おぐにあやこの行った見た書いた

息子、初の公式戦。

春の大会第一回戦。
雨の中、息子にとっては初の公式戦となりました。
スタメン発表をみて呆然。
えええ! 先頭打者ですか?

どうやら息子の超緊張性の性格をしらないコーチ陣が、「あいつは日頃から飄々としてるから、案外緊張しないんじゃないか?」と先頭打者にしちゃったとか。
んなアホな。
4歳のとき、保育園の運動会で、みんなの前で全児童の先頭きってスキップを披露することになった時など、緊張のあまり手がブルブル震えていた(4歳児でも緊張で手が震えるのねえ〜)、という逸話を持つ子なんですけど……。

本来なら親まで緊張しちゃうところですが、スコア付けに忙しい母ちゃんは、緊張する間もなく……。
結局7対12で負けましたが、おもしろかったのは、トリプルプレーというやつを生まれて初めてみたこと。

一回表無死満塁、相手チームの攻撃。
相手のライトフライを、公式戦初出場の2年生ががっちりつかんで(この瞬間、お父さんが「奇跡だ」と言った)、ワンアウト。
相手の2、3塁走者も低学年ゆえ、ルールをあまり理解していないらしく、飛び出したまま走る走る。
コーチ陣が「3塁へボール投げろ!」と叫び、ライトの子がワンバウンドで三塁に送球。三塁手ががちっとボールをつかんだ目の前に、二塁から走ってきたランナーがいて、タッチしてツーアウト。

ところがこの三塁手もまたルールをよくわかってないので、このボール、どうしよっかな〜などとキョロキョロしているところに、コーチ陣が「ベースを踏め! 踏め!」と絶叫。
よくわからないまま三塁手の子がベースを踏んで、スリーアウト。

その間、相手の三塁走者はちょうどホームと三塁の間で「ぼく、どうしたらいいんだろう?」という感じで立ちすくんでました。

あっと言う間のスリーアウトチェンジ。
ダブルプレーだと「DP」だから、トリプルプレーは「TP」だろうか……とスコアを付けながら、「少年野球ってほんと、奥が深いわ」と思った次第。
取材したことのある都市対抗野球や高校野球なんかより段違いにスコアを付けるのが大変だわ。

緊張性の息子は最初の打席で四球を選んで(というより、緊張してスイングを1度もできないまま)出塁。そのあとは少年野球のテキスト通り3塁まで盗塁を重ね、適時打でホームに帰ってきてご満悦。
これで緊張が解けて第二打席はもちっと攻めの姿勢を見せるかと思ったら、やっぱり、緊張してガチガチ。
コーチ陣が「バットふらなきゃ、当たんねーぞ」「とにかく1度振れ」と繰り返し叫ぶ中でようやく、1度だけ、「公式戦初スイング」を果たし、三振。

スコアラーの醍醐味を今日は知りました。
公式戦初安打だった子に「初ヒットおめでとう!」
2打席とも適時打を打ち、得点につなげた子に「打点王だね」
どこかいいところを見つけて、試合の後にほめてあげられる。ほめられた時のこどもの顔というのは、他人の子でもムチャクチャかわいいもんです。はい。

これが高学年にもなると、母ちゃん陣のほめ言葉なんかに乗せられるほど単純でもなくなるんだろうけど。
今のうち、今のうち。

小田和正さんインタビュー記事

毎日新聞のウェブサイトにアップされました。

シリーズ「この国はどこへ行こうとしているのか」
小田和正さん


途中で話があっちこっちに展開していき、セクトに入ったまま連絡が取れなくなった大学時代の友だちの話をした後、つい「やりきれないですよね……」と思わずつぶやいて、それから「あれれ、私、インタビューしに来たんでしたよね」と我に返ったら、目の前で小田さんが大笑いしていた……という下りは、さすがに割愛しましたが。

それでも、小田さんに「新聞だって……」と突っ込まれた時のやりとりは、忠実に記事に盛り込んでしまいました。
小田さんの問いかけは、決して、社説を書いているどこかの新聞の論説委員一般に対するものではなく、やはり目の前にいる新聞記者、つまり私個人に対する問いかけと受け止めたからです。

小田さんの事務所のYさんは、この下りが一番おもしろかった、と言ってくださいました。
一昔前の新聞だったら、上司に削られていた下りかもしれませんけどね……。

その他思うことは、後日少しずつ書きます。
なかなか考えるところの多い取材でした。

小田和正さん記事、山場を越える

小田和正さんインタビューを数日前に終え、今日、原稿出稿を終えました。
明日夕刊の紙面に掲載されます。
今回はきつかった……。

15字180行くらいの原稿を仕上げるのに、たぶん、800行くらいの原稿を書いた気がする。
普通は、インタビュー記事の場合、テープ起こしも何もなしに、一気に、書き上げてしまうことが多い私なんですが、今回はテープ起こしの後に、いきなり新聞記事原稿の執筆に取りかからず、まず最初に、自分なりの「感想」を500行くらい書くところから始めてしまった。

なんというか、インタビュアーがどんな思いで、どう絡んだかをある程度前面に出したほうが、小田さんのしゃべっている内容がよりまっすぐ読者に届くのではないか、と思われるようなインタビュー内容だったから。
じゃあ、自分が小田さんの何にこだわり、何が聞きたくて、実際に聞いてみて、何を感じ、何を記事に書きたいと思っているのか、を自分の中で明確にしておかなきゃなぁ……と思い至り、まずは「感想」を書くことから始めたというわけ。

お陰で、10代のころからの自分自身の音楽ヒストリーを全部思い出し、言語化する羽目になっちゃった。
ああ、疲れた。
疲れたけど、誤解を恐れずいえば、かなりおもしろい、スリリングな体験でした。

★ワルボロ(著・ゲッツ板谷)

★ワルボロ(著・ゲッツ板谷)

あちこちで見た書評なんかを頼りに、常時、図書館で20〜30冊(息子の図書カードまで使って)の予約を入れていると、時々、予約していた本がようやく手元に届いた時には、「あれ? 私、どうしてこの本を予約したんだろう……」と首を傾げることがある。
今回のこの本もまさしく、それ。

でも、勢いがあるし、500ページ、一気に読ませてもらいました。
同じ著者の本を一気読みしよう、という気持ちにはならなかったけど。

ワルの中学生が、ただひたすらに他校のワルたちとケンカしながら、骨折られたり、奥歯が抜けたり、刺されたり、撃たれたりしながら、友情というものを知り、大人になっていく中学生版ピカレスクロマン……か。
主人公の名前は「板谷」。
著者の経験を下敷きに、思い切り脚色した感じの小説です。

おもしろいのは、主人公たちは最初、決してケンカがそれほど強いわけでもないんだけど、他校のとんでもない奴等と最後はタイマン張って勝てるほどの力を付けていく。その経緯。
まず「口で負けてはならぬ」と悪口の練習するのに、ラップのリズムに乗って、延々と仲間内で悪口を繰り返すんである。
そのシーンがいちいちとてもおもしろい。
ついつい自分なりに、ラップのリズムに乗せて口に出して読んでしまった。ははは。年齢のせいか、少々ついていくのに苦労しましたが。

★河原荒草(著・伊藤比呂美)

★河原荒草(著・伊藤比呂美)

久しぶりの本業である詩集。
高見順賞受賞作品。

母と幼い子どもたちが外国を放浪したり、河原で住んだり、死骸と住んだりする話。
長編詩で、小説のようにストーリーがちゃんとあります。
植物のものすごい生命力と猥雑さが、印象的な詩です。

長編詩といえば、伊藤比呂美さんが訳した米国の児童文学で1冊、長編詩がありましたっけ。
「ビリー・ジョーの大地」(理論社)。
これはものすごいお勧め。

爪のように固くなる指の皮って?

