おぐにあやこの行った見た書いた

★ビリー・ジョエルコンサート@東京ドーム

★ビリー・ジョエルコンサート@東京ドーム

お友達と2人、アリーナ席。
周囲は年下より、年上が多かった。
1曲通しでたてのりで飛べる客など、ほとんどいない、そんな感じ。
でも、限界まで踊ってきました。
きっと明日(いや、あさって)は筋肉痛だ。

ビリージョエルが一番好きだったのは小学校6年から中学2年くらいまでで、その時は本当に、妻エリザベスを追い払い、自分が妻の座に座るつもりだった。
彼の、ルートビアラグってピアノの曲を聴いて、「私のやってきたピアノって何だったんだろう」と自問し、中1でピアノをやめたんだっけ。
高校に入ったころにはもう、ビリージョエルを聴いたって思い出もない。今回のコンサートも一切予習なし。だから、どの曲も25年ぶり(すごいよな)。
そもそも予習のしようがない。CD持ってないし。持ってるのはレコードだけ。しかも大阪の実家にあるし。

それでもすごいね。あのころきいた音、忘れてない。
ピアノの間奏、サックスの響き、全部覚えてる。曲名すら思い出せないのに。
10代前半の、将来何にでもなれるような希望に満ちた日々を生々しく思い出したのだった。

でも、昔は良かったよねえ、なんて言わないぞ。
歳とってよかった、とつくづく思った。
1曲通しで縦乗りでもう踊れないけど、それでも妄想力はつけた。
「素顔のままで」を聴いた時、本気で思ったもの。
「ああ、ビリー、私のために歌ってくれるのね」

1万人くらいいそうな東京ドームのアリーナ席の片隅で、ワンノブゼムな存在のくせに、それでも半ば本気で「ああ、私のためだけにこの人は歌っているのだわ」などとうっとりできるあつかましさ。
やはり40代ならではでしょう〜。
「あ〜、やっぱりこの人と結婚しておけばよかった」とか、恥ずかしげもなく口にできるのは、この歳ゆえでしょう。
何より。彼のMCの英語をほぼ理解できるなんて、中学時代の私じゃあ、絶対に無理だものね。

青春の思い出に負けないように、体力の限界まで踊ってきました。
初めて会えた生ビリー。
生ビール飲みながら、しみじみ思った。
やっぱり大人になってよかった……って。

★ぼくは旅にでた(著・杉山亮)

★ぼくは旅にでた(著・杉山亮

小2の息子がはまっているのが、「名探偵シリーズ」。ということで、作者の杉山さんの大人向けの本を読んでおこうか、と思った次第。

杉山さんがある日突然思い立ち、妻に頭を下げ、妻子を置いて1カ月国内を旅した話。最初から「はーん、理解ある妻がいて良かったわねえ、まったくさ」という偏見を抱いてしまったので、読み続けることはできませんでした。あーあ。

でも、そもそも人の旅行記なんて、よほど必要性があったり、共通項があったり、はたまたとんでもなく面白い場所の話だったり、あるいは極めて流麗な文章だったりしなければ、おもしろく読めないものなのかも。
(そう考えると、自分の書いた赤ちゃん連れ旅行記が女性にしか読まれなかった理由がよくわかるわ)。

ただ、旅から帰ってきた杉山さんが書いている文章だけは、「ふむふむ」と思ったので、抜粋。

ふつう、家庭を持つとこういう無茶はできないことになっている。
だからこそ「冒険は若者の特権」とか「海外に行くなら独身のうち」と喧伝され、そのレールの上で若い人は「今のうちだ」とばかりに「自由な旅」に競ってでる。
でも自由な旅はいつでもできる。
三〇になっても四〇になっても五〇になっても、もちろん妻子持ちでもできる。


なーんていって、あんたは妻に子ども押し付けて一人勝手に旅に出ただけじゃん、と思わないでもないが、それはご本人がこの文章のいっとう最初に「もちろん、真紀子(妻)の協力がなければこの旅は成り立たなかったのを承知で言うが」と前置いているので許そう。
でもって、できれば、真紀子さんが同じように旅したいと言い出したら、しっかり子育てを一人で担ってほしいもんだ。
きっと杉山さんは、そういうこともやっちゃえる人なんだ、と思うけどね。

★超・格差社会 アメリカの真実(著・小林由美)

★超・格差社会 アメリカの真実(著・小林由美)

在米26年の経営戦略コンサルタントが書いた、アメリカの経済史。
アメリカを4つの階層(特級階級、プロフェッショナル階級、貧困層、落ちこぼれ)に分け、それが生じた歴史を振り返っている。
特級階級は「純資産10億ドル以上のビリオネア。国内に400世帯前後」と「純資産1億ドル以上の金持ち。5000世帯前後」で構成される特権的富裕層。
その下に位置する「プロフェッショナル階級」とは、「純資産1000万飽幣紊良挈義悄廚函崕禹饂今横娃伊ドル以上でかつ年間所得20万ドル以上のアッパーミドル層」で構成されるという。
この2つの階層の合計が約500万世帯。総世帯の上位5%未満の層に、全米の60%の冨が集中している、と書く。

まあ、つまり、我が家が属するとすれば「貧困層」というわけだ。うむ。

おもしろいのは、それぞれの階層に属する人たちの気持ちについて、「これがいかにもアメリカらしいのだが、どの階層に属している人も、自分よりも下は無能か怠け者だから貧しく、上は金持ちの家に生まれたから金持ちなのだ、と思っている」という部分。
うむむ。

途中、米国の経済史を綴った章は教科書みたいで、経済苦手の私はついつい読み飛ばしちゃいましたが、たくさんのデータが盛り込まれているので、データはじっくり見てしまいました。
最近のでは、アメリカがイラクに侵攻した後、株価が上昇した会社のトップ50社リストで、明らかに石油関連企業が膨大な利益を得ているなんてことが、よーくわかるようになってます。

また、欧州のエリート家系と、米国のエリート家系との違いもおもしろいです。
「欧州では、富裕であることは良いことだが、冨を作ることは悪いこと」で、だから欧州の特権階級は「自らの財産が相続した冨であることや家柄を常に強調する」。一方、米国では、「冨を作ること」こそが良いことで、「個人の価値を計る中心的な尺度」であるため、「出発点は低ければ低いほどその人は優れているということになり、出発点がそもそも高かったこと、すなわち特権的な階級に生まれたことをたいていのアメリカ人エリートは口にしない」んだそうです。

