おぐにあやこの行った見た書いた

★四つの嘘(著・大石静)

★四つの嘘(著・大石静)

東京の女子校の同級生だった4人がそれぞれの人生を送り、40代になった時の物語。
むちゃくちゃ面倒な人間関係なんだわ。高校時代、クラスでリーダー格だけど自分の善悪の判断を他人に押し付けるきらいのある満希子は婿養子をもらい家業を継いでいる。高校時代、満希子の親友で、大学生の河野を恋の相談相手だったはずの詩文に奪われた美波は、河野に似た男と結婚するも、40代で河野と不倫。高校時代から他人とつるむのが嫌いで、生きがいは男を振り向かせることで、美波からも河野を奪い、しかし河野と離婚してからは、子持ちのまま子育てにも生きがいを見いだせず、生活を荒らしているのが詩文。そして、高校時代、一人医学部に進学し、「男なんかどうでもいいわ」の姿勢のまま医者としてのキャリアを積み、更年期を早々に迎えてしまったのがネリ。
(あーあ。書いてるだけで疲れた)。

この本の一番おもしろい読み方は、気の置けない女友だち4〜5人でこの本を読み、酒を飲みながら、「どの女に一番共感できるか」「誰のどこが嫌いか」というのを延々としゃべくることではないかなあ。結構、もりあがると思うが、まあ、それ以上の話でもないよね。

ちなみに私は、高校時代の4人の中で一番好きになれなかったのが満希子かも。他人に自分の価値観を強いて、おまけにそれを正義と思いこんでる人は、子供も、大人も、好きにはなれないの。高校時代の詩文は嫌いじゃない。ただ、男を落とすことでしか自分の価値を計れないというのは痛々しいな。

それにしても、「同じ高校時代を過ごした女友だちが、その後、互いに大きく異なる道を歩んで……」という類の小説って、1ジャンルを築いてますよね。
専業主婦がいて、キャリア女性がいて、みたいなわかりやすい構図を作りやすいからかしら。
大ヒットの「対岸の彼女」も、このジャンルですよね。
で、必ず葛藤と嫉妬とそれぞれの闘いがあって、最後は共感し、互いの人生を認め合う、みたいな展開。

1ジャンルを築くほどの素材でありながら、この手の女友達関係に、それほどリアリティーを感じられない私です。悪いが私たちの高校時代の友人関係って、こんなにドロドロしてなかったし、嘘も嫉妬もこんなにひどくなかったぞ。大人になって、子連れで再会しても、葛藤も嫉妬もないし。
むしろ、私にとっては、ほんわかといつでも身を寄せられる日だまり、みたいな感じなんだな。

もしかしてこの「同級生長じて別々の人生」というジャンル、ありそうで、実はあんまりない話なんじゃないのかなあ。

今日もジタバタジタバタジタバタジタバタ

宋の時代の中国の学者、欧陽修が言った言葉に「三上」というのがあります。
物を考えたり文章を練ったりするのに良い場所は、「馬上(ばじょう)・枕上(ちんじょう、枕の上)・厠上(しじょう、トイレ)」というわけ。これ、ほんとうに実感することが多い。
(馬上、は今の時代でいえば、通勤列車の中、かな)。

で、さきほどトイレの中でぼんやりしていたら、どういう脈略なんだか、大尊敬している会社の先輩記者のことを思い出しました。その人、優秀なエリート事件記者なのだけど、ある時、長期にわたって大自然に囲まれた海外に出張したことがあります。帰国した彼に「人生観、変わりました?」と尋ねたら、彼は一言、こう言ったのでした。

「うん。変わったねえ。人生観。人生は変わらないんだけどさ」

うーむ、と考え込んじゃいました。
人生観は変わったが、人生は変わらない。なるほど。責任感の固まりみたいな人だから、ほんと、そんな風に実感したんだろうな。
その時、ふと、旅をするなら若いうちにしておけ、というのはある意味、真理なんだろう、と思ったのでした。
私は、若者のほうが感性が豊かだ、なんて信じちゃいない。感性の鋭いヤツもいればそうでないやつもいる。それは若者も中年も年寄りも同じ。外国で同じものを見ても、同じ人に会っても、それに響くかどうか、そこから何を得るかは、その人次第。年齢は関係がないと思う。

ただし。
大きく影響を受け、人生観がガラリと変わった時、人生までガラリと変わるかどうか、という点においては、やっぱり若者に分がある気がするのよね。
(10代後半から20代前半に、たくさん旅した自分を振り返っても、やっぱり、うん、あれで結構人生は変わったもの)

もちろん、中年になったら人生は変えられない、なんて言うつもりはないし、簡単には変えてしまえない人生と向き合ったり、背負ったりしながら、限られた条件の中でジタバタジタバタジタバタと生きる中年時代というのは、実は大変味わいぶかいものであって、この醍醐味はなんというか熟成したチーズみたいなもので、歳を重ねれば重ねるほどに良いのよ。これ、実感。
(だから、大人になるのって悪いもんじゃないのよ、マジで>若い人たちへ)

人生、ガラリとは変わらないけどさ。
ジタバタジタバタジタバタの果てに、やっぱり何かが少し変わるしね。それは信じられるしね。
ということで。
今日もジタバタジタバタジタバタジタバタ……。


★ふにゅう(著・川端裕人)

★ふにゅう(著・川端裕人)

パパの子育て小説。それも「おれって結構子育てに協力してるんだぜ」的な「協力」の域を出ないパパではなく、もっと主体的に父親として葛藤し、子どものぬくもりに突き動かされるようにして子育てに頑張るパパの短編5作。

「ふにゅう」は、妻と交代で半年間育児休業を取得したパパの話。赤ちゃんがどんなに泣いても、おっぱい一つで赤ちゃんを泣きやましてしまい、おっぱいを持つというだけで「特別な存在」になれる母親を「ずるい」と思い、パパは決意するのです。「おっぱいがほしい」と。
女性ホルモンを飲み続けたパパは……というお話。
ちなみに「ふにゅう」は、父乳、です。出るのですよ、これが!

びっくりしたシーンが一つ。
パパが授乳中の母と子のような、密度の濃い肌と肌のふれあいを求め、試行錯誤した末に、赤ちゃんの鼻水の自分の口で吸い上げてやり(これは親としては普通の行為)、それをきっかけに、娘の顔中をなめまわし、体中を、股間までも、とても自然な行為として、なめながら、厳粛な思いで「ぼくらってほ乳類なんだよなあ」と思う姿はかなり壮絶です。
(一つ間違えたら性的虐待なんだけどねえ)

他の作品についても。
「デリパニ」は出産に恐る恐る立ち会う夫の話。
「ゆすきとくんとゆすあしちゃん」は、「ママと結婚する」という息子に嫉妬するパパの話。

「桜川エピキュリアン」は、エンタテイメントとしては一番笑えた小説で、一生懸命ママ役も務めている父子家庭のパパに、ゲイの友人が「君はかなり女性化してるぞ。君の息子は将来、男性の性アイデンティティーを獲得できなくて僕みたいになるんじゃない?」なーんて言っちゃったものだから、パパが必死にジムで男らしい身体を目指して頑張る、という話。
エンディングも含め、パパの悲喜こもごもが味わい深いです。

「ギンヤンマ、再配置プロジェクト」は、キャリア志向の強いママが1カ月の海外出張に行ってしまい、寂しさから不安定になる保育園児の娘と息子を守るため、パパが必死で頑張る話。

ちょっとうらやましいと思ってしまった。
我が家では、息子が2歳のとき、私が1週間の海外出張に行ったことがあってね。
保育園の保母さんたちは「保育園の日常を大事にしたほうが、息子さんの精神的な負担は軽く済む。ご主人が夜10時ごろまでに帰宅してくれれば、夕方からそれまでは私たちが順番にあなたの自宅で息子さんの面倒をみてあげる」とまで申し出てくださっていた。
でも、夫は「夜10時までに毎晩帰れるわけないだろう」と。それで息子を仙台の義父母宅に預けっぱなしにするしかなくなった。
一方で、夫は自由に海外出張に出かけているというのにねえ。

あの時に夫に感じた「不公平だ」という思いと、「会社に事情を話して1週間だけ早く帰ることすらできないのかよ」という夫への落胆は、たぶん、死ぬまで消えないだろう。(とりあえず5年経った今なお、あの時の思いは生々しい)。
最近は夏休みや冬休み中の学童保育のお弁当作りまで分担し、息子にも頼りにされている父ちゃんなんだけどね。

ところで、そうそう、本の話。
ママ不在による寂しさも限界を超え、「ママ、ママ」と号泣する2人を両腕に抱きかかえ、真っ暗な寝室で子どもたちを抱きしめるパパのシーンは良いです。
この話を読みながら、「こういう思いを味わったことのあるパパは、まだまだ世の中には少ないよなあ」と、うらやましくも切なくなったのでした。

さて、「ママよりも主体的に育児に関わるパパ」というのがこの本には何人も出てくるわけだけど。
現実にはどのくらいいるのかなあ(何人かは、私も知っているけど)。
この小説が、「未来小説」ではなく、現実を描いたものだと信じたいな。
こういうパパが増えたら、たぶん、少子化問題は解決すると思うんだけどな。

