なもので、豊かな例外をほとんど無視し、かなり恣意的に結論になだれ込むものと相場が決まっている。それでもおもしろくて、読者に一瞬「おお、鋭いなー」と思わせればそれでいい、というのが「世代論」なんだと思う。
世代論を一番好きなのは、これはもう間違いなく、団塊世代だと思うけど、実は私も、世代論を読むのは嫌いじゃない。
ただ、この記事を読んで最初に思ったのは、「40歳の『もうひと花』宣言は、世代ゆえというより、どの世代にもある話じゃないかなあ」という素朴な疑問。

例えば。
三浦さんの分析の中にあった、私たちの世代が「汗くさいことがかっこいいと思える最後のスポ根世代だ」という点。
そうだろうか。

もちろんね、親が敗戦後の貧困を経験しており、リアルな苦労話を聞いて育ち、実際に親が努力する姿を目の当たりにしてきた最後の世代、と言われれば、確かにそうなのかもしれない。
私が育った社会は、もしかしたら今よりも、流した汗の分だけ報われることが目に見えてわかりやすい社会だったのかもしれない。

たださ。
とりあえず、そんな私たちだって、中学校の時には、「頑張る」とか「一生懸命やる」という行為は(特にそれを他人に見せるのは)、とんでもなくかっこわるいことだと思ってました。
少なくとも、そううそぶいてました。
でも一方で、スポ根マンガが実は大好きでした。
汗と涙と仲間の話は、それがサッカーでも野球でもテニスでも泣けたもんです。

汗くさいことなんてかっこわるいよな、とうそぶきつつ、でもその世界に憧れる、という二面性って、いつの時代も思春期の子どもたちが共有しているものなんじゃないのかなあ。
もちろん、今も。

そういう意味で、私は自分たちの世代が「最後のスポ根世代」と言われてもピンと来ないのだ。自分より下の世代がそう冷めているとも思えないし、彼らは彼らで40歳を目前にああだこうだとあがく気がするしね。
いや、もちろん、雑誌的には「最後のスポ根世代」というのは、とっても面白いキャッチフレーズだと思うけど。

少年野球のおばさんをしていて実感するのは、今の子どもたちだって、十分に「スポ根」大好きだってこと。
野球少年たちって、懸命で、おまけに、自分の懸命さに一瞬酔っちゃうみたいな所がかわゆくて、片っ端から抱きしめてなめ回してあげたいほどだ。

今の子どもたちが40歳になった時、自分の限界への挑戦、とか「もうひと花」とか言わないのかというと、やっぱり言うやつは言うし、言わないやつは言わない、それだけじゃーないのかなぁ。

かつて「『30代後半』という病気」という名著がありました。
DINKSの男性(出版社の編集者、だったと思う)が30代後半を迎え、40歳を目前に突然、悩み始める。子どもはどうする? 家は買うのか? そもそもこのままで俺はいいのか? 仕事は? などと悩み、いきなり最後の夢でも追うように米国留学を目指したものの、最後は……という本で、たぶん、今読んでも著者の悩みや迷いに古さは感じられないと思う。
いつの時代だって、30代後半に壁にぶつかる人はいるし、40歳で「もうひと花」宣言する人だっている。40歳ってきっと、そういう歳なのだ。

(私の場合は、30代前半での出産を契機に人生も働き方もガラリと変わって、そこの葛藤を乗り越えたらあとはもう、『30代後半という病気』など感じることもなかったんですけどね。でも41歳となる今年は少し転機の年にしてみようかな、と思っています)。

ところで。
このエントリーを書くために、久しぶりに「『30代後半』という病気」の著書の堀切和雅さんを検索したら、この本を書いていたころDINKSだった堀切さんもまた、その後、父親になっておられたのだった。お子さんは、難病を抱えているという。
新しい本は「娘よ、ゆっくり大きくなりなさい―ミトコンドリア病の子と生きる」

必ず読もう、と思いました。
出産後、仕事と育児の両立に一番悩んでいた6年前、この人の前著を読み、一緒に笑ったり心揺らしたりした読者の一人として。

DSあらためWii問題に新たな大展開!

じゃじゃーーーんっ!
我が家に、たった今、DSliteが届きました。
きらきら輝くクリスタルホワイト色。
うふふ、これ、私のだからねー。

インフルエンザに揺れた我が家のこの1週間でしたが、実は水面下で「DSあらためWii再びあらためDS問題」が進行していたのでした。

ことの発端は、このブログにて私が、息子のDS紛失事件の顛末を書いたり、その後「Wiiをゲットするぞー」「首都圏より買いやすそうな仙台で、祖父母の力を借りて買うぞ」と叫んだりしたこと。
これを読んでくださった某ネット仲間の仙台メンバーが、同じく仙台の仲間たちに声を掛けてくださって、その日以来、「仙台の○○に1台売っていたっ!」「仙台の▽▽もねらい目」「今、この店にあるぞっ!」などとリアルタイム情報が届くようになったのです。
この情報をもとに、あるお店に狙いを付け、確実に手に入れる方法を把握し、来週にも仙台の祖父母がその店に走ってくれることになっていたのですが……。

