この10年くらいで最も悩み、苦しんで取材し、書いた記事の一つ。
大尊敬する上司が、選挙戦の最中に、こうのたまったのだった。
「おぐに。紅葉でも見に行ってこいや。紅葉の森でも歩いて、選挙のことを書いてくれや」
はぁ〜〜?
これほど悩んだ課題もありません。
で、こうなりました。
■掲載年月日 2003年11月07日
■紅葉の森を歩く 森の生命力がただまぶしい−−東京・奥多摩
■自殺、事件、不況…枯れていくかに見えるこの国で
紅葉は、山から里へと下りてくる。街が色づくまで待ちきれず、一足先に山へ出かけた。選挙カーの騒がしい街を逃れ、登った先は東京・奥多摩の御前山(ごぜんやま)(1405メートル)。そこで紅葉の森と出合った。
■水の音、落葉の音
水の音だ。
思わず歩調を速める。登山道が沢筋から外れて十数分、木漏れ日の散る広葉樹林帯を縫うように、つづら折りの道を登り切ると、木々の向こうに水音の主が見えた。
滝だ。
「変化に富んだ森が楽しめ、紅葉が美しい山を」という私の注文に、奥多摩観光協会はこの御前山を選んでくれた。奥多摩駅からバスで約10分の奥多摩湖畔から「奥多摩体験の森」を経て、山頂を目指す。
標高が1000メートルに近づいたころ、広葉樹林にカラマツが交じり始めた。金茶色の葉が青空によく映える。足を止めると、聞こえるのは鳥の声。それから枯れ葉が落ちる音。風が吹くと、カラマツの金茶色の細い葉が糸を引くように舞い落ちてくる。
静かだ。1人で歩く森は、怖いほどに静かだ。
■選挙カ−
街はあんなにも騒がしいのに、と思う。総選挙公示日の10月28日、東京に久しぶりの雨が降った。ぬれた街で選挙カーが叫んでいた。「有権者のみなさまの声を聞かせてください」。でも、選挙カーは叫ぶばかりで、通行人の声に耳を傾けているようには見えなかった。
マニフェスト、政権選択、天下分け目の決戦……。評論家もマスコミもいつになく盛り上がるが、肝心の有権者はどうだろう。前哨戦として注目された同26日の参院埼玉補欠選挙の投票率は27・52%。これも現実だ。
■森の秘密
カラマツの交じる雑木林は、不思議な森だった。普通、カラマツの人工林は、北原白秋も<からまつはさびしかりけり>とうたったように、寂しいほど整然とした美しさが特徴だ。ところが、御前山のカラマツは違う。広葉樹林の中で無秩序に、遠慮がちにポツリ、ポツリと伸びている。自生でもなさそうだ。
いったい、この森は何?
「奥多摩体験の森」の山田彰さんが教えてくれた。「森が昔の姿を取り戻しつつあるのです」
日本の森が、天然の広葉樹林から針葉樹の人工林へと姿を変えたのは、昭和30年代にさかのぼる。空前絶後の木材需要を背景に、広葉樹の天然林は皆伐され、紙パルプの原料に消えた。代わりに、広葉樹より成長が速いスギやヒノキが植えられた。高地や寒冷地では寒さに強いカラマツがもてはやされた。
供給不足から針葉樹の値段は高騰し、針葉樹の森は「宝の山」と思われた。しかしほどなく木材が輸入自由化され、安い外材が大量になだれ込んだ。収穫期を迎えた「宝の山」は収穫されぬまま放置されたり、伐採後に荒れ果てていった。
御前山のカラマツもまた、似た経緯から一斉に植えられた。ところが、もともと広葉樹の生育に適した土地だったため、長い年月をかけて森林遷移が進み、皆伐されたはずの広葉樹林がよみがえったのである。
今、山田さんたちは枯れかけたカラマツを間伐して遷移を早め、広葉樹の森の復活を手助けしている。「何十年かかるか。気の長い仕事です」
森の秘密が解けた。気の遠くなるような時間をかけて、森が回復しつつあるのだ。
■キツネとタヌキ