今週末で仕上げたい小田和正さんの原稿と、今なお格闘中。
現在、午前3時前。明日は朝6時半起きで、少年野球の送迎なのだが。つらいなー。

ところで。
2週間ぶりのピアノレッスンに行ってきました。ヘラーの練習曲はまずまずの仕上がり。譜読み段階で「二度とラヴェルはやらないぞ」とぶち切れそうになっていたラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」も、とりあえず譜読みを完了し、木曽センセにも「よく頑張りましたねー。大丈夫。このままの方向で仕上がります」と一言もらって、内心、ほっ。

それにしても、今回は、ペルルミュテールの楽譜がなければ譜読み一つできなかった気がします。
この楽譜を手に入れる前は、どんな運指が一番良いのか。なかなか決められなかったからです。

木曽センセに、「しかし、譜読み段階で、『よし、この運指でいこう』と決めて練習しても、曲を弾き込んでいく過程で、『ここのメロディーを大事にしたい』とか『こう弾きたい』ってのはどんどん変わってきますよね。すると途中で、運指をまるごと再検討して、練習し直したりすることになりますよね。こういう曲って、ちょっと私にはきついです」と吐露したら、木曽センセは笑顔のまま、

「へ? でもどの曲もそうでしょう? 運指は何度も再検討するものでしょう?」と言うのでした。

それでも私が、「とはいってもロマン派の曲とかは何となく運指に正解に近いものがあるし、早い段階でそれが見えるじゃないですか」と食い下がると、木曽センセは「確かに、現代ものほど、音が増える分、運指に迷う局面が増えていきますね」。

私、思わず、「今後は、ドビュッシーより新しい作曲家の曲には挑みません」と高らかに宣言しちゃいました。「ドビュッシーが許容範囲ギリギリ」なんだもん。
そしたら木曽センセ、うふふと笑って、「とか何とかいっても、おぐにさん、絶対に数年後、スクリャービン(ドビュッシーより生年が10年遅い)が弾いてみたい、とか言い出してますよ」だって。
ありえなーいっ!(きっぱり)。

ところで。
この2日間、ラヴェルのこの曲のソプラノを響かせようと右手の小指を多用していたせいで、右手小指の外側の先が痛くて痛くて。
そんな話を木曽センセにしたら、
「そうそう。小指や親指の外側の先って、皮が厚くなってきますよねー」だって。
触らせてもらったら、確かに、ギターを弾く人の左手の指の腹みたいに、皮が固くなっていた。ひええええ、私はただ痛むだけで、固くなったことなんかないわ。

木曽センセによると、
「演奏会の前にはこの部分がどんどん固くなって、最後は爪と同じくらい固くなるの。で、演奏会前にぽろっと取れそうになったりして。取れちゃうと数日間は痛いのが分かってるから、わざと取らないように、ぺらぺらのままでも大事に置いておいたりとかねえ。で、演奏会が終わるとばしっと取るの。後で触ると爪とほぼ同じ硬さになっててビックリするのよー」

恐ろしい世界です。
でも、あらためて痛感。本気でピアノを弾きたいなら、私の最大のストレス解消系の癖である「甘皮噛み」を手放すしかないみたい。
小指の外側の先とか、確かにちょっと固くなり始めると、ついそこを噛んでしまう。だから後でよけいに痛む。
血がにじむまで噛んで、化膿して、腫れて、痛みが数日続いたこともあるし、やめないととは思うんだけど、分かってることだけど、直せない。

そういえば高校時代まで、私は爪噛み派だったっけ。
それがガットギターを始め、右手の爪を強くしないと良い音が出ないことが分かってから、爪を噛むのをきっぱりと止めたのでした。
その代わりに始まったのが甘皮噛み。
でも、これを止めても、きっと別のものが必要になるんだろうなあ。
やめられるかなあ。

甘皮を噛む老人なんて、美しいものではないし(中年、も美しくないが)、ここは40歳を機に、「甘皮噛みからの脱出」を目標に掲げるべきかしら………今ひとつ思い切れない私です。


1日遅れのお誕生日

夫と息子がお誕生日ディナーを作ってくれました。
メニューは

・トマトソースのペンネ(毎週末、夫が作るいつもの夕飯)
・ほくほくポテトサラダ(インゲンとコーン入り)
・トマトふわたまスープ(お野菜とトマトとふわふわ卵)

birthday.jpg


どれもおいしゅうございました。
前回のホワイトデーのもおいしかったけど。

次回は……よしっ、母の日に作ってもらおう。うふふ。

息子が初めてもらった「優秀賞」

突然、新聞社から荷物が届いた。なんじゃこれ?
開けてみたら、電子辞書が入っている。
なんとなんと。
息子が新聞社主催のイベントで作文を書いたのが、優秀賞を取ったとかで、その賞品だという。

息子、狂喜乱舞。
夫、「おまえが手伝ったんじゃねえのか?」

うーん、そのへんは微妙。こんな感じの助言はしたっけ。
「今日一番楽しかったのは何? まずはそれを書こう」
「大事なことは具体的に書こう」
「思ったことの中身はカギカッコで書いてみるのもいいよ」
「自分の体験にひきつけて書くことが大事だから、あの話を書いてみたらどう?」
「においとか、音とか、温度とか、そういうことを書くと伝わりやすいんだよ」
「何か似たものと比べて違いを書いたりとか」
「これからどうしたいかについても最後に書いておこうか」

……はははは、結構、助言してたわね、私(反省)。

でも文章も文字も一切いじってない。
句読点の打ち方はむちゃくちゃだし、「は」とか「み」とか左右逆だったけど見て見ぬふりしちゃったし。

それにしても。
小学2年生には電子辞書は高度過ぎる賞品なのでした。
息子は、部屋の本や箱や包み紙に書いてある「ローマ字」を片っ端から入力しては、飽きずに遊んでいる。
よかったよかった、などとのんびりしていたら、不意をつかれた。

「母ちゃん、一等賞の賞品は何?」と息子。
新聞を確認してびっくり。

プ、プ、プレイステーション・ポータブル(汗)。

「母ちゃん、このプレイステーションポータブルって何だろうねえ」と息子が言うので、平静を装って「さあねえ。母ちゃんも知らないなあ。なんか難しい辞書とかじゃないの?」とか、ごまかしてしまった。
下手に「最優秀賞」とか取ったら、突然、ゲーム機が我が家に届いていたのかと思うと、ぞっとした。
これって賞品としてはどうよ?

ゲーム機といえば、ニンテンドーDSしか見たことがない息子。
プレイステーションの正体を知ったら、地団駄踏んで悔しがるだろうなあ。
とまあ、親ばかエントリーでした。ちゃんちゃん。

<追加>

と思っていたら、半時間後、いきなり息子がぼそっとこう言ったのでした。
「母ちゃん、たぶんね、あのプレイステーションポータブルってゲームみたいなヤツだと思うよ」
どうやら、小耳にはさんだことがあったらしい。
電子辞書に必死で「ぷれいすてーしょんぽーたぶる」と入力している姿が、ちょっと笑える〜。

「母の応援心得」

これまで、息子の野球話は「身辺雑記」というカテゴリーで書いていたのですが、とうとう本日、「少年野球」というカテゴリーを追加してしまった。あーあ。

息子が所属するチームの通信が昨日届いた。
今後の予定やスタッフ紹介、新しい仲間の紹介などに混じってこんな項目が……。

母の応援心得

曰く、

「其の壱 他のチームのコーチや選手にも元気よくあいさつをしましょう。『あいさつ』で負けちゃいけません」
「其の弐 審判へのお茶だしは相手チームのお母さんと相談して決めます。率先して相手チームへ『笑顔』で乗り込みましょう」
「其の四 声援は試合の邪魔にならないよう、勝っても、負けても、最後まであたたかい声援を送りましょう。必要以上に騒ぐと主審に注意されます。子供はお母さんの励ましが一番うれしいものです。たくさんほめてあげてください」

などなど。「其の七」まであります。

少年野球の世界では、まだ、「父母」とか「保護者」ではなく、「父兄」という言葉が大手を振っていて、だからでしょうか、「保護者の応援心得」ではなく、あくまで「母の応援心得」というあたりが、少年野球っぽい。
いわゆる「お茶だし」はお母さんたちの仕事で、お父さんは試合を観戦するだけ。男女性別役割分担がカッチリと決まっているのですね。
体育会系の部活すら体験したことのない私には、ほんとに異文化で、むちゃくちゃオモシロイです。
時々、怖いけど。

40歳になって今更、「あいさつをしましょう!」と言われるとは思わなかったぞ、と飲んだくれ、夫婦で大笑い。
やっぱり少年野球の世界は未知の世界。おもしろすぎます。

もちろん、通信に「心得」を載せる背景には、そのあたりを理解してない「母」が多いためでしょうし、私もその一人かもしれないし、何より、こういう通信を出す側の事務作業量というのは結構大変なものなので、ありがたいなあ、とも感じています。
だからこそ私なりに、ここは異文化体験するつもりで、頑張って「一緒に」もり立てて行っちゃうわ、なんて開き直ってもいます。

「ピッチャーはいるよー」とか。
「ナイスラン!」とか。
応援かけ声もだいぶ覚えたもんねー。
スコアを付けているから、投手の子にも「すごいぞ、3イニングで奪7三振じゃん。やったぜ、ミスターK」とか言えちゃうし。

こうなりゃ、ええい! 目指せ、脱「スポーツ音痴母」。

「の人たち」、増殖中?