なるほどなあ。うむむむ。

米国の公教育への洞察もおもしろいです。
「アメリカの公教育は、そもそも教育の目的や理念が、勉強や知識にはなり難い」と明言してます。なぜか。
それは「移民が多いし人種や家族の文化的背景も違うから、まずはそれらの違いを脇において、全員がアメリカ人として共通の意識を持ち、『良き市民』として互いに融合し、隣近所で一緒に生活できるように教育しなければならない」から。
そして「この努力があるからこそ、アメリカは膨大な移民を吸収して、多様な人種が共存できる国家となっている」と書くわけです。

日本との相違について考えさせられますよね。
ただし、米国のエリート家庭は、だからこそ、子どもを公教育ではなく私立の学校へ通わせたりするわけ。一方で、そういう富裕層がボランティアとして地元の公教育を経済的にサポートしている、という点もおもしろいな、とおもいます。

これほどの格差社会であってもなお、アメリカは生きやすい、と著書は書いてます。
その理由はたくさんあって……、この部分もまたとても興味深く思いました。


★日本とロシアの小さなガラコンサート

★日本とロシアの小さなガラコンサート

上野・奏楽堂で、私のピアノの木曽センセがコンサートに出演なさるというので、はせ参じた次第。
ただし息子連れ。
実は今週、矢野顕子とビリージョエルのコンサートのために週2回、ベビーシッターを頼んでしまっており、さすがに3回はまずかろう……と。で、「絶対に静かに最後まで聞くこと!」を条件に、息子を同伴したというわけ。
息子、小2。
大人向けのクラシックコンサートはたぶん初体験。

やっぱり子連れは心身疲れます。
息子が音を立てやしないか。突然しゃべりだしたりしないか。
ひやひやひやひやしてしまって。音楽に気持ちを乗せる、なんてことはなかなか難しかったです。

まあ、結論からいえば、演奏中の息子は若干、紙のプログラムを開く音を立てちゃったのと、会場が暑すぎて(足元に暖房の吹き出し口があるの。古い電車みたいに)椅子に膝を立てて座っていた(嗚呼!)のとをのぞけば、ぎりぎり及第点。
でも今回は他の大人の観客たちも平気で演奏中に紙の音を立てていたし、中には演奏中に扉を開けて入って来ちゃう人までいる始末。
普段の私なら「おいおい、勘弁してよー」な話だけど、子連れの身には「感謝感激。お陰で息子が目立たない」というのが本音だったのでした。

木曽センセのラフマニノフは初めて聴きましたが、「ひえええ、あの細腕でなぜこの迫力?」という感じでかっこよかった!
でも今日、一番楽しませてくれたのは、バリトンのウラジーミル・イリイチ・ジバエードフさん。
声も魅力的だけど、表現力もとても豊か。ロシア語がこんなに魅力的に感じたのは初めてかも。
特に「酔っぱらいの歌」なんかは、息子も大喜びの拍手喝采でした。

途中、日本の曲「さとうきび畑」をジバエードフさんが日本語とロシア語で歌ったのですが、これだけはなんかぴんときませんでした。
(息子は知った曲が出てきて、大喜びだったんですけどね)。
なんというか、さとうきび畑が「ざわわざわわ」してる光景が立ち上ってこないんです。
ロシアの歌を歌い出すと、ロシアの荒野が広がっているのが見えるみたいなのにね(って、実は私、ロシアの荒野なんか見たことないんだけどさ)。

なんだかんだ、楽しい夜でした。
最後はみんなで「トロイカ」合唱できたし。
ただ、やっぱりクラシックを聴きに行くなら、一人が一番、と思ってしまった。

★矢野顕子グループ@BLUE NOTE

★矢野顕子グループ@BLUE NOTE

いつもは、「さとがえるコンサート」に行くのだけれど、今回はライブハウスの矢野顕子さんを見たくて、こちらを選んでみました。
いいわー。
何しろ、舞台までむちゃくちゃ近い。教室の先生と生徒ぐらいの距離。飲み食いしながらのリラックスなムード。身体ゆらして、心揺らして、身体の中にいっぱいいっぱい音楽を貯め込んで……。
アンコールの時、パンパンパンパンと定型リズムの手拍子を打つと苦しくなり、ついつい自由に、弱起変速乱れまくりの手拍子を打ってしまうほどに、心も体も音楽でいっぱいになっちゃいました。
ああ、幸せ。

今回、心に残ったのは、
「きよしちゃん」。
もちろん闘病中の忌野清志郎さんのことを歌った曲で、なんかジンとしてしまいました。
音的には、「青い空」「そこのアイロンに告ぐ」あたりが今回は楽しめました。
しみじみ思うけど、彼女の場合、ピアノも素敵だけれど、声が何よりの楽器なんだなあ、と。

雰囲気だけでいうと、私はたぶん、圧倒的にNHKホールなどのコンサートホールより、ライブハウスが好き。
ただなあ。
やっぱりピアノの音を追いかけてしまうほうなので、そうなると、夏に聴きに行った第一生命ホールのコンサートなんかはもう最高だったわけで。
ライブハウスのピアノの音は、根本から違うのが当たり前で、比べるほうが間違えていると重々承知しつつも、今度、ブルーノートとコンサートホールとどちらかを選べと言われたら……すっごく迷ってしまうんだろうな、という気がしました。
音響のいいホールでのソロ弾き語りコンサート、実はとても大好きなんですよね。

ま、それは置いておいて。
なんとも幸せで贅沢な夜でした。
身体中につまった音楽を外に出さないと苦しくて、帰路はずっと一人で歌って帰ってきました(できるだけ人通りのない夜道を選んで歩いたの)。
最初は矢野顕子さんの歌を次々に。
そこからいつの間にか、シューマンの「ミルテの花」の1曲目「献呈」(それもリスト編曲のど派手なピアノ曲バージョン)を一人盛り上がって歌い上げておりました。
テンション高すぎ。

やっぱり、次の発表会の曲。
これにしようかしら……なんて。




★「ダーウィンの悪夢」(フーベルト・ザウパー監督)

★「ダーウィンの悪夢」(フーベルト・ザウパー監督)

