おぐにあやこの行った見た書いた

DS問題に新たな展開!

DS紛失事件から数日が経つ。
「母ちゃんは知りません。父ちゃんと相談しなさい」と言い放った後、息子の様子を観察しているのだが、息子はなかなか夫に「DS、どうやったら買えるの?」と切り出さない。
我が家では、「父ちゃん=遊ぶとおもしろいけど、ちょっと怖いし厳しい」「母ちゃん=小うるさいけど優しいし、甘える相手」という役割分担を続けてきたせいか、息子はDSのことをなかなか夫に切り出せないらしい。
今朝も朝6時に目を覚まし、私の布団にもぐりこんできて、こう言う。
「母ちゃん、DSのことを考え始めたら寝られなくなっちゃった……」

そこまで思い悩むなら、父ちゃんに思いのたけをぶつけろよ、と思う私。

ところが、夫は脳天気。
「買い直そう」と主張したわりには、どこの店でも品切れ状態が続いて手間暇かけないと手に入らないと知った途端、「へ? そうなの? じゃあ、もうちょっと待とう。日本全国の子どもがDSを手に入れた後になれば、普通に店に並ぶだろ」という具合。
そんな父ちゃんに、息子はもじもじするだけで、なかなか思いをぶつけられないでいる。

さあさあ、この問題、どう展開するのかな、と興味深く見守っていたら、今日の昼間、大きく動き出した。

昼飯を食べている最中に、夫が突然、息子に切り出したのだ。
「DS、どうしたいの?」

私は、関心のないふりをしつつ、息子が「すぐにほしい!」と涙目になるのをワクワクしながら待っていた。
が、息子が逡巡したすえに言った一言は……。

「もし、ここで、DSではなく、Wiiがほしい、って言ったら、やっぱりダメ?」

へ?
あんた、お友達と一緒に遊べないからどうしてもDSが必要、だったんじゃなかったっけ?
と、耳を疑う私。

実は数週間前、息子と夫はお友達の家でWiiで遊ばせてもらったことがあった。息子は、野球で150キロの剛速球を投げ(なんでも小さいモーションで素早く手を振るのがコツだそうだ)、一方、夫は「オレの射撃のすごい腕前を君に見せたがったぜ」が口ぐせ。

夫としても、DSの小さい画面より、Wiiのゲーム性のほうに興味関心があったもんだから、渡りに船。
「そうだよな、Wiiなら家族みんなで遊べるもんな。平日は禁止。休みの日に家族や友だちと時間を決めて遊ぶ、って約束だったらいいよな」と、DSよりは乗り気だ。
「Wiiなら父ちゃんも一緒に遊ぶから、この際、半額は父ちゃんが出そう」なんて太っ腹なことまで言い始める。

私は念のため息子に、「ほんとにいいのね? Wiiを買った後、『やっぱりお友達と遊べないからDSがいい』っていうのはダメだからね。お友達と遊ぶ時に自分だけDSがなくてもいいのね」と尋ねた。
息子曰く、

「だって、ポケモンって、モンスター集めて、バッジ集めて、最後に何か倒して終わりでしょ。Wiiの野球は終わらないもん」。

よくわからんが、ものすごくシンプルな理屈のように思う。
私はむしろ、きちんと終わりのあるゲームを徹底的に仕上げるのが好きなんだがなー、やっぱり息子より私のほうが依存症体質、ということなんだろうか。

まあ、深読みすれば、色々な解釈も可能だけどね。
例えば、「父親がDS購入にそれほど熱心ではないのを見取って、Wiiならもっとスムーズに買ってもらえそうだ、と判断し、方向転換したのではないか」とか。

でも、いつでもどこでも、の携帯ゲーム機よりは、家族全員で遊べるWiiのほうが健康的な気もするし、何より私は、ポケモンのソフトに複数の人間の記録を作れないことに腹を立てていたので(だって、私だってやりたいじゃん!)、Wiiへの方向転換を温かく見守ることにした。
(ドラクエの新ソフトが出たら、息子に秘密で夜中にやろうかな、という計画はおじゃんになっちゃったけどさ)

さてさて。
夫と息子が、品切れ状態のWiiをどうやって入手できるか、ちょっと楽しみ〜。
我が家のDS騒動、あらため、Wii騒動、まだまだ続きます〜。


いきなりのピッチャー登板

朝8時集合で少年野球の試合。
3年生以下の試合なのだけれど、相手は5年が1人、4年も2人混じった3年生主体のチーム。一方、うちはといえば、3年生で長く野球をやっているのは1人だけ。基本的に息子を含む2年生主体のチームなのだ。

我がチームの先発ピッチャーは2年生の女の子。
気が強くて、根性があって、負けず嫌いの頑張りやさんだ。
低学年チームの試合ですから。
双方、なかなかストライクが入らない中、エラーだの、パスボールだのでばしばし点数が入ってしまうというスゴイ試合。
夫がスコアラーを務めたんだけど、自分がこの試合のスコアを付けていたら……と思うとぞっとするような試合。牽制球がそれて外野に転がり、外野がまともに返球できなくてその間に点数が平気で入っちゃう、みたいな。

息子は、自ら志望したセカンド。
セカンド志望の理由がいかにも息子らしい。

・ピッチャーは緊張するからいや。
・ファーストは球を捕らなきゃいけないからいや。
・サードやショートはファーストへの送球をちゃんとできるか自信がないからいや。

ということでセカンド、なのだった。

ところが。
2回2アウトで、先発ピッチャーに疲れが出てきて、ストレートファーボールが続いて満塁。
そこでいきなり、監督が立ち上がり……「セカンドがピッチャー、ピッチャーがサード、サードがセカンド」

セカンドがピッチャー???
それって息子がピッチャーってこと?

普段の練習で息子が投球練習したことはない。
それがいきなりピッチャー、ですか?

スコアラーの夫が、「おい、あいつがピッチャーだって」と私を振り返る。夫の目が不安でおどっている。私は緊張でガチガチ。
完全に想定外だったらしく、息子が「えええっ!」とびびりながらマウンドに上がる。
私はひたすら、勘弁してよー、と思う。

さて。肝心のピッチングですが。
最初は見事にファーボールの連続で押し出しの点数取られまくり。
途中で泣いてマウンドを降りるのではないか、と心配したのだけれど。
不思議ねえ、次のイニングでは最初乱れたものの、最後は三者連続三振。思ったよりまともに投げてくれたのでした。

試合は負けたけれど、メンバーそれぞれに「初ヒット!」とか「初奪三振!」とか「初出場!」とか「初盗塁!」とか手応えを感じて満足したみたい。
やっぱり試合っておもしろいなー。

今日は、午後は野球で遊び、夕方はNHKの野球アニメ「メジャー」を見て、野球一色の日だったのでした。

「くやしいと思いました」のDS紛失事件!

本日、自宅の鍵を総取っ替えした。
原因は……息子のDS紛失事件。とほほ。

事の始まりは昨日。
週に1度の「学童保育を休んでお友達の家でDSデー」が再びやってきた。
息子はもう3日前からうきうき。早速お友達と遊ぶ約束を取り結び、前夜からDSを充電し、準備に余念がない。
そんなわけで上機嫌だったわけだが。

待ちに待った「DSデー」の夕方。
帰宅途中に私の携帯電話が鳴った。お友達の家から、息子がかけてきたのだ。
「母ちゃん……(ここでこれまでこらえていたらしい感情があふれ、涙声に)。大変なことになっちゃった。神社でキャッチボールして、そこに上着を忘れて帰ってきたんだけど、今、見に行ったらもうなかったの。ポケットにDSが入ってたのに……」

久しぶりに聞いたなあ。息子の涙声。
やはり母ちゃんというのは息子の涙声に弱いのだなあ、とあらためて実感。
「すぐに迎えに行くから待ってなさい」と答え、神社に遺失物の上着が届いていないかどうかを電話で確認。やっぱりダメ。
次に近くの交番に寄って事情を話すと、「その件ならすでに、息子さんがお友達のおばあちゃんと一緒に届けを出されましたよ」とのこと。
交番までお付き合いしてくださったとは!、と慌てて、息子の友人宅に持って行く和菓子を購入し、いそいそとその友人宅へ。

友人宅では息子はさすがに泣くまいと我慢しており、できるだけ平然と振る舞っていた。
「原則自宅では禁止。遊ぶのは友だちと一緒にいる時のみ」というルールを作った時点で、家の外で遊ぶわけだから、壊れるか、なくすか、盗まれるか、というのは想定内だったんだけど、それにしても、わずか2回目の「DSデー」でなくすというのは想定外だったわ。
一応、真っ暗な神社を一通り探し、それから帰宅。

DS出費がムダになったのは痛いけれども、我が家からこれで晴れてゲーム機が消えたわけで、まあいいか、と割り切っていた私に、しかし、息子は追い打ちをかけるのである。
「実はね、上着の中には、鍵も入ってた……」
どっひゃーーーーーーん!!
今度は私が動揺する番だった。
DSにはしっかり息子のフルネームが書いてある。
ということは、拾った人によっては我が家の住所や部屋番号を十分特定できる、ということ。ピッキングにもカム送りにも強い防犯性の高いKABA鍵をせっかくつけてあるのに、それを落としたんじゃあ、防犯も何も、あったもんじゃない!

