2009.06.16 05:51|リストカット|
野球ばっかりしてるわけじゃないんです、の言い訳エントリー第二弾。
ちょうど1カ月前、郵便屋さんが本を届けてくれました。日本からの荷物。
開けてみたら、生まれて初めて挑戦した翻訳書のできたてホヤホヤなのでした。
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」 (V.J.ターナー著、みすず書房)
出版社のホームページはこちら。
そもそも、専門書の世界とは無縁に生きてきたので、自分の訳書ながら、その値段に頭がクラクラしました。税込みで4410円、税別で4200円。どういう人が買ってくださるんでしょうか……。
それにしても、不思議なご縁の重なって生まれた本でした。
そもそも、医療監修してくださった国立精神神経センターの松本俊彦先生とは、最初にどこで出会ったんだったっけ?
薬物依存の取材を始め、「夜回り先生」 こと水谷修氏に出会ったのが、たしか1997年 (って、もう10年前になるんだ……)。で、当時から、水谷さんは薬物依存を抱えた子どもたちについて、松本先生とお付き合いがあったはずだから、10年前にはお名前をうかがっていたわけだと思う。
それでも、松本先生に最初にお目にかかれたのは、それよりずっと後。
確か自傷の取材を始めた後だったから、2004年ごろ? すでに何年間も、水谷さんを通じて、「お噂はかねがねかねがね」状態だったから、とても初対面とは思えないほど、しっくりと何かがつながった気がしたのだっけ。
さらに4年後、これまた何がきっかけだったか、私が渡米した後、あれこれ自傷についてメールのやりとりをしていたら、あれよあれよという間に、この本を日本に紹介しましょう、というような話になったのでした。
でも、そもそも私は、別に意中の本があったのです。
それは、Bodily Harm という本 で、著者さんにアメリカでお目にかかったりもしました。自傷治療を専門とした施設での試みを書いた本で、そういう施設を持たない日本にぜひ紹介したいもんだ、と常々思っていたもので。
この本と、今回訳した Secret Scars という本 の両方を、松本先生がみすず書房にご提案し、後者が選ばれた、という経緯です。
今回訳した Secret Scars は、私自身、数年前にアマゾンで購入しながらも、読み通すこともなく、ずっと手もとにおいてあった本なのですが、あらためて読み直してみて、「自傷はアディクションである」 という視点が新鮮だなあ、と思ったのでした。
もっとも、自傷がアディクションかどうか、という問題はまだまだ議論の余地の残るところです。例えば、先に挙げた2冊の本のうち、むしろ私の意中の本だった前者の著者さんなどは、先日の講演で 「自傷はアディクションに似ているが、どこか違う」 と指摘しています。
その講演で取ったメモが今手もとに見つからないので、確かなことは言えないけれど、「ひとたびその行為をやめ、長い年月を経た後の心のありようが、アルコールや薬物と、自傷とでは、明らかに違う。一生、その行為への誘惑に駆られ続ける、というようなことは、自傷をやめた人には見られない」 というような主旨だった気がします。
とはいえ。
自傷とその他のアディクションとの深い関係は、これは当事者にしろ、専門家にしろ、常々感じているところでしょうし、私自身、「クスリも自傷も、それをやめることよりも、やめた後、それなしで生きることのほうが何十倍も苦しい」 が持論なので、なんとなくご縁を感じた本なのでした。
おまけに、この本の著者はアメリカの臨床心理学者(女性)で、別に著書もあるそうなのだけれど、この本に限っては、匿名で書いています。だから、本当は誰なのか、私も分かりません。
なぜかというと、著者自身が、元自傷者 (そして摂食障害経験者) だから。
自分自身が、アディクションからの回復に使われる12ステップでいかに救われたか、いかに自傷から回復していったか (あるいは、なかなか回復できなかったか) を赤裸々に告白しながら、一方で、単なる体験告白書ではなく、専門家が読むに耐えるような内容にしよう、という努力をしています。
だいたい、当事者にも専門家にも読んでもらえる本、なんて路線が簡単に成功するわけがなく、本書についても、正直言って、当事者が読むには小難しすぎるし、専門家が読むには思いが強すぎる部分が多々あります。