アフリカのヴィクトリア湖を舞台としたドキュメンタリー映画。
極めて、重い内容です。
タンザニアの主要輸出物である白身魚のナイルパーチ。半世紀ほど前に放たれたこの肉食の魚は、湖の生態系を大きく変えた。が、地元では「大金になる魚」ともてはやされ、湖の周辺では加工・輸出の一大魚産業が誕生する。
しかし、冨はすべての人にもたらされたわけじゃない。
魚を空輸する外国のパイロット相手の売春婦。魚の梱包材を溶かし、発生する粗悪なガスを吸い、空腹や身の危険を忘れようとするストリートチルドレン。ウジのわいた魚の残骸から食べ物を得る貧しき人々……。
さらに、魚をEU諸国に空輸する輸送機は、アフリカに空っぽで飛んでくるわけじゃない。どうやらコンゴ、リベリア、スーダンあたりに武器を運び、その帰りに魚を積んで帰るらしいことが判明してくる。
たまらない現実です。

この映画、まず、ドキュメンタリーの映像の力に圧倒されます。
視覚と聴覚のみで情報を受け取っているはずなのに、うだるような暑さや、強烈な腐臭まで、伝わってくるんです。
ものすごい不快な、やりきれない感情を引っ張り出されてしまい、肌感覚で「うわあ、いやだ」と不快感を感じてしまう自分自身に愕然とするわけです。

あと、魚の研究所の夜警を勤める男性が、とても力のある顔をしていて、とても印象的でした。「たいていの奴には戦争はいいことだ。仕事になるから」。軍の給料はとてもいいから。「戦争が怖いかい?」と撮り手に逆に聞き返す時の表情など、ドキリとさせられます。

最後の最後に登場する魚輸送機のロシア人パイロットの存在も印象的でした。
最初、取材に対し、「政治のことは何も話したくない」と頑なに口を閉ざしていた彼が、とうとう、やりきれない表情で、武器をアフリカに運んだことを認めるんですね。
この時、ふと思いました。
正義感に満ちあふれた一部の人は、こういう問題を目の当たりにした時、ナイルパーチという魚の加工や輸送に携わり、武器をアフリカに運ぶことを手助けしている人を非難しがちだけれど。
彼らはまだ、現実を知ってる。現場を見て、わりきれなさを抱えながら働いている。罪深いのは、地球の裏側で、その現実に目を向けようとしない人間のほうだよなあ、と。

ちなみにこのナイルパーチ、EU諸国に継ぐ輸入国は日本だそうで。
外食産業の白身魚のフライなんかに主に使われているそうです。

このドキュメンタリー映画が上映された欧州では、すぐさま「ナイルパーチ不買運動」なるものが起こったそうな。
いかにも、な話。
監督は言ったそうです。「ナイルパーチだけが特別なのではありません。身近なチョコレートにもダイヤモンドにも、背景には深刻な問題がある。最中のボイコットではなく、武器のボイコットを、愚かな行為のボイコットをしてください」と。

どうにもこうにも簡単に解決できそうになく、いったい、どうすればいいんだよー、とものすごく気分が重くなる、そんな問題提起型の映画でした。解決への道も、答も、あえてそぎ落とした意図も、どうやらそのあたりにありそうです。


子どもに説明する、という迷宮

今日、NHKが昔放映した「映像の21世紀」という番組の録画を見ていたら、第二次世界大戦の話が出てきた。
息子がよく分かってないようだったので、「世界ではこれまでに何度も何度も戦争が繰り返されてきたんだけど、中でも、世界のあちこちの国を巻き込んだ戦争が2回あってね。それを第一次世界大戦と、第二次世界大戦っていうの」と説明してやった。

すると息子がいう。
「ってことは、日本はアジアのほかの国とチームを組んだの?」

うーーーーーーーん。
子ども心には、「日本はアジアだから、アジアの国々とチームを組む」というのが最も自然だと思われたらしく。
それが史実とはあまりに違うことに、しばし、うなってしまったのだった。

とりあえず、説明を再開。夫も加わり、ああでもない、こうでもない……と。
私 「第二次世界大戦では、日本はドイツとイタリアと仲間だったの」
夫 「で、相手は、アメリカとイギリスとフランスと旧ソ連と中国などの連合国軍」
息子「相手のほうが多いね」
私 「そう。で、負けたの」
夫 「日本が中国にまず攻め入って」
私 「でも、中国に居座ってたのは日本だけじゃなくって」
夫 「そうそう。植民地……ってどうやって説明しようか」
私 「うーん。あのさ、アメリカには昔インディアンがいたって絵本とかで読んだよね」
夫 「インディアンじゃなくて」
私 「あ、ネイティブアメリカン。わからんよな、そんなの」
夫 「地球儀持っておいで。どの国が海を越えてどの国を植民地にしていったか全部おしえてやるから」

………。
そのころにはもう、息子はすっかり興味を無くし、必死で知恵を絞ってる両親のことなど、相手にもしてないのでした。

夫 「そもそも、何を説明しようとしてたんだっけ」
私 「植民地じゃないし……そうそう、世界大戦」

子どもに何かを説明しようとすると、決まって夫婦で一緒に迷宮に迷い込んだみたいになってしまう。
子どもでも分かるように単純化して話そうとしても、ポリティカルコレクトネスとか、あまりに単純化した話の持つ弊害だとか、色々気になって、さらに歴史を遡ってしまったりして、最後は、「何を説明しようとしてたんだっけ?」と壁にぶつかり……。
ふと隣を見れば、息子はすっかり関心を失い、別の遊びに夢中になっていたりするのだ。

★ウルトラ・ダラー(著・手嶋龍一)

★ウルトラ・ダラー(著・手嶋龍一)

あんまり話題になっていたので、読もうと思って図書館で予約入れたら、とんでもない件数の予約がすでに入っていて、私の手元に入ったのは出版から半年以上が経ってからでした。

最初に読み始めて、ウムム?となったのは、「これってどこまで本当なんだろう。どこまで創作なんだろう?」という疑問。
ノンフィクションノベル、と言われても、仕事柄、素直にそれを楽しむなんて無理なんだもの。
「事実」なのか、「事実である可能性は極めて高いが裏は取れない情報」なのか、「もっぱらの噂」程度なのか、「断片的な情報をまぶした創作」なのか、それぞれの事項について、あるいは登場人物について、そこが気になって気になって、小説として楽しむことがなかなかできなかったです。

読後、ご本人のサイトを見に行きました。

いろいろ読むに、「ノンフィクションとして書くにはあまりに危険な情報ゆえに小説の形を借りた」ということのようです。
実名がぽんぽんと飛び出す小説で、おまけに「これが事実だったら、全然知らなかった〜」みたいな衝撃もいくつかあって、なるほど話題作といわれる理由はよく分かります。

ただ、登場人物の中で、とある官僚などはもう、誰の目にもモデルが明らかだったりして、となると、いくら小説とはいえ、奥さんは不倫させちゃうし、「そういうの、あり?」という気もするのですが。
また、終盤、「事実」の持つ力強さが段々と削がれていく感じで、おまけに小説としても結末が今一つで、それが残念な感じがしました。

冷蔵庫、発掘!