地平は高く、技術は低く。

本日、ピアノレッスンなり。
ヘラーの練習曲2曲とも完成させ、ごきげんなスタート。
いよいよ、シューベルトの即興曲op.90-3。

一生懸命弾いたんだけどなー。
全然思うように弾けないのである。高音部はぜんぜんきれいに響かないし、内声部はうるさく、ゴツゴツしてるし……。情けない気分。

木曽センセは言う。
「この曲って本当に怖い曲ですね。弾き手の心がそのまま聴いている人に伝わってくるんだもの」
(ふむふむなるほど)
「例えば、おぐにさん、今、『こんなはずじゃないのに』と苦しんでるな、とか」
(げげっ。やっぱり分かります?)
「『よし、ここ、うまくできた!』っと思ったり」
(うんうん。ちょっとだけど、そういう瞬間もあったわ)
「ああ、もう、弾くのをやめちゃいたい、と思うほどいやになったり」
(……あのぉ……。そこまで投げやりになったことはないんですけど。そんなに酷かった?私の演奏……)

なかなか道のりは遠いのでありました。

本日教わったこと。

・打鍵をもっとやわらかく。指は鍵盤に乗せてから重みで押すだけ。指は鍵盤から離さないつもりで。
・バスをもう少し響かせる。例えば4声の場合、ソプラノ:アルト:テノール:バスの比率は8:3:3:6。内声はバスの半分でよし。
・平板なリズムの曲だけに、四分音符部分を意識して歌わせる。
・3回フレーズを繰り返す場合、モーツァルトやベートーベンでは3度目を一番聴かせるパターンが多いが、シューベルトのこの曲は違う。1、2度目をじっくり歌い、3度目はあえて抑えると、「微笑みつつあきらめ、死を受容する」ような達観が表現できる。
・フォルテ、フォルテシモ部分も決してむやみに発散させない。強いフォルテではなく、深くこもったフォルテで。

いちいち納得。
木曽センセがなぐさめてくれた。
「おぐにさんの場合は、『こんな風に弾きたい』という目指すべき地平を持っているから、それってすごいことですよね。技術があっても、目指したい地平がない人はどこにも行けないんですから」
ははは。でもさ。
その地平、すっごく高くて、技術がちっともともなわなくて、苦しいんですけど……。

★追跡!「佐世保小六女児同級生殺害事件」(著・草薙厚子)

★追跡!「佐世保小六女児同級生殺害事件」(著・草薙厚子)

加害女児の父親と、当時の担任教師の独占インタビューが興味深かったです。
家裁の審判決定では言及されなかったけれど、その後、児童自立支援施設で「アスペルガー症候群」と診断されていたというのは、知りませんでした。
あと、事件前後の学校の対応のひどさにはあらためて愕然としました。

家庭環境で言えば、一番気になったのは、加害女児の母親について保護者たちの証言から「学校で会っても笑顔一つ見せず、感情があるのかな?という人だった」「とても無口な人でほかのお母さんと言葉を交わすのを見たことがありません」というところ。
こういう人の子育てって、きっと、親も子もしんどいだろうな、つらいだろうな、と思わずにいられなかったから。

子育てに悩んだ時、相談できるお母さん仲間がいるかいないかって、かなり大きいと思う。
いじめだ、不登校だ、とピンチに陥った時に、とりあえずクラスで何が起こっているか情報収集できるだけのネットワークがなかったら、ずっと親は苦しいし、親が苦しいと、間違いなく子どもも苦しい。

私だって決して人付き合いは得意じゃなけど、「やっぱりお母さん仲間っていざという時、すっごく頼りになるんだなあ」ということを、母親歴2年目にして経験させてもらった。
保育園時代の息子は万年登園拒否児で、ものすごく精神的にも不安定だった。私もとても一人でそれを抱え込める状態じゃなかったから、全部洗いざらい、お母さん仲間に打ち明けていた。
だからみんな、随分とフォローしてくれた。
自分が平日休みの日なんか、自分の子と一緒に、うちの息子まで保育園から早帰りさせてくれたりもした。

忘れもしないのが、保育園の年中さんの運動会。
全園児の入場スキップの先頭を切ったのがうちの息子。あまりの緊張で、手なんかガタガタ震えていたらしい。それでも勇気を出して、息子が一人で園庭をスキップして回ったのを見て、もちろん私だって胸があつーくなったんだけど、ふと見回すと何人かのお母さん仲間が感激して泣いてるんだもの。びっくりした。
我が子のように案じてくれていたんだなあ、と。

あのお母さん仲間たちがいなかったら、私なんか、こんな性格だもの、もっともっと育児に思い悩んでいたんじゃないかなあ。
そして、私が思い悩めば悩むほど、きっと息子もそれを察して、しんどくなっていたと思うんだな。

ということで。
来年度も頑張るぞ。学童保育のキャンプ委員!
いつかちゃんとやるぞ、PTAの役員!
(この本を読んでの結論がこれかよ、と言われそうだけれど)。

ラドゥ・ルプーのピアノに泣く@会社

なかなか書けない記事が1本。昨日、今日と苦しんでいる。
掃除についてなんだけど。私、掃除苦手というより大嫌いなので。こんなの、久しぶりだー。
昨日苦しんだのは、書けない、という以前に、ものすごい二日酔いだったからなんだけど。
ということで、今日は集中するため、ずっとイヤホンで音楽を聴きながら仕事した。

今、練習中のシューベルトの即興曲op.90-3ばかりを選んで、フリードリヒ・グルダ、内田光子、田部京子、梯剛之、ツィマーマン、ケンプ、リパッティ……と次々に聴いていく。
去年は90-4ばかり必死で聴いていたから、それぞれのピアニストの90-3の演奏をじっくり聴いたことはなかった。
本日も、とりあえず原稿執筆のためのBGMのつもりだったのだけど。

ラドゥ・ルプーの演奏を聴いた途端、パソコンを打つ手を思わず止めてしまった。
なんだ、これ?

なんとか弱い、美しい音を出すのだろう。
なんと詩的な演奏なのだろう。
なんだか「うっとり」を通り越して、胸がいっぱいになって、気付いたらパソコンに突っ伏して泣いておりました。彼の90−4は特に印象に残らなかったのに。90−3はすごい!
いいなあ、こんな風に弾けないものだろうか。

あかん、あかん、だめだめちゃん。
仕事、仕事。

★新聞がなくなる日(著・歌川令三)

★新聞がなくなる日(著・歌川令三)

毎日新聞の元編集局長が書いた本。
我が家は夫婦とも新聞記者なので、新聞がなくなったら途端に食いっぱぐれると思われ、できれば新聞はなくなってほしくないけど、現実問題ではたぶん、新聞は「なくなる」というか、ごく近い将来、少なくとも 「『紙』の新聞はあってもなくてもどっちでも関係ない」 が多数派になると思う。
そんな漠然とした予感に、きっちりとしたデータで肉付けをしてくれた、という意味で、この本に感謝してます。

この本は、構成もとても秀逸で、例えば第一章に25もの問いを掲げ、それを次章以下で事実に基づきつつ回答を導き出していく、という手法を取ってます。この「問い」が一般読者には、ちょっとしたクイズみたいで、目を引きます。
曰く「日本で1年間に飛び交う情報を文字に換算すると、デジタル情報はアナログの何倍か」「韓国のある有名大学のマスコミ学科で2003年、60人が卒業した。このうち新聞社への就職希望者は何人だったか」「米国の新聞社の『電子新聞』はなぜ無料なのか」「日本国内の新聞販売店の数は? ちなみに交番・駐在所は1万6000箇所」「18-35歳の1日のメディア接触時間はテレビ188分、インターネット91分、ラジオ41分だ。新聞は?」

さてさて。答は本をお読みください。
なんてのは、さておき。

私自身、とある大学の新聞学科で講演した時、「新聞を毎日読んでる人は?」と尋ねたら、ほとんど皆無だった(みな、ネットで記事を拾い読みしているため)、という笑えない体験をすでにしているので、紙媒体の行く末の貧しさはひしひしと感じているつもり。でも海外事情についてはちっとも知らなかった。
例えば、本書にある韓国の市民型小電子新聞「オーマイ・ニュース」(名前が秀逸ですねえ)のレポートは、とても読み応えがあった。米国の新聞社の収入における広告と販売の比率なんてのもちっとも知らなかった。日本の「宅配制度」が世界に類を見ない、というようなことは漠然と聞いたことがあったけど、あまり問題を整理したことがなかったので、あらためて勉強するのには、大変スリリングな本でした。

経営とかのこと、ちっとも知らない私ですが、勉強不足のまま、のほほんと記事を書いているだけじゃ、ちょいと恥ずかしいものねえ。反省。

★旅先でビール(著・川本三郎)

★旅先でビール(著・川本三郎)

社会部時代、子どもを産んだ後で配属されたのが「とうきょう支局」といって、東京都内のニュースやストーリーをカバーする部署でした。そこで随分と町歩きを基調にしたルポ記事に挑戦したものです。その時、お手本にさせてもらったのが、川本さんの「私の東京歩き」など何冊かのエッセイでした。