自宅に戻ると、部屋の片隅で私に背を向け、鼻をすすりあげる息子。
一方、私はといえば、鍵の取り替え業者をネットで検索し、電話し、どうにか翌日の出勤までに来てもらえないか、必死の交渉。
どうにかこうにか交渉成立。すすり泣く息子に声をかけた。
「大丈夫。明日には鍵を替えてくれるって。これで泥棒の心配はなくなった。でもあなたがなくしたせいで鍵を取り替えることになるんだから、費用の1万4700円は自分で負担しなさいね」

息子はぐっと涙をこらえ、小銭をためこんだ大きな貯金箱を開き、100円玉を一つひとつ数え、1万4700円分を探し出している。その間に、私は夕飯作り。
鍵問題を解決できたところで、私はようやく心の余裕を取り戻す。

思い出しては涙ぐみ、ティッシュで目頭を押さえ、でも号泣だけは意地でもせずに、箸を動かす息子を見ていると、少々哀れ。
DSを家から持ち出す時は、上着のポケットなどに入れず、きちんと鞄に入れて持って行きなさい、管理は重々慎重にやりなさい、とこれまでも口酸っぱく説いてきたこと、それを守っていれば今回もなくならなかっただろうことを説明し、ゲーム機をめぐっては色々なトラブル、時には暴力事件や盗難事件だって起こりうるわけで、その管理はとても難しいんだということを一通り説明してやった。

すると息子は、たぶん自分を納得させる理由がほしかったんだろう、こう言った。
「そんな嫌な目に遭ったりもするのがゲーム機なら、早いうちになくなってよかったのかもね」
ところがところが。
今度は私、息子のこの一言で切れてしまいました。
はい。

「そんなことあるわけないでしょ。なくなったほうが良かったモノなんてないの。モノをなくすってそんな簡単なことじゃないの。母ちゃんは、そもそもあんたのゲームには反対だったけれど、あんたがお友達と遊びたいというから、たくさんの人に相談して、相談に乗ってもらって、父ちゃんと話し合って、悩んで、それでもあんたが約束を守れると言ったから、今度はどうにか買ってあげたいと思って、毎晩毎晩パソコンで調べたり、あちこちのお店に電話したり、朝から買いに行ったりして、たくさんの時間を遣って、DSを買ったの。あのDSは、そうやって買ったDSだったの」

気付けばポロポロと泣いてました、私。

「モノをなくすのは仕方ない。誰だって失敗はある。だからなくしたことは母ちゃんは怒らない。でも、モノをなくしたことを簡単なことのように思ったら母ちゃんは許さない。お金で買い直せば済むなんて問題じゃないの。お金で買えないものだっていっぱいあるの。少なくとも、母ちゃんはあのDSに、いっぱい色々な思いをこめていたの」

泣いて諭すなんて、1年に1度もない事態ですから、息子も相当にびびったらしく、目を真っ赤にしてました。
で、しばし2人で、ティッシュのお世話に。

息子とその後話し合い、「週に1度の学童休みはそのまま続ける。でもDSがないままお友達と遊ぶことを我慢する」という話に落ち着いたのでした。

ところが、ところが。
鍵交換のことで電話を入れておいた夫が、その後、仕事の合間に電話を寄越し、私が「鍵交換台はあの子に払わせるから」と言ったら、「おまえ、そりゃあ違うだろう」と。
「鍵は、大人だって子どもだってなくす時はなくす。なくしたことは仕方ないことだ。それを子どもに払わせるのはいかがなものか」というのが夫の理屈。
まあ、確かになー、一理ある。

さらに夫曰く、「鍵の金は大人が払えばいい。それより問題はDSだ。もし、あいつがDSをもう一度ほしいというなら、今度は自分の金で買わせろ」。

は? もう一度、買わせるの?
思わず私は電話口で反論。

「私は反対。結局自分で管理できなかったわけだから。まだ持たせるのは早いのよ。こういう失敗をしなくなる年まで、やっぱりゲームはもう買わないし、買わせない」と私。
「じゃあ、また、あいつが友達と一緒に遊べなくてもいいのか。友だちと遊ぶための道具だったから、ああやって色々なルールも決めて、あいつもそれを守ってきたんだろう」と夫。

ぐぐぐ、と心が揺れるあたりが、私の弱いところよね。
確かに、そうなんだな。
親との約束を破り、こっそり家で遊んでいたとか、ルールを破ったとかいう事ならば、話は早い。即、ゲーム禁止。これがルールだ。
でもなあ。
今回の場合は違う。
息子はゲームを手に入れて2週間足らずの間、ゲームの在処を知っていながら(私もあえて隠さなかったし)、自分から触ることもなかったし、ルールもよく守ってきたんだよな。ただ、不注意でなくしてしまった。不注意は誰にでもあることで、肝心なのは、その体験からどのくらい学んで、同じ過ちを繰り返さないか、ってことなんだよな。
普段は、夫が「怖い叱り役」で、私が「優しいフォロー役」を分担することが多い我が家なんだけれど、今回は逆でいってみようか、と夫婦でも相談した。

夫との電話を切った後、息子に告げた。
「鍵代を子どもに払わせるのは父ちゃんは反対だって。確かに、母ちゃんも考えてみた。鍵がなくなったことで家族全員の安全が危うくなった。それはあんたの責任だけれど、家の安全を守るのは大人の仕事だ。だから鍵代は母ちゃんと父ちゃんでなんとかする」
息子は真剣な表情でうなづいた。
「さらにもう一つ。母ちゃんはDSをもう一度買うという気にはもうなれない。なくしたことは仕方がないけれど、一生懸命時間と手間を使ってあんたのために頑張って買ったDSがなくなって、母ちゃんは母ちゃんで実はかなりショックだったからね。なくしたからまた次、という気持ちにはなれないの。でも父ちゃんは、あんたのDSでなく、これまでと同じように、大人が管理するDSを、あんたのお金で買い直したい、というなら、それは許可する、っていってる。ただし、どこも品切れでなかなか手に入らないからね。これからどうするかは父ちゃんと相談しなさい。母ちゃんは一切手助けしません」

息子は、ようやく希望の光を見たんだろう。どんなに時間がかかっても我慢して探す、と言ったのだった。

まあ、頑張ってくれたまえ、と私は内心思う。
「君の父ちゃんは、母ちゃんのように凝り性で集中力のあるタイプじゃあないから、DSを探す、といっても、買えるころには春が来てるぜ」とも。

またいつかDSを買うことができる、と知り、俄然食欲を発揮し始めた息子に、せっかくだから色々な話をしてやった。
私も実は去年、取材相手から借りた大切な写真を、社内の銀行のATMの中にうっかり置き忘れ、翌日真っ青になったこと。翌日、遺失物預かりに届けられていることを知った時は、涙が出るほどうれしくて、届けてくれた人に心から感謝したこと。
「一番なくして怖いのは、お金で買い直せないもの。特に、お友達など他人から借りた大切なものをなくした時なんだよ。今回のことは悔しかっただろうけれど、ちゃんと覚えて起きなさい。同じ失敗を繰り返さないためにね」とも。

こうなったら今回のDS紛失体験(被害総額は、鍵とDSとソフトと上着で総計4万円くらいか)から、できる限りの学習をしてもらおうと思って、学校の宿題の日記にも正直にDS紛失を書いてみなさい、と息子に命じた。
ちらりと息子の日記を見てみれば、なんと「今日、○○くんの家でDSやテレビゲームで遊びました。たのしかったです」と書いてある。
ウソ書くな、ウソを!
「真実を書け」と迫る母に、息子は、「ええええ!」と本気で嫌そうな顔。

「あんたがDSをなくしたことは当然、先生の耳にも入ること。隠すようなことじゃない。落としものは誰だってすること。楽しいことやうれしいことばかり書くのが日記じゃないの。こういう悔しかったことや、後悔していることをきちんと自分で文章にすることこそが大事。日記に書いておいてごらん。同じ失敗をしないためにも役に立つから」と説得した。
作文大嫌い少年の息子が、「何を書けばいいかわからない」「自分の気持ちを書け、って母ちゃんはいうけれど、自分の気持ちって何だよ」などと文句をいいつつ、何十分もかけて書いたのが、次の一文。

僕は、くやしい、と思いました。

く〜〜、何十分も悩んで、これだけかよ。
でも実感のこもった一文なのだった。
そりゃ、悔しかろう。
実質3日。10時間と触ってなかったDSだもんなー。

帰宅した夫が、息子の寝顔を見ながらポツリと一言つぶやいた。
「この日のことは、こいつ、絶対に一生忘れないんだろうなあ」
なんだか大変な一日だったけれど(特に息子にとっては)、最後は夫婦でくすくすと息を殺して笑い合ったのだった。

★いじめの社会理論(著・内藤朝雄)

★いじめの社会理論(著・内藤朝雄)

いじめ自殺報道が続いた時、とりあえず、目を通しておこうと図書館で借りた本。予約いっぱいで、なんだか今のタイミングで回ってきたという次第。図書館で借りてサラサラ読むというよりは、購入して手元に置いておこうかな、と思いました。
というか、一読ではきちんと理解できなかった気がするので。

彼のいじめに対するスタンスがよくまとまっているインタビューへのリンクを一つ貼っておきます。

「いじめ」を、共同体を無理強いされた者たちの間に当然起こる感情の「ただれ」とし、どんな時代でも、どんな国でもそれは起こりうるんだ、というところ、とても共感できた。

また、今の若い人たちの生きる社会の属性として、
1、人間関係が希薄化しつつ、かつ濃密化している
2、子どもたちが幼児化しつつ、かつ計算高く抑制の効いた「小さな大人」になってきている。
3、秩序が過重でありかつ解体している。
と、矛盾した状況を指摘し、いじめ問題を大人が語る時、「矛盾」するそれぞれの属性をきちんと定義できないまま進めてしまうことの問題性にも触れている。
なるほど。

なんと言っていいかわからないけれど、この「希薄・濃密」「幼児化・大人化」「秩序・無秩序」は、取材している実感としても、よくわかりました。あと、個人の心の中の話でいうと、根拠のない自信と、根拠のない自信のなさの両方を併せ持っている、とか。
内藤さんにはどこかのタイミングでお話をうかがえればいいな、と思います。



ほしいのは翼? それとも冨?

