おぐにあやこの行った見た書いた

野球合宿と初奪三振

先週末、息子の少年野球の仲間で1泊2日の合宿に行って参りました。
監督夫妻とコーチ陣と子どもたちと親。
喜んで夫婦で参加してるのなんて、ほとんど我が家だけ。
どこもお母さんだけ。
なんでかなあ。
子どもの野球観戦は、夫婦でああだこうだ言い合いながら見るに限るのに!

苦しいのは、炎天下のグラウンドで野球を見ながら、残念ながらビールを飲めないこと。
少年野球文化では、ビールはNGなんだそうです。
「大丈夫。高校野球になったら、球場でビール飲んでもOKなのよ」と、先輩ママさんに教わったけど、まさかあと10年も息子が野球を続けてるとも思えないしなあ。

運動部の経験のない私には、少年スポーツの世界はキョーレツな異文化体験でもあります。
お茶出し当番は女の仕事。
合宿でのユニホームの洗濯も。
一方、重い物の運搬は全部コーチとOB中学生がやってくれる。
独特の男女性別役割分担文化が確立している。

でもさすがに、炎天下で子どもに野球を教えてくれている男性コーチ陣のご苦労を思うと、「お茶出しや洗濯くらい当然だろ」という価値観もありかな、という気がするのもまた事実。

もっとも、私がものすごい野球が得意な人間だったら、男コーチ陣に混じってコーチデビューし、一方、夫に「お茶出しや洗濯は僕もやりますから〜」とわざとお母さんたちの仕事に割って入らせて、ここの男女役割分担文化を大いに変革してみたかった、とは思うけど。

こればかりはどうしようもないのです。
何しろ私、お母さん仲間の中でも野球は最も下手な部類。
おまけに、気が回らないからお茶出しや洗濯といった「ママ仕事」のほうも当然苦手。
まあ、ちょっとばかし自信があるのは、応援かな。誰より声だけは大きいもの。……って、これじゃ意味ないか。

いまだに保護者のことは「父兄」だし、目くじら立て始めたら色々あるのだけれどね。家庭では圧倒的な「目くじら女」を自認する私がなぜか、この少年野球チームの世界では「郷に入っては郷に従え」な気分で参加しちゃっているから、ここが何より不思議。

なぜかな。
一番はやっぱり、地域のお父さんたちが休日返上で、必死で子どもの相手して、子ども一人一人の気持ちを考えて、寄り添ったり、怒鳴ったり、試合で負ければ一緒に悔しがったり、他人の子の成長に本気で感動したり、そういう場面を何度も見せてもらったからなんだと思う。

「親にしかできないことがあるように、親にだけはできないことがある」「子どもの成長には、親でも先生でもない信頼できる大人の存在がとても大事」が持論なんですが、そういう意味では、うちの息子はこの野球チームで「親からは与えてやれないもの」をたくさん受け取っているんですね。
だったら、少々暑かろうが、だるかろうが、私は私なりに、どこかの子どもにとっての「親ではない大人」になるよう努力したいもんだ、とも。
そんなこんなで、自分の息子が「地域に育てていただいている」ということへの感謝の気持ちが、このめくるめく独特の男女役割分担文化への反発をあっさり乗り越えちゃったというわけでしょう。

それに異文化というものは常にスリリングで観察しがいがあるわけだし。この際、楽しんじゃうのが一番かな、と。

そうそう。
合宿の紅白戦で、息子が初マウンド体験をしました。
といっても情けない話で、せっかく上級生が「誰かピッチャーやりたい?」と低学年に声をかけてくれたというのに、引っ込み思案の息子は一瞬小さく手を挙げたものの、ほかの女の子がさっと手を挙げて、いざジャンケンとなった途端、「やっぱりいいです」と引き下がった。

夫婦で「あの性格じゃあ、ピッチャーは無理だよなー」などと語り合っているうちに、3イニング目に見かねた面倒見の良い高学年の男の子が「おまえもピッチャー、やってみるか?」と息子に声を掛け、マウンドで「まだ投げたい」と言い張ってる女の子をわざわざ説得し、息子をマウンドに送り出してくれた。

なんともはや。
ここまで消極的な性格も考え物だよな。

ただしマウンドではよく頑張った。
のっけから中学生3人にポンポン打たれ、無死満塁。
そろそろ泣いてマウンドを降りるかなーと思っていたんだけど、次の4年生の男の子を一人三振に取って少し気が楽になったんでしょう。
次にバッターボックスに立った同級生の女の子にボールを投げる前に、息子はチームのキャプテンにいきなり声をかけ、こうのたまったらしい。(らしい、というのは、この辺りから「お母さんのお仕事」のため試合観戦できなかったから。以下は、夫からの伝聞)

「ねえ、どうする? 打たせて取る?」

夫があとで、「守備についてる仲間がピッチャーに『打たせていいぞ』と言うのは聞いたことがあるが、ピッチャーが自ら守備についてる仲間に『打たせて取る?』と聞いたシーンを初めて見た。そもそも、あいつ、コーナーを突くピッチングどころかストライクを入れるだけでせいいっぱいのくせに!」と笑い転げていました。

結局、この女の子も三振に取り、二死満塁。
最後は5年生をセカンドゴロにしとめておしまい。
息子、初マウンド体験にして初奪三振でありました。
お情けたっぷりの紅白戦ですけどね。

あとで息子に、「本当にピッチャーをやりたいなら、『やりたい』と自己主張したほうがいいよ。いつも周囲が『おまえ、投げるか?』とお膳立てしてくれるのを待ってたら、ピッチャーの座なんて手に入らないよ」とだけ言っておいたのですが、なぜかこれが息子の闘争心に火を付けてしまったのかどうか……。
夏休みに仙台のジジババ宅にまた一人旅に出そうと思っているのに、「練習を休みたくない。ポジション争いは始まってるのに」とかいう。

あのねえ。
あんたたち低学年チームは1年坊主2人を混ぜて9人ぎりぎりなの。
3年生は1人しかいないの。
ポジション争いとか言う前に、あと2人くらい入部勧誘しないと、公式戦に出られない事態なのよ。

……と内心、あきれたんだけど、一応言わないことにした。

野球合宿の翌日の今日は朝6時起きで大阪日帰り出張。きつかった〜。
新幹線に乗って5分後には爆睡。起きた時には到着。往復ともこんな感じ。おまけに太ももは筋肉痛(ちょいとグランドを走っただけなのに〜)、もうボロ雑巾状態です。


トマト、それは幸せ

妹の夫は押しも押されぬ専業農家、なのである。
んでもって、トマトをどさーっと送ってくれたのでした。
甘いミディトマトと、火を入れるとおいしい長細いのと。

昨夜、宅配便が届いた時は、息子と二人、箱を開き、さて、冷蔵庫に入れようか、と思ったんだけれど、「一つずつ味見しようか?」とトマトを洗わぬまま口にポン!

