おぐにあやこの行った見た書いた

ちょいと夏休み

無事、夏休みを取れることになった。
火曜日から日曜日まで。6日間。
きょうから5日間ほど、息子と2人旅してきます。
イチロー選手、見られるあなあ。

★チョコレートコスモス(著・恩田睦)

★チョコレートコスモス(著・恩田睦)

読み進めるうちに、「なにこれ、『ガラスの仮面』の小説版じゃん」と思ってしまった。調べてみたら、著者さん自身が「ガラスの仮面へのオマージュ」と意識して書かれた作品だそう。
どうりで!

基本的に漫画ちっくな展開で、心情描写まで漫画っぽくわかりやすいので、小説を読んでる感じがしません。小説を読む楽しさは味わえないけれど、漫画を読んでる感じで夢中になれます。
私も結局半日で一気に読み終えてしまいました。
それぐらいおもしろさに勢いがあります。

が、「ガラスの仮面」のほうがおもしろいな。
なぜか。
主人公格の天才少女の自意識がありえないほどに希薄、という設定がどうにもつまらない。「ガラスの仮面」の主人公は、あれでいて、舞台への執念は凄まじいんだけれど、「チョコレートコスモス」の主人公はなぜ舞台でなければいけなかったのか、理由がよく見えない。
はじめに設定ありき、で物語が展開している感じ。

タイトルのチョコレートコスモスに話を落としていく展開も最後の終わり方も、今ひとつ。
どうせなら漫画に負けず、大河連載小説にしてもらいたいかも。
そしたら、主人公の少女もあっさりしたままでは終われないだろうから。


その後のバッハインベンション

最近ピアノのエントリーが少ないのは、練習不足を如実に示しているわけで。
息子が仙台にいる間、練習し放題かと思いきや、連夜の飲み会続きに体調不調で、まったくピアノに向かえなかったのだった。
結論。
息子がいないほうができるのは、仕事と飲み会。
ピアノの練習なんかは、息子がいて、生活リズムが乱れていない時のほうが、練習意欲も低下しないみたい。

ところで、バッハインベンション。
2週間前に、2番と8番を完成させたはいいものの、実はいまだ13番を引きずっている。

「各フレーズをすべて歌に仕上げたい」と木曽センセはいう。
「だからフレーズの最後の音を出しちゃだめ」という。
そのくせ「拍感は維持しないと」とも言う。
うーん、難しい。
曲全体はもうまとまっているし、全体的には歌えてる手応えもあるのだけれど、1小節の中に複数あるフレーズをすべて歌えているかというと特に左手が自信なし。
また、16分音符は大丈夫なんだけど、8分音符を「ノンレガートで弾きながらレガートで歌う」というのに難儀してもいる。

結局、本日のレッスンでもその壁にぶつかり、さらに2週間、「歌うこと」に務めることに決定。
すごいよなー。
この曲、もう2カ月も弾いてるんだ〜。ははは。

終わった2番と8番の代わりに練習を始めたのが1番と14番。
1番は比較的やりやすかったので、レッスン前に自分で楽曲分析してみた。
ほんと、感動するのは、最初のフレーズをaとすると、aの反行形のフレーズが続く小節をよくよく見ると、aの逆行形が隠れていたりする。
バッハって天才だ。
木曽センセからは「変わったリズムが出てきた時はすべて意味がある。そこを平板に弾いちゃだめ」と教わった。
1番は、そういう意味では、分析をして勉強するのに最適な曲だと思った。

続く14番。
実は結構好きなんだけど。
今回のレッスンで木曽センセから「こっちも自分で分析してきてね」と宿題を出された。
また、フレーズの切れ目は、音楽を途切れさせない程度にきちんと切ってね、とも。5音前後でプチプチ切れるのもいかがなものかと思って、そういう弾き方をしなかったのだけれど、木曽センセがやって聞かせてくれたら、ググッとバッハっぽいのだった。
なるほど、フレーズを続けて歌うと、モーツァルトになっちゃうわけだな。

とまあ、学ぶ点の多いバッハなんだけど、飽きっぽい私のこと、涼しい秋が来たころには、ちょっとショパンとかも弾きたいもんだ、と思う。
でも、バッハの三声にも挑戦してみたいしなあ……。

子どものころと違って、お金があるものだから、ついつい弾きたい楽譜を買ってしまう。
実のところ、すでにもう、一生かかっても弾ききれないほどの楽譜があるような気がする。
どうするんだよ〜、おい!>ぢぶん。
……。

■蟻の兵隊 (監督・池谷薫)

■蟻の兵隊 (監督・池谷薫)

第二次世界大戦の敗戦の後、上官の命令で中国に残留させられた日本軍兵士が2600人もいた。彼らは中国国民党の軍閥に合流し、4年間も戦い、550人が戦死。700人以上が捕虜となった。
ところが、生き残った彼らが帰国してみれば、「逃亡兵」の扱い。軍人恩給も戦後補償もなし。

このドキュメンタリー映画の主人公である奥村さんたち元残留兵は、戦後補償を求めて裁判を起こすが、国は「自らの意志で残り、勝手に戦争を続けた」と主張、最高裁でも訴えは認められなかった。

なんていう話を、まったくこの映画に触れるまで知らなかったことをまず恥じます。はい。

渋谷の映画館は、圧倒的に年配客が多かったのですが、ほとんどの席が埋まるのどの熱気でした。

奥村、という名前のせいもありますが、ついつい「ゆきゆきて神軍」の奥崎さんを思い出しました。あのドキュメンタリー映画の中では、「撮影される側」の奥崎さんが、カメラを意識する中で、どんどんと表情も行動も変わっていくところが、なんともヒリヒリする映画でしたが、「蟻の兵隊」の奥村さんも、撮られているうちに少しずつ変わっていくさまが迫力があります。
ただ、たぶん、奥村さんの場合は、撮られる中でカメラを意識して……という変化ではないんだろうな、という気がしました。

