おぐにあやこの行った見た書いた

思わず歌えた「せんせい」「中学三年生」

森昌子さんのインタビューをする前に、彼女のベストアルバムを聴いておこうと思った。
1曲目はデビュー曲、「せんせい」。
当然のようにフルコーラス歌えた。
ここまでは想定内。

3曲目の「中学三年生」。
タイトルすら忘れていたのに、曲の前奏を聴いた瞬間、またしても全部の歌詞を思い出し、フルコーラス歌えてしまった。

「ほ〜たるの光が、う〜たえーなーい〜」
さび部分をうなりそうになった。職場にいるのに。恐ろしい。
子ども時代に歌った歌の記憶って、いったい脳のどのあたりにひそんでいるのかなあ。

彼女には4月に入ってすぐ取材を申し込んだ。
この手の話は、たいがい必ず婦人公論で独占インタビューとなる。
独占インタビューでなければ、瀬戸内寂聴との対談。
だから「できれば婦人公論に出るより前にインタビューしたい」と思っていたのだ。
結局、その時は「一部メディア以外の取材は6月の新曲発表のタイミングまで待っていただいてます」と断られた。
「一部のメディア、って、ちなみにどこですか?」
恐る恐る聞いたら、案の定「婦人公論です」。
やっぱり。
スキャンダルまみれになった女性が新たに第一歩を踏み出す前に心境を語るなら、やっぱりここなのだろう。

でも、考えようによっては、4月のタイミングで取材をすればどうやっても離婚騒動だの、元夫との確執だの、財産分与だのの話に触れざるをえないわけで(何しろ当時の読者の関心はそこにあったし)、6月のタイミングで取材となったほうがむしろよかったのかも、と今は思ったりもする。
純粋に、私が聞いてみたいことを聞けるから。

離婚の理由なんて、本人たちにだってうまく説明できないものだ。どちらか一方だけが悪いなんてありえないし、どちらも悪くなくても起こる時には起こってしまう。それをわかりやすいストーリーに仕立てて記事に書くのは、仕事としてもつまらない。
そろそろ離婚騒動とか、どちらが悪いとか、もういいよ、と読者が思い始めた今だから、違った切り口もありえると思う。

離婚体験に踏ん切りをつけ、歌ともう一度向かい合い、たぶん、引退する前に歌っていた自分自身とももう一度向きあっただろう一皮むけた女47歳の言葉をきちんと引き出せればいいなあ。

ちょっと前まで、頭の中をオフコースや小田和正さんの歌がぐるぐる回っていたというのに、今は森昌子さんの歌がぐるぐる状態。





★逃亡くそたわけ(著・絲山秋子)

★逃亡くそたわけ(著・絲山秋子)

21歳の躁っ気の女の子と、鬱治りかけの元NTT会社員男が、入院先の精神病院から逃亡する道中話。
むちゃくちゃリアルでおもしろく、それでいて今の時代の風をつかんでいて、女主人公の博多弁がこの物語に深みを与えてる。
芥川賞受賞作「沖で待つ」はまだ読んでないのだけど、こちらのほうがずっと面白いぞ、という先輩記者の薦めで読んでみたら、これが数時間で一気に読み通してしまうおもしろさ。
お勧め。

カブト虫の蛹の色が好き

観察用に、蜂蜜の広口ガラス瓶などで飼っているカブト虫5匹のうち、2匹が蛹になりました。

どの子もガラスの壁を使って蛹室を作ってくれたから、今年は観察し放題。今日蛹になったのはオスで、蛹の角の先のあたりがガラス壁面からきれいに見えます。
もう1匹はメスで、日曜日に息子が見つけた時には蛹になっていました。折りたたんだ手やらお腹のしわしわまでお腹側の全体像が見えます。時々動いてます。

つい数日前まで真っ白でブヨブヨの幼虫だったのに、蛹になってるのがとても不思議。変態の瞬間を見られないのがちょっと悔しいけれど、残り3匹もあと1〜2日で蛹になるだろうから、こまめにチェックせねば!
なんというか、蛹になったばかりのカブト虫は、薄い小麦色というか、焼きたてのパンみたいな色で、細かい造作がとても美しいのです。

こうなると仕事を休んで、ずっと観察していたい気持ちになってしまいます。

仕事といえば……。
息子の運動会が先週土曜日に雨天延期となり、火曜日に決定。
でも火曜日はどうしてもはずせない取材があるので、見に行けません。ぐっすん。
おまけに今週は、5日のうち3日間も夜はシッターさんとお留守番。ということで、本日は会社から帰宅後、罪滅ぼしに近所の神社で暗くなるまで息子とキャッチボールをしました。

息子に「母ちゃんは下手だから、膝から下は禁止。ボールは胸の辺りに絶対に投げてね」と頼み込み、頑張りました。
結構気持ち良い汗をかきました。


★経産省の山田課長補佐、ただいま育休中(著・山田正人)

★経産省の山田課長補佐、ただいま育休中(著・山田正人)

随分と前に読んだのに、レビューを書き忘れてました。
タイトルの通り、経産省のお役人が育休を取って2児の世話をしました、という話。

本をつらぬいているのは「なんて世の中の男はもったいないことをしているんだろう! こんなにも育児は楽しいのに。週末や夜しか関われないんじゃあ、本当の育児の醍醐味はわかんねえぜ」という新鮮な発見と自負。
一方で、同僚と時々会った時などに、心が揺れたり、不安になったり、「いや、これでいいんだ」と持ち直したりするプロセスは、育休を取る者なら男でも女でも同じなのだなあ、といった感じ。

ただ、男性のほうが同じ育休を取っても大変な思いをするんじゃないか、と思ったりしました。
まず第一に、周囲の理解がない。何かあるたび、「やっぱりママでないと」と無言の圧力をかけてくる人もいるそうだし。だから余計に山田さんも、頑張ってしまうんですよね。
それから、この山田さん、なんだか育児における「同志」のような存在をなかなか見つけられなかったように見えました。
もちろん、上の子の送迎によって保育園ネットワークにも参加しているし、1人目の時に育休取った妻からの情報もあるだろうけれど、でも、同じ立場で悩みを語り合ったり、笑い合ったりする相手がいればもっと楽に子育てできただろうに、という感じもした。

それを強く感じたのは、健診についての記述。
山田さんは○カ月健診のたぐいに、「パーフェクト」を目指して、ことごとく一喜一憂するんだけど。
健診に一喜一憂するのって疲れるだけなんですよね。でも、この本には健診の話題がとっても多くて、よっぽど大事な体験だったんだろうなあ、と思う。
これは3つ理由があると推察できます。

一つは、山田さん自身のきちんとした性格。
二つ目は、仕事を休んで、評価を受けるべき場所を失ったため、育児の場で「自分への評価」を求めてしまったから。
そして、何より三つ目は、「○カ月健診? んーなもん、まともに受け止めることないわよ。がっはっは。うちなんてこうだったわよ」と笑い飛ばしてくれる育児の先輩友だちがあまりいないから、ではないかな。

女性のほうがたぶん、苦もなく育児ネットワークに入り込めるのかもしれません。
私自身の育休時代を振り返っても、近所や保育園の育児友達(地元の情報に強い)、職場同僚(社内での子育て事情に強い)、育児系・WM系ネット友だち(膨大な経験の集積。働くママの大先輩がごっそり)という3つの世界にまんべんなく、育児仲間がいて、情報交換ができて、ちょっと心配なことなどがあっても笑い飛ばしてくれて、「これもあれもOK」ってな気分になれたことが、すごく大きかった気がします。

きっと、男性が育休を取って一番大変なのは、男性が気軽に参加できるネットワークが少なく、「男性ゆえの悩み」なんかを思う存分語り合える相手が地域に少ないことなのかもしれないな、と思いました。
というか、そもそも、育児シーンに多くの男性がもっと主役として登場してくれば、少数派ですらなくなって、「男性ネットワーク」なんてあえて作らなくても、そのへんの育児ネットワークでもっと大きな顔してノビノビとやれるんでしょうが。

何はともあれ、山田課長補佐(今も補佐、だろうか?)。
いろいろとお疲れ様でした!

