★アフリカと白球(著・友成晋也)期待せずに読み始め、予想を大きく裏切られ、「読んで良かった〜」と実感した本。
商社を辞め、JAICAで務める野球好きの男、友成が、アフリカ・ガーナに赴任し、ひょんなことからナショナル野球チームの監督になってしまう話。交通費がないからと練習にこられない選手も多い中、「五輪を目指せ」を合い言葉に始める猛特訓。途中、日本のテレビ民放番組に引っかき回されたり、そこから何かを学び取ったり……。
笑える場面から、考えさせられる場面、思わずじーんとしてしまう場面など、色々に楽しませてくれました。
野球好きの人と、それから国際理解とか海外支援みたいなことに興味がある若い人にお勧めの書、かな。
ガーナの野球発展のためには、各学校に野球チームをまず作らないと!と考えるあたりが、場当たり的でなくていい。でも、子どもたちの心を最初につかむのに友成さんが話したのがこんな言葉だった、というのも、おもしろい。
「アメリカや日本にはプロ野球があって、プロ野球になるとお金持ちになれます。日本で今22歳のトッププレーヤーの年収は3億円」
当時のイチローの話らしい。
「ガーナはまだ選手層が薄いから、始めるなら早い者勝ちだよ」というわけだ。うまい。
友成さん、自分でも「なんだかマルチ商法の勧誘みたい」なんて自覚しているくせに、子どもたちの反応が上々だったりすると、素直にこう感動する。
「そうだよ、野球は楽しいスポーツだ。きっと好きになるぞ。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。それが野球なんだ!」
いいなあ。
根っからの野球が好きなんだな。
その情熱が、素朴な文章からにじみ出てくるんだ。
でもこの本が含蓄深いものになったのは、日本のテレビ局のクルーがガーナに押しかけてきた場面からだと思う。
クルーと一緒にやってきた元日本プロ野球選手もまた、野球が好きで、若い野球選手を応援したい、という気持ちでは友成さんに負けていない。
ただ、途上国支援、という視点は、この元選手にはない。
友成さんは、取材班に前もって「選手にむやみに金品を与えないでほしい」と要望を出してあったが、元選手のアイデアでテレビ取材案がパンと飲み物を選手に配ってしまう。ここで衝突。
友成さんは「パン代はたいした額ではないが、彼ら選手によけいに依存心を植え付けてしまう。アマチュア野球なのだから、食事と交通費は自分でまかなうのが原則だ」。
元野球選手は「おれはガーナ人じゃないからガーナ人のことはわからん。でも、腹が減ってどうしようもない苦しさは分かる。それでいいプレーをしろって言ったって無理だ。食えるようになってから来い、っていったって、奴らは野球が好きなんだろ」。
交通費も食費もままならない選手たちに、数年で日本に帰国することが最初から分かっている外国人が、野球を教え、できるならその国に野球を根付かせたい、と思った時、何をするべきなのか。
何度も何度も、友成さんは迷い、壁にぶつかる。
金を貸してくれ、親を説得してくれ、職場の上司に説明してくれ、交通費がないからバスを買ってくれ……選手からの要望の一つひとつと向かい合いながら、監督辞任を一時は思い詰めたりしながらも、友成さんは模索していく。
テレビ番組が、番組作りのために、ガーナの選手を数人日本に招待する場面ではさらに混乱する。
全部費用をテレビ局が持ち、日本に行けた恵まれた一部の選手たちが、帰国後、いきなり、日当を要求するのだ。
「結局おまえら、金、金、金か」と悔しがる友成さん。
一方、選手たちにとって外国に行くことは、親戚中に分け与えることを意味し、多額の借金を負ってしまっていた。
また、衝突。
たぶん、世界のあちこちで毎日のように起こっている「衝突」なのだけれど、この本がおもしろいのは、結局は、それぞれの登場人物の野球への思いの強さが原動力になって、その衝突をクリアしてしまう所かも。
スポーツって、スポーツ好きの人間って、私には無縁の世界だけれども、とんでもなく変で、とんでもなくすごいよなあ、と素直に思った。
もちろん友成さんは海外青年協力隊における「野球隊員」の存在意義についての疑問にも触れている。
「この貧しい国、ガーナで本当に野球が必要なのか。衛生的で安全アミ図。最低限の保健医療環境。食料。教育。それらベイシック・ヒューマン・ニーズに比べれば、野球より優先順位の高いものはほかにいくらでもあるのではないか」
野球が誰より好きな友成さんでも、ガーナで監督をやりながら、そんな自問を重ねていたのだ。
本書の最後で、彼は彼なりの答を出すのだけれど。
友成さんが作った
NPO法人「アフリカ野球友の会」によると、友成さんが日本に帰国したその後、ガーナでは政権交代があり、野球への予算措置がつかなくなり、国際大会に出られる状態ではなくなってしまったらしい。
そんな事実がよけいに、問題の難しさを示しているようで、本を読み終わった後、しばし考え込んでしまった。