息子が学校の音楽の時間に「翼をください」を合唱しているらしい。
私も好きな歌なので、適当にピアノ伴奏しながら、親子2人で一緒に歌う。時々、低音パートを添えてみたりする。最初はつられてグチャグチャになっていた息子だが、最近はだいぶ、音程も安定してきて、親子二重唱ができる。うれしい。

が、それはそれとして。

本日は、歌詞についての話。
以下、親子の会話。

息子「ぼくは翼より、富がいいなあ。お金もらえるんでしょ?」
私 「だけど、翼があって空を飛べたら素敵じゃない! お金では買えない素敵なことだと思うよ」
息子「お金があれば飛行機に乗れるよ」
私 「だからー、飛行機じゃあ、空を飛んでる実感ないでしょ。翼があったら、フワフワの雲の中とか飛び回って〜。気持ちいいだろうなあ。母ちゃんは富より翼がほしいよ」
息子「ふーん。でも雲の中を本当に飛んだら、むちゃくちゃ寒いと思うよ。飛行機に乗ると外の温度が画面に出るでしょ。むちゃくちゃ温度低いもん」

どきっ。確かに。
「雲の中を飛んだら寒い」は事実として確かだし、飛行機に乗った経験からそういう結論を導き出した観察眼はほめてやりたいところだけれど、あまりに現実的すぎやしないか?

中学生になっても夢見がちで、童話作家に憧れていたこの身には、自分の息子の妙に冷めたところが時々、ついていけないのだった。
まあ、一方でサンタを信じちゃってるから笑えるのだけれど。

絵本読み聞かせ初日

小学校2年の息子のクラスで、アシスタントティーチャーというのをやっている。

これまでの2学期は、時間帯の3時間目とか4時間目だったし、おまけに内容もマル付けとか少々たいくつそうだったので、「んなもん、参加できるわけないじゃん」と仕事を理由に一切参加しなかった。
唯一、生活科の実習で小石川植物園に行く時の同行アシスタント、というのがあって、こっちはおもしろそうだったから参加した。
子どもそっちのけで銀杏拾いにいそしみ、周囲のお母さんたちのご協力もあって、おいしい銀杏をいっぱい拾うことができた。ちょっと草笛を鳴らしただけでヤンチャ女の子たちのヒーローになれたので良い気分だったっけ。

で、3学期のアシスタントティーチャー。
これまでと違い、今度は朝8時25分〜45分に絵本の読み聞かせをすることになった。
これなら仕事前にさくっと参加できそう。
初日から手を挙げるお母さんもいないだろうな、と踏んで、早々にやらせてもらうことにした。

初日に選んだ絵本は、

大好きな内田麟太郎さんの
「とってもいいこと」


繰り返し系のナンセンス絵本。

学校での読み聞かせなんて初めてだし、特に息子の前で読むのは緊張するかなーと思っていたけれど、なんと今日に限って息子が発熱。息子は学校を休んでいたわけで、こうなると緊張する要素なし。
楽しく読み聞かせて帰ってきました。

朝から大きな声で朗々と朗読するというのは、ちょっとした健康法だなー、と。
誰もやり手がいなかったら、またやりたいもんだ。。。と味を占める私なのでした。


本日のピアノレッスン

腱鞘炎ながらもだましだまし練習し、本日はレッスン日。

まずは「献呈」(シューマン=リスト編)。
とりあえず、一通り弾く。
まただ。電子ピアノだと、きれいに高音のメロディーを響かせていたつもりなのに、グランドピアノで同じように弾くと、メロディーが響かない。ぐしゃぐしゃになってしまう。
焦って、戸惑ってるうちに、どんどん音が外れ、ボロボロに崩れてしまう。
あーあ、近いうちに、松尾ホールでスタジオ借りて、生ピアノで練習する時間を増やさなきゃ。

弾き終わった時の木曽センセの一言は、なかなかキツ〜〜イ。
「……まあ、本番までにどうにか仕上げましょう! 恋の喜びの歌ですから、幸せに充ち満ちた音を出してくださいねー。今はまだ、必死の苦しみ、ですもんねー」
いやはや。
ごもっとも。

指示された練習方法を、忘れないうちに記入しておこう。

▼第一小節から十五小節まで

メロディーを歌うことに必死になりすぎて、内声がおろそかになっている。指の都合で、ルバートをかけてしまっている。まずは内声をしっかり固めるために、メロディー以外の内声と低音のみをメトロノームに乗せて練習すること。
3拍子の1拍子ごとに、手首を使って体重をかけ、抜く、を繰り返す練習。それを一番きれいに響かせることができる自分なりの指遣いを定めていくこと。

▼十六小節から三十一小節

まずは右手だけをメトロノームで練習。二声の和音なので、若干高音のほうに体重をかけること。手首を使う。

▼三十二小節から四十三小節

とりあえず、このまま。

▼四十四小節から五十七小節

これも右手を中心に。アルペジョ。手首を使う。頂点の音で手首を立ち上がらせ、指ではなく手首の動きでアクセントを。その勢いで下降。これも手首を使って柔らかく。

▼五十八小節から最後

腱鞘炎の原因となったオクターブ和音の連打。指で鍵盤をつかむ。つかんだらすぐに力を抜く。フォルテは腕の付け根からひじまでの動きで。ひじから手首は完全に脱力すること。打鍵はイメージ力。

この「つかむ」がくせ者でした。
どうやってもできないのを見た木曽センセ、なんと私の太ももを鍵盤に見立て、「こうするんですっ!」と弾き始めた。

ひええええ、痛い〜!

へたなマッサージより効く。
ほそっこい指で、男に太もも触られるより力強いんですけど。
思わず、木曽センセの顔をマジマジと見つめてしまった。
「ものすごい力ですねえ」とため息をついたら、木曽センセ、「何を言ってるんですか。本気でピアノを弾く時はこんな程度じゃないです。もっと本気でつかみます……」
悔し紛れに私も自分の太ももの上で「つかみ」弾きをやってみるのだけれど、全然木曽センセみたいな力強さはなく。
その差に愕然!

なんだかなあ。
ほんとに本番までに弾けるようになるのかしら。

グラナドスの「アンダルーサ」のほうは、「すでに身体がルバートを覚えてしまっているので、いったん、メトロノームで正しい拍感を身につけてから、音楽を作っていきましょう」ということになりました。
こちらはいつものやり方なので、なんとなく先が見えてきた感じ。

とりあえず、腱鞘炎問題については木曽センセと相談し、これから3日間、ピアノの練習は休むことにしました。
「弾かないのが一番の治療です」と木曽センセ。
木曽センセは東京芸大時代、腱鞘炎をこじらせてピアノをやめざるをえなかった人を何人も見てきたのだそうです。だから絶対に甘く見ちゃだめ、と。

そうよね。
急がば回れ。急がば回れ。
心に言い聞かせつつ。


パスタ屋からの電話。きゃーっ!

息子は朝8時から野球の練習。
帰りは午後2時予定。
私は午前中、ピアノレッスンの後、夫と待ち合わせ。
子連れじゃあちょっと入りづらそうなフレンチのお店でランチ。

午後2時前。
自宅に到着した途端、携帯電話が鳴った。

「もしもし! ○○(近所のパスタ屋の名前)ですが……」

で始まる電話。
何かと思ったら、

「息子さんが今、うちにいます。家に誰もいなくて、鍵がなくて入れないから……と」

ひえええええ。
ごめんなさーい!と飛んで迎えに行きました。
日頃から、私の帰りが遅くなると一人で店で待つような関係を作ってあったとはいえ、こんな時までお世話になっちゃうとは!

店に着くと、お店のお兄さんが息子を「いやあ、よく機転を利かせたぞ」とほめまくってくれていた。
感謝。
そして、ほんとにほんとに……反省。


いずこも……DSをめぐる戦い

たぶん、息子は私ほど依存症体質ではないらしい。
週1回、学童保育を休んで、お友達の家でDS遊びしたら、ほかの日は一切禁止、というルールなので、ずっと私がDSをタンスの中に仕舞い込んであるのだけれど、本人は「今度が楽しみだなー」というだけで、例えば親の目を盗んでDSの居場所を探そうとか、やりたくてやりたくて親に泣いて抗議するとか、そういう気は一切ないらしい。
むしろ私のほうが、ふと夜中に、息子が寝入った後に、ちらちらとタンスを見やってしまう始末。
ああ、ダメダメダメ。

ところが。
今夜は参った。
腱鞘炎発覚のショックで、包丁を持つ気を失ったため、息子と近所のパスタ屋へ。
すると、金曜日の夜ゆえか、両隣とも、小学生の子連れ。
左隣は母親2人と子ども4〜5人。小学生の男の子2人はそれぞれにもくもくとDSをやっている。幼稚園児がこれを囲んで注目。会話なし。

息子は複雑そうな表情でそれを見る。
無視するのもなんなので、「やっぱり、うらやましい?」と多少残酷な質問をしてみたら、息子が一言。

「あの子、知ってる。○○小学校の奴。朝時々見るもん」

○○小学校は人気の区立小学校で、近所の子たちも多数越境している。やっぱり、越境組には複雑な思いがあったりするのだろうか。
そんな事情、全然気付いてないと思っていたので、ちょっと驚いた。