本日はセイコガニ。
スティックセニョールの茹でたもの。
昨日のゴボウのきんぴらの残り。
昨日食べたセイコガニの殻をオーブンで焼き、粉にして、出汁を取ったもので作った吸い物(蟹そのものより、蟹らしい味!)

これに白ワインで夫婦で酔っぱらっていたら、いきなり夫がご乱心。
冷蔵庫をがばっと開け、「わけのわからないものが入っているこの冷蔵庫を掃除するぞっ!」と息巻いた。

出てくる出てくる。

賞味期限3年切れた生梅しそ。
息子の好みの味。取りあえず食べたら、腐ってなさそう。
息子、早速冷凍室からご飯を取り出し、チンして食べ始める。
ま、死にやしないだろ。

次。
沖縄で買った「豆腐よう」。
たぶん3年くらい前の。カビている。
あーん、高かったのに。

さらに次。
おぼろ昆布。
夫によれば「なんか園芸用の肥料みたいな感じになってるぞ」

さらにさらに次。
カリンの蜂蜜漬け。これは確か息子がまだ保育園時代、遠足で行った植物園でカリンを拾ってきた時に手作りしたものだっけ。ということは……うわ〜、最低でも3年は経ってる!
カビが若干見える。フタを開けて、上澄みだけでも飲んじゃおうかなと試みるが、そもそもフタが……開かない。

さらにさらにさらに次。
5年前に買った干しイチゴ。
もう、カラカラ。固い。これは私が頑張って食べる。

ほかにも賞味期限が切れたものが出てくる出てくる。
賞味期限はあまり気にしない私なんだけどね。
本日は、賞味期限3年過ぎた冷凍パイシートでアップルパイ作ったし。おいしかったし。死にやしないし。

遺跡の発掘のように瓶詰めが次々出てくる冷蔵庫に「ひええええ」「きゃーーーー」などと悲鳴を上げていると、夫はさらに調子に乗ってきて、「おれってすごいな。ものすごい働きぶりだよな」と自画自賛しながら、冷蔵庫の仕切を取り出しては延々と流しで洗っていた。
日頃はたいして働かない夫なのに。こういう時は役に立つ。
すごいな〜。酔いの勢いって。

いよっ!
日本一!

と夫を持ち上げながら、淡々とワインを飲み続ける妻なのであった。

母子でイカを食べに函館……の記事

ある日、イカが青い海を泳いでいるテレビ番組を見た息子が、「母ちゃん、あのイカ、透明だよ。刺身のイカは白いのに」と言った。「ああ、この子はイカが大好きだけど、生きているイカの透明感を知らなかったんだなあ」としみじみしてしまった。
そんな時、職場の上司から「2人旅の企画があるんだけど、記事を書いてくれない?」と頼まれて、二つ返事で引き受けた次第。

で、書いた記事が本日の夕刊に載りました。
息子がイカを釣っている瞬間を写したカラー写真が紙面に載ってしまってます。いいのかなあ。

こんな記事。
**************************************

 ある日、小学2年生の息子がテレビを指さし、こう言った。「このイカ、透明だ! 刺し身のイカは白いのに」。テレビ画面では透明なイカの群れが青い海を悠々と泳いでいる。その途端、息子に透明なイカを無性に見せたくなった。「よし、行こう」。かくして私は息子を連れて、函館へ−−。

 朝7時15分。函館朝市は観光客で大にぎわい。「サケでかーい」「カニが動いてる!」。海鮮物好きの息子はすっかり興奮している。威勢の良い売り子たちの掛け声をくぐり抜け、まずは今回の旅の目的、「透明のイカ」を探す。

 たどりついたのは、函館朝市名物の活(い)きイカ釣り。釣り堀でイカを釣り上げ、その場で刺し身にしてもらう。泳ぐのは早朝に水揚げされたばかりの数十匹のヤリイカ。スルメイカより小ぶりだが透明感がある。息子が釣り堀をのぞき込み、叫ぶ。「母ちゃん。すごい。ホントに透明だっ!」

 息子は緊張した顔で、釣り糸をそっと釣り堀にたらした。しかしヤリイカは元気いっぱい。すぐに逃げてしまう。息子は段々と弱気になってきて「これを釣ってもいい?」。指さす先にはプカプカと浮かぶ死にかけのイカ。おいおい。前日は「一番大きいのを釣るぞ!」と宣言していたんじゃなかった?

 それでも数十秒後、「ひっ」という息子の声の後に、ピューッとイカが水を吐き出す音が続き、元気なヤリイカを釣り上げた。

 めでたしめでたし。

     ◇

 息子はイカに目がない。刺し身との出合いは満1歳のころで、まだおっぱいを吸っていた。保育園時代、スルメや塩辛の深遠なる味にもはまり、今年の夏休みはイカを自由研究の素材に選んだ。スーパーで買ったスルメイカをハサミや包丁で解体し、炒め物や刺し身、内臓を使って好物の塩辛も作った。さらにイカ墨で習字や絵も描いた自由研究は随分と好評だったらしい。

 息子を函館まで連れてきたのは、東京のスーパーに並ぶイカと海で泳ぐイカがつながっていると知ってほしかったから。実は私、「魚の切り身が海で泳いでいる」と勘違いしているらしい今どきの子どもを笑えない。昔、イクラを食べながら「海をキラキラと泳ぐ姿はすてきでしょうね」と言い、大恥かいた。息子に同じ轍(てつ)を踏ませたくなくて、昨冬は自宅でイクラをふ化させ、サケの稚魚を親子で荒川に放流しにも行った。

 だから、今回の旅は「自由研究の最終章」と位置づけた。そう。キャッチフレーズは「生きた教育」。決して母親の食い気を満たすための旅ではないのだ。

     ◇

 息子の獲物を早速さばいてもらった。調理代込みで1杯1000円(時価)。ウネウネと足をくねらせるイカが、見る見る刺し身へと姿を変えるのを、息子がじっと見つめている。生き物が食べ物に変わる瞬間だ。