NHKのニュースを見ていて10年くらい前から、ものすごく違和感を感じているのが、「ホームレスの人たち」という表現。
ある時、「ホームレス」が、「ホームレスの人たち」にある日突然変わった。みるみるうちに、ニュースの中に登場する「ホームレス」の文字に100%、「の人たち」がくっつくようになった。
「ホームレス」と呼び捨てる感じが「差別的」ということになったんだろうか。
なんだか偽善的で、ものすごく嫌なのだった。

今朝、NHKのニュースを見ていたら、「いわゆる『ニート』と呼ばれる人たち」という言葉が使われていた。
「いわゆる」は、「ニート」の定義が明確でないことに対するエクスキューズだろう。ニュースに何度も登場した「ニート」の文字に必ず付けられていたわけではなく、節目節目に使われていた感じ。
一方、「の人たち」はやはり、100%、くっついていた。
「ニート」もとうとう、「ホームレス」と同じ扱いになったのね、と一言皮肉を言いたい気分だ。

の人たち」はどういう時に増えるんだろう。
言葉自体にネガティブなニュアンスが定着した時、それをごまかすために付けるんだろうか。NHKが「の人たち」と付けた瞬間、「この人たちは呼び捨てにはできない人たちです」と一歩退いて遠巻きに見下している感じがして、ものすごく不愉快になる。

インタビューの後の空はきれい

小田和正さんのインタビューが今日、無事に終わりました。
心配して資料を送ってくださった方や、励ましてくださった方々、感謝です。
午前中の激しい雨も、インタビューが始まるころにはすっかり上がっていて、インタビューを終えて小田さんの事務所を出たらもう、空は真っ青。

雨にすっかり洗われた空はツルンツルンで、ああ、またこの大好きな季節がやってきたなあ、と思ったのでした。
街路樹のイチョウの芽吹きが、いかにも、おいしそうでした。
食べたことは、ないけど。

さて。あとは書くだけ。
小田さんの言葉をどれぐらい深いところで受け止めて、紙面に載せていけるのか。
インタビュー前はいつも、ただただ緊張しているのだけれど。
インタビューを終えて、書き始める前はいつも、ワクワクする。

へへへ。
明日は40歳だ。
「不惑」は堂々と返上し、相変わらず、じたばたじたばたとやります。
惑う楽しみを奪われて、たまるかい!

★私の嫌いな10の人びと(著・中島義道)

★私の嫌いな10の人びと(著・中島義道)

1 笑顔の絶えない人
2 常に感謝の気持ちを忘れない人
3 みんなの喜ぶ顔が見たい人
4 いつも前向きに生きている人
5 自分の仕事に「誇り」をもっている人
6 「けじめ」を大切にする人
7 喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人
8 物事をはっきり言わない人
9 「おれ、バカだから」と言う人
10 「わが人生に悔いはない」と思っている人

だそうで。
わっはっは。私は、そうだなー、1、4、10に当てはまるかな。
嫌われちゃった〜。うふふ。
でも、義道さんの本、好きなんですよね。
道徳や常識の持つ「暴力性」を鋭く暴き、暴論とも思える実は正論を展開していくんだもの。

義道さんは本書の中で、水谷さんへの「違和感」を表明するために、らしくないほどの前置きを書き綴ってます。
曰く、
「彼の言葉に嘘はない。どこまでの真実です。衒いもない。彼は本心から、ただ少年たちに立ち直ってもらいたいがために行動している。そのすべてに裏はありません」
この「前置き」のせいで、読者の中には「義道さんも夜回り先生を大絶賛している」と読み取る人もいるようです。

でも、違うと思う。
彼が伝えたかったのは、むしろ水谷さんへの違和感だったんでしょう。だから、義道さんがなぜ「前置き」を書き連ねたのか、は私にとってとても興味深いです。

さて。違和感の中身として書かれているのは2つ。
・「夜の世界を脱して昼の世界い戻ればそこにはすばらしい人生が待っている」と若者を鼓舞している点。
・子どもは常に純粋で、愛されたいのだ、という信念のもと「だから子どもたちは大人の犠牲者だ。悪いのは大人だ」と述べている点。

義道さんは「昼の世界に戻っても『すばらしい人生が待っている』わけではない」し、家族至上主義は暴力的だ、と書きます。

実は、義道さんが水谷さんと最初に出会ったのは2000年の小さな集まりだったと思います。私も半ば偶然のようにそこに同席していました。
非常に印象的だったのは、水谷さんがみなを前に「子どもは大人の犠牲者」話を語り上げた後、一瞬、トイレへと席を立った時。
目の前に座っていた義道さんがボソッと言ったのですね。

「ああいう人、嫌いだ」

その場にいたすべての人が「きっとそうだろうなあ」と不思議な共感をしてしまった。
「嫌いだ」は言葉尻はきついかもしれないけれど、むしろ「苦手だ」という違和感表明の最も誠実な形のように私には受け止められて、「なんとこの人は正直で誠実な人だろう!」と感動したのでした。

そんな出会いだったにもかかわらず、2度目に2人が出会った時は確か、義道さんから水谷さんに声をかけた経緯があった気がします。
死を志向する若者が集まってくる、という点において、2人は実は似ているんですよね。
水谷さんは「救う!」と立場表明し、義道さんは「自分で解決しなさい」と立場表明しているわけだけれど、その義道さんも教え子が自殺した経験を延々と引きずっている。
一方、水谷さんと2度目に会った義道さんは、たぶん、どこまで行っても分かり合えない部分を再確認しただろうけれど、同時に、メディアの中の「夜回り先生」とは違う、子どもには見せない水谷さんの一面を見たんだと思う。

それが逆に、本書における「前置き」につながった、というのが私なりの解釈なんだけど。
違うかな。

★検証・若者の変貌(編・浅野智彦)

★検証・若者の変貌(編・浅野智彦)

遅ればせながら読みました。
「今どきの若いモンは○○だ」という若者悪者論の「定説」(らしきもの)をバッサバッサと覆していく。
データの扱いも慎重だし。

本書によると、この10年間に「若者の友人関係は希薄化していない」し、「現実の人間関係から逃げていない」し、「アイデンティティーが衰弱していない」し、「道徳意識は衰退していない」のだ。

このあたりが、「目からウロコ本」という評価を得た理由だろう。
でも、バッサバッサと定説を覆すことに重きを置きすぎて、「○○ではなく、本当はこうなのだ!」という分析部分が少ない気がしました。

もちろん第七章「若者の現在」で浅野さんが考察している若者の友人関係のありかた(多チャンネル化・状況志向・繊細さ)などは、おもしろかったですが。

私は学者じゃないので、こういうアンケート調査の際にどんな風に質問文を作るのか、なんて分かりません。
ただ、今回使われている質問文に少しずつ違和感があったことは確かです。

例えば、「若者の友人関係が希薄化していない」ことを結果的に示した質問文はこれ。「友だちといるより、ひとりでいるほうが気持ちが落ち着く」「友だちとの関係はあっさりしていて、お互いに深入りしない」。
この質問文だったら、確かに否定する子も多い気がします。
でも次のような質問文だったらどうかしら?
「友だちと一緒にいてもひとりでいるみたいに寂しい時がある」
「友だちとの関係をもっと深めたいのに、わざとあっさりした関係に留めてしまうことがある」
さらに、アイデンティティーの変容について調べた質問文「自分には自分らしさというものがあると思う」というのも、「もっと自分らしさがほしいと思う」みたいな志向性を尋ねるものがほしかった気がしました。

特に詳しく知りたいと思ったのは、浅野さんが2000年に大学生を対象に実施した予備調査について。
自己の多元化が「素顔の複数化(場面に応じた複数の顔の背後にある自己そのものの複数化)」と「仮面の複数化(偽の自分を本当の自分から切り離した上で前者を複数化する)」という2つの方向性を持っていることを指摘し、同じ自己の多元化でも、「仮面の複数化」に比べ「素顔の複数化」は、心理的な不安定さなどとの関連が弱いことも明らかにしているそうなんですが。
この点は、自分の取材経験にピタリとはまる感じがしました。

