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「自傷からの回復」(訳書) が出ました

野球ばっかりしてるわけじゃないんです、の言い訳エントリー第二弾。
ちょうど1カ月前、郵便屋さんが本を届けてくれました。日本からの荷物。
開けてみたら、生まれて初めて挑戦した翻訳書のできたてホヤホヤなのでした。

「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」 (V.J.ターナー著、みすず書房)

出版社のホームページはこちら。

そもそも、専門書の世界とは無縁に生きてきたので、自分の訳書ながら、その値段に頭がクラクラしました。税込みで4410円、税別で4200円。どういう人が買ってくださるんでしょうか……。

それにしても、不思議なご縁の重なって生まれた本でした。
そもそも、医療監修してくださった国立精神神経センターの松本俊彦先生とは、最初にどこで出会ったんだったっけ?
薬物依存の取材を始め、「夜回り先生」 こと水谷修氏に出会ったのが、たしか1997年 (って、もう10年前になるんだ……)。で、当時から、水谷さんは薬物依存を抱えた子どもたちについて、松本先生とお付き合いがあったはずだから、10年前にはお名前をうかがっていたわけだと思う。

それでも、松本先生に最初にお目にかかれたのは、それよりずっと後。
確か自傷の取材を始めた後だったから、2004年ごろ? すでに何年間も、水谷さんを通じて、「お噂はかねがねかねがね」状態だったから、とても初対面とは思えないほど、しっくりと何かがつながった気がしたのだっけ。

さらに4年後、これまた何がきっかけだったか、私が渡米した後、あれこれ自傷についてメールのやりとりをしていたら、あれよあれよという間に、この本を日本に紹介しましょう、というような話になったのでした。

でも、そもそも私は、別に意中の本があったのです。
それは、Bodily Harm という本 で、著者さんにアメリカでお目にかかったりもしました。自傷治療を専門とした施設での試みを書いた本で、そういう施設を持たない日本にぜひ紹介したいもんだ、と常々思っていたもので。

この本と、今回訳した Secret Scars という本 の両方を、松本先生がみすず書房にご提案し、後者が選ばれた、という経緯です。

今回訳した Secret Scars は、私自身、数年前にアマゾンで購入しながらも、読み通すこともなく、ずっと手もとにおいてあった本なのですが、あらためて読み直してみて、「自傷はアディクションである」 という視点が新鮮だなあ、と思ったのでした。
もっとも、自傷がアディクションかどうか、という問題はまだまだ議論の余地の残るところです。例えば、先に挙げた2冊の本のうち、むしろ私の意中の本だった前者の著者さんなどは、先日の講演で 「自傷はアディクションに似ているが、どこか違う」 と指摘しています。

その講演で取ったメモが今手もとに見つからないので、確かなことは言えないけれど、「ひとたびその行為をやめ、長い年月を経た後の心のありようが、アルコールや薬物と、自傷とでは、明らかに違う。一生、その行為への誘惑に駆られ続ける、というようなことは、自傷をやめた人には見られない」 というような主旨だった気がします。

とはいえ。
自傷とその他のアディクションとの深い関係は、これは当事者にしろ、専門家にしろ、常々感じているところでしょうし、私自身、「クスリも自傷も、それをやめることよりも、やめた後、それなしで生きることのほうが何十倍も苦しい」 が持論なので、なんとなくご縁を感じた本なのでした。

おまけに、この本の著者はアメリカの臨床心理学者(女性)で、別に著書もあるそうなのだけれど、この本に限っては、匿名で書いています。だから、本当は誰なのか、私も分かりません。
なぜかというと、著者自身が、元自傷者 (そして摂食障害経験者) だから。
自分自身が、アディクションからの回復に使われる12ステップでいかに救われたか、いかに自傷から回復していったか (あるいは、なかなか回復できなかったか) を赤裸々に告白しながら、一方で、単なる体験告白書ではなく、専門家が読むに耐えるような内容にしよう、という努力をしています。

だいたい、当事者にも専門家にも読んでもらえる本、なんて路線が簡単に成功するわけがなく、本書についても、正直言って、当事者が読むには小難しすぎるし、専門家が読むには思いが強すぎる部分が多々あります。
それでも、自身が体験者として、そして専門家として、どうにか今苦しんでいる当事者たちを手助けしたい、そのためには当事者にメッセージを伝えたいし、彼らを支援するべき立場の専門家たちにこの問題をしっかり理解してもらわなきゃ、というとんでもなく強い思いから書かれた本であることは、確かなんだと思います。