気になる表現を書きだし、パソコンい書きため、練習したことすらあります。
今でも私が町歩き系ルポルタージュを書くと、ちょっとオジサン臭が出てしまいます。これってきっと、川本先生の影響だと私は勝手に思ってます。

この本は、さらっと流し読みをしました。
真ん中あたりに、「東京の端の小さな島」というエッセイがあって、

<東京に島がある。
 といっても伊豆諸島や小笠原諸島ではない。区内の川のなかにある。ふたつある。ひとつは、わりとよく知られている。旧江戸川の下流、千葉県浦安市との境の川のなかにある妙見島。
 島というより中州といったほうがいいが、結構大きな島で、鉄工所や油脂工場などいくつか工場がある。
 食堂もある。車の量の多い幹線道路、葛西端通りが島を貫いている。工場街のなかの島である。
 もうひとつある。こちらは、ほとんど知られていない。荒川と隅田川が分かれる岩淵水門の近くにある。とても小さな島で、名前はない。荒川の流れのなかに残されたように、ぽつんと浮かんでいる。
 東京のなかの隠れ里のような島である。(後略)>

ね、行ってみたくなるでしょ。

「銭湯の多い芸術家村」というエッセイもおもしろかった。
私はちっとも知らなかったけれど、1980年代に「ひとつ目小町」という言葉があったんだそうだ。渋谷の隣の代官山や神泉、新宿の隣の南新宿といった、ひとつ目の小さな街がおもしろいことから生まれた言葉だったという。もちろん彼は「ただ、どこも結局は、渋谷や新宿に飲み込まれてしまった」と書くのだけれど。
そんななかで、池袋の「ひとつ目小町」として挙げられているのが「椎名町」界隈の商店街。
街の描写の後、川本さんはこう書いている。「暮らしやすい街の条件は、豆腐屋、古本屋、そして銭湯があることだ」と。
うふふ。同感。私の住む町は、古本屋の代わりに、ちょっとおもしろい品揃えをする往来堂書店という本屋があります。豆腐がうまい店もあります。銭湯はもう、あっちこっちに。やたら湯が熱く、水でうめようとすると文句をいう口うるさいおばあちゃんまでもれなく付いてきます。

この本で一つだけ閉口したことがあります。
図書館でこの本を借りたら、あっちこっちに一人の読者が書き込みをしまくってるの。「若い女優さん」という表現のところの「い」を消して「くない」と書き加え(つまり「若くない女優さん」ね)てあったり、というような子どもっぽい書き込みから、川本さんの考えに対する反論まで。
これが目にうるさい。
せっかく気持ちよく本を読んでるのに、隣でプライドばっかりたかいいやな爺さんがいちいち文句をつけているような感じがして、幸せな読書時間を随分と邪魔された。
図書館の本はみんなのものです。
書き込みはしないでください、と言いたいわ。

小宮山量平さんととうとう出会う

小学校高学年でどんな本に出会ったか、というのが結構、その人の人生を左右したり、考え方を決めたりすることってあると思う。
少なくとも私はそうだ。
小学校高学年の時は、死ぬほど本を読んだ。いろいろな分野の本に、思い切り影響を受けた。私は当時、「私を育ててるのは親じゃない。本だ」という、親が聞いたらショックでぶっ倒れそうなセリフを真顔で友達に語っていたんだから……なんというかいやな小学生。
(今はちゃんと両親に感謝しております。はい)

そんな「私に影響を与えた本」を当時たくさん出してくれていたのが「理論社」という出版社だった。 (今の理論社は、外国のヤングアダルトの名作を次々に翻訳していて、おまけに私が大絶賛している「よりみちパン!セ」シリーズも出していて、実は大人になっても私は随分とこの出版社にお世話になっているわけだけど)。
例えば、ほら、灰谷健次郎さんの「兎の目」とか「太陽の子」とか。今江さんの本とか。あれはみんな理論社の創始者でもある小宮山量平さんが子どもたちに向けて送り出した本たちだったわけ。

ということで、長じて小宮山さんの存在を知って以来、一度、お目に掛かりたいものだと思っていた。今日は、ちょっとした取材の関係でとうとう信州・上田へ。
(新幹線の上田駅前のウナギ屋さんの3階に、「小宮山量平の編集室」があって、彼が世に送り出した本がずらりと並ぶギャラリーになっています。懐かしい本が次々見つかって、うっとりしてしまいます)。
今年はとうとう90歳になるよ、という小宮山さんとたっぷり3時間、お話をして帰ってきたのだった。



さて、どんなお話をしたかというと……。
それは来週の毎日新聞の夕刊が出るまでお待ちくださいませー。

★綱渡りの男(作・モーディカイ・ガースティン)

★綱渡りの男(作・モーディカイ・ガースティン)

実話に基づいた絵本。
1974年、今はなき世界貿易センターのツインタワーの間に綱を張り、綱渡りの曲芸を世に知らしめたフィリップ・プティのことを描いた絵本。
絵がいい。心が洗われる。絵本を繰るたび、胸が高鳴るほどに美しい絵が続く。
読み終わってから、「もしかして、これって実話?」と気付き、検索して、プティの綱渡りの時の写真まで見つけて、圧倒されてしまう。

子どもに読み聞かせるにもスリリングな絵本だけど。
大人にとっても、心に染みる絵本です。

★誰も「戦後」を覚えていない(著・鴨下信一)

★誰も「戦後」を覚えていない(著・鴨下信一)

1935年生まれの著者が、敗戦後5年間のことを描いた本。
当時を生きた人にとっては当たり前で、絶対に忘れられないことなのに、今語り継がれている「歴史」の中からはなぜかこぼれ落ちてしまい、今の若い人には絶対に理解してもらえそうにないことを、著者は丹念に探し出し、拾い上げ、時には「今の人にはわからないかもしれないが」と前置きし、「実際はこうだったんですよ」と教えてくれる。

この「今の人にはわからないだろうが」という前口上が、ちっとも説教臭くない。嫌味がない。今の人を責めているのではなく、ただ伝えておきたい、という静かな思いがこの本を書かせているんだろうと伝わってきて、不思議と説得力がある。
新書だから簡単に安心して読める。今の人が読む、ということを前提に、リーダビリティーを確保することにも力を割いてくれている。
だからだろう。読者は著者の「直球」をすなおに受け止めてしまう。

例えば、「敗戦のレシピ」という章には「はまぐり焼き」というレシピが登場する。
レシピ曰く「粉がある時はふくらし粉と塩を加えて手軽なホットケーキのようなものを焼き、2つ折りにして中につぶし芋をたっぷりはさんで2つに切ります。ちょうど三角形の底のまるいはまぐりのような形になります。時間があれば火箸をよく焼き、はまぐりのような筋目をつければ、見た目も変わってきれいになります」

今の私たちの目には決しておいしそうには見えないが、ホットケーキだなんて案外ハイカラじゃない? などと思ってしまいそうだ。

しかし、著者の鴨下さんはこう書く。
「とても理解してもらえないだろうが、ぼくはこのレシピを読んだ時、思わず泣いてしまった。この時代に生きた人間でないとわからない」

なぜか。

鴨下さんはこれを「幻想のレシピだ」という。
「粉のある時は」なんて、とんでもない。粉などもうなかった。小麦粉は配給にならない。配給になるのはたぶん「海草粉」で、そんな粉ではホットケーキは作れない。ふくらし粉だってない。
「時間があれば」なんてとんでもない。「焼き目を付けるヒマがあれば、他のことをするだろう」と鴨下さんは書く。ほんの少しの配給のために1日中行列しなければならなかった時代なのだ。
「結局これは単なる『つぶし芋』のレシピなのだ」と鴨下さんは書く。
ここまで来て私たちはようやく、ああ、なるほど、と納得するのだ。
確かに私たちは、結局、「戦後」と語られるいくつかの事象について知っていたとしても、あるいは資料を見聞したことがあったとしても、本当の「戦後」をちっとも知らないのだ、と。

例えば、玉音放送。
著者は「玉音放送の内容、勅語の文章が難解で、意味がわからず、国民の多くが敗戦の現実をなかなか受け止められなかったということが定説化してしまっているのは、それは困る」と書く。
彼は「小学生でも理解できた」と言うのだ。教育勅語の復唱を毎日のように行っていた当時の小学生にとって、勅語の難しい文体も耳慣れたものだった、と鴨下さんは主張する。聞き取れなかったのは、内容が難しかったからではなく、ラジオの受信状態の悪さゆえだ、と。

今を生きる私は、思わず「どっちでもいいじゃん」と言い捨ててしまいそうになり、それから、思い直すのだ。「どっちでもいい」と思えない人たちの気持ちを、私はこれまでも知らず知らずのうちにいっぱい無視してきたんだろうなあ、と。

このほかにも、例えば、普通の人が「ちょいと借りよう」「交換しよう」と言いながら、他人のものを盗んだ日々や、親戚の間にまで不信と狂気を生んだ間借り、殺人列車、闇市、預金封鎖……。そんな、誰もがよく知っていると思いこんでいる「戦後話」の中に、「今の感覚でとらえれば絶対にここの部分は理解できないぞ」と鴨下さんがピンポイントで示してくれる事柄の一つひとつが、なるほど、確かに私自身が誤解したり見落としたりしていた部分であることが多くて、一つひとつ考えさせられた。
終盤、段々とポイントが広がって行き過ぎる気がして、ついついとばし読みしてしまったけれども。