 おろしたてのイカ刺しは、ところてんのように透明で、角が立っていて美しい。コリコリとした食感。感動の味なのである。この日はヤリイカだったが、スルメイカの日は内臓も刺し身で食べられるそうだ。

 「ホントに透明だね」「吸盤が口に吸い付くぅ」「おしょうゆは付けないほうがいいよ。甘いのが分かるから」。さっきの弱気はどこへやら。我が家の「イカ食い」君は、実に幸せな、いい顔をしている。

 ふと思う。「おいしい」と「幸せ」は似ているな。

 見る見るうちに刺し身の皿は空っぽ。「次はイクラ丼だっ」と立ち上がるころには、「透明なイカ」はすっかり腹に収まり、「生きた教育」なんて大義名分は私の頭から抜け落ちていた。イカ、イクラ、カニ、ホタテ、ウニ……。あとはもう、食欲の導くままに。

 異国情緒漂う北の街で、我々親子はロマンチック路線に背を向け、ただ幸せをムシャムシャと食べ尽くしたのだった。


「サンタはいないんでしょ」の記事

とうとうこの日が来てしまった。
「母ちゃん、サンタさんって本当はいないんでしょ?」
その時のショックと、思い出話を、こんな記事にしました。

「サンタの涙」という記事。

短いので以下にコピペしますね。

 「サンタさん、本当はいないんでしょ」。
 小学2年の息子に問いつめられた。「いるに決まってる」と言い繕ったものの、「うそつきは泥棒の始まり」としつけてきた手前、居心地が悪い。ふと、幼い日の思い出がよみがえった。
 あれは確か私が10歳のころ。「サンタはいない」と笑う友達に「絶対にいる。命賭ける」とたんかを切った。「絶対いるよね。命賭けちゃった」とすがったら、母は「ごめん」とうつむき、ホロホロと泣いたのだっけ。
 今も不思議。なぜあの日、母は泣いたんだろう。
 尋ねそびれているうち母は死に、私は長じて母になった。トリックや小道具を駆使した母親譲りの演出で、毎年、サンタの来訪を息子に信じ込ませてきた。
 たくさんうそも重ねた。ただ息子の喜ぶ顔が見たくて。
 「サンタさんが母ちゃんであるはずがない」。検証の末、自分なりの結論を出した息子の幼い横顔をみながら、ふと思う。いつか私にも息子に「ごめん」と泣いて謝る日が来るのだろうか。
 その日になれば、私にも母の涙の意味が分かるのだろうか。

生の大根、生のゴボウ、生のカリフラワー

今週末もまたまた、セイコガニが我が家に届きました。
今回は、福井に暮らす妹夫婦が送ってくれたのです。

セイコガニ、今回もおいしくいただきましたが、それ以上に感動を呼んだのが妹の夫(専業で農業をやってるの)の手作り野菜!!

私の太ももほどの巨大大根。みんなで生でかじったら……
「あ、まーーーーーーーーーーーーーい!!」
糖度は果物並みではないでしょうか。
ツナと一緒にサラダにしましたが、生でかじってるだけでもおいしい。

次はゴボウ。
こちらはきんぴらにしようと千切りにしながら、気付いた。
「なんか、柔らかい!」
つい、これも生で食べてしまった。さすがにゴボウだから生はいかがなものか、と思ったけれど、でもやっぱり、うん、おいしい。

さらに、カリフラワー。
実は、取り立て野菜の感動度合いのナンバーワンはカリフラワーではないか、と常日頃思っているのです。
あと枝豆、とうもろこしとか。収穫から時間が経つほどに驚くほど糖度が落ちていく野菜ですものね。
これも生でかじってみました。ああ、やわらかい。
火を通すのは数十秒でいいな、と目算を立て、干しホタテとシイタケと昆布の出汁でさっと煮て、片栗粉でとろみをつけてお終い。
カリフラワーはやっぱり、薄味がおいしい!

ということで、取り立て野菜、それぞれ生でかじって幸せをいただきました。
妹とは2人姉妹で、とても大好きな相手なので、福井の人と結婚すると聞いた時はちょっと涙目で、ちくしょーちくしょーとか思った時期もありましたが、今夜、おいしい野菜とカニを食べながら、思わず私が口にしたセリフは……。

「妹が福井の人と結婚してよかった〜」

ま、人間こんなものです。
ごちそうさま〜!


マッサージ違い

先日、家族3人で岩盤浴に行った。
息子は思いのほか、気持ちよかったのと、ちょいと大人の世界をのぞいたような気持ちになったらしく、「父ちゃん、今度、岩盤浴、いついく?」などとえらそうに言う。

8歳児が岩盤浴かよ、と思っていたら、本日はこんなことが……。
息子がマンションのポストに入っていた小さなビラに興味津々。
「母ちゃん、今度、ここのマッサージに一緒に行ってみようよ」と、これまたちょっと気取って言う。
何をえらそうに、マッサージは岩盤浴とまた違うぞ、と内心思いつつ、息子のチラシをのぞきこんでみたら……。

チラシはピンク色で、何やらハートなんかが散らばっていた。
うーん、そのマッサージ、違うかも。
君はおろか、母ちゃんもお客さんにはなれないみたい。

「今度母ちゃんとここに行くんだよ」などと学校で言い出しかねないので、チラシは即処分したのだった。


★イアン・ボストリッジ@東京オペラシティー

★イアン・ボストリッジ@東京オペラシティー

夜の取材の予定が大幅に変更になり、すでにベビーシッターさんも頼んであることだし、と急遽行くことにしたのでした。
ピアニストの内田光子さんが好きで、ボストリッジの前回来日時には内田さんが伴奏した、といういわば「内田つながり」で、ちょっと気になっていたボストリッジだったから。

また、演目に予定されていたシューベルトの「冬の旅」はものすごく好きな歌曲(といっても、生で聴いたことはなかったの。いつもCDで聴くばっかり)で、中でも「春の夢」はもう、最初の伴奏だけで涙が出るほど好きな曲なわけで、今回はもう、行くしかないかな、と。
ただし、普段からピアノのコンサートばかりで、歌は初めてだったので、自分のほうに音を楽しめるだけの耳があるかというと……ちょっとビミョー。

今回、ボストリッジ自身の希望で、演目の順番が「冬の旅」(シューベルト)→「冬の言葉」(ブリテン)に変更になったようでした。
が、私みたいに素人からすれば、全曲耳になじみのある「冬の旅」から入ってくださって、ありがたかったと思います。