んま〜い!

で、はっと気付いた時には小振りとはいえ、15個のトマトを洗わないまま食べてました。

で、今夜。
ミディトマトがものすごく甘いのに、しっかりと固さを保っているのがものすごく気に入って、「これはもう、生のモッツァレラチーズを買ってきて、家で育てているバジルとでサラダを作るしかないでしょー」と決意。

驚くな。
本日のメニュー。
細長いタイプのトマト8個を使って「フレッシュトマトとモッツァレラチーズとバジルのスパゲッティー」。
ミディトマト4個を使って「トマトとモッツァレラチーズとバジルのサラダ」。
それに、「ルッコラと生ハム(なぜか買い置きがあった!)とパルメジャーノチーズ(これもなぜかワインのつまみの残りが……)のサラダ」。

スパゲッティーとサラダは、同じ材料じゃねーか、って?
ところがこれが、味が違うのよ、味が。
トマトの種類が違うからなのか、調理方法が違うからなのか、わかりません。
どっちもむちゃくちゃおいしい。

特にミディトマトは、私の予想通り、モッツァレラチーズを乗せて、塩振って、少々の胡椒、たっぷりのオリーブオイルをかけて、ちょんちょんとバジルの葉っぱを乗せたなら……至福の味。
ここ数年、この料理を食べた中では最高の味。
つまりこういうことだ。
どんな名シェフの腕前より、どんな素晴らしい味付けより、こういう単純なレシピの場合、素材が何よりものを言う、ということ。

トマト万歳!
作り手の義弟、万歳!

明日から野球の合宿で、朝5時起きというのに、ワインが進んで仕方ない。
うれしい悲鳴。
誰か助けて。
おいしすぎるのであります。


茨木のり子さんと宗左近さんの記事

昨日のエントリーで触れた「詩人が死んでいく」の記事。
リンクを貼っておきます。
ここ

しかし、ウェブ記事は、引用詩が読みにくい〜。
実は今回、新聞に書く際、行数を減らすために引用詩を「/」マークを使って改行を示したのだけれど、なんと、ウェブに転載する際に、このマークをそのままを生かしたまま、新聞記事通りに14字詰めごとに改行しているのだ。
ちょっと哀しい。

それにしても。
よくこんな記事が新聞に載ったな、というのが正直な感想。

茨木さんが亡くなってすでに5カ月、宗左近さんが亡くなってから1カ月以上にもなります。すでに詩人たちの手による珠玉のお悔やみ原稿が各紙に出尽くした後で、今更何を書く?という状態。
おまけに2人の詩人は、詩風も違うので、普通なら2人をまとめて記事を書くなんてありえないとも思う。
詩壇担当の先輩記者も心配して、あれこれ、資料を貸してくださったりしたほど。
どう書いても、寄って立つところは自分の思い入れだけ。
従来の新聞記事としてはすでにNGだったと思う。

でもね。
今回はなぜか「書いていいぞ」と部内の上司やデスクたちが声をそろえたのだった。
編集会議に提案する時、「茨木さんが死んで、宗さんも死んで、ものすごい喪失感があるんです。なぜなのか、きちんと言葉にしておかねばならない気がするんです。何か書けるかわからないけど、何か書かずにいいられないんです」と正直に言った私に、みながGOサインを出してくれた。
私自身がその結果を不思議に思ったほど。

書いている途中で、私の側に迷いが生じて、「こんな自分の思い入れだけの記事を書いてもいいのかなあ……」とあちこち相談した。

上司の一人は言った。
「毎回これじゃあ困るけどな。時にはいいんとちゃうか。時には自分を出さないと苦しくなってくるやろ」
(大阪弁で)。
先輩記者の一人は言った。
「どうせ思い入れ書くなら、確信犯的に思い切りやっちゃったほうがいいよ。そのほうが読者に届く」

茨木さんにも、宗さんにも、個々に対してはもっともっと書きたいことがあったけど、読者に知ってほしい物語もあったんだけど、あれこれ取捨選択しているうちに、こんな記事に落ち着きました。

詩壇担当の先輩記者がぼそっと「根府川の海、よかったでしょ。あの海は、一人ひとりがこっそりと心の中に持っているべき海なんだろうね」と言ったことを、最後に書き記しておきます。
機会があったら、無人駅の「根府川」に降りてみてください。
海がまぶしいです。
カンナの花がまぶしいです。

一つ山越えて

懸案の記事、たった今、降版。
詩人、茨木のり子さん、宗左近さんの死にこみ上げた喪失感をそのまま記事にしました。

この記事を書くにあたって、この1週間、ものすごい数の詩を読みました。小学校や中学校時代に詩が好きな先生に習った現代詩との再会もあったりして、あらためて詩の持つ力には打たれました。

例えば、吉野弘さんの「生命は」。

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ


(中略)

私も あるとき
誰かのための虻(あぶ)だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない


懐かしいなあ。
これは中学校時代に、クラスメートと演劇をやろうと脚本を書いていた際、担任の先生が最後に脚本に付け足したのだっけ。
劇中詩としては、演じる者の心に残るものだったと思います。
クラスメートの間では、「誰かのためのアブ」は流行言葉みたいになったけど(アブ、というのがおかしくて)、案外、先生が伝えたかったメッセージはみんな受け止めてたんじゃないかな。

ほかに懐かしかった詩といえば、谷川俊太郎さんの「かなしみ」。

あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまつたらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前にたつたら
僕は余計に悲しくなつてしまつた
(詩集「二十億光年の孤独」より)

これ、子どものころは、谷川俊太郎さんなんて名前も知らず、読んでたんだなあ。「透明な過去の駅」なんて、子ども時代にどんな解釈ができたんだろう、と思わずふふふと笑ってしまった。

扉をあけます
頭のしんまでくさくなります
まともに見ることが出来ません


で始まる「便所掃除」(濱口國雄)という詩は、それこそ当時はちょっと問題意識の強い教師なんかが好んで使った教材だったんでしょう。
久しぶりに読んで、細部にわたるまで案外覚えている自分に驚きました。また、当時の小学校の先生が子どもたちにこの詩を通して何を伝えたかったかを思うと、「よい先生に出合ったなあ」としみじみもしました。

一行一行解釈させたり、
「この時作者は何を思ったでしょう」と問うたり、
「ここにある『それ』という言葉は何を指しているのでしょう」とはっきりさせたり、
学校で行われる詩の授業に反発する詩人はとても多いらしいのだけれど(そして、その反発には共感もするけれど)、
案外、そういった詩の授業が心のどこかに残っていて、大人になってから再び詩と出会い直せたりすることもあるのです。

