おぐにあやこの行った見た書いた

オバサン、王道を行く

いかにもオバサン的な話で恐縮だが。
昨年末にNHK紅白歌合戦を見た。
一番、印象が強かったのがDef Techという2人が歌うMy Wayという曲だった。
流行り物には無頓着だから、この日まで2人を見たことすらなかった。
なんだこれ? と思った。

こんな歌が日本に出てきたのか、とも
こんな歌を日本の若者は支持し、メジャーになる時代が来たのか、とも思った。
1人は中国生まれ、ハワイ育ちの米国人。
もう1人は東京生まれの日本人。2歳でボブマーリィーを聴いていた、というから、親が聴く古賀政男の歌謡曲で育った我々世代(?)とはだいぶ違うよな。

オバサンなりにずっと気になって、でもCDを買うほどには踏み込めず、図書館で予約した。でも予約数は天国にも上るほどのすごい数字で。思うに、私みたいなオジサン、オバサンが、「なんだこれは?」と予約を入れ回ったと思われ。
なんと半年かけてやっと図書館で借りることができたのである。

で、聴いてみた。
すごい。
今日はこれを聴きながら仕事をした。
Consolidation Song という曲では、不覚にも泣いてしまった。

ああ、まったく。
20年くらい前の自分を思い出し、まさにこういうテーマを、文字を通して、表現していきたくて、新聞記者になったのではなかったか、なんて思ってしまったよ。
(でも、曲の歌詞を字面で読んでも、実はたいして心に響かないわけで。音楽やリズムの持つ力の大きさに、素直にってすごいよな。)

世の中の流れから1年以上遅れて彼らの音楽に感動しているあたり、
まさにオバサンの王道をいってるなあ、と思いつつ。


バッハインベンションの初レッスン

本日、バッハインベンションの初レッスン。
まず2番から。

「さあ、分析を始めましょう」とうれしそうな木曽センセ。
「右手の最初のフレーズはどこまでかわかりますか」と言われ、3小節目の1音目まで、と答える。木曽センセは「では、ここをAとしましょう」。「次のフレーズは?」「5小節目の一音目まで」「OK。ではここまでがB」
こんな感じで、A、B、C、D、Eまでのフレーズが出そろった。

木曽センセはいう。「では各フレーズの特徴を全部書き出してみましょう」。

A。短調。16分音符の羅列。2小節目最初に音楽のふくらみ。孤独感。叫び。

B。休符がある。苦しみ。ため息のフレーズ。ため息の後、短調から長調へ。

C。長調。ゼクエンツ。わき上がるように。喜び。幸福感。

D。長調。長い音符(4分音符)の登場。最高音の登場。遠くへの問いかけ。広くてのびのびした音。

E。高いところから始まり、下降。そこから再び最高音へ。そしてまた下降。長調だが、最後に短調を予感させる音色。

木曽センセ曰く、
「2番はこれをすべて弾き分け、右手左手がお互いにつられないように音色を響かせることが大切な曲なのです」。

確かに、同じフレーズが2小節ずれて登場してるな、とは気付いていたけどさ、5つの色の違うフレーズを引き分けながら、左右でそれぞれに歌うとなると、これはかなり大変だわ。
左右で見ると、最初は片手だけでA。でもそこからは、右手左手の順番で、B・A、C・B、D・C、E・D、*・A、A・B、B・C、C・D、D・E、E後半の変形+D後半・D後半+A後半の変形、A・B、B・Aという構成になっている。
大きく見れば、A−B−Aの構成ともいえる。となると、変形部分のBをどう弾くかも重要。
気が遠くなってしまったのだった。

とりあえず、フレーズのAから一つひとつ弾いていく。最初のAでつまづいた。
ファからファまでの一オクターブの移動部分について木曽センセはいうのだ。「一オクターブの移動の間に音楽をください。これは歌です。一オクターブの移動を歌おうと思った時には、そこに音楽が生まれます。ピアノも同じこと」と。
さらに、次の「シ→♭ラ」の移動は「離れているだけでなく、この2つの音は苦しみを表現しているでしょう? ここに孤独、哀しみ、叫びを表現してください。2つの音の間にそれを表現してください」。
結局、右手の片手練習でわずか2小節でどれほど練習させられたか……。
この曲、いつか仕上がるんだろうか。不安。

結局、これだけで1時間が終わってしまった。
8番と13番は宿題、となった。

8番を1度弾いて見せたら、2つ宿題が出た。
・音楽の大きなまとまりがどこかを理解すること。
・ゼクエンツが多用されているので、それがどこか意識すること。
おいおい、やってみるしかないわ。

さらに13番。
これは弾いた後、木曽センセが一番困った顔をして、「ちょっと時間がかかりそうですねー」。
何かというと、「この曲はもっともっと悲しい曲です。弾き方自体を丸ごと変えなければ。よくコンクールなどで小学生がこの曲をまるで練習曲のようにサラサラ弾くのを聞くと、『もう勘弁してよ』と止めさせたくなるんです。この曲は次回レッスンでじっくりやりましょう。キーワードは対話、です。哀しみの対話」

完全に木曽センセは、「あなたをバッハにはまらせてやる」モードに入っているのであった。でも私自身も、「こうなったら、バッハにはまってやろうじゃないの」モードに入っているわけで、こうなったら頑張るしかないわ。

しかし、こうなると、小学校高学年で練習曲のごとく2声も3声も全曲済ませてしまったあの日々はなんだったんだろう、って感じよね。

カブトムシと同伴出勤の顛末

本日は、カブトムシの蛹と「同伴出勤」。
午前中は、近隣にコバエを振りまきつつ、カブトムシを横目で見守りながら、ゲラチェックと原稿書き。
なぜか仕事の能率がグーンとアップ。
同伴出勤効果かしらん。

午後1時。
カブトムシに変化なし。
ちょうどその時、友人からランチのお誘いが。
「ま、大丈夫よね」。
朝の「弁当勝ってでも自席から離れないぞ!」という決意などどこへやら。