このお仲間のお一人が、「ところでDSが我が家に1台、新品のまま余っているのだけど……」。

ぐらり心が動いたのは、誰より私自身が「WiiよりDSがほしーなー」と思っていたからです。
思わず息子に聞いてしまった。
「あのさー、母ちゃんのお友達が、白い色だけど、使ってないDSを一台持っていて、母ちゃんに譲ってくれるっていってるの。あんたにも貸してあげよっか?」

あの時に息子のうれしそうな表情をどう表現したら良いんでしょー。
もじもじ。うきうき。ちょっと涙目。
やっぱりDS紛失ショックからいまだ立ち直ってなかったのねぇ。

これを見た夫が一言、「だったらもうWiiはいらないんじゃないか?」。
息子は、こっちが拍子抜けするほどあっさり、うなずいた。

え? いいのか? それで?

私 「もしかしたら、あんた、本当のほんとは、DSのほうがWiiよりほしかったの?」
息子「うーん。どっちもほしかったけど」
私 「じゃあ、どうしてWiiはもういい、なんて言ったの? 本当にいいの?」
息子「うん、もういい」
私 「どうして。理由教えてよ〜」
息子「……」
私 「わかった。さすがにどっちも、とは親に言いにくいので遠慮してる?」
息子「ちがう」
私 「あまり欲張ると人間ダメになる、とか思ってる?」
息子「まさか」
私 「じゃあ……もしかして、Wiiを買うと半額自分で出さなきゃいけないから、お金がもったいない、とか思ってる?」
息子「うん!」

……そうだったのか。
息子は、ゲーマーである前に、守銭奴だったわけだ。

ということで、我が家では今、息子と息子の友だちが並んで私のDSで遊んでおります。
遊んでるソフトは、「200万人の漢検」。
だってこれしかソフトがないんだもん。

「母ちゃん! 『妹が九つになりました』の『九つ』って、『むっつ』て読むんだっけ?」と聞かれた時は、さすがに絶句しましたが。

二人でじゃれ合って遊んでるのを見ると、まあ、こういうのもいいよな、と。
仙台のネット仲間の皆様に感謝です。ぺこり。


「僕の1円はどこへ行ったの?」

自分の預金通帳を愛でる、という不思議な趣味を持っている我が息子。
(↑ どうやら父親譲りの趣味らしい)。
通帳を見ているうちに、見慣れない文字に気付いたようだ。

「母ちゃん、これ何?」
見ればそこには、
利子
の文字。

金勘定は私の苦手分野なので、夫に説明を任した。
夫曰く、「お金を預けた人に、預けたお金の額に応じて、たくさん預けてくれた人にはたくさん、少しだけの人には少しだけ、銀行がお金をプレゼントしてくれるんだよ」

さらに息子は、通帳を凝視する。
「じゃあ、この1円は、どうして引かれてるの?」

見れば息子の預金についた利子7円から、税金で1円引かれ、受け取り利子は6円と表記されているのだ。

私 「そりゃ、税金だな」
息子「税金って何? 僕の1円はどこへ行っちゃったの?」
夫 「そりゃだな……。小学校の担任の○○先生の給料になったんだ」
私 「ちょっと! そういう教え方はないでしょ!」
息子「むむむ、許せん! ○○センセ!」
私 「そうじゃなくて。国が、みんなのために必要なものを買ったりするお金を、みんなで負担しようね、というのが税金なの。だから、例えば図書館の本なんかも、みんなの税金で買ってるの。だから誰より本を借りないと損なんだよ」
夫 「おまえ、その教え方はなんだよ」
私 「じゃあ、あんたも説明してみなさいよ!」
夫 「……だからだな、小学校の竹馬や一輪車を税金で買ってるわけだ。だから竹馬や一輪車にどんどん積極的に乗らないと損するわけだ」
私 「そうそう。元取らないとねー」

しかし、息子はいまいち我々夫婦の「取られた税金分の元を取る」という発想がお気に召さないらしい。
「1円。1円を1円のまま取り戻したい……」とひたすら通帳をにらみつけているのでした。

税金について子どもに教えるのって難しい〜!

インフルエンザの贈り物

先週末から我が家を急襲したインフルエンザでしたが。
夫も息子もすっかり熱も下がり、ウイルス排出期も終えたようです。
私は、といえば、実は看病疲れによる風邪でいったん発熱し、それをインフルエンザ感染と早とちりしてタミフルを飲んでしまうというハプニングもありましたが、どうやらただの風邪で済んだみたい。

本日、会社から帰ると、明日の出勤を控えた夫が「最後の夜だから」と夕飯のおかずに麻婆豆腐を作ってくれました。
「やったーやったー」と息子が子犬のように父親にじゃれついていて、なんとも心温まる光景だったので、思わず「ふーん」と思ってしまったのでした。

というのも、我が家では、平日の夜は常に私と息子だけの暮らしで、夫は日付が変わるまで帰ってきません。
息子にとっての父ちゃんは、「休日に一緒に野球で遊んでくれる相手」であって、「平日にためこんだ話をお休みの日にする相手」であって、「家の中で一番怖い相手」でもあるのです。
父と子が平日の夜にじゃれあっている、なんて光景は、この8年間にもほとんどなかったような……。