それでも、自身が体験者として、そして専門家として、どうにか今苦しんでいる当事者たちを手助けしたい、そのためには当事者にメッセージを伝えたいし、彼らを支援するべき立場の専門家たちにこの問題をしっかり理解してもらわなきゃ、というとんでもなく強い思いから書かれた本であることは、確かなんだと思います。
それにしても。
元自傷者の臨床心理学者が書いた本を、元自傷者のジャーナリストが訳す、というのも、これ、何かのご縁なんでしょうか。
一仕事終えての正直な感想は……「翻訳のプロのみなさま、ごめんなさい。素人が手を出す世界ではありませんでした」 だったりします。
でもまあ、一方で、松本先生にしろ、私にしろ、翻訳のプロでない者が、ジタバタと悪戦苦闘してまで、日本に送り出したかった1冊なのです。
それにしても税別4200円、という値段は重い……。
少なくとも、私の身近にいる当事者たちに、「買ってね〜」 と気楽には言えません〜。
そんなわけで、「図書館でリクエストしてね」 と言ってみることにしようと思います。
当事者のみなさま。
もしも、本書を図書館でゲットされたならば、読み方のコツは以下の通りです。
まず、序文、第一章と読み進めた後、専門的な内容の2、3、4、5、6章を飛ばし、ついでに本書の肝(きも)ながら、日本人にはちょっと馴染みにくい第7章「あなた自身のスピリチュアルな空虚感と向き合うとき」 もとりあえずは読み飛ばし、先に第8、9、10章を読んでください。
次に、松本先生の解題と私のあとがきを読んだ後、あらためて第7章を読んでみていただけるといいんじゃないかと思います。
2−6章は、その後、自分に関係しそうなところ、読みたくなりそうな部分だけを、つまみ食いするだけで結構です。
基本的には 「図書館をご利用ください」 なのですが、それでももしもご購入を考えてくださる方がおられるならば、なんでも、私が間に入ると2割引なんだそうです。
(4410円の2割引き、って882円じゃあないか……豪華ランチが食べられる!)
どうか、こちらの非公開コメント機能などを使って、ご一報くださいませ。
ちょうど1カ月前、郵便屋さんが本を届けてくれました。日本からの荷物。
開けてみたら、生まれて初めて挑戦した翻訳書のできたてホヤホヤなのでした。
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」 (V.J.ターナー著、みすず書房)
出版社のホームページはこちら。
そもそも、専門書の世界とは無縁に生きてきたので、自分の訳書ながら、その値段に頭がクラクラしました。税込みで4410円、税別で4200円。どういう人が買ってくださるんでしょうか……。
それにしても、不思議なご縁の重なって生まれた本でした。
そもそも、医療監修してくださった国立精神神経センターの松本俊彦先生とは、最初にどこで出会ったんだったっけ?
薬物依存の取材を始め、「夜回り先生」 こと水谷修氏に出会ったのが、たしか1997年 (って、もう10年前になるんだ……)。で、当時から、水谷さんは薬物依存を抱えた子どもたちについて、松本先生とお付き合いがあったはずだから、10年前にはお名前をうかがっていたわけだと思う。
それでも、松本先生に最初にお目にかかれたのは、それよりずっと後。
確か自傷の取材を始めた後だったから、2004年ごろ? すでに何年間も、水谷さんを通じて、「お噂はかねがねかねがね」状態だったから、とても初対面とは思えないほど、しっくりと何かがつながった気がしたのだっけ。
さらに4年後、これまた何がきっかけだったか、私が渡米した後、あれこれ自傷についてメールのやりとりをしていたら、あれよあれよという間に、この本を日本に紹介しましょう、というような話になったのでした。
でも、そもそも私は、別に意中の本があったのです。
それは、Bodily Harm という本 で、著者さんにアメリカでお目にかかったりもしました。自傷治療を専門とした施設での試みを書いた本で、そういう施設を持たない日本にぜひ紹介したいもんだ、と常々思っていたもので。
この本と、今回訳した Secret Scars という本 の両方を、松本先生がみすず書房にご提案し、後者が選ばれた、という経緯です。