★The Manzai (著・あさのあつこ)

★The Manzai (著・あさのあつこ)

父と姉の突然の事故死の遠因を作ってしまった、という過去を背負って、ひたすら、周囲に気を遣い、はみださないように生きる歩君。
その彼を一目みた時から、漫才の相方にしよう!と夢中になる秋本君。
これまた、あさのさんのお得意の「少年コンビの友情もの」です。

バッテリーもそうだけど、あさのさんの少年コンビものは、

「繊細で心を閉ざしがちで、人づきあいは苦手な少年」と「大らかで、実は色々なことを引き受けて悩んでいるけれど、それをまっすぐな健全な心で乗り越え、相手に働きかけていく少年」の2人組というパターンが多い。
今回もそれ。
軽く、爽やかに、楽しく読めます。
続編もあるようです。

内田光子さんのチケット入手!

いろいろなことはほんの偶然や出会いから始まるもので。
たまたま昨夜、ピアノの木曽センセに次回レッスンの日程についての相談メールを送ったら、こんな返事が……。

内田光子さんのコンサートチケットの発売は明日です。いつもすぐに売り切れてしまうのでお早めに!」

えええ! 全然知らなかった!
内田光子さんは、私が今、生で最も聴きたいピアニストです。
去年の発表会でシューベルト即興曲を弾いた時、何人もの人がこの曲を弾くのを聴きました。

ラドゥ・ルプーはop.90-3が最高、とか、
ハイドシェックのオリジナリティーに愕然!とか、
ツィメルマンの「なんでこんなに何でも見事に弾きこなすんじゃい!」とか。
いろいろな感動がありましたが、本当に心に染みたのが内田光子さんの演奏だったんです。
子どもが弾けばエチュード代わりにされかねないような90-4を、ゆっくりと、でも無理に色をつけるでもなく、だけどなぜかものすごく豊かな音色で、なんというか悲しさを突き抜けたところにあるものを表現している彼女の演奏に、なんてすごい人がいるんだろう、と思いました。
彼女が「死ぬ前にはシューベルトを弾きたい」とライナーノーツに書いてあるのを読んで、すごくよく分かったんです。
そういう音でした。

ということで、絶対に絶対に内田さんの生ピアノは聴かねばならんわけですっ!

そこで今朝は思い切り早く出勤し、猛スピードで原稿を仕上げて朝9時には出稿し、10時目標でサントリーホールのチケット売り場へ。つい先日、チケットぴあで阪神巨人戦を買おうとして、混雑でつながらず、つながった時には売り切れという悲しい体験があったので、とにかく足を使わねば!と思ったわけ。

10時過ぎ、チケット売り場に無事到着。
前回だか前々回の内田さんのチケット発売日は、時間前に長蛇の列ができていたと聞いていたから、今回、ほんの10人ちょっとしか並んでいないことに驚いた。
なーんだ、慌てることなかったかも。

ちょうど7人くらい前に木曽センセの後ろ姿をみつけた。声をかけようかと思ったけれど、静かに並んでいる間6人の人に申し訳なく、あえて声をかけるのをやめた。

ところが!
木曽センセの順番の手前ぐらいで、スタッフの人が叫ぶ。
「16日のモーツァルトのプログラムはすべて売り切れました〜」
へ?
時計を見ればまだ10時10分ぐらい。
第一、ほとんどチケット売り場に並んでいる人なんかいないじゃない!
まあ、私の場合、18日のベートーヴェンプログラムがお目当てだったので、心底ほっとした。

チケット購入を終えた木曽センセに、「どうも〜」と声をかけると、どうやら木曽センセは両日ともチケットを買ったらしい。「モーツァルトのほうはもうありません、と言われたのだけど、1枚だけなら1列目が開いていると言われて」という。
1列目が開いてる?
ロックコンサートじゃ絶対にありえない現象だ!

クラシック素人の私を案じてか、木曽センセがぴたりとくっついてチケット購入を手伝ってくれた。

係りの人「1階と2階が空いてますが……」

私が口をはさむ前に、木曽センセが
「2階を!」ときっぱり。
「中央はもう満席でございまして、こちら右側と左側が空いておりますが……」という係りの人の声に、木曽センセはものすごい早口で「右は音がいい。左は手が見える。どっちにする?」
日頃のお嬢様然とした風貌からは想像できないほどの勢いだ。

え〜、そんなの決められませんー。と、迷う私。
「ほら、急がないとなくなっちゃう! じゃあ、左!」
結局、木曽センセが即決。
係りの人が「1階なら2列目あたりが空いてますよ」と言うが「前過ぎるより、2階のほうが音がいいから」とこれまた木曽センセがきっぱり。

ということで、無事にチケットを入手することができました。
その途端、普段のお嬢様に戻った木曽センセは「あら、私ったら人のチケットなのに勝手に決めちゃってごめんなさ〜い」
ほんと、おもしろい人だ。
音楽のこととなると夢中になってしまう木曽センセの姿には、いつも感動してしまう。

会社に大急ぎで戻って、パソコンでチケットぴあをチェックすると、やはりモーツァルトプログラムの日は売り切れで、ベートーヴェンのものだけ発売中でした。
試しに購入手続きを途中まで行って、どの席が空いているかチェックしたら、案の定、「2列目の31番」というのが表示されました。
チケットぴあでは自動的に「一番良い席」が提示されるのです。
が、ロックコンサートなどと違って、なるほど、ピアノコンサートの場合、「一番前でかぶりつきの席が超最高!」というわけじゃあないのね。

ピアノコンサートのチケットを、インターネットで取るのは考え物だなあ、と今回はしみじみ学んだのでありました。
素人の私なんか、今回、木曽センセのアドバイスがなかったら、「2列目? あーん、超らっきー。さいこ〜」などと目がハートになっていたに違いないから。

「120歳まで生きられるよ」

東海大医学部の大櫛陽一教授を取材した。
取材の内容については記事掲載の時に記事へのリンクとともに書くとして……。
取材を終えた後、ちょっとした雑談になった時、コレステロールの話になった。
この大櫛教授は以前から、「総コレステロールの上限値が219ミリグラムであることに科学的根拠はない」「中高年はもっとコレステロールが高くても薬事治療は不要」「そもそも日本人は180を下回るほうが逆に死亡率が高まる」などと主張しておられる。

で、私。
先生の本を読んで、すごく安心しました。実は私、いつも総コレステロール値が高くて、上限ギリギリなんですよ。今年春の健診では確か204。かつて220を超えたこともありました」
「でもね、HDLコレステロールも高くて、73なんです」

そしたら、大櫛センセ、へええと感心し、「73は高いですねえ。相当運動したり身体を動かしてるんでしょう?」という。

いえいえ、運動不足の日々です。
万歩計つけても1万歩に及びませんし。
そう正直に答えると、「ご両親に感謝するんですね。良い体質に生んでもらいましたねえ」と言われた。
「総コレステロールが高めで、HDLも高い人が一番長生きするんですよ。おぐにさんは120歳くらいまで生きますよ、きっと」とも。

この一言で一日中、気分がよかった私は単純だ。
「長生きなんてしたくない」と本気で思っていた傲慢な10代の私よ、さようなら。
ニコニコしていたら、職場の同僚からも「確かに、おぐには長生きしそうだよな」と随分言われた。
「その性格だもんな」と言外に言われてる感じもしたが、ま、いいか。

★週刊誌編集長(著・元木昌彦)

★週刊誌編集長(著・元木昌彦)

週刊現代やフライデーの編集長を歴任した元木さんの本。
ひょんなことからお知り合いになる機会に恵まれたのだけど、最初のうちは元木さんのすごさをよく分かってなかった。
元木さんのすごさに最初に触れたのは去年、「魂の声 リストカットの少女たち」という本を出版した時。周囲にいる色々な方々に、各メディアでのご紹介をお願いしたのだった。

私自身の知り合いやら、「夜回り先生」こと水谷修氏の知り合いやら、色々な人に声をかけたけれど、結局、振り返ってみれば、ちゃんと記事を載せてくれたメディアのほとんどが、元木さんを通してお願いした媒体だった。なんと力強い人脈を持っている人だろう、と驚いたのだった。