最初は、中国に残留し、戦争を続けたのはすべて軍の命令だったこと、中国軍閥の傭兵などではなかったことを証明するためにかけずり回っていた奥村さんなのに、途中からは、自分が人を初めて殺した中国の地に行ったり、日本軍がやった残虐な行為を知る人の証言を集め始めるのです。
加害者であり、被害者であることがそうさせた、という解釈よりも、むしろ、残留日本兵問題がちっとも前に進まない中で、仲間が1人ひとり死んでいく焦り。矢も楯もたまらず、怒りをどこにぶつけて良いかも見えず、何かに憑かれたように、当時を知る人を訪ね歩かずにいられないのだろう、とそんな気がして、その「変化」が胸に迫りました。

初めて人を殺した地で「ここは自分が鬼になる教育を受けたところ」と語りつつ、「でも不思議と懐かしいんだ」と正直に吐露するシーン。
中国人の証言者に質問するうちに、いつしか「日本兵になって中国人を追及してしまっていた」と自覚するシーン。
日本人の証言者に「話してください」と食い下がった時、「戦争を何も知らない少年兵ごときが。本当の地獄を見てきたから、信念として話さない」と言われるシーン。

どれも心に残りました。

日本で戦後民主主義教育が行われていたのと同じ時代に、終戦から3年たっても、「天皇陛下バンザイ」と叫んで死んでいった人がいる、という事実の重さを前にすると、やはり、知らなかったこと自体を恥じるしかないなあ、という思いです。

評判が良いため、予定より長い9月8日までは少なくとも上映しているそうです。
期日未定、です。

★アフリカと白球(著・友成晋也)

★アフリカと白球(著・友成晋也)

期待せずに読み始め、予想を大きく裏切られ、「読んで良かった〜」と実感した本。
商社を辞め、JAICAで務める野球好きの男、友成が、アフリカ・ガーナに赴任し、ひょんなことからナショナル野球チームの監督になってしまう話。交通費がないからと練習にこられない選手も多い中、「五輪を目指せ」を合い言葉に始める猛特訓。途中、日本のテレビ民放番組に引っかき回されたり、そこから何かを学び取ったり……。
笑える場面から、考えさせられる場面、思わずじーんとしてしまう場面など、色々に楽しませてくれました。

野球好きの人と、それから国際理解とか海外支援みたいなことに興味がある若い人にお勧めの書、かな。

ガーナの野球発展のためには、各学校に野球チームをまず作らないと!と考えるあたりが、場当たり的でなくていい。でも、子どもたちの心を最初につかむのに友成さんが話したのがこんな言葉だった、というのも、おもしろい。
「アメリカや日本にはプロ野球があって、プロ野球になるとお金持ちになれます。日本で今22歳のトッププレーヤーの年収は3億円」
当時のイチローの話らしい。
「ガーナはまだ選手層が薄いから、始めるなら早い者勝ちだよ」というわけだ。うまい。
友成さん、自分でも「なんだかマルチ商法の勧誘みたい」なんて自覚しているくせに、子どもたちの反応が上々だったりすると、素直にこう感動する。
「そうだよ、野球は楽しいスポーツだ。きっと好きになるぞ。ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。それが野球なんだ!」

いいなあ。
根っからの野球が好きなんだな。
その情熱が、素朴な文章からにじみ出てくるんだ。

でもこの本が含蓄深いものになったのは、日本のテレビ局のクルーがガーナに押しかけてきた場面からだと思う。
クルーと一緒にやってきた元日本プロ野球選手もまた、野球が好きで、若い野球選手を応援したい、という気持ちでは友成さんに負けていない。
ただ、途上国支援、という視点は、この元選手にはない。

友成さんは、取材班に前もって「選手にむやみに金品を与えないでほしい」と要望を出してあったが、元選手のアイデアでテレビ取材案がパンと飲み物を選手に配ってしまう。ここで衝突。

友成さんは「パン代はたいした額ではないが、彼ら選手によけいに依存心を植え付けてしまう。アマチュア野球なのだから、食事と交通費は自分でまかなうのが原則だ」。

元野球選手は「おれはガーナ人じゃないからガーナ人のことはわからん。でも、腹が減ってどうしようもない苦しさは分かる。それでいいプレーをしろって言ったって無理だ。食えるようになってから来い、っていったって、奴らは野球が好きなんだろ」。

交通費も食費もままならない選手たちに、数年で日本に帰国することが最初から分かっている外国人が、野球を教え、できるならその国に野球を根付かせたい、と思った時、何をするべきなのか。
何度も何度も、友成さんは迷い、壁にぶつかる。
金を貸してくれ、親を説得してくれ、職場の上司に説明してくれ、交通費がないからバスを買ってくれ……選手からの要望の一つひとつと向かい合いながら、監督辞任を一時は思い詰めたりしながらも、友成さんは模索していく。

テレビ番組が、番組作りのために、ガーナの選手を数人日本に招待する場面ではさらに混乱する。
全部費用をテレビ局が持ち、日本に行けた恵まれた一部の選手たちが、帰国後、いきなり、日当を要求するのだ。
「結局おまえら、金、金、金か」と悔しがる友成さん。
一方、選手たちにとって外国に行くことは、親戚中に分け与えることを意味し、多額の借金を負ってしまっていた。
また、衝突。

たぶん、世界のあちこちで毎日のように起こっている「衝突」なのだけれど、この本がおもしろいのは、結局は、それぞれの登場人物の野球への思いの強さが原動力になって、その衝突をクリアしてしまう所かも。
スポーツって、スポーツ好きの人間って、私には無縁の世界だけれども、とんでもなく変で、とんでもなくすごいよなあ、と素直に思った。

もちろん友成さんは海外青年協力隊における「野球隊員」の存在意義についての疑問にも触れている。
「この貧しい国、ガーナで本当に野球が必要なのか。衛生的で安全アミ図。最低限の保健医療環境。食料。教育。それらベイシック・ヒューマン・ニーズに比べれば、野球より優先順位の高いものはほかにいくらでもあるのではないか」
野球が誰より好きな友成さんでも、ガーナで監督をやりながら、そんな自問を重ねていたのだ。
本書の最後で、彼は彼なりの答を出すのだけれど。

