おぐにあやこの行った見た書いた

★開発援助の社会学(著・佐藤寛)

★開発援助の社会学(著・佐藤寛)

開発援助に関わる、あるいは関わらない色々な人にとって興味深い本なのだろう。
実際に現地で援助活動に関わった人にとっては理論化の助けになるだろうしね。
でも、ここでは、私のようにそういった活動に無縁な人間や、あるいは、「青年海外協力隊に行きたい!」と思っている若い人向けのレビューを書いてみよう。

専門家ではない私たちがこの本を読む時、少々工夫すると、もっとおもしろく読める。
この本は、「開発援助」を「社会学的」に見るという、視点をとても大切にした構成になっている。筆者によると、かつて学者の間では「社会学者は先進国社会を研究するのであって、途上国は人類学者に任せる」という「暗黙の合意」があったそうだ。筆者はそれを乗り越えるべく、この数十年の間に、新たに場所をつくり、機会を見出し、人脈を築いて、開発援助の場に社会学者から人類学者まで乗り入れる「今」を創ってきた人だから、その「視点」を大切に本書を書いたのだろう。

でも。乱暴な言い方をすれば、それは学者ではない我々には関係なかったりする。
本書の第一部「開発援助を社会学的に見る」という理論から読むより、第二部「開発援助の現場から」という具体例から読んだほうが、素人にはやっぱり、おもしろいんだ。

私が提案する読み方はコレ。
とりあえず「はじめに」だけ読んだら、第二章の途中、いきなり132ページの「フィリピンの植林プロジェクト」から読み始める。およそ10ページ、世界各地で日本が行ってきた植林プロジェクトの超具体例が続く。植林プロジェクトが終盤に近づくと山火事が続発、どうやら、ようやくこのプロジェクトで職を得て、再びの失職を嫌がった植林労働者たちによるせいいっぱいの「工夫」らしい、と判明したり。一筋縄ではいかない現実が、素人にもよく分かる。

143ページまで行ったら、次に、今度は住民参加型の植林プロジェクトについて書いた172ページへと飛ぶ。植林のために現地に行って調査したら、そもそも住民が求めていたのは水道、道路、学校、医療施設、電気などで、植林への関心は低かった、なんて話もよくあるらしい。ここで、どんな風に住民に参加してもらいながら、ドナーが帰国した後も持続可能な形に持って行くのか、という工夫の数々は、194ページまで、一気にかなりおもしろく読めるだろう。
第九章「住民参加のパラドクス」の最初の理論部分4ページはその後に読めばいい。

小休止にちょうどいいのが、120ページからのわずか1ページ半の「インセンティブという麻薬」。住民に参加してもらうために住民に日当を払う、という手法についての一考察。
援助のもたらす「援助依存」と「スポイル」についての、格好の問題提起だ。

ここまできたところで、90ページから始まる第二部「開発の現場から」の最初に戻る。
167ページまで、医療、貧困、環境、などさまざまなテーマ別に支援のありようと現場で起こりうる問題が書かれているので、興味のある分野から順番に読んでみる。
読み終わって、筆者の理論をきちんと読みたいと思った人は第一部に戻って、読み進めればいい。理論は苦手、という人は、なんなら「今後の宿題」にしちゃっても良いんじゃないだろうか。

たとえ第一部をまるごと「宿題」にしてしまったとしても、絶対に読んでほしいのは197ページの第十章以降。目次を拾うだけでも、「民主化は援助か布教か」「援助はえこひいき」「よそ者パワー」と、開発援助に無関係な暮らしをしている人でも極めて興味深いテーマが並んでいるから。
「隣の村には日本の援助で学校が建ったのに」「ストリートチルドレンの悪ガキにはノートをやるのに、学校に行ってるまじめなうちの子になぜノートをくれないんだ?」などなど、支援にはジェラシーがつきもので、これを無視していると、当初の目的すら達せない自体に陥ることもある、とか、考えさせられる事例と問題提起とに満ちています。
たぶん、この十、十一、十二章で語られていることは、援助活動に無関係な人間であっても、例えば生徒と対峙する教師、各種施設の職員さんらにとっても示唆に富んだものだと思う。
どこにいっても「よそ者」という自覚を忘れず、そのうえでどうコミットメントし、何を書くかを常に問われる新聞記者にとっても、ね。

なぜ、ここまで読む順番に今回、こだわってみたかというと、最初の理論部分だけを読んで、とっつきにくいからと読むのをあきらめてしまう読者がいたら、ものすごくもったいないから。
もちろん、本書を理解するためには、最初から順番に読むのが一番いいに決まってます、念のため。

ちなみに、筆者、佐藤さんの本は、専門家でなくても楽しく読めることが多いので、門外漢の私もついつい読んでしまう。
最初の出会いは、「イエメン もうひとつのアラビア」という本で、あまりにおもしろすぎたので、ついつい、著者ご本人に会いに行ってしまった。
そしたらご本人はもっとおもしろい人だったので、そのまま乗せられて、我が家の新婚旅行はイエメン。首都サナアでの1泊目の宿は、いかにも雰囲気のある旧市街地に佐藤さんが予約してくれた宿でした。まこと強烈な新婚旅行でした。

★ミドリノオバサン(著・伊藤比呂美)

★ミドリノオバサン(著・伊藤比呂美)

こんな本の説明文を見つけちゃってね。「子育てが一段落して、のめり込んだものは室内園芸。鉢植は200鉢を超え、まだまだ増えていく。生命のいとおしさがあふれる、イラストいっぱいのエッセイ」。もう読まずにいられなかったの。

園芸、嫌いじゃないし。伊藤比呂美さん、好きだし。
なにより「のめり込んだ」話が好き。
基本的には観葉植物エッセイなので、まったく観葉植物を知らないと、「うーん、わかるわかる」という醍醐味は味わえないかも。それでも、イラストがかなり理解を助けてくれるとは思いますが。

でもって、私が一番気に入ったのは、案の定、というか、予想通りというか、伊藤さんがなぜ園芸にはまったかを自己分析しているあたり。

対象に執着して、所有して、支配したいという気持ちが、どうしようもなくわたしの中にあるわけ。その上、カンペキ主義ときてますから、子育ても、恋愛も、苦労してきたわけなんです。それを、今まではなんとかおさえてきた。「がさつずぼらぐーたら」などという呪文をとなえながら、なんとか。

うんうん。わかるわかる。

しかし植物相手だと、おさえていた力が全開力。何はばかることなく、力を持ち生殺与奪の権をにぎり、にぎりしめて離さないことだってできる。

わっはっは。激しく同意。私が昆虫飼育にはまるのと同じメカニズムだわ。

★ちゃんと泣ける子に育てよう(著・大河原美以)

★ちゃんと泣ける子に育てよう(著・大河原美以)

一言で言うなら、「ちゃんと大人の腕の中で泣ける子を育てよう」という意味だそうで。
それから、恐れず、間違えたり、失敗したりできる子を育てよう、とも書いている。

でも私、実は子育て本は読まないように、読まないようにしてきた。
すぐ自分の子育てと照らし合わせて、こっちまで不安になったり、「ダメなんじゃないか」と落ち込んだりしそうだから。そういう意味で、この本も、心に半分くらい蓋をした状態で読むくらいでちょうど良いんじゃないかな?

もっとも、著者もその点はよくわかっていて、
「『将来問題を抱えるよい子』に育てないためにはこうしたほうがいいという話はすべて、『本当のよい子』に育てるためのマニュアルとなってしまい、その『本当のよい子』を目指していった先には、やはり『将来問題を抱えるよい子』が育ってしまうという社会の流れの中で、私は本書を書くことで、結局は子どもたちを苦しめていく流れに荷担してしまうのではないかという恐れを抱いてました」
と書いています。
その点にとても好感が持てたし、さすが大河原さん、という感じではあります。

でもまあ、なんというか、この手の本は、「とはいってもさぁ」「ま、とりあえず読んでおきますかー」くらいのチャランポランな態度でさらりと流し読みし、メッセージを一つ二つ、心にぽーんと放り投げておく程度が一番良いんだと思います。

今日、階段を一段抜かしする人は

今日の日経新聞朝刊に、「筋肉をつけて基礎代謝を増やそう」というような趣旨の記事があった。簡単な方法として載っていたのが、「階段の一段飛ばし」などの体操。
とりあえずやってみるか。
野球のために鍛えたい息子と。
中間脂肪やコレステロールが気になる夫と私と。
家族3人で、地下鉄の階段を一段飛ばしに昇る、昇る。

「こんな私たちの姿を見て、『ぷぷぷ、あれ、日経読者だよ』なーんて笑ってる人もいるんだろうなあ」と私が言ったら、夫が前方を指さした。
なんと、10段ほど上を歩いている男性が、やっぱり、一段飛ばしで階段を昇っていたのだった。
日経新聞、売れてるじゃん。

「もう、歌ってもいいよ」と先生は言った。

本日はピアノレッスン。2週間ぶりなり。
前回、悲惨だったシューベルト即興曲op.90-3を弾く。
内声部のコントロールが効くようになってきて、少し楽になった。
技術がともなわないうちから、歌いたくって、揺らしたくって、そのせいで1小節ごとにバラバラに崩れていた状態を立て直すため、この2週間この曲の「CD断ち」をしてきた。
大好きなルプーの演奏すら我慢した。聴いたら最後、同じことをやりたくなってしまうから。

弾き終わったら、本日もきれいな木曽センセが優雅な笑顔でこう言った。
「トンネルを抜けましたねー。本当に聴いてて楽になりました。おぐにさん、もう、歌っていいですよ。好きにルバートかけたいところはかけて、自由に歌っていいですよ」
やったーーーーーーーっ!!