この本を読んで、なるほど、その謎が解けた。
前書きによると、「生来の対人恐怖症を克服しようと、一日一人、新しい人に会うことを自分に課した。新聞記者、作家、政治家、芸能人、スポーツ選手、ヤクザからのぞき屋まで、会って話して浴びるよう呑んだ」そうだ。
悔しいなあ。
私も入社して最初の数年はそんな感じだった。
人脈にだけは自信があった。会社に入る前からそう。大学時代には、だいたいどこに旅しても、誰かしら泊めてくださる人がいた。

会って、呑む。
会って、呑む。
それの繰り返し。
いや、会って、呑んで、語る、か。
歌う、とか、泣く、とかもあったな。

子育てを始めるようになってから、「呑む」が減った。
休日返上で新しい人に会いに出かける機会も減った。
そうこうするうちに、人脈を広げていくことへのどん欲さが減った。
「無理しなくても、会うべき人にはいつか出会えるだろう」と思うようになり、ガツガツしなくなった。その分、生きるのは楽になったけど。

それは加齢のせいでもあるんだと思っていたけれど、そっか、元木さんは延々とこんな風に「1日1人」を自分に課し続けてきたんだ。
丸ごと見習うのは無理そうだけど、もう少し、どん欲さを取り戻したい気持ちになった。

で、本題。
この本の目玉は、オウム事件などで週刊現代がはなったスクープの裏話、それから「ヘア・ヌード」という言葉を作った張本人らしいヘアヌード顛末記。
これらすべてのエピソードの底流で、元木さんの現場記者・編集者魂がゴウゴウと音を立てて燃えている感じ。

幻冬舎の社長の見城徹さんの言葉として「編集者は飲めたほうがいい。劣等感があったほうがいい。失恋をいっぱいしたほうがいい」という明言を紹介した後、元木さんは「人に負けない趣味を持つこと」をここに付け加えている。
元木さんの場合は「競馬」がそれ。
競馬が取り持つ仲で、彼が築いた人脈がこれまたすごくて、山口瞳、本田靖春、米長邦雄、大橋巨泉……。

生活丸ごと仕事、みたいに生きられたらなあ、とこの本を読んでしみじみ思いつつ、いや、私は私。とりあえず、家族を大切にしながら仕事を積み重ねていくなかで、できることだってきっとあるさ、と自分に言い聞かせる夜なのでした。


カブト虫に癒される夜

昨年はベランダの衣装ケースに大量の腐葉土と幼虫を放置し、6月のある日、突然、40匹のカブト虫が次々に羽化して真っ青になる、という大変な事態を経験したので、今年はもう少し縮小しました。

ベランダの衣装ケースの幼虫は、ほぼ、お友達などに配り終えて、とりあえず我が家では今回は5匹を室内で飼ってます。すべてガラス瓶に1匹ずつ入れ、紙で覆いをしていたところ、どの子もガラス壁を上手に利用して、蛹室を作ってくれました。観察するにはバッチリです。
まだ幼虫の姿のままですが、もうすぐ蛹になるはず。

蛹になるのを毎日確認したいあまりに、とうとう、玄関を飾る花瓶の横に並べてしまった。

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こんな感じ。
もすこし近付くと……。

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もちっと近づくと……。

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いまだ幼虫を触るのは気持ち悪いくせに、白いブヨブヨを見ていると気持ちが癒されます。
このうち何匹がメスかな。
オスばかりでなきゃいいなあ。飼うのが大変だから。

寝言で悪態をつく息子

この春から、学童保育が民営化され、職員先生方みな総入れ替え。

「人員不足」を理由に、保護者から要望の高かった外遊びやら何やら一切合切「できませんっ!」と言い放って終わりだった去年の先生方と違って、民営化されてからの職員さんは限られた人員の中でも良い雰囲気を作っていこうと、本当に一生懸命だ。
でも、子どもと先生の間に信頼関係がまだ築けていないこの時期は、やっぱり子どもたちも少々荒れがちで、先生たちも大変そう。

一方、学校では、クラス担任が去年までの「4人の男児の母のベテラン先生」から、新任の先生に変わった。
すっかり先生をなめてしまった男の子、女の子が続出。
まさに一触即発の雰囲気で、今日は誰と誰が殴り合ったとか、鼻血を出したとか、もうケンカは多いし、授業中立ち上がって踊る子はいるわ、女の子の間では仲間はずれも横行、と、随分荒れてきている。

先生も必死なんだけれど、余裕のない中で絞り出す言葉はなかなか子どもたちには届かない。先生とはなんときつい仕事だ、と思う。

個人面談でこの若い先生に「おぐにさんの息子さんみたいな周囲をちゃんと見て判断してくれるお子さんばかりだと助かるのですが」と言われたので、ああ、そんな風にしか見えていないんだ、と思い、息子のオリジナルな性格について少々ご説明差し上げた。
すなわち、極めて内弁慶で、外では自分を出すことができないこと。実は家では登校拒否宣言を何度も出していることなど。
先生の驚きぶりを見る限り、息子は相変わらず、学校ではニコニコやっているらしい。

早晩、一気に崩壊するかな、と覚悟を決めていたところ、息子にも変化が見られるようになってきた。
ここ2晩、息子の寝言がものすごいことになっている。

「うっせーな!」
「やめろよ!」
「ぼけっ!」

悪態をつきまくり、ベッドを蹴り、布団を叩く。
学校でできないことを、眠りながらやってるらしい。
家でも確かに以前よりイライラした言動が増えてきていたけど、寝言ほどではない。
寝言でしか爆発できない息子が、なんだか哀れなのだった。

こんな小さなからだにストレスためまくってんだなあ、と思いつつ、さて、親としてはどうやって新任先生を支えていけるのかなあ、と考える。
自分が記者1年生だった時のことを思い出し、「最初の3年が踏ん張りどころだったなあ」などと思いつつ。

ちばてつやさん、若者を語る

5月16日夕刊掲載の記事は、「あしたのジョー」のちばてつやさんのインタビュー。

大学でマンガを教えて1年、デビュー50年のちばてつやさん

17歳でデビューして早50年、去年春から芸大のマンガ専攻で教壇に立っているちばさんに、若者へのメッセージを聞こう、という取材でした。
「教授室でじっくり1時間半くらいインタビュー」だったはずの予定が、宇都宮まで行ったその場で「ソフトボールの練習の合間に、僕をつかまえて話を聞いてください」と言われた時は、「ひええええ、さて、どうしたものか」、と頭を抱えましたが。

実際にソフトボールの練習を拝見して、その合間に少しだけインタビューもさせてもらって、「ああ、この人の場合は、言葉で伝えるものより、身体なり、行動で伝えることのほうが大きいんだ」と実感しました。
例えば、ちばさんが語る「一所懸命」という言葉よりも、使い込まれたグローブや、胸回りについた筋肉や、生徒への励ましや、こぼれ球を誰より早く取りに走る姿勢や、練習後に生徒に混じってグラウンドにとんぼを掛ける姿のほうが、取材する私にとっても説得力があったし、たぶん、学生たちにとってもそうなのだろう、と。
だからこそ、言葉以上に能弁なちばさんの「一所懸命」をルポ風に書こうと思ったのでした。

結果的には、教授室でのどんなに言葉を費やしたインタビューよりも、ちばさんの「熱さ」に触れることができた気がします。


★ズッコケ中年三人組(著・那須正幹)

★ズッコケ中年三人組(著・那須正幹)

おなじみ「ズッコケ三人組」(1978〜2004年続いたシリーズ)の3人が不惑の40歳を迎えて……という設定で書かれた物語。
ちょっと気になって手に取ったのは、私自身が「40歳」だから。

でもなあ。
この本はやっぱり、「私はズッコケ三人組を読んで育ちました」「ズッコケ三人組シリーズが最初の読書体験です!」みたいな人向けなのだった。
私自身はシリーズが開始した78年にはもう小学校6年生で、世界名作文作シリーズとか、アーサーランサムの「つばめ号とアマゾン号」シリーズとかに夢中になっていて、「ズッコケ三人組」は1冊も読んだことがないわけで。
「中年三人組」を読んでも、「懐かしー」とは思えないわけです。
うーむ、残念。