インフルエンザ隔離政策のため、我が家ではこの数日間、私が一人で普段の寝室に寝て、夫と息子は日頃は物置部屋になっている10畳の洋間に布団を並べて寝ておりました。
お互いに熱を出したり、眠ったりしつつ、色々な話をしたんだそうです。
父ちゃんが学生時代にした世界旅行の話。
息子がタミフルを飲んだ夜に幻覚でも見たのか寝ぼけて大変だった話。
その部屋にはテレビもパソコンもありませんから、父も子もお互いに何をするでもなく、壁全面の本棚からあれこれ本を選んでは、一緒に読書を楽しんだのだそうで。

私が夫に「インフルエンザのお陰で、あの子は父ちゃんといっぱい時間を過ごせてよかったのかもねー。あの子にとって貴重な1週間だったと思うよ」と言ったら、夫が一言。
「俺にとっても、な」。

思わぬ、インフルエンザの贈り物、というところでしょーか。

★「待つ」ということ (著・鷲田清一)

★「待つ」ということ (著・鷲田清一)

待たなくてよい社会になった。
待つことが出来ない社会になった。


の2行で始まる「まえがき」は散文詩みたいに美しかった。
この人の文章、実はとても好きだ。
哲学を心の隅からすみまで全部を使って理解できるほど、教養などない私だけれど、鷲田さんの文章は本当に大好き。

この本のスタート地点は、上記の2行。

現代は、待たなくてよい社会、待つことができない社会になった。例えば携帯電話の登場で、待ち合わせの際のじりじりと待つ経験を私たちは失った。意のままにならないもの、どうしようもないもの、じっとしているしかないもの、そういうものへの感受性をなくしはじめたのではないか。

というような問題意識から、なんと「待つ」ということだけを入り口に人生の隅々まで語ってしまう、という意欲的な本なのです。

まえがきの最後のほうにこんな一文もあります。

せっかちは、息せききって現在を駆り、未来に向けて深い前傾姿勢をとっているようにみえて、じつは未来を視野に入れていない。未来というものの訪れを待ち受けるということがなく、いったん決めたものの枠内で一刻も早くその決着を見ようとする。待つというより迎えにゆくのだが、迎えようとしているのは未来ではない。ちょっと前に決めたことの結末である。決めたときに視野になかったものは、最後まで視野に入らない。頑なであり、不寛容でもある。

極めて重大な問題提起だな、と受け止めました。

もう1点。
「待つ」ことの痛々しさをやりすごすにはどうすればいいのか。
「待つ」ことができないなあ、と思ったのは、リストカットの取材をしていた時に、若い子たちとメールのやりとりをした時のこと。メールの返事を1日後に返したら、「もう返事が来ないかと思いました」と言われたり、メールをもらって数時間後には「やっぱりもういいです。私なんか生きている価値ないし」みたいなメールもらったり。
え? もしかして5分後とかにメールを返さなければいけなかったの? と驚いたものです。
それ以来、若い人を取材する時は、「メールは通常でも2〜3日かかると思ってね」と最初から念押しする癖がつきました。
そうしないと、「待つ」ことがとてもつらくなってしまう子、いっぱいいるように思うのです。

本書に、そのやり過ごし方の一つとして、「無数の小さな問題にかかずらうことでかろうじてしのぐ」という方法を、V・E・フランクルの「夜と霧」を引用し、語っています。
つまり、「生きることの意味」とか「ほんとうの私」とかではなく、今夜のおかずにかかずらわれ、という話。
さらに、吉本隆明が老いてから書いた「幸福論」からこんな一文を引用しています。

幸不幸とかも、長く大きくとらえないで、短く、小さな事でも、一日の中でも移り変わりがあるんだよと小刻みにとらえて、大きな幸せとか大きな不幸というふうには考えない。小さなことだって、幸不幸はいつでも体験してるんだ、と考える。そういうふうに大きさを切り刻むということ、時間を細かく刻んで、その都度いい気分だったら幸福だと思い、悪い気分だったら不幸だと思う。

あるいは、「中心をほんの少しでも自分自身から外す」こと。次はパールバック「母よ嘆くなかれ」からの引用。

私が自分を中心にものごとを考えたり、したりしている限り、人生は私にとって耐えられないものでありました。そして私がその中心をほんの少しでも自分自身から外せることができるようになった時、哀しみはたとえ容易に耐えられるものではないにしても、耐えられる可能性のあるものだということを理解できるようになったのでありました。

これは、いわば「夜回り先生」こと水谷修氏がよく指摘することに近いと思います。

この後、コーピングについても言及しているのだけれど、自傷の専門書などを読むと、自傷行為自体がコーピングの一つ、というとらえ方をしている本もありますよね。
切らずにやりすごすため、水谷氏のいう「自分病」から脱する、という
のは一つの方策なのでしょう。


★「個」を見つめるダイアローグ (村上龍×伊藤穣一)

★「個」を見つめるダイアローグ (村上龍×伊藤穣一)

2005年6月から約9カ月間かけた2人の対談集。
テーマは日本の経済、教育、政治、メディア、エンターテインメントなど。
本書の姿勢は、村上氏のまえがきによく現れています。