昨年からピアノを習い始め、音楽に触れることで、「音楽の持つ力には言葉は敵わない」と思う局面がとても多かったのだけれど、実は、自分の扱っている言葉が脆弱なだけで、本来、言葉が持つ力は実はとても強いのではないか、とあらためて実感できました。
そういう意味で、今回の記事のために詩をたくさん読み直したことは、私にとても大切なものを残してくれたような気がしています。



★メリーゴーランド(著・荻原浩)

★メリーゴーランド(著・荻原浩)

県庁の公務員が、赤字で真っ赤っかのさびれた第三セクターのテーマパークに出向し、それを立て直そうとするが……って話。
県庁の星」は公務員がスーパーに出向させられる話だったけれど、こちらはテーマパークです。
「県庁の星」と同じく、こちらの「メリーゴーランド」も映画化に十分耐えると思うなあ。

県庁職員の主人公・啓一が、悪戦苦闘しながらも、子どもに恥ずかしい仕事をしちゃあいかんと踏ん張り、上に楯突き、責任の一切合切をおわされて、それでも鶴の一声でなぜか救われ、ところが次の市長選で大どんでん返しがあり……とまあ、浮き沈みの激しいこと激しいこと。

市長派でもなく、反市長派でもなく、とりあえず、目の前にあるテーマパーク再生のため、無駄をはぶき、つてをたどり、折衝を重ね、時にはタンカを切って、イベントを大成功させたところで、何か「功績」を挙げてしまえば、それは派閥の手柄になるわけで、それだけで必ず敵が増える。
どうやっても派閥抗争に巻き込まれていく。
いやはや。

相変わらず、萩原さんは組織人の哀愁を書くのがうまい。
あの日にドライブ」のほうが、より哀愁に満ちて、おもしろかったけど。主人公が「メリーゴーランド」みたいに「いい人」でない分、読み応えもあった気がします。

最後のほうで、クリーンなイメージの女性新市長が登場し、市民にわかりやすいところからぶっつぶしていくところなど、長野県でかつて起こったことをふと思い出してしまった。
理念は100%完璧でも、壊すことは簡単でも、何かを生み出すことはとても難しいんだよな、と思ったりもね。

長野支局で新聞記者をしていたころ、県庁担当をして「なんとこの人は仕事ができる人なんだろう」と驚いた何人かの職員は、現知事にたてついたのか、地方事務所をぐるぐる回されている。
本当にもったいなく思う。

でも私が長野支局にいたころにも、こうやって実力があるのに前知事から飛ばされた人たちがいっぱいいたんだろう。そういう意味で、私はきっとあの時、多くのことを見落としてもいたんだろう。

長野県知事選、もうすぐなんだなあ。

★少年アメリカ(著・E・Rフランク、訳・冨永星)

★少年アメリカ(著・E・Rフランク、訳・冨永星)

著者はトラウマ専門臨床セラピスト、兼作家。
日本でいうと誰だろう。
精神科医や臨床心理士で専門分野を超えてエッセイやら社会批評を書く人は多いけど、創作っていうとどうだろう。

少年の名前はアメリカ。
薬物依存の母親から生まれた。父親は分からない。生まれ落ちてすぐに養子にもらわれたが、成長するにしたがって肌が黒くなり始めると、白人がほしかった養父母はあっさり手を引き、そこのお手伝いさんのハーパーさんがこの子を連れ帰る。
10歳にならない時に、いったん母親に会いに行ったら、そこで兄弟とご対面。兄弟三人ごと再び母親に捨てられ、子供たちは盗み、壊し、ごまかすことで日々を乗り越えていく。
心の支えは、「困ったことがあったら電話しなさい」と教わったハーパーさんの自宅の電話番号。あっちこっちに電話番号を落書きしているところを保護され、ようやくハーパーさん宅に戻されたときには、ちょっとしたワルになっていた。
ハーパーさんに嫌われたに違いないと頑なに閉ざすアメリカの心を、ハーパーさんは溶かしていくのだけれど、何分にも高齢で病弱のため、寝たきりに。ハーパーさんの弟と同居するが、この男が普段は優しいのに、アメリカに性的虐待を繰り返し……。

筆者によると「特定のモデルがいるわけじゃない」というが、きっとたくさんのクライアントの物語が背後にあるんだろうな。
幼い少年アメリカが保護された時に、大人から昔きいた言葉を真似て「ぼく、福祉の中で迷子になったんだ」という場面があって、その表現にものすごいリアリティーを感じてしまいました。

★バスジャック(著・三崎亜記)

★バスジャック(著・三崎亜記)

ちまたで話題になった「となり町戦争」の著者の短編集。
前作の時も、あちこちの書評で評価されているほどには、私は乗り切れなかったんだけど(そのあたりをブログ書評に書いたはずなんだけど、リンクを貼ろうと思ったら見つからないのです)、今作はもっと駄目でした。結局、表題作などいくつか読んで、半分くらいでやめてしまいました。
発想はおもしろいと思うんだけど。

勝負服ならぬ勝負歌

思い入れの強い記事を書く時はいつも怖い。
思い入れの強さが邪魔して、独りよがりの記事を書いてやしないか。
本当にこれでベストの記事なのか。
読んでくれる人たちにより伝わるような工夫が、ほかにあり得るのではないか。
ぐずぐずと思い切れず、最後に出稿する瞬間まで、思い悩んでしまう。
紙面になる瞬間まで、怖い、と思う。

昔、先輩記者の1人が、記事を書く時に音楽を聴いていた。
「こうすると、うまく書けるんだ」と。
しかし、聴いていたのは尾崎豊。
ほんとに日本語の歌詞がついたCDを聴きながら、記事なんか書けるのかよ? と驚いたもんだ。

が、あれから10年。
最近は私もすぐに「勝負歌」に頼る。
勝負服があるなら、勝負歌があったっていいよね。
気持ちが集中できない時、心が定まらない時、これを聴けば勇気がわき、言葉があふれ出してくる、というような。

それは時には、キース・ジャレットのケルンコンサートであったり、
内田光子さんの弾くシューベルトやベートーベンだったりした。

が、今回、つい聴いてしまったのが、なんと小田和正のアルバム「個人主義」
これを聴くと、小田和正さんのインタビュー記事を書いた日々 (このブログの右側の検索窓で「小田和正」で検索すると、何本かエントリーが出てきます) がリアルに思い出される。
あの時も、怖かった。
ヒリヒリした。
本当にこれが読んでくれる人に伝わるんだろうか、と随分悩んだ。
私はいつまでたっても同じことしてるんだよなあ、としみじみして、それから少し勇気がわいた。

これもまた、私の勝負歌、か。

ピアノ後編 バッハバッハまたバッハ

バッハは苦戦している。

2番は、比較的よくまとまってきた。装飾音符がきれいに入らないのが悩み。そこで音楽が止まってしまう。もう少し伸びやかで、厚みのある音が出せればいいんだけど……と悩む箇所がいくつかまだ残る。

