おぐにあやこの行った見た書いた

2006年は不完全燃焼の年

さて、どんな年だったか、と振り返ったら、「不完全燃焼」の5文字が思い浮かんだ。確かにそうかもなぁ。

まず会社の仕事。
前半は、赤瀬川原平さんとの東京散歩連載企画。
大尊敬するお相手との散歩旅は、本当に勉強になることが多くて、楽しくて、豊かな経験だったけれども、自分で記事を書く回数がガクンと減ったために、いつも後ろめたい気分だった。
赤瀬川さんは極めてユニークな目を持った人で、特にそれが光るのは「モノ」に絡んだ時だ。赤瀬川さんは、「ヒト」より「モノ」に絡む人なんだと思う。
私はどっちかというと「ヒト」絡み人間なので、「モノ」に絡む体験はとても新鮮だった。でも、時々、猛烈に「ヒト」に絡みたくなったっけな。

だからだと思う。
赤瀬川さんの連載の合間に月2回ほど担当した記事はすべて、誰かへのインタビューだった。
小田和正さんや、森昌子さん、ちばてつやさん……。

実は私、社会部時代は「インタビュー記事なんて誰でも書ける」と傲慢なことを考えていた気がする。特ダネでもなければ、何か問題を提起するわけでもないじゃない、と。聞いたことを書くだけでしょ、と。
それが今の部署に来て、ロングインタビューを手がけることが増えた。
それでもしばらくは、インタビュー記事は私にとって、最も力のいらない、楽な仕事、というイメージがあった。
ところがある時、自分以外の同僚記者のインタビュー記事を読んでいて、ほかのメディアでは絶対に語ってこなかったような話を相手から見事に引き出していることに気付いた。「すごいですねー」とその記者に感動を伝えたら、何て事ないふうに「だってそういう箇所がなきゃ、読者にすれば、その人の著書読んだほうがマシ、ってことになるだろ」と言われた。
ガツンと来た。
それから、インタビュー記事の攻略は私の一つの課題だった。
それに気付いたのが3年くらい前かな。

今年はその課題をかなりクリアできて、インタビューのおもしろさが初めて分かった年だったんだと思う。

でも、一番心に残った記事が何だったか、と言われたら。
やっぱり、「詩人が死んでいく」の一文で始めた茨木のり子さんと宗左近さんの記事だった。
小田和正さんのインタビューや、プライベートで聴いた内田光子さん、ツィマーマンのピアノコンサートなどを通して、「音楽ってすごい。言葉でこれをどうやって言い表せるんだろう」と思うことが増えていた。それが、茨木さんや宗さんの詩作を読み、記事を書く過程でしみじみと痛感した。
「やっぱり言葉ってすごい。言葉の持つ力を信じられないとしたら、それは私が力不足だからに過ぎないんだ」と。
言葉の力をあらためて心に刻んだ年でもあった。

一方、会社の仕事以外では、ほとんど何もできなかった。
実は、在庫切れになっちゃった「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)のテーマを引き継ぎ、現状を取材し直して、本を1冊出そうと決意してはいたんだけれど。
(薬物依存の子どもを持つ親の環境はここ10年、驚くほど変わってきているからね)。
春から始めた取材は途中で頓挫した。
息子のクラスで色々問題が生じ、息子自身もとてもストレスを溜めていることが分かり、親として今年はもう少し息子と学校に関わらざるを得ないと思い至ったから。
会社の仕事以外に時間を遣う、ということは、必ず息子との時間にしわ寄せがいくわけで、「今年はその年じゃない」と早々に覚悟を決めたというわけ。
これがたぶん私の「不完全燃焼」感の一番の原因だと思う。

不完全燃焼、といえば、やっぱりピアノもそう。
去年は年末にピアノの発表会があって、秋ごろからはもう、身も心もピアノに捧げます〜といった状態で、気持ちは年末に向けてどんどん盛り上がっていき、発表会で完全燃焼し、充実した気分で年末を迎え、「うーん、今年はいい年だったなぁ」と振り返ることができたのだっけ。
今年は発表会がなかったから。
後半半年でバッハインベンションをじっくり弾き込んだり、貴重な経験ではあったけれど、バーンと弾ける感じではなかったしなー。

来年2007年はどんな年になるのかな。
まず春にピアノ発表会。
それから……。
来年は完全燃焼で行きたいところだけれど、この歳になると燃え尽きるのもそれはそれでツライので、やっぱりジクジクとゆっくり燃えながら充実感を高めていくことにしよう。
そもそも、1年1年のスパンで振り返るのではなく、5年くらいのスパンでできる仕事のテーマをそろそろ見つけたいな、と思ってる。

ということで、2006年にさようなら。
これから夫の実家仙台に向かいます。


Googleの航空写真で世界旅

遅ればせながら、Googleのマップおよび航空写真にて世界旅を楽しみ始めた私。これを息子に見せてやったら、狂喜乱舞した。
そりゃそうだ。
絞り込めば、うちのマンションまでくっきり。小学校や近くの野球グラウンドも。

息子はしばし、近所のお散歩を楽しんでいた
家から小学校へ。
そして東京ドームへ。
再び家へ。
東大球場へ。
六義園の球場へ。
後楽のグラウンドへ。
なーんだ、みんな野球練習場ばっかりじゃん。

そこで今度は、夏に行ったシアトル・マリナーズの球場を探させてみることにした。
とりあえず、世界地図でアメリカ西海岸までたどりつけた息子に、ワシントン州を教えてやる。地図で絞り込んで、シアトルまでは私が連れて行ってやった。地名が英語なので、やはり息子には難しいようだったので。

でもそこからは航空写真を駆使し、ああでもないこうでもない、目を皿のようにして、自力で球場を探しあてました。おぬし、なかなかやるな。まあ、マリナーズの球場って、隣にアメフトのスタジアムもあったりして、かなり縮小した航空写真でもわかりやすいのよね。
球場を思い切り拡大して、「このあたりの席に座ったんだよねー」「そうそう。で、ライトがイチロー選手だと思ってたのに、あの日はセンターで」「むちゃくちゃ遠くて」と盛り上がりました。

次に息子が見たがったのが、エジプトのピラミッド。
とりあえず、エジプトを地球儀で確認させ、エジプトまで自力で行かせてみた。が、ここからは私もあやうい。
実はピラミッドは見たことはあるが、歩いたことはない。
どういうことかというと、新婚旅行でイエメン旅行した時、イエメンに行く前のストップオーバーでカイロをざっくり回った。
もちろんピラミッドの入り口まで行ったのだけど、まだまだ学生気分が抜けなかった我が夫婦はお金をけちってしまい、遠目にピラミッドを見るだけで、入場券を買わなかったのだった。

というわけで、とりあえず、カイロまでは行った。
かすかな記憶であちこち探すがよく分からない。
たしかピラミッドのある砂漠ぎりぎりまで街が迫っていたぞ、という記憶を頼りに、航空写真で市街地と砂漠の境目をある程度の倍率で延々と見て回っていたら、
あったっ!