さらに、あとがきは心に残った。
彼は、戦後を言い表すことがとして「不公平感」を第一に挙げる。
死なねばならなかった者と生き残った者。家が焼かれた者と焼かれなかった者。シベリアに抑留された者とすぐに帰国できた者。いくつもの不公平感のうえにいて、だからこそ、生き残った者はそれぞれに罪悪感を感じていたのだと。
彼がこの本を書かずにいられなかったのも、その罪悪感ゆえなのだと。

確かにこの「罪悪感」もまた、私たち、下の世代にはその痛みをとても共有できそうにない感覚なのだろうなあ、と思いつつ、本を閉じた。


シューベルトの気持ち

即興曲op.90−3を弾き始めて3週間弱。
ようやく曲の体裁をなしてきたって感じ。
とうとう、念願の試みに挑戦してみました。

何か、って、90−3と、90−4を、続きで弾き通すという試み。
どのピアニストのCDだったか覚えてないのだけど、ライナーノーツに「90−3と90−4は通しで演奏されることが多い」と書かれてあった。それを読んだのは、昨年末の発表会で90−4を弾く前だったのだけど、その時から気になっていた。
「90−3から通して弾いたら、90−4の曲の解釈も変わるんじゃないか」と。
それをどうしても試してみたかったのです。

練習不足でまだまだ弾きこなせてない90−3と。
発表会から1カ月経って、どんどん、完成度が落ちてしまっている90−4と。
両方とも中途半端なできあがりであることがかなり悔しいのだけど、それでも、90−3を弾き終えて、90−4の最初のフレーズを弾いた瞬間、パッと心の中に花火が燃えた感じがした。

音が違って聞こえたから。なんというんだろう。うまく言葉にできない。
ああ、こういう曲だったんだ、と腑に落ちたような部分が確かにあったのでした。

90−3ははとても美しい曲で、美しいものに満ちていて、死を前にしたシューベルトの達観のようなものが曲の最初から最後まであって、それは「あきらめ」とは決して違って。
死を前にして、この人はこんなにも美しいもので心を満たしていたのか、と胸に染みる曲なのです。

で、この曲の次に90−4を弾くと、ああ、と思い当たるわけ。
この人の悲しみはもっともっと深かったんだ。
この人の無念はもっともっと深かったんだ。
でも、この人は、悔しさをぶつけようとは決してしなかったんだ。
こんなにも心が揺れているのに、揺らがない何かをちゃんと心の中にもってたんだ。

はーーーーっ、と一つため息。
作曲家別演奏法」の著者、久元祐子さんが「この反復をこう味付けして替えてやろうとか、こういうふうに変化させながら盛り上げていこうと考えた途端、シューベルトは逃げていってしまいます」と書いておられたのが、今更ながら身に染みるなあ。

私は、いっぱい味付けもしたし、変化もあえてさせた。そうでもしないと、曲がまとまらなかった。
シューベルトがきちんと心の中に守っていたものが、自分の中にはないわけだから、あえて色々と工夫しないと、どうしようもなかったんだろうなあ。
そんな高度な表現力なんて、私にはないもんなあ。

だから、あんな風に弾いたことを一つの後悔もしてないし、あれが私のせいいっぱいだとも思うけれど。
いつか「揺らがない何か」まで表現できるようになればいいなあ。
そんな風にしみじみ感じた夜だったのでした。

リパッティのブサンソン音楽祭における告別コンサート、を聴く

「夜回り先生」の水谷修さんが、「あのリパッティの最期のコンサートのショパンの音色をぜひ聴いてください」とか言うものだから、CDを買ってしまった。
ブサンソン音楽祭における告別コンサート」。(1950年9月録音)。
哀しいくらい音質が悪く、それが悔しくもあるんだけど。
それでもなお、心を打つんだわ、確かに。

特に私の心に響いたのは、ショパンのワルツ第3番イ短調(作品34−2)。
もともと好きな曲で、自分自身でも弾いたことがあった。これまでにも、思い切りロマンチックな演奏を別のCDで何度も聴いてきたけれど、こんなに物悲しい音色のこの曲は初めてだったよ。
ある時は生々しいくらい人間的で、ある時は無防備なくらい素直。
わずか3分ちょっとのこの曲を、何度も何度も、繰り返し、聴いてしまった夜だった。

もう一つ、うれしい発見があった。

シューベルト即興曲の作品90−2、90−3が収録されていて、現在90−3を練習中の私にはうれしかった。
じつはこの曲の59小節目がずっと納得いかなかったんだ。原典版の楽譜で弾いているのだけど、この59小節目は、2度目に出てくる場面だからこそ、これまでとは別の和音でもう一歩音楽を前に勧めたい衝動にかられてしまう。
前回のレッスンで、木曽センセに「ここ、どうしてもこう弾きたいんです」と正直に打ち明けたが、「そうかしら。私はやっぱりもう一度ここをちゃんと聴きたいな」と先生にも却下され、練習のたびにお尻がムズムズするようなもどかしさを感じていたのだった。

けど。
今夜、リパッティの演奏を聴いてみたら、リパッティもその部分の和音を変えて弾いていた。私が「こうしたい」とずっと願ってきたのと同じ音で。
私が生まれるよりずっと前、半世紀以上も昔の顔も知らないピアニストと、一瞬心がつながったみたいでうれしかった。
時々。やっぱりこっそりとあの音で弾いてみよう、と思った。

★東京奇譚集(著・村上春樹)

★東京奇譚集(著・村上春樹

ちょっと不思議な話を集めた短編集。
久しぶりに村上春樹さんの本を読んでみたわけですが。
だめ。
やっぱり次なる長編を待つことにしよう。
いまだ「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の幻影を追いかけてちゃだめだよな。
村上春樹さんについて言えば、私、「よくない読者」の典型、という気がする。
幻影ばっかりみつめて。目の前の本と向き合えない、というか。特に短編はそうなっちゃう。
アフターダークも、ねじまき鳥も、海辺のカフカも、うん、幸せな読書経験だったんだけどね。

山門不幸、のなぞ

家の近所の東京・谷中にはたくさんの寺院があって、この街に引っ越してきた時から、いつも我が家の格好の散歩道となっている。
谷中の寺をつたい歩くたび、もう何年間もずっとずっとナゾだったのが、寺院の門に立つ「山門不幸」の文字。
黒々と墨で書かれたこの文字、どういう意味なんだろう、と不思議だった。
毎回同じ寺院に立っているわけではなく、今日はここ、昨日はあちら、という感じ。でも必ずこの看板を1回は目にするような気がして、目にするたび、「家に帰ったらネットで調べてみよう」と思うのだけど、なぜかしら必ず自宅に帰ると忘れてしまって……そんなことをもう5年も繰り返してきた。

今夜はなぜか突然、それを思い出し、ネットで検索してみた。
なんと。
そのお寺のご住職が逝去された時に立てる札なんだと。
いわゆる「喪中」というわけ。

歩くたびに目にしていた気がするけど、その数の人が死んでいたのだと思うと、ちょっと複雑な気がした。
実は、毎回違うお寺に札が立つものだから、「山門不幸」という何かしら当番のようなものを地域のお寺が回り持ちで順番に担当しているんだと予想していたものだから。

稲村省三さんのケーキ

近所の台東区谷中に話題のケーキ屋さんがある
稲村省三さんというパティシエのケーキ屋さん。
数年前から、その名は聞いていたけれど、先日はとうとう、NIKKEIプラス1のケーキランキングにも載ったらしい。
今日、行ってみたら、小さなお店なのに、なんとドアマンがいてビックリ。
それもそのはず、今日は雪のせいかお客さんも少なかったけれど、普段はドアからお客さんがあふれて長蛇の列ができているんだそうだ。

買ったのは、ビター系チョコレートケーキと、「上野の山のモンブラン」(=写真下)。

monburan.jpg


チョコケーキはそう特徴はないが、濃厚で、いや濃厚すぎて重かった。
モンブランはさらに大きくて、栗のペーストの味の濃さにはびっくりした。うまい。
カスタードクリームを巻いたスポンジにたっぷりの生クリーム、そして周囲をたっぷりの栗のペースト。
思うにここのケーキは、イチゴにせよ、栗にせよ、素材をものすごく厳選しているのが、うまさの秘密なんだろうな。

ただし、甘さもすごーーーーーーくしっかりしているので、私にはちと重すぎる。
今度は果物や酸味の強いのを選んでみよう、と思った。




▼マフマルバフ監督のインタビュー

昔の記事を1本。

▼マフマルバフ監督のインタビュー
(毎日新聞夕刊2002年1月掲載)

 タリバン政権下のアフガニスタンを描いたモフセン・マフマルバフ監督(44)の「カンダハール」を試写会で見た。美しい映像と、ジャーナリスティックなメッセージ。どんな思いでこれを撮ったのか、どうしても監督自身に尋ねたいと思った。封切り直前に来日したマフマルバフ監督を東京都内のホテルに訪ねた。