それにしても。
元自傷者の臨床心理学者が書いた本を、元自傷者のジャーナリストが訳す、というのも、これ、何かのご縁なんでしょうか。

一仕事終えての正直な感想は……「翻訳のプロのみなさま、ごめんなさい。素人が手を出す世界ではありませんでした」 だったりします。
でもまあ、一方で、松本先生にしろ、私にしろ、翻訳のプロでない者が、ジタバタと悪戦苦闘してまで、日本に送り出したかった1冊なのです。

それにしても税別4200円、という値段は重い……。
少なくとも、私の身近にいる当事者たちに、「買ってね~」 と気楽には言えません~。
そんなわけで、「図書館でリクエストしてね」 と言ってみることにしようと思います。

当事者のみなさま。
もしも、本書を図書館でゲットされたならば、読み方のコツは以下の通りです。

まず、序文、第一章と読み進めた後、専門的な内容の2、3、4、5、6章を飛ばし、ついでに本書の肝(きも)ながら、日本人にはちょっと馴染みにくい第7章「あなた自身のスピリチュアルな空虚感と向き合うとき」 もとりあえずは読み飛ばし、先に第8、9、10章を読んでください。
次に、松本先生の解題と私のあとがきを読んだ後、あらためて第7章を読んでみていただけるといいんじゃないかと思います。
2-6章は、その後、自分に関係しそうなところ、読みたくなりそうな部分だけを、つまみ食いするだけで結構です。

基本的には 「図書館をご利用ください」 なのですが、それでももしもご購入を考えてくださる方がおられるならば、なんでも、私が間に入ると2割引なんだそうです。
(4410円の2割引き、って882円じゃあないか……豪華ランチが食べられる!)
どうか、こちらの非公開コメント機能などを使って、ご一報くださいませ。

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写真界の「芥川賞」!

不思議な縁というのは、あるもんだ。
超多忙な日々の中、なぜか数カ月ぶりにアメリカの自傷研究者の論文を1本読み、質問メールを送り、自傷を集中的に取材していた日々をふと思い出していたら、いきなり日本からこんなメールが届いた。

昨年記事を書いて頂いた写真集『I am』 が、
第33回木村伊兵衛写真賞を受賞することになりました。
写真界の“芥川賞”と呼ばれている賞です。


2度ほど、こちらでもエントリーで書かせてもらった、若い写真家の岡田敦さんからだった。
(ちなみに、過去のエントリーは、
リストカットの写真集に、思ったこと」 と
リストカットをテーマにした写真集、の記事」。)

私は全然知らなかったんだけど、一時は世間から黙殺されるんじゃないか、とすら案じた写真集は、その後、たくさんのメディアにきちんと取り上げてもらったようだ。
そのあたりの記録は、彼自身のサイトで見ることができる。
ちゃんと写真展も開けたらしい。うれしい。
そして今回の受賞。すごく、うれしい。

だって、芥川賞、だぜ。
というのは冗談としても。
本当に、本当におめでとう。

上記にリンクを貼った、岡田さんのサイトの上のほうに、今回の受賞について彫刻家の舟越桂さんの言葉が載ってます。これ、すごくよくわかる。
“寄りそえた時間”の証しと記録 というところ。
ふと、初めてあの写真集を見せてもらった時の記憶がよみがった。

そもそも好き嫌いの激しい私が、彼の写真集をなんとか世に伝えたい、などと思ったのは、以前のエントリーにも書いたように、 「彼の 『自分は写真家で、カウンセラーや医者ではない』 という基本姿勢や、自傷者との距離の取り方が気に入った」 から。
だからこそ、自分でも記事を書いたし、何より、彼が撮ったのは 「自傷」 という社会現象などではなく 「生きることそのもの」 なんだ、ということを記事で伝えたかったんだな。

「I am」。
機会があったら、一度手に取ってみてください。
(おめでとう、おめでとう、と異国の地より。)

こちらで見つけたOD記事

リストカットなどの自傷取材の際、最もたくさん読んだのは米国の文献だった。
この国では、自傷関連の文献がすでにたくさん出版されていたし、自傷者のためのワークブックやら、自傷をやめた後を生きる人のための本など、内容もすごく細分化されていた。
そんなわけで、こちらの大手メディアが自傷をどんな風に記事にしてるのか、ちょっぴり興味があったのだ。