こう弾きたい、あんな風にも弾いてみたい、と今から気持ちが盛り上がってます。
しみじみと思った。技術がともなわないと、なかなか表現ってついてこないのね。

しかしレッスンの前半、ヘラーの練習曲は散々でした。
課題は「腕、手首の脱力」。
くやしいほどにできない。大人になってからのレッスンじゃ、できることに限りがあるんだろうか、とか色々思い悩んでる。
でも、できないことも含めて、練習はたのしい!

★すごい生き方(著・雨宮処凛)

★すごい生き方(著・雨宮処凛)

ショッキングピンクにキラキラと星が飛んでいる表紙。帯に「いじめられてよかった。リストカットをしてよかった。自殺未遂してよかった。生きづらくて、本当によかった」。かなり挑発的な帯の文句を「すごい生き方」と総括してしまうあたりが、処凛さんらしさなんだろう。
「本当によかった?」
「全部過去形で語れるの?」
と尋ねてみたい気もするが。

あの処凛さんも30歳になられたのねえ、と、40歳間近の私はしみじみしてしまったのだった。

6年前の「生き地獄天国」の時より、明確に感じたのは、処凛さんの「人に会う」パワーのすごさ。バンドやったり、政治運動やったり、北朝鮮に行ったり、イラクに行ったり。彼女は生きづらさを抱えた時、自分の部屋の中であれこれ思いをめぐらせるのではなく、本当に、自分の身体を地球上でめぐらせてしまう。
そして、「親や世間が要求する常識」に縛られず、色々な生き方を選んでいる人に出会う。生き方にはどうやらとんでもなくバリエーションがありそうだ、と身をもって知る。
家を出て、同質集団を飛び出し、日本を出て……あらためて本書を読むと、彼女がこれまで出会ってきた人の数とバリエーションはとんでもない数になりそうだ、と思い知らされる。

構成をおおざっぱに説明すると、
1・生きづらかった「私」の体験談。
2・アンケート結果を材料にした昨今の若者の「生きづらさ」分析
3・取材を通して出会った「生きづらい人々」
4・「私」が出会った「生きづらさ」を通過し「すごい生き方」をしている人たち
となっている。

今回、おもしろかったのは、3の部分。
いろいろな生きづらさを抱えたケースの一つ一つに、処凛さんが助言しているんだけど、ありきたりの助言じゃなく、フシギと読み応えがあるの。

たとえばいじめが苦しい、という人への助言。
「使える大人をさがせ」という。地域の弁護士会の「子どもの権利委員会」に訴える、探偵に依頼していじめの証拠写真を撮ってもらう、暴力や恐喝なら警察に飛び込んで被害届を出す、裁判で賠償金をむしり取る……。
すごいな、と思うのは、どれも自分から「知らない誰か」に積極的に会わない限り、できない方策であるという点。

自分がきらいだ、とか、生きる意味が分からないという人への助言。

山にこもる、滝に打たれる、座禅を組む、瞑想するなんてどうだろう。最近は体験修行を受け付けている寺なども多い。1泊2日で数千円からという寺もあり、若者の参加者も多いという。本気で解脱を目指すのもいいし、悟りを開くのだっていい。生きる意味をとことん追い求めるのは素晴らしいことではないか。その勢いで、インドでもチベットでも行ったっていい。

本当にね。
生きる意味なんか、一人で頭の中だけで考えるもんじゃないもの。

就職がうまくいかない、将来が不安、という人への助言はこちら。

無一文でも最低限の衣食住がまかなえる生き方はたくさんある。海外で住み込みのボランティアとして働く、青年海外協力隊に入る、修道院に入る、僧侶・尼さんになる、路上で歌ったり絵を描いてお金をもらう、僧侶のコスプレをして托鉢をする、刑務所に入る、などだ。
なんだか刑務所以外どれも楽しそうではないか。


これまた、いやがおうでも新しい人間関係に出会う解決策だったりするのよね。
一見乱暴な理屈だし、何より、渦中にいる人間には逆につらくなるメッセージになりうる危険はある。
だれど、ただ彼女がいいたいのは、次の一言なんだと感じた。「同じ場所で悩み続けているよりも、少しでも動けば必然的に何かが見えてくるはずだ」

処凛さん、30歳か。
久しぶりに彼女を描いたドキュメンタリー映画「新しい神さま」(監督・土屋豊)を観たくなっちゃった。

★100回泣くこと(著・中村航)

★100回泣くこと(著・中村航)

読後感、良くない。
ああ、これ、いわゆる「泣ける本」ってやつ?って感じ。
あえてネタバレ。
結婚を前提におつきあいしていた彼女がガンで死ぬ。
けなげな彼女に、何もしてやれないと男はふがいなさに2度男泣きする。
そういう本。

主人公の男のプロポーズシーンは好きだけど。

さまざまなできごとが、僕らに点を穿つ。その中から幾つかを選び出して、僕らは線を引く。そうやって物語を紡いでいく。ブックと師匠と有機溶剤を線にして、僕がしたのはプロポーズだった。

おお、うまいなあ!とここは感心しました。
でも、その「点と線」という人生のつかまえかたが、後半の「泣かせどころ」の中でうまく生かし切れてない感じがしてしまいました。
よく分からないけど、すごく力はある作家さんのような気がするので、「泣ける本」系に分類されそうにない、別のテーマの小説を読んでみようかしら、と思っています。

スポーツより、砂絵が好きかも

我が家は今や、トリノ一色。
五輪大好きで、なぜかやたら詳しい夫と、その影響を見事に受けている息子と。
(夫で一番驚くのは、夏の五輪でマラソン競技を見ているとき。テレビを見ながら、解説者がしゃべる内容を、ほぼ5秒ずつ先取りして、常に私に説明してくれる。新聞記者をやめても、マラソン解説者で食えるんじゃないか。冗談だけど)。

今夜もフィギュアスケートのビデオ映像を見ていたら、なんだかスピンの名前をあれこれ息子が教えてくれた。「いつの間に覚えたの?」と聞くと、息子はあきれた顔で「さっき、ニュースで言ってたじゃないの」とかいう。ちくしょー。

水泳と長距離走以外のあらゆるスポーツがとんでもなく苦手な私は、五輪を見ても実はあんまりピンと来ない。美しいものは見たいから、フィギュアのフリー演技なんかは見てみたいけど。誰が勝とうとあんまり興味もない。
でも、五輪絡みで一つ、心に残る「美しいもの」を見つけた。
NHKのトリノ五輪ニュースのオープニング映像の、砂絵。

フェレンク・カーコさんというハンガリーの人の作品らしい。
絵が少しずつ変わっていく過程がおもしろくて。ご本人のオフィシャルサイトでもいくつかの作品群を見ることができますし、色々と検索していたら、砂絵ライブの様子を撮影したらしいこんなサイトも見つけました。

トリノ五輪の一番の収穫かも。日本でこういうライブ、やってくれないかなあ。調べたら、愛知万博の時も来日されていたんですねえ。
夜7時のNHKニュースが終わる毎日7時半、彼の砂絵見たさにNHKを見続けている。

肉を食うか食わないか、それが問題だ。

息子と2人で「TVチャンピオン」を見た。
本日は、ペットとして飼われているミニブタのしつけ王選手権
噛みついたり、無気力だったりするミニブタを、2週間でしつけ直し、障害物競走や25メートル水泳で成果を競うというもの。