さすがはピラミッド。
航空写真でもくっきり。
これを拡大して見たときはさすがの息子も感動!
「行ってみたいねえ」。

このあとはもう、何時間も世界旅。
息子が「絵で見る世界地図」という巨大絵本を持ち出してきて、あそこに行きたい、ここに行きたい、とうるさいうるさい。

行ったところは
ニュージーランドのクック山(雪だらけだった)
オーストラリアのエアーズロック(探すの大変だったけど、感動もの)
日本の富士山、先日行った函館、仙台の夫の実家。
イタリア・ローマのコロッセイ(これもくっきり!)
バチカンの広場(これは簡単)
スペインのサグラダファミリア教会(かなり手こずった。地下鉄の駅を探すのがポイント)
南極(ただ真っ白)

結構やり始めるとおもしろいもので(うちの職場では数カ月前に流行してたっけ)、息子を寝かしつけた後、イグアスの滝を見に行ってしまった。これもなかなか見つからなかったけど、見つかった時はかなり感動!

しかしすごい時代だなあ。
今の時代の子は、幸せなんだか、不幸せなんだか。
さて、次は私が生まれた大阪でも見ようかな。
大和川のすぐ近くにあった文化住宅という名の長屋はもうないけれど。
代わりに団地が建っているんだそうだから。

………とここまで書いたのが2時間前。
えらい目にあってしまった。
学生時代の旅の思い出にひたってしまったのだ。
まず、白地図状態の中国は上海で、懐かしの浦江飯店を探し出し、タイのカオサンロードを愛で、挙げ句の果てに、インド・コルカタの安宿街サダルストリートからホテルパラゴン(これは自信なし。たぶん、という程度)を見つけた。
2時間かけてやることかよ>ぢぶん。
明日は朝一番に出勤だというのに〜!

自分のグローブがほしい……

本日、息子とキャッチボール。
夫の巨大グローブを使ったら、とても使いにくかった。
そもそも私は息子が使う子ども用のほうが使いやすいくらいなんだもの。

それでも、最近の息子とのキャッチボールの成果か、強いボールのやりとりをしても捕れるまでに実力を上げた。まさか、クラス一運動神経が悪く、とりわけボール運動をさせたらあまりの下手さに先生も凍り付くような悲惨な経験しかない私が、40歳を過ぎて、グローブの使い方を覚えるとは思ってなかったよ。

息子は「ただのキャッチボールじゃつまんない」という。
それで、片方(A)がゴロやフライを投げ、それを捕球したもう片方(B)が、相手(A)を一塁手に見立てて急いで速球を投げ返し、一塁手ランナー(なんてものはいないわけだが)をアウトにする、というのをやった。

最初は私がB。
息子がA。

これはスムーズにいった。私もとりあえず、ゴロやフライをそれなりに捕れるし、私の送球など少々それても息子は簡単に捕るから。
でもなんだかこれじゃあ、私がトレーニングを受けてる感じがして、親としては、いやな感じ。

それで役目を交代した。
私がA。息子がB。

私が投げたゴロを息子が捕って、素早く送球!
それを私ががっちりつかんで、一塁アウト!……のはずだったんだけど。

ボールが、は、は、速い〜。
「ひえええ」と思いつつ、目を閉じたままグローブを前に突きだしたが、ボールは見事私のほお骨に激突。
ガチン!

痛かった……とほほ。
だから嫌いなんだ、ボール遊び。

小学校のときの思い出。寒い冬にブルマー姿でドッジボールをやって、太ももにボールを当てられ、くっきりとボールの跡が残った時のみじめさ。
中学のときの思い出。ばかみたいに固くて大きいバスケットボールを、ドリブルしてて、なぜか自分の顔にぶつけて鼻血がでそうになったみじめさ。
高校のときの思い出。テニスボールはどんなに頑張ってもラケットにあたらず、手首にばかり当たった。
私がこの世で許せる「ボール」は、卓球の球くらい。
それ以上重くて大きいのは嫌い。
ボールにまつわる嫌な思い出を一気に思い出してしばしへこんだ。

でもな。。。
せっかく息子のお陰で野球好きになり始めたんだもんな。
せめて自分で使いやすいグローブを買おうかな。

★「絵本があってよかったな」「ともだちおまじない」(著・内田麟太郎)

★「絵本があってよかったな」
★「ともだちおまじない」(ともに著・内田麟太郎)

息子がナンセンス絵本「うそつきのつき」を借りてきて、我が家は先週、「麟太郎さんウィーク」となりました。図書館から、麟太郎さんの本を一気に借りてきたんですが、その中の2冊。

「絵本があってよかったな」は大人向けエッセイ。
内田さんがなぜ最初、ナンセンスばかり書いておられたかについては、「かあさんのこころ」と、同時期に掲載された新聞インタビューなどで知るにいたったのですが、今回はそんな内田さんの半生をじっくり読ませていただいた、という感じ。

お父様は詩人だったのですね。戦争協力詩を書かず、それでも「天皇を認めます」と一文を書かされ、それを屈辱とし、時代劇の看板書きで食べていた父。息子に、反戦を掲げた文学者武田麟太郎の名前を付けた父。幼くして生母を亡くし、継母から愛してもらえず、小学校のころから家出や万引きを繰り返した話。
とても重い話を、内田さんなりの工夫と気遣いで、軽い文体で書いておられるのだけれど、だからこそ、胸に迫ってきて、たまらない思いがしました。
文中でこんな風に吐露されています。
「恥ずかしいことですが、私はこの仕事をしながら昨日号泣しました。むろん泣いたのは私ではなく少年リンタロウくんです」

継母を許し、「かあさんのこころ」「おかあさんになるってどんなこと」の2冊の絵本を書いた時、麟太郎さんは「おれはこの2冊の絵本を描くために生きてきたのだろうか」と深い感慨にとらわれたといいます。しかし、同時に激しく首を横に振っている子どもがいた、と。

なるほど、私にそのカナシキ少年時代がなかったら、この2冊の絵本はたしかに生まれていなかったでしょう。でもそれがなんだというのでしょうか。神さまが子どもの私の前に現れ「この苦しみ、哀しみは、君が大人になって書く2冊の絵本のために与えられている試練だ」といったら、子どもの私は泣き叫びながら、「絵本なんかいらん、いらんから、いらんから」といったでしょう。
いまでも私は断言できます。一冊の絵本もいらなかった。平凡な幸せがほしかったと。


こんな人が、「ともだちや」シリーズを書いていたんだなあ、と今、しみじみと思う。だから、あんなに寂しい、一人では生きていけない動物たちを描けるんだなあ、とも。
何より驚いたのは、「ともだちや」シリーズが出たのは麟太郎さんが50代の時だということ。それまで何冊も絵本を出しながら、暮らしを立てるために看板書きを続けておられたということ。

この本の中で、麟太郎さんは書いておられます。

私もまたキツネのおかげで、いい友だちに出会えたのでしょう。友の名前はアルガママくん。彼の前だったら少し目が湿ってもいいような。

私なんかまだ40歳。
これからまだまだ、新しい思いに出会い、新しい友だちに出会えるんだと、勇気が出たのでした。

2冊目。
「ともだちおまじない」。
五七調で、友だちと仲直りする時のおまじないが並んでいます。良い本です。
昨日のクリスマスイブに、家族3人で、それぞれに好きな句を選びました。