おまけに、古くからのシリーズ読者を意識しすぎたためか、小学校時代の懐かしさを前面に出すことに重点が置かれ、中年の男を描くことには失敗していると思う。
というか、作者自身があとがきで「編集者から、子ども読者も楽しみにしているのだからあまりきわどい描写はさけてほしいと、クギをさされたりもした」と書いているので、「失敗している」のではなく、あえて「避けた」のでしょう。
私としては、もっとドロドロした中年の情けなさや健康への不安やら仕事の中の葛藤やら残された時間への焦りやらを、ふか〜く描いてほしかった。子ども時代の小説をまったく読んでない読者でもたっぷり楽しめるようなものにしてほしかった。

でも、きっと、「ズッコケ」シリーズで育った30代読者は、別の感想を持つのだろうなあ。

レンタルお姉さん その1

「レンタルお姉さん」(著・荒川龍)の出版報告会&記者発表に行った。
とりあえず取材の予定はないのだけれど、ずっと気になっていた活動だったので。

「レンタルお姉さん」は、ニュースタート事務局という老舗も老舗の不登校・引きこもり支援団体が行っている活動。引きこもりの人のところに会いに行って、話したり、一緒に遊んだり、時には外に連れ出したりすることで、人間関係を結ぶ練習台になりながら、最終的にはニュースタート事務局の共同生活の場所につなげていく。
主に女性が多いので、お姉さん。
「レンタルお姉さん」の名称は、ご想像通り、「メンタルフレンド」を意識したものでした。
つまりは、「メンタル」じゃなくて「レンタル」。「友だち」じゃなくて「お姉さん」。

あえて「レンタルお姉さん」と、ちょっとばかしいやらしい感じの名前を付けているセンスからして、妙に好きだったのだけど、今回、活動報告を聞いて、ますますおもしろいなあ、と思った。

恋愛感情を抱かれることもあれば、時にはキスを迫られることも(稀だそうですが)ある。最初は当たり前のように罵声を浴び、拒否され、時には激しい暴力も振るわれる。
それなのに、「お姉さん」はひるまず、かといって巻き込まれず、上手に距離を取り、「友だちになるのではない。私はあくまで相手を人に、場所に、社会につなげていくための道具」と割り切る。
嫌われることはいとわない(もちろん、中には厭う人もいるが)。
中には「あのレンタルお姉さんがうざいから、家を出る」というような若者もいるらしい。
これはすごい。

かなり危険な活動のように見えて、上手に回っているのはなぜだろう、と考えてみた。
一番大きいのは、「つなげるべき場所」がはっきりしていることだと思った。ニュースタート事務局がやっている共同生活の場所に本人を引っ張り出す、それが目的なのだ。
「つなげるべき場所」がないままに、この活動はできない。危険過ぎる。老舗団体の蓄積あっての活動、という気もした。
さらに、「お姉さん」たちはこまめに情報交換し合うことで、抱え込む危険をも上手に回避している。

自傷の世界できついのはその点なんだろう、と思った。
例えば学校の保健室の養護教諭が、リストカットのケースを扱う時、きついのは「絶対にここにつなげれば大丈夫、というような場所がない」ということかもしれない。
(中には安易にスクールカウンセラーに丸投げしたり、病院に行かせてそのまま薬漬けになっても我関せず、と思えるような人もいるのだろうけど)。

今回はエントリーのタイトルを「レンタルお姉さん その1」としてしまった。
たぶん「その2」「その3」くらいまで書くことがありそうなもので。

★14階段(著・窪田順生)

★14階段
 検証 新潟少女9年2カ月監禁事件
(著・窪田順生)

事件後、監禁に一切気付いてなかったという母親にインタビューを重ねて書かれたノンフィクション。
衝撃的な事件だっただけに、つい手に取りました。

著者は事件後、母親の独占インタビューを狙って張り込みし、母親に接触しようとします。ところいがそこに、ズカズカとワイドショーのテレビクルーに割り込まれ、カメラを向けられた母親がびっくりして著者の背中に隠れたもんだから、つい、「いくらなんでも酷いでしょ。嫌がってるじゃないですか」とテレビクルーに抗議し、母親をかばったことが、この著者が母親からの信頼を得るきっかけになります。
この展開、すごくリアルで、「あるよな、こういうことって」と思ってしまった。

一方、筆者が被害女性の入院中の病院でまで取材を試み、被害女性の父親に思い切って取材を申し込むが、完全無視する父親の「深い悲しみと怒りを宿した静かな目」に、足がすくみ、「感傷」にとらわれ、しょせん本当のことなんて分からないと思い、週刊誌の記者を辞めた、という下りは、なんだかすっきりときれいな物語に作られすぎてる感じがした。

筆者は本書の中で、母親のインタビューに加え、あの家に入れてもらって長い時間を過ごし、見聞きした2階の部屋や古いアルバムなどの品々を咀嚼し、解釈を加え、自分なりに作り上げたストーリーを語るところまで踏み込んでいる。
そのストーリーは結構強引だし、こういうノンフィクションは実はそこまでやらず、事実だけを淡々と積み重ねていくほうが力強いという気もする。
でも、私は結構、最後のほうの父親に関する筆者の「ストーリー」に興味を覚えました。

スポーツカーのカタログや大好きなアイドルの番組録画ビデオなどを収集し、几帳面に整理していた息子と、美しい女性の写真を切り抜いて額に納め、その額縁の裏には無修正の女性の裸体写真なども収集し、一方で図鑑から切り抜いたらしい大好きな小鳥のイラストも収集していたという父親。
この類似点には驚きました。
筆者が指摘するように、大人の女性にこだわった父親への反発から、息子が「大人の女は汚い」と少女に向かっていったのかどうかは別にして、この事件、子離れできない母親だけに目を向けていたのでは最後まで理解できないんだろうな、とは思ったのでした。


★四角形の歴史(著・赤瀬川原平)

★四角形の歴史(著・赤瀬川原平)

こ、こ、これは! という名著にまた出会い、感動。

赤瀬川さんの本では最近、とても古い本ですが、「純文学の素」というとんでもない本に出会い、驚愕したばかり。この本、なんと、「自宅に深く潜行するルポ」。
実際には、結構出歩くんですけど、才能がほとばしるような文章と、とんでもない眼差しの角度に、「こういうのを新聞記事に応用できないものか」と真剣に考え込んでしまいました。

さて、今回の「四角形の歴史」は、散文っぽい文章と絵の本で、15分もあれば読み終えられます。赤瀬川さん自身の思考を淡々とつづっただけの本。
でも深い。考え込むと、何年もかかりそうな話。

思考のはじまりは「犬も風景を見るのだろうか」。
で、「犬は物を見るが、風景は見ていない」と考える。
そして、同じことが人にも言えると気付く。
「風景画をちゃんと描きはじめたのは、やっと印象派のころからだ」と。
人も犬と同じように、物だけを見ていたのに、絵を描くために「偉い人」や「立派な建物」や「大変な出来事」をじーっと見ているうちに、オマケとして風景に気付いたんだろう、と。
そこからさらに、そもそも、人間は絵をなぜ描き始めたのか、と思考はさらに深く沈んでいく。

土器に描いていた時代から、四角い画面に描く時代になって初めて、人は絵の周りの「余白」に気付いたんじゃなかろうか、そもそも、現実世界に「余白」はないぞ、と考えた末、
「人間は四角い画面を持つことで、はじめて余白を知ったのだ。その余白というものから、はじめて風景をのぞいたらしい」と思い至る。

ここからはもう感動的。
人間にとって初めての四角いフレームというのは窓ではなかろうか、と。
窓から人間は初めて風景を風景と意識して見たのではないか、と。
となると、人間が初めて風景として見たのは「雨の風景かもしれない」と書く。
挿絵が本当に素敵。

しかししかし、赤瀬川さんの思考はまだまだ潜行する。
「窓はわかった。風景は四角い窓からだ」。でも、「人間がまだ猿だったころ、世の中に四角形はあったのだろうか。なかった」と。
確かに自然界のほとんどは曲線でできている。今でこそ、身の回りのものはほとんど四角形でできているのに。
自然界では、直線は水平線ぐらい。