ミニブタの仕草はかわいいし、しつけする人間のほうの表情も豊かで、久しぶりに親子で大笑いしながらテレビを観た。息子は中でも1匹のミニブタをすっかり気に入った様子で、番組が終わるころには、「がんばれー、がんばれー」と1匹のミニブタに随分と肩入れしていたのだが……。

優勝者も決まり、さあ、寝ようというところで、TVでは翌週の予告編が始まった。
思わず、絶句。
なんと来週のTVチャンピオンは、「ハム・ソーセージ職人選手権」だという。テレビ画面いっぱいに、さっきのミニブタと姿形はそっくりなブタが登場したかと思うと、「ブタ1匹を丸ごと使って……」とナレーション。
見る見る息子の顔は引きつり、「母ちゃん、今度はブタを食べるの?」
そのまま涙ぐんで布団に入ってしまった。

こりゃないぜ。さっきまでテレビ画面にはかわいいペットのミニブタ。次の瞬間、今度は番組で料理されてしまうだろう巨大ブタ。制作側が意図せずこういう順番になったのか(そんなわけないよな)、意図的なものなのか知らないけど、大人でもドキっとしたもの。
小学校1年生にはきつすぎたみたい。

「ブタを食べるなんて許せない。もう絶対にブタを食べたりしない!」と息子。
よせばいいのに、そういわれるとつい、「OK。じゃあ、弁当にタコさんの形のウィンナーを入れるのもこれからは、やめておこう」などと言ってしまう私。
息子はしばし葛藤していたが、それでも布団に潜り込んだ状態で「もう肉は食べない」宣言をした。
きっぱりと。
「じゃあ、やってみるかー。世の中にはベジタリアンっていって、肉や魚を食べずにお野菜料理ばっかり食べてる人たちもいるんだしね」と私。
基本的にきらいな野菜がいっぱいある息子は、再び葛藤を始める。
いいねー、食べるべきか、食べるのをやめるべきか、それが問題だーと葛藤する少年の姿。
母ちゃんも随分とこの問題では子ども時代、思い悩み、葛藤したもんだよ。

息子は、しばらくして、ぽつりと言う。
「でも、おいしいから、肉を食べてしまうかもしれない」

そう。肉はうまい。特に炭火で焼いたりするとたまらなくうまい。ついついそういうことを思い出し、私は言ってしまう。
「おいしいよねー。バーベキューでさ、肉とかソーセージとか焼いて、焼き肉のたれ付けて食べると、たまんないよねー。あああああ、食べたいねえ」
話していると段々と本気で食べたくなってくるから、人間というものは怖い。ついつい、バーベキューの思い出にひたり、唾を飲み込み、クラクラしていたら、突然、息子が

「母ちゃん、なんでそんなこと言うの! もう絶対に絶対にブタを食べたりしない!」

あーあ、泣かしちゃった。
食べるということ、生きるということ、少しずつ少しずつ息子とは話し合っていきたいと思うのですが。
じっくりと語り合うには、今夜のテレビのミニブタたちはかわいらしすぎました……。

★<想像>のレッスン(著・鷲田清一)

★<想像>のレッスン(著・鷲田清一)

人気ナンバーワンの哲学者さんの本。(それともナンバーワンは、中島義道さんだろうか。あるいは若手で東浩紀さん?)
鷲田さんは「想像」を「ここにあるものを手がかりとして、ここにないもの、つまりは不在のものをたぐり寄せる、あるいは創り出す精神の営みのこと」と定義する。
さらに、この「想像」力が今、萎えてきていると指摘する。
鉄道や自動車や飛行機が発明されて我々の足が弱ったように、情報媒体が生活のあらゆる局面をとりまく情報社会の中では、「想像」力こそが萎えてきているんだ、と。

そして「想像」は今なお、「生きる」ための最も大切な武器だともいう。
昔は都市のあちこちに、この「想像」を生む「すきま」があった、とも。
例えば、古木、寺社、場末。(ありがたいことに、私の住む町にはすべてある)。

正直に言います。全部理解できたとは申しません。おまけに、本のアンコの部分(彼のアートを素材にした「レッスン」)は、そもそも、取り上げられた展覧会やアート作品を知らないものだから、ほとんど読み飛ばし状態。
それでも、ところどころ、くいっくいっと心に残る言葉がありました。

例えば……。

90年代の若者が自分の未来について「なんか、見えちゃってる感じ」と口にしたことについて論じた章。ミュージシャンを目指すにも、「ヘビメタもパンクもエスノもテクノも生まれる前からある」
し、「音楽の限界に挑戦したラップもノイズ・ミュージックも『無音音楽』も今では懐かしい。何もかもやりつくされた」と。だから将来なんかもう、「見えちゃってる感じ」と。
鷲田さんは言う。

「見えちゃってる」、この言葉には半分の真実しかない。思い病気になる、思いも寄らぬ事故に遭う、大切なひとを突然失うといった「不幸」を視野に入れてない。誰かと出会って人生の向きがくるっと変わってしまうことも予想していない。つまり計算できない偶然というものをすべて解除したところで、未来を想っている。

結構、胸にぐさっときた。
10代、20代のころの自分には、多かれ少なかれ、こんな心性があった気がする。
「90年代の若者」だしね、まさに。

次はこんなの。

(「リバティ」以外に、)「自由」にはもうひとつ、「リベラリティ」という言葉があることを最近知った。「気前のよさ」という意味である。じぶんが、じぶんが、といった不自由から自由になること。
 「自己実現」とか「じぶん探し」というかたちで、より確固たる自己を求めるひとが、同時にひりひりととても傷つきやすい存在であるように見えるのは、無償の支えあいという、この「気前のよさ」へと放たれていないからかもしれない。(中略) じぶんの弱さに向きあうことから始める、それが、回り道のように見えるかもしれないが、いちばん必要なことなのではないか。(p24)


なるほどなあ、と思った。「じぶんが、じぶんが、といった不自由」かあ。「確固たる自己を求めるひと」は「気前のよさ」へと心が放たれていないからかあ。
渋い。すごく渋いわ。

さらに、ピアッシングや「ブルセラ少女」や「援助交際」の渦中にいた10代たちから「このからだはわたしのものであって、親のものではない。だから、これをどうしようとわたしの勝手でしょ。だれにも迷惑かけていないんだし」という言葉を聞いたことに触れ、

うすら寒くなってきた。行動そのものよりも、その行動をこういうふうに根拠付ける論理に、である。これは彼/彼女らが拒んでいるはずの「大人」の論理だからだ。じぶんのものはじぶんでどう取り扱おうが、どう処理しようがじぶんの勝手だという論理であり、(後略)(p26)

と、行動の向こう側の論理を「大人の論理」と喝破するあたり、いや、実は私はその考え方にはちと疑問もあったりするんだけど、それでもやっぱり、ふむむ、と備忘録に書き込んでしまうのだ。

p266にある「人生に『まとめ』を与えずにいられない人間の業」についての考察もおもしろかったし、p272で「『痛み』という言葉が、言葉として流通することで、痛みを置き去りにしてはいけない。孤立させてはいけない」という部分もいい。

さらに「できないということ」というタイトルの章も。p294。
「じぶん探し」「自己実現」についての考察なのだけど。

なぜ目標に近付くとか理想を求めるという言い方をしないで「自己」実現というのか。

と問う。ものすごく鋭い問いだと思う。
鷲田さんは、

ここには巧妙なすりかえがある。現にそうでないじぶん、つまり理想のじぶんのイメージを、じぶんの素質、それもまだ実現されていない素質と考え、それを実現することを妨げるような状況にじぶんは置かれている(きた)と考えてしまうのである。

と書く。
実はこの章、「強さ」や「弱さ」へのこだわりについての話を経て、最後は「支えあいの社会」まで語っちゃっていて、ものすごくおもしろいのだけど、興味のある方はご自分でどうぞ。
(ここには、ものすごく恣意的にあるテーマについて書きだしてるので、本全体のイメージはちょっと別なんですけどね)。

★生きづらい<私>たち 心に穴があいている(著・香山リカ)

★生きづらい<私>たち 心に穴があいている(著・香山リカ

さらっと読めました。
従来の精神医療の疾病概念に当てはまらない「生きづらさ」を訴える若者が急増(というかそっちが主流)になってきている、という本。それを「満たされない私」「傷つきやすい私」「いくつもの私」「本当の私?」などをキーワードに読み解いている。
ここでもキーワードは「解離」。まるで時代のキーワードみたいに。

例えば解離的な若者の特徴は、「今の自分のことしか考えられない」。
(挙げられていた事例は、「アフガニスタンには家を失った人がいる、と言われても、見たこともない国の話と自分とを関連づけて何かを考えることなど、とてもできません」だった)