さらに。
この本のもう一つの財産は、引用・参考文献リスト。
これは読まねば!と思うものが多々あり。

■ダック・シーズン(フェルナンド・エインビッケ監督)

■ダック・シーズン(フェルナンド・エインビッケ監督)

お金をかけずにこれほど楽しい作品もできるのね、という感じのメキシコ映画。
カメラ位置や映像の使い方に癖があり、おまけに白黒映画なので、映画に詳しい人はきっといっぱいうんちくを語れるのでしょうが、私は素人なので、ただただ声を上げて笑ってました。

登場人物は主に4人。
14歳のフラマは両親の離婚話にイライラ。戦闘ゲームが得意。すぐにカッとする自分を抑えられない。
フラマの親友のモコ。成績もスポーツも苦手で何をやってもぱっとしないうえ、かなわぬ恋に悩んでいる。
2人と同じアパートに暮らす16歳の少女リタ。パパの顔を知らない。2月29日が誕生日で、ママはいつも誕生日を忘れてしまうのだ。
最後にピザ配達人のウリセス、35歳。犬の収容所で勤めていたが、犬を殺すのに耐えられず、ピザ配達人に。田舎に帰りたいが、大叔母の世話を押しつけられ、帰るに帰れない。

孤独や空虚感ややりきれなさを抱えた4人が偶然、アパートの8階にあるフラマの部屋に集まるところから、物語は始まる。

最初はフラマとモコの2人が会話もなく、戦闘ゲームに興じるところから。ポテトチップスとコーラを片手に、闘うゲームのキャラクターがかたやビンラディン、もう一方がブッシュ、というあたりもシュールだ。
ところがゲームが山場にさしかかるとなぜか停電。2人は、停電のたび、会話さえ途切れ、いらいらを募らせるばかり。ここに2歳年上のリタ、さらに年上のウリセスが上手に絡んでいくところが見所。

安上がりに作られた1本の映画が、口コミであれよあれよと人気沸騰、メキシコ本国では大変な大ヒットになった、というのもなんとなく分かる。

人間なんて、それぞれに心に壁を築いているからね。それをお互いに崩していくのはとても大変。この映画では、これを切り崩すきかっけとして、まず停電、それから一枚の絵、そして決定打としてマリファナ入りのブラウニーが使われている。

特にマリファナ入りの菓子を食べた後の映像がものすごくリアルで、笑える。
延々と笑えるので、もう、声をこらし、肩を震わせ、笑うしかなかったほど。
トリップした4人が、サイダーの泡がシュワシュワシュワーっとするのに身もだえしちゃったり、水道の蛇口から落ちる水滴の音にビンビン響いたりするところ、ものすごくリアルで笑える。
笑えるだけに、ちょっと悔しい。
結局、4人が心を開き合う「交友接着剤」となったのは、ドラッグかい? と思ってしまう。わかるけどさ。マリファナならでは、ってのもよく分かるけどさ、例えばこれが代わりにスポーツだったり、音楽だったり、何か別に夢中になれるものだったとしても、物語は成立しそうだけど、やっぱりマリファナほどのリアリティーを得られない気がして、それが一番悔しい(マリファナを推奨しているのではありません、念のため)。

それにしても。
同じような心のモヤモヤを抱えた4人が、こんなふうに偶然出会い、ぶつかり合いながら、お互いを理解し、言葉ではなく別のもので何か勇気づけ合い、それぞれが自分で歩みを進めていくまでの過程を、高層アパート8階の一室の中だけで描いてしまって説得力がある、ということにも感心したけれど、逆に、こういう「素敵な偶然」がたくさん重なった無理な設定でしか物語が成立しないというのがまた、現実の社会をきれいに切り取っているようで、これまた結構悔しかったりするのだ。

瀑状胃(ばくじょうい)と早食い

本日は、地域の「節目検診」。
40歳の誕生日まであと3日。
節目検診のご案内ハガキが送られて来て、初めて実感した「老いへの第一歩」というわけで。

今回は大変な発見がありました。

これまで何度、バリウムを飲んで胃の検査をしても「食べ物が消化されていないため、よく見えませんでした」と言われ続けた私。
「前夜9時以降は飲食禁止」というルールを前倒しし、「前夜7時半以降は飲食禁止」という自己ルールで臨んでも、確か5年前は、豆ご飯の豆がしっかり残っていたんだそうです。

バリウムの飲み損だけは避けたいので、今回は、「どうしてこんなことになるのか?」と検査師さんに詰め寄ってしまいました。
すると、「瀑状胃のせいでしょう」というのです。

瀑状胃というのは何でも胃の奇形の一種だそうで。
胃の入り口が出口より下にあり、二つ折りになっているため、胃に入った食べ物が下に落ちていかず、そこで貯まってしまうんだそうな。
だから、
・食後に胃もたれがする。
・満腹感を得られず、大食しやすい。
・消化が遅い
という傾向があるんだそうです。
「特に食べてすぐ横になるのは絶対によくないんですよ」と検査師さんに言われて、ああああああ、そうだったのかーっ、って感じ。

ちなみに瀑状胃というネーミングの理由は、
「飲んだバリウムがいったん胃の入り口でたまってしまい、身体の位置をあれこれ変えているうちに、ドッサーーーーーッと滝みたいにバリウムが胃のそこに雪崩を打って落ちてくるから、だそうで。
美しいような、美しくないような。

瀑状胃の原因は、
・生まれつき
・リンゴ型肥満
・神経質な人

どれもあたっている気がする。ぐっすん。

ともかく。
食べても食べても満腹感がなく、大食らいであった理由がとうとう明らかになったのでした。
学生時代、「餃子の王将」で、「7人前完食したら女性はタダ!」といわれて「楽勝!」とそれに挑戦し、あまりの勢いに、完食目前になって、隣にいた彼氏に「頼むからやめてください」と頼まれた理由も、明らかになったのでした。

検査師さんのアドバイスは
「ドカ食いせず、少しずつゆっくり食べること」

これ、難しいのよ。
私の「早食い」は、いわば新聞記者の職業病。
「ゆっくり食べる」ってどうすればできるのかなあ。

スコアラーデビュー

息子の少年野球の試合がありました。
新低学年チームとしては初の練習試合。
新3、4年生に混じって、新2年生の息子たちも先発出場しました。
ちなみに息子は打順7番、守備ライト。
3打席2フォアボール、1三振。なかなか初ヒットまでの道のりは遠いですが、前回の初出場ではガチンガチンに緊張していた息子も、だいぶ緊張が解け、空振りながら自分なりのスイングもできました。
(親ばか丸出しの書きっぷりですよね。恥)

さて、今回、私はスコアラーデビューしてしまいました。
スコアなんか付けられるのか、って?
ふっふっふ。
新聞記者は最初の数年間、地方支局で高校野球の地方大会や社会人野球を取材し、スコア付けを徹底的に仕込まれるのです。

新人記者時代、一球場に1人ずつ配置され、たった一人で望遠レンズで写真を撮りながら、スコアを付け、戦評記事を書き、スタンド雑感記事を集め、テーブルスコアを書く訓練を延々とやったものです。
スポーツが大嫌いの私は、「どうして二塁手が二塁のベース上にいないのよ! わかりにくいじゃないの!」などと怒り狂いながら、失敗のたびにデスクにしかられ、「ちくしょー、あたしゃスポーツなんか嫌いなんだ。野球取材するために記者になったんじゃねえ!」とやけ酒を飲んだものです。
でも、でも、あの経験も苦労も無駄ではなかったのねえ。
この日のために、あの苦痛に耐えたのねえ。
スコアを付けているうちに段々とコツを思い出し、なんとなくやる気もわいてきました。

実は、試合中、野球ママ仲間との駄話をするのが決して得意ではなく、ましてや監督や球審、主審さんに「お茶どうぞ〜」と笑顔で迫る「お茶だし」なる当番は明らかに苦手であり、さらには、「どうしてお茶だしは女の役目で、観戦パパはお茶だしをしようとしないんだ?」などと腹立たしく思っている私にとっては、スコア付けというのは、案外はまり役なのかも。
お茶出ししなくていいし、柄にもなく男性陣に笑顔で迫らずに済むし、孤独にエンピツを握っていられるし、それでいて、ちゃんと役割を果たしている自己満足も得られるし。