そしたら、本日、見つけた。
ワシントンポスト紙の健康関連記事に。
見出しはこんな感じ。

Crying Out For Help
Suicide Attempts Reveal Strains on Young Latinas

つまり、中南米からこの国にやってきたヒスパニックの女の子たちの話なのだった。

記事は、ニューヨークの労働者たちが暮らす街で、プエルトリコから米国にやってきた16歳の女の子が、夜中に睡眠薬を1瓶まるまる飲んで、床に倒れてるシーンから始まる。
母親は最初、娘は酔っぱらってるんだと思って、そばでしばらく一緒に横たわった。が、夜が明けても娘が目を覚まさないのを見て、あわてて911番 (日本の119番、ね) したという。

記事は、Centers for Disease Control and Prevention の調査を引用し、こう続ける。

12~17歳の女の子の自殺率をみると、ヒスパニックの子たちがどの人種、民族と比べても一番高い。25%が自殺を考えたことがあり、15%が一度は自殺を試みている。これは白人や黒人の10%という数字よりも大きい。別の研究によると、ヒスパニックの女の子たちにおける自殺未遂率は20%に上り、これはタバコを吸う率より弱冠低いだけ、という。

20%って。
5人に1人じゃん。

ある心理学者によると、自殺未遂をする子の多くが、自宅で薬を過剰摂取、つまりODするという。また、cutting もよく見られるという。
この記事は、その後、しばらく、自傷行為についての説明を試みている。
曰く、身体的な傷みは彼らの感情的な痛みを覆い隠してくれる。
多くの子が「腕を流れ落ちる血を見ることで気持ちが楽になる」と語る。
これらの自傷行為は死ぬことを求めているのではなく、助けを求めているのだ、などなど。

いずこも同じだなあ、と思う。
この記事の、15%だの20%だのという自殺未遂率は、いわゆるリストカットのような自傷行為も含めているようだ。
ならば、それほど驚く数値でもない。日本でも、中高生が身体の一部を切るなどの自傷行為を経験している割合は10%を超えているわけだから。
ただ、人種や民族による違いには、ドキリとさせられる。

専門家たちは、ヒスパニックの女の子たちに特に自傷やODが高い確率で見られる背景として、以下のことを指摘する。

・彼女たちの親世代は、ヒスパニック社会で、親せきや近所の知人などとの強い結びつきを享受してきた。が、娘たちにはそれがない。

・セクシーであることや、自分の意見を積極的に述べることが評価されるアメリカ文化と、娘に控えめで従順であることを期待する家族との間で、無力感やフラストレーションに苦しみやすい。

・学校で孤独を感じやすい。

・ヒスパニック社会は、自分たちの精神的な悩みを精神科医などに相談することに懐疑的で、むしろ家族内でおさめようとしがちだ。

・米国に移住したヒスパニックの親たちは、娘の行動を見守ってくれる親せきや近所などのコミュニティーがないために、自国にいた時よりも、娘の行動に対し、厳しく管理しがちである。

・一方、娘たちは学校ではクラスメートに 「親のことなんてどーでもいいじゃん。自分のやりたいようになんなきゃ」 などと言われ、家では従順な娘を演じ、学校では友達と調子を合わせて、「分裂した心」 のままに暮らさねばならなくなる。

・ヒスパニック家庭は結婚しないまま出産する率が高い。自殺未遂を試みた若者の多くが、家庭で母親のボーイフレンドがめまぐるしく変わるのを目の当たりにしている。娘たちがそこで虐待を受けることも珍しくない。

などなど。
ある専門家は、ヒスパニックの女の子たちにとって、母親との関係改善が一番大きなカギを握っていると語っている。
そのコメントが、これ。
「彼女たちは、ただ愛されているだけではなく、自分たちがちゃんと愛されてると分かっていたいんだ」 。
うーん、日本で何度も聞いたようなコメントだなあ。

移民。貧困。人種間格差。母親のボーイフレンド。
日本で取材した女の子たちと違う面もいくつもあるけれど、妙に似てる分析やらコメントが散見されるのが、やたらと気になるのであった。