解離の原因はかつては幼児期のトラウマだと言われたど、今爆発的に増えている解離的若者
はニュータイプで、

1、自己愛や変身願望、打算
2、センサーが敏感になって、わずかなこともトラウマと解釈してしまう
3、インターネットの出現とともに、心そのものが解離のメカニズムを簡単に発動させるように変わった

の3タイプを列挙しているわけ。

1は、取材していても感じてきたこと。香山氏は、その背景にあるのは「特別なだれか」になりたい
という思いだと言うのね。言い得て妙という部分もあるんだけど、そういう思いがなぜ生まれたか、というところを取材していると本当に人それぞれで、私としてはついつい「一概に言えないけどね」と付け加えてしまいたくなる部分でもあります。

2の「トラウマの閾値」が下がった、という説は、長谷川博一氏の「きれいな虐待」と対になっている気がした。(長谷川氏は、「少子化で親子関係が密になった現代では、身体的、精神的虐待でなくても、例えば、親が一生懸命子育てをする、という行為や、ほめる行為すらも、虐待と同じ意味を持ってしまうことがある」と指摘している)。

でも、1も2も、70年代だってあった話だと思う。(現に、私、なんとなく実体験に照らしても実感するところがあるもの)。

3は、うまくわからない。
ただ、普段の自分とネット上の自分の人格に違いがあるか、を尋ねた調査で、「5人に1人が『違う』と答えた」というのはちょっと驚いた。私自身は、どこでもほとんど本名だからかな。
香山さんも、はっきりとした因果関係を持たせて書いているわけじゃありませんが、ネット上で仮名(ハンドルネーム)を使う人が9割で、複数の仮名を使っている人が全体の半分に及んだ、という調査結果も引用しています。
確かに、時々、ハンドルネームを見ただけで、その雰囲気とか語感とかによって、書き込みの内容やトーンを想像できるような時ってありますもんね。で、その想像って結構当たるし。
でも、複数のハンドルネームを使って別人格を持たせていることが、解離志向の強い若者を生んでいる、というのはもうちょっと肉付けを待ちたい仮定、という気がしました。

さて、香山さんがどんな対処法を提示されるのかが一番興味があったのですが。
「正しい処方箋を、残念ながら私はまだ書くことができません」とあって、残念無念。でも、それが誠実な思いなんだろうと思った。

認知療法にかろうじて触れてありました。
そういえば、米国では自傷治療にさかんに取り入れられていると聞いたことがあります。ちょっと勉強してみようかな。


1年生って結構難しいことするのね。

息子のやってる算数の問題をこっそりのぞき込んで、ウムムとうなってしまった。

「12人が1列に並んでいます。○○さんは前から7番目、▼▼さんは後ろから7番目にいます。
問1、○○さんの前には何人いるでしょう?
問2、▼▼さんの前には何人いるでしょう?」

とりあえず、全部で、x人いて、前からy番目の人の前にいる人数は、y−1
後ろからz番目の人の前にいる人数は、x−z で求めるという規則性を、とうてい1年生に教える自信がなかったので、「とりあえず、図に描いて数えちゃいなよ」と無責任な助言をしてしまった。

1年生でこれじゃあ、とても将来、勉強とか子どもに教えられそうにないわ。
あ、そういえば「お母さんは勉強を教えないで」という本もあることだし、やめとこ、やめとこ。

この際、「お母さんはお掃除をしないで」とか「お母さんはお洗濯をしないで」とか「お母さんはお弁当を作らないで」とか、そういう本もぜひ世に出していただきたい私なのだった。

頭がこんがらがる日々

時々こんなことがあるのだけど。
今週金曜日から来週木曜日にかけて、4本の原稿の締めきりが集中……。
一方、先週前半から今週前半にかけては締め切り一切なし。
ということで先週から4本の原稿を同時並行で取材中。

時間的には別に無理のないペースで取材できるはずなんですが、同時並行で進めているテーマがそれぞれ全然違うので、頭の中がこんがらがりまくり。
なんちゅうか、風俗から護憲まで、って感じで。

気忙しくて、なかなかブログ、更新できません。
1週間、どうにか乗り切ろう!

発表会で「母ちゃんってドラエモンみたい」

そんなこんなの顛末で、本日もピアノの発表会。もう一度、シューベルトの即興曲op.90-4の完成度を高め、再挑戦したのでした。

朝一番だったので、手が冷たいままで、ついつい手をグーの状態で舞台で歩いていたら、終わった後、息子に「母ちゃんってなんかさ、ドラエモンみたいだったね」。
がーーーーーーん。

今回明らかになった課題は、舞台の上を歩く姿勢(手をグーにしない!)、それからピアノを弾いている時の姿勢(背を伸ばす、肩に力を入れて、肩を上げない、など)かな。
それにしても、ドラエモンとは……。
あーあ、はずかし。

ミスタッチしまくりでもガッツポーズをしていたとは……

昨年末のピアノの発表会の様子を撮影したDVDをようやくゲットしました。
ワクワクワクワク。
結構ゴキゲンで弾いた演奏だったし、すっごく期待して再生してみたのですが……。

どっひゃーーーーん!!

むちゃくちゃ間違えてるじゃん。ミスタッチだらけ。
せっかく素敵なドレスを借りたわりには、私、座ると寸胴が目立つじゃん。
横顔はすっかりオバサンだし(仕方ないか……ホントにおばさんなんだし)。
おまけに、ここまでミスタッチしまくってるわりには、弾き終わった後、なんと軽くガッツポーズなんてしてやんの。

夫が観て一言。
「ここまで間違えて、ガッツポーズしたら、ちょっと恥ずかしいよな」
うん、私もそう思う。
がああああああああん。

ま、いっか。
弾き終わった途端、「ゴキゲンな演奏だった」と思いこめるこの幸せな性格に感謝しようっと。

自分で調べ、自分で考え、自分の言葉で伝えたい

ちょっとショックなことがありました。
ある街で教育相談をされているという女性から手紙が届いたのです。
去年、自傷についての私の講演を聴いてくださった方のようで、ご自身がある雑誌に自傷について執筆するにあたり、私の講演資料を引用させてほしい、というお手紙でした。

その方の原稿を拝見して、ちょっとびっくり。
原稿用紙6枚のうち3枚まで、つまり原稿の半分が、講演資料からの引用だった。
私の「講演資料」なんて、自分で言うのも何だけどはっきりいってひどいもので、まともな文章体になっていない、ただのキーワードを並べたレジュメ状態のもの。それを見事に、丸写しされている。講演を聴いてくださる方々の理解の一助になるように作ったもので、このレジュメだけ読んでも普通の人は意味不明なはずなのにな。

そんなものを「小国氏の説を引用すると……」で引用されたらたまりません。
あわてて、ご本人にお電話し、「こういう引用の仕方は勘弁してください。取材記者なんて専門家でもなんでもないんですよ。取材で出会った子どもたちのことを聞いてくださればいくらでも談話の形でお話させていただくけれども、自傷の定義や形態などについては、精神科医やカウンセラーなど専門家に聞くか、専門家の本を読んでください」と申し上げたのでした。

いじわるで言ったのではないの。
例えば、引用されている「自傷とは?」という項目。
確かにレジュメには「自殺願望と同じではない」と書いたれど、実際の講演では、自傷している人はそうでない人よりも将来自殺する可能性は何倍か、というデータや、逆に自殺した方の中に自傷があったと思われる人がどのくらいいるか、など現場の医者の説なども引いて、自殺と自傷の関連性については様々な説があることもお話させていただいたはず。「自殺願望と同じではない」みたいな単純な話じゃないのです。

おまけに、「ピア・プレッシャーも大きな要因」なんて文章がなぜか突然出てくる。
「説明なしにいきなりピアプレッシャーなんて言葉を出しても、読者は全然分からないと思いますよ」と私が指摘したら、当のご本人も「実は、私もピアプレッシャーって何かよくわからなかったんです」だって。
うーん。自分が理解してない内容を、なぜ、自分の原稿に平気で書けるんだろう。

とりあえず、手短に何点かご説明させていただいた。
国内での実態調査も少しずつ増えているから、調べればその数値も書き添えられること。性別については、私もこの講演当時は「女性が多い」と思っていたけれど、その後、私自身が勉強する中で「自傷発生率には男女の性差は見られない」という説が定着しつつあることを知った……などなど。
そのうえで「とにかくご自分で専門書などを読んで、自傷の定義や形態、原因などについては、ご自分の責任でそれをまとめるなり引用するなりしてください」と申し上げてしまった。