 映画「カンダハール」は、カナダに亡命したアフガニスタン人の女性ジャーナリストが、地雷で足を失った祖国の妹から自殺をほのめかす手紙を受け取った、という設定で始まる。女性がイランから国境を越えてカンダハルに向かう行程がドキュメンタリータッチで描かれる。
 撮影は一昨年。米同時多発テロよりずっと前の話だ。

 なぜ、アフガニスタンをテーマに選んだのですか。

 「世界の無関心を告発したかった。99年、アフガニスタンを訪れ、人々の苦しむ様を目の当たりにした。街道には男や少年が立っていて、車が近づくたびスコップで街道の穴を土で埋めては金を求めた。少女たちが隠れて勉強していると聞いた。女性がブルカの下から手を出し、マニキュアをしてもらっていた。地雷を踏んで足をなくした男が、スコップを体に縛り付け歩いていた。すべての光景に、映画の題材があった。
 しかし、ヘラートで死にひんした人々が通りを埋め尽くしているのを見た瞬間、私はもう『映画の題材がある』と言えなかった。映画をやめ、ほかの仕事を探したいとさえ思った」

 その時に見たもの、感じたことすべてを込めたのが、「カンダハール」だという。
 アフガニスタンではこの20年間で、5分に1人が死に、毎分1人が難民となってきた。

 「アフガニスタンを追いつめたのは、世界の国々の過去の干渉ではない。むしろ世界の無関心だ。全世界の人々はバーミヤンの仏像を守れと声高に叫んだが、干ばつと飢饉(ききん)で死にひんした100万人の存在には無関心だった。バーミヤンの仏像は、こんな世界に対する恥辱のために自ら崩れ落ちたのだ」

 しかし、アフガニスタンを取り巻く「世界の無関心」は、昨年9月11日を境に一変した。
 昨年5月、カンヌ映画祭で詩的な映像が高く評価されたこの映画も、テロ後はむしろ、世界で初めてアフガニスタンの困窮を訴える作品として、世界中の観客を集める結果となった。
 「9月11日」とその後の世界に、イラン映画界の巨匠はいったい何を感じたのだろうか。

 「人の痛みは『西洋の痛み』になって初めて世界に認めてもらえるのだと思い知った。『東洋の痛み』にとどまる限り、世界は痛みと認知しない。米国で数千人の人が亡くなるまで、アフガニスタンが20年間感じてきた痛みを世界中が無視してきたのだから」

 映画の中にこんなシーンがある。
 地雷で足を失い、義足を求める男たちの頭上で、赤十字のヘリコプターがパラシュートに付けられた義足を投下する。
 空中を舞う義足。
 それを追う杖(つえ)の男たちの目、目、目。
 現実にあったことですか?

 「あれは私の創作。アフガニスタンの現状を象徴したシーンだ。あの国には海はない。本来大地を踏みしめるはずの足が、この国では空からしかこない。1000万個の地雷が埋まるこの国で、足を持つことは夢に等しい。この国で、夢は空から降るのだ。それなのに今、この国の空からは爆弾が降り注いでいる」

 映画では、タリバン政権下の人々の暮らしも丹念に描かれる。
 女性は小さな穴を開けたカーテン越しにしか医師に診てもらえないこと。貧しい親は競って子供を神学校に入れようとすること。衣食住を保障された神学校で、飢えた子供たちはコーランと武器の使い方を学び、タリバン兵士に育っていく。

 「アフガニスタンでは、人々は干ばつのたびに国を離れ難民になった。国に残った者は武器を持ち、他部族を殺した。他に暮らしを支える手段を持たなかったからだ。
 世界が今行うべき支援は、アフガニスタンの経済基盤を整え、仕事というのは他国に出稼ぎに行くことでも、他人を殺すことでもない、と彼らに教えることだ」

☆世界遺産からのSOS展

☆世界遺産からのSOS展

東京芸大の中に美術館があってね。とても素敵な建物なのです
(レストランは高いけどそれほどおいしくない。コストパフォーマンスは悪いです)。
で、見に行ってきました。
地味な展覧会のくせに、結構な人の入り。「日本人は世界遺産が好きだものねえ」という私自身が何を隠そう、結構世界遺産が好きだったりします。
今回の展覧会は、紛争で大仏を爆破されたアフガニスタンのバーミヤン遺跡や、地震で激しく破壊されたイランのバム城砦など、「危機遺産」について写真や資料が展示されています。

おもしろいな(難しいな、と同義)、と思ったのは、例えば、バーミヤン遺跡の壁画保存が進む中で、それまで洞窟で暮らしてきた人達が立ち退きを求められ、「壁画はあげるから、ここに住み続けさせてほしい」と言っている話とか、フィリピンの棚田が世界遺産に指定され、観光客が増えた結果、客相手の観光業のほうがずっともうかる、ということになり、農業従事者が減って、結果的に棚田を維持するのが難しくなっている、というような話。

世界遺産が危機にさらされている、というような話を聞くと、決まって思い出すのがイランの映画監督マフマルバフ氏の言葉です。

「アフガニスタンを追いつめたのは、世界の国々の過去の干渉ではない。むしろ世界の無関心だ。全世界の人々はバーミヤンの仏像を守れと声高に叫んだが、干ばつと飢饉(ききん)で死にひんした100万人の存在には無関心だった。バーミヤンの仏像は、こんな世界に対する恥辱のために自ら崩れ落ちたのだ」

これを2001年9月11日の後、彼が口にした時、随分と胸に刺さったのだっけ。
(当時のインタビューを上にアップしておきます)

★女王様と私(著・歌野晶午)

★女王様と私(著・歌野晶午)

「葉桜」「そして名探偵」と続けて読んで、とんでもないトリックに呆然とし、読後の「そりゃないよ」的脱力感におおいに楽しませてもらったもんだから、今回も読んで見ました。
ところが、今回は「歌野トリックを見破ってやる!」と読み始めた時から構えちゃって……。
あらゆる可能性を頭に叩き込み、「だまされてたまるかぃ!」とばかりに慎重に読んだせいで、冒頭から始まる「妹は実は人形」くらいはあっさり見抜いてしまった。
不自然な章立てにも途中で気付き、普通だったら「ありえねー」と思われる構成も早い時点で見通せてしまいました。

さらに歌野さんお得意の「最後の最後のどんでん返し」もまあ、予想の範囲内。
今回は「そりゃないよ」の脱力を得ることはありませんでした。
いわば「歌野慣れ」現象、でしょうか。

が!

「このミス」でも1位になった名作「葉桜」が、ある一つのとんでもない読者の思いこみを最後の最後で突いてくる鮮やかさは持っていたとしても、それ以外のコンテンツではほとんど読むべきものを持たなかったのに比べて、今回の「女王様と私」は、トリック以外のコンテンツがおもしろいです。

風俗ものとして読めます。
すごくぶっとんだ話に見えますが、実はそれぞれの登場人物というのが現実を誇張し、さらに誇張したような存在にも読めて、結構ぞくっと来ます。

気になったのは、「ぁりぇない……」とか「いーょぉ」とか小さい文字を散りばめてカワイサを演出した会話文。感じでてて、とてもいいけど、読んでて疲れた〜。
この手の表記、10代の女の子からのメールや掲示板での書き込みでいっぱい見るけど、40歳を間近にひかえたオバサンの私には結構ツライ。全身がかゆくなる。
ああああああああ、ちゃんとまともな日本語書いてくれーーーーっ!と叫びそうになる。

まあ、自分自身が10代のころ、当時一世を風靡した「丸文字」を多用していたわけで、「マンガみたいな字を書くな!」と上の世代に罵倒されてきたわけで、歴史は繰り返しているだけなのかもね。

★アッコちゃんの時代(著・林真理子)

★アッコちゃんの時代(著・林真理子)

バブル時代の東京・六本木を舞台に、一人の女子大生「アッコちゃん」が「地上げの帝王」を銀座のクラブのママから奪ったり、飯倉の「キャンティ」の経営者一族で金も才能も妻子も持っているという音楽プロデューサーと結婚したりする話。
と書くと身も蓋もないか。
いや、これを身も蓋もない、と思ってしまうあたりが、私がバブル的世界をまったく知らないで終わってしまったことの原因かも。

「アッコ」ちゃんとほとんど歳が変わらないはずなのに、私だって女子大生時代があったはずなのに、京都の大学寮で月2000円程度の寮費を払い、ドテラ姿で平気で通学していた私は、全然バブルを知らない。京都にもディスコぐらいあったろうに、大学時代、行ったことがない。
東京では恋人同士が夜景の美しいホテルで泊まりクリスマスを祝ったそうだが、当時の私たちはリサイクルショップで300円くらいのプレゼントを買っては贈りあったもんだ。まるで、O・ヘンリーの「賢者の贈り物」。
でもあの時代、バブルをまったく知らずに終えてしまった私には、新聞記者として、時代の一つを間違いなく見落としたまま二十一世紀に来ちゃったんだなあ、という鈍い後悔が常にある。