1時間後、広口瓶をのぞき込んだら……嗚呼!
白い羽が見え、お尻に若干、さなぎの皮をくっつけたカブトムシが……。
羽化って、いきなりやってくるのだった。
角のあたりの蛹の皮が裂け、徐々に皮を脱いでいくそのシーンを見るのを、ずっとずっと楽しみにしてきたのに。今回は1匹1匹ガラス瓶に移し、周囲を新聞紙で巻いて暗くし、ようやく絶好の観察環境を完成させたというのに。
何カ月もの努力が〜っ。

でもまあ、羽化したてのカブトムシはとても美しく、愛らしい姿でした。
職場に隠れて「同伴出勤」したはずが、結局、「見て見て〜」と上司にまで見せ回ってしまいました。
先輩記者にデジカメを借りて、職場にて撮影したのがこの写真。

20060621191256.jpg

カブトムシ連れ出勤

ショックだ……。
バッハの練習と、カタツムリ飼育と、メダカの卵の飼育と、オタマジャクシ飼育と、トマト栽培にかまけているうちに、せっかく、ガラス越しに羽化を観察できる環境をつくり、さなぎに育てたカブトムシをすっかり失念していたのだった。

今朝、久しぶりにチェックしたら。
がーん。
5匹のうち4匹までが、ガラス越しに見えるさなぎ室の中で黒光りする成虫に羽化し終え、休憩中であった。
唯一、一番最後(6月1日夜)にさなぎ化したオスだけが、さなぎのままでいる。6月1日朝にさなぎ化したメスはすでに成虫になっているから、今日中に羽化することは間違いなし。
これの羽化だけは見逃したくない。

ついつい……カブトムシ連れで本日は会社に出勤してしまった。
パソコンの隣に置いて、観察しながらお仕事中。
広口瓶の中で小バエが発生しているらしく、職場でさっきから5匹ほど小バエが飛んでいる。
私は自宅で慣れているけれども、隣の男性先輩記者がさっきから顔の前の子バエを必死で追い払っている。
ま、まずいだろうか……。
ばれてるだろうか、小バエの発生源。

お昼ご飯を食べている間に羽化したらいやなので、本日はお弁当をどこかで大急ぎで買ってきて、自席で食べることにします。

ツィメルマンのメッセージ

19日の東京新聞の夕刊、文化欄に読み応えのある記事。
東京音大の岡田敦子教授の投稿原稿で、先日のツィメルマンのコンサート(6月2日)についての記事でした。

コンサートの途中で反戦の思いを客席に向かってとうとうと日本語で訴えたことについて、終演直後の客席でも「音楽に政治を持ち込むのはどうか」などの批判があったことに触れ、

「しかし、」と続け、

音楽が音楽外のものと結びつくべきではないという考えは、西洋音楽には19世紀以降根強くある。しかし、キャプションがあって写真が成り立つように、もしメッセージがなかったら、あのような凄惨なショパンが立ち現れたことを私たちは誤読すらできなかっただろう
と書いておられます。

「誤読すらできなかっただろう」という言葉の重さを素直に受け止めてしまいました。
「凄惨なショパン」という言葉も。
確かに、私はあの日、「こんなショパンは初めてだ」と思いました。
ホールを満たす音の重さに押しつぶされそうな、苦しい気持ちになりました。
音楽素人の私ですらそうです。
私のピアノの先生である木曽センセは、終演後もしばらく立ち上がれなかったと言ってました。

岡田教授は文章の最後に、こんなことを書いておられます。

ツィメルマンはこれまで強い政治的発言をしてきた人ではない。しかし、貧しかったポーランドにはピアノの部品もなく、自分で手作りして調達したという彼にとって、世界と切り離された音楽などというものはありえないのではないか。音楽(家)が音楽外のものに関わった分だけ弱くなるのではなく、時に、その人の存在そのものを賭けたリアリティをつきつけてくることを目の当たりにした一期一会のコンサートだった

深く共感。
正直言って、音楽の外側にいる私にしてみれば、「音楽に音楽外のものを持ち込むな」という発想自体が、よく分かりません。「世界と切り離された音楽」も「音楽家」もありえないと心から思うから。
それに、戦争の時代に表現者がいかに苦しむことになるかは歴史が証明しています。

岡田教授の文章に触れてしみじみ思いました。
「私は私なりに、あの日のツィメルマンの演奏の重みを受け止めたつもりになっていたけれど、本当に理解するにはまだまだ私は勉強不足だったんだろうなあ」と。
それくらい、あの日の演奏を見事に言葉で表現してくださっていたから。感服。
凄惨なショパン」か……。
心に残る記事でした。

バッハインベンション、大いなる計画

いやあ、びっくり。
片手練習しながら、もう一つのパートを歌う、なんて練習、ほんとにありかよ?と自分を疑いつつやっていたんですが、先日のエントリーへのみなさまのコメントを拝見するに、これって、まっとうな練習方法だったんですねえ。
もう迷いません。歌い続けます、私。
目下、16分音符のところなど、ほとんど歌というより早口言葉みたいにグシャグシャになっちゃってますが。

とりあえず、1週間後の次回レッスンまでに壮大なプランを立ててみました。
最初に着手したインベンション13番は、両方のメロディーを十分に歌えたらどんどんスピードを上げていく。
一方、昨日から始めた8番は、長調の音の響きを大事に、広々と大きな感じに仕上げる。
それから3曲目の選曲は、安易に1番(なんとなくすでに弾ける)に逃げず、かといって、無理にシンフォニア11番に手を出さず、インベンションの2番あたりはどうだろう?。
13番や8番とは思い切り色合いをかえて、とてもゆっくり、音の響きを大事にしながら、しっとりと仕上げてみると素敵かも。
となると、弾く順番は、13、2、8番かな。

……などと、計画ばかりが大きく膨らんでいく。
でもあと1週間で、「仕上がる」のだろうか……。
(ヘラーの練習曲も、まだ手をつけてないぞ!)