息子は
「みてほしい きづいてほしい しらんぷり」と、
「バイバイと てをふりながら かえれない」。
(よく考えれば、両方とも、絵本の絵を見て初めて良さがわかる、といった句ですね)。

私は、
「おやぶんも こぶんもなくて いいきぶん」と
「こんにちは こえがかすれる すれちがい」。

夫は、
「けんかして ひとりでいても はなざかり」と
「このほしで であえたことに ありがとう」。

それぞれに性格が出た、という感じです。

そうそう、絵本論についてもう一つ。
麟太郎さんは「意識的に自立していない文章を書く」というのを自身に課しているそうです。
童話作家は、童話に絵を付けさせるだけの絵童話にとどまり、「絵本だからできる、絵本でないとできない表現の世界」へ跳べない、とも。

彼は「絵本に名文は必要ない」という。
「描写は絵に委ねよう」とも。
ああ、すごいな、と思った。
だから麟太郎さんの絵本は、いくつになっても読みたくなるんだ。
確かに、絵がついてるだけの童話だったら、大人になったらもういらない。
麟太郎さんのは、「絵本でないとできない表現の世界」なんだなあ、と。
すごく勉強になりました。

★「ニート」って言うな!(著・本田由紀、内藤朝雄、後藤和智)

★「ニート」って言うな!(著・本田由紀、内藤朝雄、後藤和智)

まだ読んでなかったのか?と言わないでください。
出版直後に購入したはずが、どこかに紛失。タイミングを逸して、結局図書館で借りることに。

本田さんの「増えているのは働く気のない『ニート』より、求職中の若年失業者と『フリーター』だ」というのは、そうなんだと思います。
だから、その「ニート」層に予算を割くのはおかしい、という主張したい理屈もよく分かります。
でも、どうして「ニート」論議がこれほど社会でもてはやされたかっていうと、むしろその心理面(コミュニケーション能力を重視する社会と、それに対する不安、「やりたいこと見つける」ことへの社会的なプレッシャーと、それに対する脅迫心)が、人々の共感を呼んじゃったからで、やっぱり社会が求めている議論だったんだと思います。
だからそもそもこの「ニート」問題を、若年者の労働問題として整理しようとすると、変なところだらけになっちゃうのは当たり前、という気もしました。

本田さんは、「『ニート』は多様で、しかも大半はごくごく『普通の、まっとうな』若者たちであり、ただ現在は様々な事情や理由から働いていない、というだけ」なのに、「非常にネガティヴ」に語られているのは、「いつの間にか『不登校』や『ひきこもり』にかなり近いイメージで語られている」からで、それらのイメージが「ニート」に投影されたのは、そもそも玄田さんたちが著書「ニート」で「働く意欲がないのではない、働きたいけど働けないのだ」と強調するなど、無自覚なまま、「ニート」にそういったイメージを投影したためだ、と指摘しています。

確かに、「ひきこもり」や「不登校」の問題の解決を「とにかく働くこと」に持って行くのは変だと思うけれども。
「ニート」が社会で注目された一つの理由に、「ひきこもり」や「不登校」との関係がクローズアップされた点があったと思うし、たとえそういうケースが「ニート」の一部であったとしても、やっぱりこの社会にとっては貴重な問題提起だったように思うんだけどな。

ただ、とても共感した点が一つ。
2003年刊行の国民生活白書の中で「フリーター問題は企業が若者、特に新規学卒者の採用を抑制したことから生じており、一番重要な原因は企業側にある、と言い切って」いたにも関わらず、「ニート」キャンペーンのせいで、世の中の目が「労働需要側の問題」から引き戻されてしまった、という本田さんの指摘です。
私は「労働問題」より「心の問題」に興味があるほうだから、「ニート問題」もとても興味深かったけれど、何でもかんでも「心の問題」としてしまうことで、個人の問題に帰結させてしまい、社会全体の問題を不問にするような危険性は常に自覚していたいな、と思うので。

若者への今後の対応策として、本田さんは「職業的意義の高い教育」を挙げるけれど、これはある面で賛成、ある面では実効性に疑問を感じてしまいます。
それこそ私の関心事である「心の問題」の中では、「職業的意義の高い教育」って意外とおもしろい効果をもたらしてくれる。下手にいかに生きるべきか、なんて悩むより、専門学校で同じ関心事を共有する仲間と職業的意義の高い教育を受ける経験を通過することで、一歩一歩あるいていく子っていると思うから。
ただし、労働問題としてはどうなんだろう。
山田昌弘さんの指摘じゃないけれど、今後、生産性の高い職業というのは減ることはあっても増えないわけで、全員に「職業的意義の高い教育」を与え、専門的職業能力をつけさせたとしても、やっぱり受け皿はないんじゃあないかな、と。

クリスマスは裏切りの連続

裏切りのクリスマス、目下、続行中。
ただいま、午後8時47分。

朝。
いきなり夫が、「ううう、お腹がいたい。トイレに行ってくる」。
勘の悪い私は、「おいおい、ノロウイルスはやめてよね」。
息子は、テレビのサンデープロジェクトを見ながら「喝!」とか騒いでいる最中。
昨夜の鍋の出汁でうどんを煮ていたら、外のベランダでカンカンカンと音がする。
その音で、はっと気付く私。
こ、こ、これはサンタさんの合図(by夫)だ!

夫の「トイレ行ってくる」は、「サンタがやってきたかのごとき音をたててくるぜ」の合図だったのだ。
前夜のエントリー参照)
し、しかしっ!
息子はサンプロに夢中で、捨て身の夫が必死で身を乗り出して、隣室の窓からベランダの柵を叩いているというのに、その音が聞こえない様子。し、仕方ない……。

「ちょ、ちょっと! 外で何か音がする!」
思い切り叫ぶ私。あーあ、なんのために音をたてたのやら。
息子はがばっと立ち上がり、「サンタだ! やられたっ!」
ものすごいスピードで台所からベランダのドアを開ける息子。

そこには……プ、プ、プレゼント!!!