リストカットをテーマにした写真集、の記事

ずっと前、こんなエントリーにてご紹介した、写真家、岡田敦さんの新しい写真集「Iam」、が出版されました。(アマゾンにリンク張ろうと思ったら、まだアマゾンに情報がアップロードされてなかった……残念)。

とりあえず、私は私のできることをしよう!と、
日曜日の新聞(生活家庭面)に記事を掲載してもらいました。

それが、これ。

「写真集を手に取りたい人が買える値段にしてほしい」と。
岡田さんに唯一、お願いしたのはその点でした。
前作のcordは7000円台でしたから。
岡田さんなりに、そして出版社の方々も、すごく頑張られたんだと思う。3000円をぎりぎり切る値段で仕上げてくれました。

表紙にまず驚いた。
写真集の表紙って、まず間違いなく、最も印象的で、最も能弁で、最も伝わりやすい、そして写真家にとって自信のある一葉の写真を選ぶもんだと思う。
でも、今作の表紙は写真じゃあありません。
鏡みたいに、手に取る人の顔が映るつるつるの銀紙(表現が難しい!)。
岡田さん自身がこだわった装丁で、書籍用の紙には納得のいく紙が見つからず、化粧品箱などに使われている紙を自分で探し出したんだそうです。
写真家が、写真集の表紙から、自分の写真を落とす、というのは、たぶん、私なんかが想像するよりもずっと勇気のいる選択なんだろう、と思う。

写真集を手に取ると、表紙に映る自分自身の顔。
伝えたかったのがきっと、「Iam」というタイトルにもこめられている思い。

切る彼ら彼女らと、あなたと、何が違うのか。
彼ら彼女らも、あなたも、僕も、生きている。


そんなメッセージなんでしょう。
前作cordは、テレビや新聞の何社にも取材されながら、記事や番組になる途中でなぜか頓挫したそうです。多くの場合、自傷というテーマへのメディア側のタブー視があったのではないか(特に、写真集の場合、映像や写真をどう扱うか、という問題もあったのかな)と岡田さんは感じているそうです。

4年前の当時と、今とでは、自傷をめぐるメディアの状況も大きく違っていると思います。
メディア以外の世界でも、例えば少なくとも、学校の養護教諭の先生方と話していると、4年前には「私も1例、関わりました」「うちは2例ほど事例を抱えてます」程度だったのが、今や「次から次へと『切っちゃった』とやってきて手当てが間に合わないくらい。でも校内の教師全員で勉強会などやってますから、もう誰も慌てませんけど」とか「その子その子によってベストの対応が違うから、そこで悩んじゃいますよねー」とか、そういう具体的な話にすぐなってしまいますもんね。

こんな2007年の夏、彼の写真集がどんな風に社会に受け止められるのか、どんな人の手に届けられ、どんな感想が寄せられるのか、非常に興味深くあります。

また、写真を見て感じることも、自傷経験の有無や男女の差、世代差のほか、人の肉体をどんな風に見据えるか、というスタンスの差によっても、変わってくる気がします。

私自身が思ったのは、傷跡より、ハダカそのもののインパクトのほうが私には強いぞ、ということ。例えば、人前でその写真集を開く時、自傷の傷痕の有無より、ヌードの有無のほうが気になっちゃうもの。
で、そんな自分に直面し、あらためて、ストンと納得がいっちゃうのだ。

だよなー。
傷痕って、その人の身体のほんのほんの一部なんだよな。
自傷って、その人が生きていることのあれこれの、ほんの一部なんだよな、ほんとは。
ってね。

女子大生を前に

とある女子大で講義をしてきました。
今回のテーマはリストカット。

いつもは大人相手に講演することが多いので、20代前半の女子大生を前にして、さて、どんな風にお話すれば良いのだろうかと、少々悩みました。

講義の対象が、数十人の女子大生、ということは、当然、その中に自傷の当事者が数人程度は含まれているのは間違いないわけで。
何より、誰にも言えぬまま自傷しているかもしれない子たちが、疎外感を感じたり、さらし者にされた気分になったり、いたたまれない思いをするような講義にだけはしたくない、と思ったのでした。

あれこれあれこれあれこれと思い悩みつつ。
とりあえず、終了。

自傷について語りつつ、最後は、自傷云々だけではなく、大人になるということ、人と人とのつながりについて、私なりにしゃべってみたつもりなのですが。
伝わったかなあ。
よくわかんない。