付記。
実は、前回レッスンでラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を終了したわけだけれども、その時に指摘された身体の使い方、というのを会得するため、引き続き、ラヴェルのほうも弾いてます。シューベルト即興曲op90-3も。
ようやく、「いろいろな場所の音を聞く」のイメージがつかめ始めてます。
弱点の多い電子ピアノではありますが、録音が簡単なのは助かります。曲を弾くたびに録音し、再生する時は、ピアノの足下についているスピーカーからでいるだけ離れて、音を聞くようにしています。
この前、ようやく、ラヴェルのほうも音が変わってきているのが実感できました。
あまりにうれしかったので、つい書いてしまうのでした。



勝った、勝った!(生ビール入り)

入って参りました。W杯さなかに、プロ野球観戦@東京ドーム。
楽天巨人戦。
息子は楽天のえんじ色の帽子に首から応援メガホンを引っかけ、左手にはグローブ(ファイルボールを捕るため)という完璧ないでたち。

チケットを取る時、楽天応援席か、三塁側親子シートかで、かなり悩んだのだけど、結局親子シートにした。
前も右側も通路という、不動産でいえば「南向き角部屋」のようなノビノビとできる席で、私のほうは、太ももむきだしの売り子のお姉ちゃんをつかまえては生ビール三昧。

周囲をジャイアンツファンに囲まれることを覚悟していたのに、なんとラッキーなことに、なぜか隣の父子が楽天ファン。息子と同じ楽天帽子を被っているのは小学1年生の男の子。
別に会話したわけではありませんが、お互いにマイノリティー同士、肩を寄せ合うように応援したのでした。

ファウルボールが座席に飛ぶたび、真剣にグローブをはめなおす、静かな息子と。
生ビールを飲んでるうちは無言だったくせに、飲み終わると応援メガホンを振り回し、野球ルールもよく知らないくせに、声を張り上げて応援する私と。

結果は7−3。
勝った、勝った。

周囲の巨人ファンは気になりませんでした。
静かな人たちだったし。
巨人ファンの人は得点した時だけ、みんなでオレンジ色のタオルを振り回すようでした。だから、得点のたびに、いきなり前後の人がタオルを振り回し始めるのをみて、「そうか、みなさんは巨人ファンだったのね」と気付いた程度です。

逆に、巨人ファンの方々の真ん中で、叩き続けた楽天応援メガホンの音は、きっときっと、かなりうるさかったと思います。
ごめんなさいね。
心からお詫び。

バッハのインベンションをどう練習するか

さて、ピアノの話。
「バッハのインベンションを3曲、選んで練習してきてください」が今回の木曽センセの宿題。
とりあえず、2声インベンションの13番をまず選んだ。これがほぼ弾けるようになったので、8番を次に選んでみた。13番より楽に弾けそうな感じ。
お手軽に済ませるなら、いつでも弾けそうな1番とで3曲にしてもいいし、本気でやるつもりなら、3声のシンフォニアの11番を加えて3曲にしようか、と思っているところ。

ちょうど5日間練習してきて、ちょっと悩んでいる。
音が入るようになったら、次は、どうやって練習しようかな、と。

はるか30年ほど前、小学生時代にツェルニーとともにバッハインベンションを練習していた頃は、指を動かすだけでせいいっぱいだった。
全音の楽譜を使っていたから、音の強弱やスラー表示も全部楽譜通りに弾けばよかった。でも、今回使っている楽譜は木曽センセのご指示に従って原典のヘンレ版。
楽譜には若干の指使いが記載されているだけ。
あとは自分で解釈して、作っていかなければならないんだろう。

となると、2声なら両方の音を右手と左手でそれぞれに歌えないと弾けない気がする。
そもそも、私は2声のメロディー両方をきちんと歌えているのだろうか。

木曽センセがいつも言う「弾きながら口で歌えない音は、ピアノでも歌えません」という言葉をふと思いついて、実験してみることにした。
まず、両手で弾きながら、右手のほうのメロディーを実際に声を出して歌ってみる。
問題なく歌えた。
よし。

で、次。
やはり両手で弾きながら、左手のメロディーを歌おうとしたら………だ、だめだ。右手につられる。
仕方なしに、右手の片手練習に合わせて、左手のメロディーを歌ってみた。これでも苦しくて、途中、何度も音が外れたり、わからなくなったりしてしまった。
なるほど、かくも私は「歌えていない」状態なんだ。
ということで、ひたすら今は左手のメロディーを歌っている。

ただし、何か、やっぱり、練習方法が間違えている気もするのよね。
だって、これじゃほとんど歌の練習だもの。
夜中に、ヘッドホンで歌いながら練習していたら、仕事から帰宅した夫が「おまえ、大丈夫か? 気でもふれたか?」と言った。
確かに、はた目からみると、不気味な光景だろうな。

インベンション、あるいはシンフォニア。
お勧めの練習方法がありましたら、ぜひ、ご教授を。

★グッドラックららばい(著・平安寿子)

★グッドラックららばい(著・平安寿子)

この著者の「くうねるところすむところ」がものすごく良かったので。もう1冊読もうか、と手に取ったのがこれ。
変な本。でもおもしろい。

娘の高校卒業式の日、家出をしたまま、旅芸人になったり、旅館の女将代行になったり、「まあいいか」と恐るべき順応性でどこにでもなじんでしまい、家に10年も帰らなかった母と。
「いいじゃないか。母さんは元気なんだし。貯金もしてるし」と全然動じずにちまちまと節約しながら暮らす信用金庫勤務窓際族の父と。
「セックスが好き」とダメ男に貢いで、母の家出にも「関係ないし」と割り切って、飄々と自分の好きなように生きる姉と。
そんな家族全員にいら立ち、母親の家出にも「私がかわいそう」と自分のためだけに泣き、あくなき上昇志向から「金持ちになってやる」とステップアップしていく妹と。

とにかくみんな自分勝手。マイペース。
モラル? 常識? 何それ、というところだけ、そっくり。
ちまたのトラウマ論議だとか、心の傷だとか、そういう話を全部ぶっ飛ばしてしまうような男女の破壊力。