山頂で、ようやく登山者と会った。男性4人組で、同じ会社を定年退職した仲間という。選挙談議に誘うと「マニフェスト? 言葉だけ新しくしてもダメだよ。昔から公約はあったんだから」「政権選び選挙と言われてもねえ。キツネとタヌキ、どっちかを選べって言われているようなもんでしょ」。
キツネとタヌキ。山の上の選挙談議にふさわしい表現に思わずフフフと笑ってしまった。
■水の森
今度は山を下りる。「奥多摩体験の森」が「回復しつつある森」なら、こちらの大ブナ尾根は「回復した森」といえるかもしれない。広葉樹の天然林に風が吹くと、ミズナラやカエデやブナの赤や黄色の葉が何十枚も落ちてくる。落ち葉で足首まで埋まる急坂を、ザボザボと歩く。ホオノキの大きな葉で何度も滑って転ぶが、落ち葉のクッションのおかげで痛くない。
早朝のJR青梅線の電車で気付いたことがある。車窓から見える森はすべて、スギやヒノキといった針葉樹の人工林だった。黒々とした人工林がゆけども、ゆけども続いていた。ところが奥多摩駅を降り、バスで奥多摩湖を目指し始めたころから、山の色合いが変わった。
錦模様の美しい落葉広葉樹林が、黒々とした針葉樹林を圧倒し始めたのだ。御前山はまさに、そんな山だ。針葉樹林と広葉樹林のパッチワーク。紅葉の季節には違いがよくわかる。
なぜ奥多摩湖より奥の山々に、広葉樹の天然林が残されているのだろう。山が深く、植林に適さなかったのも一因だが、最大の理由は「水」だ。
■緑のダム
御前山の大ブナ尾根は、東京都水道局の管理する水道水源林、つまり水のための森だ。
奥多摩の山は明治維新後、盗伐や焼き畑で荒れた。多摩川の渇水を警告する学者も現れた。これを受けて、東京都(当時は府)は1901年以来、山梨県などから山林を徐々に買い足し、手をかけ、100年かけて水源の森を回復させてきた。
御前山の大ブナ尾根もその一つだ。歩けば分かる。枯れ葉の下の土はふかふかと柔らかい。スポンジのような土が水をたくわえ「緑のダム」となる。
いきなり眺望が開け、眼下に小河内ダムと奥多摩湖が見えた。建設後43年を経ても、堆砂(たいさ)率はわずか2・7%。あと1000年は持つ、といわれるダムだ。
なぜか。
上流の森が土砂をしっかりとつかんでいるからだ。水道局はこの夏、「多摩川水源森林隊」を本格始動させた。荒れている民有地のスギやヒノキの人工林を、涵養(かんよう)能力の高い生きた森へと再生させるため、ボランティアを募り、植林や間伐を行っている。登録人数は18〜80歳の237人に上る。
「日本の美林」(岩波新書、井原俊一著)の一節が脳裏にひらめいた。
<里山に美林があるとすれば、丹精こめて育ててきた人がいるからにちがいない。人里離れた奥山に美林が残っていれば、ある時代、誰かが、なんらかの意思をもって保護を図ったからであろう>
人間は森を壊してきたが、守ってもきたのだ。
■ドングリの根
休憩を取ろうと座り込んだら、あたり一面にドングリが落ちていた。ミズナラだ。青いのも、帽子をつけたのもいる。童心に戻り、拾い集めた。ふと見ると、いくつかのドングリのとがった先が割れ、緑白色のものが見えている。根だ。無造作に転がっているのに、根だけはまっすぐに地面を目指している。
この実から1本の木が育ち、私の背を追い越すだろう。いつか、大きな森になるのだろう。森の生命力に触れた気がして、持ち帰ろうと集めたドングリを、再び地面に返した。
自殺率が高止まりし、子供の絡むいやな事件が続く。経済だけでなく人々の心までが枯れてゆくかに見えるこの国で、森の生命力がただ、まぶしい。
静かなドングリの森で、小さく顔を出した根をいつまでも見つめていた。森に甲高い音が響く。またどこかで、ドングリが落ちた。