さて、29日は春季大会の初試合。
それまでにスコア付け、練習しようかな。
(ちょっと前まで、「お茶だしも送迎も面倒だわー」とか思ってたんだけどな。一生懸命の子どもの顔って結構いいのよ。あーあ、はまっちまったなぁ)




ジョージ・ワシントンの桜の木

昨夜は職場の懇親会。
ピアノ練習をしたかったので、お酒はあまり飲まずにお付き合いし、夜10時に帰宅。息子はもう眠っていて、ベビーシッターさんから引き継ぎを受けました。
シッターさん曰く、
「実は、電気スタンドの蛍光灯を割ってしまいまして……」

なんと息子が部屋の中で素振りし(日頃は部屋でのバット素振りは禁止なので、どうやら優しいシッターさんの日にバットを持っていたらしい)、電気スタンドにバットをぶつけてしまったらしい。

案の定、今朝、目が覚めた息子はすぐに私の布団に入ってきて、もじもじしながら「母ちゃん、あのね……」という。
わざととぼけて、「どうしたの?」。
しかし、息子は口ごもってしまう。
「言いたいことがあれば言ったほうが楽になると思うよ」と私。
「うーん」。また、もじもじ。「言っても怒らない?」

「そんなの話の中身によるよ。最初から、怒らないって約束はできないな」。あくまでとぼける私。
「うーん、うーん、どうしよう……」
息子、身もだえすること30分。
私は、「いいかげんに言えよ。根性なし」と心の中で罵倒するも、こっちからは絶対に助け船を出さない。
本人が言い出すまで布団の中でウトウト。
春の二度寝って気持ちいいものね。

結局息子は小さな声で、すっかりしょげながらも、私に正直に告白したのでした。
私から息子に言ったのは2点。
「父ちゃんの電気スタンドなんだから、父ちゃんに正直に言いなさい。それから、シッターさんに片づけてくれてありがとう、ごめんね、と今度ちゃんと言いなさい」
そのうえで、「正直に言えたのはえらかったと思うよ。時間はかかったけれどね」

そう。やったことが悪いことでも、正直に謝ったらほめてやるべきなんだ、ジョージワシントンの父ちゃんだってそうだったじゃないか。
あれ、違ったっけかな。
ワシントンではなく、リンカーン? フランクリン・ルーズベルト?
ともかく、ジョージ・ワシントンが父親の梅だか松の木を折った時、正直に謝ったジョージを父親がほめた、って話。
実話だろうか。いや、たぶん、後からでっちあげられたエピソードなんだろうなぁ。

さて。
話は第二ラウンド。
息子は父ちゃんに正直に言おうとするが、言えず、結局しばらく隣の部屋にこもってしまった。その間に私が、夫に事情を簡単に説明する。
「ここはジョージ・ワシントンの梅の木なんだから、あの子が正直にあなたに言って謝ったら、あとは怒るなよ」と夫に釘を刺すと夫が一言。
「それ、梅の木じゃなくて、桜の木だろ」
そ、そうでしたか……。

結局、数十分後、息子は父親の前でもじもじ攻撃を繰り返し、待ちきれなかった夫が「あれ? 父ちゃんの電気スタンドの蛍光灯がなくなってる!」とわざとらしく叫び、それをきっかけに、息子は正直に夫に打ち明けたのでした。

夫はにっこり笑って、「えらいぞ。昔、アメリカの大統領だったジョージ・ワシントンという人はね……」
桜の木だったっけかなあ。梅の木だと信じ込んでたよ、私。
夫の隣では、ほっとしたような息子の笑顔。
土曜日の朝の光景でした。





「職場に育児を持ち込まない」かぁ……

下のエントリーにレビューを書いた「ガール」(著・奥田英朗)という短編集の中に、「ワーキング・マザー」という小説がある。これが今も引っかかってる。
心に。

29歳で子どもを産んだ女性が32歳で離婚し、北海道の実家には帰らず、東京でシングルマザーとして子育てに仕事に孤軍奮闘する話なんだけどね。息子の小学校入学を気に、久しぶりに営業職に復帰した主人公はもう夢中で仕事をバリバリやり始めるんだけど、他部にいる同期の独身女性社員と仕事上のライバル関係になったことがきっかけで、なんとなく対立してしまうわけ。

この主人公は「育児を言い訳にしない」がモットーで、だから、職場の歓迎会で「子どもがいるなら飲み会ではなく昼食会にする?」などと上司から言われても「いえ、夜で大丈夫。私も飲みたいです」なんて答えてしまう。
後輩の女性社員なんかからは、「立派だなあ。育児を錦の御旗にしないから」「会社で女の人に育児を持ち出されたら、周りは何も言えなくなるじゃないですか。特に出産をしてない女性は、口さえはさめないようなところがあるし」「先輩は、子育てを一切理由にしないから立派なんです」などと言われている。

ところが、ある会議の席で、対立関係にある独身女性社員に日曜日の仕事への出勤を求められて、主人公は思わず「子どもの授業参観があるので」と発言しちゃうのね。
その途端、事情をあまりしらない男性社員たちに「ええ! ママさんだったんですか」とか「日曜日は出なくてもいいです。子どもとの約束が一番!」とかなぜかちやほやされ、あれよあれよという間に男性社員たちに守られている感じになり、厚遇を受け、会議は午後6時までに終わるというルールが男性社員の間で取り決められるわけ。
で、その間、くだんの独身女性社員はカヤの外に置かれるのね。

ただし主人公はこの後、「育児を錦の御旗にしてしまった」と大変反省し、「あの日はごめん。ルール違反だった」「仕事に育児を持ち込んだ」と独身女性社員に素直に謝るわけで、これを機に、2人はなーんとなくお互いに分かり合える、みたいな話で終わる。

何にこだわっているかというと、実はこの小説のストーリーとはまったく関係ないんだけど。
「育児を錦の御旗にしてはいけない」
「仕事に育児を持ち込むのはルール違反」
という考え方について。

私は、仕事に思い切り育児を持ち込んで来たし、どうしようもない時は「錦の御旗」を振りまくって乗り切ってきた気がするんだよね。

例えば、実家のヘルプが望めないうえ、子どもの性格上、ベビーシッターさんに保育園が終わった後の夜の保育を毎日お願いするのは無理だとわかった私は、育児休業から復帰する段階で、「保育園のお迎え時間に退社させてください」と頼まざるをえなかった。
夜のゲラチェックや原稿の問い合わせのために自宅の電話がなるたび、2歳の息子が半狂乱になって「母ちゃん、電話に出ないで!」と叫ぶようになった時には、「今の持ち場は無理です」と上司に吐露するしかなかった。
息子がストレスをためこみ、歩けなくなった時は、2週間も仕事を休ませてもらった。その直後しばらくは夕方4時や5時に保育園にお迎えに行かせてもらえるようにも頼んだ。

私が夕方早く退社した分、職場の同僚や先輩記者には随分と迷惑もかけた。
いつもいつも心の中で感謝していた。
そもそも、私が自宅でゲラをチェックできたのは、その時間まで職場に残り、ゲラを私の自宅までファックスしてくれた「誰か」がいたからで、その「誰か」は、ある時は上司であり、ある時は同僚だった。

だからこそ、同僚の誰よりもたくさんの原稿を出そう、良いものをコンスタントに出していこう、と努力はしてきたし、子どもを産んでからの私の原稿を書くスピードは、出産前の少なくとも3倍にはなっていると思う。でも、客観的に見れば、私は圧倒的に「子育て」を仕事に持ち込んできたし、正直言って、ここまで持ち込まねば、今まで働き続けては来られなかった。
それが私の子育ての現実だった。
子どもを言い訳にした、というよりも、子どもの心の健康を守りながら、自分も働き続けるためには、正直に会社でプライベートな弱味まで全部ぶちまけるしかなかった、というほうが本音に近い。

子育てを絶対に職場に持ち込まない主義の人から見ると、随分と甘えた態度に見えたと思う。
でも、職場で弱味を見せない人が、一方で、「あの人ばかり配慮されてずるい」などと私のことを言っていると風の噂に聞くたびに、「配慮してほしいなら正直に言えばいいのに」と思ったことも確かだ。
「配慮してほしい」と言った途端、リスクを負う。
100%仕事人間ではいられません、と宣言するわけで、「使えないヤツ」と烙印を押されるわけだから。職場に育児を持ち込む時は、常にそのリスクを意識し、覚悟してきたつもり。