そこから赤瀬川さんは、人間がなぜ「四角形」という形を見出したのかを考えていく。

「四角形の歴史」をたどりながらも、気付けば人間と眼差しと風景の壮大な歴史書のようで。最後は哲学書のようでもあり。
うむむ、すごい本だ。

こういう本を読むと、せっかく仕事で赤瀬川さんと街歩きをさせてもらっているんだから、もっともっともっともっと、赤瀬川さんの「目」から学んでおかなければ、と思ってしまう。
明日も赤瀬川さんとの散歩の日。

★屋久島ジュウソウ(著・森絵都)

★屋久島ジュウソウ(著・森絵都)

森絵都ファンとしては、とにかく新しい本が出れば必ず読む。
今回はエッセイ。それもテーマは旅。
すっごく期待していたが、残念ながら、ちょっと期待外れでした。

後半の旅エッセイ(小説すばるに連載)は、どれもあんまり心に響かず、森さんの文章だから読むけど、筆者の名前が隠されていたら、たぶん、読まない。
前半の旅日記「屋久島ジュウソウ」は、3人の編集者らと屋久島で山を縦走する話。本の題名が「ジュウソウ」とカタカナなのは、「縦走」という言葉自体を知らずに山を歩いたため。
登山の途中で仲間内でハイテンションになっていくのも、疲れながら淡々と歩く中で自然に包まれ、ものすごくスピリチュアルな感覚を覚えるのも、私自身が体験したこともあるし、よく分かるけど。
でも、読み物としておもしろいもんじゃなかった。

というか、これまでどんな文章を読んでも、森さんのものはおもしろかったから、期待が高かった分、残念。
早く小説の新作だしてください。
大人向けでも、ヤングアダルトでも、児童書でも、なんでも森さんの本なら読みますので。

小田和正さんと、言葉に対する姿勢

私の所属する部署が担当しているのは夕刊の「特集ワールド」という紙面なのですが、「毎日新聞」「特集ワールド」の2文字でグーグル検索したら、

この国はどこへ行こうとしているのか 小田和正さん

が、最上位に出てきてちょっと感激。
小田さんの写真もアップされているようで、もう一度、自分で読み直してしまいました。

記事の中に、小田さんが建設業界に就職した昔の同級生がバブル崩壊でリストラや倒産の心配をしている姿を見て、こう語り始める部分があります。
「それはとってもかわいそうなことで……」

私は最初、この「かわいそう」という言葉を別の言葉に言い換えようとしました。「かわいそう」という言葉は、何か上から見下したニュアンスがあると思ったから。もちろん、インタビューの最中は、小田さんの口調や、声色や、間の取り方や、そういったすべてを感じ取りながら聞く言葉だから、全然違和感がないのだけど、記事の中で書き言葉にした時に、別のニュアンスが付け加わってしまうのが怖かったんですね。

インタビューをした時、相手の言葉をテープ起こしした文章をそのまま手を入れずにインタビュー記事にすることは、むしろまれです。
意味が分かりにくかったり、だらだらと長すぎる言葉だったり、読者から誤解を受けそうな言葉だったりした時は特に、短くわかりやすくまとめてしまうことや、別の言葉に置き換えることも多いのです。

小田さんのインタビュー記事も最初、そういう作業をし、その結果、「かわいそう」という言葉は削ってました。
別の言葉に置き換えたところもありました。

ところが、小田さんの事務所のYさんという方に原稿をお見せした時、Yさんがこう言ったんです。

「  」内の表現は、つたなくても小田の言葉は小田の言葉で。
小国さんに誤解されても、小国さんの印象は小国さんの言葉で。


「小田の言葉はよく読者に誤解されるが、それでもそのままでいい」という姿勢にもインパクトを受けましたが、私がむしろ驚いたのは、Yさんが「もしも、小国さんが小田を誤解していたとしても、小田に会った小国さんがそう感じた上での解釈なのだから、そこは自由に何を書いてもらってもいい」という立場を明確に説明してくれたことのほうです。

通常、インタビュー記事を掲載前に見せた場合、ご自身のカギ括弧の中の談話部分だけでなく、それ以外の文章全般にまで手を入れたがる人も結構多いので、逆に「誤解であっても、そう感じたなら、あなたの責任で自由に書いてください」と言い切れてしまうYさんの言葉に対する姿勢に、すごく重たいパンチでも食らった気持ちがしたのでした。

だからカギ括弧の中を大幅に変更し、「かわいそう」を復活させ、地の文章はもう、推敲に推敲を重ね……。
書いている間じゅう、「たとえ誤解であっても、それがあなたの印象なら自由に書いていい」という言葉が両肩にのしかかり、その責任に重さが本当にきつかったです。

出来上がった原稿をデスクに見せたら、デスクが唯一、私に言ったのが「この『かわいそう』という表現は削れないか。えらそうだ、と誤解する読者はきっといるぞ」でした。
でも私が、Yさんの言葉を説明し、それが小田さんやYさんの言葉に対する姿勢なんです、と伝えると、デスクもちゃんとそれを受け止め、認めてくれました。

言葉に対する責任の持ち方について、実はしみじみ考えさせられた取材でもありました。




ラーメンと、男の友情

息子と息子の同級生の男の子を連れて、夫婦でバッティングセンターへ。張り合うように80劼竜紊鯊任疎海院一人110球も打っていた。

その帰り、ラーメン屋へ。

友だちがいう。「おっ、いいね、チャーシュー。おれ、チャーシューラーメン」
息子もうなずく。「じゃあ僕もチャーシューラーメン。それから煮卵も!」
友だちが付け加える。「じゃあ、おれも煮卵入りチャーシューラーメン」

ちなみに、チャーシューのトッピングは300円。煮卵は100円。
二人とも、ラーメンにプラス400円。

ところが、食べ始めると、息子はチャーシューをよけている。一方、友だちのほうは煮卵をまったく食べない。
よくよく聞いてみると、友だちは「卵嫌い」なんだそうだ。そういえば息子はそれほどチャーシューが好きじゃなかったはず。

「あんたたち、じゃあどうして、チャーシューや卵を頼んだのよ!」と思わず言う私に、
2人は「だって、一緒がよかったんだもん

結局、息子の残したチャーシューを友だちが食べ、友だちの残した煮卵を私が食べました。
これも男の友情なんだろうか。
まったく……とあきれつつ、2人が並んでラーメンのどんぶりを抱えている姿はしみじみと感動的で、「よい友だちができてよかったなあ」と心の中で息子に話しかけたのでした。

ちなみに息子とこの友だち、互いの誕生日のお祝いにつけるカードにこんな言葉を添えてました。
いつまでも、しんゆうだよ
息子が始めて「親友」という言葉を使った相手です。

★アンボス・ムンドス(著・桐野夏生)

★アンボス・ムンドス(著・桐野夏生)

相変わらず、女の悪意を描かせたら天下一品の桐野さんなのでした。
短編集。7編(男性が主人公の作品もあります)。
でも、たぶん、どの小説も、長編になりうるし、読んでみたい気もする。でも7編の長編を連続して読んだら、さすがにしんどいかも。何しろ、読後感さわやか、なんて作品、一つもないですから。

容姿に劣等感を持ち、うまくいかないことはすべて容姿のせいにしてしまい、きれいな同性に憎悪を募らせ、自信があるのは「妄想力」という女性の話とか。
母親に「あんたの父は有名な小説家なんだよ」と聞かされて育ち、今の人間関係のすべてにうんざりしながら、いつか実父が自分をここから救い出してくれるのではないか、などと妄想しつつ、実際にはぱっとしない寺の娘として過ごし、かといって家を自分から出るわけでもなく、寺の庭に毒を持つ植物ばかりを植えていく女性とか。
時には主人公のおぞましさにうんざりしたり、ぞっとしたりしながら、それでも不思議と惹き付けられて、ついつい新しい小説が出るたび、手に取って読んでしまうのだ。
桐野さん、こわい。

左手改造計画に悩む

今回のレッスンでは、ヘラーの練習曲で主に左手の手首の使い方を教わった。
この1年で、随分と右手は動くようになったが、左手は25年のブランクの結果、とっても無惨な状態にある。
腕の筋肉の付き方も、この1年で、右と左ですっかり違ってしまった。