この本は、おそらく大まかに「日本批判の書」としてとらえられてしまうことになるのだろう。日本社会の問題点や、伝統的な考え方の非合理性や、システムの矛盾や、危機意識の希薄さについて、わたしと伊藤穣一は言及しているからだ。
この本の編集者たちも、本のタイトルに当初「日本」という固有名詞を入れたいと考えていた。だがわたしはそういったタイトルはふさわしくないと思った。いいろな意味で単純な「日本批判」の書にはしたくなかったし、そうはならなかったと自負している。


あ、確かに、と思った箇所が1点。
イラク戦争開戦に関して、伊藤氏が「フランスやドイツはアメリカときちんとケンカした。日本はそういうことはできないのかな」と言った時のこと。
村上氏が「いや、ある部分ではすでにアメリカに抵抗してるんだよ」と。例示したのは、コメの自由化、BSE問題など。つまり、自分たちの支持者が怒り出しそうな問題については、さすがに政治家も声を上げている、というわけ。
村上氏曰く「小泉首相がいち早くイラク戦争を支持したり、それに他の政治家が賛同しても、日本の国民はあまり怒ったりしない。だから平気で支持するわけ」。
伊藤氏がこれを受けて「民主主義って、たんに多数決で決めることではなくて、ちゃんとチェック機能が働いて初めて民主主義といえるんだよね」

あともう一点。
respectという言葉に対応する日本語がない、という指摘も、「そうなんだ〜」と思った。
「尊敬」でもないし「敬意」でもない、と。
訳語がないということは、そもそも日本にその概念がないんだよ、とも。
そうなんだろうか、色々な人に聞いてみようっと。



インフルエンザ家族と、ふきのとうのパスタ

本日、夫に続いて、息子もインフルエンザと診断された。
がーーーーーん。
医者がいう。
「お母さんは大丈夫ですか? 顔色悪いですよ。熱計ってますか? 看病で気を張りつめていて、自分が感染してるのに気付かないお母さんって案外多いので、くれぐれも気を付けてくださいね。もう、感染してるかもしれませんよ。うん、そんな感じがする。タミフル、処方しましょーか?」

……。
病は気から、と申しますが、もうこの医者の一言で、そういえば頭痛がするような、関節痛がするような、ヘナヘナな気分になってしまったのでした。
でもまだ、無事。

家に帰って最初にやったこと。
「おいしいものを食べよう!」

ニンニクと鷹の爪とオリーブオイルにあさり。さらに、義弟がわざわざ雪の中から掘り出してくれたという野生のふきのとう(これまではみそ汁に入れてきたが、残り数個だけ、こっそりパスタにするために取り置いてあったのだ)のアクを抜いて刻んで。
ちょっと多めのパスタのゆで汁で、あさりとふきのとうのスープパスタ。
……うまかった〜っ!
やはりふきのとうは、アサリとニンニクと出会いです。
キリリと冷やした白ワインがほしいところだけど……まだ朝ご飯ですからねー。

自分がインフルエンザで倒れたら、もう、ろくなものを食べられそうにないものね。元気なうちに食べたいものを作って食べよう、と心に決めたのでした。

あーあ。
いつまで続くのか、自宅勤務。

涙をこらえた敗戦投手

週末は少年野球三昧。
息子たち低学年チームの初の公式戦、なのです。
相手はほぼ全員3年生。こちらは1、2年生の混合チーム。
なかなか厳しい戦いとなりました。

初回、先発投手は我らが誇る元気印の2年生の女の子。
6つの四球と2つのデッドボールを出したものの、最後は三振をとってチェンジ。

5点を追う攻撃で、3番の息子は四球を選んだものの残塁。
相手のエラー絡みで1点返して1−5。

次の守りで、二番手ピッチャーの2年生の男の子。
フォームもきれいで、すごくいい球を投げ、2ストライクと追い込むんだけど、4者連続四死球。暴投、パスボールも絡み、1−7と突き放される。
無死2、3塁で息子の登板。

少年野球ってすごいよな、と思うのは、相手チームはこの時点で7点も取っているくせに、
実はまだノーヒット!!。
15打席中12打席までが四死球、という凄まじい展開だったわけ。

で、息子。
三振を一つ取ったものの、3四球、さらに2本のランニングホームラン(外野はみな1年生で外野に抜ける=ランニングホームラン、なのだ)を含む4本の安打を浴び、一挙9点を奪われ、10点ルール(1イニング10点を取られると、アウトカウントにかかわらずチェンジ)にて、攻守交代。
打撃炸裂で大いに沸く相手のベンチを横目に、うつろな眼差しで息子はマウンドを下りてきたのでした。

さあ、反撃だっ!と思いきや、なんと「試合時間50分」のルールで後攻めをさせてもらえず、試合終了。

1−16。
チーム内に漂う、なんともいえない不完全燃焼感。

私はこの試合で、スコアラーとしてベンチ入りしてたんだけど、ランニングホームランを打たれた後のマウンド上の息子と、一度だけ目が合っちゃった。
その瞬間、息子がわずかに表情を変えた。ほかの人は気付かない程度に。でも、母ちゃんには今にも泣きそうに見えた。
もちろん泣かなかったし、試合が終わっても息子は私に近寄りさえしなかったけれど。