ボストリッジが舞台に登場した時の第一印象。
この人、ずるい。
立ってるだけで絵になる系(こんなお顔。おまけに長身)。
見かけで絶対得しているタイプ。
案の定、「本日CDお買いあげの方にはサイン会も」というアナウンスに、休憩時、CD売り場は大混雑してましたもの。

で、肝心の声ですが。
優しい甘い声でした。高音は透明で、低音は見かけのわりには線が細すぎず。
いやはや色気のある声でした。
「冬の旅」ですから、もっと重く歌うのかな、と予想していた部分で、とても柔らかく軽く歌う部分が何カ所かあって、でもそれが不思議と感受性豊かで傷つきやすい青年の心を切なく聴かせてくれた、って感じ。
「こういう人に片思いとかされたら、たまりませんなー」とオバサンはありえない妄想に浸りそうになった次第。

でも、やっぱり気になるのは、ピアノ伴奏のほうで。
たかだか2枚ほどCDを聞きかじってる程度なので、自信を持っては言えませんが、かなり個性的な伴奏だった気がします。
なんというか、歌い手さんと時々背中合わせに立ってる感じ。
目立つんです。
で、ところどころ、びっくりするくらい、ボストリッジと解け合う瞬間があって、そこが本当に美しいの。
好き嫌いはあるのかもしれないけど、私は楽しめました。
特に、「冬の旅」の最初から、「菩提樹」に入った瞬間の2人の「融合シーン」(ちっとも音楽的ではない変な表現だけど)は、胸に染みました。
さらに最後の2曲、「春の夢」「孤独」はすごく素敵でした。

ブリテンの歌曲は初めて聴きました。
おもしろかったです(って小学生の日記じゃなかろう>じぶん)。
こちらも最後の曲への組み立てが見事で、ああ、これを最後に持ってきたかったんだろうな、と思わせる響きでした。
「冬の言葉」は、聴く側の自分の耳がちゃんと育っていたら、もっと楽しめた気がして、ちょっと悔しい思いをしましたが。

アンコールは、野バラ以外は全然知らない曲だったけど、どれもシューベルトだと思いました。あとで調べてみると、「月に寄せて」「野ばら」「別れ」(いずれもシューベルト)だったようです。

やっぱりシューベルトの「転調の妙」は驚きの連続で、そのたびに、こっちの心まで揺れてきて、たまりません。

こうなるともう、来年のピアノ発表会、またしてもシューベルトを選んでしまいそうな予感。
数日前まで、シューマンの歌曲のリスト編で思い切り、甘く、派手に……と思っていたのですが、やっぱり、シューベルトの孤独と心の揺れの魅力には抗えないのかも。

セイコガニ、解禁!

とうとう今年も、セイコガニ解禁の季節がやってきました。
ということで、早速、楽天でセイコガニ4杯を取り寄せました。
送料込みで7000円ちょっと。

本日のメニュー。
セイコガニ(茹で蟹)
牡蠣とジャガイモとネギのスープ(先日のオイル漬けを作った時に出た大量のエキスを冷凍してあったものを使用)
ゴボウのきんぴら。
キンキンに冷えた辛口白ワイン。

一人1ぱいずつゆで蟹を食べた後、残りの1ぱいは3分割し、ご飯に乗せて、「開高丼」にしました。
開高健が「海の宝石箱」と称した味であります。

んまーい!
満足。

ピアノ発表会は5月6日!

最近、夫が私によく言ったのが、こんなセリフ。
「去年の今ごろはピアノの発表会だったよなあ。今年はないの? もしかして、先生が『おぐにさんには声をかけないようにしましょー』とか言ってるんじゃないの?」
えーん、いじわるー。

ところが本日のピアノレッスンで、木曽センセはいうのです。
「おぐにさん! 今度の発表会が決まりました。5月6日です」
その瞬間、私が思ったことは2つ。
「なーんだ、こっそりのけ者にされていたわけじゃなかったんだ〜」と、
「5月連休の最後かー。連休中、遊べないじゃん」。
でも、やっぱり楽しみ。
次はどんな曲にしよう。
前回がシューベルトだったから、今度は思い切って派手なので、シューマンの書いた歌曲のリスト編曲なんてどうだろう……とまた無謀なことを考えてしまうのだった。

本日のレッスン。
バッハインベンションは3、10、11番を弾いて、3番を完成させ、今度は10、11番に加え、6番をやることになった。
10番は「アーティキレーションを独自に考えてください」が課題。
例えば、シフとゼルキンのCDを聴くと全然違う。
片方は、ノンレガート。
片方は、混在型。
すべてレガートで弾く人もいるらしい。
「混在型でいいので、自分が一番いいと思うアーティキレーションを考えてきてください。おぐにさんがどう選ぶのか、楽しみにしてますよ」と木曽センセにプレッシャーかけられ、楽しみなような、怖いような……。

ところで、本日のレッスンはかなり危うかった。
というのも、レッスンの2時間前にワインを1杯飲んじゃったの。
学芸会の打ち上げを夫婦でついつい(息子は給食@学校。へへへ)。
そしたら、酔いが若干残ってしまって。
ちょっと長い曲を弾くと途中で頭がパンパンになって、「ああ、集中力が限界。切れる、切れそう!」とてんぱってしまって、最後の最後に集中力が切れ、悲惨なことに。
あらためてしみじみ実感。
「飲むなら弾くな。弾くなら飲むな」
心に刻もう。


嗚呼、学芸会

学芸会、夫婦で行ってまいりました。
各学年とも1学級しかないため、保護者全員が1〜6年の演技をノビノビ見られるというのは、小規模校の良さでしょうか。

ところで。本日の学芸会、息子の学年のお芝居はまあ無難なもので、まあ、こんなものでしょう、って感じだったのですが。
夫婦で気になったのは別の学年が演じたお芝居のほうでした。
学芸会が終わった途端、夫婦でつい話し込んでしまったほど。

「あれって、すごくないか?」
「あれでしょ? 河童の出てくる……」
「そうそう、古き日本の共同体の閉鎖的な体質を良しとする、あの芝居」
「ありゃ、まずいよね。いじめの構造そのまんま」