友成さんが作ったNPO法人「アフリカ野球友の会」によると、友成さんが日本に帰国したその後、ガーナでは政権交代があり、野球への予算措置がつかなくなり、国際大会に出られる状態ではなくなってしまったらしい。
そんな事実がよけいに、問題の難しさを示しているようで、本を読み終わった後、しばし考え込んでしまった。



★裁判長!ここは懲役4年でどうすか(著・北尾トロ)

★裁判長!ここは懲役4年でどうすか(著・北尾トロ)

昔、尊敬するナンシー関さんの初期の文章だったか、裁判傍聴マニアたちのルポルタージュがあったと思うんだ。あれがすっごくよかった。
それが記憶にあったので、本書も読んでみたんだけど。

正直いうと、私にはダメでした。
裁判傍聴経験のない人が、「へえええ、こうなってるんだ!」とか知って楽しむにはなかなかの好著だし、娯楽本として(悪い意味では決してなく)、楽しい本のはずなんだとも思う。

でも、私自身は、仕事で裁判傍聴する機会があり、特に、残虐な暴行の末のリンチ殺人なんかを傍聴してしまうと、胸が苦しくてとても冷静に聞いていられるものではなく、記者席に座り、遺族の隣でノートを広げてメモを取る、なんて経験をしてしまうと、もう、事件を興味本位で語ることも語られることも耐えられなくなってしまうもので……。
そのくせ、仕事の渦中においては、感情を切り離し、努めて冷静に傍聴原稿を処理することもしてきたわけで、そんなこんながない交ぜになって、この手の本を素直に楽しめなくなってしまったのかもしれません。

★ぼくらのまち 平和町(編著・毎日新聞横浜支局)

★ぼくらのまち 平和町(編著・毎日新聞横浜支局)

毎日新聞神奈川県版で長く連載した企画を加筆した本。
当時の横浜支局デスクが、私の数少ない社内の友人で、彼から聞いたエピソードがおもしろかったので、読んでみました。

どこの新聞も、毎年夏になると、たいてい、これはもうお約束事のように「平和連載企画」というのをやります。
体験者の証言をつないだり、原爆にテーマを絞ってみたり、はたまた海外事情に焦点を当てたり、若者と平和をあえて考えてみたり……毎年のことだけに各社とも手を変え、品を変え、マンネリズムを脱しようと知恵を絞るわけです。

そんな中で、横浜支局のデスクはタウンページ1冊、ドンと渡して、支局員に言い放ったんだそうな。
「平和企画とか平和不動産とか平和湯とか平和自動車とか……この町にある『平和』という名前を探し、物語を綴ってみよう」と。

正月企画。18回連載。タイトルは「平和のものがたり」。
まさにアイデア勝負の企画。
でも、一つ一つの「平和」という名の歴史を紐解くと、いろいろなドラマが見つかるのね。
多くの場合、「先代が付けた名前だから由来など分からない」と現経営者も途方に暮れるのだけれど、記者と取材相手が二人三脚で歴史をたどったり、ドラマを探し当てたり。
「なるほど、平和企画にも、この手があったか」と、アイデア自体にまず感心させられたし、それを随分と内容の濃いものに仕上げた支局の若い記者のみなさんにも感心しました。

難を言えば2点。
一つは、これは新聞連載で毎日読むのにはいい企画だけれど、1冊の本としてまとめて読むと最初から最後まで山場がなくて、つまらないな、という点。
連載加筆の限界、なんだろうな。

もう1点は、この本の「です、ます」調。
うるさい、というか、不自然。
まさかとは思うけれど、新聞記事(通常は「だ、である」調)の文章をそのまま語尾だけ「です、ます」調に変えちゃったってことはないのかなあ。
いかにもそんな風な不自然さが文章に残っていた。

自分自身、社会部時代に連載を本にするような機会がよくあったけれど、新聞の文章をただ「です、ます」調に変えるだけだと、かなり読みづらい文章になってしまうんですよね。
新聞記事原稿を「です、ます」調に書き換える際は、時には一文全部書き直す覚悟でかからないと、なかなか読者に届いていかない気がします。

保健室で切る生徒、どうすればいい?

夏という季節もあるのでしょうか。
最近、養護教諭の集まりに呼んでもらって、リストカットの話をする機会がポツリポツリとあるのです。
とある会合で、1時間半、話をした後の質疑応答の時間にこんな質問が出ました。高校の保健室の養護教諭の先生から。

「目を離したスキに、保健室のカッターで切ってしまう子がいます。保健室で切りたい、というSOSの気持ちは痛いほどわかるけれど、でもやっぱりこれだけは困る。『保健室でだけは切らないで』と話しているのですが、どうすればいいでしょう?」

うーん。
難しい。
保健室のカッターをすぐに取り出せない場所に管理する、というのは今後必要な刃物の管理方法になってくるのかもしれない。
私ならとりあえず、「同級生の前では切らないでね。あなたの自傷を見て誰かが自傷を始めたら、その誰かも、あなた自身も、傷つくことになるよ」とだけは話すだろうな。
一つ間違えると、学校中に自傷が広まる可能性だってあるから。

でも、自分が保健室の養護教諭だったら……案外、こんな風に言っちゃうかもなあ。
「どうしてもここで切りたいなら……わかったよ、私の前で切りなよ。切ったらすぐに治療してあげるから。考えようによったらすごいよねー、切るには最高の場所かもね〜。切ったら、即治療できちゃうんだもんねえ!」
最後は笑い飛ばしてしまうかも。

そんな話をしつつ、会場の養護教諭の方に「……ってのはまずいでしょうか? やっぱり、先生の立場で『私の前で切りなよ』とは言えないですかね?」と尋ねたら、約100人の養護教諭の先生ほぼ全員に一斉に強くうなづかれてしまって、思わずひるんだ。

