さて、どんな年だったか、と振り返ったら、「不完全燃焼」の5文字が思い浮かんだ。確かにそうかもなぁ。
まず会社の仕事。
前半は、赤瀬川原平さんとの東京散歩連載企画。
大尊敬するお相手との散歩旅は、本当に勉強になることが多くて、楽しくて、豊かな経験だったけれども、自分で記事を書く回数がガクンと減ったために、いつも後ろめたい気分だった。
赤瀬川さんは極めてユニークな目を持った人で、特にそれが光るのは「モノ」に絡んだ時だ。赤瀬川さんは、「ヒト」より「モノ」に絡む人なんだと思う。
私はどっちかというと「ヒト」絡み人間なので、「モノ」に絡む体験はとても新鮮だった。でも、時々、猛烈に「ヒト」に絡みたくなったっけな。
だからだと思う。
赤瀬川さんの連載の合間に月2回ほど担当した記事はすべて、誰かへのインタビューだった。
小田和正さんや、森昌子さん、ちばてつやさん……。
実は私、社会部時代は「インタビュー記事なんて誰でも書ける」と傲慢なことを考えていた気がする。特ダネでもなければ、何か問題を提起するわけでもないじゃない、と。聞いたことを書くだけでしょ、と。
それが今の部署に来て、ロングインタビューを手がけることが増えた。
それでもしばらくは、インタビュー記事は私にとって、最も力のいらない、楽な仕事、というイメージがあった。
ところがある時、自分以外の同僚記者のインタビュー記事を読んでいて、ほかのメディアでは絶対に語ってこなかったような話を相手から見事に引き出していることに気付いた。「すごいですねー」とその記者に感動を伝えたら、何て事ないふうに「だってそういう箇所がなきゃ、読者にすれば、その人の著書読んだほうがマシ、ってことになるだろ」と言われた。
ガツンと来た。
それから、インタビュー記事の攻略は私の一つの課題だった。
それに気付いたのが3年くらい前かな。
今年はその課題をかなりクリアできて、インタビューのおもしろさが初めて分かった年だったんだと思う。
でも、一番心に残った記事が何だったか、と言われたら。
やっぱり、「詩人が死んでいく」の一文で始めた茨木のり子さんと宗左近さんの記事だった。
小田和正さんのインタビューや、プライベートで聴いた内田光子さん、ツィマーマンのピアノコンサートなどを通して、「音楽ってすごい。言葉でこれをどうやって言い表せるんだろう」と思うことが増えていた。それが、茨木さんや宗さんの詩作を読み、記事を書く過程でしみじみと痛感した。
「やっぱり言葉ってすごい。言葉の持つ力を信じられないとしたら、それは私が力不足だからに過ぎないんだ」と。
言葉の力をあらためて心に刻んだ年でもあった。
一方、会社の仕事以外では、ほとんど何もできなかった。
実は、在庫切れになっちゃった「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)のテーマを引き継ぎ、現状を取材し直して、本を1冊出そうと決意してはいたんだけれど。
(薬物依存の子どもを持つ親の環境はここ10年、驚くほど変わってきているからね)。
春から始めた取材は途中で頓挫した。
息子のクラスで色々問題が生じ、息子自身もとてもストレスを溜めていることが分かり、親として今年はもう少し息子と学校に関わらざるを得ないと思い至ったから。
会社の仕事以外に時間を遣う、ということは、必ず息子との時間にしわ寄せがいくわけで、「今年はその年じゃない」と早々に覚悟を決めたというわけ。
これがたぶん私の「不完全燃焼」感の一番の原因だと思う。
不完全燃焼、といえば、やっぱりピアノもそう。
去年は年末にピアノの発表会があって、秋ごろからはもう、身も心もピアノに捧げます〜といった状態で、気持ちは年末に向けてどんどん盛り上がっていき、発表会で完全燃焼し、充実した気分で年末を迎え、「うーん、今年はいい年だったなぁ」と振り返ることができたのだっけ。
今年は発表会がなかったから。
後半半年でバッハインベンションをじっくり弾き込んだり、貴重な経験ではあったけれど、バーンと弾ける感じではなかったしなー。
来年2007年はどんな年になるのかな。
まず春にピアノ発表会。
それから……。
来年は完全燃焼で行きたいところだけれど、この歳になると燃え尽きるのもそれはそれでツライので、やっぱりジクジクとゆっくり燃えながら充実感を高めていくことにしよう。
そもそも、1年1年のスパンで振り返るのではなく、5年くらいのスパンでできる仕事のテーマをそろそろ見つけたいな、と思ってる。
ということで、2006年にさようなら。
これから夫の実家仙台に向かいます。