だから、友だちから聞くバブル話がすごく好き。勉強になる。ある友人に「メロンといえば、ブランデーを流し込んでストローで飲む、ってことばかりやってたから、病気になってお見舞いにメロンをもらった日、私、熱があったのにメロンにブランデー入れて飲んだわよ」と聞いた時は、ぶるぶるぶると身震いした。ああ、なんとおもしろそうな時代!
小心者だった10代の私にはとうてい無理だけど、20代後半くらいにバブル時代を経験していたら、妙な向学心をもやし、時代を探索するべく、夜の街に出て行ってた気がする。
が容姿に足を引っ張られ、核心に迫れなかったんだろうけどね。

そんな私にとって、この「アッコちゃんの時代」は、まさにバブル時代の六本木を知るすごいテキストではあった。ぶるぶるぶるぶるぶるぶる。本当にこんなことがあったの? 私と年の変わらない女の子たちが、こんな時代を生き抜かねばならなかったの?
高揚感に包まれていて、熟れすぎた果実みたいに危険で、なんだか残酷。
いっぱいいっぱいモノも金もあふれているのに、そこに登場する主人公アッコちゃんに内在する「空白」のようなものがすごく気になった。
「中身がからっぽ」と言う意味ではない(ここのところ、要注意)。
孤独、というような安易な言葉でも表現しきれない気がする。
なんというか底なし。からっぽ。からっぽゆえのものすごい魅力。
だからどんな男でも、吸い込まれてしまう。吸い込まれる男は、彼女を「理想の女」と呼ぶ。たぶん、自分自身が好きな男が、自分自身を「理想的」と呼んでるのに近い。

アッコちゃんの「からっぽ」がもっと具体的に知りたくなった。

すごく違和感があるのは、この小説がノンフィクション仕立てになっていること。
登場人物が若干、名前を変えてあるだけで、知っている人が読むとだいたい分かる、というのはいい。実際に、実在の女性を描いているし、その人から話を聞いて書いた本なのだから、それもいい。
バブル時代に踊らされた愚かな女、というような描き方をしていないのもいいし、「アッコちゃん」がへたに人生を後悔してないところもいい。

ただ、あえて「林真理子」とは別の「秋山聡子」(だったっけ?)とかいう女流作家を登場させ、雑誌編集者の介在で取材を始めたあたりの描写まで書き、主人公「アッコちゃん」の目から「秋山」評まで書いてしまうシーンは、なんというかちょっと、悪趣味な気がした。
ノンフィクション仕立てにするために、あえてこの手のシーンを挿入した、というのとはまったく別の意図があったんじゃないか、と勘ぐりたくなる。
例えば「私とあんたは決定的に違うわよ」みたいな。
勘ぐりすぎか。

だって、アッコちゃんの描き方自体には決して悪意がこめられていないのに。
なんだかjほんのちょっとだけ「いじわる」を感じたのはなぜなんだろう。

☆浅草新春歌舞伎

☆浅草新春歌舞伎

昼の部を見てきました。
一幕の「鳴神」がむちゃくちゃすごかったです。
あらすじがわかりやすく、変化に富んだ素人にも楽しめる狂言でした。

あらすじはこんな感じ。
平安時代、戒壇建立を帝に許されず怒った鳴神上人は、世界中の竜神を北山の滝壷へとじこめ、そのため三ヶ月もの雨が降らくなってしまった。その滝にもとに美しい姫が登場。手練手管で鳴神上人に迫り、仮病をつかう。鳴神は「自分の手には病気を治す力がある」と言って女の懐に手を入れ、生まれて始めて女の乳房に触ってしまう。その瞬間、本能ムラムラ、教えを捨てて女と結婚すると決める。結局は、女に酒を飲まされ、酔いつぶれて寝ているうちに、滝壺のしめ縄を切られ、竜神は天へと登り、久しぶりに雨が降る。
裏切られたと知った鳴神は、怒りの姿に変わり、弟子達を投げ飛ばし、大暴れしたあと、雷となって姫を追っていく……。

鳴神に扮する中村獅道さんの最後の怒りのシーンはものすごい迫力でした。ぞくぞくしました。
姫役の市川亀治郎さんのきれいなこと!! 着物もきれいだけど、本人もきれかった。
彼女(彼、か)の色仕掛けシーンは、あれはもう、女でも、万人がやられます。
高木美智子さんのイヤホンガイドの内容もとてもよくて、素人の私でも心から楽しむことができました。おすすめ。

一方、仮名手本忠臣蔵は今回、五段目と六段目。
早野勘平という男が主人公で、もうストーリーの破天荒なこと!(今の時代から見ると信じられない)。かつて赤穂の武士だが、今は貧しき猟師、という勘平は、主君の敵に討ち入る計画があると聞いて参加したいが、金がなくて認めてもらえない。一方、その妻と両親は、婿のために一計をこうじる。なんとなんと、妻が身売りして金を作る、ってんだから。おいおいおいおいおい。
さらに、娘を身売りした金を婿に早く手渡そうとしていた勘平の妻の父親は、途中で強盗に殺され、金を盗まれてしまう。ちょうどそのころ、勘平がそこを通りかかり、真っ暗闇の中、いのししと思って鉄砲を撃ったらそれが強盗に当たる。誰とは知らず、暗闇の中で懐をまさぐると、50両の入った財布が……。勘平は天からの授かり、とその財布を手にしてしまう。
が、家につくと妻から身売りの話しを聞かされ、50両を持ち帰るはずの父がまだ帰ってこないと知らされる。勘平は自分が義父を殺してしまったと勘違いし、おまけに娘を売ってまで自分のために付くってくれた金だったことを知り、大変なショックを受ける。

とまあ、ここまではいいよ。大映テレビ並みの「偶然」の連続が作り上げるあまりに残酷なストーリー。
妻の身売りについても、こういう時代もあったんだろう、許そう。
しかしだな。

義父の遺体が運び込まれ、赤穂の武士仲間からも「金のために親を切るとは」とかなじられて、勘平は死んで身の潔癖をあかそうと腹に刀を差しちゃうわけ。
切腹してから死ぬまでの間に、なんと義父の傷が鉄砲傷ではなく刀傷だということから勘平ではなく強盗に殺されたことが判明。
さて、あなたならどうする?

私だったらさ、手元にある金でまず妻を買い戻すよ。
ところが勘平はまずその金を赤穂浪士に託し、討ち入りの血判状に名前を書いて死んじゃうんだな。妻は売り飛ばしたまま。置いた義母は一人田舎に残される。
こんなのってあり?

と、ストーリーに怒り始めると、歌舞伎は楽しめないと頭じゃわかっているけれど、おい、勘平、つまらん男の意地だか武士のプライドだか義理だかしらんが、私は許せん……となってしまったのでした。ちゃんちゃん。

★砂漠(著・伊坂幸太郎)

★砂漠(著・伊坂幸太郎)

また出た!伊坂さんの本。最近、ペースがむちゃくちゃ速い。
でも質は落ちてない。それどころか、「重力ピエロ」以来、一つひとつ、新たな挑戦を重ねているような感じすらする。「砂漠」もそんな一作。

一言でいうなら青春小説+サスペンス要素。
主人公たちは、合コンだバイトだデートだと青春を謳歌する地方都市の大学生。タイトル「砂漠」は、学生生活の先に広がる「社会」を示しているらしい。
主人公格の5人の男女がよく描けているし、春、夏、秋、冬、そして再び春、という時系列の章立ての中で、あっちこっちに「リンク」が張ってあって、お得意の「同じセリフを決めの場所で多用することで醸し出す効果」もあざとくならない程度に上手に使ってあって、悲惨な話もあくまで前向きで、でも誠実で軽すぎず、伊坂文学らしい本だと思う。

思わず、自分自身の大学時代を思い返してしまった。
今の私にとって、あの学生時代が「オアシス」で、今いる社会が「砂漠」とはとうてい思えないけど、そうそう、大学生のころは「きっと実社会ってもっと冷たくて、カラカラで、競争が激しくて、砂漠みたいなところ」というイメージを持っていたのかも。

西嶋という登場人物はインパクトがあります。いそうでいない。
合コンの席でいきなりイラク戦争と反戦を語るまっすぐさと、「世界平和のために僕ができることは、麻雀でピンフ(平和)でしか上がらないこと」などと本気でいう不思議さと、他人からどう思われても意に介さない突き抜けたところと。
「このまっすぐさは、魔王に登場したお兄さんにも通じるなあ」と思った。
単に小説をおもしろくさせるためだけに登場した人物ではきっと、ないのだろう。

この前、友人に伊坂さんの本を紹介する時、こんな風に説明してみた。
「サスペンス出身だけど、男くさいハードボイルドとは無縁。鼻につかない程度にくさいセリフをきちんと口にできる登場人物が必ず登場し、ジェンダーフリーなハードボイルド(あるのか、そんなの?)のかっこよさが味わえる」

「いじめはどうして起こるの?」

眠る前に死刑制度の話しなんかしたから、絶対にこいつ、うなされるぞ、と思っていたら、案の定、息子は明け方、「母ちゃん……怖い夢みた」と私の布団に入ってきた。
おまけに、「もう大丈夫だから寝なさい」と寝かしつけようとすると、いきなりこう問うてきた。