まあね、結果オーライではあるけれど。
昨夜、夫婦して必死で身を乗り出して音を立てる練習した努力はいったいどうなるわけよ。
こんなはずじゃあなかったのに。
ああ、裏切りのクリスマス。

そして夜。
本日は、義弟の手作り無農薬ロメインレタスのサラダと、鶏の丸焼きと、野菜のオーブン焼き。うんまーい!
先日、豆腐を息子と作った時に大量に残ったおからを再利用するため、本日のクリスマスケーキは、おからのチョコケーキ。
これをチョコレートでコーティングし、飾り付けして、あとは、クリスマスソングかけながら、電気を消して、ろうそくを灯し、歌なんぞ歌うはずだったのにさ。

いきなり、ピンポーン!
インターホンとともにやってきたのはクロネコヤマトのお兄さん。
荷物は……やばっ。
冬休みにみんなで読むつもりだった、野球マンガ「メジャー」の39〜45巻。

5分後……。
クリスマスソングもケーキもどこへやら。
家族3人それぞれにマンガを食い入るように読み続けてしまったわけで。
最後まで理性を残していた私は、「ちょっとー、クリスマスなんだからさあ、歌でも歌おうよー」などと言っていたのだけれど、39巻の途中、茂野吾郎がかつての中学校の仲間と渾身の対決をするところでもう、涙、涙。
ティッシュ片手に、鼻水すすりながら、マンガ読んでるクリスマス。
こ、こんなはずじゃーなかったのに。

嗚呼、裏切りのクリスマス。

深夜の謀議

明日はクリスマスイブ、である。
我が家では、息子にサンタの存在を信じ込ませるために、あれこれ趣向を凝らすことになっている。
今夜は息子が寝静まって、夫婦でワインを飲みながらヒソヒソと謀議。

まずはクリスマスカード。
去年は極めて説教臭いのを書いてしまった。
デュエルモンスターズのカードとカード入れに添えたカードには、「プレゼントはおろか、日々の食べ物にも困っている子どもたちが世界中にたくさんいることを忘れないでください」だの、「世の中にはお金で買えない大切なものもたくさんあるよね」だの、「カードを増やすのもいいけど、にんげんの『中身』を増やすことのほうがもっと大事だよ」だの、「そのためには、お友達と仲良く遊んだり、けんかしたり、野球をしたり、学校に行ったり。そうそう。本を読むこともとても大事なんだよ」だの。
小学1年生ならばともかく、今年の2年生の息子がこれを読んだら、「普段母ちゃんが言ってることとまるきり同じじゃん」と気付くに違いない。
今年はこんな下手な手は使えない。

夫婦で話し合った末、今年は英語でカードを書くことにした。
それからが大変。夫婦して情けない英語力ですから。
「おい、supriseって、rが一つ抜けてないか?」
「experiences って複数形にしないんじゃなかったっけ」
とこんな具合。

私の書いたカードに、夫が「こういう時はやっぱり筆記体だろう。俺は筆記体の名手なんだ」と難癖をつけ、自慢げに筆記体で書き始めたはいいが、「大文字の I って、筆記体でどう書くんだっけ?」と冒頭から悩み始める始末。

カード1枚に大騒ぎした後は、明日のスケジュールの打ち合わせ。
今年は、普段物置にしていて、滅多にあけたことのない窓を開け、トイレに行くふりした夫がそこから身を乗り出して長い棒で別の部屋のベランダの柵を叩いて音を立て、リビングにいた私と息子がそれを聞きつけ、「あれれ、何だろう」とベランダにつながる窓を開けたら、そこにはプレゼントが……、という展開でいくことにした。
プレゼントに気付いた息子が「父ちゃん! 来て来て!」と呼んだ時には、必ず、トイレを流す音をさせてからリビングに戻ること、とお約束事項やセリフもしっかり確認。

窓は思った通り開くのか。
長い棒で柵を叩いた時、リビングに自然な形で音が伝わるか。
何度も何度も、夜中に柵を叩いて実験している我々夫婦っていったい……。
それでも、とりあえず謀議終了。
あとは実行するのみ、だぜ。

たぶん、クリスマスを一番楽しんでいるのは、子どもではなく、大人なのかも。




アップルパイと豆腐ブラウニー

本当なら東大球場で少年野球の練習納めがあるはずだったのに!
家族3人で参加し、親子対抗試合で大活躍するつもりだったのに!
昨夜からの息子の発熱で参加断念。
仕方ないので、三食とも家で食べ、さらにお菓子を2つ焼きました。

一つは冷凍パイシートを使ったアップルパイ。
紅玉リンゴと砂糖とレモン汁を何度か混ぜながら電子レンジでチンすること数分。
これを冷まして、パイシートではさんで焼くだけ。
つや出しの卵汁とか無視無視。
ホントならリンゴをチンする時はバターを一かけ落とすとおいしいのだろうけれど、食器洗いの時に油物にしたくないので、これもパス。
前回と違い、今回は賞味期限切れではないパイシートを使ったら、おおお、膨らむ膨らむ。
やっぱり、パイシートは古すぎるとダメだと納得。

お次は、豆腐ブラウニー。
こんなレシピを見つけちゃったもので。
ココアがなかったので、その分チョコレート増量。
ぜーんぶフードプロセッサーで混ぜるだけなので、超簡単。
フードプロセッサーは食器洗い機で洗っちゃうので、これまた超簡単。
さっき、冷めたのをちょっと味見したけど、豆腐1丁入ってるなんてとても信じられない。
もちろん、アーモンドプードル入れたり、バターたっぷりのコクはないですが、でも食べていて罪悪感(うっ、カロリー高そう、というような)がないのが、良いわー。

以上。
最高の野球日和に、グラウンドに立てない一家は、ストレスでお菓子をバカ食いしたのでした。
あーあ。

★それいけ!新聞記者 (著・くさばよしみ)

★それいけ!新聞記者 (著・くさばよしみ)

フレーベル館の「おしごと図鑑シリーズ」の最新刊。
子ども向けの本とあなどるなかれ。
むちゃくちゃリアルです。
子どもがこれを読んで「新聞記者になってみたぁい!」という光景はあまり思い浮かびませんが、少なくとも、現役新聞記者が「あるある、そうそう!」と腹を抱えて笑う光景とか、「これ、新聞記者の生態がよく分かるから、おまえら読む価値あるぞ」とマスコミ塾の先生が大学生に勧めちゃう光景とかは、リアルに思い浮かびます。

ということで、新聞記者志望の人にお勧め。
あと、記者さん必見。爆笑すること間違いなし。

私が一番笑ったのは、新聞記者が「ついやってしまうこと」を列挙した項目。
1、友人との会話でも5WIHで追及してしまう。
2、本を読みながら、思わず赤線を引いてしまう。
3、テレビのアナウンサーが「日本中の女性が熱狂しています!」などとおおざっぱなもの言いをした時、つい、「私は別にうれしくないわよ」などと突っ込んでしまう。
4、子どもに童話を読み聞かせていても、物語につい見出しをつけてしまう。(例えば、白雪姫なら「凶器は毒りんごか/若い女性、昏睡状態に」)
5、子どもの作文にダメ出しする。
6、言葉の乱れが気になり、喫茶店のウェートレスさんの「よろしかったでしょーか」に、「その言い方、変」と突っ込んでしまう。
7、締め切りがないとなかなか書かない(例えば年賀状の返事)。
8、場所取りがうまい。
9、パトカーや消防車を見るとつい追いかけてしまう。

ちなみに私は、3、4、5、7、8に激しく同意。
特に、「子どもの作文にダメ出し」だけは絶対にならないようにと分かっているのだけれど、ついつい、

「音や匂い、色はどんなだったか書き込んでごらん。目だけでなく、耳や鼻で得た情報を書き込むと、生き生きした文章になるんだよ」

などと、横から口を出してしまうの。
お陰でうちの息子、作文嫌い。反省。

著者のくさばさんからは何度かインタビューを受けました。
私がお話したことも、あちこちに散見されます。
特に、「特ダネを抜かれた時」という項目に登場する女性記者は、顔まで私にそっくりで、夫が爆笑したほど。
抜かれた時に何をするか、について、「取りあえずおこられる」とか「抜かれたことと同じ内容で追いかけ記事を書くのは惨めなので、少しでも新しい要素を入れる」なんてのも自分で話した記憶がはっきりとあるだけに、「やっぱり、この抜かれ記者は私なのだろうか……」と考え込むのであった。

