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★アッコちゃんの時代(著・林真理子)

★アッコちゃんの時代(著・林真理子)

バブル時代の東京・六本木を舞台に、一人の女子大生「アッコちゃん」が「地上げの帝王」を銀座のクラブのママから奪ったり、飯倉の「キャンティ」の経営者一族で金も才能も妻子も持っているという音楽プロデューサーと結婚したりする話。
と書くと身も蓋もないか。
いや、これを身も蓋もない、と思ってしまうあたりが、私がバブル的世界をまったく知らないで終わってしまったことの原因かも。

「アッコ」ちゃんとほとんど歳が変わらないはずなのに、私だって女子大生時代があったはずなのに、京都の大学寮で月2000円程度の寮費を払い、ドテラ姿で平気で通学していた私は、全然バブルを知らない。京都にもディスコぐらいあったろうに、大学時代、行ったことがない。
東京では恋人同士が夜景の美しいホテルで泊まりクリスマスを祝ったそうだが、当時の私たちはリサイクルショップで300円くらいのプレゼントを買っては贈りあったもんだ。まるで、O・ヘンリーの「賢者の贈り物」。
でもあの時代、バブルをまったく知らずに終えてしまった私には、新聞記者として、時代の一つを間違いなく見落としたまま二十一世紀に来ちゃったんだなあ、という鈍い後悔が常にある。

だから、友だちから聞くバブル話がすごく好き。勉強になる。ある友人に「メロンといえば、ブランデーを流し込んでストローで飲む、ってことばかりやってたから、病気になってお見舞いにメロンをもらった日、私、熱があったのにメロンにブランデー入れて飲んだわよ」と聞いた時は、ぶるぶるぶると身震いした。ああ、なんとおもしろそうな時代!
小心者だった10代の私にはとうてい無理だけど、20代後半くらいにバブル時代を経験していたら、妙な向学心をもやし、時代を探索するべく、夜の街に出て行ってた気がする。
が容姿に足を引っ張られ、核心に迫れなかったんだろうけどね。

そんな私にとって、この「アッコちゃんの時代」は、まさにバブル時代の六本木を知るすごいテキストではあった。ぶるぶるぶるぶるぶるぶる。本当にこんなことがあったの? 私と年の変わらない女の子たちが、こんな時代を生き抜かねばならなかったの?
高揚感に包まれていて、熟れすぎた果実みたいに危険で、なんだか残酷。
いっぱいいっぱいモノも金もあふれているのに、そこに登場する主人公アッコちゃんに内在する「空白」のようなものがすごく気になった。
「中身がからっぽ」と言う意味ではない(ここのところ、要注意)。
孤独、というような安易な言葉でも表現しきれない気がする。
なんというか底なし。からっぽ。からっぽゆえのものすごい魅力。
だからどんな男でも、吸い込まれてしまう。吸い込まれる男は、彼女を「理想の女」と呼ぶ。たぶん、自分自身が好きな男が、自分自身を「理想的」と呼んでるのに近い。

アッコちゃんの「からっぽ」がもっと具体的に知りたくなった。

すごく違和感があるのは、この小説がノンフィクション仕立てになっていること。
登場人物が若干、名前を変えてあるだけで、知っている人が読むとだいたい分かる、というのはいい。実際に、実在の女性を描いているし、その人から話を聞いて書いた本なのだから、それもいい。
バブル時代に踊らされた愚かな女、というような描き方をしていないのもいいし、「アッコちゃん」がへたに人生を後悔してないところもいい。

ただ、あえて「林真理子」とは別の「秋山聡子」(だったっけ?)とかいう女流作家を登場させ、雑誌編集者の介在で取材を始めたあたりの描写まで書き、主人公「アッコちゃん」の目から「秋山」評まで書いてしまうシーンは、なんというかちょっと、悪趣味な気がした。
ノンフィクション仕立てにするために、あえてこの手のシーンを挿入した、というのとはまったく別の意図があったんじゃないか、と勘ぐりたくなる。
例えば「私とあんたは決定的に違うわよ」みたいな。
勘ぐりすぎか。

だって、アッコちゃんの描き方自体には決して悪意がこめられていないのに。
なんだかjほんのちょっとだけ「いじわる」を感じたのはなぜなんだろう。

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プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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