ちまたの書評に「あたらしい家族のありようを描いた本」などとあったりするが、そういう本ではないと思う。
そもそもリアリティーのない話だし。

むしろ、子どもの数が減って、家族関係が息苦しく窮屈で密なものになっているこの時代に、親子関係や姉妹関係で悩み苦しんでる人たちに向けた「ここまで人間は身勝手に生きたくらいでちょうどいい」というかなり乱暴な処方箋、というべきかな。
男性読者より、女性読者に受ける本だと思う。

ネタバレになるのであまり書かないけど、何しろ、この家族、お母さんの鷹子さんの人生がとんでもなくはちゃめちゃでいいの。
10年も家出しておきながら、「おとうさんが一番いい。おとうさんが一番おもしろい」と本気で思っているあたりも。

ただしこの手の本としては長すぎやしないか。
10年の変遷を書くために必要なページ数とは思うけれども、おもしろいなりにあきるし、だれる。もうすこしコンパクトな本が私は好きかも。

色々な場所から音が聞こえますか?

先日のピアノレッスン。
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」終了。
やや力不足で、弾きこなせたとはとても言えない気がしたけれど、木曽センセは「ここまでにしましょう」と明るく言い放った。
「今のあなたにはここまでです」と暗に言われてる感じがして、ちょっと悲しかったが、残された課題はもう1週間や2週間でクリアできるようなものではないと私自身も分かっていたから、納得した。

「この曲に限ったことではないけれど……」と木曽センセが指摘したのは私の身体の使い方。
「上体が揺れすぎる。上体が揺れると耳も揺れる。音を聞ききれなくなってしまう。リストやシューマンのように、どこまで曲に入り込めるかが勝負の曲の場合はそれでいいけれど。どの曲も同じ身体の使い方、というのではダメ。この曲は、背筋を伸ばして、上体を動かさず、達観した音を耳で確認しながら弾く曲です」
それから、木曽センセは苦笑しながら、「不思議ですよね。おぐにさんが選ぶ曲はどれもそう。シューベルトといい、フランスものといい、おぐにさんの苦手な身体の使い方が必要な曲ばかり選ばれるんですよね。まあ、みんなそういうもんなんですけどねえ」。

それから、先生が私の背後に立ち、肩を両手で動かないように固定した上体でラヴェルを弾かされた。
これには苦労した。
普段から姿勢が悪いもんだから、腰痛になりそうだ。

木曽センセはいう。
「おぐにさん、音はどこから聞こえてますか?」
は? そりゃ、ピアノから……。
「いえ、そういうことではなく、色々な場所から聞こえてますか? 遠くから、あるいは天井から、あるいはもっと遠くから、あるいは底からわき上がるように」
「おぐにさんはイスに座っているけれど、ピアノを弾く時は、宙に浮かんでいて、遠くの音を聞いてなければいけないんです」

………絶句。

それからしばらく「いろいろな場所からの音を聞く」練習。
木曽センセ曰く、「遠くから響く音を耳で聞くためには、遠くをイメージして、そこを見つめて弾くといいですよ」
かくして私、レッスンルームの壁と天井の境目あたりを見つめながら、弾くという難行に取りかかった。

「……せ、せ、せんせ。鍵盤が見えません」と私。
「目だけで見てください」と木曽センセ。
「それって、仏像の半眼みたいなもんですか」と私。
木曽センセ、「は?」

まあ、こんな具合で、天井をひたすら見つめているうちに、なるほど、「遠くからの音」というのはイメージ力なんだと分かってきた。
遠くの音。遠くの音。遠くの音。
耳をとぎすませると……。

「ほら! 今、音が変わったの、分かりました?」
木曽センセが叫ぶ。
うーん、なんとなく、うん、今度は分かった。

最初の主題は少し遠くにある古城の夕暮れ。
次はもっともっと遠くの、谷を隔てた高い山の上の、無彩色の光景。
その次はまた、少し遠くと、そして空から降る星の光。
お次は、空の月明かりと、水の中の細い細い水草の葉の対話。遠くの音と、お腹のあたりの音と。
底からわき上がる音を経て、最後は、朝の光の粒子がちらちらと舞い落ちてくる、空中を舞う音。
イメージだけは完璧に構築したのに、弾けば弾くほどにイメージが壊れる気がしたのは、姿勢の問題と、音が聞こえてくる場所をイメージするための耳の力だったんだ。

かなりの挫折感を味わいつつ、家に帰って、ヤマハのクラヴィノーバを見つめる。
つらいよなあ。
クラヴィノーバのスピーカは鍵盤の下、つまり足下についている。
音ははっきりと明確に、足下から立ち上る。
グランドピアノのように、大きな大きな体から空に向かって音が伸びていったりはしない。
おまけに私の練習時間はほとんど夜中。
ヘッドホーンをつけての練習ばかり。
「いろいろな場所からの音を聞く」練習には、かなりのハンディを背負ってる感じがした。

それでも、あきらめずに、窓の外に見える道路の向かい側の高層マンションの上階をみつめながら、ひたすら、ラヴェルを弾いている。
音が少し変わってきた気がする。
シューベルトの即興曲op/90-3を試しにこの弾き方で弾いてみた。
背筋をまっすぐ。
上体を揺らさず。
空を見つめて。
天から降ってくる音をイメージして。
弾きこんだこの曲だと、ガラリと音が変わるのが分かった。
うん。電子ピアノでも、この練習はできる。
要は、ピアノの出来不出来じゃなく、私自身の指と耳と身体の問題なんだ。

ラヴェルの後は?と木曽センセに聞かれたので、「ツィメルマンがサントリーホールで弾いたモーツァルトソナタ10番がすごく素敵で……」と言いかけたら、木曽センセにきっぱりと「まだ彼の演奏の印象が強すぎるから、お互いのためにやめておきましょう」と言われた。
確かに。あの音と比べ始めたら、地獄を見そうだもんな。

