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記事258◆作家、田辺聖子さんロングインタビュー

■掲載年月日 2006年12月01日
■この国はどこへ行こうとしているのか 田辺聖子さん
□戦後生まれの首相へ

 花、花、花。
 ご自宅の扉を開いて最初に目に飛び込んだのは花だった。玄関に咲き誇る大ぶりのユリ。数々のアートフラワー。リビングに入れば今度はテーブルクロスから壁紙の模様まで花尽くし。
 田辺聖子さんはソファにちょこんと腰掛けていた。声を聞いて驚いた。なんとかわいらしい声! 「小説家は座業ですから。彩りあるものを身の回りにたくさん置いておきたいの」
 ふふふ、と笑う姿はまるで「永遠の夢見る少女」といった雰囲気である。

       *      

 「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」で芥川賞を受けたのが35歳。以来、庶民の視点を大切に、主に恋愛小説を通して戦後日本を描いてきた。「田辺聖子全集」(全24巻・別巻1、集英社)も11月に完結。自身がモデルのNHK朝の連続ドラマ小説「芋たこなんきん」も好評放映中だ。
 藤山直美さん演じるヒロインは、文学賞の受賞直後に男やもめの子連れ中年医師と結婚する。夫の両親と妹、風来坊の兄、子ども5人の11人家族。これも実話ですかと問えば「子どもの数は本当は4人。でも兄の代わりに神戸大生の弟、さらに姑(しゅうとめ)の妹もいたからやっぱり11人家族やね」。誰が聞いても大変そうな新婚生活。ところが本人は「おもしろかった。私も大家族の生まれですから」と懐かしげに振り返る。

 大阪市内にあった生家の「田辺写真館」では曽祖母に祖父母、両親、親せき、若い写真技師ら20人近くが寝起きしていた。「食事はピンポン台みたいな大きなテーブルを全員で囲んで同じものを食べる。誰かが『こうや』と言えば『そうやない』と別の誰かがいう。さらに目上が『何いうとんねん。世の中はそんなもんやない』と一喝。でも人が多いから誰かが言い負かされても『そやけどな』と選手交代。最後は曽祖母が『みな、あっちへ行きなはれ! 片づけなならん』と言っておしまい」
 幼いころから、ちょっとおませな本の虫。大きなテーブルにかじりつき、大人の話に夢中で耳を傾けていたという。

 「親せきでもないし、どういう関係かよく分からない人も家に住んでてね。掛人(かかりうど)、つまりいうたら居候。台所仕事を手伝ったり、みんなの相談相手になったり。『ごはんですよー』と呼ばれれば遠慮なく『ほな、よばれまひょ』とみなと一緒に食べる。普通の光景でした。昔は人間関係がゆるやかやったから困った時にどこかしら身を任せられるところがあったのねえ」

 何だか「いじめ自殺」の対極にあるような話。「そうね。今の時代は学校も家庭もいちいち帳面つけて出席を取ってる感じ。子どももかわいそうやね」

      *       

 「今の幸福は上の世代の犠牲の上に成り立っている」と繰り返し語ってきた人である。
 田辺さんに会いに行く途中、新幹線の中で読んだのが95年の小説「おかあさん疲れたよ」だった。「昭和への鎮魂歌」とも言われる恋愛小説。空襲下をともに逃げた男女が戦後、互いに引かれながらも、戦争を引きずり、別々の人生を歩む。

 「書いておけば誰かが読んでくれると思って。戦争を防ぐのは難しいという人もいるけど、戦争に傷ついた人の物語を知れば、再び戦争を起こすことはないと思うから。大きな流れになったら巻き返しようのないことも多いから、小さな芽を見つけていかないとね」

 私たちはすでに「大きな流れ」の中にいないか。「小さな芽」を見逃さぬために何をすればいいのだろう。

 「テレビや映像じゃなく、本をうんと読んでほしい。国と国の戦争も人と人のけんかも似てる。争いはお互いの気持ちが見えなくなってしまった時に起こる。『戦争をやろう』とどこかの国が言い出した時、『まあまあ、待てや』『とりあえず考えまひょ』『お互いに損でっせ』といろいろな国が衆知を結集して衝突を避けるしかない。書物を読んで『違う考えの人もいる』『向こうにも言い分がある』と学ぶことが大事と違うかな」

 重く難しい問題をいつもと変わらぬ柔らかい口調で語る。ユーモアを
忘れない。

 安倍晋三首相の人物評を求めると「あまり違和感ないね。お育ちよさそうだし。ふふふ。人間、育ちの良い人にはそれだけのもんがあるし、悪い人には何ともいえない魅力がある」。論議の的の「愛国心」についても「わざわざ教えなくても自然ともう身に着いてる。身内への愛みたいなもの。同じもの食べて、同じ言葉しゃべって。みーんな身内。ニッポン一家!……って清水の次郎長みたいやね」
 ニコニコ笑う横顔を見つめていたら、ふと、田辺さんが作ったという川柳が脳裏にひらめいた。

 <ユーモアは戦争避けるもとのもと>

      *      

 生家の「田辺写真館」は45年6月の空襲で焼け落ち、優しかった父は終戦直後に死んだ。残された約50葉の写真で編んだのがフォトエッセー「田辺写真館が見た“昭和”」だ。幸せそうな家族の肖像。大振り袖姿の叔母の見合い写真。正月に新調した晴れ着姿の子どもたち。背広姿の若き写真技師の集合写真。華やかでハイカラで、だからこそ胸が詰まる。その後に起こったことを思ってしまうから。
 本のあとがきに、田辺さんはこう書いている。<日本は、敗戦の日に生まれたのではなく、それ以前から厚みのある庶民文化がすこやかに機能していて、いろんな文化の花を咲かせていたことを、若い人たちに知ってほしい。戦前も、ハイカラで、贅沢(ぜいたく)で、それぞれの境遇に応じて、人々は人生を楽しんでいたことを知ってほしい>

 あらためて戦争に破壊されたものの大きさと重さを思う。

 「平和が続くと文化は自然と華やかになるものよ。戦前の日本って……まるで春やったわあ。でも戦争は長かったし、致命的でした」。少し黙り込み、やっぱり変わらぬ笑顔のままで言い添えた。
 「文化とは何なのか。人は何のために生きてるのか。この国は何のためにあるのか。軍人さんはそんなことを考えてくれなかった。国威発揚とか富国強兵とかばかり。男の人だけに国を任したらいけないね。女はきれいなお化粧して、いいもの着て、おいしいもの食べて、いいおうちに住みたいもの。女の欲望を無視しちゃだめね」
 昭和とともに生きてきた田辺さんの、我々への伝言である。
プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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