ところが、女性はいう。
「では、小国さんの名前を出さなければ、この内容を書いて良いですか?」。
だーかーらー、そういう問題じゃないんだって!
思わず絶句した。
どうやら締め切りが迫っていて、そこまで下調べする余裕がないと見た。
もちろん、執筆される方の責任で判断していただく話だから、そこはお任せするしかないが、どうかどうかどうかどうか、ご自分できちんと調べて書いてください、と心で祈るしかもうないわ。

また、レジュメには「なぜ自傷するか?」という項目があって、私が取材した子たちの言葉(「生きるため」「切れば楽になれる」「ストレスや緊張から逃れるため」「自分がバラバラになるのを防ぐため」「自罰のため」「言葉にできない悲しみを表現するため」「血を見て自分が生きていることを確認するため」「血の色は癒やし」「わからない」など)を列挙していた。ここも原稿に丸写しされていたので、「この部分はお使いになりますか?」と尋ねたら、「ええ、ぜひ」という。
私は、「この内容は私が取材相手から実際に聞いた言葉たちなので、逆にこの項目については、私の名前を挙げずに勝手にご自分で丸写しされるのは困ります。取材結果をまとめた私のリストカットの本に書いてありますので、そこからの引用という形を取ってください」とお話しました。
すると、その方はバツが悪そうに「小国さんの本も読まねばと思いながら、まだ読んでいないんです」というお返事。

申し訳ないが、信じられない。
私の講演資料は、大学生の作ったむちゃくちゃ下手なレジュメ状態で、ひどいものだったけど、唯一、お伝えしたかった情報というのが、日本の文献だけでなく欧米の文献までさらった参考文献リストだったのに。
教育相談をする者として、何らかの雑誌に自分の名前で文章を発表する時に、自傷に関連書をまったく読まず、取材記者が講演のために作ったメモ書き程度のレジュメを丸ごと引用し、本来なら説明を補わねば全然意味が通らないような内容の引用で、原稿の半分埋めてしまうその感覚。

なんか、電話を切った後で、すっごく気持ちが重たくなった。
相手の方は、ちゃんと私の説明した意図は理解してくださっただろうか。
私の名前を削除しただけで、引用部分を丸ごと残すような愚挙に出たりはしないだろうか(ありえそうで怖い)。間違った知識や誤解を広めることに、私自身が荷担するような結果になってしまったらどうしよう……。
相手の方が誠実に「引用させてもらっていいですか〜?」と前もってお手紙くださったケースだけになんだか悲しい。

ただしく伝える努力をしようよ。
自分の言葉で伝える努力をしようよ。
自分の頭でかんがえる努力をしようよ。
でないと、伝えたいことを、伝えたい相手に、きちんと届けることなんてできるわけないじゃん! (この言葉、全部、自分の仕事に刃となって戻ってくるんだけどさ)
あーあ。人のふり見て我がふり直せ。私も、しっかりしないとね。

今日の結論。
講演でレジュメの類を配布するのだけは絶対にやめよう。
その後のことに責任を取りきれないもの。

初の鍼治療体験

右手人差し指の靱帯が伸びて以来、指が痛み、完璧には曲がらないまま、すでに2カ月近くになります。整形外科ではらちがあかず、結局、近所の鍼灸師さんを頼ることにしました。

あるいて3分の治療院「杏鈴堂」。実は結構有名な先生で、遠くからもお客さんが来ているらしく、予約を入れるのに2週間も待ったの。

ということで、発熱で学校を休んだ息子が回復するのを待って、家で留守番させ、病院へ。
全身に鍼を打ってもらい、指にはお灸をしてもらいました。指のほうはすぐに痛みがなくなるというほどじゃないけど、肩こりのほうはすっかり快調。
ただ、足先の末端冷え性を訴えた時、「鍼を打てばあったかくなりますよー」と若いスタッフに聞いていたのに、私の冷え性は頑固なのか、鍼を打ってもらった後も、最後まで冷たいままでした。まあ、冷え性対策で靴の中に入れるタイプの使い捨てカイロを使った時、足が冷たすぎて、カイロまで冷たくなっちゃったほどのひどい冷え性だもの、1度でどうにかなるはずもないのよね、きっと。

でも鍼を打ってもらった後、つい、うたたねしてしまったフシギなリラックス感は何とも快感でした。
しばらく通ってみようかな、と思っています。

今日のずぼら大王

息子発熱。よって私は自宅で仕事。
まさかこんなことになるとは思わず、資料を会社に残してきたのが悔やまれる……。
今晩はベビーシッターさんを頼んで夜の取材に出るのだけれど、肝心のICテレコのメモリーが満杯状態。ケーブルでパソコンに移したいのだが、ケーブルも会社にあるからどうしようもない。
取材前に会社に寄らざるをえない。
ええい、ケーブル、もう1本、自宅にあったはずだぞ、と家を家捜ししていたら、思わぬものが見つかった。

実印候補のはんこ。
6年前、「離婚しても使えるように」と「綾子」という名前だけの実印を作った。
しかーし!
印鑑登録の変更手続きを取る前にこの実印を紛失。何度探しても見つからなかったのだ。
もうご縁もないもの、とあきらめ、三文判のようなチビたはんこを相変わらず「実印です」と言い張って使ってきたのだった。
それが6年ぶりに登場。おおおおお。

さらにその10分後、クリーニング屋から電話。
「昨年5月にお預かりしたジャンパーがそのままになってますので取りに来てください」
おいおいおいおい。もしかして、それ、私のダウンジャケット?

昨年12月上旬から、「私のダウンがない、ダウンがない」と家捜ししまくっていたのだ。
もちろんクリーニング屋にも問い合わせ、パソコン上は一切、預けたままの衣服の記録はない、と確認済みだったのに!
この冬の寒さに負けて買い直そうとすら思っていたが、やっぱりズボラな性格ゆえ、「いつか出てくるだろう」と鷹揚に構え、手袋とマフラーとズボン下で武装することで、上着はむちゃくちゃ薄手のコートでどうにか我慢してきたのだった。

ダウンが見つかったってさ。
もう2月半ばなんですけど……。
とほほほほ。

脳年齢診断テスト

先日の、「ぼけない脳を作ろう」記事の取材に続き、またしても、諏訪東京理科大の篠原菊紀先生を取材。

おもしろいサイトを教わりました。
篠原先生が作った「脳年齢診断テスト」。
2月28日まで無料で試せるそうです。(上記にリンクしたサイトに、テストへのリンクと、ログインのための組織名や氏名、パスワードが公表されています)

私が「脳を鍛える……」の類の商品を手にせずに来たのは、「最初は『60歳』とか出ても、訓練次第でいくらでも若返る」とユーザーさんたちから聞いていたのと、篠原先生から以前「慣れるほどに毎日やれば数値が良くなるのは当たり前。むしろ多角的なトレーニングが必要なんだよなー」と教わったのもありますが、実のところは、最近、とみに「あれを取って」「これをああして」などとモノの名前をど忘れすることが増え、「オレオレ詐欺」ならぬ「アレアレ人間」状態に陥っているからで、まあ、何というか現実を直視するのが怖かったわけ。

ところが、試しに今回やってみたら、あれれ?
脳年齢は「20歳」。実年齢の約半分、という結果。
え? まじ?
非現実的な数字に、うれしいというより、なんかどっと疲れが……。
それとも、単に故障か。

腑に落ちない。
脳年齢が20歳なら、私はなぜに「アレアレ人間」なの?