や、やっぱりそうですよね……すみません……。
小声であやまるしかなかった。

それから、「んであれば、こんな風に生徒に正直に言っちゃうのはダメですか?」と付け足した。

例えば、こんなふうに。
「この前、先生が新聞記者の人と話をしていたらね、その新聞記者は『私の目の前で切りなよ、って言っちゃえば?』というの。冗談じゃないわよ! あなたたち大事な生徒の心と体を守るのが私の仕事なの。大事な大事なあなたに、切りなよ、なんて私の口から言えるわけないじゃない。ねえ」って。

結局、自分の言葉で、正直に、でも巻き込まれないように、関わっていくしかない。
回答集みたいなものは、絶対にありえないから。

だって、
「つらかったのねえ。こんなに苦しんでいたのねえ」と傷を受け止めてやることが最初の一歩になる子もいれば、同じセリフを別のタイミングで言ってしまったせいで、「もっと先生に受け止めてほしい」という思いから、さらに自傷を繰り返すしかなくなってしまう子だっている。
中には「リスカかぁ。はやりよねえ、最近」と突き放したほうが、逆に「え? 流行してんの? やっだー」と抜け出せるちゃう子だっているのだ。

私自身、同じ子にだって、その時期その時期に言い方を無意識に変えてきた気がする。
ある時は、「もう、いいよいいよ。切っちゃえ」と言ったこともあったっけな。
別の時には「切るのはOK。でも、薬は勘弁」とか。
さらに別の時には、「切るのも一つの選択だけどさー。切った時、あなた、自分を責めるでしょー。結局、切って一番苦しい思いをするのって、あなた自身じゃない? 切るな、とは言わないけどさ。私はそれが怖いんだよね」と言ったこともあった。
「切る切らないはこの際どうでもいい。もっと大事なこと、あるじゃん?」と言ったことも。

自傷をやめることよりも、自傷をやめた子が、自傷なしに生きていくことのほうがずっと難しいんだということを、最近、何人かの子どもたちに教えてもらった気がする。
特に長く自傷してきた子は、たいてい、外からのストレス、友だちのささいな一言などに、とんでもなく傷つきやすくなってる。これまで苦しい気持ちを自傷でやりすごしてきた分、苦しい気持ちを自傷以外の方法でやりすごすことに慣れていないから。
自傷の一番の怖さは、腕に残る傷なんかより、こっちのほうだと最近、思ったりする。

そこから一歩一歩前に進んでいくためには、何人もの人の手助けが必要で、抱きしめて一緒に泣いてくれる人も、突き放し叱ってくれる人も、冗談言って笑わせてくれる人も、サバサバと笑い飛ばしてくれる人も、一緒に右往左往してくれる人も、何も言わずにそばにいてくれる人も、本当に色々な人が必要で、大切なことは、そのたくさんの役目を一人の人間が負うというのは不可能だということ。
それをきちんと認めること。

私は結局、そのうちの一人にしかなれないんだ、と思うことが大事だと思います、と養護教諭の先生方に話してみた。
一人で抱え込まないでくださいね、と。
伝わったかなあ……。
話し下手だから、困る。


 

息子の宿題3

最後の難関、読書感想文の後日談であります。
今夜はあまり急かさず、のんびり夜を過ごした後で、さりげなく聞いてみる。

母●「読書感想文、自分でやれるなら、好きな時にやりな。でも手伝いがいるなら今だったら付き合うけど」
息子▲「……。じゃあ、いまやる!」
母●「OK。じゃあ、さくっと終わらせよう」

息子が選んだ本は、自宅にある絵本版のシートン動物記。
「はいいろぐまのワーブ」。
母親や兄弟を人間の鉄砲に殺された子グマ、ワーブの物語。独りぼっちで暮らすうち、誰にも心を開かず、仲間もできず、一時は敵なしの強さを誇ったものの、最後は老いて、母親を思いながら一人死んでいく、という物語。なかなかの難物。

息子によると、先生からは「原稿用紙2枚目の半分以上、4枚目の5行目以下の長さで書くように」と言われたらしい。読書感想文を書いたことがない子どもたちには、なかなか大変な宿題なのだ。

母●「読書感想文って学校で書いたことある?」
息子▲「全然ない」
母●「そっか。じゃあ、とりあえず、原稿用紙に、読んだ本の名前と自分の名前を適当に書いちゃおう」

これで2行が埋まった。
が、次が続かない。

息子▲「何を書いていいのかわかんない」
母●「そうだなあ。とりあえず、物語を説明しようよ。このお話って誰の話?」
息子▲「ワーブ」
母●「ワーブって、何者だったっけ?」
息子▲「くまでしょ。はいいろぐま」
母●「じゃあ、まず、それを書けば?」

かくして本文の一行目が決まる。

ワーブははいいろぐまです。

母●「で、ワーブの母ちゃんや兄弟はどうなるんだっけ?」
息子▲「死ぬ」
母●「どうして?」
息子▲「さあ……。(本を読み直して)人間に鉄砲で撃たれるの」
母●「じゃあ、そう書いたら。独りぼっちのクマの話だ、ってところが大事なんだから」

息子はすでに嫌そうな顔で、ダラダラと書く。

母ぐまも兄弟たちもみんな人間に、てっぽうでころされて、一人ぼっちになってしまいます。

息子▲「まだ、原稿用紙半分もうまらないね。もうだめだ。絶対に2枚目までいくわけない!」
母●「ほれほれ、かんしゃくを起こすな。ワーブは大きくなったらどうなるんだっけ?」
息子▲「強くなるの」
母●「そうだよね。このページには『山の王さま』って言葉も出てくる。王様って普通、家来とか人にいっぱい囲まれてるもんだけど、ワーブはどうだっけ? そういうことも書いてみたら?」