なにはともあれ。
新聞記者志望の方や、来春から新聞社に就職が決まってる方などには、絶対お勧めの一冊です。


月食と日食、とりあえず説明したものの。

息子が学校から、いぬいとみこさんの「ながいながいペンギンの話」を借りてきた。
ひゃっほー。
懐かしい!
息子が、偶然とはいえ、私を「うむむ」とうならせる本を選んで借りて来た日は、私はとりあえず機嫌がいい。
ワクワクする。

ということで、二人で読み合いっこした。
第一話を読み終えたところで、息子が不思議そうにいう。
「ねえ、母ちゃん。ペンギンのルルとキキの住んでる南極の夏は、夜も明るいってどうして?」

うむむ。
難しいことを言うなあ。

地球儀と懐中電灯を使って、日本にとっての春、夏、秋、冬のときの太陽の場所を教えてやる。
「へええ。だから夏は暑くて冬は寒いんだね」
ご名答。
で、南極が一日中明るいということは、太陽(懐中電灯)の位置はここだから、つまりこれは日本では……?
「冬だっ! へええ。ルルとキキの夏は、日本の冬なんだねえ」
どうにか説明できたぞ、えっへん。

ところがところが、子どもが質問モードに入った時って、これだけじゃ終わらない。
「じゃあ、月食とか日食とかいうのは何? 月の影がどうとか地球の影がどうとかいうけど、なぜ影ができる日とできない日があるの?」
うーーーーむむ。
困った。

とりあえず、地球儀と懐中電灯に加え、握り拳を使って「月」を表現することにする。

まず、地球儀を挟んで懐中電灯と握り拳を並べ、
「普通はこれが満月。握り拳は丸く明るいでしょ。でもちょうど太陽と地球と月がまっすぐ並んだら……握り拳に地球の影が落ちて、月が見えなくなる。ね、これが月食」。

お次は、地球儀を懐中電灯で照らし、「今、昼だよね。でもこの地球と懐中電灯の間に月が入ると……」。
握り拳を突っ込む。地球に影が落ちる。息子の目には、握り拳で半分かくれた懐中電灯が見えているはず。
「これが日食」。

実は堂々と説明はしてみたけれど、たぶんこうだろうな、というだけで確信はないのだ。
一つ確信があるとすれば、小学2年生の息子がこれを一生記憶していることはありえない、ということであって、まあ、間違えていたとしても、自分であとで真実に出会った時に覚えるだろー、と最後はたかをくくっていたというわけ。

でも、これで当たってますよね? ね? ね?

息子は「いつか月食や日食が見たいなあ」という。
冗談じゃねーぜ。
あんたは、月食も日食もすでに複数回見てますっ。
保育園時代、何度も見せてあげたのっ。
でもぜーんぜん、本人は覚えてないのだった。
つまんね。

……といいつつ、今夜は、日本でいつ日食や月食が見られるのか、皆既日食や皆既月食はいつどの国で見られるのか、ついつい調べてしまう凝り性の私。
あーあ。

ちなみに、次に日本で月食が見られるのは来年8月28日
なんと皆既月食ですぜ。
日食は、金環日食となると、2012年と2030年と2041年というサイトを見つけたけど、本当かしら。
あれこれ調べてみると、12年と41年は本州でも観測できそうな感じ。
私が46歳と、75歳の時かぁ。

死ぬまでに、絶対に見るぞ!
(結局、子どもより親のほうがこういうの、好きなんですよね〜)

発表会に選んだ曲とは。

ピアノの発表会は来年5月6日。
残るはあと5カ月。

昨日のレッスンでとうとう、木曽センセに打ち明けてみた。
「実は、弾きたい曲があるんです……」

一つは、シューマンが妻クララに向けて書いた歌曲の中の1曲をリストが派手に編曲したもの。「献呈」
なんというか、もう、曲の最初から終わりまで

あたし、あんたが好っきゃねん! 愛してるねん!

と、そればっかり連呼しているような曲。
40歳オバサンが弾いていいんだろうか、とはばかられるような曲。

最後のアルぺジョを美しく弾けるかどうか、ちょっと自信ないけれど、やっぱり「歌」って好きなのよね。

もう1曲は、グラナドスのスペイン舞曲集から2曲。
「オリエンタル」と「アンダルーサ」。
特に後者は結構有名な曲だと思う。
神秘的な響きのオリエンタルと、いかにもスペイン風の情熱的なアンダルーサ、という組み合わせが結構気に入ってるのだ。

自分としては、「献呈」が弾きたい。
でも、若い愛にあふれるこの曲を弾くことが、果たして自分にとってどうなのかなあ、という不安も。
一方、アンダルーサは一度弾きたい曲だったけれど、そもそもリズム感の悪い私が、あの独特のリズムと、独特の揺れを表現できるのかどうか。

木曽センセによると、有名な某ピアニストさんでさえ、スペインものを弾いていたころ、大手新聞の学芸欄で「酔っぱらいの千鳥足のよう」と酷評されたことがあるという。
そんな恐ろしいエピソードを聞くと、日本人にそもそも、スペイン物は弾けるのか、と思えてしまう。

どっちかで迷ってます……という私に(いや、心は圧倒的に「献呈」に向かってるわけだけれど)、木曽センセはきっぱり。

「じゃあ、アンダルーサと献呈と両方スタートしましょう。2月ぐらいにどちらか選べばいいですから。何なら、発表会でアンダルーサと献呈の2曲を弾いてもいいですよ」

どっひゃーん。
献呈とアンダルーサを発表会で両方弾く、なんて。
「それ、むちゃくちゃな組み合わせですよね」と私が尋ねると、「いいんです。発表会は好きな曲を弾いていいんです」と木曽センセ。こういうところで、大胆な人だなあ、と思う。

かくして私、2曲両方弾いてみることになりました。
どうなることやら。

私のこれらの選曲を聞いて木曽センセが感心した風に言った一言がこれ。
「おぐにさんって、見た目と違って実は情熱的な人なんですねえ」

………見た目と違って、って部分、どういう意味なんだろう……。

バッハインベンション総括

インベンション(2声)全15曲のうち、5、12、15番をなぜか残したところで、今年のレッスンがほぼ終了。
弾き終えた12曲は、忘れてしまうのがもったいなくて、とりあえず、常に弾けるように毎日のように練習してきた。でも、来年からいよいよ5月の発表会に向けての練習を始めるので、きっと数カ月後にはインベンションのほとんどの曲を忘れ、弾けなくなっていくんだろう。
そう思うと、少し寂しい。

大好きだったのは、2、11、13番。
6番や14番も、うまく弾けた時の気分は最高。
実は1、7、9番あたりも、楽曲分析してからの練習はとても楽しかった。
ということで、どうしてもどうしても相性が悪かったのは3番と10番。特に10番は、アーティキレーションをかなり自分なりに工夫して作り込んでいったつもりだったのに、練習しても練習しても、気持ちが乗らなかった。

