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自分で調べ、自分で考え、自分の言葉で伝えたい

ちょっとショックなことがありました。
ある街で教育相談をされているという女性から手紙が届いたのです。
去年、自傷についての私の講演を聴いてくださった方のようで、ご自身がある雑誌に自傷について執筆するにあたり、私の講演資料を引用させてほしい、というお手紙でした。

その方の原稿を拝見して、ちょっとびっくり。
原稿用紙6枚のうち3枚まで、つまり原稿の半分が、講演資料からの引用だった。
私の「講演資料」なんて、自分で言うのも何だけどはっきりいってひどいもので、まともな文章体になっていない、ただのキーワードを並べたレジュメ状態のもの。それを見事に、丸写しされている。講演を聴いてくださる方々の理解の一助になるように作ったもので、このレジュメだけ読んでも普通の人は意味不明なはずなのにな。

そんなものを「小国氏の説を引用すると……」で引用されたらたまりません。
あわてて、ご本人にお電話し、「こういう引用の仕方は勘弁してください。取材記者なんて専門家でもなんでもないんですよ。取材で出会った子どもたちのことを聞いてくださればいくらでも談話の形でお話させていただくけれども、自傷の定義や形態などについては、精神科医やカウンセラーなど専門家に聞くか、専門家の本を読んでください」と申し上げたのでした。

いじわるで言ったのではないの。
例えば、引用されている「自傷とは?」という項目。
確かにレジュメには「自殺願望と同じではない」と書いたれど、実際の講演では、自傷している人はそうでない人よりも将来自殺する可能性は何倍か、というデータや、逆に自殺した方の中に自傷があったと思われる人がどのくらいいるか、など現場の医者の説なども引いて、自殺と自傷の関連性については様々な説があることもお話させていただいたはず。「自殺願望と同じではない」みたいな単純な話じゃないのです。

おまけに、「ピア・プレッシャーも大きな要因」なんて文章がなぜか突然出てくる。
「説明なしにいきなりピアプレッシャーなんて言葉を出しても、読者は全然分からないと思いますよ」と私が指摘したら、当のご本人も「実は、私もピアプレッシャーって何かよくわからなかったんです」だって。
うーん。自分が理解してない内容を、なぜ、自分の原稿に平気で書けるんだろう。

とりあえず、手短に何点かご説明させていただいた。
国内での実態調査も少しずつ増えているから、調べればその数値も書き添えられること。性別については、私もこの講演当時は「女性が多い」と思っていたけれど、その後、私自身が勉強する中で「自傷発生率には男女の性差は見られない」という説が定着しつつあることを知った……などなど。
そのうえで「とにかくご自分で専門書などを読んで、自傷の定義や形態、原因などについては、ご自分の責任でそれをまとめるなり引用するなりしてください」と申し上げてしまった。

ところが、女性はいう。
「では、小国さんの名前を出さなければ、この内容を書いて良いですか?」。
だーかーらー、そういう問題じゃないんだって!
思わず絶句した。
どうやら締め切りが迫っていて、そこまで下調べする余裕がないと見た。
もちろん、執筆される方の責任で判断していただく話だから、そこはお任せするしかないが、どうかどうかどうかどうか、ご自分できちんと調べて書いてください、と心で祈るしかもうないわ。

また、レジュメには「なぜ自傷するか?」という項目があって、私が取材した子たちの言葉(「生きるため」「切れば楽になれる」「ストレスや緊張から逃れるため」「自分がバラバラになるのを防ぐため」「自罰のため」「言葉にできない悲しみを表現するため」「血を見て自分が生きていることを確認するため」「血の色は癒やし」「わからない」など)を列挙していた。ここも原稿に丸写しされていたので、「この部分はお使いになりますか?」と尋ねたら、「ええ、ぜひ」という。
私は、「この内容は私が取材相手から実際に聞いた言葉たちなので、逆にこの項目については、私の名前を挙げずに勝手にご自分で丸写しされるのは困ります。取材結果をまとめた私のリストカットの本に書いてありますので、そこからの引用という形を取ってください」とお話しました。
すると、その方はバツが悪そうに「小国さんの本も読まねばと思いながら、まだ読んでいないんです」というお返事。

申し訳ないが、信じられない。
私の講演資料は、大学生の作ったむちゃくちゃ下手なレジュメ状態で、ひどいものだったけど、唯一、お伝えしたかった情報というのが、日本の文献だけでなく欧米の文献までさらった参考文献リストだったのに。
教育相談をする者として、何らかの雑誌に自分の名前で文章を発表する時に、自傷に関連書をまったく読まず、取材記者が講演のために作ったメモ書き程度のレジュメを丸ごと引用し、本来なら説明を補わねば全然意味が通らないような内容の引用で、原稿の半分埋めてしまうその感覚。

なんか、電話を切った後で、すっごく気持ちが重たくなった。
相手の方は、ちゃんと私の説明した意図は理解してくださっただろうか。
私の名前を削除しただけで、引用部分を丸ごと残すような愚挙に出たりはしないだろうか(ありえそうで怖い)。間違った知識や誤解を広めることに、私自身が荷担するような結果になってしまったらどうしよう……。
相手の方が誠実に「引用させてもらっていいですか~?」と前もってお手紙くださったケースだけになんだか悲しい。

ただしく伝える努力をしようよ。
自分の言葉で伝える努力をしようよ。
自分の頭でかんがえる努力をしようよ。
でないと、伝えたいことを、伝えたい相手に、きちんと届けることなんてできるわけないじゃん! (この言葉、全部、自分の仕事に刃となって戻ってくるんだけどさ)
あーあ。人のふり見て我がふり直せ。私も、しっかりしないとね。

今日の結論。
講演でレジュメの類を配布するのだけは絶対にやめよう。
その後のことに責任を取りきれないもの。

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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