ワーブは山の王さまだけど、そばにはだれもいない。

さて。問題はここからである。
およそ「感想」というものを書くのが大嫌いな息子に、いかに「感想」を書かせるか。

母●「ほら、ここまでで原稿用紙が半分埋まった。読書感想文の一番簡単な書き方は、最初にさくっと物語の説明をする。次に『もしも僕が主人公だったら、どう思うか』とその理由を書く。この場合だと、『もしぼくがワーブだったら……』ってね。想像してごらん。独りぼっちで生きるとしたら?」
息子▲「………わかんない」

だよなあ。
あんたが想像力をめぐらして、ワーブに共感し、思いのたけを母ちゃんに語るはずないよなあ。
この辺りから、息子のかんしゃくが爆発。

息子▲「やっぱり感想文なんてサイテー。もう書かない! 母ちゃんが見てるからもう書かない!」

売り言葉に買い言葉。

母●「上等上等。そもそもあんたの宿題だ。そのまま提出すればいいじゃん」
息子▲「半分しか埋まってないじゃないか!」
母●「じゃあ、一人で書けば? 母ちゃんが見てないほうがいいなら、母ちゃんは向こうにいるから、困ったら呼んでね〜」
(と布団に寝転がる私)

さて、どうするか。
ここは根気比べ。
最初は一人でブツブツと悪態をついていた息子も、怒りにまかせて原稿用紙を破ったりはできないらしい。
10分くらいして、座り直したのを見て、ちょっとだけ優しい声でアドバイス。

母●「別に正しい答とかないんだからさ。『僕がワーブなら、一人だと自由でいいなあ』でもいいし『寂しいだろうなあ』でもいいし何でも思いついたことを書けばいいんだよ」

どうやら息子、一人で書き始めた様子。
3分が経過した後、

息子▲「母ちゃんの嘘つき! 書いても書いても2枚目なんかいかないじゃないか!」

と、またかんしゃく。

母●「書いたのを母ちゃんに見せてくれたら、2枚目を埋める一番簡単な方法を一緒に考えてあげてもいいんだけどな〜」
息子▲「じゃあ、見てもいいよ」(憮然と)

息子はこう書いていた。

もし、ぼくがワーブでかぞくがぜえいんころされたら、○○くんの家とか△△くんの家に行ってあそぶ。
でもワーブは、ともだちがいないからそれができないからかわいそうに思った。
ぼくはそれができるからいい。


○○や△△には、息子の友だちの実名がしっかり書いてあった。
おもしろい。あまりにおもしろい。
親が殺されたら、友だちの家に行って遊ぶ、というのが最高に笑える。
ちなみに私は子ども時代、こういう場面でついつい、優等生っぽい読書感想文を書いてしまう、という病気を持っていた。
例えば、
「もし、私がワーブだったら、独りぼっちはさびしいだろうな。森でおいしいエサを見つけた時も、夕焼けがきれいな日も、星ふる夜も、一緒にわかちあう仲間がいない、家族がいない。そんなのいやだ。そう思ったら、家族がそばにいることがどんなに大事か分かった。家族や友だちを大切にしよう、と思った」
みたいな。

あーーーーーー、いやだいやだ。
学校の読書感想文教育に見事に取り込まれてたのね、私。
なーんてことを思い出しつつ、とりあえず、息子にアドバイス。

母●「いいじゃーん。いいねえ。母ちゃん、この文章、好きだよー。ところで、感想文を一番簡単に書く方法は、まず簡単に物語りを説明した後、『もしも自分が主人公だったら』と考え、思ったこととその理由を書く。それでも埋まらなかった時、一番簡単なのは、本や本を書いた人を説明しちゃうこと。さて、この本は誰が書いたでしょう?」
息子▲「シートン」
母●「ピンポーン。で、シートンってどの国の人?」

息子は本をあっちこっちひっくり返して、「アメリカの人」という。
厳密には、イギリス生まれで、カナダに移住した後、アメリカで作品を書いていたと思うんだが、ま、いいか。

母●「じゃあ、それを書こう。行数をかせぐため、『はいいぐまワーブ』は、シートンさんというアメリカの作家が書いた、とかなんとか、本のタイトルまで書いちゃえ。字数を稼げる」

息子は一気に書き上げる。

「はいいるぐまワーブ」は、シートンさんというアメリカのさっかが書いた本です。
どうぶつがだいすきな人で、「シートンどうぶつき」を書きました。


母●「よし。あと2行だ! あんた、シートン動物記が大好きでしょ? 一番好きな物語は何だっけ?」
息子▲「うーんとね。名犬ビンゴ」
母●「それで決まり。シートン動物記が好きで、一番好きな本のタイトル書いたら、原稿用紙の2枚目の半分を超えるぞ」

で、息子が書いた最後の部分がこれ。

ぼくは「シートンどうぶつき」が大すきです。その中で一ばんすきなのが「名犬ビンゴ」です。

かくして、宿題、終わり。
危うく口述筆記になりかけたけど。

息子の宿題2

これが鬼門だと、最初から分かっていたさ。
読書感想文……。

今夜はこれを済ませてしまおう、と親子で決めた。
がっ。
感想文を書く予定だった本を取り出すなり、息子は「長いから嫌」という。
それならば、と、自分で短い本を選ばせる。
選んできたのは、シートン動物記の絵本版。
ほんの数分で読める。
息子、あっさり読み終わって、困った顔をする。
「ほれ、書いたら?」と私。
「何を書くの?」と息子。

ここまでは想定内の会話。

「うーんそうだな。じゃあ、この本を読んで、何を思った?」と私。
「おもしろかった」と息子。

(おいおい、いきなり『おもしろい』かよ。母さんクマが殺され、独りぼっちで大きくなるクマの話だぜ……と私は内心動揺)。

「じゃあ、どこが面白かった?」
「………言いたくない」
「は?」
「感想文なんか大嫌い。感想なんてない。感想なんて言いたくない」
「………。じゃあいいよ。母ちゃんに言わず、自分で書けば?」
「何を書いていいか分からない」
「何か感じたことを……」
「もう忘れちゃった」