8番は、「現在工事中」。
何かというと、ポンポンポンと乗って弾いているうちに、お尻まで跳ね上がるくらいリズムに乗れるようになったのは良いけれど、そもそも指が動かない箇所がいくつかあって、そこで音が流れてしまい、とても荒っぽい感じになってしまった。
そこで「再工事」決定。
スピードを思い切り落とし、リズム練習をしながら、粒の揃った音を目指してる最中。

13番が一番の悩みの種。
手首を上手に使えていないため、音色が全然美しくないの。
右手と左手の掛け合いで揺らせていきたいのに、左手の音が固いから、音楽がそこで止まってしまう。涙。

そもそも、木曽センセの考えていたのと私のとで、少々解釈が違った。
この曲を大きくA−B−Cのパートに分けた時の、パートC(ちょうど楽譜の真ん中辺り)を、木曽センセは「Bの終わりのエネルギーを持ち越して、緊張感を維持して、ゼクエンツ4回を重ねる中で次第に静めていく」という解釈。
実は私、この2週間、Cの最初の部分はとてもかすかな音から入って、ゼクエンツの音自体が下がっていくのだけれど、エネルギーが深く深く沈殿するみたいに音を広げ、強めていく、という解釈を採っていた。

そこをどうするか、しばし木曽センセと相談。
木曽センセの説はこんな風。
「確かに、パートBの最後で音の動きが小刻みになった後、パートCに入った途端、1小節という長い単位で音が動くわけで、かすかな音で入っていきたくなる気持ちはよく分かります。でも、和声という視点で見るとどうかしら? パートCの冒頭の和声は、ほかのと音色が違うでしょ? 異質な感じ、何か事件が起こった感じ。これをさらりと弾いてしまっていいのかしら?」
和声の流れから解釈する、という視点は、まったく考えてなかった私。
なるほどなあ。

木曽センセは「バッハは何通りも解釈があっていい」といいながら、一冊の教本を見せてくれた。
歴代の名ピアニストがそれぞれの曲をどの程度のスピードで弾いたか、という一覧表。
例えば、ツェルニーはどの曲も比較的早い。
ケラーは思い切りゆっくり。例えば2番なんか、ツェルニーの半分のスピードだ。
最後の方にグールドも載っていて、13番を「四分音符=144」の超猛スピードで弾いていることを発見。そうだそうだ、あたしゃ、彼のCD聞いて、この曲のスピードを見誤ったんだっけ。

木曽センセはいう。
「早くても、遅くても、きちんとした解釈の上にそれを弾いているなら、それは聴き手に伝わります。でも、CDを聴いて、なんとなく、それを真似てしまっても、バッハはどうしようもないんです。一つひとつ自分で分析し、解釈し、スピードや、音色や、強弱を組み立てていく。一音たりとも、漫然と弾いちゃいけないんです。というか、これだけ綿密に組み立てられた曲だと分かったら、漫然となんて弾けないものでしょ?」

なかなか痛いところを突かれ、頭を垂れるしかありませんでした〜。
奥、深いです。
いやはや、もう、大変!


ピアノ前編 鍛えたいのは脳より指の筋力

本日のピアノレッスン。
ヘラーの練習曲の4−3−2−1指の連打で再びつまづいた。
連打する時、各指を手前に弾くのだけど、その時、私は第一関節が固定されず、ふにゃふにゃと弱い。だから音が逃げる。粒が揃わない。

木曽センセは「指の筋肉を鍛えるしかないですねえ」という。

へ?
指の筋力?

木曽センセによると、私はまだまだ腕で弾いているんだという。指の筋力の弱さを腕の筋肉でカバーしている。だから手首まで脱力しながら指だけ固定する、というような動きができない。

今回は指の筋トレ方法を教わった。

1、鍛えたい指の先を何か固定されたもの(もう片方の手とか)に引っかけて力一杯手前に引きながら、もう片方の指で、鍛えたい指の第一関節を外側から力一杯押す。鍛えたいほうの指は、第一関節を軽く曲げたままの形で固定し、カクンと伸びてしまわないように頑張る。

2、指の第二関節から先を伸ばした状態で、ここに重り(ハンカチなどで小さな袋を作り、重りを増やしていくんだそうだ)を掛け、第二関節だけを曲げ伸ばしする(ダンベル体操を指でやるようなものね)

3、傘を持って歩く時は、第二関節から曲げた1本の指の先に引っかけて持つ。

4、電車のつり革には指の先だけを掛けて、指の筋力トレーニング。

1〜4まで、すべて、力を入れるのは指先だけで、手首や腕は脱力していなければならない、というのが難しい。

「木曽センセ、こんなことやってたんですか?」と尋ねる私に、木曽センセは真顔で「そりゃもう。高校時代は毎日!」
授業中でも、人と話をする時でも、無意識のうちに右手の指を左手に引っかけては鍛え、左手の指を右手に引っかけては鍛えるのが癖だったんだそうな。
高校時代、御木本澄子先生(こんな本を書いている人)のもとに、指を鍛えるためだけに通っていたというから、凄まじい話だ〜。

「でも、私、もう40歳だし、今更無理よね」などとついつい逃避モードに入っていた私。
ところが、木曽センセはきっぱり。
「いえっ! 指だけは何歳になっても鍛えられると御木本先生はおっしゃってます。彼女はもう80歳を超えているけれど、今なお指はどんどん強くなってる、とおっしゃってましたもの!」

ど、ど、どんな指だ……。
80歳を超えてなお、増え続ける筋肉???

でもまあ、信じてちょっくらやってみるか、という気になった。
親指の第二関節がぺこんと凹んでしまうのも、親指の筋肉を鍛え、意識することでしか治らない、と言われたし。

ちまたでは脳トレが大流行というのに。
私はちまちま、指トレさ。


うらめしい雨

「ちゃんと書ききれるだろうか」と不安な仕事を抱えている間は、身も心も忙しい。
紙面になる瞬間まで不安。

ということで、今がそう。
ずっと書きたかったテーマ。
玉砕覚悟で編集会議に上げてみたら、すんなり通った。
心ばかりあせる。
取材は進まない。
おまけに、部内の事情で締め切りが思っていたよりずっと早くなってしまい……。
ああ、どうしよう。

今日は根府川の海を見に行くつもりだった。
(これだけで何を取材しているか分かる人、いっぱいいますよね?)。
が、あいにくの雨。
日曜日のほうがまだお天気がましそうなので、休日返上することに決定。
海を見たら何か答えが出るのか、なんてわからない。
でもそこからしかスタートできない取材だってあるんだ。

萎える街、東京?