今回訳した Secret Scars は、私自身、数年前にアマゾンで購入しながらも、読み通すこともなく、ずっと手もとにおいてあった本なのですが、あらためて読み直してみて、「自傷はアディクションである」 という視点が新鮮だなあ、と思ったのでした。
もっとも、自傷がアディクションかどうか、という問題はまだまだ議論の余地の残るところです。例えば、先に挙げた2冊の本のうち、むしろ私の意中の本だった前者の著者さんなどは、先日の講演で 「自傷はアディクションに似ているが、どこか違う」 と指摘しています。
その講演で取ったメモが今手もとに見つからないので、確かなことは言えないけれど、「ひとたびその行為をやめ、長い年月を経た後の心のありようが、アルコールや薬物と、自傷とでは、明らかに違う。一生、その行為への誘惑に駆られ続ける、というようなことは、自傷をやめた人には見られない」 というような主旨だった気がします。
とはいえ。
自傷とその他のアディクションとの深い関係は、これは当事者にしろ、専門家にしろ、常々感じているところでしょうし、私自身、「クスリも自傷も、それをやめることよりも、やめた後、それなしで生きることのほうが何十倍も苦しい」 が持論なので、なんとなくご縁を感じた本なのでした。
おまけに、この本の著者はアメリカの臨床心理学者(女性)で、別に著書もあるそうなのだけれど、この本に限っては、匿名で書いています。だから、本当は誰なのか、私も分かりません。
なぜかというと、著者自身が、元自傷者 (そして摂食障害経験者) だから。
自分自身が、アディクションからの回復に使われる12ステップでいかに救われたか、いかに自傷から回復していったか (あるいは、なかなか回復できなかったか) を赤裸々に告白しながら、一方で、単なる体験告白書ではなく、専門家が読むに耐えるような内容にしよう、という努力をしています。
だいたい、当事者にも専門家にも読んでもらえる本、なんて路線が簡単に成功するわけがなく、本書についても、正直言って、当事者が読むには小難しすぎるし、専門家が読むには思いが強すぎる部分が多々あります。
それでも、自身が体験者として、そして専門家として、どうにか今苦しんでいる当事者たちを手助けしたい、そのためには当事者にメッセージを伝えたいし、彼らを支援するべき立場の専門家たちにこの問題をしっかり理解してもらわなきゃ、というとんでもなく強い思いから書かれた本であることは、確かなんだと思います。
それにしても。
元自傷者の臨床心理学者が書いた本を、元自傷者のジャーナリストが訳す、というのも、これ、何かのご縁なんでしょうか。
一仕事終えての正直な感想は……「翻訳のプロのみなさま、ごめんなさい。素人が手を出す世界ではありませんでした」 だったりします。
でもまあ、一方で、松本先生にしろ、私にしろ、翻訳のプロでない者が、ジタバタと悪戦苦闘してまで、日本に送り出したかった1冊なのです。
それにしても税別4200円、という値段は重い……。
少なくとも、私の身近にいる当事者たちに、「買ってね〜」 と気楽には言えません〜。
そんなわけで、「図書館でリクエストしてね」 と言ってみることにしようと思います。
当事者のみなさま。
もしも、本書を図書館でゲットされたならば、読み方のコツは以下の通りです。
まず、序文、第一章と読み進めた後、専門的な内容の2、3、4、5、6章を飛ばし、ついでに本書の肝(きも)ながら、日本人にはちょっと馴染みにくい第7章「あなた自身のスピリチュアルな空虚感と向き合うとき」 もとりあえずは読み飛ばし、先に第8、9、10章を読んでください。
次に、松本先生の解題と私のあとがきを読んだ後、あらためて第7章を読んでみていただけるといいんじゃないかと思います。
2−6章は、その後、自分に関係しそうなところ、読みたくなりそうな部分だけを、つまみ食いするだけで結構です。
基本的には 「図書館をご利用ください」 なのですが、それでももしもご購入を考えてくださる方がおられるならば、なんでも、私が間に入ると2割引なんだそうです。
(4410円の2割引き、って882円じゃあないか……豪華ランチが食べられる!)
どうか、こちらの非公開コメント機能などを使って、ご一報くださいませ。