……ってな具合で。
読書感想文、今夜はあきらめました。
「この際、原稿用紙には、『ぼくは読書感想文が大嫌いです』と書いていくのもいいかもよ」と半ば本気で息子にアドバイスしたら、「また母ちゃんはテキトーな事ばっかり言う」と息子に本気で怒られました。

息子にとっては読書感想文は初体験。
学校では一度も書いたことがないらしい。
子どもの感想文にありがちな、「延々とあらすじを書いたあと、『おもしろかったです』だけ付け足して終わり」というパターンに陥らないように、しっかり傍らでご指導差し上げる予定だったわけですが、もう、やめやめ。
読書感想文くらい、自分で先生に「書けませんでした」というのもいい経験だし。と、思い直しました。

まあ、優等生ちっくで、こまっしゃくれた読書感想文を書けるのが良いとも決して思えないしね。
とまあ、私自身の子ども時代の反省もこめて。



息子の宿題1

2週間も仙台に息子を「放牧」した結果、何が悲惨といっても、宿題が悲惨。来週からちょっと旅行に出るので、それまでの1週間で宿題を仕上げなければいけない。
仙台で計算問題の類は仕上げていたようで、残すのは

・自由研究
・自由工作
・読書感想文

くぅ〜。荷が重いぜ。

とりあえず、昨日は自由研究に着手。
某ネットサイトで「イカの解体をしてスケッチをさせ、イカ墨でお絵かきをさせた」というのを見つけ、「これにしよう」と決定。
ただし、のんびりマイペースの息子が、イカの解体途中にスケッチなんぞ始めたら、イカが腐ってしまうぜ、ということで、スケッチは取りやめ。

息子とも相談し、
・イカ墨習字
・イカの解体
・さばいたイカで刺身とイカの塩辛(息子の大好物)を作る
に決定。

まずイカをさばかせてみる。

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案外器用で、私なんかより、イカの皮を上手にむくじゃないか!
ちくしょー。
さらにさばいたイカを刺身、塩辛用に分けて、残ったエンペラとゲソを使って炒め物も作らせる。
塩辛を仕込んだ後、刺身と炒め物で夕飯。
(夕方6時からの夕飯作りと自由研究を一気に済ませようという魂胆)。

食事のあとは、下の写真にあるような目玉を観察したり、口についていた「カラストンビ」(というらしい)を観察したり。

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さらにイカ墨を水で溶いて、お習字。「イカのりょうり」と研究テーマを半紙に書かせる。
これはおもしろかったようで、息子も大喜び。一生懸命にイカの絵を描いてました。
去年(アイスクリーム作り)と同様、料理行程をデジカメで撮り、プリントアウトしたのを、会社のゴミ箱から拾ってきた大ゲラ用紙の裏にベタベタ張って、説明文を書き添えて、でできたのがこれ。

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とりあえず、1日で完成して一安心。
子ども時代は大嫌いだったんだけどなあ、自由研究。
なぜ大人になると、燃えてしまうんだろう。
あさってには、イカの塩辛も完成予定で、そしたら、夕飯のおかずがまた増えます。うふふ。

納豆の藁で鰹のたたき

週末は仙台へ。
息子と夫の父母と合流し、雄勝町のキャンプ場で1泊してきました。
ここのコテージは風呂、トイレ、キッチンまで付いて5人定員14700円。
ジジババ連れでも安心の施設なのです。

今回はこぢんまりとバーベキュー。
途中、藁に包まれた納豆を朝食用に買ったんですが、納豆だけ全部外してしまって、集めた藁を炭の上で勢いよく燃やし、かつおの刺身に串を刺して、炎の中でたたきにしました。
これが今回一番のヒット作かな。
やっぱり、わらが一番です。

ということで、息子をともなって東京に帰ってきました。
息子のいない2週間、連日飲み歩いた結果、先週半ばから体調を崩し、風邪を引き、声が出なくなり、熱っぽく、もう、悲惨でした。
まだ咳が取れませんが、息子が帰ってきたのでもう、飲み歩かないし、生活も乱れないし、健康も戻ってくることでしょう。

たぶん。


「メーンは社会部」かぁ……。

元上司から、退社のご挨拶状が届いた。
私と、夫と、それぞれに一通ずつ。
封を切って中身を見たら、印刷したご挨拶状ハガキに、丁寧な手書きの添え書きがあった。

貴女の原稿、楽しみにしています。
早くメーンの社会部に戻って特ダネを期待しています


うーん。
ずっと昔の部下なのに、今なお気に掛けてくださっていることにまずは心より感謝。
でもなあ。
やっぱり「新聞記者のメーンは社会部」と思ってるんだなあ。
社会部畑の人だから、そう思うのも当然か……。

もちろん、子育てのために社会部を抜けてしまった形の私なのだけれど、
実は今の夕刊編集部というところを私は心から気に入っているわけで、
(長い原稿を書くことも、予定調和ではない記事を堂々と書ける紙面があるということも、この部署で私は学んだようなものだしね)
「早く社会部に戻れ」的な応援を聞くと、正直な話、「でも私、社会部でやりたい仕事はここでもできるし、社会部じゃやれなかった仕事もここでできるんだよね」と言いたくなる。
それから「社会面だけじゃなく、時には夕刊特集の紙面も読んでね」とも。

まあ、そんなこんなでちょっぴり考え込んだ後、ふと目をやれば、机の上には、同じ人からの夫への挨拶状。

「何書いてあるんだろ?」

無性に気になった。
もしかして「君の特ダネ、いつも読んでます」だろうか。
あるいは「今の調子で頑張ってください」とか?

特ダネ路線を突き進む、いわば新聞記者の王道を行く夫に対して、かなりねじ曲がった思いを抱いている私は、ついつい……ははは、ついつい……ははははは。

夫への挨拶状の封をビリリと破いてしまったのだった。

さて、気になる中身は……?

夫への挨拶状は、手書きの添え書きなど一切ない、印刷ハガキなのだった。
ふーん。
自分でも相当愚かだと思うけれど、あまりに根性ひん曲がってるとも思うけど……、ちょっとだけ、ざまあみろ、と思った。
あーあ、私って心せまーい!