まず会社の仕事。
前半は、赤瀬川原平さんとの東京散歩連載企画。
大尊敬するお相手との散歩旅は、本当に勉強になることが多くて、楽しくて、豊かな経験だったけれども、自分で記事を書く回数がガクンと減ったために、いつも後ろめたい気分だった。
赤瀬川さんは極めてユニークな目を持った人で、特にそれが光るのは「モノ」に絡んだ時だ。赤瀬川さんは、「ヒト」より「モノ」に絡む人なんだと思う。
私はどっちかというと「ヒト」絡み人間なので、「モノ」に絡む体験はとても新鮮だった。でも、時々、猛烈に「ヒト」に絡みたくなったっけな。
だからだと思う。
赤瀬川さんの連載の合間に月2回ほど担当した記事はすべて、誰かへのインタビューだった。
小田和正さんや、森昌子さん、ちばてつやさん……。
実は私、社会部時代は「インタビュー記事なんて誰でも書ける」と傲慢なことを考えていた気がする。特ダネでもなければ、何か問題を提起するわけでもないじゃない、と。聞いたことを書くだけでしょ、と。
それが今の部署に来て、ロングインタビューを手がけることが増えた。
それでもしばらくは、インタビュー記事は私にとって、最も力のいらない、楽な仕事、というイメージがあった。
ところがある時、自分以外の同僚記者のインタビュー記事を読んでいて、ほかのメディアでは絶対に語ってこなかったような話を相手から見事に引き出していることに気付いた。「すごいですねー」とその記者に感動を伝えたら、何て事ないふうに「だってそういう箇所がなきゃ、読者にすれば、その人の著書読んだほうがマシ、ってことになるだろ」と言われた。
ガツンと来た。
それから、インタビュー記事の攻略は私の一つの課題だった。
それに気付いたのが3年くらい前かな。
今年はその課題をかなりクリアできて、インタビューのおもしろさが初めて分かった年だったんだと思う。
でも、一番心に残った記事が何だったか、と言われたら。
やっぱり、「詩人が死んでいく」の一文で始めた茨木のり子さんと宗左近さんの記事だった。
小田和正さんのインタビューや、プライベートで聴いた内田光子さん、ツィマーマンのピアノコンサートなどを通して、「音楽ってすごい。言葉でこれをどうやって言い表せるんだろう」と思うことが増えていた。それが、茨木さんや宗さんの詩作を読み、記事を書く過程でしみじみと痛感した。
「やっぱり言葉ってすごい。言葉の持つ力を信じられないとしたら、それは私が力不足だからに過ぎないんだ」と。
言葉の力をあらためて心に刻んだ年でもあった。
一方、会社の仕事以外では、ほとんど何もできなかった。
実は、在庫切れになっちゃった「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)のテーマを引き継ぎ、現状を取材し直して、本を1冊出そうと決意してはいたんだけれど。
(薬物依存の子どもを持つ親の環境はここ10年、驚くほど変わってきているからね)。
春から始めた取材は途中で頓挫した。
息子のクラスで色々問題が生じ、息子自身もとてもストレスを溜めていることが分かり、親として今年はもう少し息子と学校に関わらざるを得ないと思い至ったから。
会社の仕事以外に時間を遣う、ということは、必ず息子との時間にしわ寄せがいくわけで、「今年はその年じゃない」と早々に覚悟を決めたというわけ。
これがたぶん私の「不完全燃焼」感の一番の原因だと思う。
不完全燃焼、といえば、やっぱりピアノもそう。
去年は年末にピアノの発表会があって、秋ごろからはもう、身も心もピアノに捧げます〜といった状態で、気持ちは年末に向けてどんどん盛り上がっていき、発表会で完全燃焼し、充実した気分で年末を迎え、「うーん、今年はいい年だったなぁ」と振り返ることができたのだっけ。
今年は発表会がなかったから。
後半半年でバッハインベンションをじっくり弾き込んだり、貴重な経験ではあったけれど、バーンと弾ける感じではなかったしなー。
来年2007年はどんな年になるのかな。
まず春にピアノ発表会。
それから……。
来年は完全燃焼で行きたいところだけれど、この歳になると燃え尽きるのもそれはそれでツライので、やっぱりジクジクとゆっくり燃えながら充実感を高めていくことにしよう。
そもそも、1年1年のスパンで振り返るのではなく、5年くらいのスパンでできる仕事のテーマをそろそろ見つけたいな、と思ってる。
ということで、2006年にさようなら。
これから夫の実家仙台に向かいます。
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