「育児を職場に持ち込まない」と言い張りながら、心の中で不満をためこむぐらいなら、どうしようもない時は「ごめんなさい!」と育児を理由に配慮をお願いいたとしても、常に心の中で周囲の人に感謝し、配慮してもらった分の結果を仕事で出そう、と努力し、より良い原稿を出していくほうが、ずっと前向きなんじゃないの?という思いもあるんだよね。

職場にプライベートを持ち込むべきでない、という考え方が根強い社会で、「職場に育児を持ち込むのはよくない」という考えの主人公を潔く描いた小説を読みながら、
「私はこの7年間、職場でプライベートをまき散らすような仕事の仕方をしてきたんだよなぁ」
とつい考え込んでしまった。
人生を何度やり直しても、同じ道しか選べない類の話ではあるんだけどさ。

感謝してもしきれないほどに常に支えてくれている上司や同僚の顔を思い浮かべながら、笑顔で励ましてくれた人たちの中にはもしかしたら心の中で「子育てを持ち出されるとこっちは何も言えないもんなあ。はぁ〜〜」とため息の一つくらいついていた人もいたのかもしれないと、思ったりもする。
でも結局はこの働き方でしか私は子育てと仕事の両方を回していけないし、だから、「ごめんなさい」と謝るよりは、「ありがとう」と笑顔で言うことにしよう。



★ガール(著・奥田英朗)

★ガール(著・奥田英朗)

思うに、男の視点で書かれた「マドンナ」とは、対になる本なんだろう。

女性管理職になり、3期上の男社員を使うことになった女性だとか。
「マンションと結婚とは別問題」の文句に後押しされ、マンションを買おうと思い切る独身女性社員とか。
「まだまだ女として現役よ」と頑張る女性社員とか。
子育てと仕事の狭間で思い悩みつつも、両方に全力投球するシングルマザーとか。
一回り年下のイケメン新入男性社員に入れあげる女性社員とか。

舞台はすべて会社、主人公はすべて30代の女性、という短編集。
既婚、独身、子なし、子持ち……。
それぞれの立場で揺れる心を、ほかの男性著者に比べれば圧倒的に上手に描いていると思う。

うまいへたでいったら、マドンナのほうがうまい。
やっぱり男を描かせたほうが、奥田さんはうまいと思う。
でも、ぷぷぷと笑ってしまったり、ちょっと切なくなったり、働く女はそれなりに楽しめる本だった。

ちまたでは「どうして働く女の気持ちをここまでわかるの?」という女性読者から声もあるらしい。
確かに。かなりリアルだと思う。おい、あなた、詳しすぎるわよ……という場面も確かにある。
でも一方で、「そんなに単純な構図じゃないと思うんだけどなー」って思うこともあった。

例えば、この本の中には立場の違う女同士(子持ちvs子なし、既婚vs独身、30代vs20代など)が対立する場面がやたら出てきた。これがいかにもワンパターンというか、いわゆる、男が好きそうな「女の敵は女」的なありきたりなパターンの域を超えていないのが、どうしても気になってしまった。
おまけに、最後は彼女たちが互いの立場の違いを超えて分かり合う、という展開に徹してくれているわけで、読後感は気持ち良いけど、「そんなに単純じゃあないんじゃありません?」と思ってしまうのだ。

立場が違うからって、そんなに単純に対立しないけど、
互いに素直になったからって、そんなに単純に和解もしないのよ。
その点は男と同じ。
圧倒的男社会における少数派なんだから、女は男よりずっと会社から自由で、いざとなったら連帯できる、なーんてのは、やっぱり嘘だと思うのよね。
男がいろいろであるように、
女もいろいろで。

既婚、独身、子あり、子なし、なんて立場の違いより、やっぱりキャラクターの違いのほうが大きいわけで。
そこまではやっぱり描いてくれなかったのね、という気がしてしまいました。

もちろん、私は、「最悪」時代からの奥田ファンですから。
なんだかんだ言っても、この本も好きだけどね。

そうそう。一つおもしろいセリフを見つけた。
会社役員のワガママなオヤジたちと、彼らに仕えるチャラチャラした仕事のできない若い女性秘書たちに、敢然と立ち向かったせいで、地方に飛ばされそうになる主人公が、「おかしくない? まがりなりにも大企業でしょ?」と同僚にぶちまけた時に、この同僚が返した言葉。
会社は大きくてもやってるのはおじさんと女の子

思わず大爆笑。
あ、私の勤務する新聞社では、そういうことはないけどね。
でも笑えた。




さてさて、どうしたもんだろう。

小田和正さんのインタビューをすることになった。
どきどきどきどき。
オフコース初期の歌なら、今でもほとんど空で歌える。
たぶん、どの曲も、ハモれる。
おまけに、お定まりで申し訳ないが、高校時代、好きな男の子がオフコースを好きらしいと聞きかじったせいで、オフコースを聴き始めた、という、当時、あっちこっちに転がっていたような話だったりもする。
ガチャガチャと重いボタンを押して、カセットテープが擦り切れるまで聴いたぞ。
正直に告白しよう。
聴きながら、よく泣いたんだ。

ってな深い思い入れがある相手に、仕事でインタビューするのはホント、至難のわざで。
とんでもなく緊張するのよー。
インタビューする声はうわずり、
頭は真っ白になり、
気付けば「ファンです」と告白しちゃったりして。
ああ、サイテー。

ここにだから、宣言しておこう。
今回はプロに徹するぞ。
「ファンです」などと言わず、間違っても「高校時代の私の青春でした」などと告白したりせず、読者に良い記事を届けることだけを考えて、インタビューしよう。

さてさて。
どうなることやら。


★ハッスル、ハッスル、大フィーバー(著・斎藤綾子)

★ハッスル、ハッスル、大フィーバー(著・斎藤綾子)

恋愛よりも、仕事よりも、なぜだかパチンコ台の前だけで一番一生懸命になれてしまう、いわゆる「負け犬」ポルノ作家37歳が、家族や親戚との葛藤に翻弄されながら、自分の死後のために墓を購入、というような話。
著者自身が生前に墓を購入したという経験を下敷きに書いた小説だそうです。

彼女のポルノ小説自体は、正直言って私にはあまりついて行けない世界なのだけれど、何度か彼女がトークショーで話すのを聴いて「素敵な女性だなあ」という感想を持ちました。
つまらないタテマエ論には体当たりするけれど、ものすごく内面は繊細な方で、フェミニズムに距離を取りつつも、実は女性の自立だとか性の自己決定なんかについての意識がとんでもなく高い方、という印象だったのです。もちろん、2度ほどお話をうかがっただけなので、私の勝手な誤解かもしれませんが。

この小説は、正直言って、パチンコの知識も経験もまったくなく、「フィーバー」と言葉すら知らないような私には、ほとんどついて行けません。
ただ、一部の精神科医やカウンセラーなんかがこの本を読むと、主人公も、たぶん著者自身も「トラウマのかたまり」とか言われちゃうんだろうな、とは思った。
父親からの虐待を誰も助けてくれなかったし、家で「いい子」でいるしかなかった長女が、若くして家を出て、ポルノ作家として人気を集めた今なお、家族の呪縛からは自由になれず、家族と会うと「しっかりものの長女」の仮面を被ってしまうあたりが、切なくも悲しいです。

素敵な紅茶専門店を見つけたよ。

近所に「ミルクホール」という感じの良い喫茶店があります。
家から徒歩2分の裏露地のその店は、コーヒー専門店。
一度、そこのお兄ちゃんに「紅茶も置いてくださいよ。コーヒー、飲めないんです」と頼んだのですが、「僕はコーヒーのことはわかっても、紅茶はさっぱり分からないので」と断られちゃったのです。
こっちとしては、店の雰囲気が好きなわけで、この際、ティーバッグでも良いわけなんだけど、「紅茶を置かない」は、この店の誠実さのあらわれなんでしょう。
(とはいっても、私の本音は「ティーバッグでもいいから置いてくれ」だけどね)

そんなこんなで、すっかりミルクホールから足が遠のいていた私に、天啓がくだった!!
家から少々遠いが、徒歩10分ぐらいの台東区池之端に、紅茶の専門店「ペコー」を見つけたのです。