息子のいない日曜日

我が夫婦、息子のいない日曜日を初体験。
さて問題です。
息子不在のこの日曜日、我が夫婦はどのように過ごしたでしょうか?

1、恋人同士に戻って映画でデート
2、二人でゆったりした気分で町歩き
3、息子はいなくとも、地域の野球少年チームの練習に参加!

さてさて。答は……?
どれもはずれ。

正解は、
野球漫画「メジャー」を1〜14巻まで大人買いし、読みふける、というもの。
おまけに昼も夜もワイン飲みっぱなし。
まあ、私はね、ピアノの練習も3時間ほどやったし。
仕事も2時間ほどやったし。
漫画以外の本も2冊ほど読んだし。
でもメインはやはり、「メジャー」読破、だったわ。

ということで、自堕落仕事生活、ならぬ、自堕落生活、ばく進中!

自堕落仕事生活、ばく進中

息子がいない1週間が終わった。
息子がいない初の週末。
うーん。一言で言うと、

「むちゃくちゃ、仕事するのがラクチ〜ン」

夕方5時を過ぎても時間を気にせず仕事できる。
突然、取材相手の予定が狂って、取材時間が夕方遅くにずれても、焦らず仕事のことだけ考えてられる。
夜何時まででも、自分のペースで仕事できる。
朝食作りや夕飯作りを考えずに、仕事できる。
恐怖の金曜日にも、「あああああ、週末に入るまでに仕事こなさなきゃ、明日は息子と○○に行く約束しちゃってるのに〜」と焦ることなく、「仕方ないな〜。この週末に家で仕事しよう」と逃げられる。

思わず、夫に言ってしまいました。
「あんた、毎日こんなに気楽に仕事しているのねえ。ちくしょー」
子育てを妻に任せっぱなしの男性陣が、ダラダラ仕事する気持ちもよく分かるわ。

で、この週末。
朝からダラダラしながら、懸案の原稿を家で書き上げ、あちこちファックスしまくっているうちに夕方になり、疲れて仮眠すればそのまま夜で、休日というのに1歩も外に出ておらず……。平日も、朝食抜きで出勤し、昼抜きで仕事し、夜もはっと気付いたら夕飯食べぬまま仕事しているわけで……。

つまり、単に「自堕落仕事人間」状態なのだ。
これ、1週間くらいだから、「仕事するのがラクチーン」で済んでるけど、一生やったら人間ダメになりそう。

そもそも昔っからブレーキのない自転車(走り続けないと倒れるだけ)みたいに仕事する癖がある私なので、息子が私の貴重なブレーキになってくれているのかも。
「ああもう、5時半だ! 帰らなきゃ」とか、「金曜日はフルスピードで仕事しないと週末休めないぜ」とか、仕事上はとっても面倒なんだけど、それがあるから私、「自堕落仕事人間」にならずに済んでいたのかも。

息子よ、早く帰ってきてね〜。
ただし。○○の記事と、▽▽の記事と、□□の記事と、全部書き上がってからにしてくれたらうれしい。
あと、○○飲み会と、▽▽オフ会が終わるまでは仙台でノビノビやってね。
などと、相変わらず、自分勝手に息子溺愛の母ちゃんなのです。





息子からのファックス

息子がいないのをいいことに、今夜は飲み会。
日付が変わる直前まで飲むなんて、普段はありえないから。
シッターさんの終電を気にしながら、10時には帰る、というのが普段の暮らしなもんだから。

家に帰ったら、ファックスが届いていた。
仙台の息子から。

かあちゃんへ
早くせんだいに来て! すずしいよ。
かあちゃんがこないからさびしいよ。
早く来てキャンプしようね。
とうちゃんがこれるかわからないけどたのしくやろうね。
かあちゃんがくるとまってるよ。


少々日本語が変だが、許そう。
なんかちょっと、じーんと来るほどかわいいのだった。

さっき夫に電話して聞いたところによると、今日は近くのグラウンドに野球練習に行ったらしい。
そしたら、そのグラウンドで地元の大人のソフトボールチームが親善試合をしようとしていたらしい。
「片隅でキャッチボールさせてくださいね」と声をかけたら、「人数が足りないので、ぜひ、一緒にやりましょう」と誘われたらしい。

ここからがビックリ。
なんと、息子はその親善試合でピッチャーをやることになっちゃったらしい。いきなりあの巨大なソフトボールを投げられたのかなあ、と心配になったが、それなりに投げていたらしい。
あとで息子に聞いたら、

「1回三振を取ったよ。14体11で勝ったよ!」
とのこと。

三振わずか1回。
11点も取られたってわけか。
それでもうれしそうに報告する息子に、妙な成長を感じた私でした。
昔のあの子だったら1点取られただけでへこんでマウンドを下りかねないもんな。

ほんと、好きなことがあるっていいな。
あんなに脆弱で、敏感で、プライドが高くて、弱腰の息子が、好きな野球のためなら、知らない大人相手にボールを投げられちゃうんだ。
打たれても打たれても、マウンドにかじりつけちゃうんだ。

それはそれは不思議な感じがしちゃったのでした。
こうして段々と、親離れしていくのかなあ。

今夜はひとり

息子が仙台へと旅立った。今回は、行きのみ夫と一緒だ。
息子と今度会うのは、18日だから、10日間以上会えないことになる。
なんだかつまらない。

よし仕事するぞ、と思う。
出勤して頑張るんだけど、どうもうまく仕事が回っていかない。
回っていかないから気がせいて、昼ご飯も抜いてしまった。
お茶を買いに行くのも面倒で、結局一滴の水も飲まなかった。
そのまま、夜は明日の取材の下見に出た。
居酒屋の取材があったので、そこで適当に夕飯とした。
10時間以上、水分すら身体に入れてなかったんだよなあ、と自覚し、どっと疲れた。