「じゃあ、内田光子さんのコンサートの前にベートーヴェンのソナタ3曲のどれかを弾けたり……しませんよねー。CD聴いたら、まず無理と思ったんですが……」と私。
木曽センセは、「今は無理です」と即却下。

ということで、懸案だったバッハを一度試してみることにした。
バッハのインベンションかシンフォニアから3曲選んで仕上げていくことになった。とりあえず、インベンションの13番とシンフォニアの11番を仕上げ、余力があったら次を選ぼう、と練習中。
2声の曲なら初見でも弾けるだろう、なんてたかをくくっていたら……ああ、なさけない。
ぜんぜんダメダメちゃんなのだった。

「小学生時代の私には負けないぞ」と思ったところで、全然指が動きません。ついつい森昌子を思い出し、「そうだ、仕事して結婚して子育てしたからうまくなるピアノだってあるはずだ」(記事参照)などと自分を鼓舞するけれども、現実は厳しい。

★団塊ひとりぼっち(著・山口文憲)

★団塊ひとりぼっち(著・山口文憲)

団塊世代の筆者が、団塊世代が他世代から受ける批判や嘲笑のすべてを知り尽くしたうえで、「こう言うとまた批判を受けるやもしれないが」とすべて先回りしたエクスキューズを散りばめまくり、でも結局は高らかに団塊賛歌をうたいあげた本(……と言っちゃってもいい?)。

団塊世代が今後の残された人生を生きぬくのに大事なこととして、村上春樹がある訳書のあとがきで書いた言葉「集合的意欲」と「(生き続けるための)燃料としての記憶」の2つを挙げる。
さらに、本書のあとがきでは、これに小田和正が「これからは友だちと思い出が勝負」と語ったことに重ねる。
「友だちと思い出」は「集合的意欲と燃料としての記憶」の日本版、というわけだ。

とどのつまりは、友だちと、飲み屋で、思い出話しろ、ってこと……だろうか。OKOK、やってください。
他の世代に、「俺らのころはさあ……」と語ろうとするよりは、同世代で思い出を語り合うほうが絶対にお互いのために幸せだし。

この本が上手だなあ、と思えるのは、基本的には団塊世代が読めば懐かしく、おもしろく読めるように出来ているうえ、さらには、他の「団塊嫌い」の世代が読んだ時にも、飽きずに読めてしまうような工夫があちこちに散りばめられていることかも。

例えば、こういう文章がある。

「団塊世代が嫌われる理由」の一つに、「たまたま自分が青春時代を過ごした時代を、なにか特別な時代だったかのようにいう」という項目があった。

世代論が嫌いなようで、実は外からどう見られているかを案外気にする団塊世代当事者は、これを読んで、「うははは」と笑うんだろうし、他の世代は、「そういうところ、あるある」と、思わず共感してしまったりするわけだ。

おまけに、団塊論としてはめずらしく、女性についてもそれなりのページを割いている。「学生時代は左翼にかぶれたくせに、会社に入ったら猛烈サラリーマン、という団塊世代への批判も、女の団塊にいわせれば、身に覚えのないことで、お門違いもはなはだしい、ということになるだろう」というようなことも書いていて、実は団塊論というのが、実は男性による男性のための物語なんだということを喝破している。
もちろん、そこから続く女団塊のストーリーの代表者が、宮沢りえの母親と、貴乃花の母親というから、「なーんだ、やっぱり男による男のための団塊ストーリーであることには変わりないのね」とつい思ってしまいましたが。

本の最後に、団塊世代の著名人のリストがあって、これはこれでおもしろかったです。

★包帯クラブ(著・天童荒太)

★包帯クラブ(著・天童荒太)

傷ついた場所に包帯を巻いていく。
ここに確かに傷があり、血が流れたのだということを確認するために。
傷を傷とみとめてあげるために。
包帯を巻いた光景を見ると、なぜか癒されていくという。
まさに、リストカット的世界ではあります。

主人公は16歳の女の子。両親が離婚て以来、彼女が自分について抱く将来像は、「年齢だけは大人になり、中身のない何人かの男とHして、もういか、焦るのもみっともないしって年頃で結婚し、最初は子どもも可愛いけど、だんだん言うことをきかないからキーキー言って、旦那が若い女を作ったから離婚して、やっぱり子どもは可愛いから引き取って、ひとりで育てるのは大変で、苦労して働いて、子どもらにかわいそうだから許してやろうなんて思われて、どんどん年とっていくんかなぁ……」なのである。

この小説、今どきの若者の風俗を詰め込みすぎなくらい詰め込んでいるし、おまけに、くどくうざったいほど説明調過ぎる。思春期の読者向けの「ちくまプリマー新書」と思えば許せるけれど、でもやっぱり、鼻にはつきます。

若者の間では地方の方言を会話に織り交ぜるのがはやっているとなれば、小説でも、主人公とその仲間に方言で会話をさせ、その理由をわざわざ主人公たちに「決まった場所のものでもない言葉を使うことで、決まった場所に属している住人になりたくない」と説明させる。

主人公に「わたしたちは明確な動機とか理由を失っている」と語らせ、若い子が殺人や自殺をするたびに動機探しをするテレビや新聞に対し、「だれもが納得するような立派な理由があって、みんな行動してんのかな」とも語らせる。
ちょっとありがち。

包帯と傷についても。
「わたしは、包帯を巻いて心が軽くなるのは、傷が治ったわけじゃなく、<わたしは、ここで傷を受けたんだ>と自覚することができ、自分以外の人からも、<それは傷だよ>って認めてもらえたことで、ほっとするんじゃないかと思った」と主人公に、説明過剰なほど説明させる。

そもそも、ここまで言語化できる16歳なら、そこまで悩まないぞ。
包帯を巻くのだって、どうしようもない苦しい思いに「傷」という名前を与えてやる行為なわけで、悩みや思いを言語化できないから、包帯という形あるものに頼るしかないわけなのに。

とまあ、説明過剰のあれこれが鼻につく部分はありますが。
それでもなお、興味深く読めたのは、主人公たちが、「包帯を巻いて傷を癒す」という行為だけに埋没せず、そこからたくさんのことを学び取っていくからです。