教壇から見渡したレクチャールームには、まっすぐな目で話を聞いている子もいれば、せっぱ詰まった表情で固くなっている子、はなから寝ている子、こちらをにらみつけているように見える子までいて、きっとそれぞれにせいいっぱい、自分の人生と格闘しているのだろう、と思いました。

みなに幸あれ、という気分。


学ばないと怒れない。

昨日、とある取材で雨宮処凛さんに会った。
映画「新しい神様」以来、いつかお会いしたいなあ、と思い続けて10年近く。ようやくお目にかかれました……としばし感動。

取材の中身は、掲載後にまたアップするとして。
彼女の一言がとても印象に残った。

今の社会って、普通に生きていたら怒れない。
怒りを感じるためには、情報や知識がいる。
学ばなければ、怒れない。


取材からの帰りの電車の中で、しばし胸に手を当て、自分に言い聞かせた。
そうだそうだ、学び続けなきゃ。
大事なことをあらためて教わった気分。

別れ際、リストカット談義になりまして。
「私の時は、リストカットなんて言葉もまだなくて、情報もなくて、パソコンもインターネットもなくて、だから、独りぼっちだと思ってた。でも、私の時代にインターネットがあったら、私は間違いなく、リストカット掲示板系にはまり、誰よりも深く、誰よりも頑張って切ろうと張り合ってたと思うし、薬のODにも励んだと思う。自傷する人たちは、今の時代はキツイだろうなあ、としみじみ思うんです」と私。

雨宮さんも、自分の行為にリストカットという名前を与えてもらったのは高校時代の時だったという。
「あの時代にネットがあったら、間違いなく、サイトを主宰して、仲間と自傷を張り合ってるか、集団ネット自殺してますね」とおっしゃってました。

「すごい生き方」を読み直したくなった。
見落とし、まだ読んでなかった「生きさせろ」(太田出版)も早々に読もうとおもった。





リストカットの写真集に、思ったこと

先日、岡田敦さんという26歳の写真家にお会いした。
リストカットをテーマに写真を撮り続けている。
6月に新しい写真集を出すという。
「記事を書いてほしい」と言われても、私の今いる部署では難しいし、せっかくお越しいただいても、何らお力になれることもないだろうと思いつつ、それでもお会いした。

新聞メディアでは長く、自傷がタブーだったし、今でも記事の内容や掲載写真などについてはとても慎重な判断が求められている。何より、結果的に自傷を広めてしまったり、当事者たちの自傷衝動を乱暴な形で高めてしまったりする可能性と、常に隣り合わせだからだ。

でも、彼の話を聞いて驚いた。
写真の世界はどうやらもっともっと、もーーーっと難しいらしい。
「写真展が開けないんです」と彼はいう。自傷がテーマと聞くだけで、スポンサーがつかない。ギャラリーも及び腰。写真雑誌への作品発表すら、「読者からの苦情や反発を恐れてか、断られました」。
前作の写真集「Cord」は結構話題になり、いくつもかのメディアに取材されたそうだ。が、どの新聞記事もテレビ番組も最終的にはボツになったそうだ。

「戦争写真ならばどんな残酷な写真でも写真展で注目を浴び、戦場カメラマンは勇気ある“英雄”のように扱われる。それなのに、国内の“いのち”の問題に関心を示さなくていいんでしょうか。足下の若者の現実には無関心でいいんでしょうか。“現実を写しとる”はずの写真家(あるいは写真界)が、実は日本の現実からは逃げているんです」

「一方で、リストカットする当事者たちからは、僕の写真集を見て『私も撮ってほしい』というメールがたくさん届きました。宿泊費も交通費も出せないのに、手弁当で全国から50人の若者が東京のスタジオに足を運んでくれた。彼ら彼女たちの思いを伝えるためにも、この作品を黙殺しないでほしい」

熱く語るというよりは、ぽつりぽつりと誠実に語る岡田さんを見ていたら、なんだかとても悔しくなってきた。

私自身、リストカットで講演していてしみじみ感じます。来てくださるのは保健室の養護教諭、カウンセラーなど、この問題と日々関わっていて、どんなに増えているかを肌身に感じている人ばかり。一方、子育て中のお母さんが関心を持ってやってきてくれる、というようなことは、とても少ないのです。子どもの覚せい剤や大麻など違法薬物の問題をテーマに講演する時のほうが、「もしかしたらうちの子も……」と関心を持って親たちが来てくれる、という現実がすごく不思議。
違法薬物よりも、ずーーーーーっと、リストカットのほうが普通に広まってるのになあ、と。