うれしい電話

あまりにうれしい電話だったので、ここに書く。
私のリストカット本にも登場する女性から、久しぶりに電話があった。

「おぐにさん、資格取ったよ!」
なんでも、人の身体を治癒(整体系)する施術の資格を取得したという。
すでに2年の付き合いになるが、こんなに弾んだ声の電話は初めてだ。
これまで、電話といえば「切っちゃった」か「飲んじゃった」か「助けて」か「ごめんなさい」だったし、つい先月も静脈切りしたばっかりなのにね。

しばらくは研修生、という彼女に、「あなたが、人を癒す側に回るとはねえ。ウルウル」と私。
「ですよねー。白衣ですよ、白衣!」と彼女がふざけていう。
「まったくねえ。この前まで、白衣に囲まれてばっかりだったのにねえ」と一言多い私。

彼女自身が身体を悪くして通っていた治療院の先生が、ニート状態の彼女を見て、「僕を手伝ってくれるかい?」と勧めてくれたのがきっかけという。
やっぱり、出会いなんだよなあ。
新しいチャンスも、新しい夢も、それを切り開く突破口はいつも、人との出会いなんだよなあ。
しみじみしてしまった。

本の中でリストカットをやめられずにいた人で、今は止まっている人もいます。
逆に「止まっている」と本に書いた後、しばらくしてぶり返し、今入院中の人もいます。
でもみんな、じたばたとせいいっぱいに生きています。

5年ぶりに聴いた水谷修さんの講演

勤務先の毎日新聞が主催で、水谷さんの講演会があるというので、これも何かのご縁だろう、と出かけてきました。
思えば、水谷さんの講演は5年以上ぶりかも。
まだ30人とか50人とかの人数で講演していた姿しか知らない私は、本日の会場で、卒倒しそうになりました。

著書が飛ぶように売れているし。
たくさんの人に囲まれながら、水谷さんがサイン会までしているし。
最近の水谷さんの講演は数千人単位、と話には聞いていたけれど、こ、こ、こんなことになっていたのね。

水谷さんのご厚意で、水谷さんの著書の隣に拙著「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)も並べていただいたんだけど、その本までが、火事場のドサクサみたいに売れていく。
隣で水谷さんが、「ったく!おぐにさんの分までサインしてるんですからねっ」と言いながら、リスカ本にまで「春来 水谷修」とペンを走らせてくれているのを見た。感謝。

たくさんの人が、いろいろな思いを抱えてこの会場に来たんだろうなあ、とずっとサイン会の様子を見ていた。
水谷さんに会えて、感極まって泣いている人がいた。
それを見て、もらい泣きする人が女子高生がいた。
思いを押し殺しているような少年がいた。
大人より、子どものほうが、切実そうに見えた。

写真だって、最初にパチパチやりはじめたのは中年女性で、それまで子どもたちは携帯電話のカメラを向けることすら遠慮して遠巻きに立っていたんだ。
一緒にいた編集者の人が教えてくれた。
「普通のサイン会はファンがすぐ『握手してください』と要求するもんだけど、水谷さんに会いに来る子は自分から手を差し出す人が驚くほど少ないのよねえ」と不思議がっていた。なんかちょっとだけ分かる。握手したくても、それを言い出せないような子がきっと、この会場にはいっぱい来ていたんだろう。

力のこもった2時間たっぷりの講演は、さすがに年間400本以上も重ねているだけあって、芸術品みたいでした。
いちばん多い日で、1日4本の講演をしたことがあるんだとか。
「4本どころか、1日2本でも、あんな重たい講演をやってたら、身体にこたえるでしょ。命を縮めるよ」と無遠慮に言う私に、水谷さんは「僕はそうでもないなあ。授業で鍛えてましたから」と不敵にも笑うのだった。

血だらけのキャッチボール

……というタイトルは大げさだけど。
野球に夢中の息子は、私がタンスに的(まと)を書いた紙を貼ってやると大喜び。毎夜毎夜、ゴムボールでばしーん、ばしーんと的当てにいそしんでいます。
もう一ひねりして、笑える遊びにしたくなったのは私。
「よし、次は母ちゃんのお尻を狙え!」
と、寝っ転がってお尻を向け、息子に尻を狙わせてみたのだった。
(こうやって書くと、あきれるほどバカっぽいよな、この遊び)。

お尻に当たるたび、親子で大爆笑。ものすっごく盛り上がっていたのですが……。

顔だけは守ろう、とプラスチックの蓋みたいなもので顔を隠していたところ、息子の剛速球(といってもゴムボールなんだけどさ)が、そこに見事に命中。

ぱっこーーーーーーーーーーーーーーーーーん!

プラスチックのせいで、ひたいが3センチ切れました。尖ったもので顔を守ろう、なんて愚かすぎました。血が出ました。
むちゃくちゃ痛かった。

けど、あまりの自分の愚かさに爆笑してしまったのでした。
子どもに尻狙わせてどうするんだよ。
おまけに、顔を守るのに、尖ったプラスチックを使うなんて。
おまけに血を流して笑ってるなんて。
あほあほあほあほあほあほ!

笑い転げる私の額の血を、息子は申し訳なさそうに拭いてくれたのでした。

★平成マシンガンズ(著・三並夏)

★平成マシンガンズ(著・三並夏)

第42回文藝賞を史上最年少15歳で受賞、と聞けばとりあえず一読しておこうとか思うじゃない? 第41回文藝賞では、「野ブタ。をプロデュース」がとてもよかったし。(「人のセックスを笑うな」には正直あまりピンとこなかったけど)。

さてさて。平成マシンガンズですが。
最初の一文。
「喧嘩と仲直りの規則的な羅列が句点も読点もなくノンストップでただつらつらと続いていくような、そういうお付き合いだった」
句点のほとんどない文章が、たたみかけるように続くの。
アングラなテント芝居で耳にするセリフみたいだ、と思った。

母親は家出し、父親は「キャバクラ嬢みたいな」愛人を家に連れ込み、家に居場所がない分、学校はとても大切な場所だったはずなのに、いじめられて孤立する中学生の一人称小説。

登場人物はどれも凡庸ですが、彼女が頻繁に見るのが死に神の夢で、死に神に手渡されたマシンガンで親やら友だちを適当に撃ちまくるんだけど、この時、死に神に「殺したいと思う奴を特別に撃ったりするな、みんなと同じだけ撃て」と言われたところは、おもしろいな、と思った。

あと、いじめについてこんな風に書いているところ。「あたしたちを動かしているものは本能ではなくいつも世間体だった。その中で唯一と言ってもいい、本能に従って自分の意志でしていることがいじめだ。あたしたちを社会や大人の束縛から解放してくれるものはいじめしかないと思う」。
ふーん、なるほど、と、少し心に残ったのだった。

「野ブタ。」もそうだけど、「マシンガンズ」でも、小説の結末では、いじめを受けた主人公が別の学校に転校する。「野ブタ。」の時は主人公の彼の選択がとても乾いていて、胸に刺さった。でも「マシンガンズ」ではもうインパクトすらなかった。
これって、やっぱり、そういう形でしか物語を閉じられない時代なんだろうか。同じ学校での「再生」の物語、とかはやっぱり、あまりに非現実的すぎるんだろう。

もちろん、それぞれに異なった作品だと了解しているけれど、それにしても、第41、42回の文藝賞受賞作の結末がともに、「いじめ→転校」 というのは、どういうことだい?
そんなことを考えた。

15歳の作品、でなければ読まなかったし、驚くべき小説とも思わないけれど、私は結構、彼女の文体は好きかも。

ピアノ発表会、パート2

ピアノレッスンの不完全燃焼ですっかりブルーだった私に、電話が入った。
「来週の日曜日、『ふれあい館祭り』の出演者がキャンセルになったから、ピアノの発表会におぐにさんも出ません?」

「ふれあい館祭り」は、なんというかまあ、地元の公民館の文化祭、というやつで。
そこを練習場に使っているサークルが、作品展をやったり、発表会をしたりするというローカル色たっぷりのイベント。去年、グランドピアノのある近所のピアノ教室で何度かピアノを借りたのだけど、そこの先生の生徒さんが出る発表会に混ぜてくださる、という。

去年、発表会で弾いたシューベルトop.90-4は、もう10日間ぐらい弾いてないし。だからって90-3はまだまだ悲惨な状態だし。弾くなら90-4しかない。
とりあえず、会場のふれあい館に駆けつけ、「駆けつけ一杯」ならぬ「駆けつけ一曲」。
ヤマハのグランドピアノで90-4を弾いてみる。

うわっ、悲惨。
もう、指が動かないよー。内心焦る焦る。

でも。
天井の高い会場でグランドピアノを弾く、という行為は、どんなタイミングであれ、気持ちの良いものなのだった。
断るつもりだったのにな。完成度の低い状態で人前で弾くなんて、と思っていたはずなのにな。
ひとたびピアノを弾いちゃったら、もう、気付いた時には「ぜひ出させてくださーい!」と返事しておりました。あーあ。
ま、いっか。色々なピアノを弾く機会をいただけるというのは、それだけで幸せなことですし。

ということで、息子の同級生たちに混じって、ピアノを弾くことになりました。
90−3の練習が煮詰まってきたところだったし、ちょうどいいのかも。
1週間、頑張って練習するぞー。

「全部フォルティッシモで弾いてごらん」で乱心

2週間ぶりのピアノレッスン。
懸案のシューベルト即興曲o.90-3。
まるでこの世の曲とは思えないほど美しく柔らかい音色の曲で、死を前にしたシューベルトの頭の中にはこんなに美しい音が響いていたのだなあ、としみじみしてしまうのです。