包帯を巻いて傷を癒す、という行為自体は、リストカットなどの自傷行為ととても似通っているけれど、大きな違いがいくつもある。

それは、主人公たちは一人じゃないということ。
仲間と包帯を巻く。
包帯を巻き合う仲間がいる、ということ。
それから、彼らは誰かほかの人のためにも包帯を巻く、という行為をしようとしたこと。おさないなりに、他人の心の傷を癒したいと行動したこと。

だから、主人公はある時、ちゃんと思い至るんだ。

「わたしって傲慢だ。傷つくのは自分だけ、傷つけて苦しむのはわたしだけ、知らぬ間にそんな風に思っていたところがある」

「(包帯は)すべての傷に効くとは、いまはまだ思えない。ほかの子も、すべての傷を人に明かすわけじゃないと思う。それにはまた別の勇気が必要で、お互いのあいだに別の信頼も要るように思えた。そしてきっとそんな勇気や信頼は、自分ひとりで治した傷をいっぱい持ってなきゃだめなんじゃないかって気がした。孤独のなかで、じっとかさぶたができるのを待った傷……その傷痕の多さが、これまでとは別の勇気、別の信頼を、だれかとのあいだに持てる可能性を、あたえてくれるんじゃないかって」

「自分以外の人の、どうして傷ついたかという話は、わたしたちの世界を広げてくれる。自分が一番傷つきやすく、一番繊細だって、知らないうちに自己チュー、高ピーになっていた内面のこわばりを、人々の傷や痛みが、いつのまにかほぐしてくれる」

一人ぼっちで自傷している限り、この回路にはなかなか乗れない。
自傷をやめるきっかけとして、あたらしい場所、あたらしい環境、あたらしい人間関係が必要というのも、こういうことなのだろう。

筆者の天童さんが、思春期の子どもたち向けに書いたこの小説を、ここまで説明過多にしてしまったのは、やはり、どうしてもこのことを子どもたちに伝えたかったからなんだろう、と思った。

でも、「この小説はおとぎ話だからね」と若い読者に伝えておきたい気はしてしまう。この小説を読んで、今苦しんでる多くの子が間違いなく「私もこんな仲間がほしい」と思うだろうから。
そして、主人公たちと同じように自分の「傷」をぶちまけて、ぶちまけ続けて、目の前の現実の友人がそれを十分に受け止めてくれなかったら、「本当の友達はどこにいるの?」という回路に落ち込んでいく。
でもね、良く読んでごらん。
この小説の登場人物たちは、友だちとの距離感をきちんと保ち、一人で癒すべき傷は一人で引き受けてる。自分を丸ごと受け止めてくれる相手を探そうなんて少しもしてないんだよね。

サッカー無関心派の憂い

NHKのニュースを見るたび、うんざりする。
延々とサッカーのニュースばっかり。
スポーツニュースかと見まごうばかり。

思わず今日の編集会議では、
サッカー無関心派の憂い
などという企画案を出してしまったほど。

さて帰宅すると息子がサッカーのニュースを見て、ふてくされている。
「早く負けちゃえばいいのに」などと、とてもサッカーファンには聞かせられない事を言う。

内心「おいおい、気を付けろ。サッカーファンにあらずんば、人にあらず、みたいな雰囲気なんだからさ」と思いつつ、「どうして?」と息子に尋ねたら、こんな答が返ってきた。

「だって、みんなサッカー、サッカーって。そればっかり。野球のほうがおもしろいのに」
なーるほど。
野球一筋の息子としては、友だちのサッカー熱が高まるほどに、疎外感を強めているらしい……ってそれ、職場における私と同じじゃん。

親子して、サッカー無関心派の憂い。
でも、負けちゃったんだって?
(結局、テレビすら見なかった。ネットのニュースで知るオーストラリア戦の結果)。
気の毒なことであります。

16日は、W杯の最中だけれど、東京ドームでの交流戦(楽天対巨人)を見に行くもんね。
楽天の帽子、応援グッズ、双眼鏡、準備OK。
息子は今から楽しみにしております。

雨に濡れない方法

久しぶりに土砂降りの中、傘を差して歩いた。
歩いていたら、突然、小学校時代の記憶がよみがえった。
小学生のころ、雨降りのたび、ある一つの問題が気になって気になって仕方なく、いつも傘の中で悩みながら歩いていたんだ。

早く歩いたほうが雨に濡れないのか、それともゆっくり歩いたほうが雨に濡れないのか?

最初の予想は、「早く歩けば、雨の中を歩く時間も短くなるから、早くあるいたほうが濡れないに違いない」だった。
今思えば、しごく真っ当な予想だ。

まず、実験してみた。思い切り早足で歩いてみたのだ。そして、予想しなかった事実に愕然とした。
「私、ゆっくり歩いている時より濡れてる……」

次に延々とその理由を考えた。
次に立てた仮説はこんなふう。

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「右の傘の位置から左の傘の位置に歩くとして、早く歩けば、雨Aも雨Bも雨Cも雨Dも浴びてしまう。ゆっくり歩けば雨Aと雨Bぐらいで済むんじゃないか? だから早く歩いたほうが濡れるのでは?」

小学生の頭ですから。
たとえゆっくり歩いて雨Cと雨Dをやり過ごしたとしても、同じ地点には次々に、雨C’や雨C''、雨D’や雨D''がどうせ降ってくるのだということにまで、思い至ってなかったんだよな。

なぜ突然、30年以上も前のこんなことを思い出したのか、とても不思議なのだけど、とりあえず、大人になった今なら「なぜ早く歩いたほうが濡れたか?」の理由が分かるぞ。
答えは簡単。
傘を差すのが下手な子どもが雨の中、大急ぎで歩いたら、どうなるか?
傘が揺れて、よけいに濡れるのは当たり前なのだ。