試合後に、お菓子をもらったりして、他の子が負け試合ショックから次々に立ち直っていくのを尻目に、息子はひたすら寡黙で、うつむいていた。ちょっと声を掛けられない感じ。

家に帰った後も、息子は床に座り込み、顔を上げず、黙って本を読んでいる。
そっと様子をうがかったら、なんと開いてる本は、私が図書館で借りた大人向けの本。別に本を読んでるわけじゃないらしい。
「おーい、うがい手洗いしよー」とわざと明るく本から引っぺがし、息子と一緒に洗面台の前に立ったら、一瞬だけ、息子が私の背中にしがみついてきた。
「泣きたい時は泣け」とこちらは心の準備をしていたのに、息子は数秒だけしがみついただけで、あとは泣いたりせず、そのまま黙って、うがい手洗いを終えたのだった。

「打たれたのは良い経験。それだけストライクが入ってたってことじゃないの?」と野球音痴の私はとりあえずフォローする。
そのあたり、もう少しシビアな私の父(なんと大阪から孫の試合を見にきてたのだ!)が「低めに決まってた球はボール球でも相手を空振りに取ってたんやけどなあ。高めに浮いた球が、どうしても打ちごろになってしまったんやろなあ……」と正直に説明していた。

インフルエンザで観戦できなかった夫がぼそっと私につぶやいた。
「1年前、覚えてるか? いきなり上級生の試合に『9番ライト』のスタメン入りして、ガチガチに固まったよな。ファーストのカバーどころか、動きもぎこちなくて。初めての打席なんて、バット一つ振れなかったもんな。成長したよな、この1年で」

確かに。
あれからまだ1年なんだ。
息子の泣き顔、久しく見てない気がする。
ちょっとだけ、つまらない。

うんていと、手のひらのマメ

先週末、息子が帰宅するなり、
「ねえねえ、見て見て」と手の平を広げた。
見ると、マメができている。

「??? 素振り100回?」

わけを知りたがる私に息子が教えてくれた。
「今日ね。休み時間に、うんていをしたの。初めてやってみたんだけど、右から左まで全部できたんだよ。でもマメが出来ちゃった」

驚いた。
実は、うちの息子、仲の良いお友達が何人もうんていに挑戦しているのを見ても、自分ができるかどうかが不安で、失敗するのがいやで、一切挑戦したことがなかったのだ。
そういう慎重でプライドが高くて頑固で、人前で何かに挑戦することを嫌がる性格は、私の血筋に間違いなく、だからこそあきらめていた。
だから、あえてうんていを無理強いせず、ただ、「うんていは握力が付くから、野球のバッティングの練習になると思うよ」と話すだけにしていたのだ。

そんな母ちゃんの助言には一切耳を貸さず、うんていなんて絶対にやらない!といっていたくせに。
いきなり挑戦したなんて、どういう風の吹きまわし?

息子によると「○○君が、やって〜やって〜っていうから」だそうで。

ふ〜ん……。
母ちゃんより、その子の言うことを聞くわけ?
……なーんて、さすがの私もふてくされるわけはなく、ただただ、そのお友達に心の中で感謝!

やはり子どもって、お友達の中で成長するのねえ。


手首、脱力、それが課題

3週間ぶりのピアノレッスン。
とうとう発表会まで3カ月を切ってしまった。
かなりシビアな状態である。
木曽センセは「大丈夫。今回は5月連休の最終日ですから、連休にみっちり練習してもらえれば」と言う。
冗談じゃない。
子どもを抱えた家庭で、母ちゃんが5月の連休に一日中ピアノを弾かせてもらえるような環境は、普通、ありえないのだ。

■「献呈」 シューマン=リスト編

思えばリストってまともに弾いたことがないのだった。
オクターブの連続で、あっちこっち指を開きまくるばかりで、はっと気付けば指に力が入りまくっていて、人差し指なんてもう突っ張って真っ直ぐ伸びていたりして、脱力なんてほど遠いのだった。
木曽センセはいう。
「これからスピードを上げていく前に、脱力癖を一から付けていきましょう。指を開いて弾くのではなく、手首を使って移動する練習を徹底的にしてください」

この3週間、ルバート一切無視で徹底的にメトロノームに合わせて内声の練習をしてきたのだが、次の2週間はひたすらゆっくりゆっくりと、手首による重力の移動と指の脱力だけを意識しながら練習することになりそう。

発表会の曲を仕上げる時、木曽センセは土台を広く広くとる。イメージは砂浜で作る砂山。土台がしっかり大きく作られてないと、砂を積み上げていっても高い山は完成しない。
そこが普段の練習と発表会との違い。
発表会では何より、土台部分が肝心。だって「あともう1カ月」という時期になってから、土台を補強したり、広げたりすることはほとんど不可能だし、とてもストレスフルだから。