がっ。
柔らかい音色。微妙な音色の変化。天使の羽で奏でるような内声部。
これ、すべて、私には鬼門なのよね。
なぜなら我が家の電子ピアノで頑張って表現できるよう練習しても、いざ、先生のレッスンルームのグランドピアノで同じようにやろうとすると、むちゃくちゃになってしまう。このギャップをどうしても埋められないからだ。
今回はこの難問を解決するために、日比谷の松尾スタジオまで行って、愛しのスタンウェイのフルコンを1時間弾くことで、生ピアノのタッチを覚え、帰宅後にそれを思い出しながら電子ピアノで練習するというのをやってみたんですが……。

やっぱりだめだー。レッスンルームで弾き始めたら、右手小指で奏でるメロディーと、残りの右手で奏でる内声部が頭の中でごちゃごちゃになり、心で歌えなくなり、あえなく破綻。
途中で「もう1度最初から弾いてもいいですか?」と切り出し、再び弾き始めるも、やっぱり音がのびない。「こんなはずじゃない、こんなはずじゃない」と思っているうちに曲に心を委ねられないまま終了。ぐっすん。

先生はいう。「うーん、迷路に迷い込んじゃったですね。音をコントロールしようと思うあまりに曲の大きな流れが見えなくなっちゃってる。一つ一つのフレーズを大事にしようとするあまり、この曲の持つ『達観した感じ』が見えてこないんでしょうね。大丈夫。肩の力を抜いて、もうちょっと遠くからこの曲を見つめるような気持ちで、神さまになった気持ちで弾いてみれば、指なんて勝手についてくるから!」

あのねえ、先生。
私は凡人なので、神さまの気分なんてなれませーーーーん!!

そしたら先生、こんなことを言い出した。
「わかった。内声部を隠そう抑えようとするから、無理が出る。逆に全部フォルティッシモで弾いてみましょう。内声部を思い切り歌ってください」

は? まじ?
言われた通り、全部の音をフォルティッシモで思い切り弾いてみる。
隣で先生が「もっと、もっと音を出していい。もっと解放されましょう!」と叫ぶ。
おまけに、これまで私が必死で抑えよう、コントロールしよう、としてきた内声部だけを取り出して、先生が隣のグランドピアノでものすごい音量で一緒になって弾き始めた。もともとロシアものを弾く先生ですから、迫力たっぷり。
こっちも負けじと、必死で頑張る。すさまじい音、音、音。
ごめんよ、シューベルト。なんだか恐ろしいことになっちゃってるよ。
弾きながら、「これ、はた目に見たら女2人でご乱心〜、って感じだろうなあ」と思い、ぷぷぷ、と笑ってしまった。

そしたら、ちょっとだけ肩の力が抜けた。
弾いてる自分を見つめる視点が生まれた。

なるほど。色々な練習方法があるもんだ。

★凍 (著・沢木耕太郎)

★凍 (著・沢木耕太郎)

世界的なクライマー、山野井泰史さんと妙子さんというクライマー夫婦が2002年、ヒマラヤのギャチュンカン北壁を目指したノンフィクション。

心にくいっ、くいっ、と引っかかってくるものが多くて。
読み手のこちらがわのほうに、引っかけてしまう「突起」のようなものがそもそも多いテーマなのかもしれないけど、たぶん、それだけでなく、この本のクォリティーの高さによるものだと思う。

山野井さんが単独登頂直前に、雪と風の合間に見える一瞬の青空と頂をみつめながら、「早く頂上にたどり着きたい。しかし、この甘美が時間が味わえるのなら、まだたどりつかなくてもいい」と思うシーンなど、本当の意味では理解できないにしても、とても近付きたいというせっぱ詰まった思いにさせられました。
登頂した後の激しい疲労感の中で「無理をしすぎたかな」「生きて帰れるかな」「でもいい登頂だったな」と、ぽつんぽつんと思うあたりも。

でも、圧巻は、体調不良で頂上アタックはせずに下で待っていた妙子さんとの下降が始まる第7章「クライムダウン」からです。
雪崩に遭って、妙子さんが流されて、山野井さんとザイルでつながった先の妙子さんの生死が分からない状態で、山野井さんは「死んだのならザイルを切らねばならない」と冷静に考えるんですよね。でもザイルを残さねば自分も降りられなくなるから、妙子さんの死体のそばでザイルを切るしなかいな、と。
一方、意識がまだあった妙子さんは自分の意志で壁に張り付き、ザイルをカラビナから外し、「はずした先を見れば、山野井はすべて理解するだろう」と考える。実際、山野井さんは、引きちぎられたのではなく、外されたザイルの先を見て、「妙子は生きている」と確信するわけです。

登攀のパートナーであり、夫婦でもある、という関係って、私にはとても想像できないのだけど、何度も何度もため息が出てしまったのでした。

★家族の痕跡 いちばん最後に残るもの(著・斎藤環)

★家族の痕跡 いちばん最後に残るもの(著・斎藤環)

私には少々難解な本でしたが、最後の最後のほうで、斎藤氏が家族という関係について「諸悪の根元ではあるが、ほかのいかなる人間関係よりもマシな形態」と言い切っているところに、不思議な生々しさを感じ、興味深くおもいました。
マシ、という表現がいかにも清々しいですし。

また、いちばんマシ、という理由として、「人間が生存していくうえで、あるいは子どもを養育していくうえで、あるいは相互扶助し合う大義名分として、これほど機能的で一般性が高い形態はほかにない」「家族は子どもにさまざまな『欲望』を与え、またこの点が重要なのだが、欲望と同じ手続きで『規範』を、あるいは『価値観』を与えることができる。洗脳と説得以外のやり方で、つまり『教育』というやり方で、価値観を形成する手段はほかにないとすら思う」と語っています。
「相互扶助し合う大義名分」というところに、なるほどなあ、と膝を打ってしまった次第。

ということで、最終章のこの文を読む限り、これは斎藤氏の「家族」擁護論なのでしょう。

が、いきなり第一章のタイトルは「母親は『諸悪の根源』である」ですからねー。

前半で語られる「ダブルバインド」論は興味深いです。くだいて言うと、「言語によるメッセージと、態度から伝わるメッセージとは矛盾している時のコミュニケーションは逃げ場がない」ということになるのかな。特に母子密着におけるコミュニケーションは、「日本的ダブルバインド」だ、と斎藤氏は指摘してます。例えば、ひきこもる息子に「早く自立しなさい」と言いつつ我が子の生活をあいまいに支え続けること。
「否定の言葉とともに抱きしめることがいかに人を束縛するか」という斎藤氏の言葉は、なるほど、私も含め、世のお母さんたちには耳が痛いところじゃないかしら。

斎藤氏の治療経験から、身体的な暴力をともなうような虐待のほうが、ダブルバインドの矛盾をはらんでいない分、トラウマ化されやすく、だからそこから起こる症状の道のりも単純で、一方、過剰期待などの「条件付きの愛」のほうがダブルバインドの矛盾をはらんでしまう分、通常の虐待よりも複雑な症状を呈してしまう、と語っているのも興味深いです。

また、「問題のある家族から必然的に問題のある子どもが生じる」のではなく、「子どもの抱えてしまった問題というフィルターを通して、『問題ある家族』がたまたま見えてしまう」のだ、という理屈も、取材経験から共感できる部分でした。

本書の中で斎藤氏が絶賛しているマンガ「黄色い本」(高野文子)は未読。読んでみたいと思いました。

全般的には、私、半分くらいしか理解できてないとおもいます。書き下ろしではないため、本1冊としての構成をもう少し考えてくれたら読みやすかったのに、という思いも残ります。

bk1のサイトで、斎藤氏自身のレビューが読めます。「家族論を語ることは恥ずかしい」と斎藤氏が書いているのを見て、無条件にこの本に飛びついた私ですが、うーん、どこを恥じているのか全然分からないのであった。


久しぶりのワイン。痛飲へ?!

風邪がやっと治った。
チンパンジーに負けじ、と毎晩1〜2本の長ネギを焼いたり、生のままで和えたり、工夫に工夫を凝らして食べ続けたというのに、結局は夜更かしがたたって、見事に風邪をひいてしまった、というわけ。
しばらくの禁酒。
そしてとうとう今夜、解禁!