だめだなあ。
息子がいないと、定時に帰る必要もなければ、夕飯を作る必要もないし、いざという時のために健康状態を保っておかねばという危機感もないし、なーんとなく仕事以外のことをする気がしなくなって、完全なダメダメ人間となってしまう。
絶対に明日、朝ご飯を食べないと思う。私。

はぁ〜。情けない。

矢野顕子コンサート@第一生命ホール

☆矢野顕子コンサート@第一生命ホール

今回の第一生命ホールの音響の良さにまずびっくり。
ピアノの音も美しいけど、あっこちゃんの声がまた素敵。
「あっこちゃんの声って楽器なんだ」としみじみ実感できた夜でした。
前回のNHKホールの音があまりよくなかった分、音の良さにまず圧倒されました。

途中、井上陽水がゲストで登場し、びっくり。
キザな男ながら、2人でやった「ザ・ピーナッツ」のナンバーはかなりおもしろかったです。
最後の曲は「ごはんができたよ」で、アンコールの最後の曲は「ひとつだけ」。満足。
途中の「Rose Garden」のピアノ、とってもいい感じでした。

阪神巨人第二戦@東京ドーム

息子を連れて昨日、生まれて初めて阪神巨人戦を見に行ってきました。
東京ドームだけど。
いやはやすごいねー。
立ち見席までぎっしり。
応援団の声、ものすごいし。

「かっとばせ〜」と叫ぶ前に必ず「おりゃ」とか「それっ」とかかけ声を付ける人もいるし。
酔っぱらってヤジとばしまくる人もいるし。
お嬢さん然とした女性が突然、だみ声で金本選手に「おにいちゃ〜ん」と叫ぶし。

これまで東京ドームに3度ほど行って、そのたびに周囲で最もウルサイ人間だった私がもう、全然目立たないの。
周囲がうるさすぎて。

生ビール飲んで、六甲おろしを30年ぶりに声を張り上げて歌って(大阪出身ですから)、生ビール飲んで、叫んでるうちに、息子がいきなり冷静にこう言ったのだった。

「母ちゃん、どうして大阪弁になっちゃったの?」

え?
まじ?
私、いつの間にか大阪弁?
あ〜ほんまや〜。

怖いもんです。
このノリ、まさに関西なのよ。
目の前の人が大阪弁をしゃべった途端、私の「大阪弁スイッチ」がカチッと入って、大阪弁が流れるように口を付いて出る、というのが私の特技なのだけれど、ここ、東京ドームの場合、周囲はみんな東京の人だからね。東京弁の阪神ファン。だけど、私の「大阪弁スイッチ」が入ってしまった、というのは、よほど、ここのノリが大阪に近いものだった、ということなんでしょう。

気付いた時には、「大阪弁でやじるオバハン」と目されていたようで、試合に負けて席を立ち上がった時に、隣の茶パツの若者衆2人から「おつかれさまでした。今度は勝ちましょう」と声をかけられた。

……うっす、と返事してしまった。
ははは。

「ちっとも好きじゃない野球を、息子のために見に行っている」というのが自己分析だったはずなんですが。
球場でビール飲んで、応援して、やじって、歌うのって、むちゃくちゃ気持ちいいものねえ。
最後は息子に「母ちゃん、うるさいから静かにしてよ」と言われてしまった。
反省。

日本の父が子供と一緒の時間は6カ国中5番目

「日本の父が子供と一緒の時間は6カ国中5番目」という記事を読んだ。

「よーし、これを盾に、また夫を責め立てねば!」と思った私だったが、実際に毎日新聞の一面記事を熟読して考え込んだ。

ウェブ記事ではあまりよく分からないが、実際に新聞では一面にグラフも載っていて、かなり分かりやすい。
見出しは「子どもと過ごす時間/父3.1時間、母7.6時間/男女差、日本が最大」。
平日に子どもと過ごす平均時間を意味しているらしい。
グラフではアメリカや韓国、フランス、スウェーデンなどの平均時間が一目で分かるようになっており、確かに日本の男女差が一番大きい。

「そういえば、私って何時間ぐらい一緒に過ごしてるんだろ」と計算してみた。
朝起きてから1時間で「行ってらっしゃーい!」。
夕方は、この新聞業界でも前例がないほどの手厚い配慮を受けた結果、午後6時には退社し、午後6時半には家に着く。子どもが9時半に寝るとして3時間。
週に1度はベビーシッターさんを頼んでおり、その日は1日1時間だけだから、平均したら……

3.4時間!


ちなみに夫は、「1時間」だな。
我が家の男女差は「2.4時間」で、この差は米国平均とほぼ同じ。
ただし、米国人の子どもと接する平均時間は「父4.6時間、母7.2時間」だとさ。

「あんたっ! 新聞記事を見た? やっぱりあなたは子どもと接する時間が短すぎるのよっ!」と、夫にけんかをふっかけようと思っていた私なんだけど、なんてことない、私自身が、日本人男性の平均とほとんど変わんないとはなあ。
なんとなく釈然としない私なのだった。



★沼地のある森を抜けて(著・梨木香歩)

★沼地のある森を抜けて(著・梨木香歩)

「西の魔女が死んだ」的な梨木ワールドファンだと、ちょっと、あれれ、と肩すかしにあうかも。
先祖代々から伝わるぬか床。ここから生命体が繰り返し生まれる不思議。離れ小島の伝承。なかなか魅力的なファンタジー世界なのですが、あちこちにほつれがあるように感じました。

ぬか床のこちら側と向こう側の2つの世界の物語が交互に描かれているあたりは、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を彷彿とさせる構成でもあるんだけど、世界観の構築のしかたは圧倒的に村上ワールドのほうが完成度が高かったように思えました。

「いったいこのまか不思議なぬか床ワールドをどうやって収束させるんだろう」という興味関心だけで一気に読みましたが、特に最後のほうは微生物やら動植物の進化やら生殖のありようやらが延々と続き、ふと素朴に「ここまで微生物に頼らないと生命賛歌やら性の不思議を語れないもんだろうか」と躓いてしまったのだった。

それなりに楽しみましたが。