木曽センセは、私の左右の腕の筋肉の差を見つめて「うーん」とうなった後、「ヘラーの練習曲はあまり左手を意識したものではないんですよね。今のレベルだとちょっと練習曲が簡単過ぎることもあるし、もう少し難しい練習曲をやってみますか?」という。

つまりは、ツェルニーから左手のためのエチュードを抜粋して徹底的にやる、というわけだろう。
うーん。どうも気が乗らない。

そもそも1年前に25年のブランクを経てピアノを再開する時、ヘラーをエチュードに選んだのは、曲がとても美しいから。
実際、木曽センセだって、この1年で18曲というゆったりとしたペースの中で、手首の使い方や音色の響かせ方や歌わせ方を教えてくれた。
ノーミスでさらさら弾けるようになってからがレッスンの本番、という感じで、エチュードでここまで表現力についても習うことができるんだ!と私はずっとレッスンのたび、感動してきたのだった。

チェルニーについては、この本が極めておもしろかった。
この本を読んだ後、「最近のピアノの先生ってツェルニーを全曲やらせるなんて人のほうが少数派なんですってね」と木曽センセに言ったら、「そうなんですよー。でも私はツェルニー派です」ときっぱりとおっしゃっていたのであった。
なるほど、音大志望の学生さんを教える時は鬼のツェルニー派教師なのだ、とその時に気付いた。
私がレッスンを再開する時は、「エチュードは……?」と尋ねると、「大人の方のピアノですから、お好きな曲だけ半年かけて仕上げたっていいんですよー」とか言ってたのに。

つまりは、そう。
自分の目標をどこに置くか、なんだろうな。

好きな曲を色々弾いて、完成させていこうと思ったら、私の左手問題は避けて通れないんだろう。
例えば、ショパンのワルツをどれだけ弾いても、左手の惨状は改善されない。実はラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」が仕上がったら、次に、ショパンのノクターンのどれかを弾こうと思っていた私は、しばらくショパンはお預けだな、と思った。
やっぱり左手問題解決の一助となるような曲を選びたいし。
そんな話をすると、木曽センセはうれしそうに「左手のためだけの曲もいっぱいありますよ。ラベルのコンツェルトとか…」と怖いことをいう。そんな、舘野泉さんじゃあるまいし、いくら左手を鍛えたいからっていって、左手だけの曲を美しく弾きこなす自信なんてとてもとてもありません。

だいたい今さら音大を目指すわけでもなく、この悲惨な左手でも弾ける曲だけ選んでも生きていけるわけで。
さて、どうしよう。

さらに、今年の野望としては、バッハのインベンションを木曽センセの指導で弾き直したい、というのがある。
かつて小学校時代にまるでエチュードのごとく、ヒイヒイいいながら全曲終わらせたインベンションだけど、今から思えばなんとももったいない経験だった。
特に三声の曲なんて、それぞれの音の響きをきちんと理解して弾いていたとはとても思えないし。
「今、弾き直したら絶対におもしろいと確信があるんですよね」と私がいうと、木曽センセも「うん。私も絶対、おぐにさんはバッハにはまると思う」と言い出す。
でしょ、でしょ、でしょ。

「じゃあ、インベンションをエチュード代わりに使って左手改善を目指すというのは?」と切り出したら、ばっさり木曽センセに否定された。
「インベンションじゃ左手改善はなりません。バッハが弾きたいなら、エチュード代わりではなく、曲として何曲か試してみて、全曲弾きたいということになったら全曲弾くことにすればいいんじゃないかしら」
なるほど。

でも今のヘラーの練習曲を終えるにも、今のペースじゃ半年くらいかかりそうだし……と思い悩んでいると、木曽センセから、「1番から順々に全曲仕上げなきゃだめって思う必要ないですよ。途中で本を変えても、それは挫折とか脱落とかって考える必要はないんですから」と指摘された。
そうなのよね。
でもさ、でも。
25年のブランクの後、1番からやってきて、ついつい最後の曲を仕上げた時の爽快感なんてものを想像しちゃったりするとさ、途中でやめて別のエチュード本、と思い切れないのよね。

まあ、ちょっと考えてみることにします。

曲のほうは「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
暗譜したし、だいぶ先も見えてきた。
内声部とソプラノの響きを同じ右手でどう弾きわけるのかと、曲の組み立てやバランスが今後の課題。
これを終わったら、秋のカツァリスのコンサートに行く前に、すでに公開されている曲のリストから一曲選んで練習しておこうと思ってたんだけど。(自分で弾いた曲でないと、ピアニストの音の個性ってまだよく分からないんです、私)。
本日、バッハを次にやる、という話も急浮上したことで、悩ましい限りです。

私に1日2時間のレッスン時間と、よく動く左手の3、4、5指があればなあ……。
と、望んでもせんないことを思う雨の日の週末でした。





★みんなぼっちの世界、★若者たちのコミュニケーションサバイバル

★みんなぼっちの世界(富田英典、藤村正之編)

92〜93年に杉並区と神戸市の若者(16〜25歳)を対象に行われた調査(5000人、有効回収は1116人)をもとに、若者の友人関係などについて社会学的に分析した本。
タイトルの「みんなぼっち」は、社会学者ジンメルの「ふたりの孤独」という考えかた(二人が向かい合えば合うほどに周囲の人間関係からふたりが切れていってしまう)から来ている。

コミュニケーションを一定程度うまくできるまとまりとしての「みんな」はあるが、その外側とのコミュニケーションはうまくできないし、またしようともあまりしない。また、その「みんな」の範囲がどんどん狭くなってきているのが現代の若者の特徴だ、と指摘している。

★若者たちのコミュニケーションサバイバル(岩田考ら編)

前の本は90年代の調査だったが、こちらは同じ地区の同人数の若者を対象にした2002年の調査をもとに書かれた本。有効回答は1100人。

この調査に見る限り、この10年で友だちが「いない」と答える者は減少し、友だちに「満足している」と答える人が増えているというのに、一方で、「対人恐怖」のようなものを訴える若者が目立つのはなぜなのか、という若者の友人関係のありようを分析している。

両書とも文献リストも充実しているし、資料性も高いので、いっぺんに購入決定。
最近は図書館で借りて読み、家に置いておく意味のある本のみ購入、というパターンが定着してしまっています。

まさか浮気?!

夜遅くに、用事があって、夫の携帯電話に電話した。
が、話し中。
ネタ元との仕事電話だろう、といったん切る。
5分後、電話。
また話し中。
10分後、電話。
また話し中。
そして30分後……まだ話し中。
ここにいたって、疑惑がムクムク。
この電話の相手は女だ、絶対に女だ。

夫の浮気疑惑、急浮上。
夫の嘘などすぐに見抜けるとたかをくくっていたが、油断し過ぎていたのだろうか……と不安になりつつ、さらに電話。
でも話し中。
おいおいおいおい、まじかよ。
ほんとに、もしかして浮気?