森昌子さんインタビュー記事

7日付夕刊に掲載された、森昌子さんのインタビュー記事です。
リンク張っておきます。

今回書きたかったのは、「女の人生の再出発」です。
そして「何かを失う経験をしたとしても、その経験ゆえに得るものだってある」ということも。
あえて、離婚騒動の経緯や背景はバッサリ落としてしまいました。
読みたい人もいるかも、とは思ったけれど、他メディアでもういっぱい出ましたものね。

ただ、原稿を見たデスクには一度、「で、結局、2人の離婚の本当の原因は何だったんだ?」と聞かれました。
とりあえず、私は答えました。
「昌子さん本人は著書にも書いてるように、すれ違いのきっかけはジョイントコンサートだと言うし、でも実際には噂のように、夫の側の浮気もあったのかもしれないし、何にしろ、有名人であろうとなかろうと、離婚の本当の浮気の原因なんて、実は本人たちにだって分かんないものじゃないですか〜」
でも、よく考えたら、離婚経験のないデスクにこんなことで共感を求めても無理か、とあとで気付いたわけですが、デスクも年の功というわけでしょうか、「まあ、きっとそうなんだろうな」と納得してくれたのでした。

個人的には、なかにし礼さんの談話で「歌はただ毎日レッスンしたら上手くなる、ってものじゃない。結婚し、子を育て、離婚してうまくなる歌もある」というのがうれしかったので、これを前面に出してしまいました。

なぜか。
えへへ、なんてことない。
あつかましくも、自分のピアノに重ねているというわけ。
なにくそ、25年のブランクなんかに負けないぜ、と。
25年間ピアノと無縁に暮らしてきたとしても、暮らしてきたこと自体が生み出す音だってあるぜ、と。
現実、というよりは、ほとんど願望ですけどね。

ホリプロさんの周到な売り出しをもってしても、今回の昌子さんの「再デビュー曲」はたぶん、大ヒットにはならない気がします。
でも、細々とでも5年、10年と歌い続けた果てに、この人が50代でどんな歌を歌っているのか、ちょっと知りたい気がします。

取材のこぼれ話を一つ。
こんなやりとりがありました。

(昔の自分にかなわないのは、若さ、声と肌の張り、なんて話の後の会話)

私  「でも昔の自分に絶対に負けない、と自負する部分だってありますでしょ?」
昌子「ええ。やはり、女として、女性として色々なことを経験し、強くなりました。色々な面で、
    ちょっとやそっとじゃまけないぞ、って、結構男っぽくなったのかな〜。そういうことってないですか?
    なーんて逆に聞いちゃったりして……」
私  「……ええっと。私の周囲ではそれを『オバサン化』と呼ぶんですけど。
    もちろん、私、自覚してますけど」
昌子「(爆笑の後)あはは、私も自覚してます!。でもそのほうが楽ですよね。これだけはもう、拒絶しても
    しょうがないですからねえ」
私  「そうそう。オバサン化って悪くないですよね。まだまだ楽しいことはいっぱいあるし!」

取材は最初から最後まで、なんだかこんな風に、オバサン2人の会話に終始したのでした。
男性カメラマンが何度も、吹きだしてました。
オバサン化、万歳!


我が家のキンタマ問題、その顛末

3月にこんなエントリーを書いた。
「我が家のキンタマ問題」。

今回も関係者が未成年のため、どちらも仮名ということで。
うちの息子を「やいち」、お友達の3年生を「しんご」とでもしましょう。

数日前の出来事。
我が息子、学校から帰ると開口一番、うれしそうに話し始めた。

息子「母ちゃん、とうとうやったよ!」
私 「どうした?」
息子「あのね。今日ね、しんご君に『やいちんちん』って言われたの。それで、僕もしんご君に
   『しんごりら』って言い返したの。そしたら、しんご君はもっと『やいちんちん、やいちんちん』
   と何度も言うから、僕も『しんごりら、しんごりら』って言い続けたら、逃げていったよ!」

報告し終わった時の、息子の自慢げで晴れ晴れとした顔!
親子2人で万歳三唱しました。

前回はべそかいてたのに。
今回は、口で言い返し、泣くこともなく、手を出すこともなく。
よし、よくやったぞ!

「○○ちんちん」と笑われるのは、「○○ち」という名前を持つものの運命だよな。色々とバリエーションを考えて、頑張ってくれぃ!


ちょっとITちっくな親戚関係

妹からメールが届いた。
「夫が『最近、お義姉さんのブログの更新が止まってるけど、何かあったんだろうか』というの。だいじょうぶ?」

なるほど言われてみたら、確かに数日ほど更新してないのだった。
で、ちょっと笑ってしまった。

義姉のブログをチェックし、更新が数日止まっただけで案じてくれる優しい遠方の妹夫。
それを聞いて、案じて、電話ではなく、メールで(それもmixi経由で)「だいじょうぶ?」と尋ねてくる妹。

さらには、「だいじょうぶだよーん」とメールに返事を書くかわりに、返事をこのブログ更新で済ませてしまう私。
なんというか「どっちもどっち」。
ちょっとITちっくな親戚関係かも。

私は元気。
森昌子さんのインタビュー記事も本日、夕刊に無事掲載されました。
あとでウェブ記事へのリンクをアップします。
よかったら読んでみてくださいませ。

すごいぞ、瀑状胃!