外観は古い木造のただの民家。
がらがらがらと引き戸を開けると、玄関があって、ついつい靴を脱ぎたくなるがここはぐっとこらえて土足で上がる。
テーブルのいくつかは足踏みミシンからミシンを外したもの。
窓からは英国風(?)の庭園。
あちこちに小さな花々が飾られ、音楽は正統派クラシック。
店内には絵本や児童文学がディスプレイされている。
このラインナップがまた正統派で、「小さいおうち」「点子ちゃんとアントン」「飛ぶ教室」。
紅茶はおいしいし、ポットの紅茶が濃くなりすぎた時のためにお茶も用意してくれたりして、うれしー。

★あの日にドライブ(著・荻原浩)

★あの日にドライブ(著・荻原浩)

都市銀行のエリート社員だったはずが、ちょいと上司にたてついてしまった一言のせいで出向の憂き目に。「都市銀行のキャリアさえあれば、転職なんて簡単さ」と退職はしてみたものの、40代の再就職は難しく、結局はタクシー運転手になったのだが……、というような話。
ノルマを達成できず、「俺はこんなところでくすぶっているような人間ではないはずだ」とやたら自意識ばかり高く、屈折すればするほどに妄想を膨らませていく。

例えば、恰幅の良い客が乗る。
早速主人公の妄想が始まる。
客が話し始める経済の話題に、素人とは思えない受け答えを披露する→「運転手さん、ただものじゃないね」と言われる→客に出身大学や前職をたずねられる→さりげなく答える→「やっぱりね。ただ者ではないと思っていたよ。君が運転手だなんてもったいない。どうだい? 我が社に来ないかい?」とヘッドハンティングされる……ってな具合。
この妄想がむちゃくちゃ笑えるのです。
悲しいくらい哀れなのです。

ままならぬ人生を「若いころの人生の選択を誤ったせいだ」と思った主人公は、商売道具のタクシーで、学生時代に付き合っていた女の家やら、学生時代の下宿やら、学生時代に入社してみたかった出版社やらをめぐり始める。
そこで主人公が見たものは……。

まあね、主人公が現実を受け入れながら、そこで格闘し、歩みを進めていくという展開は小気味良いよ。
でも、読み終わって、よくよく考えたら、「人生色々あったけど、俺の人生も悪くないよな」と自己肯定に終わって、読後感はそれなりにさわやかなのだけど、考えように寄ればこれは単なる「すっぱいブドウ」以外の何者でもないじゃん、とも思えてきて、よくわかんない。
でも笑える。
そういう小説。

彼の本はどれも楽しめるので、軽く読書するときにはとてもよいです。



ラヴェルに悪戦苦闘の私に、先生がくれた助言とは。

自分で選んだ曲だけど。
ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
ピースでわずか4ページ。
前回のレッスンから今回まで3週間もあったのだもの、楽勝、なんて思っていたらとんでもなかった。
年度替わりで仕事が忙しく、ピアノをほとんど触れなかったことを差し引いても、3週間で譜読み2ページって、どういうこと!!!?>じぶん。

ということで本日のレッスン。
散々。
おまけに帰りの道で自転車ですっころんだ。
ハンドルで顔を打った。
最低。

ラヴェルはたぶん、ソプラノのメロディーに自在に美しい音を乗せて和声を作っていったんだと思う。だから一人の人間が10本の指で弾く、なんてことを前提に音を作ってないんだと思う(勝手な言い訳)。
だから和声はとんでもなく美しく、
とんでもなく弾きづらい。

四声の部分のアルトやテノールを右手で弾いたり、左手で弾いたり、ああでもないこうでもない悪戦苦闘するしかない。
生前のラヴェルの前で演奏し、助言を受けたというペルルミュテールが校訂した楽譜 まで購入し、必死で頑張ったけど、なんか音がぐしゃぐしゃ。
一言でいうと、4声部分がお互いにべとべとくっついて、トリモチか何かで動きの取れなくなった指が奏でる「とりもちラヴェル」状態。

さて、この状態をみた木曽センセ、あきれることなくこんな助言をくれました。
「各パートごとに弾いてみました?」
「しました」
ええ、しましたとも。何度も何度も。
ところが木曽センセの言う「各パート練習」というのは、私がやってきたのとは少々意味が違ったのでした。
私がやってきたのは、せいぜい片手練習の中での分解。本来右手で弾く箇所は右手で、左手で弾くべき箇所は左手でつなぎながらのメロディー確認でした。
でも木曽センセが指導してくれたのは、こんな感じ。

例えば、
*右手でソプラノ、左手で中声部
*右手でアルト、左手でテノール(中声部だけを両手に分ける)
*右手で中声部、左手でバス
というように、実際に弾く時にどっちの手でそのメロディーを奏でるかはこの際いったん無視して、各パートの音の動きを確認し、左右どちらの手でも自由に弾けるようになるまで練習する。

「4小節ずつなんて見栄を張らなくたっていい。1小節ずつだっていい。自信がなければ2拍ずつだっていい。各パートの音の流れを徹底的に覚えてください。そこまでやらないと、ラヴェルがなぜその音を選んだのかは見えてきません」

そっか。
私はあまりに美しい和声をはやく響かせたくて、拍子ごとに縦に和声を耳で覚えていたんだけど、本来は、横に各パートの音を覚え、それぞれに歌えないとダメだったんだ。
これは大発見!

いつか各パートの音の流れが、「とりもち」のベトベトから逃れ、自由に歌い出してくれればいいなあ。
脱「とりもちラヴェル」!
道のりは遠そうです。

練習曲から見える光景

3週間ぶりのピアノレッスン。
「ヘラーの練習曲30」もとうとう15、16番に入り、半分を過ぎた。ついつい、早く進めて1冊終わらせたいと思ってしまうあたりが私の欠点なんだろう。
木曽先生はむしろ、その1曲から何を学び取れるか、を重視する。
だいたいノーミスで弾けるようになってからが、木曽先生の練習曲レッスンの真骨頂なのだ。

15番を木曽先生は「田舎で素朴な人たちが音楽を楽しんでいる曲」だ。言われてみるとほんと、その通りなんだけど、私はついつい一生懸命に弾いちゃう。すると「都会っぽい弾き方ではなく、もっと素朴に、ここはもっと幸せな音を出しましょう」とかいう。

幸せな音、でございますか。
うむむ、難しいなあ。

例えば、弾いてる私のそばで先生が歌うように語る言葉はこんな感じ。

「ほら、人たちが民族衣装を着て踊ってる。木靴を履いて。軽く、軽く踊りましょう。ここはみんなで歌って。そう。あ、また懐かしいメロディーが戻ってきました。もっと遠くに行ってみよう。もっと遠くへ。そう。あれ、ここはどこだろう。見たことがない場所。なんて楽しいんでしょう。みんなで歌おう。軽く、軽く。ああ、そろそろ夕暮れがやってきた。さあ帰ろう。遠くへ、遠くへ、遠くへ……」

で、1曲終わり。
木曽先生曰く、「この曲はエチュードだけど、具体的な情景が立ち上る曲ですねえ」。
………。
木曽先生の言葉を聞きながら弾いていると、確かに、びっくりするほど情景が浮かぶ気がします。
だって、そのまんまを耳元で語るんだものー。
こういう経験をすると、「とりあえず、次々にマルをもらって、本を1冊終わらせたい」と急ぐ自分の愚かさを痛感するわ。

(でも早く次の本を選びたいんだな。実はバッハのインベンションと平均律のヘンレ版を購入済みなのだ。小学生の時、弾くことだけに必死で終えたインベンションを、木曽センセと一緒に練習できたら、いっぱい新しい発見ができそうで……わくわくわく)

「僕の妹」後日談

なんか、先日のエントリー「僕の妹」を読んだ方から、うちの息子に、「感性が豊かな息子さん!」みたいな優しい言葉をいただいたのですが。
いやはや申し訳ない。
そう美しい物語ではないのです。
今日は、そういう現実的なお話を。

「2人目を産むべきか、産まざるべきか、それが問題だ」と思い悩んだこの数日間。
いや、その前に「できるか、できないか、それが問題」なのだけれども。
とりあえず、出産に挑むならまずは体力でしょー、と自宅でエアロビクス風有酸素運動をやっていたら(結構、その気になっていたのだ)、息子に「母ちゃん、何やってんの?」と笑われた。
真面目顔で、「赤ちゃんを産むなら体力がいるのよ。まずは体力を付けなきゃね」と返し、さらに運動を続けようとしたら、息子にいきなり言われたのだった。