そんな話をレッスン中に打ち明けたら、木曽センセは考え込みながらいう。
「うーん。きっと古典的な舞曲系と相性が悪い、ってことなのかもしれませんねえ。内面の苦しさとか、ぐっとこらえたものを表現する曲のほうがお好きなんでしょうねえ。舞曲ってむしろ、内面がどうこうよりも、リズムに気持ちを乗せて、軽やかに弾けるかどうか、ですものねえ」

そうなのだろうか。

センセ「おぐにさんは、踊りは好きですか?」
わたし「嫌いじゃないですよ、ロックコンサートとかで縦乗りで飛んでろと言われたら、さすがに全曲飛ぶ自信ないですけど……」
センセ「いえ、そういうことではなく……古典的な舞曲」
わたし「そんなものを踊る機会は、私の人生に1度もありませんでした」

そんなわけで、この約半年、子ども時代に弾いたインベンションを弾き直したわけですが、ますますバッハが大好きになりました。
発表会が終わったら、残りの2声3曲は放置し、いよいよシンフォニア3声の弾き直しに入りま〜す!

そうそう。
去年4月にピアノのレッスンを開始した時から使っていた練習曲「ヘラー30番」をとうとう終了しました。
30曲、どれもそれぞれに魅力的で、練習曲に留まらない豊かさを持っていて、本当に楽しかった!

木曽センセに「次の練習曲どうします?」と聞かれて、思わず、「やる必要があるなら、ツェルニーだってやろうという気になってきました」と答えてました。
昨年4月にレッスンを始める時、私が木曽センセに最初に伝えたのは「どうせ大人ピアノですから、今更ツェルニーをこつこつやるような練習はとてもできませんが……」でしたっけ。
少しピアノに向かう気持ちが変わってきてるんだと思います。

木曽センセは「ツェルニーなら、40番を今からやる必要はないので、50番ですね」と。
これには感動。
実は、木曽センセはすでに忘れているかもしれないけれど、約1年ほど前、ヘラーの次の練習曲をどうするか、という今回と同じような会話になったことがあって、その時には木曽センセは「ツェルニーなら50番は無理。40番です」と言ってたのだ。

私、それなりに成長してるんだ……。
心で、思わず、泣いたぜ。

中学1年生でピアノをやめた時、たしか40番を終わったところだったと思う。となると、ようやく、昔の自分を追い抜いた、ということかしら。むふふ。
ただし、ツェルニーは40番と50番の間にレベルの差がかなりあり、木曽センセは通常、別の練習曲を2〜3冊噛ませることが多いらしい。
「ま、発表会の後で考えましょー」とセンセ。
この年末からいよいよ、発表会の曲の練習がスタートです!

★映画「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」および本「散るぞ悲しき」(著・梯久美子)

★映画「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」

私は、試写会で「硫黄島からの手紙」を見た後、映画館で「父親たちの星条旗」を見ちゃったのですが、この2本、特に日本人は「星条旗」→「手紙」の順番で見たほうがいいかもしれません。
「手紙」の方を先に見てしまうと、圧倒的に数にまさる米軍の攻撃のすさまじさが印象的すぎて、この戦いを日本軍側の視点で恐怖とともに見つめる体験をしてしまう。結果、後日「星条旗」を見ると、ものすごい数の米軍艦隊が海をゆくシーンや、坑道から反撃する日本軍のシーンなどを再び目の当たりにした時、どうやっても、姿の見えない栗林忠道氏らの視点で映像を追ってしまうから。
「星条旗」の映画の世界に入るまでに少々時間がかかってしまう結果になっちゃいました。

この2本の映画、「星条旗」だけ見て終わるのはありだと思うけど、「手紙」を見た人は「星条旗」もあわせて見たほうがいいかも、とも思いました。

「星条旗」はものすごくメッセージ性の強い映画です。
戦争に「ヒーロー」はいない、ということ。
「我々は必要のためにヒーローをつくりだす」
「ヒーローとして祭り上げるのではなく、ありのままの彼ら(兵士たち)を記憶しよう」
映画全体をそういったメッセージが貫いているし、説明過多なくらい、はっきりとセリフでもそういった文言が何度か出てきます。

とはいっても、米軍が星条旗を2度掲げる時の、その2度のシーンともに、旗を開き、掲げるまでの間、荘厳で感動的なBGMが流されるんですよね。国旗および国家とは、米国ではこういう扱いを受けるんだなあ、と興味深く実感しました。

一方、「手紙」。
こちらのほうは、栗林忠道氏がヒーローとして描かれている、という点で、「星条旗」よりずっとハリウッド映画っぽいと思いました。
映画の中で、最も正義感の強い、立派な人物として描かれている栗林氏とバロン西が、両方とも英語を流ちょうに扱い、米国の地に友人を持ち、視野がとても広かった、という点も何だかひっかかりました。もちろん、それが史実なわけですが。

ただし。
何だかんだ言っても、全編、日本語を使った映画を米国の人が作った、という一点だけでもう、素直に驚くし、すごいよな、と思ってしまいます。

さらに「散るぞ悲しき」(著・梯久美子)を読みました。
非常に構成力に優れたノンフィクション。
大宅壮一ノンフィクション賞、というのも納得。
栗林氏の電文が大本営に書き換えられていた、という事実は本当に胸に迫りました。

「組織的な戦闘が終わり、命令する上官がいなくなっても、生き残った兵はゲリラとなって洞窟に潜んだ。最後の兵2名が投降したのは、昭和24年1月6日。終戦から3年半、玉砕からは4年近くが経っていた。

という事実も。

あと、心に残ったのはこんな記述。

「米軍側の資料に、捕虜となった日本兵の多くが栗林の顔を直接見たことがあると主張したことに驚いたという記述がある。2万を超える兵士のほとんどが最高指揮官に会ったことのある戦場など考えられないというのだ」

★新平等社会 (著・山田昌弘)

★新平等社会 (著・山田昌弘)

9月に出た本を今読んでいる。情けなし。
副題が「『希望格差』を超えて」ですから。具体的な対処策も提示されています。

著者はまず、「日本において格差は拡大しているか」という問いが無意味だと説く。なぜなら、格差が拡大した領域もあれば、縮まった領域もあるから。
前者は、いわゆるメディアをにぎわしている「若年男性の収入格差」であり、後者は、まさしく私を含む女性たちが享受することになった「男女の正社員賃金格差」「高齢者の所得格差」というわけ。
確かに。
「昔はよかった。それなりの企業に入れば将来安泰で、部長は無理でも、課長くらいにはなれて……」みたいな男性陣のノスタルジーを聞くとやっぱり、反発を感じちゃいますものね。

そして格差拡大の原因については、これまでメディアが何度も乗っかってきた「小泉内閣のせい」という見解をばっさりと否定する。
今回のような格差出現を示す社会問題指標(経済的理由による中年自殺者の急増、自己破産増加など)が深刻化したのは97−98年であり、そもそも今問題になっている類の格差拡大は北欧を含めた欧米諸国においては世界的な傾向だから、と。
でもって、ほんとうの原因は「グローバル化」や「IT化」や「知識産業化」にあり、その根底に流れているのは「自由の拡大」なのだ、と。