じーーーーーーっとDSを見やる息子を、
またまた、じーーーーーーーっと見やる私。

と、ふと、今度は右隣のテーブルから、会話が漏れ伝わってきた。断片的に「DS」という言葉が聞こえる。
お母さんがぷりぷり怒っている。
「やるべきことをちゃんとやって、努力している姿を見せてくれたら、ママだって考えてあげるわよっ!」
「もしも買っても30分以内だからねっ!」
「それが約束出来なきゃ、買わない!」

なるほど。
右隣はDSを買わない派。
ところがレストランで、DSやりほうだい派の親子と鉢合わせしちゃったせいで、小学生の息子(たぶん4年生くらい)に「買って買って」とねだられているらしい。

思わず耳がダンボ。
「買わない!」と怒ってるママに心中声援を送りつつ、ふてくされる少年にも「おい、もっと食い下がれ!」と応援してしまったりして。
左隣のテーブルのDSを注視する息子と。
右隣のテーブルの会話に夢中の私と。
我々のテーブルに会話なし。。。

結局、長居は無用、と右隣のアンチDS派ママは子どもを連れて早々に店を退散していった。
あとで息子に「何をもめてたの?」と聞かれたので、

「ママが30分以内しかダメ、という条件を持ち出して、子どもがそれは嫌だと言って、結局、だったらやっぱり買えません、という結論に至ったみたいよ」

と説明してやった。
その時の息子の一言。

「ふーん。家で30分、とかにするより、家では禁止にして、その代わり、週に1回、お友達の家で遊べることにしたほうが、たくさん遊べるのにねえ」

なるほど、息子なりに、「自宅で30分」という制限に比べれば、週1回でもお友達と思う存分何時間も遊べるほうがいい、という判断をしていたらしい。おもしろいもんだなー。
自分でこういった手前、しばらくは「家でもやりたい!」とは言い出さないかもなー。

それにしても。
レストランで子どもを静かにさせておきたい、という気持ちは分かるけれども、お食事の場にゲーム機を持ち込む、というのは、あまり美しくない光景だな、と思った。
いくら肩の凝らない気さくなパスタ屋だったとしても。
肘付いて食事するのと同じくらいか、それ以上に見苦しいと思うのだけど。


助けて腱鞘炎!

やはりリストを甘く見てはいけなかった。
5月の発表会に向け、練習を始めたばかりのシューマン=リスト編の「献呈」。オクターブの続くパートの練習を始めてまだ4〜5日というのに、昨日朝から親指の根元が痛む。
重い湯飲みが持てない。
トイレに行ってもズボンを上げられない。
ピアノは恐る恐るなら弾けるけど、とてもフォルテは無理。

涙。
こんなことで発表会にこの曲を弾けるんだろうか。
近所の人気の鍼灸医院に電話したら、予約が一杯で1カ月先しか取れなかった。それまで持つかな。

木曽センセから、「痛くない方の左手だけ練習し、しばらく右手は休ませてください」とメール。
右手を使うなと言っても、仕事ではパソコンを叩くし、家では包丁を持つし、どうしろというんだろう……。
とほほ。

1日6時間も練習していた、っていうならともかく、せいぜい2時間しか弾いてないのに、なぜ腱鞘炎?
理由はもちろん、私の弾き方にあるわけで。
指や手首に無駄な力を入れたまま、汚い音をたたき出した結果がこれ、というわけ。
それがわかっているから、余計に情けない。

ああ。
実は久しぶりに落ち込んでいるかも、私。

■ジョン・アルパートさんの話を聞いて

1週間以上も前の話だけれど、忘れないように書き残しておこうと思う。
エミー賞15回受賞した独立系の米国人ビデオ・ジャーナリスト、ジョン・アルパートさんが来日。早稲田大学で自身のビデオを紹介しながら自身の仕事について語ってくださった。

対話しながら殴り合いをする人はいない。
対話が止まると、戦いは始まる。
対話を続けることが戦いを避ける手段だ。


これが、彼が映像の持つ力を信じ、映像を撮り続ける理由だという。

一つ一つの彼の映像にもいろいろなことを考えさせられた。
極めて意義深いイベントだった。
大学っていいなあ。

会場の学生たち(私みたいなおじさんおばさんもいっぱいいたが)に、アルパートさんが問いかけた。
「知り合いが銃で殺された経験のある人はいますか?」
誰も手をあげなかった。
アルパートさんは言った。
「ブルックリンで学生に聞いたら、みな手を挙げます」
あらためて、ぞくっとした。

そんな彼はクリスマスに家族と過ごしたことがないという。
米国人にとって、クリスマスは、日本人にとってのクリスマス以上に大切な日なのだから、それはとても大変なことだ。
大切な日だからこそ、自分の取材対象の「大切な日」の映像を撮ろうとしてしまう、そのきもちはよく分かった。

私も妊娠中、大晦日には大きなお腹を抱え、あるシェルターを取材した。薬物依存で娘や息子の暴力から逃れ、あるいは子どもたちの自立を促すために家を出て、シェルターで肩寄せ合って大晦日を過ごす母親たち。彼女たちと一緒に鍋をつつきながら、いろいろなことを語り合った。
その日の光景は、私の最初の著書となった「薬がやめられない 子どもの薬物依存と家族」に書いた。

あの取材をしながら、大きなお腹をなでながら、こうして大晦日に取材に出ることは、これが最後なんだろうなあとしみじみしたっけ。
実際。
出産後は、大晦日も正月もクリスマスも、子どものそばにいる。
そういう道を選んだのは自分だもんな。

でも、こんな風にアルパートさんの話を聴きに行ったり、いろいろな生き方をしているジャーナリストの話に耳を傾けて刺激を受けつつ、書きたい何か、伝えたい何かを忘れないように、失わないように、暖めながら、もう少し、子どもの巣立ちの時を待つことにしよう。

今はゆっくり。
あせらず、あせらず。


■浅草新春歌舞伎

■浅草新春歌舞伎@浅草公会堂

一、『義経千本桜 すし屋』
 いがみの権太:片岡愛之助
 弥助実は三位中将維盛:中村七之助
 若葉の内侍:中村亀鶴
 梶原平三景時:中村獅童
 鮓屋弥左衛門:市川男女蔵

二、新古演劇十種の内 身替座禅
 山蔭右京:中村勘太郎
 太郎冠者:中村七之助
 奥方玉の井:中村獅童

実は、七之助さんが女形をしたときの美しさにホレている私なのです。が、今回は、七之助さん、男でしたが、「義経」の弥助役の立ち居振る舞いは美しかったです。
実は高貴な方、という設定なので、身を偽っている時と、素顔に戻る時の身のこなしがすっと変身するみたいに一瞬にして変わる、それがなんとも美しい〜。

一番笑いを取っていたのは、「身替座禅」の獅童さんの奥方役。これがもう、怖いのなんのって。気持ちはカワイイんだろうけど、目がこわいよー、形相が怖いよー、って感じで。
客席がずっと爆笑してました。
この笑いの起こり方、何かに似てるなーと思ったら、ドリフの8時だよ、全員集合!だ。

浅草新春歌舞伎は、安いし、役者さんも若くて華やかだし、気さくな演目が楽しくて好き。


親不知ダイエット

3日前、最後の親不知を抜いた。
仕事が忙しかったため、抜歯直前の昼食もまともに食べられず、さらに抜糸直後の夕飯は麻酔が効いていて食べられず。
抜糸の夜はもちろん、翌日の夜も、その翌日も、大事を取ってアルコールを抜いたら……。

体重が3キロ、きれいに減っていた。
わずか3日で。

親不知ダイエットとでも言おうか。
効果絶大。
ただし、リバウンドしたとき、同じ手を再度使えないのが難かな。

★小鳥たちが見たもの(著・ソーニャ・ハートネット)

★小鳥たちが見たもの(著・ソーニャ・ハートネット)

ものすごく胸にいたい本です。
9歳のエイドリアンは、両親が離婚し、母親と暮らしていたのだけれど、母親が心を病んだため、父親のもとにいきます。が、父親はエイドリアンを邪魔者扱いし、元妻の家族に押し付けます。
母方の祖母に預けられたエイドリアンですが、おばあちゃんはすでに老いていて、孫を愛してはいるのだけれど、「本当に自分で育てられるのか」という不安を抱え、苛立ち、それを常にエイドリアンにぶつけてしまいます。
誰にも必要とされていない……。それを9歳で痛いほど身に染みているわけです。

そんなある日、街では3人の兄弟が行方不明になります。事件に巻き込まれたらしく、テレビ画面では、3人の子の両親が涙ながらに「子どもを帰して」と訴えます。

それをエイドリアンはとても複雑な思いでながめます。
こんなに必要とされている子もいるんだ、と。

学校でも友達に去られ、いじめられ、ようやく近所に越してきた遊び友だちができたとき、エイドリアンは彼らと遊びながら、
「この1時間のためだけに僕は生きよう」と思うのです。

エイドリアンの哀しみはひたひたととても静かで、それでいて、深い。
父親が自分を元妻の親に押し付けるときに言った一言を彼は忘れていません。「問題を起こさない子です。放っておけばいいんです。あまりしゃべりません。おとなしい子です……退屈な子ですよ。そばにいても気付かないくらいです」

ひどいよね。

彼はこの一言を思い出しながらこんなふうに思います。

あの言葉を耳に入れるべきではなかった。それでも、聞いてよかったのかもしれない。知っておいたほうがいい。
これまで人から人へ、場所から場所へ、たらいまわしにされるような人生を送ってきた。ゲームで次々と渡されていく包みのように、エイドリアンは次に押しやられるたびに、包みを一枚はがされ、小さくなっていった。エイドリアンはいつも、予感にさいなまれていた。いつか自分を包んでいる最後の薄い1枚がはがされてしまう、と。
そうなったとき、自分がどんなふうに見えるのか、知りたくない。そうなったとき、自分がどんなふうにかんじるのか、考えるのも耐えられなかった。