メキシコ支局帰りの元特派員記者が同僚におりまして、数年ぶりの東京を見て言うのです。

「東京って萎える街だよね。知ってる? パンダだって、メキシコに連れて行くと繁殖する。東京じゃダメでしょ?。あと、アフリカやメキシコから日本に来ている外国人たちも、東京に来た途端、セックスレスになった、って話をよく聞くんだよ」

なんとなく、あるのかも、という気がした。
萎える街、東京……か。

と思っていたら、我が家でも深刻な問題が。
今年のカブトムシ、ちっともオスがメスと交尾しない。
3匹のオスのうち1匹はまだメスを追いかける気力はある(が、メスに乗っても振り落とされている)。残りの2匹なんて、メスになど見向きもせず、エサをたべているんだから!

やっぱり萎えてるんだろうか。

ただし、我が家では過去3年、カブトムシは常に精力絶倫で、メスと同居させた途端に交尾していたもんだから、東京という街のせいではないのかも。
延々と兄弟姉妹で3代も繁殖させちゃったからではないか、という気もします。

何にしろ。
カブトムシの交尾の音が聞けない夏の夜は寂しい。

尻腐れ病の恐怖

ベランダ菜園のトマトが、次々にお尻から茶色く変色し始めた。
妹の夫(仕事は専業農家)に尋ねたら、

「あ、それはだめですわー。尻腐れ病です」

とあっさり返事が返ってきた。
「どうすればいいのかしら?」と質問したら、

「うーん。僕ら農家では、尻腐れ病が出たら株ごと引き抜いて捨ててますけど」

と、あまりに残酷な返事。
なぜ残酷かというと、我が家のベランダにはトマトが2本しかない。
2本とも、この尻腐れ病に感染しているわけで、「株ごと抜く」は、トマトがなくなることを意味するのだ。
ぐっすん。

彼からは「液体肥料ではなく、油かすをやってみてください」と言われた。ネットを検索すると、カルシウム不足だから石灰を徐々に土に入れろ、とも書いてある。とりあえず、応急処置でやってみるしかないかな。

★盾 シールド(著・村上龍)

★盾 シールド(著・村上龍)

寓話らしく、あえて紋切り型の設定や出来事を多用することで、強いメッセージを打ち出している感じがする、村上龍さんの絵本。

盾、とは何か。
絵本に登場するおじいさんは、2人の小学生の男の子に語ります。
「人間は、からだの中心にあるやわらかい心を、どうにかして守っていかなければならない」
「それを守るには盾、シールドが必要だ」
シールドとは何か。「それは自分で考えろ」とおじいさんは立ち去ります。

それから2人の小学生は成長するに従って、それぞれにシールドを見つけていくわけです。
ある時は、優等生の仮面だったり、ある時は、ボクシングの地道な練習だったり、自己肯定感だったり、大企業の社員という肩書きだったり、外国語の習得だったり、信頼できる相手であったり。

読者に「私の(僕の)盾とは何だろう?」と自問させる本です。

あとがきで、村上氏はこう書いています。

「『盾』には個人的なものと集団的なものがあるのではないか。官庁や大企業のような強い力を持つ集団・組織へ加入するとで得られる盾もあるし、外国語の習得、いろいろな技術・資格など個人で獲得する盾もあって、わたしたちはつねにそれらを併用しているのではないかと思われます」

つまり、この本は、「13歳のハローワーク」の延長線にあるもので、「心を守る盾」といっても、いわゆる心の問題ではなく、基本的には人生設計、就職、仕事選びなどを強く意識した本というわけです。

共感できたのは、村上氏が「この絵本のテーマは、官庁・企業に代表される集団用の盾にたよるのは危険だからやめて、個人用の盾を獲得すればそれでいいというような単純なものではありません。ただし、どのような盾を選ぶにしろ、それに依存するのは危険です」と書いている点。

盾は必要だけれど、盾に依存すんなよ、というメッセージと受け取りました。それが集団用であろうと、個人用であろうと。

私は会社員ですから、そういう意味では、集団用の盾の使い勝手の悪さと、便利さの両方を享受してる気がします。
すでに出来上がっている集団用の盾の便利さをうまく利用しながら、脆弱だった個人用の盾を少しずつ強く鍛えてきた、というのが私のここ20年間だったのかな、とふと思いました。

そうそう。
この本の中では、2人の男の子のうち、一人が長じて結婚する女性が、著者の若者に向けたメッセージをわかりやすく語っています。

「良い子を演じるって、それは子どもなら、多かれ少なかれ、だれだってそういうことをするのよ。問題は、それに自分で気付いているかどうかじゃないのかな。気付いていない人はあとで苦しむかもしれない」
「(きれいなもの、すばらしいもの、より良いものは、自分からいつもはるか遠くにあるように感じる、という感覚は)たいていの人が持っている感覚でしょう。それがなくなると努力しなくなるし、かといって、ありすぎると病気になるかもしれない。問題は、その遠くにあるものがいつか近付くときが来るはずだという思いを持てるかどうかじゃないかな」
「他人の悩みに答えるのはあんがい簡単で、自分の悩みに向かい合うのはむずかしい」

しかし、想像の余地がないほど、ストレートなメッセージに満ちてる本だなあ。若者読者を意識した時、「伝えるためにはわかりやすさが必要」とか村上氏は考えたんだろうか。

★Will 眠りゆく前に(著・小倉恒子)

★Will 眠りゆく前に(著・小倉恒子)

副題は「がんになった女医が我が子へ贈る愛のカセットテープ」。
この副題を読んだ瞬間、つい「最近はやりの泣ける本路線かぁ」としばらく読む気が失せていました。
が、たまたま、昨日読み始めて、びっくり!
以前読んでいろいろと考えさせられた「怖がらないで生きようよ―がんと共生する医師のポジティブ・ライフ」の著者さんの本だったのです。

乳ガンと診断され、がんと戦い続けて19年。再発をも乗り切ってきたのに、昨年10月に再々発。そんな彼女が、すでに成人した息子と娘に向けて、伝えておきたいこと、これまで伝えられずにきたことを、毎日少しずつ、カセットテープにメッセージとして吹き込んでいく、そんな本です。

「いつかそのうちに、と思いながら、結局話さずに終わってしまう親が、世の中にどれだけたくさんるでしょう」「このテープは、他の親御さんより少し早く逝ってしまいそうな私だからこそできるささやかな言葉の贈り物です」「むしろ『自分たちは恵まれているんだ』と思いながら、これを聴いてくれたら、お母さんはうれしいです」(本書より)

「泣ける本」は嫌いだけど、結果的に泣いてしまうことが多い私だが、この本はむしろ、淡々と読めました。
安易に感動することよりも、著者がどうしても伝えたいと思っているメッセージの一つひとつを受け止めることに忙しかったからです。

この本の中で最も心に残ったメッセージは、病気に絡んだ話ではなく、子育てについての言葉です。

「子どもに対して、心から悪かったなと思った時、親がしなければならないことは後悔よりもまず、本気になることなんだ。今、子どもにしてあげなければならないことは何かを本気で考えて、本気で行動することなんだ」

これ、心から共感しました。
後悔より先に、するべきことが親にはあるんですものね。
しっかり胸に刻んでおきます。



カメラに笑顔を見せる子がエライのですか?