ということで、いまだ愛の歌を奏でる段階にはいたらず、ひたすらひたすら技術的な土台作りの段階でさまよっている私なのだ。
間に合うかなあ。
この曲を選ぶときは「40代にこんな若い愛の曲を弾く資格があるんだろうか」とか悩んでいたわけですが、なんてことない、年齢の壁にぶつかる前に、分厚い、あるいは遥か高い「技術の壁」にぶつかっております。とほほ。

■アンダルーサ グラナドス

こちらは技術的には特に難しい曲ではないので、3週間でまともに弾いたのは5〜6回というありさま。それでもメトロノーム練習のお陰か「随分とまとまりましたね」と木曽センセ。ほっ。

「この曲は技術的には問題ないので、むしろ何を表現するかを考えましょう」と木曽センセはいう。
ほらほら、始まったぞ、木曽節。

センセ 「おぐにさんはこの曲で何を表現したいですか?」
わたし 「え? ……うーん」
センセ 「ではアンダルーサとは?」
わたし 「アンダルシア地方の、というような意味です」
センセ 「それはどんな土地ですか」
わたし 「フラメンコ誕生の地。闘牛。情熱的な人々。乾燥した過酷な自然。イスラムの影響。強すぎる日差し。白い漆喰壁とオレンジ色の屋根……」
センセ 「ではこの曲の特徴であるリズムは何の音なのでしょう?」
わたし 「やはりフラメンコのギターではないか、と。ギタリストが多くこの曲を編曲し弾いているというのも、そのためだと思います」
センセ 「確かに、弦を弾く音ですよね。では、この曲で何を表現しますか?」
わたし 「うっ。またそこに来ますか」
センセ 「では、どんな感じに弾きたい?」
わたし 「はるかなる憧れ。満たされる切なさ」
センセ 「確かに中間部はまさに『憧れ』という感じですもんねー。では、何に対する憧れでしょう? あるいは何が満たされないのでしょう?」

このあたりから、段々と私の中のイメージにも限界が訪れ、言葉が枯渇し始める。

わたし 「うーん。とりあえず、フラメンコといえばきっと恋愛の曲が多いのでしょうが、中間部の『憧れ』は恋や愛よりも、もっと何か水だとか光だとかそういうものへの憧れに感じるんですよね。作者グラナドスはカタルーニャ地方の出というから、彼にとってはアンダルシアは異国の地に近い。そういう彼のまだ見ぬ土地へのイメージの曲だと思ってるんですが」
センセ 「愛や恋じゃあない、ですか。なるほど。例えば、ロシアものの中にもロマの曲がいくつかありますが、これらは恋や愛の曲ながら、本当に訴えようとしているのは帝政ロシアへの批判だったりするんですよね。直に批判できないから、悲しい愛や恋の曲にして歌う。そういうことだってあるから、やはり時代背景への理解が必要となってきます」
わたし 「となると、グラナドスは第一次世界大戦時代の人ですよね。ドイツのUボートに撃沈されて死んだ、というからには。その当時のスペインってどんなでしたっけ?」
センセ 「………。調べてください」

ということで、今回の宿題はスペインの歴史。
世界史の授業のようだ〜。

木曽センセは「最後は女性が、あるいは男性がここでこうなってああなって、というぐらい具体的なイメージを自分で見つけて、そこに向かって表現をつけていってください。次回はもっと豊かな表現で肉付けされているのを聞かせてもらいますから」

はぁ〜〜。重すぎる宿題。

DSあらためWii獲得作戦に復帰

またまた我が家のDSあらためWii問題。
(経緯は、過去のエントリー:
DSliteな夜
くやしいと思いましたのDS紛失事件
DS問題にあらたな展開など参照)

息子にDSを買い与えるかどうかで悩みに悩み、ようやく結論を出して獲得に全力投球したのに、わずか2回の使用後に息子が紛失してしまう、といういかにもありがちな展開のため、しばらく放心し、「次は父ちゃんとゲーム機ゲットしてくれ〜。母ちゃんは今回はノータッチですっ」と宣言した私だったが。
ターゲットがDSからWiiに変更されたところまではいいが、「買えるまで待てばいいよ」的なあまりにのんびりした夫と、これまた「父ちゃん、早くどうにか買える方法を考えてよ!」の一言が言えずにモジモジしている息子の煮え切らない態度にしびれをきらし始めた私。

思うに、うちの夫は、仕事になると比類なき情報収集能力を発揮するのだが、仕事以外の情報収集に価値を認められないタイプなんだろう。
どんなつまらない情報でも、手に入れたいと思ったら仕事並みに全力を尽くし、どんなにつまらない勝負事でも、やっぱり負けるより勝ちたいと思ってしまう私とは、とことん価値観が違うのだ。

ということで、しびれをきらして、いよいよ……。

母ちゃん、降臨!!