この本の最初から最後まで、ずっと死の予感のようなものが漂っていて、エンディングはひたすら美しいです。
でも私はやはり、彼を救ってほしかったです。
子どもらしさの中に、救ってあげてほしかったです。

★父親のすすめ(著・日垣隆)

★父親のすすめ(著・日垣隆)

ちまたに「教育こそ父親の出番!」なる本や雑誌特集があふれ、「父親検定」なる本まで登場している時代だけど、この本はやはり日垣さんの手によるものだけあって、ユニークです。

なるほどー、と思った点は以下の通り。

▼小学校1年生から子ども全員に毎日図書館から本を3分以内で借りてくる、ということをさせていた。読まなくても良いし、借りてこなくても別に怒らない。これは本好きにさせるためではなく、短時間に選ぶことで判断力を磨くため。「軽い方が良い」「シリーズものだと悩まず30日もつ」と気付くのが判断力。

▼子どものためのキャンプではなく、大人同士のキャンプに連れて行く。子どもに比べれば大人は飲みながらでも論理的に話をする。論理的な大人の会話のシャワーを大量に浴びることで論理力は育まれる。

▼15歳になったら必ず一人で海外に行かせる。他人の飯を食うこと。失敗を通して道理を学べる。

▼新聞代と書籍代と映画代は、子どもが高校生や大学生の時、別会計で無制限に渡していた。ただし、領収書をつけ、清算させてもいた。これにより、「読まないより読んだ方が得だ」と自然に思えるうえ、領収書清算という大人社会の訓練も出来る。

▼ブログを書かないと学費を送らないと決め、1本いくらでアルバイト代を払っている。これにより、「正確に分かりやすく書く」訓練が出来る。

あと2点。

「担任教師の悪口を家庭で言ってもいいのか、という議論が昔からあります。良いに決まってるではないですか」で始まる文章には考えさせられました。
日垣さん曰く、「いけない、という人はたいてい教師です」「保護者に公然と批判されるような問題点は、口止めによって無かったことにするのではなく、謙虚さによって改めるべきです」「家庭で、担任をはじめ教師の悪口を言うのを無理に控える、というのは不健全です」「意見が正しいかどうかは関係ありません。しばしば自分のことを棚に上げて他人を評価してしまうのが人間である、という事実を子どもに示す営利は、現在のような偽善社会(建前社会)では一層の必要性を増している」
なるほどなあ。
確かに、教師をどんなに子どもの前でほめても、子どもは当然ウソを見破るのが上手だし。あきらかに正義に反する教師の行動を親がかばうのは無理があるわけで。

私は日垣さんほど割り切れないし、基本的には特に若い先生のことは徹底的にかばってしまうほうだけれど、明らかに正義に反すると思った行為については、「先生だって間違いはある。母ちゃんは間違いだと思うし、そう思ったから先生にもそれをつたえた。あんたもおかしいと思うなら、単に反発するんじゃなく、先生に意見しなさい」といっちゃったもんなあ。

あと小論文の指導についてはものすごく貴重な視点を提示しています。それは「小論文で大事なのは書く技術ではなく体験だ」という点。これは自分自身文章を書いていて、しみじみと実感するところです。

★若き数学者のアメリカ(著・藤原正彦)

★若き数学者のアメリカ(著・藤原正彦)

「国家の品格」は実は今なお読む気がしなくて。
でも藤原さんの本なら、これが一番面白いんだ、実は、という話をちまたで聞いて、古い本ながら手に取ってみたら……
むちゃくちゃ、面白いのだった!

29歳で米国ミシガン大の研究員として招かれ、難関を突破してコロラド大助教授になり、米国の若者相手に講義するまでの若き日の藤原さんの3年間の在米体験記、なのだが。
何がおもしろいといって、満州に生まれ、戦中世代に反発しつつも戦後をきちんと引きずった著者がかつての敵国に乗り込むに当たって、気負いと憧れと反発と……様々な思いをごちゃ混ぜに抱えていて、さらにそれをきちんと自覚している、という部分がものすごく面白いのだ。
1972年という時代も感じさせられた。

最初に機内からハワイの海を見下ろした時、「その瞬間、アメリカに行って静かに学問をしてくるというそれまでの穏健な考えに代わって、殴り込みをかける、とでも言うような荒っぽい考えが心の底に台頭してくるのを感じた」「ミシガンの数学者に日本人のすごさを見せてやろう、と気負ったりもした」とすでに心の変化に自身で戸惑う。
ハワイでパールハーバーツアーに参加し、気付けば周囲にいる数百人の米国人に囲まれながら、毅然と胸を張り、涙を流さんばかりに「急性愛国病」にかかってしまった、とも書く。
そして、後日、そのような心理に陥った理由として、「見知らぬ土地で不安につぶされそうな自分を支えてくれる強力な何かを無意識に探し求めていたのかも知れない。あるいは、アメリカに対する根強い劣等感のようなものを棄てきれない『敗戦を知っている人々』の目に余る卑屈さ、それに腹を立てていたのが、反動の形を取って妙な所で妙な時に爆発したのかもしれない」と分析してもいる。

米国で自分の心中に起こる変化にとても敏感で、それをユーモラスに書いてる点が、興味深い。
例えば、長距離バスに乗れば、後部座席に黒人、前のほうに白人が座りがちであるのを見て取って、「自分はどこに座ればいいか」と悩んだり。そのくせ「なめられてたまるか」と一番前に座ったり。
さらに後日それを振り返り、「そのころの私は、人種過敏症であった」とも語っている。

この本にはたぶん、山場が3箇所ほどあって、一つは、ミシガンにたどり着く前に立ち寄ったラスヴェガスでの賭け事。
数学者らしく、それぞれの賭けについて、確率ではどうなるか、理論上はどのように賭けると負けないか、など延々と説明してるわりには、本人が熱くなり、最後の夜になんと1夜で350ドル(当時10万円ほど)を失ってしまう。ここの記述が極めてテンポ良く、楽しい。
賭け事ルポでこんなに笑い転げたのは、沢木耕太郎の深夜特急以来だ。

そしてその章の最後には、藤原さんお得意の自己分析がちゃんと添えてある。なぜ我を忘れて数学的には負けるとわかっているギャンブルを続けたのか。「異国の地に一人でいる心細さ、言葉の障害、人種問題、数学研究に関する不安……。もろもろの精神的重圧を支えきるための手段として、アメリカに対する優越感を身につけることが最も手っ取り早く効果的であることを、私は本能的に知っていた」

ハワイの真珠湾以降、藤原さんは「アメリカvs私」を強く意識し、劣等感とひたすら闘う。自信回復のためにはまず数学で見返してやる、と精力的に研究会発表の準備に身を捧げたりもする。
が、学問的にある程度認められた後で襲ってきたのがホームシック。
藤原さんはこれを克服するためにはまずガールフレンドを作るべき(正しい認識だと思う!)、とフットボールの試合のチケットを握りしめ、街でナンパを繰り返すのだ。
このナンパシーンは壮絶だ。同じ女の子に2度声を掛けて笑われたことすらあった、というから、もう、恐ろしく必死だったんだと思う。
精神的に不安定になって引きこもったり、逆に海辺で少女が語った「水平線」という一言に涙したり、ものすごく一つ一つのエピソードが極端で、切実で、胸に響く。

コロラド大の最初の授業シーンもいい。
アメリカの学生になめられてたまるか、と教室に入ったはいいが、全然注目してもらえない。さて、一言目に何をいうか。

「Attention pleaseでは国際空港みたいだし、Please look at meではピエロか見せ物だし、Listen pleaseでは哀願的すぎる」

色々と会話を試みたあと、黒板にあえて「藤原正彦」と漢字で名前を書き、自己紹介をする。
数学の問題を解かせ、みなが頭をひねってノートに何か書き出すのを見て、「優越感は健康によい。なぜか、ザマー見ろと思った」とか正直に本に書いているところも、おもしろい。

そう、この本が一番面白いのは、正直で誠実だからだ。
本書の最後で藤原さんは自分のアメリカ滞在中の心理の移り変わりをこんな風に分析している。

「最初の9ヶ月間は自分が日本人であることを意識しすぎていた」から「友だちもほとんど出来なかった」「自分の殻に閉じこもり、外界を攻撃することにより自分を防護していた」

「次の1年半、私は固い殻を打ち破り心を開いたが、知らず知らずに日本人であることを意識の外に置こうと無理に心がけていた」
「だから自然ではなかった」
「友だちは出来たが、深い意味の友だちではなく、単に食事をしたりテニスを楽しんだり冗談を言い合うだけの人々だった」


「最後の9ヶ月間、私の精神はやはり絶えず揺れ動いてはいたが、日本人としてごく自然に振る舞うようになったし、それが快く自然に受け入れられた」
「このころから私はアメリカを真の意味で好きになった」

いつかまたどこかで引っ張り出して再読し、笑ったり、勇気づけられたりすることもあるんだろうな、とふと思ったのだった。

DSliteの夜

紆余曲折ありましたが、本日、我が家にニンテンドーDSliteが登場。
息子との約束事は以下の通り。

・家では原則禁止。
・そもそも「お友達と一緒に遊ぶために必要」という理由から買ったものなのだから、お友達と遊ぶ時だけ使うこと。一人での使用禁止。
・お休みの日に父ちゃんが一緒にやりたい時は、短い時間で父子で遊ぶ。