今週発売の週刊新潮の「笑わない『愛子さま』」を読む。

メディアに載る愛子ちゃんの写真のうち、笑っていない表情の写真の比率を算出し、「笑わない」ことをさも問題があるかのように取り上げている。
「2歳までは笑っていたのに」「紀宮はいつも笑顔だった」「美智子さんが静養中のときは、子どもと別居することで、子どもたちの笑顔は保たれた。雅子さんは自分が子どもと同居したいんだろう」などと記事は続いている。

天皇制に対するスタンスとか、皇族に対する報道のありようとか、そういう様々な問題は別にして、何より率直に感じたことは、

「カメラに笑顔を向けない子どもは変かい?」

だった。

カメラに笑顔を向けられない子どもは、心に重いものを抱えてるってことですか?
カメラに笑顔をいつも向けられる子どもは、心が健康だ、とでも言いたいのでしょうか?
そんなにカメラに向かって笑うことはエライこと?

あほらし。
ばからし。
記事にものすごい悪意を感じてしまったのは、私だけ?

あるいは、そんな風に腹を立ててしまったのは単に、うちの息子が「カメラに笑顔を見せない子ども」だったからなんだろうか。
いいじゃん。どんな顔してカメラに向かっても。
私は、「カメラには笑顔を必ず向けなさい、としつけられ、反射的にカメラに向かって笑うようになってしまった子」より、「楽しい時は笑うけど、別に楽しくなければカメラに向かって笑ったりしない子」のほうが、ずっと安心して見ていられる。

ちなみに、私がこれまでに見た幼少期の写真群の中で、もっとも笑顔が少なく、むすっとした顔でいつも映っていたのは、うちの夫です。
写真の中で天真爛漫な笑顔を見せる弟の隣で、幼少期の夫はいつも表情が固い。
しかし。
私がこれまで付き合ってきた男女を見渡しても、我が夫はトップレベルのポジティブシンキングと自己肯定感の高さを誇ってると思う。
(こちらが腹立たしくなるほどに!)

愛子ちゃん。
大人の思惑で笑わされたりしなさんな。
子どものうちから愛想笑いなんて覚えんなよ。


恐れていた日が来てしまった……

早晩、必ずやってくると思ってたんだ。
そんな「この日」がとうとうやってきた。
眠る前のお話タイムの時、小学校2年の息子がおずおずと、こう切り出した。

「母ちゃん。あのね。どんなのでもいいし、どんなに小さくてもいいし、何でもいいし、一つでいい。だから……ゲーム機がほしい」

来たな来たな来たな来たな来たな来たな来たな来たな〜。

「どうして、ゲーム機がほしいの?」と私。
次の息子のセリフがこれ。

「だってみんな持ってるもん」

ったく!
もっとオリジナリティーあふれる返答をかえしてこいよ。

「みんなって誰?」と私。
「○○君とか、▽▽君とか……。よくわからない」と息子。
「ふーん、『○○君と▽▽君』という名の『みんな』ね〜」と私。
「でも、みんな持ってるもん!」と息子。

あーあ。
これまで、私が「うちはゲーム禁止!」と高らかに宣言してきたせいか、息子はなかなか切り出せなかったみたいなのよね。

とりあえず、「父ちゃんと相談するから、あんたも思い切り父ちゃんを説得できる材料を集めておきなさい。『みんな』と言いたいんだったら、男の子全員に聞いて回るとか。ほしいものを手に入れるためには、本気で相手を説得しなきゃあね」と、伝えてみた。

私としては「よ〜し、父ちゃんを説得してみせるぜっ!」と息子に奮起してほしかったのよね。
ところが息子の反応は、こんな感じ。

「ねえ、母ちゃん……。父ちゃんに相談する時は、僕がいない時にやってね。聞きたくないから」

へ? なぜ?

「だって、父ちゃんが何というか、ドキドキして緊張して怖いもん」

なっさけなーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!
と思う一方で、ついつい、「愚かな子ほど可愛いってほんとだわ」と思ってしまった。

ゲーム機かぁ。
うちの息子は、与えたら最後、猿のようにやり続けると思う。
なぜか。
私の血を引いているから。

自慢じゃないが、社会人になってからゲームにはまり、ドラクエやファイナルファンタジーの新作が出るとなると、1週間前から記事を書きため、発売日と同時に、飲食を忘れてゲームをやり続けたもんだ。
1日中、ゲームをやっていると、必ず口内炎が出来た。なぜか。
飲み食いしないから、唾液が分泌されず、口の中がばい菌だらけになるからだと思われ……。

社会部記者になってからは、「流行ものは自分で試すべし」を掲げ、ゲームボーイでポケットモンスターをいち早くクリアし、女性向けゲームがはやっていると聞けば、アンジェリークを仕上げて記事にも書き……。

そう。
私こそ、猿だったのである。

途中で、あまりに無駄な時間を過ごしてしまったことに気付き、自らゲーム断ちをしたのだが、その時ははもう齢三十だったもんね。
生まれてまだ8年の、しかも私の猿の血を引いてる息子に、ゲームを与える勇気は、やっぱりないなぁ。

ゲーム脳なんて信じてないし、何も怖くない。
でも、息子の猿化は、やっぱり、怖い。



★殺人の門(著・東野圭吾)

★殺人の門(著・東野圭吾)

小学校時代からの友だちに、ことある事にだまされ、運命を狂わされ、金をむしり取られ、そのたびに相手への殺意を育みながら、なぜかどうしても相手を殺せない、という哀しい主人公の話。
冷徹に言えば、どうしようもないダメ男で、女性観も貧しく、情報収集能力も判断力もなく、ひがみっぽく、不幸はすべて他人のせいにする、という何とも魅力のない主人公なのです。
(もちろん、幼少期から思春期まで、生育環境の残酷さは目を覆うばかりで、なんとも気が重くなるんですが)。

タイトルの「殺人の門」という言葉は、主人公が警察署で「殺意はあるのに殺せない」という話を打ち明けた時、刑事の一人が「動機さえあれば殺人できる、というもんじゃない」「きっかけがないと、殺人の門はくぐれない」などと主人公を諭すシーンに登場します。

殺意が、本当の殺人になる。その境は何なのか。
それを描くためだけに、延々と魅力のない登場人物ばかりで構成された小説を展開しているようにも見えました。

読後感、決してよくないし、おもしろい!とも思えないけれど、一気に読ませてしまう力強さはあったように思います。

脱力。それが私の課題

先日、30代、40代の人達のピアノコンクールの審査員をした、という木曽センセ。すっかり感心して私に言うのです。
「あまり期待してなかったんですが、本当に皆様、とてもよく弾かれるんです。おぐにさんも聴きに行ったら、間違いなく刺激を受けますよ!」