最近、私の好みにぴったりなうえ、コストパフォーマンスの良さから愛飲しているのが、トラピチェ フォン・ド・カーブ・カベルネ・ソーヴィニヨン2002
ちなみに上記リンク先サイトで、残りをまとめ買いして、「売り切れ」表示にさせたのは、この私です。ちょっと苦いのが、妙に癖になってしまいまして。

来週はまたバタバタと忙しくなりそうなので、いまのうちにリラックス。
そろそろパソコンを閉じなければ。
過去に2度ほど、翌朝起きてから、ブログを見て「いつ、こんなことを私、書いたんだろう」と記憶にない更新にびっくりしたことがあるので。


靴選びの記事の思わぬ効果

「靴選び」について記事を書きました。
最近、どうも暮らしの知恵系の記事ばかり書いている気が……。

ところで。
記事にも書きましたが、私自身の足の指のマメ問題に、とうとう変化があらわれました。

これまでもアシックスが出している足に優しいPedalaというブランドをこの10年、履き続け、靴を買う時は、ちゃーんと足幅や足囲を計ってきたのに、それでもマメができるのはなぜなのか、というナゾに対して、今回取材で出会ったシューフィッターさんから「靴ひもを毎回結び直して」と助言されたところまでは記事に書いた通り。

面倒だなあ、と思いながらも、試しに、もう2年間ぐらい解いたことがないヒモをほどき(靴磨きの時ですら、ヒモを結んだままだったズボラな私……)、数日前から毎回、靴ひもを結び、甲の高い箇所で足を靴に固定するようにしたら……ほんと、びっくり!
マメの痛みが消えました。

やってみるもんですねえ。
みなさん、靴ひもは毎回、結び直しましょうぜ。え? そんなの常識?


■ナミイと唄えば (監督・本橋成一)

■ナミイと唄えば (監督・本橋成一)

沖縄発のドキュメンタリー映画。
85歳の「ナミイ」こと新城浪さんが、スナックで、お座敷で、高齢者施設で、台湾で、およそあらゆるところで三線を弾き、うたいまくるという旅のお話。
「ヒャクハタチ(百二十)まで生きてみたいと思います」と毎朝、神棚に頭を下げ、夫の仏壇に「早くお迎えにこないでね。あんたの倍生きようと思ってますから」とのたまう姿は極めてチャーミングです。はい。

ただ、私は正直いって、新城さんの唄や三線には「すごい!」と思いませんでした。
決して上手でもないと思うし。沖縄発の映画となると、はちゃめちゃにスピード感があった「パイナップルツアーズ」とか、唄が本当に本当に良かった「ナビィの恋」とかのほうがずっとずっと魅力的だと思う。
映画としてどうか、という意味でも、強く心に引かれた、とは言い難いかも。

ただ、この作品の主人公、ナミイさんが、これまでの沖縄発映画にないものを持っているとしたら、それは「普通」であるがゆえの懐の広さかもなあ。
沖縄のおばあさんはチャーミングな人が多いから、決して、ナミイさんは特別な人じゃないと思うんです。でも「普通」だからこそ、彼女は島唄に限らず、なんでも唄ってくれちゃうのね。童謡から大和の流行歌まで。沖縄民謡に期待して劇場に行ったら、肩すかしをくらうほどにね。

そもそも冒頭のシーンがすごい。
唄の奉納の神事で、好きな唄が一番良いだろう、とナミイさんが唄ったのは「酒は泪かため息か」。このあたりの俗っぽさが、なんというのだろう、「沖縄」という存在に、「底抜けの明るさ」とか「悲惨な歴史」とか「魂の浄化」とか「唄とともに生きる人々」とか、その手の神話を求めたがる人たちを、見事に裏切ってくれるわけで、その点はおもしろいと感じました。

この映画を離れて、一つ思い出話を。
ナミイさんが台湾に行ったところで、台湾の少数民族のプユマ民族の人たちと一緒に唄って踊るシーンが一瞬、出てくるのです。私、声を上げそうになりました。
大学時代、大阪から船で那覇、そして石垣島へと渡った後、そこからまた船で台湾に渡りました。
台東という街で、いくつかの偶然と必然の末に、プユマ民族の一家と知り合い、そちらのお宅でなんと10日間ぐらい泊めていただいたんです。
本当によく唄ったな。踊ったな。古い日本の曲。プユマの唄もたくさん教えてもらった。親戚一同車座になって一緒に声を合わせて唄った時、「ああこんな風にみんなで唄を唄えるっていいなあ」と思った。日本ではカラオケばっかりで、みんなで楽器もなしに唄うなんて初めてだったから。
お兄ちゃん格の3人の青年が、すぐに私のビールに、甘い缶コーヒーを混ぜてくれたっけ。「あやこ、飲み過ぎ」と。ビールを砂糖入りコーヒーで割るなんて、私は卒倒しそうだったけど。
帰国してそんな話を昭和12年生まれの父にしたら、「何いうてんねん。日本人かてカラオケが登場するまでは、宴会といえばみんなで車座になって一緒に唄うのが普通やってんで。そやから、若い人でも軍歌をいやおうなしに覚えたもんや」と言われたのだった。
その夜は、母親の三味線を持ち出して、黒田節を一晩でマスターし、父とどんちゃん騒ぎしたのだった。
そんなことが、この映画を観ていたら、ぱーーーーーーっとよみがえった。

さらにナミイさんが三線を習いに行った先の大島勇さんのお顔を、画面で初めて拝見。これが懐かしい大島保克さん(むっちゃくちゃ唄が素敵な人です)のお父様なのね。
まだ若かったころ、東京で偶然出会い、わずか10分間、住所を交換しただけの那覇在住のご夫婦に「沖縄にも遊びにおいでー」と言われたのを真に受けて、本当に出かけ、そこのお家に泊めてもらうところから始まったのが、上記の台湾の旅だったわけで。
確か、台湾から帰ってきて再び那覇でこのご夫婦の家に泊めてもらっていた時、大島保克さんと新幸人さん(かつてニュース23のエンディングテーマを唄っていた)と知り合い、飲んだくれて、最後は新さんのアパートで川の字で寝たんだった。
ははは、なつかしー。

ということで、映画自体より、映画によってよみがえった思い出のほうが美しく、鮮やかで、胸を打ってしまった………のでした。ちゃんちゃん。

■スティーヴィー (監督・スティーヴ・ジェイムス)

■スティーヴィー (スティーヴ・ジェイムス監督)

私にはとんでもなく重いドキュメンタリー映画でした。数週間前に観たにもかかわらず、なかなか文章にまとめることができませんでした。
今でも、ネタバレ混じりの文章をグシャグシャと書き散らすくらいしかできません。それくらい重い映画でした。

なぜなら。主人公や登場する家族たちが口にするセリフがことごとく、少年非行やら自傷やら薬物依存の取材の中でこれまでに実際に耳にしたことがあるセリフばっかり。
これが何より、見ていて苦しかったです。
さらに、主人公のスティーヴィーがすでに少年ではなく、28歳で、日本人の目から見るともう「おっさん」の風貌で、だけど行動も言葉も心もたぶん、12歳くらいの少年のままの部分を残していて、そこの部分が苦しい苦しいと悲鳴を上げているのが、画面から伝わってくるからなのだと思います。

映画は最初、スティーヴ監督がかつてビッグブラザーとして関わった少年のもとを約10年ぶりに再訪するシーンから始まります。11歳だった少年はすでに24歳に成長。母親に捨てられ、施設を転々とし、荒れるに任せて、10年間に多くの犯罪を重ねていました。スティーブ監督は最初から、「この少年を途中で見捨ててしまった」という負い目を抱きつつ、撮影を始めるのです。
スティーヴ監督と妻は子連れでスティーヴィーのもとを訪ねているのだけど、幼い子どもたちがスティーヴィーの興奮した様子をなかば脅えながら見つめているシーンも印象に残りました。監督がさりげなく子どもたちを部屋の外に連れて行くところなども、なんだか身につまされました。私も何度か子連れ取材をしてきたので。

一方、監督の妻はカウンセラー。幼児へのレイプ犯の更正プログラムに携わっている。いわばその道のプロ。それは映画の中の彼女の行動をみているとよく分かります。
例えば、久しぶりに再会したスティーヴィーへの受容的な態度。「オレがキレたら大変さ。今は抑えてるけど」と興奮してしゃべり続けるスティーヴィーに、「えらいわ、ちゃんと抑えているのね」とほめる。その姿を見ただけで、「あ、プロだ」と思いました。プロだから受容力もあるけれど、揺るがなさすぎて、どこかで線を引いているような距離感が常に見えるんですよね。

監督はこの再訪のあと、また2年間、スティーヴィーを訪ねなかったそうです。彼の半生を映画にしよう、と再度彼と接触した時には、彼はもう女児への性的暴行罪で裁かれようとしているところでした。
私はストーリ