などと思いつつ、さらにリダイアルしようとして、ようやく気付いた。
なんと私、自分の携帯電話から、自分の携帯電話の番号に電話していたのだった。
延々と話し中が続くわけだ。
あまりの愚かさにがっくり。

それにしても、自宅残業山積みの週末。
おまけに、喉が痛い。風邪を引いたらしい。
こんな状態で来週の仕事を乗り切れるか不安だ……。


どんぐりの花のにおい

小雨の降る中、九段下あたりを歩いていたら、今年の「初もの」に出会った。
栗の花のにおい。

ただし、栗の花にはちょっと早い気がするから、たぶん、皇居のブナ科のどんぐり系の花のにおいなんだろう。
「栗の花のにおい」は、下ネタ話で登場することが多いですが、なんのなんの、私は実は新緑の中でこの匂いに出会うのがとても好き。
不思議な自然の勢いを感じるから。
これから蒸し暑い季節を迎えるんだよ、って。
「初もの」は、食べ物にしろ、匂いにしろ、ただただ、人を幸せな気分にしてくれますね。

不思議なことに、どんぐりの花の匂いと再会するのは、毎年、たいてい小雨の日や雨上がりの日のような気がします。
ほかにも、キンモクセイの「初もの」の匂いはたいてい朝早くに出会うことが多いとか。
匂いは、気温や湿度とどんな関係にあるんだろう。

修学旅行中にやってきた女子中学生。

修学旅行を利用して、旅の中に「人に会う」経験を取り入れよう、ということなのでしょうか。
修学旅行中のプログラムの一環ということで、ある中学校から、修学旅行中の女子中学生5人が私を会社まで訪ねてきてくれました。

前もって、どんなことを尋ねたいか、簡単な質問票などもいただいていました。「新聞記者になろうと思ったのはいつですか?」「新聞記者の仕事って取材と記事を書く以外にどんなことをしているのですか」から「毎日メールは何本きますか?」「これまで会った人は何人くらいいますか?」まで。

前もっていただいていたこんな質問に、前半の1時間で答えた後、「ほかに聞きたいこと、ある?」と尋ねたら、女の子たちはお互いに顔を見合わせてモジモジ。
なんというか奥ゆかしいのです。
でも私にしてみれば、もどかしいのです。
だから正直に言ってみた。

「中学の修学旅行って一生に一度の経験なのにねえ。こんな風に2時間も私と会うことに時間を費やすより、ディズニーランドで遊んでるほうが絶対楽しいと思うんだよ、私。
でもねえ、だから余計に、つまんない思いをさせたまま、あなたたちを帰したくないんだ。
大事な2時間、『ほんとは遊びたかったけど、まあ、こういうのも良かったよね』って思ってもらえる程度には充実した時間にしてあげたいんだ。せっかくの出会いなんだもの。
だから、何でも聞いてくれていいよ」

そしたら、みなで顔を見合わせていた女の子の一人が、意を決したように、こう言った。
「おぐにさんは、どうして自傷とかしてたんですか?」

なるほど、そっか。
なんだかストンと腑に落ちた。

修学旅行生たちは東京で24人の「誰か」に会いに行ったという。
24人は学校が用意した、いわば「コース」で、職人さん系とか、その道一筋、みたいな人が多い。
そんな中で、わざわざ、新聞記者に会うことを選んで来たという女の子たち5人が5人とも、およそ「新聞記者になりたい!」と思ってないことは最初から明々白々で、「はて、なぜ、私んところに来たんだろう」と前半1時間、ずっと不思議だったんだ。

でも、そっか。
自傷の話を聞きに来たんだ。
でも、そっか。
なかなか切り出せなかったんだ。

その子たちがまったく自傷に無縁な人生を送っていようと、そうでなかろうと、友だちに自傷する子がいようと、いまいと、私が伝えたいことは基本的にそう変わらないので、後半1時間は、淡々と話をさせてもらいました。
言葉って難しいなあ、誰かに何かを伝えるのって難しいなあ、と思いながら。

何か一つでいいから、彼女たちの心に残っていたらいいなあなどと思うのは、おばさんの勝手な思い入れ、余計なお世話と重々承知はしているけれど、これからの長い長い思春期のトンネルを歩いていく彼女たちにせめて何か送りたい思いでいっぱいでした。

それにしても。
彼女たち親の年齢を聞いたら(聞くなよ>ぢぶん)、30代の人もいた。
ちくしょー。
私も20代で産み始めていれば、こんなかわいい、悩める思春期の娘がいたかもしれないんだなあ。
まあ、いいか。
あと5年もすれば、声変わりしたむさ苦しい悩める思春期の息子とご対面だもんね。

忘れていた自分にちょっとびっくり

ゴールデンウィーク明けの今朝、息子が元気よくランドセルを背負って家を飛び出して行った後、ぽつりと夫がこう言うのだった。

「行ったなあ。結構あっさりと」

この一言で、ああ、と気付いた。
夫に言われるまで、気付いてなかった自分自身に本当にビックリした。

去年まで、我が家のGW明けの初日の朝は、とても気が重いものだったんだ。保育園時代から、毎年、GW明け初日の息子の「登園拒否」ぶりはなかなかに激しいものがあったから。
それは小学校に入学した後の去年も変わらず、「そりゃ無理ないよなあ。私だって『はぁ〜今日から仕事かよ〜』と思うもんな」などと心では理解しながらも、朝から「学校(保育園)に行きたくない」と暗い顔で子どもに訴えられるのは、やっぱり切ないものなんだ。
だから毎年、GW明け初日の朝といえば、私と夫が「今年は行ってくれるだろうか」と無言のまま目で会話するというような光景が繰り広げられていたわけで……。

それが今年はあっさり登校。
昨日の夜も登校をしぶる気配はまったくなく、だから私もすっかり忘れていたのだ。
毎年恒例の、「今年は学校へ行ってくれるだろうか」というヤツを。

なんだか忘れていた自分に何よりびっくり。
おまけに、夫のほうがちゃんとそれを覚えていて、「あっさり行ったなあ」などと口にしたことにもビックリ。私が思っている以上に、夫は息子の歩みを見守っているのかもしれません。
「この人と子育てした歴史も8年かぁ」とちょっとだけしみじみしてしまいました。

明日から仕事だぃ!

連休、いかがお過ごしでしたか?
本日夜、仙台から帰ってきました。
いやはや今回の連休はいつにも増してハード。
毎日1万5000歩ぐらい歩いてました。

初日つまり3日は、仙台行きの新幹線に乗る前に、そもそも朝から神宮のバッティングセンターだし。
仙台の最初の朝、つまり4日は青葉山で山菜採り。
採った山菜は、「こしあぶら」と「みず」。
それから15球100円のお安いバッティングセンターへ(ちなみに神宮では60球1000円)。
さらに近所の野球グラウンドで練習を試みるも、地元のリトルリーグのチームが練習していたので見学。
このあたりで我々夫婦はバテバテでダウン。
息子はさらに義母と近所の蕃山で山菜採り。

さて、2日目の朝、つまり5日は、7時起床。7時半から昨日は使えなかったグラウンドで野球の早朝練習。
秋保温泉のあたりの川のほとりでバーベキュー。
ぐでんぐでんに酔っぱらった後、息子の誕生日を祝うため、誕生日ケーキを購入。
楽天のナイトゲームを見に行こうかと思ったのだけど、それはやめて、蕃山へ登山。
春に一人で仙台に行った息子がじいちゃんと切り開いたという山道を見に行く。
が、山道なんてとんでもないっ!
ロープにつかまりほぼ直角の山肌を登り、木の根につかまってトラバースした後、尾根筋を歩き、途中で私の背より高いクマザサの中を薮漕ぎ。薮漕ぎなんて、大学時代に一度だけ行った沢登り以来です。
「学童保育に行くなら、一人で仙台に行く」と覚悟を決めて一人で新幹線に乗った息子は、こんなところを毎日じいちゃんと一緒に駆け回っていたのね。
しみじみ「1日中、学童なんてつまらない」と言った息子の言葉に納得。こんな大冒険に比べたら、学童での時間なんて確かに、へなちょこ過ぎるよね。

6日はなんと6時起床。じいちゃんも伴ってまたしても地元のグラウンドで6時半から野球の早朝練習。地元のチームが8時過ぎにはやってくることが分かって、時間を早めたのです。
連休なのに、6時半から野球やってる私ってどうよ? ため息。

さて。
9時発で七ケ宿という街の蕎麦屋へ。
水芭蕉を見た後、山の中のダム湖でボートに乗り、山歩きを半時間ほどした後、と遠刈田温泉へ。
日本酒を飲みまくった後、やっぱり温泉だもの、卓球だよね。

最終日の7日は雨。
あとは帰るのみ。

んでもって。今。
仙台では、「こしあぶら」や「みず」だけでなく、タラの芽はもちろん、こごみ、うるいを天ぷらやお浸しで食べまくり、春の味をすべて食べ尽くしたような気分。

久しぶりにパソコンを開いて。
ブログを更新しています。
明日から仕事。
頑張るぜぃ!