昨日は、仙台在住の知人から、「周囲でWiiを買ったという人から情報収集したよー」とメールをもらった。
やはり持つべきものは友達、なのである。
夫の両親が仙台に住んでいるので、首都圏より手に入りやすいとなれば、この条件を活用しない手はない。
夕飯時に、息子に高らかに宣言した。

「そろそろDS紛失事件から立ち直るべき時が来た。母ちゃんもWii探しに参加してやるっ!」

泣いて喜ぶのではないか、と期待していたのに、息子の反応は案外あっさりしたもので、「やった〜!」の一言だけ。
それでも、ぱっと霧が晴れたみたいな表情になった。
もしかしたら、私がWii獲得計画参戦宣言したこの瞬間まで、息子もDS紛失事件を心の中でジクジクと引きずっていたのかもしれない。

夜、いただいた情報をもとに何本か仙台のお店に電話し、なんとなく手応えを感じたところ。
Wiiはすでに人気が以前ほどではなく、獲得難易度でいえば、DSのほうが圧倒的に高いのだと知った。
よしっ。
……と思いつつ、DSの獲得難易度のほうが高い、と知っちゃうと、これまた、DSを手に入れたくなっちゃうのが私の悪いくせ。
手に入らない、と言われれば言われるほど、手に入れること自体に価値を置いちゃう。
この性格、どこかで治したいもんだ。

それにしても。
私もこの勢いでネタを追いかけていれば特ダネ記者として名を馳せていたのかもな〜。

★わたしを離さないで (著・カズオ・イシグロ)

★わたしを離さないで (著・カズオ・イシグロ)

文学好きにはたまらない1冊です。
(ならばもっと早く読んでおけよ、と自分を叱責してしまうほど)。
テーマや、あらすじの一かけも、ここに書いてしまうと、将来の読者の読書の醍醐味を損ねてしまいそうで、とても慎重になってしまいます。

テーマや素材に触れずに、それでもできるだけのことを書いてみるなら、この本は、何より、カズオ・イシグロ氏の独特の世界をしみじみと味わうところに醍醐味があるなあ、ということ。
テーマや素材だけで言えば、例えば、「二十世紀少年」の漫画家浦沢直樹さんが書けば壮大な冒険物語にだってなりえるし、萩尾望都さんが書けば甘美な思春期コミュニティーの世界が描かれるのだろうし、生命倫理の立場からの告発小説にだってなりえるし、主人公たちに与えられた「運命」や「役割」に対し、立ち上がり、叛乱を起こすような歴史SF小説にだってなりえるはず。

それだけの可能性を持つテーマなのに、カズオ・イシグロ氏が描くこの物語の世界のいかに静謐なこと。
「運命」にも「役割」にも受容的で、たとえ悩んだとしても、心が荒れたとしても、それはあくまで自分や自分のほんの周辺だけに向けられる。
そんな主人公に不思議なリアリティーを感じるのはきっと、結局のところ、自分たちの生きる世界や、自分自身も、ああ、たぶん、そんな風なのだろう、と思い当たる部分がたくさんあるからなんだろう。

「私とは何なのか」という自問など入り込む余地もないような救いのない自分の運命や役割を、どんな風に人は受け入れるのか。
根拠のない噂が救いとなっていくさま。
閉じられた世界で、どんな大きな運命を前にしても、心を閉める小さなあれこれ。

これはすごいっ!と興奮していたら、邦訳出版前に原書で読んだ、という知人から「これはぜひ原書で読むべし」と言われた。
うむむ。そりゃ、そうだろうが。
この分厚さの本を原書で読もうと思ったら、私なら2週間はかかるだろうしなあ。

でも原書で読むことの意味をひしひし最近感じたのは、大好きなカニグズバーグの作品を今、少しずつ原書で読み始めているからかも。
一番好きな「13歳の沈黙」を昨夜、原書で読み終わりましたが、邦訳では心に残らなかった言葉の一つ一つが響くし、ラストシーンではぽろぽろと泣いてしまいました。

10歳くらいの少年が主人公の話なので、もしかしたら、邦訳を読んだ時より、自分の息子の年齢が主人公に近付いているから、より心に切なく響いたのかもしれませんが。

★「シャキッと炒める」を英語で言うと(著・加藤裕子)

★「シャキッと炒める」を英語で言うと(著・加藤裕子)

20代後半、既婚、女性誌の編集者が、会社をすぱっとやめ、海外インターンシップに挑戦。アメリカのベジタリアン団体で無給のジャーナリストに転身をはかる、というような体験記。
英語学習の本ではありません、念のため。

体験記自体は別に心に残るものではありませんでした。
むしろ同著者の新書で「寿司、プリーズ!―アメリカ人寿司を喰う」というのがあるそうで、そちらのほうが読み応えがあるのかもしれません。

ま、機会があれば読んで見ます。

我が家の「発掘!あるある大事典」

本日は夫が夕飯担当。
(といってもメニューは毎回決まってトマトソースのペンネなのだが)
台所に立ちながら、なにやらゴソゴソやっている。
どうやら、私が仕舞い込んだ賞味期限切れの缶詰を「発掘」しているらしい。

夫曰く、
「発掘! あるあるあるあるあるあるぞーーーーー!」

本日の戦利品(?)は、賞味期限をなんと5年もすぎた黒豆の缶詰(缶詰で賞味期限を5年も過ぎるって、なかなか難しいのよねー)と、真っ白に乾いたインスタントコーヒー(何年か前にティラミス作るために買ったのだっけ。私、コーヒー飲まないから)。
賞味期限を数カ月過ぎただけのピザソースは、とりあえず今後鋭意使っていくことにした。