ブログのアクセス解析ソフト、あまり使い方が分からないなりに、とりあえず、毎月、どんなキーワードで検索してブログに来てくれる人が多いのか、調べてみた。

そしたらなんと!
5月の第一位は……「瀑状胃

健康診断でバリウム飲んだ時に、瀑状胃だと診断されました〜、という話で、こんなエントリーでした。

思うにこの時期、会社や自治体の健康診断で同じように「瀑状胃」と診断された人が必死で調べまくったんでしょうね。
上位20位の中に、
「瀑状胃」と、
「ばくじょうい」と、
「胃 ばくじょう」と、
「胃の奇形」と、
4つも入っていて、合計したらもうダントツ一位。なんともはや。
ヤフーやグーグルで調べても、相当頑張らないと私のブログなんて出てこないのになあ。
みんな健康に必死になる季節なのね、きっと。





☆クリスチャン・ツィメルマンのコンサート(@サントリーホール)

☆クリスチャン・ツィメルマンのコンサート(@サントリーホール)

18歳でショパンコンクールで優勝したのが約30年前。
ショパンを生んだポーランドの国に生まれたピアニスト。
私のイメージだと、「何を弾いてもすごい人」。
例えば、「シューベルトなら内田光子さんが好き」とか「カツァリスは絶対にグリーグかショパンがいい」とか普通はそういうのがあるものなんだけど、ツィメルマンに関してそういうことを思ったことは一度もないんですよね。

で、行ってまいりました。

そもそも、今回のコンサート、会場のあっちこっちで「先生お久しぶりです!」とか「あーら、○○ちゃん、どうしていらした? え? 桐朋に決まったの。よかったわねー」とか、こういう会話が飛び交っていたわけで。
中学生の男の子が制服なんかじゃなく、きちんと黒のスーツを着こなして、会場で目を閉じながら指を動かし、聞き入ってるのを見たときにはもう、うちの野球少年と同じ人種とは思えなかったわ。
家族4人で来てる人とかね。全員でチケット代6万円だぞ。
悪いが私は、子連れで気を遣うより、一人で来るほうがいいな。家計にもあまり響かないし。
とまあこんな具合で。以下がプログラム。

*モーツァルト ピアノソナタ第10番k.330
*ラヴェル 高雅で感傷的なワルツ
*ショパン バラード第4番 op.52
*ショパン マズルカ 0p.24-1、24-2、24-3、24-4
*ショパン ピアノソナタ第二番op.35「葬送」

一曲目ですっかりノックアウト。
子供時代、ピアノを辞める前に弾いた記憶があるんだけど、そうかモーツァルトってこんなに幸せでカッコイイのか、という感じ。
それでいて、不思議な陰影もあったりして。ああ、素敵。

でもラヴェルからショパンのバラードあたりで段々と「もう、わかったよ。あなたが素晴らしい演奏家であることはわかったよ。なんかもうわかったよ」な気分になってきて、ショパンは集中して聞けず、なぜか妙にブルーな気分になっていったのでした。
このあたり、自分でも意味不明。
「もしかして私、ツィメルマンのショパンと相性悪いのかも……」

休憩の後、ツィメルマンは自らマイクを持ち、日本語で戦争反対の思いをとつとつと語りました。
そんな緊張感が残る中で、再びショパン。マズルカ。
こちらはどれも響きが美しく、気持ちよく聞けました。

こちらの気持ちが完全復活したのは、最後のソナタop.35。
第一楽章からして、実は好きなのだ。荒々しくて激しくてドラマチックで……。ツィメルマンが鍵盤を叩くと、うそだろ? と思うようなフォルテが出るのよね。
第一楽章が終わったあたりですでにもう、うっとり。

第二楽章は「ダダダダダン」の例のあれ。実はあまり好きじゃないのですが、ツィメルマンが弾くと緊張感がずっと維持される感じがしました。

そして、とうとう第三楽章。葬送行進曲、です。
今回のコンサートではやっぱり、三楽章から四楽章までが本当にすごかったんです。
これまで一度も聴いたことがないような葬送行進曲でした。
あの音がピアノならば、私が弾いてる楽器はきっとピアノじゃないんだ……と泣きたくなるような、とんでもない音でした。

深いホールの底から高い高い天井まで、重厚な音が充ち満ちて、その圧迫感に飲み込まれて、ただただ呆然としているところに、突然、あの、柔らかい中間部のメロディが流れてきたときはもう、心が震えました。
ピアノの音は柔らかいのに、大きなサントリーホールの静寂が逆に尖って体に刺さってくるような、不思議な感じ。
トリルの後の「シ」の音の美しさはもう、天にも昇る感じで、完全に体が惚けてしまったところに、再び始まるのです、あの重厚な主題が……。

重厚な音が重なり、ふくらみ、ホールに満ちて、「こんなところでめいっぱい音を出しちゃったら、次が続かなくなるんじゃないの?」と心配になっちゃうくらい一気に膨らませていくのに、全然限界が来ない。どんどん音が膨らんでいくの。ピアノのどこをどう叩けば、あんな音が出るんだろう?
全然知らなかったショパンと出会った気がしました。

アンコールもなく、葬送行進曲に圧倒されたまま、ぼーっとした観客がホールからユラユラと出て行く波に乗って、私も帰ってきました。

実は、恐ろしいことに、私の座っていた席の2列真ん前に、我がピアノ教師木曽センセが座っていたのには最初から気付いていたのだけれど、手を伸ばせば届くその距離の近さにひるみ、逆に声をかけられませんでした。

話したいことはいっぱいあったけど、感動はすぐに人にしゃべっちゃうと身体から抜けていきそうで。
今夜はもったいなくて、ほかの一切の音を聞きたくありません。
ピアノ練習も明日までお預け。
記憶の中の音に抱かれて、眠ることにします。


幼虫から蛹へ

毎晩、自宅で仕事をしながら、パソコンの傍らにカブトムシの幼虫入りの小瓶を置き、「蛹になる瞬間を見届けるぞ!」と頑張ってきたら、とうとう残り2匹が蛹化する瞬間を見ることができました。

1匹目はメス。
会社から帰ってすぐに観察すると、ちょうど体の3分の2は蛹で
残りの3分の1が幼虫、という感じ。

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さらにしばらく経って、外出して帰ってきたら2匹目がちょうど幼虫の皮を脱ぎ終わったばかりで真っ白のオス。

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思わずうっとりとながめてしまいました。
案外息子は淡泊です。
それでも今日の宿題の日記のタイトルは「さなぎになったカブト虫」でしたが。

しばらくそっとしておいてあげて、羽化目前になったら掘り出し、いくつか紙コップで人工蛹室を作り、観察に備えようかなと思っています。
案外ガラス瓶の良い場所に蛹室を作ってくれたから、このままでも観察できるんですけどね。