「母ちゃん。どうしていじめは起こるの?」

普通だったら、ドキっとする質問ではあるが、とりあえず、寝ぼけ眼の母ちゃんは「はぁ〜?」って感じ。もしや、「怖い夢」って、いじめ絡みかい? それとも君はいじめられているのかい?と夢うつつ思う。
寝ぼけながら返事したからほとんど何をしゃべったか覚えてない。
一つだけ覚えてるのは、
「何人もの人に誰かがいじめられていた時にさ、いじめられている子がかわいそうと思っているのに、『やめようよ!』って言ったら自分がいじめられるしな……って怖くて、友だちをかばってあげられなくなったら、一人ひとりがそんな風になったら、いじめって子どもの間でも大人の間でも起こるんだと思うよ」

なぜこれだけ覚えているかというと、言いながら、迷いがあったから。

「いじめられている子を見たら助けなさい」という助言は果たして「正しい」のかなあ、と不安だったから。
私自身はそれができたか?
胸に手を合わせたら、ごめんよ、今でも後悔しているような話しが中学時代にはいっぱいあるんだ。私は決して、勇気のある人間ではなかった。
えらそうに、息子には言えないよな、とも思う。

世の中に「いじめないように。そして、自分がいじめられないように」流の子育てがはびこる限り、やっぱりまずいと思うんだけどさ。「自分がいじめのターゲットになるのを恐れず、友だちを助けなさい」と堂々と言っちゃって良いのかな……。

などと迷いつつ、とりあえず、寝起きの悪い母ちゃんなので、寝ぼけた勢いで言っちゃった。

それから少し目が覚めた後、あれれ、私、何を言ったんだっけ?と振り返ったけど、覚えているのは上記のことだけ。
息子に「なぜ突然、いじめの話しなんかするの?」と探りをいれてみたら、「あのね、○○君とか▽▽君はね、『一緒に遊ぼう』の代わりに、『けんかしようぜ!』て言うの。それは、けんかじゃなくて、遊びなんだけど……」

しばらく息子は「あそび」と「けんか」の関係について説明をしてくれたんだと思うんだけど、ごめんよ、母ちゃんは途中で寝てしまったらしく、ちっとも覚えていない。
覚えてるのは、「それと、いじめと、どこでつながるんだろう……」という疑問のみ。
しかし、息子は「いじめ」という言葉をどこで、どんなイメージで、耳にしたんだろうか。

夜回り先生と義務と権利と死刑制度

もう電気も消して、寝るぞ、というタイミングで、布団の中の息子がいきなりこう言った。
「ねえ、母ちゃん、どうして水谷ちゃんは、本を出したり、テレビに出たりするの?」

ちなみにうちの息子は「夜回り先生」こと水谷修さんのことを「水谷ちゃん」と呼ぶ。赤ちゃんの時からの付き合いなのだから、そういうものなのかもしれない。
いきなり直球投げられたみたいにひるむ私に、息子は言う。「ほら、髪の毛の変な色の人とかがいる夜の街を歩くの、あれどうして?」
なるほど、水谷さんがなぜ「夜回り」をするか、その理由を知りたいらしい。

「それはだな、水谷さんはそもそも高校の先生であって……」
よせばいいのに、私はいきなり、彼のライフヒストリーを紐解くことから始めてしまう。
ところが、小学1年生は興味関心が持続しない。いきなり、「高校? 小学校中学校高校の順番だっけ? ねえ、母ちゃん、高校って絶対に行かなきゃダメなの? 小学校と中学校は行かなきゃダメなんでしょ?」。
すでに7歳児の頭に、「水谷ちゃん」のナゾはない。

それにしても、誰だか知らないが、息子に「義務教育」について中途半端な説明をした大人がいたようだ。とりあえず誤解を解いておこう、と私は説明に入る。
「高校は行きたい人が行けばいい。でも小学校と中学校は『義務教育』という。でもこの義務ってのは、子どもが学校に行かなきゃダメ、ってんじゃなくて、子どもをちゃんと学校に行かせてあげなきゃだめだよ、っていう親の義務なの。子どもから見ると、それは教育を受ける権利、となる」
(これは、金八センセが25年前にテレビでのたまったことの受け売りだったりする)

息子「じゃあ、子どもを学校に行かせないお父さんがいたらどうなるの?」
私  「法律違反だもんなあ」
息子「警察につかまる?」
私  「逮捕はされない、と思うよ。きっと」
息子「どうして?」
私  「法律を破ったってだけで逮捕しちゃいけない、って法律もあるから。逮捕されるのは、悪いことをした後でどこかに逃げてしまう恐れがあったり、悪いことをした証拠を隠してしまうかもしれない時とか」
息子「ふーん。もしも逮捕されたら、その後はどうなるの?」
私  「取り調べを受けて、最後は裁判っていってね、本当に悪いことをしたかどうか、悪いことをしたとしたら、どういう罰を受けるべきかを決める話し合いに出席するの」
息子「どんな罰があるの?」

ここで、私、よせばいいのに、「刑務所、つまり牢屋みたいなところにずっと入ってなきゃいけなかったり、死刑とか」。小学1年生に「死刑」なんて言葉、使うつもりなかったんだ。今夜のニュースを親子で見ているときも、連続幼女誘拐殺人事件の死刑判決のニュースの時はわざと大きな声でしゃべったりして、息子から「死刑ってなに?」と問われないようにすっごく気を遣っていたのに。
気を回しすぎて、疲れ果てて、意識しすぎて、肝心な時に、ついポロリと口にしてしまったというわけ。情けない。

案の定、息子は食いついてきた。「死刑って何?」
私 「日本では、2人以上の人をものすごくひどいやり方で殺した時なんかにね、死刑って判決を受けることがある。それは死ななければいけない罰なんだ」
息子「死ぬ? 誰がその人を殺すの?」
私 「あえていうなら……国、だなあ」

息子は真剣に怒り出した。「絶対に許せない! 人を殺すなんて、だったら警察なんて死ね! 警察なんて許せない!」

こうなると、やっぱり正確を期してしまう私。
「いや。警察が殺す、のではないの」
それから、欧州では死刑制度を廃止している国がほとんどであることや、日本でも死刑については賛否両論あることを説明した。私のあやふやな知識の範囲内で、だが。
さらに、「母ちゃんは、死刑制度にはやっぱり賛成できないとずっと思ってる。でもさ、もしも母ちゃんのすごく大事な人が誰かに殺されたら、母ちゃんは殺した人に死んでほしい、と思ってしまうかもしれない。そこに答を出せずにいるんだよね」

さらに息子が、「死刑って、どうやって人を死なせるの?」と方法を聞いてきたから、さすがに「母ちゃんも、わかんないなあ」とごまかした。そもそも、もっと手前で説明を止めておくべきだったのかもしれない。
こういう時は、夫が毎晩仕事で遅くて家にいないことを恨む。
夫ならもっと上手に、もっと子どもが受け止められる範囲のことを、何か希望のようなものをまぶしながら、語ってくれるだろうに。
私は、そういうことがたぶん、苦手だ。

「ところで何の話しから始まったんだっけ?」
遅ればせながら、私が話しを戻す。
「へ? あ、水谷ちゃん!」
息子の顔に笑顔が戻る。
そうか、もっと先にこうやって話しを戻せば良かったんだ。
たとえ息子相手であっても、私は、人との会話が下手だ。

★夏のロケット(著・川端裕人)

★夏のロケット(著・川端裕人)

新聞記者、商社マン、研究者、ミュージシャン……。かつて「宇宙大好き少年」で、ロケットを打ち上げる実験に青春を燃やした男たちが、スーツを脱ぎ捨て、会社組織に背を向け、ただひたすらに宇宙を目指す、という話。「青春小説」、かな。
第15回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞作。

私はロケットの知識が一切ないので、きっとその分、素直に楽しめたと思う。しつこいくらいのロケットに関する説明は適当に読み飛ばし、ロケット打ち上げのシーンでは手に汗握り、仲間のある「決意」の深さに目頭を熱くし、読み終えて「これは映画化がおもしろいんじゃない?」と思った。
あるいはこの小説の続編を、50代の男たちを主人公にして映画にし、07年問題を前に揺れる団塊世代の男たちをくすぐるとか。

逆に言うと、ロケットの知識がある人がこれを読んだら、どうなんだろう、と思った。
あまりの知識に舌を巻くのか、それとも、「おいおい、いくらなんでもそりゃないぞ」の連続で、感動がすっかり冷めてしまうのか。
いずれにせよ、私は、とても楽しめました。

ただし。
主人公が新聞記者だからね。新聞記者に絡む記述のみ「おいおい、そりゃないぜ」が時々あった。そもそも序盤、爆発事件の現場となった部屋の中の写真3枚を前に、主人公の記者がそこに写る残骸を見て、ロケットの存在を見出すシーン。
この手の事件で、警察が写真をマスコミに公開することはありえないし、もちろん、報道カメラマンが現場に入り込んで撮影するのも無理。警察が現地到着する前に、カメラマンが現場にたどりついて先に撮影、という可能性も……ちょっと難しいんじゃないか。
となると、よほどやり手の記者がこの写真を警察からぶんどってきた、ということになるけど、事件発生直後に入手、というのはかなり非現実的ではないかな。