で本日。
「家では原則禁止」という約束事ではあるけれども、友だちと遊べる状態まで設定作業を済ませることにしました。
ソフトは、息子が懇願したポケモンのなんちゃらダイヤモンド(よくわからん私)。

DSのユーザー設定して、時間合わせて、ソフトを入れて、キャラクター選んで、とりあえず、イベントがごちゃごちゃと連続して発生する最初の1時間だけ家で済ませることにした。次は友だちと遊べるように。
(よくよく考えればすでにこの段階で「家では原則禁止」という約束事が崩れている……)

このわずか1時間。
息子のゲームを隣で見てたけど、あああああ、イライラした!
思わず息子をしかりつけてしまう私。

「街にいる人間全員に話を聞くのはこの手のゲームの鉄則だろー」
「その家、まだ2階に上がってないぞ。上がってテレビやら家具をすべてチェックしてよ」
「そんなことじゃ、アイテム取りこぼすぞ」

……そうなんです。
私、RPGを始めると、画面の隅から隅まで徹底してチェックする性分なのです。
アイテムの取りこぼしなんて絶対に許せないのです。

とにかく早くストーリーを進めたい息子と。
きちんと段階を踏んで、一つの損もしたくない私と。
我が家のゲームをめぐる最初のバトルは、それでした。

おまけに息子がやってるのを見ていると、元ゲーマーの血が騒ぐ。
ああ、やってみたい。この手で動かしてみたい。

思わず、息子に言っちゃいました。
「あんたが寝てる間に、つかまえたポケモンのレベルを上げておいてあげようか。イベントは一切発生させないし、物語は前に進めないから」

息子はしばらく考えて、大まじめに「母ちゃん、頼むよ」。
息子は息子で、どうやら自分の母親が実はバトル上手だと理解した様子。
みたか、ざまあみろ。
あんたが生まれるずっと前、まだ白黒画面の初期型ゲームボーイを購入し、ひたすらモンスター集めに奔走し、ゲームイベントに行かなければ得られないポケモンだってちゃんと幕張までもらいに行ったことがある私なのさっ。

「あんたが寝たらすぐにレベル上げに着手するよ」と私が答えると、息子は途端に目を輝かせ、大急ぎで歯を磨き、パジャマに着替え、「おやすみなさいっ」と寝てしまった。

で……。
私はというと、今までの1時間ほど、息子の捕まえたポケモンのレベル上げにいそしんでました、はい。
ああああ、こうしてまた私は、ゲームにムダな時間を費やしてしまう!
だからゲームなんか、買いたくなかったんだっ!

ふと冷静になってみれば、「家では原則禁止」「一人では遊ばない」の両方を最初に見事に破ったのが私だったというわけ。
あああああああ! 反省。

我が家のゲームをめぐる約束事、いかに守っていくのか。
息子よりも、私のほうにも自覚が必要だとひしひし痛感した「DS初夜」なのでありました。

ちゃんちゃん。

ハードワーク 低賃金で働くということ(著・ポリートインビー)

★ハードワーク 低賃金で働くということ(著・ポリートインビー)

英国ガーディアン紙の女性記者が、最低賃金の仕事をし、その範囲内で暮らしてみる、という体験ルポルタージュ。
同種のレポートはこれまでにもいくつも存在しているけれど、この本の特徴は、

・記者が思春期の息子を持つ女性であること
・会社員記者であること

の2点だと思う。
だから、例えば、よくある潜入ルポのように、何年も身分を隠して労働現場に潜入し、暮らしの隅々までを味わう、というような形を取っていない。
会社から得た短期休暇を利用して、1週間ずつ「最底辺」と言われる仕事を体験するだけ。時には自宅に帰り、家族とも時間を過ごしている。
効率よく取材するため、家を借りたり、家具をボランティア組織から買う時は、身分と取材趣旨を明かし、協力を求めてもいる。

だから、他の潜入ルポと比べれば、当たり前だけれども、「お嬢様のおままごと」的なにおいがするし、それは誰より著者のトインビーさん自身が自覚していて、

「数週間ではなく、一生ここで暮らすとしたらどんな気持ちになるだろう。正直なところ、私にはわからない。これは私の暮らしではなく、そこで生きている自分が想像できないからだ。4階の部屋の汚れた窓際に立っていると、カシミールかアフガニスタンの丘陵に立つ外国特派員のような気分になるときもある。が実際には10分もあれば、本当の家に逃げ帰れるのだ」

と書いている。
「外国特派員」とはあまりに正直な感想で、筆者はとても誠実な人なんだろう。
本書の内容自体にそれほどおもしろさを感じなかったのだけれど、それでも、そういった彼女の立場をあれこれ思ってしまったのは、私自身が同種の仕事をしようと思ったら、似たような制限の中でしかできないんだろうな、と自覚しているから。

・会社員だし。
・家族持ちだし。

だから、本書のルポルタージュの甘さをあれこれ感じる一方で、55歳の母ちゃん会社員記者が、できる範囲で、誠実にテーマに取り組んだのだと、やっぱり思ってしまうのだった。

ただし、この人、普段はものすごくいい暮らしをしてる人なんだろう。
「こんな暮らし、信じられない!」と怒っている中身の中には、「へ?それって日本じゃ中流の暮らしだぞ」と思う部分もあるし(部屋の広さとか)、そもそも最底辺の暮らしを体験するはずなのに、借金してボランティア組織で家具を買う時に、テーブル1つにベッドサイドテーブル2つに鏡付きのサイドテーブル1つを買ったりしてる。テーブルが4つもある暮らしって……。

労働問題、特に搾取されている低賃金労働者と女性について高い問題意識を持ち、正義感を原動力に取材する一方で、「こんなおままごとみたいな体験じゃあ、現実は分からない」と本書で何度も素直に認めているあたり、好感は持てたけれど、やっぱりどこか物足りなかった。

さらに、1点だけ、どうしても抵抗を感じてしまった点があった。

彼女は、時には取材相手に自分の取材趣旨を打ち明け、協力を求めている。例えば、低賃金の人が暮らす公団住宅の隣人には、身分を打ち明け、暮らしの中で思うところを取材したりもしている。
でも、1週間ごとに探した低賃金労働現場では、同僚に一切自分の身分を明かしてない。
明かしてないのがいけない、と言うのではなく、身分を明かさず、体験労働しているということへの同僚への申し訳なさとか後ろめたさとかが一切本書には出てこないことがすごく不思議だった。
自分なりの思いをあれこれ書き込んであるルポルタージュなのに、そのあたりに一切触れてない。

「貧しいけど、頑張ってればいいことあるわよ」なーんてなぐさめてくれたり、励ましてくれたりした職場の仲間たち(少なくとも相手は、トインビーさんを同じ境遇の中年女性と思って付き合っている)に、ウソをついて働いているわけで、私だったらそれがより良い取材のためだったとしても、心苦しいし、そんな迷いが取材の足を引っ張ったり、逆にそんな悩みから別の物語が見えてきたりもして、その「迷い」自体も書いてしまう気がする。
トインビーさんは、その点、割り切れたのかな。



■ポゴレリッチ、ピアノリサイタル@サントリーホール

■イーヴォ・ポゴレリッチのピアノリサイタル@サントリーホール

ベオグラード生まれの彼を最も有名にしちゃったのは、1980年のショパン国際コンクールでの騒動でしょう。こんな人です。
ものすごく斬新な解釈をする人だという噂はいくつも聞いていたけれど、彼自身のCDの一枚も聴いたことがなく、生演奏も知らないまま、当日を迎えたのでした。

前もって発表されていたプログラムがこれ。

ベートーヴェンピアノソナタ第32番、第24番
スクリャービンのピアノソナタ第2番「幻想ソナタ」
リストの「超絶技巧練習曲集」から第5番(鬼火)、8番(狩)、10番
バラキレフのイスラメイ(東洋風幻想曲)

最初から、ベートーヴェンの32番ですか……とひるんでいたら、さらに当日直前になって曲目変更の連絡が。実は、昨年のリサイタルでは、当日直前に全曲変更になったそうなので、普通なら驚かない話なんですが、変更の中身のほうに今回はビックリ。

スクリャービンをやめて、代わりにグラナドスの「スペイン舞曲集」から第5、10、12番の3曲。……って、私が発表会で弾く予定の「アンダルーサ」も入ってるじゃん!
この瞬間、私は運命的なものを感じてしまったのでした。
結局、当日のプログラムはこんな感じ。

ベートーヴェン
・ピアノソナタ第32番
・エリーゼのために
・ピアノソナタ第24番
グラナドス
・スペイン舞曲集第5番、アンダルーサ
・10番、悲しき舞曲
・12番、アラベスカ
リスト
・「超絶技巧練習曲集」の第5番(鬼火)
・8番(狩)
・10番
バラキレフのイスラメイ(東洋風幻想曲)
アンコールに、ショパンの夜想曲(たぶん62−2か)

スキンヘッドで現れたポゴレリッチは、ピアノに譜面立て、楽譜、隣に楽譜をめくる方を携え、さっさとソナタ32番に着手。
最初の印象は正直いうと決していいものではありませんでした。
「音があまり美しくない、というか汚いなあ」と。
柔らかい弱い音と、強く激しい音と、その落差は面白いけれど、何かとても極端な感じで、特に激しい音のほうの音色や響きがあまり好きなものではなかったんです。

おまけにこの曲は、昨年夏、憧れの内田光子さんがベートーヴェンのピアノソナタ30、31、32番のみをアンコールなしで弾き通すという、魂まで打ち震えるようなプログラムで聴いたばかり。
どうしても内田さんと比べてしまう。