新聞にリストカットの連載記事を書いた時もそうでした。普通、不登校の記事などを書くと、反響のほとんどは親からです。なぜなら新聞はそもそも大人メディアだから。ところがリストカットの連載では、反響の9割以上が当事者である若者からでした。
何通ももらったのはこんな手紙。
「おぐにさんの記事を読んで、私のリストカットをお母さんに知ってほしくなって、記事を切り取ってお母さんに読んでもらいました。すごく勇気がいりました。でもお母さんは『怖いなあ。こんなことする子もいるのねえ。あんたの学校にもいるんじゃないの?』って。私はその夜、これまでで一番深く切りました」
その子がどんな思いで記事を切り抜いたのか、どんなに大変な勇気を振り絞って母親に記事を見せたのか、それを思うと、この時ばかりは私も涙が止まらないほど悔しかった。

そんなこんなを全部思い出し、気づいたら、岡田さんに言ってしまっていた。

「私にできること、探してみます」。

あーあ。20代の若者の熱意に、ついついほだされてしまうのは、オバサン化だろうか。
でも、それだけじゃなくて、彼の「自分は写真家で、カウンセラーや医者ではない」という基本姿勢や、自傷者との距離の取り方が気に入ったというのもあります。

新しく6月に出る予定の写真を、見せてもらいました。
前作のは自傷そのもの、って写真はなかったけれど、今回は傷だらけの腕がたくさん載ってます。それでも、「ああ、この写真は自傷衝動をあまり人に起こさせないなあ」と妙に確信しました。
なぜかなあ。

1つは赤い血だらけの傷跡ではなく、あくまで自傷して少なくとも何時間かたった、血のない傷跡だからだったからだと思う。
でも、たぶん、それだけでもないんだな。
きっとそれが、彼が写真家として訴えたかったものがにじみ出た結果なんだろう、と思った。顔をさらし、裸体をさらし、傷だらけの腕もそのままに、まっすぐにカメラに向かう若者たち。
何というか、とてもまっすぐに向かってくる。
少なくとも私には、「痛々しい」とは思えなかった。
むしろ、にじんでくるものを一言で言い表すなら、勇気、なのかも。

それと、もう一つ。
私自身、自傷している人を取材する時、腕見せてもらうことが結構あって、腕だけみると、傷だらけの腕ってかなり痛々しいものなんだけど、裸体全部の迫力の中にあっては、腕の傷なんてまあ、なんというか、しかられそうだがアクセサリーというか記憶のほんの一部なんだな。
写真を見ればやっぱり、乳房とか陰毛に目がいっちゃうし。きれいなおしりとか腰のくびれとか……ね。そんな中で、妙にすとんと、「この人の中で自傷はほんの一部でしかないんだ」と実感できるというわけ。

当事者がこの写真を見たら、どう思うんだろう。
「傷跡ばかり見て暮らしてきたけど、そうか、脱いだら私ってどんな風だろう。 自傷だけが私を形作ってるんじゃないんだ、きっと」と自然と受け止められるのではないだろうか。

彼の写真集を見て、切りたくなった、という感想が1通もないんだそうだ。「ほんとかよ」と思ったが、写真を拝見して、なるほど妙に納得できました。
(私の本なんか、「途中で切りたくなって怖くて読めませんでした。だから本を閉じました」みたいな手紙が妙に多かったもんな。反省)

あと、ここでは詳しく書きませんが、写真の並べ方にも彼のメッセージがつまってます。
これは写真集が出てからのお楽しみ。

お友達が少ない私は、知り合いのメディア関係者というのも決して多くないのですが、できるだけ声をかけてみようと思う。
こちらを見て、「取材しよっか?」という方がおられましたら、ご連絡よろしく。

保健室で切る生徒、どうすればいい?