何かというと、とある学年が演じたお芝居。
簡単にストーリーを記すとこんな感じ。

動物たちの住む山に、沼があって、そこには竜神がいると信じられている。日照り続きに、動物たちは竜神にお供え物をして雨乞いをするが、雨は降らない。実は沼に河童が住んでいて、竜神へのお供え物をかすめ取り、こっそり食べていたのだった。
そんなある日、熊の兄妹が沼からそっと水をくんでいる。病気の母親のために、きれいな水が必要なのだ。でも、動物たちの山の掟では「日照りの今は、勝手に水をくんではならない」と定められている。
熊の兄妹の行為は、ほかの動物たちに見つかってしまう。熊の兄妹は「掟を破った」と20人あまりの動物仲間に糾弾され、責めに責められる。病気の親のため、なんて個人の理由はまったく考慮されない。
罰として、熊の兄妹は木に縛り付けられる。
それを見ていた河童は気の毒がって、熊の兄妹の縄を解いてやり、みなで水を熊の兄妹の家に運んでやろうと決めるのだ。

熊の兄妹は「でも村の掟があるから……」と戸惑う。河童は「おれらは沼の住民だから大丈夫。村の掟なんて関係ない」という。
いったんは「ありがとう!」と感謝する熊の兄妹。
ところが、その後、動物たちのお供え物を河童たちが勝手に食べていたことを知った熊の兄妹は、「ひどい!」と怒り、「そんなひどいことをする河童の助けなんていらない!」と叫び、さらには「村の掟を破った私たちは、責められて当然だったんだわ。木に縛り付けられて当然なんだわ。河童さん、私たちをもう一度木に縛り付けて!」と懇願するのだ。

結局、河童は熊の剣幕におじけずき、反省し、お供えを竜神の祠に戻し、沼の底の竜神に、雨を降らしてくれ、と頼みに行く。
雨が降り、山の動物たちは大喜びし、めでたしめでたし、って話しなんだけど。
これって、ちょっとまずくない?

死にそうな重病の親のために水をくむ行為が、村の掟違反だからと否定され、掟自体の是非が問い直されることは一切なく、最後は木に縛られた熊の兄妹自身が「私たちが掟を破ったのだから、罰されるのは当然」とのたまい、集団で熊の兄妹を木にしばりつけた動物たちの非は一切不問に付される……。

オリジナルではなく、学校演劇用の既成の戯曲を使ったものなんだろうけど、これを美談としてしまうのはちょっとなあ……と夫婦でびびってしまったのでした。

学校向けの戯曲って、説教臭い、メッセージ性の強いものが多いとは知っていたけれど、古い戯曲を読んでみたら、案外、その価値観にひえええええと思うようなものがいっぱい残っているのかも、と思ってしまったのでした。


濡れたズボンを乾かすならば

昨日の朝は母ちゃんの大失敗だった。
前夜に連絡帳を見て、「持ち物」欄に「学芸会の衣装」と書いてあったにもかかわらず、深く考えず、夜のうちに、衣装用の茶色い半ズボンをなんと、3枚とも全部洗濯してしまったのだ。
計画では、そのまま干してから寝るはずだったんだが、夜中にピアノの練習を始めたら興に乗ってしまい、すっかり洗濯物を失念。そのまま、干すのを忘れて寝てしまった。
哀れ、ズボンは脱水状態で夜を越してしまったのだった。

で、昨日の朝。
「母ちゃん! 茶色い半ズボンがない!」
「え? ……あ、全部洗っちゃった」
「今日、持って行かなきゃいけないのに!」
「うーん、でも、実は全部まだ濡れてるんだよなー」

あわてて登校までの20分間、乾燥機にかけてみたけど乾かず、最後は、「学校でほしなさい。ある程度乾燥機を掛けたから、どこかに干したら、3時限目までに乾くかもしれないし」と、濡れたズボンをビニール袋に入れて、息子に押しつけてしまった。

「どこに干すんだよ〜、干すところなんかないよー」とぷりぷり怒りながら、息子はそれでも濡れたズボン入りのビニール袋を握りしめ、登校……。

ちょっとかわいそうなのだった。

夫と二人で、「あの子に、教室で濡れたズボンを干す勇気があるかどうか」と予想を立てた。

私の予想
■濡れたズボンを人前に出すのが恥ずかしくて、結局、「衣装を忘れました」と言うほうを選び、濡れたズボンは哀れ、ビニール袋の中で1日を過ごす。

夫の予想
■どうしていいか分からず、1人オロオロとしていたら、元気印の男友達が「ここに干しちゃえよ」とみんなして知恵を絞ってくれて、友達にズボンを干してもらう。

いずれにせよ、夫婦のどちらもが、「息子が自力でズボンを堂々と干すことはありえない」と思っているわけで……。

普段なら、このまま放置して本人に切り抜けさせちゃうんだけど、さすがに今回は、どう考えても私の不注意が原因だけに気になってしまった。
「やーい、濡れズボン野郎!」とか、はやしたてられていたら、ちょっとかわいそうかな、とか。
想像すればするほど、悪い方へ悪い方へと考えてしまい、「も、も、もしかしたら、濡れズボンが原因でいじめのターゲットになってしまったりして……」とか思い始めると、どうにもこうにも気になって、結局、出勤時間を若干遅らせ、1時間かけてもう一枚の濡れた茶色ズボンを乾燥機に掛け直すことにしたのだった。

さて。
1時間後。
うまく乾いたもう一枚の茶色ズボンを出勤途中に学校に届けたら、ちょうど休み時間だった。
教室の中を見渡したら、さんさんと太陽が降り注ぐ窓際にはカーテンがひいてあって、そのカーテンの向こうに、干したズボンと、そのズボンの乾き具合を確かめている一少年のシルエットが……。

なーんだ! 干してるじゃん!

私を見つけた男の子たちが息子を呼んでくれた。
息子は、友達の前では私にすっごくぞんざいな口をきく。
やっぱり甘えん坊でも、男の子なのだ。
「はい。結局、乾燥機で乾かしたのを持ってきたよ」と乾いたズボンを手渡すと、さしてうれしそうな顔もせず、むしろ自慢げに、「あっちのももう乾いたよ!」だって。

あとで聞いてみたら、登校直後に、補助で入ってる男の先生(やっぱり担任は若い女先生なので言いづらかったんだろうか)に「これ濡れてるの」と打ち明けたんだそうだ。
男先生はすぐに、一番日当たりのいい窓際に干してくれたんだそうだ。
めでたしめでたし。

その日の学芸会の練習では、私が持参したズボンではなく、自分で乾かしたズボンをはいたらしい。
「ちょっとまだ湿ってたけど、乾かした後だったから、すっごく温かかったんだよ」
ふーん。