夫の捨てぜりふがこれ。
「おまえ、不二家を責める資格なし!」

お仕事がら、時のニュースをすぐに会話に盛り込む奴なのだった。

節分の豆、40粒。

家族で節分。

夫が言う。
「歳の数だけ豆を食べるんだよ」

息子が不満の声を上げる。
「ええええ! 8個だけ?」

夫婦でもくもくと、食べる食べるぞ、40粒。
30粒を超えたあたりで、口が飽きてきた。
「40粒って結構きついね」と私。
「確かに!」と夫。

いつからだろう。
節分の豆を歳の数だけ食べるのがつらくなってきたのって。
つい最近まで、
「え〜っ! ○粒だけ?」
と今の息子みたいに不満の声を上げていた気がするのだけれど。


「インスタントラーメンの父」を悼む記事

そうそう、忘れてた。
最近、こんな記事を書いたのだった。

人類に残した「一杯」の幸せ

亡くなった安藤百福さんの記事。
3年前に一言言葉を交わしただけだったけど、すでに仙人みたいだった。話すことも。
こんな記事書いていても、実はカップ麺なんて3年に1度くらいしか食べないんですが。

百福語録はいくつもあるけれど、私がなるほど、と思ったのは、

「インスタントラーメンは手抜きだと人はいう。確かに、作る時は手抜きできるだろう。でも、実はものすごい手がかかってる商品なんだ」

だよなー。
この人、これに人生かけたんだもんなー、とふと思ったのでした。
記事に登場する「インスタントラーメン発明記念館」では、カップに絵を描いて、具材を選んで、自分の好きなカップ麺を作ることができます。大人にも子どもにも人気。
取材を一瞬忘れ、私も一つ作ってみた。
カップ麺に書いた絵は、息子がバット振り回して、「目指せホームラン!」と叫んでるのを、私と夫がほほえましく見つめている、という一家団欒の絵。

賞味期限は1カ月というのに、うちの家族は誰も「もったいなくて食べられない」と申しております。ははは。

「産む機会」発言に怒っているわけ、という記事

私自身は、反射的に何かに鋭い怒りを感じる!、というタイプではなく、ジワリジワリと考えていくほうなので、今回の発言にも、最初から「許せない!」と怒りを感じたわけでは、なかったんですけどね。
でも、きちんと取り上げ方を工夫したい、と感じたテーマでした。

例えば、周囲には怒っている人がいる一方で、「失言は失言だが『人間として許せない』とまで言われなきゃいけない発言か?」「辞任はする必要ないだろ」「そもそも、エキセントリックに怒りすぎじゃないのか」などなど、色々な意見がありました。
興味深かったのは、夫婦間でこの発言について口論となり、妻は「絶対に許せない!」といい、夫は妻の怒りを理解できない、というケースが見聞されたこと。

だから、今回は、「女たちは怒っている!」というような紙面ではなく、「たくさんの人が怒ったわけ」をきちんと説明し、むしろ怒ってない人の考える材料になる紙面を作りたいと切実に思ったのでした。
怒りの理由が分からない人や、「女たちの過剰反応」などと思っている人に、「決して、言葉尻だけをとらえて過剰反応しているのではないのよ」と、できるだけわかりやすく、伝えたいな、と思ったから。

で、識者3人に聞いてみました。
「どう許せないのか」ではなく、「なぜ許せないのか」。
それがこの記事です。

「産む機会」発言に怒っているわけ

私が書いたのは、短い前文だけです。
あとは識者の方が語ってくれた話です。

前文は、こんな風に短くまとめました。

女性を機械に例えた「産む機械」発言は、柳沢伯夫厚生労働相の辞任問題に発展した。政治家の失言にはもうなれっこの国民も、今回ばかりは本気で怒った。なぜか。「機械」呼ばわりされた女性3人に話を聞いた。

怒っている主語を「女」ではなく、「国民」としたのは、決して女性だけが怒っているわけじゃないし、決して女だけの問題でもないと思ったから。
そのうえで、「なぜ怒っているのか」を尋ねる相手としては、バランスを取るために無理に男性識者を一人混ぜる、なんて小細工はせず、素直に「機会呼ばわり」された女性から3人を選びました。
でも、このあたりは、色々な意見があると思います。

難しいな、と思ったのは、組上がってきた紙面に、「女性は怒っている!!」という主見出しがついていたのを見たときです。
私は普段、見出しにあまり意見を言わない方ですが、この時ばかりはお願いしてしまいました。

・今回の記事は、「女が怒ってる」という現象を書き立てるものではないこと。
・「怒り」の分析をそれぞれの立場からしてもらった紙面であること。
・怒りの理由がみえていない人たちに、考えてもらうきっかけとなる紙面が作りたかったこと。
・女性だけの問題でもなければ、女性だけが怒っているわけでもないはずであること。

だから、どんなに目をひく見出しであっても、「女が怒ってる!」という見出しはやめてほしい、と。

自分で書いた記事部分はわずか5行程度の前文だけだというのに、ものすごく色々考えたし、思い悩んだし、読者に伝えることの意味を考え込んだ2日間でした。