あ、でも、最後の最後に、女性記者があっさり重大な決断をするあたりの330ページ目冒頭のセリフは、私にはすごくリアリティーがありました。「こんな理由でこんな決断するか?」と思う人もいるかもしれないけど、たぶん、する。こういう人、ほんの時々だけど、いる。

で、この本の中で、圧巻はやはり、ロケット発射までの秒読み。
著者自身がきっと宇宙が大好きで、大好きなことを詰め込んで、爆発させたみたいな、そんな勢いがあります。

そして名探偵は生まれた(著・歌野晶午)

★そして名探偵は生まれた(著・歌野晶午)

かつて「葉桜の季節に君を想うということ」を読んだ時、その破天荒なトリックに、「おいおい、こんなのありかよ。ひっでー。でもおもしろい。ぷぷぷ」と腹を抱えて笑ってしまったのだった。
はっきりいって、トリック以外に何一つ読みがいのない本。ただ単にこのトリックだけを書きたかったんだな、と分かるほどに。でも新鮮だった。
だから、別の本も読んでみたのが、これ。

3つの短編からなる。
表題作「そして名探偵は生まれた」は、短編の中によくもこれだけどんでん返しをはめ込んだな、という点で評価できるかも。スピード感もあり。
次の「生存者、一名」は、なぞときものとしては凝りすぎ、というか説得力もないな。
最後の「館という名の楽園で」は、なぞの館の見取り図をずーっと見ているうちに、読んでる途中でトリックを思いついちゃって、「ざまあみろ、私にだって解けるのさ」と優越感に浸りながら読んだ。

結論からいうと、この本もまた、トリックあるいはなぞ解きに特化した本なので、人間を描くとか説得力とかそういうものを求めてはいけません。
それだけの本、と言い捨ててしまうか、休日のちょっとした読書を豊かにしてくれる推理小説、と割り切るかで、随分と評価が変わってくるんじゃないかな。

ちなみに私は、彼の「女王様と私」も読むつもり。
「おいおい、そりゃないよ。ずるすぎるよ」というあの読後の脱力感を、またしても味わってみたいしね。

なんちゃって絶対音感のための楽器とは?

指がうまく曲がらなくなり、「こ、これは腱鞘炎か、リウマチか。ああ、70歳までピアノを弾く夢が崩れていく……」と焦った時、思わず借りた本がこれ。
今から初めて上手くなる 楽器とオーケストラ入門」(これ、超おすすめの本。おもしろいよー)
それにしても。自分でも笑える。
ピアノがダメなら、別の楽器を……と思うこの変わり身の早さ。

この本は、主に大人が楽器を始めるなら何がいいか、という視点で書かれており、特に、「オーケストラやアンサンブルに参加しやすい楽器」(つまりニーズがある楽器)の情報があるのが特徴。
だから、バイオリンやフルートは需要と供給の関係において不利だけど、例えば、ビオラとコントラバスはどのアンサンブルでも人手不足、とかね。管楽器では、オーボエかファゴットが人手不足だよ、とかね。
ふむふむふむ、と興味深く読んだ後、ピアノレッスンの際、木曽センセに相談したのでした。

「センセー、私、ピアノ好きだけど、持ち歩けないから旅行先で練習できないし、指が痛くなっちゃうし、この際、持ち運びできる楽器をもう一つ習いたいんですけど、何がいいかしら?」

ただし、私の楽器選びには一つだけ制約があります。
「なんちゃって絶対音感」のせいで、ハ長調以外の音階の楽器、つまり移調楽器にうまくなじめないのです。

例えば、子どものころ、私は縦笛が大得意でしたが、アルト笛になった途端、ものすごい苦労しました。だって縦笛のつもりで吹いたら、音階が違う(涙)。
高校時代、ギターの曲を耳コピーする時も、私は録音テープのスピードをゆっくりにして、カポタストを外した音に戻してからコピーしていたし。

長じて最近、義母が今夢中のハーモニカを一緒に吹いた時も、Cのコードの普通のハーモニカならどんな曲でも初見でメロディーくらい弾けるのに、これが、GやFなど別の音階のハーモニカ (こんなのが何種類もあるのよ、ハーモニカの世界には) を吹こうとした途端……破綻。
特にハーモニカは、吸ったり吐いたり、身体運動が絡んでいるので、身体にしみついてしまった「ドレミファソラシド」つまり「スーヒースーヒースーヒーヒースー」 (注:スーは吐く音、ヒーは吸う音)は、反射運動みたいなもの。
「ド」の音の時に吸わなきゃいけない「G」のハーモニカなんて私には無理。

そんな話をしたところ、木曽センセは、「分かります。ピアノをやってる人はみんなそう。絶対音感に邪魔されるのよね」。
……いや、私の場合は「なんちゃって絶対音感」。
だって、自分でふとAの音を声に出して、あとでピアノで確かめると半音もずれることだってあるもの。
「なんちゃって」のくせに邪魔だけはするから、腹立たしいのよね。

そんな私に木曽センセはずばり。
「ピアノをやっていた人が入りやすいのは、バイオリンかフルートでしょうねえ」
がーん。かの本に、どっちも「供給過多」と書かれていた楽器じゃないの。
未練他らしく、「ヴィオラはどうでしょ?」と尋ねると、
「ハ音記号を読むのは結構大変ですよ。まあそれでも弦楽器は、音階がずれる管楽器よりはずっと楽でしょうけど」

なんとヴィオラって、ト音記号やヘ音記号ではなく、ハ音記号というのがあるらしい。
ひょえええええええ。

そんな時、木曽センセから提案された。
「究極の楽器を忘れていませんか? 指が痛くても平気。健康にもいいし、もちろん持ち歩けるし、楽器にお金をかけなくても済む……」
「へ?」
「声楽です!」

おおおおおおおおおおおおおおおおおお。
いいかも。
やっちゃうかも。

とはいえ、私、本業の仕事も大事にしておりますので。
ここは冷静になって、45歳スタートくらいを目指そうかな、と思ってます。

(ちなみに。60歳になったら陶芸を習うと、今から決めてます。そこまで長生きできるかわかんないけど。おーい、若い人、10代で「死にたい」と思っても、40歳にもなれば人生こんなもんよー。だから死んじゃダメだよー……って説得力ないよね。渦中にいるときは、オバサンのたわごとなど、心に届かないって実体験上、よーく分かってるんだけど。言わずにいられないんです)。

★マオ 誰も知らなかった毛沢東(著・ユン・チアン)

★マオ 誰も知らなかった毛沢東(著・ユン・チアン)

著者ユン・チアンが、祖父母や父母がくぐりぬけた激動の時代と、自身が下放された文化大革命時代をつづった前作「ワイルド・スワン」に、ものすごい衝撃を受けたこともあって、彼女の書いた毛沢東ものは読まねばならぬ、と手を伸ばしたのですが。

いかんせん、すごい分量だし。おまけに、佐野眞一さんの「阿片王」に続いて読んだから、もう、ヘトヘト。
毛沢東が生まれてから、蒋介石を台湾に追い出すまでを上巻に収めているわけですが、一次資料にあたって未発掘の事実を積み重ねたというその「新しい歴史」は、確かに、「え? ほんと? 学校で習ったのと違うじゃん」という驚きの連続。

毛沢東はそもそも、中国共産党の創立時には下っ端だった、とか、長征は単に毛沢東が共産党内の権力争いに勝つために知恵を絞りながら、あちこち歩き回って、多くの兵隊を死に追いやっただけで、本人は担架の上に乗って楽していたとか、とんでもなく人望のない男だったとか、毛沢東は実は「抗日」になんてまったく興味がなく、むしろ日本が攻め入ってくれれば、ソ連が中国に攻め入る格好の理由ができるし、ソ連をバックにつければにっくき国民党をつぶすことができると考えていた、とか、全然、教科書で習ったのと違うわけです。
それとも、最近は学説でもこうなっているのかなあ。実際、ソ連崩壊以後、色々なあたらしい資料
が公開され、知られざる歴史に光が当たっている、というのはよく聞くけれども。

きっと歴史書としては極めて価値を持つ本なんだろうな。
あちこちの評判も良いです。

ただ私は、読んでいて、読書として楽しくなかった。こんなに長い本なのに、読んでいる中身は常に「毛沢東は女にだらしなく、勇気もないくせに権力ばかりほしがり、他人を陥れることばかり考えていて、毛沢東の偉業とされているものはたいてい後から作られたニセの歴史で、この男のせいで、あの人も、この人も、名もなき大衆も残酷な方向で殺された」ということばっかり、と読めてしまう。
必要以上に「毛沢東憎し」の感情がにじんでしまっているからか。あるいは読み手の私に知識が足らず、そういうわかりやすい記述ばかりが目に入ってしまうからなのか。

そもそも、評伝ノンフィクションなんて、著者がほれこんだ人間を描いたほうがおもしろいにきまっている。著者の思い入れや発見の喜びが詰まっているから。

ただ、ちょっと後悔しているのは、読み始める前に講談社のサイトで注釈や参考文献がダウンロードできるので、これをプリントアウトしてから読んでもよかったかな、という点。

★ペルセポリス機↓供蔽・マルジャン・サトラピ)