子どもって結局、親の知らないところでこうやって成長していくんだ。
あしたは2年に1度の学芸会!
「セリフが一番少なく、目立たない役」を希望し、無事その役になれた時には小躍りしていた息子の「クマ」役が、うふふ、かなり楽しみ。


今年も牡蠣のオリーブオイル漬け

スーパーに加熱調理用の安売りの牡蠣が並び始めたら、「ああ、今年もこんな季節なのねえ」なんてしみじみしながら、作ってしまうのがこれ。
牡蠣のオリーブオイル漬け。
っていっても、単に、牡蠣をニンニクのみじん切りとオリーブオイルで炒め、オリーブオイルの瓶詰めにしただけなんだけどね。

味のなじんだのは、ワインのつまみに最高です。

アラーキーの東京論

撮り続けて44年 東京は墓場だ−−by天才アラーキーという記事を書きました。
そう。江戸博の写真展の内覧会に行った話を以前のエントリーに書きましたが、あの後、編集会議でひたすら企画案を提案しまくったわけです。

取材を取り持ってくれた女性が、「とにかくとんでもない熱意だけは伝わる取材依頼書でした」と後日大笑いするような、かなり思い入れの強い依頼書を各方面に送り、なんとか実現した取材でしたが。

取材の直前、先輩記者にこう諭されました。
「もし脱げと言われたら、脱ぐ覚悟で取材してこい」
私は、絶句。
先輩記者はさらに言う。
「分かってるのか? ヌードを撮ってくださいって女性が世の中にわんさといる人なんだぞ!」
そりゃ確かにそうだけど。
どうもピンとこないのだった。

別に脱ぐのが嫌とか、そういうのではなく。
江戸博で天才アラーキーを見て以来、私にとっちゃ、彼は「写真を撮ってほしい人」ではなく、「ただひたすらに書いてみたい相手」であるわけで。
久しぶりに猛烈な「書きたいモード」に入っちゃっていた私にとって、
撮られるだの、ヌードだの、どうでもいい話だったのでした。

さて。
取材してしみじみ思ったこと。
荒木さんは本当に気遣いの人でした。
街に対する眼差しの柔らかさに、あらためて感じ入った次第。
言葉は相変わらず、ひらめいて弾けていく感じで、だから記事に書いていくと、前後でいっぱい矛盾が生じるし、辻褄が合わないこともいっぱいあるのだけれど、その場面その場面では、その言葉以外はありえないほどピタリとした言葉だったりするのね。
そんな言葉のライブ感をどうにか読者にも伝えたくて四苦八苦したけど、やっぱり難しいもんです。はい。

最後の最後に荒木さんに、
「しかし、俺の取材に来るのに化粧一つしないで来るなんて、とんでもない奴だな。化粧しろよ。このままじゃ、終わるぞ」
と脅されました。
ははは。やっぱり?
いつも美しい女性を見たり、あるいは女性の最も美しいところを引き出すような撮影をしておられる方には、私のスッピン顔はなかなか苦しかったんだと思います。

なんとも申し訳なかったけど、化粧、できないのよね。
何はともあれ、荒木さんとの東京散歩+東京ドライブは、すごくドキドキワクワクする、ぜいたくな取材体験でした。



日米野球第一戦を観戦

今シーズン最後の野球観戦、のつもりで家族で行って参りました。
チケットを取る時は、「松坂先発」を見込んで第一戦を選んだのだけど、結局、松坂選手を含め、「え? あの人も出場辞退?」「え? 彼も出ないの?」状態となり、気持ちは盛り下がるばかり。

球場に行ってみれば、東京ドームの客層がいつものプロ野球の時と全然違う。
・若い女性が多い。
・アベック(夫に「カップルと言え」と怒られた)が多い
・好きな選手のユニフォームを着てるファンが少ない

試合は、終わってみれば「1点差負け」だったけど、最初から最後まで勝てる気がしなかった。
応援や球場の効果音なんかは大リーグ方式で、夏に行ったマリナーズの球場観戦なんかを懐かしく思い出し、ちょっとうれしかったけど。
全体的には、盛り下がる気持ちを生ビールのみで盛り上げていた感じ。

息子が一番喜んでいたのは、大リーグ選手の打球の速さ、かな。
「母ちゃん! センターフライもレフトフライも、ライナーみたいに真っ直ぐ飛んだね」と。
確かに。

帰宅して、NHKのスポーツニュースを見たら、トップニュースはサッカーで、次こそ日米野球か、と待っていたら、次はバレーボールで、最後が日米野球。
なんか、さらに盛り下がって就寝。
今シーズン、数えてみたら球場に10回も通ったことになる。
去年まで、テレビでプロ野球中継を見たことすらなかったのになー。

ま、子どものお陰で嫌いだったものが一つ好きになる。
ありがたい話です。

★優しい子よ(著・大崎善生)

★優しい子よ(著・大崎善生)

この本、「私」は46歳で、妻は27歳。大きなリビングのある部屋に暮らしている。妻はプロの棋士。夫は小説家。
こんな設定であったにもかかわらず、なお、私はずっとこの本を「完全な創作小説」だと思いこんで読んでいた。
10数ページ目に、「私」が亡き棋士村山聖さんのノンフィクションを書いたというくだりが登場し、おいおい、これ、いわゆる身辺を綴っている実話?と気付いたというわけ。

ノンフィクション、フィクション、の両方を手がけている大崎さんの本であるにもかかわらず、なぜこの本はのっけから「創作」と思いこんだのかな。ちょっと不思議。
あえていうなら、それはたぶん、文体のせい。
でも大崎さんの場合、同じノンフィクションでも、一冊目の「聖の青春」と二冊目の「将棋の子」の間にだって、かなり文体とか文章の調子とかに変化が見られるので、もしかしたら、それだけじゃないのかもしれません。

本の中身は切ない話ですが、それ以上のものでもなく、とばし読みしてしまった所すらありました。

あとがきはおもしろかった。
「ノンフィクションを突き詰めていけば、私小説かそれに近いものになるのではないかという予感というか閃きがあった」と書いているところを読む限り、今回のこの本も確信犯的なものなんだろう。

また、あとがきで、インタビュアーから「ノンフィクションと小説で文体を意識的に変えるのか?」とよく質問されることを挙げ、「本書にもしかしたらその答はあるのかもしれない」と書き、「文体のことは難しい。いつも、いつも考えていることだ。それこそ死を考えるように」とまで書いているのを見て、そんなにも文体について考える人なのか……と妙に感慨深く思ってしまった。

私にはあとがきのほうが含蓄深かったかも。