さらに、ポゴレリッチお得意の「内声で音楽作り」や「ありえない速さのパッセージからありえないノロさのパッセージへのジェットコースター」のお陰で、何度も何度も聴いて耳慣れているはずのソナタ32番が、時々、「え? こんな曲だっけ?」とわけが分からなくなっちゃって。知らない曲みたいに。

おもしろい。極めておもしろいし、スリリングなんだけど、私にとって、この曲はもう少し崇高で、侵しがたい存在だったりするので、何だか複雑な気持ちでした。
曲の最後などは、内田さんの場合、静かに、重く終わって、しばらくは拍手もできないくらい荘厳な雰囲気だったのに、ポゴレリッチは、軽く、楽しげにジャン!と終わっちゃう。
(あまりに驚いて、家に帰って内田光子さんとフリードリヒ・グルダのCDをそれぞれ聴き直してしまった……)

思い切り気だるい「エリーゼのために」などベートーヴェン3曲で前半が終わると、なんかもう頭の中は大混乱。思わずロビーでワインをぐびび。
周囲からは、こんな感想が漏れてくる。

「何を聴いても知らない曲にきこえたよ」
「あれもありなんだろうけどなあ」
「すごい。信じられない!」
「まじ、やばい!」

特に若者が言ってた「まじ、やばい!」に近い気分でした、私。
ただし、私の場合の「やばい」は、いわゆる若者流ほめ言葉よりも少々、本来の「やばい」に近い感じの意味でしたが。

休憩が終わって、後半の1曲目は、私自身が練習中のグラナドスのアンダルーサ。
実は数日前、今回の曲目変更でアンダルーサが突如プログラムに入ったのを知って、あまりのうれしさに「やはり私はこの曲と運命的な結びつきがあるのかも〜」なーんて調子の良いメールを、ピアノの先生である木曽センセに送ったのです。
この時の木曽センセからの返事がすごかった。

「良かったですね。でもお気を付け下さい!」で始まる返事。
なんでも木曽センセは昨年、ポゴレリッチを聴いた後3日間、熱で寝込んだそうな。木曽センセ一人ではなく、後日、何人ものピアニスト仲間がポゴレリッチの後遺症で寝込んでいたことも判明したんだそうで。
彼女曰く、
「とにかく強烈であり得ない音楽だったのです!」
「普通ラフマニノフのソナタは22分位なのですが彼は50分以上かかり、しかも全部内声で音楽をつくり……」
「今回行くか行かないか仲間内では凄い議論になりました」

このメールを読んだ時、正直いって、まじかよ、大げさな、と思いました。
が、本日のリサイタルの後は思わず納得。
リサイタルが終わった時の私はなんか精神的に疲弊していて、駅への道を急ぎながら、「勘弁してよ、勘弁してよ」と思わずあえぎつつ、ははははと笑いたいような、泣きたいような、腹だたしいような……もう感情ぐちゃぐちゃでしたもん。

それはともかくとして、後半のプログラム。
アンダルーサは3小節聴いただけで私、脱力しちゃいました。
ギターの音を思わせる左手がカッコイイ曲なのに、それをまあ、なんと端切れ悪く、もごもごと弾くんだろう、って。
でも、そこからの盛り上げ方はおもいきりユニークで、すごく楽しかった。
ABAのロンド形式のB部分では内声音楽も炸裂。
「こんな風に弾きたい」とは全然思わなかったけれど、ちょうど自分なりに研究を始めた曲だったので、とても楽しめました。
今回のリサイタルが自分の発表会の直前でなくてよかった〜とは思いましたけどね。

でももっと面白かったのは、スペイン舞曲集8番。とても実験的。
これはもう、どこからどう聴いてもスペインものに聞こえない。
あえていうなら、アメリカの場末の映画館(行ったことないけど)で古いどたばたコメディーの無声映画をかけながら、バックで弾いてるジャズピアノ。
度肝を抜かれたし、これは正直言って、ちょっと、「ああ、あんな風に弾いてみるのも楽しいだろうな。新しいものが見えるんだろうな」と思ったよ。

でも一方で、ふっと思ったのでした。

この人、寂しくないのかなあ、って。

私なんか、とんでもなく低い低いレベルであがいているようなピアノだけれど、それでも、前回の発表会でシューベルトの即興曲を何カ月もかけて練習していた時には、少しでもシューベルトの苦悩に近付きたいと思ったし、彼の達観に触れたいと思ったし、そこにたどりついたから出せる音を一つでも二つでも鳴らしたいと願った。
ほんの時々、「ああ、シューベルトはこれを伝えたかったのかも」なんて気持ちになれることがあって、そんな時は弾いていてとても満たされたし、一人じゃない感じがした。
そばにシューベルトの存在を感じられた。
それは不思議な喜びだった。

ポゴレリッチって、作曲家の意図や思いと、どんな風に向かい合ってるんだろう。
彼なりの独特の解釈なのだと思ってはみても、なんだか独りぼっちで弾いてる感じがしてしまったのだった。

でも、そんな印象は、次に聴いたリストの超絶技巧練習曲3曲でまたしても覆されました。
「鬼火」は、最初の1小節からして別の曲みたい。
「狩」はもう、最高にスリリングでした。自分でも理由が分からないんだけど、ポロポロと涙がこぼれてきて、最後は鼻水だらけの顔になりました。音はあいかわらず汚いし、ミスタッチの嵐だし、たぶんこれと同じ演奏を、CDで聴いたら好きにならない、というか嫌いになるだけと思う。
でもライブの力ってのがあって、彼はものすごくその部分をよく分かってる人なんだろう。

ふっと思った。
グラナドスにしろ、リストにしろ。
もしも今、この音を聞いたら、こんな風に自分の曲を弾くピアニストを見て、案外と大興奮したりおもしろがったりするんじゃないかな、って。
ポゴレリッチの作曲家との向き合い方は、そんな風に、今の時代の中でできる限り誠実で真摯なものなのかもなあ、って。

アンコールでショパンを弾いた後、なんとポゴレリッチは自分でピアノの蓋を閉めました。カーテンコールの後には、椅子をピアノの下に仕舞い込みました。
「これで、おしまい」
そう言ってるみたいに。
聴かせることから見せることまで全部考えている人で、こういう人の演奏は好き嫌いはあってもやっぱりライブにしかないものがあるんだよなあ、と最後の最後は不思議な充実感を感じたのでした。

彼の方向性が好きか嫌いかと聞かれたら、ものすごく迷う。たぶん、あの音色の響きは嫌い。解釈も決して好きじゃない。
でも、もう一度リサイタルに行くか行かないか、と尋ねられたら、「行く!」と即答すると思う。

ところで。
月曜日15日のプログラムには、ショパンのソナタ2番、つまり葬送行進曲の入ったソナタが組まれているそうな。
あああ、ものすごく聴きたい。
でも聴くのが怖い。
この曲の場合、これ以上の演奏はもうありえないんじゃないか、と思うようなツィマーマンの演奏を昨年、サントリーホールで聴いたばかりだしなあ。

「再生芸術家」とも言われるポゴレリッチは、あの曲を、いったいどんな風に弾くんだろう……。
葬送行進曲の中間部のあの「天上の音」を、どんな風に表現するんだろう。
月曜日。さすがに行けないなあ。

★闇の底 (著・薬丸岳)

★闇の底(著・薬丸岳)

前作「天使のナイフ」がとても面白く、また、興味深かったですから。次作も読んでみたというわけ。
こちらも興味深く読めました。
幼女を狙った性犯罪が、遺族や関係者に残す傷の深さがテーマとなっています。

中盤、犯人はAかBだろう、と読者に伝わるようになっていて、前半の犯人の心理描写をAとBに当てはめると、両方ありえるように描かれている点、もちろん少々無理のある部分もあったけれども、やはり上手だなあ、と感じました。

ただ、結末はどうなんでしょう。
最後の最後の場面での登場人物・長瀬の「笑顔」には違和感を抱きました。

瀑状胃で挑む、胃カメラ

久しぶりの人間ドック。
懸案の胃カメラなるものに、挑戦してみた。

恐怖と痛みに満ちた体験談を山ほど聞いていただけに、検査の直前は悲壮感でいっぱいだった。
おまけに私は瀑状胃。胃の入り口が出口より下にあるとか、胃が二つ折りになっているとかそういう奴で、胃カメラとはどうも相当相性が悪いらしいことは、Googleで「胃カメラ 瀑状胃」と検索するとよーくわかっていた。

で、いよいよ本番。

最初は、喉のところにゼリー状の液体(キシロカイン)を垂らし、「そのまま5分我慢してくださーい」。これが喉の局所麻酔。
結構つらかった。痺れてくると同時に、喉に何か違和感が生じて、小さなサイコロを喉にひっかけているような妄想に囚われ始めて、気分わるいことこのうえなし。

「あーん、こんなことなら、バリウム飲んだほうがまし〜」
正直そう思いました。

いよいよ恐怖の胃カメラ挿入!
……っとその前に、再度喉の奥にスプレーで麻酔を吹きかけてくれた先生が、「唾は飲み込まずダラダラ口から垂らしていたほうが楽ですよー」と教えてくれたことが転機になりました。

口からダラダラとよだれを垂らすなんて、普段はやらない行為じゃないですか。試してみたら、なんというか妙な開放感。
弛緩ムードでこれがいい感じ。
よだれダラダラ攻撃ですっかりリラックスし始めたところに、静脈注射で鎮静剤。
実は私、この静脈麻酔って結構好き。
ドヨヨーーーーンと痺れる感じが。
私は静脈麻酔では絶対に眠くならないで、変に覚醒し、興奮しちゃうのです。