PS.「夜回り先生」が好きでこのブログに来られている方々へ。水谷さんは元気のようです。さっき息子が、かかってきた電話に「うん。2年生になったよ……。遊びに。うん、今度ね」などと話しているので、誰としゃべってんだろうかと思ったら水谷さんでした。ますます元気なようです。ご安心を。

仙台へ。

息子と夫の実家、仙台へ行ってきます。
とりあえず、仕事を忘れて、野球と山菜採りと温泉……かな。
仙台でもバッティングセンターの位置を確認する私。
おかしいなあ。
こども時代、球技が一番大嫌いで、「社会人になって一番幸せなのは体育の授業がないこと」と本気で思っていたのに。

今朝も朝7時に起きて、9時には神宮のバッティングセンターへ。
私も70劼20球だけ打ちました。
息子もだいぶタイミングが合ってきました。
バッティングセンターでは、画面に投手の投球フォームが映り、手の部分からボールが飛び出す仕掛けなのですが、中でも息子のお気に入りは松坂選手。

「松坂の球は打ちやすい」とか言ってます。
おいおい、「松坂の球」に70劼呂覆い次

ということで、これから出発。
手元にいただいたままのメールが何通か残ってますが、ごめんなさい、時間切れ。帰ってきてからお返事します。

小田和正さん取材を終えて・1

小田和正さんファンの方々にしてみれば、取材を終えての私の感想なんかより、きっと取材秘話みたいなものを読みたいに違いないわけですが、やはり、新聞記事にする約束で行ったインタビューの内容をブログであれこれ書くのはルール違反だと思うので、それは差し控えます。
ただ、取材を終えての私の個人的な思いというのを、少し書き残しておきたくなりました。

今回、一番尋ねたかったこと。
それは「なぜ、歌を作る時、常に同級生の視線を意識してきたのか」でした。

いくつかの小田さんの記事でその言葉を見つけた時からずっとこだわってました。この言葉は多くの場合、団塊世代と結びつけて語られることが多いのだけど、私は世代というより個人の生き方の問題だと感じてきたからです。

それはたぶん、私自身が、今なお、大学時代の同級生、あるいは当時の自分自身の視線を意識しているから。
バブル時代にあって、学生運動が依然残る学生寮に暮らしたせいで、年に数度は機動隊に囲まれてました。それでも組織の論理が嫌いで、「我々は」という主語で何かを語る人になりたくなくて、社会の矛盾に一つひとつぶつかりながらも、ヘルメットは被らないことを選んだのでした。「俺たちは闘ってんだぞ!」と酔っぱらって威張る一部の寮生が嫌いでした。三里塚の集会の直前になると毎晩オルグにやってきて、「なぜ三里塚に行かないのか?」と問いつめる人たちが苦手でした。「なぜか」を語ろうと思ったら、どんな風に生きたいかまで説明するしかなくて、でも集会の前に顔を出すだけの相手にどうしてそこまで言葉を費やさなければならないのか、それも全然分かりませんでした。
結局私は、寮にいて、オルグを受け続け、でも学生運動とは距離を置き続け、ずっと生き方を模索してたんだと思います。

卒業直前に、当時はみなで「ブル新(ブルジョワ新聞)」などと呼んでいた新聞社に入ることを決めた時、私は当時の友人たちにこんなことを言ったのを、実は今もよく覚えています。
「同じ思いを抱えた相手にアジビラを書くのではなく、考えの違う人に広く読んでもらえるメディアで、伝えたいことを伝わるように書くことをあきらめたくないから」

いつもこの言葉に恥じない記事を書いてきた、とは言い切れないし、言いません。でも、その言葉を裏切らないように、その言葉を伝えた相手( つまり当時の友達たち )にできるだけ嘘をつかずに済むように、仕事をしてきたつもりです。
きっと、あのころの友だちはもう誰も、私のこんな言葉など覚えてないだろうに。

でも私はあの時の言葉を「若かったからねー」とか「青臭いよねー」とか笑う気にはなれないし、平気で笑えるようにはやっぱりなりたくない。
あの時の私と今の自分とは間違いなく同じではないけれど、ずっとつながっている所にいる、とだけは言えるもの。

だから私は、「あの頃は若気の至りで……」とか笑って懐かしんでしまえる人が嫌い。
例えば小田和正さんの「the flag」を聴いて、昔の思い出を思い出し、幸せな気分になるおじさんは嫌い。
あの曲を聴いて、「懐かしいなあ」とどうやったら思えるんだろう、と思う。
私、あの曲を最初に聴いた時、「おまえはどこに立ってる?」と、それこそ同級生あるいは当時の自分自身に突きつけられた気がしました。

そして思いました。「同じ場所には立っていないかもしれないけれども。あの頃より利口になったし、視野が広くなったし、他人とつながることも覚えたし、だから大切と思うことを他人に届けることは、以前より少しはできるようになったよ」と。
とても昔を懐かしむ曲とは思えませんでした。

東大安田講堂に残されていた落書きの「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉も嫌いでした。
怖いのは安易な『連帯』のほうじゃないか、『個』としてどうあるのか、『個』をどう外に向かって開いているのかが大事なんじゃないか、とか思ってました。
小田さんの立ち位置はそういう意味では、個としてのありようをとてもストイックに追究しているように見えて、そこをどうしても言葉として聞いてみたかったんです。
だから。
「同級生の視線をずっと意識してきた」という言葉の真意を知りたいし、それをちゃんと読者に伝えたい、とも思ったんです。

インタビューしてよく分かったことは、小田さんの「個」としてのありよう。それを主に記事に書きました。
個としてずっときちんと立ってこられたからこそ今、「連帯」を口にできるんだな、ということもよく分かりました。
ちなみに、「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉の次に続くのは「力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして 挫けることを拒否する」でしたか。
こういうヒロイックな言葉もあまり好きではないのだけれど、でも、小田さんとの1時間半のインタビューで素直に思ったのは、小田さんは「力尽くさずして挫けること」だけでなく、「力及ばずして倒れること」すら拒否してるみたいだなあ、ということでした。

なーんてね。
理屈っぽいことをいくら書き連ねても。結局は、音楽にはかなわない、とも思う。
やっぱりあの人の一番の答は音の中にあるんだと思う。
取材で気付かされたこと、たくさんある。
書き尽くせたと思える部分も、もっと書きたかったことも、たくさんある。
でも、残りの宿題の答は、いつか一度小田さんのステージを見て、音の中で出してみたい、というのが取材しての正直な感想なのでした。

レガートは計りの上で

今回のピアノレッスンは、ヘラーの練習曲2曲と、そろそろ暗譜段階に入ってきたラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。

ヘラーの練習曲では今回、レガートをいかに弾くかが課題。
木曽センセはいうのです。
「計りの上で指を動かしたとすると、打鍵のたびに計りの針が揺れるようではダメ。針が100グラムなら100グラム、同じ目盛りから動かないように指から指へと重さをゆっくり移動させていく、それがレガート。だから指で弾いてはダメ。手首の動きだけで」

言うは易し。
とてもできません。
「計りの上で」というのは比喩と思いつつ、自宅で試しに計りを引っ張り出してみた。その上でヘラーの練習曲の右手のメロディーラインをレガートで弾いてみる。

おおお。針が揺れる揺れる。
木曽センセの言わんとしているところは理解した。でも、うむむ、これは難しい。

ラヴェルのほうは、サンソン・フランソワが弾いているCDを木曽センセと2人で聴いて研究。
道のりはまだまだ遠い。

かねてから気になっていることを木曽センセにぶつけてみた。
「ラヴェルってなんか冷たい感じがするんです。弾いていて」
うまく言葉にならない。
なんというか流れはあるけど流されない。
波もあれば、山もあるけれど、どこか冷静な感じ。
木曽センセはいう。
「ロマン派に比べれば、そうですね。ロマン派はもっと弾き手が自分の感情や人間性で弾くようなところがあるけれど、フランスものは『気持ち』より『風景』を正確に音で表現したり再現したりしようとした面があるから。ものすごく甘い、柔らかい曲であっても、実はとても冷めている。それがフランスものの魅力かも。でも冷静であっても、とても色彩が豊かなんです。それを表現できればいいですね」

うーん、色彩……かあ。
白と黒の鍵盤の前で立ちつくすのみ。
なんてったって、そんな高尚な悩みを語るほどのレベルに達してないもので。