もっと具体的にいうと、ニューエコノミーの浸透によって、これまでのように、低スキルから始め、誰でも一定の努力をすれば比較的高い仕事能力の地位に移行できるような職がどんどんと減っていて、それが中間層を減らす結果となっている、という話。
生産性の高い仕事につき、高給を得る一握りの人がいる一方で、マニュアル通りに働き、生産性の上昇は期待できない仕事、つまり昇進の望めない職の需要がますます大きくなってくる、というわけ。

こういった労働面での格差に拍車をかけるのが、家族形態の変化。つまり、フルタイム共働きの出現、だそうで。著者の山田さんは、この格差拡大について「不当性を強調しようとすると、自由を抑圧してしまう」と指摘するわけです。

この手の議論は、マクロの視点で物を語ることが苦手な私には、やっぱり少々苦手です。個々のケースを前に、ひとつひとつ悩んでしまうほうなので。うむむ。
(何はともあれ、「母子加算」削減はやっぱり問題だと思うし)。

話を本に戻します。
では、現在の格差拡大に対して、どう対処すればいいのか。
例えば最近は「生産性の高い職に就くための職業教育」などが重視されているわけだけれど、これについて山田さんは「重要な方策だが、すべてが解決するわけではないことも明白」と指摘する。
なぜなら、いくら訓練を重ねても、その教育に見合った職の数は限られているから。
非正規雇用者対策として、山田さんが提案するのは

・生産性の低い職に就く期間を短くするため、アルバイト経験者の正社員採用を進める。
・生産性の高い職に就くための教育訓練の機会と「報い」を保証する。どの程度報われる訓練なのか、見通しをはっきりとさせる。
・ワークシェアリングなどで生産性の高い職に就く人数を増やす

です。

さて。タイトルは「新平等社会」ということで、山田さんが「平等」のために強く主張しているのが、累進課税を昔の水準に戻し、相続税を強化し、寄付を促進せよ、という点です。
累進課税については、高所得者のやる気をなくす、とか、海外に逃げてしまう、とか色々言われてますが、山田さんは「北欧は税率が高いが高所得者はやる気もなくさない」「日本は高度成長期からバブル期まで累進税率が高かったが、働く気をなくさなかった」と反論を展開しています。

ところで、ほとんど主題とは離れてしまうのですが、おもしろいなあ、と思ったのはp196の記述。

ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックは自分の将来の仕事の見通しが立たないからこそ、若者は「自分らしさ」にこだわらざるを得なくなることを1990年の時点で指摘している。

そうなのかー。いかにも社会学ちっくな物の見方で、新鮮でした。ふむふむ。

あと、怖いなあと思ったのが7章「結婚格差」。
山田さんは科学社会学者として、未婚化を研究し、以下の3点が根本的理由、と突き止めたそうだ。

1、女性は結婚後、夫に家系を支える責任を求める傾向が強い。
2、若い男性の収入は近年不安定化している。
3、結婚生活に期待する生活水準は戦後一貫して上昇している。

ところが、1は、「フェミニズムや反フェミニズム言説の中でかき消され」てしまい、2については、なんと、これまで延々と公表を制限されてきているという。
つまり「収入の低い男性は結婚しにくい」という明らかにデータに裏打ちされた結論が、自治体などの報告書の中では常に削除されてきた、と。
山田さんらの研究によると、「既婚男性と未婚男性の間には平均して各年代で100〜200万円の年収格差があり、恋人がいる男性といない男性間でも100万円程度の年収格差がある」。

山田さんは言うのだ。「女性の職場進出が未婚化、ひいては少子化の原因という説が一般に流布しているが、結婚をあきらめてまでやりがいのある仕事に就いている女性がどのくらいいるのか」「専業主婦指向はそれほど弱まっていない」「若年男性の格差が拡大し、正社員であっても、倒産や失業のリスクと無縁でなくなるなどリスク化と二極化が未婚化に拍車をかけている」と。

身も蓋もないこの結果にも、山田さんは対応策を掲げている。
それは、「女性が夫に家計を支える責任を求める意識」を変えること。少子化対策に成功した先進国は、「育児期の女性が働いて夫婦2人の稼ぎで豊かな生活を支えるというパターンが定着している」。だから「女性が働きやすい環境を作ることは、女性のためであると同時に、収入が不安定化している若い男性を結婚しやすくする切り札だ」と。

(そういえば大学時代、私は「結婚しても働き続ける。一生同じ人と結婚してる自信はないし、いつでも好きな人と一緒にいられるために」と思ってたっけなあ、などと思い出してしまった)。

ただ、労働環境より、「意識」を変革するのには時間がかかりそうな気はしました。
色々とメモしておきたい内容満載の本ではありました。



「『は』を書くと『お』になっちゃう〜」

うちの息子、2年生。
あと数カ月で3年生。

この前、日記の宿題か何かをやっていた時のこと。
「母ちゃん。『は』って字を書きたくて、書いてるんだけど、何回書いても『お』みたいになっちゃう」

は?
は?

息子が書く「は」を見ていると、なるほど、文字の最後の最後をぐるぐるっと大きく回して下にはね、つい勢いで点までうっちゃって、右側は確かに「お」とそっくり。

これが2年生か……情けない。
ちなみに、カタカナも所々危うい。
漢字の書き順なんか、ものすごいことになっている。
あまりのすごさに、もう、腹も立ちません……。

ゴボウのパスタ

忙しくて、全然書けない日々が続いてますが。
とりあえず、ここ10日間ぐらいで作っておいしかったものを列挙。
というのも、先日、福井の義弟(妹の夫)の手作り無農薬野菜がどっちゃり届いて、野菜三昧なのです。

まず、お客さんを呼んで飲んだくれている最中に届いたロメインレタス。愛用本「伝言レシピ」を参考に、鶏レバーと砂肝をバルサミコと粒マスタードで炒めて、たっぷりレタスとともにサラダに。
むちゃウマ。

その後、このロメインレタスを使って2度ほどシーザーサラダも作りましたが、これはよそのレストランなどで食べ比べてびっくり。
どんなにしゃれたお店でも、味だけは私の(いや、義弟の)勝ち!
やっぱりサラダは、野菜そのものが元気であることが一番のおいしさのヒミツなんですねえ。

あと、これはヒット!と思ったのが、ゴボウのパスタ。
息子がゴボウを嫌いなため、普段はゴボウをなかなか料理できないんですが、お休みの日の昼間、息子が野球の練習に出かけているのをいいことに、夫婦でゴボウパスタとロメインレタスのシーザーサラダに赤ワイン。
昼間から、いい気分。

ペペロンチーノに大量のゴボウのささがきを投入しただけなのですが。
これ、むちゃくちゃおいしいです。
義弟の薫り高く柔らかいゴボウのおかげか。
それともどのゴボウでも、ある程度この味が出るのか。
今度スーパーのゴボウでも試してみようっと!