夏という季節もあるのでしょうか。
最近、養護教諭の集まりに呼んでもらって、リストカットの話をする機会がポツリポツリとあるのです。
とある会合で、1時間半、話をした後の質疑応答の時間にこんな質問が出ました。高校の保健室の養護教諭の先生から。

「目を離したスキに、保健室のカッターで切ってしまう子がいます。保健室で切りたい、というSOSの気持ちは痛いほどわかるけれど、でもやっぱりこれだけは困る。『保健室でだけは切らないで』と話しているのですが、どうすればいいでしょう?」

うーん。
難しい。
保健室のカッターをすぐに取り出せない場所に管理する、というのは今後必要な刃物の管理方法になってくるのかもしれない。
私ならとりあえず、「同級生の前では切らないでね。あなたの自傷を見て誰かが自傷を始めたら、その誰かも、あなた自身も、傷つくことになるよ」とだけは話すだろうな。
一つ間違えると、学校中に自傷が広まる可能性だってあるから。

でも、自分が保健室の養護教諭だったら……案外、こんな風に言っちゃうかもなあ。
「どうしてもここで切りたいなら……わかったよ、私の前で切りなよ。切ったらすぐに治療してあげるから。考えようによったらすごいよねー、切るには最高の場所かもね~。切ったら、即治療できちゃうんだもんねえ!」
最後は笑い飛ばしてしまうかも。

そんな話をしつつ、会場の養護教諭の方に「……ってのはまずいでしょうか? やっぱり、先生の立場で『私の前で切りなよ』とは言えないですかね?」と尋ねたら、約100人の養護教諭の先生ほぼ全員に一斉に強くうなづかれてしまって、思わずひるんだ。

や、やっぱりそうですよね……すみません……。
小声であやまるしかなかった。

それから、「んであれば、こんな風に生徒に正直に言っちゃうのはダメですか?」と付け足した。

例えば、こんなふうに。
「この前、先生が新聞記者の人と話をしていたらね、その新聞記者は『私の目の前で切りなよ、って言っちゃえば?』というの。冗談じゃないわよ! あなたたち大事な生徒の心と体を守るのが私の仕事なの。大事な大事なあなたに、切りなよ、なんて私の口から言えるわけないじゃない。ねえ」って。

結局、自分の言葉で、正直に、でも巻き込まれないように、関わっていくしかない。
回答集みたいなものは、絶対にありえないから。

だって、
「つらかったのねえ。こんなに苦しんでいたのねえ」と傷を受け止めてやることが最初の一歩になる子もいれば、同じセリフを別のタイミングで言ってしまったせいで、「もっと先生に受け止めてほしい」という思いから、さらに自傷を繰り返すしかなくなってしまう子だっている。
中には「リスカかぁ。はやりよねえ、最近」と突き放したほうが、逆に「え? 流行してんの? やっだー」と抜け出せるちゃう子だっているのだ。

私自身、同じ子にだって、その時期その時期に言い方を無意識に変えてきた気がする。
ある時は、「もう、いいよいいよ。切っちゃえ」と言ったこともあったっけな。
別の時には「切るのはOK。でも、薬は勘弁」とか。
さらに別の時には、「切るのも一つの選択だけどさー。切った時、あなた、自分を責めるでしょー。結局、切って一番苦しい思いをするのって、あなた自身じゃない? 切るな、とは言わないけどさ。私はそれが怖いんだよね」と言ったこともあった。
「切る切らないはこの際どうでもいい。もっと大事なこと、あるじゃん?」と言ったことも。

自傷をやめることよりも、自傷をやめた子が、自傷なしに生きていくことのほうがずっと難しいんだということを、最近、何人かの子どもたちに教えてもらった気がする。
特に長く自傷してきた子は、たいてい、外からのストレス、友だちのささいな一言などに、とんでもなく傷つきやすくなってる。これまで苦しい気持ちを自傷でやりすごしてきた分、苦しい気持ちを自傷以外の方法でやりすごすことに慣れていないから。
自傷の一番の怖さは、腕に残る傷なんかより、こっちのほうだと最近、思ったりする。

そこから一歩一歩前に進んでいくためには、何人もの人の手助けが必要で、抱きしめて一緒に泣いてくれる人も、突き放し叱ってくれる人も、冗談言って笑わせてくれる人も、サバサバと笑い飛ばしてくれる人も、一緒に右往左往してくれる人も、何も言わずにそばにいてくれる人も、本当に色々な人が必要で、大切なことは、そのたくさんの役目を一人の人間が負うというのは不可能だということ。
それをきちんと認めること。

私は結局、そのうちの一人にしかなれないんだ、と思うことが大事だと思います、と養護教諭の先生方に話してみた。
一人で抱え込まないでくださいね、と。
伝わったかなあ……。
話し下手だから、困る。