そのコンクールの本選自体は、学童保育のキャンプ(私はキャンプ委副委員長なのだ)と同じ日なので行けなくて残念なんだけど、それはそうとして、木曽センセはしみじみと言うのです。

「このコンクールに出てくる人は、技術的にはもう、十分に弾けている人なんです。となると、どこで差が出るか。それは『脱力できているか』です。脱力できてるかどうかの差は、子どものコンクールの比ではないくらい、大人のコンクールでは大きな意味を持ちます。なぜなら、大人のほうが、力もあるし、思いもあるし、自分なりの解釈と伝えたいことが明確だから、逆にそれを伝えようと力が入ってしまう人が多いんです。すると、はっきりと音色にそれが出てしまう。結局、脱力できている人の音の伸びやかさ、深さばかりが耳につき、そこで明確な差が出てしまうんですね」

とほほ、耳の痛い話です。
私は、この脱力ができません。
そもそも、子ども時代に教わっていたピアノの先生に「脱力」なんて教わったこともないんです。
思いが先行すればするほど、肩に、首に、力が入ってしまう。
たっぷりと音を膨らませているつもりで、思いが強ければ強いほど、音がやせてしまう。
苦しい。

脱力、脱力、脱力。
いつも、これが私の目の前に立ちはだかるんだ。

バッハインベンション、発見に満ちたレッスン

バッハインベンションの2、8、13番のレッスン2回目。
前回は、時間がなくて、2番の楽曲分析だけで終わってしまったので、今回は8番と13番を中心に。

先に2番を弾く。
「ずっと曲としてのまとまりが出てきましたね。右手も左手も長調となる部分をもっと膨らまして、遠くを見やって弾いてください。もっともっと音楽をください。歌ってください」が木曽センセの助言。

で、8番を分析。
a、b、c、d、eの5つの主題に分け、その主題の逆行、反行を見ていく。八分音符が、十六分音符主題の拡大形になっていたり、おお、なんと見事な構造、とこれまたすっかり感動。
「バッハは、この曲では、いつも上っていきたいんです。弾けるように上っていくのに、すぐにコロコロコロと転げ落ちてしまう。それでも逡巡せず、再び駆け上がっていく。そのはつらつとした感じを出してください」「主題が短くなり、右手と左手の掛け合いが早くなるところは、それだけエネルギーが高まってきているのです。音階的に落ちてきていても、ディミヌエンドはしないこと」
ふむふむ、なるほど。

で、最後に13番。
これは実は、インベンションの中では一番好きな曲なんだけど、現段階では2番のほうが理解して弾けている分、今は2番のほうが愛おしく弾ける。
13番はまだまだこれから、という感じ。
半分くらい分析を終えたところで、木曽センセから「残りは一人でできるはず。自分で分析を終えて、曲の成り立ちを理解したうえで、解釈し、弾いてきてください」と宿題が出た。
まだまだこの曲をつかみきれていない、という思いばかりが残っているので、今週は13番が一番の課題かな。

レッスンの後、思わず私は木曽センセに言ってしまいました。
「インベンションでは13番、シンフォニアでは11番が一番好きでした。今回は、装飾音符の練習をするために2番、毛色の違ったものもほしいと思って8番を選んで3曲にしたんです。でも子ども時代、13番は好きだったけど、2番は単なる練習曲のようにしか弾いてきませんでした。まさかこんなに悲しくて深い曲だとは!」

木曽センセ曰く。
「2番は、確かに子どもには渋すぎますよね。うふふ」

こういう時、歳を重ねてきてよかったなあ、としみじみしてしまう。
子ども時代に比べ、指の独立など望めないひどい指になってしまっているのだけれど。粒の揃わない音しか出せないけれど。
それでも、無駄に歳を重ねたわけじゃないんだ、としみじみしてしまう。

ドジョウを料理する

毎年この時期に、息子の学校の校庭を使って行われるのが「ドジョウすくい大会」。
運動場にビニールシートで大きなプールを作り、水を深さ5センチほど張り、そこに何百ものドジョウを放ち、子どもたちにすくわせる、という行事。子どもたちに大人気なのです。
地域の人達による行事で、消防団が大活躍。放水車からは2本のホースから運動場じゅうに派手に放水し、子どもたちは全身びしょぬれになりながら、きゃあきゃあと叫び、ドジョウを追いかけます。

一昨年。
小学校に入る前の息子は、この放水を怖がり、なかなか自分でドジョウをつかまえられませんでした。
昨年。
1年生の時、私が「軍手を使ってみたら?」と助言したのが威力を発揮し、1年生とは思えぬ大収穫。
ちなみに、このドジョウのうち十数匹は、今も金魚水槽を我が物顔で泳ぎまくっております。

さて。今年。
「水槽もいっぱいいっぱいだから、どうかドジョウはあまりすくわないでくれ。もしもたくさんすくってしまったら、お友達に分けてあげて」と頼み込む私に、息子は一言。
「そんなことしたら意味ない。たくさん取ることに意味があるんだ」

息子、おとなしく見えて、祖先は狩猟民族では?。

今年、息子は「軍手なしで、やってみる!」と宣言し、果敢に水の中に飛び込んでいき、お友達同士楽しげにドジョウを追いかけているクラスメートをまったく無視し、もくもくと一人でドジョウをとり続け……。

すくったドジョウはたぶん、40匹近かったのではないでしょうか。
ざっと見渡しても、息子ほどすくった奴はほとんどいませんでした。

さて。困ったのは私。水槽はいっぱい。
これ以上は飼えません。
「食うか……」

養殖ものだから、泥を吐かせる必要はなさそう。
とりあえず、日本酒でさっとゆでて臭みを取ってから、唐揚げにしよう、と決めました。
なにしろ私、ドジョウ料理が嫌い。柳川だか何だか知らないが、衣でもつけてしまわないと、とても食べる気になれないのです。

さて。日本酒がグラグラしてきたところで、ザルに揚げた生きたドジョウを大鍋にざざざーーーっ!
その瞬間まで大喜びで「見たい、見たい!」と騒いでいた息子は、一瞬、無言になったと思ったら、布団に突っ伏しました。
やはりショックだったみたい。

目が白く変色し、棒状になったドジョウをアミに上げ、それからショウガとニンニクとしょうゆと酒で下味を付け、片栗粉をまぶして、油で揚げました。
念には念を入れ、二度揚げしてカラリと仕上げました。

結論。

んまーーーーーーーーーい!