で、先週末、「たぶん今期最後だから」と、セイコガニをお取り寄せ。
昨夜は、食べ終わった蟹の殻をオーブンで一焼きし、粉々にし、スープを取りました。
今朝はこれでたっぷりのおじや。
朝から食べ過ぎ。

これじゃあ、ダイエットなんて夢のまた夢ね。
確か夫の今年年始の目標は「3キロ減量」だったはずだけど、この前息子に「父ちゃん、目標達成した?」と突っ込まれて、「ううう……。あの目標は来年に持ち越すからいいんだ」としどろもどろの説明をしていたっけ。
2人で向かい合うと、1時間後にはワインが1本空いてしまう夫婦なので、なかなかダイエットに至りません〜。


2人のヴァイオリニストを育てた母五嶋節さんの記事

二人のヴァイオリニストの母、五嶋節さんの子育てという記事を書きました。
そう。ご存じ、五嶋みどりさんと五嶋龍さん姉弟を育てた、肝っ玉強烈母ちゃん、です。

お会いする前に「母と神童 五嶋節物語」を読んでいて、ちょっと思い悩んでいたのでした。

幼い子どもに徹底してヴァイオリンを教え込み、ヴァイオリンでは一切の妥協を許さず、一方で、それ以外のことはすべて許し、身のまわりのことはすべて母がやってやり、料理も洗濯も手伝わせることなく、学校の勉強をしている時には「時間がもったいない」とその口元まで食事を運んでやり……。
この母親のパワーに抗える子どもはいないだろうなあ、と。
本の前半を読みながら、「これで子どもに才能や実力がなく、途中で挫折したら……これまでよく取材した摂食障害の子たちをどうしても連想しちゃうよなあ」などとも思いました。
そしたら、本の後半、五嶋みどりさんが二十歳を過ぎてから摂食障害に悩むシーンまで出てきてしまって。さらに考え込んでしまったのでした。

節さんをインタビューして、その「子育てサクセスストーリー」を聞かされても、
私は素直にそれを書けるんだろうか、などと。

ところがそれは杞憂でした。節さんは私が考えていたより、もっともっと器が大きかったです。語ってくれたのは単なる「サクセスストーリー」ではありませんでした。

自分が行ったヴァイオリンレッスンを、「『いつやめてもいいよ』と子どもに言いながら、子どもが『やめたい』と言えないところまで追いつめていた」と分析し、「後悔しています」とも。
一方で、「でも親が子どもにこうなってほしい、と願う思いは素直に押し付けたんていいんです」と胸を張り、「後悔ばっかりの子育てだったけど、私は自分自身が実力以上のことに挑戦する姿を子どもに見せてきました」と語ってくれました。

「後悔してます」と言った時の、節さんの表情やら、口調が、あまりに前向きで、きっぱりと潔く、それが一番印象的でした。
子育てには後悔がつきものだけれど、節さんは、後悔してグジグジとしているヒマを惜しんで、子どもと向かい合い、一歩でも前進しようとした人だったんだなあ、と。

みどりさんが思春期のころ、「いい子」で一切行動が荒れたりしなかったのに、ヴァイオリンの音色のほうにその心中の苦しみを感じ取り、愛娘の「表に出せない反抗期」を舞台のそでで、足をがくがくさせながら、涙をぼろぼろ流しながら、見守るしかできなかった話など聞くと、ああ、この人はこんなに早くから気付いてもいたのだなあ、と。

そんなことを、つらつらと書いてみました。

息子が借りてきた絵本2冊

息子が学校の図書の時間に、本を借りてきた。
1年生の時は、延々と「ゾロリ」シリーズばっかり借りてきて、うんざりしたものだけど(いや、確かにゾロリはおもしろいけどさ)。
2年になってからは、読めもしないのに、字の多い本を借りてきては「ムリ〜。母ちゃん、読んで」と読み聞かせを強いられてきたのだけれど。

今回の2冊はヒットだ。
大好きなきむらゆういちさんの文章に、大学時代に何度かお会いした大好きな画家の田島征三さんの絵。「オオカミのともだち」。この絵、すごく好き。話もいい。親子で何度も読んだ。

もう一冊は、内田麟太郎さんのナンセンス絵本。絵は荒井良二さん。
「うそつきのつき」
声に出すとさらにおもしろい、言葉遊びの本!

この2冊のセレクションを見たとき、「あんた、これ、誰に選んでもらったの?」と詰め寄ってしまった。こんな選び方をする先生がいるなら、ぜひ目に掛かりたい、と思ったから。
だって私と趣味が合いすぎ!

ところが息子はあっさりと、「え? 自分で選んだよ」。
す、すごいじゃないかーっ。
「あんた知ってたの? ルドルフの本を書いたきむらゆういちさんや、とべバッタを書いた征三さん、『ともだちや』の麟太郎さん、ちゃんと分かってて借りたってわけ?」
思わず期待。そうかそうか、長年の読み聞かせがとうとう実を結び始めたか、と。
しかし息子は、「……ただの偶然」

あ、そ。
ちぇ、なーんだ。


「祖母と父の記憶」という記事

金曜日は、田辺聖子さんの記事(先のエントリー)と同じ日に、コラム「憂楽帳」の順番が回ってきました。
一度、「2つの記事がそれぞれ相関関係にあるような記事」というのをやってみたかったので、今回、実験的にやってしまいました。

「祖母と父の記憶」という記事です。

田辺聖子さんのインタビュー記事

大阪生まれですから。
NHKの連続テレビ小説「芋たこなんきん」は、ツボです。
この前も、テレビの中の子供たちが、「だるまさんがころんだ」の遊びの代わりに、「ぼーさんがへをこいたっ!」とやってるのを見て、「おおおお! 史実に忠実だわ」と感心してしまった。

ということで、毎朝熱心に見ていたら、いきなり田辺聖子さんのインタビューの仕事が舞い降りてきた、というわけ。「この国はどこへ行こうとしているのか」というタイトルの、むちゃくちゃ固い、重い、長期連載企画の1本。

記事は、こんな感じになりました

今回の企画は、戦後生まれの首相(つまり安倍さん)へ、というサブタイトルもついている通り、企画のラインナップにも安倍さんに苦言を呈するような原稿が多いのです。
が、今回、田辺さんは言うのだもの。
「安倍さん? お育ちも良さそうだし、ふふふ」
企画の趣旨に応じてインタビュー記事に恣意的に手を加えるようなことは嫌なので、極力、そういうセリフをそのまま生かしてみました。
「ふふふ」までそのままに、書きました。

個人的に、田辺邸で最も驚いたのは、長く秘書を務めておられる女性(田辺さんのエッセイで「ミド嬢」という名で登場される方)が笑った時の顔が、「芋たこなんきん」で秘書役を演じているいしだあゆみさんにそっくりだったこと!
いや、秘書の方がいしだあゆみさんに似ているのではなく、いしださんが秘書さんの立ち居振る舞いや笑顔を真似し、演じているというわけなんだろう。

そういえば、存在感では誰にも負けない藤山直美さんと共演して、まったく食われることがない、という点でも、いしだあゆみさんってすごい!