 

出張治療の新米整体師さんの話

リストカットの取材で出会った21歳の彼女が、整体を学び始めた。
「おぐにさん、肩こり、腰痛、ありません? 出張治療に行きますよー」という。
仕事の昼休みに、来てもらう約束をした。

約束の正午より10分前、卓上の電話が鳴った。
受付の女性から。「おぐにさんにお客さんです」。
慌てて1階の受付に駆けつけたら、いた。
胸張って立っていたその姿を見ただけでもう、十分に胸がいっぱいになった。
頬がピンク色なのがうれしかった。こんなに健康そうに見える彼女は初めてだ。
彼女との、この2年間を思い出した。
血の気のない顔。生気のない表情。「死にたい」「消えたい」のメール。ODの後のヘロヘロになった電話……。

彼女は足下に半畳分くらいもある大きな荷物を持っている。
「治療用のマットも持ってきちゃいました」という。
試しにその荷物を持とうとしたら、とんでもなく重かった。
こんな大きな荷物を、この子が、アパートから駅までの徒歩15分の道を歩いてきたんだと、電車の中で周囲の人の目も気にせずここまでたどりついたんだと思うと、もう、鼻の奥がつーんとした。

地下の女性休憩室の畳部屋で、肩こりの治療をしてもらうことにした。
らくだ色のトレーナーを脱いだその下に、整体師さん用の白衣を着ていた。
「おぐにさん、びっくりさせちゃっていいですか?」
いたずらっぽい笑いとともに彼女が差し出した小さな紙片。名刺だった。差し出し方まで堂に入っていた。

ああ、もう限界。
結局、泣いちまったぜ。
ほんと、よくここまで持ち直したね。

肩胛骨の部分を伸ばす。
片手で頭を支え、もう片手で肩を押す。
気持ちいい、ほんと。
「まさか、あなたに癒やされるなんてねえ」と夢うつつの私。
「本当に。私が人を癒やす側に回るとは。えへへ」と彼女。

自傷衝動が消えたわけじゃない、という。
過食だって時々するという。
眠れないのも相変わらずだという。
「でも、寝なくても死なないと分かったし。ストレス解消だぞーっと食べちゃう。過食しても落ち込まない。部屋のあちこちに『どんなに辛くても明日はくる。なぜなら、明日とは『明るい日』と書くから』って書いた紙を貼り付けてあってね。落ち込んだら、それを見るの」
この2カ月、ただただハイテンションで突っ走っているだけなら、途中で派手にまたすっころぶだろう、と案じていたのだけれど、彼女なりに何度も何度も小さく転びながら、時に、休みながら、ここまで歩いてきたのだと知って、少し安心した。
「今、21歳かぁ。私が21歳の時って、まだ自傷してたぞ」と私が言って、2人で笑った。

今日はだから、肩が軽い。
ついでに、心まで軽くて、温かい。

うれしい電話

あまりにうれしい電話だったので、ここに書く。
私のリストカット本にも登場する女性から、久しぶりに電話があった。

「おぐにさん、資格取ったよ!」
なんでも、人の身体を治癒(整体系)する施術の資格を取得したという。
すでに2年の付き合いになるが、こんなに弾んだ声の電話は初めてだ。
これまで、電話といえば「切っちゃった」か「飲んじゃった」か「助けて」か「ごめんなさい」だったし、つい先月も静脈切りしたばっかりなのにね。

しばらくは研修生、という彼女に、「あなたが、人を癒す側に回るとはねえ。ウルウル」と私。
「ですよねー。白衣ですよ、白衣!」と彼女がふざけていう。
「まったくねえ。この前まで、白衣に囲まれてばっかりだったのにねえ」と一言多い私。

彼女自身が身体を悪くして通っていた治療院の先生が、ニート状態の彼女を見て、「僕を手伝ってくれるかい?」と勧めてくれたのがきっかけという。
やっぱり、出会いなんだよなあ。
新しいチャンスも、新しい夢も、それを切り開く突破口はいつも、人との出会いなんだよなあ。
しみじみしてしまった。

本の中でリストカットをやめられずにいた人で、今は止まっている人もいます。
逆に「止まっている」と本に書いた後、しばらくしてぶり返し、今入院中の人もいます。
でもみんな、じたばたとせいいっぱいに生きています。

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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