で、いよいよ、本当にいよいよ、挿入。
あっという間でした。
苦しむ間もなく、目の前には、赤っぽいオレンジ色の胃の内壁の映像が!!
あとはその映像の不思議に見入るばかり。

お、おもしれ〜。

赤貝の刺身みたいな感じで、ちょっとおいしそうなのだった。
感動してるうちにあっという間に終わり、あとはフラフラドヨヨーンの静脈麻酔の余韻を満喫し、おしまい。

はっきりいって、ラクチン。
喉の局所麻酔の5分間さえなければ、毎日やったって平気かも。

バリウムと胃カメラ。
メリットデメリット、双方ともにあるのでしょうが、私にとっての決め手は、「バリウムの映像は自分で見られないけれど、胃カメラの映像は自分で見ることができる」という点かも。

小型化が進む内視鏡と、お医者さんの腕前にまず感謝。
好奇心旺盛な人は絶対胃カメラがいいと思いました。


今年初のピアノレッスン

今年初のピアノレッスン。
いよいよ5月連休の発表会向けの練習をスタートさせました。
曲目は、

■「献呈」(歌曲集ミルテの花より)シューマン作曲、リスト編
■「アンダルーサ」グラナドス作曲

木曽センセが「とりあえず両方練習して、2月ごろにどちらか選びましょう!」というので、正月明けから練習を始めた次第。
「献呈」のほうは、細かなアルペジョが始まった辺りまで、約半分を弾きこなせるように練習し、「アンダルーサ」のほうは弾くだけなら大して難しいわけでもないので、最後まで弾けるようにして練習に臨みました。

まずは「献呈」。

木曽センセに感想を問われ、「シューマンの歌曲と聞き比べて実感しましたが、シューマンの原曲は、相手の気持ちに寄り添った愛の歌ですが、リスト編は何というかもう、シューマンの妻のクララ自身が『私に夫が贈ってくれた愛の歌をこんなに派手に編曲してっ! んもう!』などと腹を立てたらしい、なんて言い伝えもよくわかるというか、相手への愛を歌うというよりは、途中からもう自分の中で盛り上がっていって、『こんなにもあなたが好き〜好き〜好き〜……と叫んでる私が誰より幸せ〜』って感じなんで、完全に自己陶酔の世界ですよねー」と素直に答えてみた。

木曽センセ、爆笑。
「でも、リストってそういう人だったみたいですからねえ。自己陶酔型」と乗ってくる。
「リストって、わざと金髪を長く長く伸ばし、演奏中に時々、髪をこう、掻き上げる仕草を見せるの。すると、リストファンのご婦人方が『きゃあああ』とばかりに失神したんだそうですよ。だから、男性がリストを弾くとなると、先生に『そんな音で女性たちを失神させられるか!』としかられたり。中には『女性を失神させる自信がある男だけがリストを弾いてよし』なんて人もいるんですよ」などと教えてくれたのだった。

思わず、うめく私。
「40歳のオバサンが弾いていいんでしょーか。女性を失神させるなんてとてもとても……」
木曽センセ、苦笑いしながら「まずは弾いてみましょーか」

弾いてみての木曽センセの見立ては、
「おぐにさんの心配してるアルペジョは最終的にはきれいに弾けるようになると思います。むしろ難しいのは、メロディーをどれくらい美しく歌えるか」
これには私も同感。
特に、左手で主旋律を奏でる部分は、とんでもない和音で構成されていて、よほど上手に手首を使って素早く、かつ豊かな音色で弾かない限り、とても「愛の歌」には響いてくれないと思う。
正直な話、この2週間、練習してみて「こんなに汚い和音を久しぶりに聞いたぞ」と自分で思ったほど。
道のりは遠いのであった。

そしてお次は「アンダルーサ」。
ドイツの潜水艦に撃沈されて若くして亡くなったグラナドスのピアノ曲の中では一、二を争う有名な曲。
カタルーニャ地方の生まれというから、きっとアンダルシア地方(アンダルーサ、という曲名は「アンダルシア風」の意味)のイメージで書いた曲なんだろうな。

照りつける太陽。
白い漆喰の壁。
オレンジ色のレンガ屋根。
乾燥の激しい枯れた土地。
フラメンコと闘牛の誕生の地。

そういうイメージ。

A−B−Aの形式を取っていて、このBの部分がまた素敵。
私が感じたイメージは「水」への憧れ。
長くイスラム支配に置かれたあの独特の文化。
例えば、アルハンブラ宮殿の庭で見た水の芸術。
あの感じ。

スペインの、特にアンダルシア州は、かつて息子が生後6カ月の時に2人きりで3週間旅行した思い出の地でもあり、あの風景は強烈に心に焼き付いているわけで、表現したいイメージは体中にあふれているんだけれども……これを弾くとなると、別問題なんだなー。

「語りたいイメージは全部言葉にできるけど、全然弾けないんです」と落ち込む私に、木曽センセは「イメージがあるということはとても大切なこと。それを言葉にできるということはもっと大事なこと。言葉にできないイメージは、演奏に定着させることはできません」と言うのだけれど。
「いざとなったら、演奏の代わりにマイクもってしゃべりましょか」と情けない冗談なども口にしてしまう私なのだった。

木曽センセは「この際、2曲両方とも発表会で弾いちゃいましょうか」などという。
思わず私は「その場合、どちらが先がいいですかね?」
木曽センセは「献呈」と即答。
私は「え、逆かと思ってた……」
木曽センセ、再び考え込み、「うーん、どっちもありですね」と答えた後、はっと我に返り、

「おぐにさん、曲の順番などはもっと先に考えれば良い話で、まずは弾けるようになりましょー」

す、す、すみません……。
発表会まで4カ月弱。おまけに2月は普通より短いわけで。
危機感をひしひし感じつつ、1回目のレッスンを終了したのでありました。
どっちも弾きたいけど、共倒れは嫌だし。
悩ましい。(悩むヒマあったら練習しろ>じぶん)



な、なぜだ?

息子が隣で算数の問題を解いている。
「できないできない」とうめいている。
見ると式はこれ。

10000−9990=

なるほど。
筆算をしてはみたが、繰り下がりの連続に頭が大混乱を起こしているらしい。
文章題は、「10000枚の折り紙で鶴を折ってます。9990羽の鶴を折り終わりました。あと何羽折らねばなりませんか?」。

一言アドバイスしてみた。
「あのさー。9990円持ってたとするじゃん? あといくらで10000円になると思う?」

息子は即答。
「10円に決まってるじゃん」

なぜ、金の話になると暗算で解けるのに、「折り紙」だと筆算しても解けないのだろう???
まあ、そういう奴だと知ってはいたけれど……。

☆スーパーエッシャー展とニンテンドーDSライト

☆スーパーエッシャー展とニンテンドーDSライト

13日の会期終了までにどうにか子連れで行きたかったのです。
ニンテンドーDSを使って鑑賞音声ガイドを操作する、なんて話、息子が狂喜乱舞するのは目に見えているし。エッシャーのだまし絵は、子どもにも楽しめる作品群だと思ったから。

結果は予想以上でした。
DS操作にはまるのは想定の範囲内でしたが、エッシャーの絵自体を親子でとても楽しむことができました。

私自身、実はエッシャーはだまし絵(こんなの)しか知らなかったのです……。でも、むしろ親子ですっかり感動したのは、彼がスペインのアルハンブラ宮殿のタイル文様からインスピレーションを受けたという正則分割とその応用(こんなの)。
私はこの手の文様に対して、ちょっとオタクじみた執着を持ってしまう部分があるもので、ついつい、絵の規則性を見つけようと必死になってしまうのです。
息子のほうは純粋にパズルみたいだ!と大喜びしてました。

魚が鳥になったり、本当に不思議。

DSライトの操作の方も、実は大人の私も楽しんじゃいました。
彼がだまし絵に至るまでにどんな絵や手法を積み重ねていったのか、最後の最後まで挑戦をやめなかった生涯にも触れることができました。

さらに、私が仰天した展示が一つ。
エッシャーが、音楽家の中で特にバッハを好み、バッハの平均律クラヴィーア曲集の一節を図式化していたんです。
簡単に言えば渦巻き図なんですが、水平の線を引き、その線をドの音と定めます。あとは180度を12分割し、12音階を表現し、時計回りにオクターブ上がると線の長さがおよそ半分になるよう、渦巻きの弧同士を結んでいきます。
ああ、だめ。文章で説明のしようがないわ。
さらに強弱をモノトーンの明暗で表現してる。
楽譜ならぬ図譜?

さらにその展示方法が秀逸でした。
実験的に、バッハのインベンション1番の楽譜を、エッシャーの「図譜」のルールに従って描き起こし、音楽付きのアニメーションに仕立てていたのです。
テーマの繰り返し、反行形と逆行形、低音と高音の呼応、左右の手が近付いたり遠のいたりする時に生じるエネルギーの高まり。ちゃんと目で見ることができるんです。
2声だから、2つのモノトーンの円がくるくると回転し、弦の長さを変えながら音を表現していくわけですが、楽曲分析した中身をまるで見事に図示していただいた感じ。圧倒されました。

あまりに感動したので、とりあえず、ピアノの木曽センセに説明してあげなきゃ!と図録だけ購入してきました。

そうそう、さらにもう一つ。
エッシャーの絵の素材を6種類のフィギュアにしたガチャポンが会場に置いてあったのですが、息子が心底気に入ったらしいキャラクター「でんぐりでんぐり (このようなもの。これと同一の商品ではありませんが)」を見事ゲット(私が)。
結構くじ運よく2007年を始めてる感じです。