「べつに無理しなくてもいいんだよ。赤ちゃん、産めなかったらそれでもいいんだよ」

この言葉を優しさと受け止めるか?
否!
私が思うにこれは「ハナちゃんフィーバー」に飽きた、んだな。きっと。
(もちろん3分の1ぐらいは、「母ちゃん無理しなくていいんだよ」的思いやりなんだと思うけど)。

息子と私の間で唯一、似てる性格があるとすれば、それは「熱しやすく、冷めやすい」ところ。
それが証拠に、あんなに大事に抱いて寝ていたプラスチック容器の「ハナちゃん」に、息子は昨日も、今日も、一切、お水を入れてません。つまり、「ミルクをあげて」いません。
まあ、子どもなんて、そんなもんです。
感性が豊か、なんて上等な話でもないんだと思うわ。

しかしさぁ。
いったいなんだったんだろうねえ。あの日の憑かれたような親子号泣。
ちょうど2週間後に40歳になるんだが、2人目出産をいまだ完全にはあきらめていない私です。


岡田克也氏とお花見、の記事リンク

先日書いた「岡田克也さんとお花見」の記事が、毎日新聞のウェブに掲載されました。
これです。

実はこの記事、ものすごく写真がよかったんです(ウェブには写真は掲載されていませんが)。
行く先々で「いやあ、あの写真、よかったねえ」とおほめいただくのですが、記事のほうは話題に上ることもなかったので、記事の評判は今ひとつかなと思っていたのです。

ところが、昨日、秋山ちえ子さんから直々にお電話をいただき「素晴らしい記事だった」とほめてもらいました。
元気100倍。
単純な私です。

そうそう。
4月から毎週水曜日の夕刊の「歩きたい」という欄に連載中の、赤瀬川原平さんの「散歩の言い訳」を担当しています。
赤瀬川さんと東京のあちこちを歩き、彼の原稿にほんの短い同行記を書いてます。
彼の「眼力」のファンでもあるので、これまた楽しい、勉強になる仕事です。赤瀬川さんは実はものすごく健脚で、ついて回るだけでヘトヘト。お恥ずかしい限りで、この春の目標は「体力増進」です。

4月5日付「散歩の言い訳」は、「東京タワー」でした。
12日付は「麻布」。麻布十番から暗闇坂を上り、広尾まで歩きます。

僕の妹

先週金曜日から4泊5日で、カンボジア帰りの妹一家が我が家に泊まっていた。妹たづこ(仮名)と、妹の夫と、2人の娘のハナちゃん(これまた仮名)。ハナちゃんはまだ生後5カ月だ。

うちの7歳の息子がなぜか、このハナちゃんにはまってしまった。
結構な守銭奴のくせに、ハナちゃんが音の出る絵本が好きだと聞いた途端、ため込んでいた図書券をかき集め、「ハナちゃんにプレゼントしたい」と言い出した。
早速本屋で買ってきた「音の出る絵本」を使って、息子はかいがいしくハナちゃんの相手をしていたのだった。
もう、ハナちゃん、ハナちゃんとあとを追いかけ回してばかりいた。

ハナちゃんと過ごす最後の夜となる昨夜、息子は何を思ったか、妹の夫に買ってもらった乳酸飲料のプラスチックの空き容器を丁寧に水洗いし、タオルで拭いて、油性マジックで目と口を描いた。
そして高らかに宣言した。

「これ、僕のハナちゃん!」

冗談みたいだが、この夜、息子はこのプラスチック容器を寝床に持ち込み、抱いて寝た。

別れの朝はもう涙目で、それでも笑顔で「バイバイ」と手を振った。
今日夕方、学童保育から帰ってくるなり、「ハナちゃん、いないね」としょんぼり。「でもいいもん。こっちのハナちゃんがいるから」とプラスチック容器を抱く。
大丈夫だろうか、こいつ。

さらに夜9時。
妹夫婦が置いていった巨大トランクを宅配便業者に集荷してもらった。
これで家の中から妹夫婦の気配が消えた。
途端、息子が号泣した。

「ハナちゃんがいいのー。ハナちゃんがいいのー。ハナちゃんでないとダメなのー」
いやはや、息子が声を上げてここまで長い時間号泣したのは、たぶん数カ月ぶりではないかな。

私 「そんなに赤ちゃんが好きなんだ。そっか。こうなったら母ちゃんが頑張って妹か弟を産んでみようか?」
息子「だめ。ハナちゃんでないとダメなの」
私 「そうかー。うーん」
息子「母ちゃんもハナちゃんを産んで」
私 「……それはやっぱり無理だよ。ハナちゃんは一人しかいないし。どうせ母ちゃんが産んだら、また男の子の気がするし」
息子「ふえええええええん(涙)」

号泣の合間に、堂々巡りの親子の会話。
最初は「そうかそうか」と息子を抱いていたが、だんだんと私まで悲しくなってきて、最後は「母ちゃんだって、たづこちゃん(妹の名。仮名)の近くに暮らしたいんだよー」と一緒に泣いてしまった。
なんだかんだいっても、母が死んだ後、2人姉妹の片割れがたいてい外国にいるか、日本にいても片道4時間の距離というのは寂しい。
結局、親子で号泣。

でも子どもの復活は早い。
30分ほど泣いていたかと思うと、
「ハナちゃんにミルクをあげなきゃ!」と息子が立ち上がった。
私の頭の中は、?????、はてなマークでいっぱい。
息子はベッドに転がっていたプラスチック容器を取り出し、
「ハナちゃん、おっぱいをあげるね」と話しかけながら、なぜかその容器に水をためていた。
「赤ちゃんのお世話って色々大変だよね」などとつぶやいているのが、すっごく変だ。
こいつ、どうなってしまったんだろう。

よくわからないままに、最後は水を全部流して再び容器を乾かし、今、ベッドの中で抱いて寝ている。
4泊5日の短い短い「お兄ちゃん体験」の後の別れは、7歳児なりにとても胸の痛いものだったようだ。
「母ちゃん。ハナちゃんがいないと寂しいよ」
何度も何度も、そう繰り返し、泣いていた。
ほんとだよね。また2人きりの夜に戻っちゃったんだもんね。

それにしても。
寝入る前の息子が言った言葉は結構重い。
「母ちゃん。やっぱり考えたんだけど、ハナちゃんじゃなくてもいいし、妹でなくて弟でもいいから、赤ちゃん産んで」
うむむ。

母ちゃんは、君を産む前に、医者から「普通の妊娠は無理でしょう」と宣言されたことがあるくらい、なかなか赤ちゃんができない体質なのです……と息子にはさすがに言えぬまま。

あ、そうそう。
ちなみに、これが息子の「ハナちゃん」です。(油性の赤いマジックで目と口が描いてあるんだけど……見えないかな)
haruchan.jpg

久しぶりの更新

今日の夕刊に、「民主党前代表の岡田克也さんと花見に行く」という記事を書きます。
3月25日ぐらいから、天気予報を毎日チェックしながら千鳥ヶ淵の下見を重ね、お花見に行ったのが29日。
「岡田さんの『まじめ』はホンモノか、演出か?」などの切り口を加えて原稿を書き上げ、「終わった終わった」と肩の荷をおろしたのが31日正午。
その30分後、テレビのテロップ!
「前原誠司代表が辞任へ」

どっひゃーん!
その瞬間、足下で何かがガラガラ崩れた感じでした。
半日で頭を整理し、ほとんど同じ手持ちの材料で、この事態に対応させた記事に全面書き換え。
「まじめは演出か?」なんてのんきなことを言ってる場合じゃありませんものね。
次期代表について尋ねた各新聞社の世論調査でも、小沢、菅の次に岡田が挙がっている社が多かったし。
もちろん、取材相手もまさに渦中で「お花見」の記事など、いかがなものか……と戸惑うのは当然だし。

最高のお花見日よりとなった先週末、私はプライベートな花見の場でも、好きな酒もほとんど飲まず、おまけに美しい桜の花を見れば見るほどに岡田さんの顔を思い出すばかりで、仕事が頭を離れず……。

それもこれも、今日の記事掲載で一段落。
今年の桜はなんとも思い出深いものとなりました。