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★平成マシンガンズ(著・三並夏)

★平成マシンガンズ(著・三並夏)

第42回文藝賞を史上最年少15歳で受賞、と聞けばとりあえず一読しておこうとか思うじゃない? 第41回文藝賞では、「野ブタ。をプロデュース」がとてもよかったし。(「人のセックスを笑うな」には正直あまりピンとこなかったけど)。

さてさて。平成マシンガンズですが。
最初の一文。
「喧嘩と仲直りの規則的な羅列が句点も読点もなくノンストップでただつらつらと続いていくような、そういうお付き合いだった」
句点のほとんどない文章が、たたみかけるように続くの。
アングラなテント芝居で耳にするセリフみたいだ、と思った。

母親は家出し、父親は「キャバクラ嬢みたいな」愛人を家に連れ込み、家に居場所がない分、学校はとても大切な場所だったはずなのに、いじめられて孤立する中学生の一人称小説。

登場人物はどれも凡庸ですが、彼女が頻繁に見るのが死に神の夢で、死に神に手渡されたマシンガンで親やら友だちを適当に撃ちまくるんだけど、この時、死に神に「殺したいと思う奴を特別に撃ったりするな、みんなと同じだけ撃て」と言われたところは、おもしろいな、と思った。

あと、いじめについてこんな風に書いているところ。「あたしたちを動かしているものは本能ではなくいつも世間体だった。その中で唯一と言ってもいい、本能に従って自分の意志でしていることがいじめだ。あたしたちを社会や大人の束縛から解放してくれるものはいじめしかないと思う」。
ふーん、なるほど、と、少し心に残ったのだった。

「野ブタ。」もそうだけど、「マシンガンズ」でも、小説の結末では、いじめを受けた主人公が別の学校に転校する。「野ブタ。」の時は主人公の彼の選択がとても乾いていて、胸に刺さった。でも「マシンガンズ」ではもうインパクトすらなかった。
これって、やっぱり、そういう形でしか物語を閉じられない時代なんだろうか。同じ学校での「再生」の物語、とかはやっぱり、あまりに非現実的すぎるんだろう。

もちろん、それぞれに異なった作品だと了解しているけれど、それにしても、第41、42回の文藝賞受賞作の結末がともに、「いじめ→転校」 というのは、どういうことだい?
そんなことを考えた。

15歳の作品、でなければ読まなかったし、驚くべき小説とも思わないけれど、私は結構、彼女の文体は好きかも。

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プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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