結局、ショックを受けていたはずの息子も「おいしい、おいしい」と大喜び。
エビスビールで楽しくいただきました。

しかし……。
ふと視線を右にやると、そこには水槽があって、ドジョウが十数匹、楽しげに泳いでいるわけで。
1年間、こうして毎朝エサをもらっているドジョウと。
つかまった途端、人間の胃袋におさまるしかなかったドジョウと。

うーん、と思い悩む私の隣で、息子が一声。
「よーし! 来年も捕るぞ〜っ!」

★終末のフール(著・井坂幸太郎)

★終末のフール(著・井坂幸太郎)

地球に小惑星が落ち、8年後には地球は滅ぶ、と予言されてから5年が経った仙台市北部の造成住宅地「ヒルズタウン」が舞台の短編連作8作。
設定は突拍子もないとはいっても、なんだかどこかありがちなわけで、おまけに登場する人物も
・世界が滅ぶのが分かってから妊娠し、生むか生まないか悩む夫婦
とか
・深い確執を、世界が滅んでしまう前に歩み寄り、解きほぐした親子
とか、
やっぱり案外とありがちなわけで、
最初はあまり気持ちが入りませんでした。

300ページぐらいのこの本の本当に訴えたかったことがびんびんに響いてきたのは、290ページあたりから。
「ああ、私はこの最後の10ページに出会うためにこれまでの290ページを読んできたんだ」と思い至り、それで納得できる小説でもありました。

8つの短編を少しずつリンクさせるとか、
8つのタイトルを「終末のフール」「太陽のシール」「籠城のビール」「冬眠のガール」「鋼鉄のウール」「天体のヨール」「演劇のオール」「深海のポール」と韻を踏ませるとか、
それをオシャレと見るか、うまいとみるか、無理矢理と思うか。
そこもちょいと微妙に思いましたが。

井坂さん自身も確か、去年あたりにお子さんが生まれてお父さんになったんじゃなかったっけ。
子を思う親の心がとても深く描かれていて、その箇所だけどっしりと太く、力強く描かれている感じがして、好感が持てました。


★無援の抒情(著・道浦母都子)

★無援の抒情(著・道浦母都子)

先日読んだ「団塊ひとりぼっち」の中で紹介されていた本。ついつい探し出して、読んでしまったのだった。

全共闘世代の女性歌人が、若いころデモや、セクト対立や、スローガンや、家族や、そんな一切合切と向きあった日々を、10年以上も後にやってようやく言葉にできた、とそんな感じの歌集。
重くて、痛くて、しんどい。

例えば、10・21国際反戦デーのデモにて騒乱罪で逮捕された時のことを、こんなふうに歌う。

調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる
打たれたるわれより深く傷つきて父がどこかに出かけて行きぬ

このあたりでもう、痛くてたまりません。
ということで、後半、じっくり味わうことすらできませんでした。

唯一救いだったのは、ノンフィクションライターの後藤正治さんが書いている長い長いあとがきの中で、彼女の今の日々について触れてくれていること。
カラオケの持ち歌はテレサ・テンの「つぐない」で、『40代、今の私がいちばん好き』というエッセイ集もある、と書いてくれていること。



★沖で待つ(著・絲山秋子)

★沖で待つ(著・絲山秋子)

第134回芥川賞受賞作と、ほか一編。
図書館でずっと前に予約しておいたのが届いたので、1時間くらいでさくっと読みました。が、あまりピンときませんでした。
やっぱり、この人の小説では圧倒的に「逃亡くそたわけ」がおもしろかったな。

★オリガ・モリソヴナの反語法(米原万里)

★オリガ・モリソヴナの反語法(米原万里)

ピアノの練習が忙しくて、なかなか本が読めない日々。
その中でも選んで読んだのがこれ。
お亡くなりになった米原さんの本を読もうと、まず手に取ったのが「ガセネッタ&シモネッタ」という翻訳エッセイもの。
楽しくは読んだが、「違うのよ、今読みたいのは、大宅壮一ノンフィクション賞を取った『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』みたいな長編なのよ」と思い、こちらを手に取ったのだった。
で、結論からいうと、大当たり。
この本、途中でやめられず、自宅から会社の自席まで、歩きながら読み続けてしまいました。階段の上り下りの途中も本を閉じることができませんでした。

チェコのプラハにあったソビエト学校での著者の経験をもとに書いた小説。
主人公「オリガ・モリソヴナ」は実在の人物だそうです。
最初、米原さんはこの本をノンフィクションとして書こうとしたそうです。「資料をあたって、本当にあったことを書けば、感動的なノンフォ句ションになると思った」と。
ところが「資料がまったく出てこない」。
それで結果的に小説仕立てにするしかなかったんだと。

なるほど。
実は私、この本を読みながら途中で何度も思いました。
短期間のロシア滞在で、昔の資料が偶然のように次々出てきて、おまけに偶然出会った人がことごとくキーマンで、ものすごい勢いで過去の謎が解けていく。
こんな風に運に恵まれた調査報道があったら、なんと取材していて楽しいだろう!って。
でも、現実は厳しいですよね。

米原さんは、ノンフィクションとして書かず、フィクションの形を取ったことで、登場人物をより魅力的に描くことにも成功しているし、よりドラマチックに描くことにも成功しているし、スターリン時代に行われた凄惨な粛清の現実を密度濃く、1冊の本に詰め込むことにも成功しています。

とても印象的だったのは、米原さんが池澤夏樹さんとの対談で語っておられる一言。
フィクションを書くよりノンフィクションを書くほうが手間暇かかる、フィクションであればそれが省ける、と思っていた米原さんは、実際に書き始めてそれが大間違いだったことに気付くわけです。

かなり事実を固めていないと、本当らしい嘘はつけないんですね。ノンフィクションでも、エッセイでも、ほんとうのことを書いているはずの作品はわりと嘘を紛れ込ませやすいんですよ。でも、フィクションで嘘をつくのは、何かとても恥ずかしかったです

なるほどなあ。
会社の学芸部のずっと先輩の記者さんが、私の顔を見るたびに、いつも言う一言があります。
「おぐにさん、創作も書いてみなよ」。
そのたびに、「無理ですよー」と返してます。
中高生時代、童話作家になるのが夢だった私は、結構いくつも童話を書きためた時期があって、いかに自分に創作能力がないか、骨身に染みているのです。
目の前にいる人が魅力的だから、その人を書きたいと思う。事実の重さに圧倒され、なんとかそれを文字で表現できないか、ともがく。
ところが、自分で創り上げた「登場人物」は、どう頑張っても、現実を生きている目の前の人よりも魅力的になってくれないのです。
それで、「やっぱりノンフィクションだよな」と。

米原さんのすごいところは、その両方でこんなにも読み応えのある、人が生きている重みをずっしり感じさせるような作品を生み出してこられたことなんでしょう。
本当に本当に、惜しい人を亡くしてしまいました。