パスポートが切れるので、申請に行きました。
昨年3月、旅券に旧姓併記する条件が緩和され、以前のように、旧姓での活動や実績が海外の大学や学会からの招聘状などで確認できなくても、「職場で旧姓使用が認められていること及び業務により渡航する者」であれば認められるようになりました。
それで、旧姓併記で旅券申請しようかな、と思った次第。
例えば、取材で海外などに行った場合、旅券に記載された戸籍名でホテルなどに宿泊しますよね? ところが、取材先が急に私に連絡が取りたくてホテルに「おぐにさんを」と電話したところで、「こちらにそういうお客様はおりません」でお終い。そういうトラブルが実際にかつてありました。
そんなこともあって、旧姓併記できる話を聞いて、次回の切り替え時には絶対にトライしようと思っていたんです。
おまけに夫婦別姓がちっとも実現しない今、証明書に「おぐに」の旧姓を記せる可能性が残されているのは旅券だけ。この旅券を身分証明書にすればクレジットカードを旧姓で作ることができると、クレジット会社にすでに確認済み。この際、支払い口座名義が戸籍姓であっても構わない、という点も。
一方、銀行口座のほうは、たとえ旅券に旧姓併記したところで、旧姓で口座を開くことは法律上できないんですけどね。
旧姓併記については、本当は、職場の上司にお願いをして、
旧姓使用証明書にはんこを押してもらえば、済む話だったんです。
ところが、この旧姓使用証明書を前に、ちょっと考え込んでしまったのでした。
新聞記者という仕事柄、いつ仕事で渡航するか、予定なんて立つわけないし、旅券の失効時期にちょうどタイミング良く次の海外出張の予定が決まってるなんて都合の良い話はあるわけないのに、渡航予定日や渡航予定先まで記入しなきゃあならない。
つまり、テキトーに記入しろ、ってこと?
厳密に言えばウソじゃん。
ウソはやだなあ。
そもそも、会社勤めしてないけど海外で取材活動を行っているフリーのライターさんたちは、どんな書類で認められるんだろう??
それで確かめてみたくなりました。
会社の書類なしでどこまでできるだろう、って。
とりあえず、著書4冊と海外の大学から送られてきた封書1通、ほかにたまたま海外の会社からCDを送ってもらった時の封書を付けて、申請に行ってみました。
最初に言われたのは、
「海外で出した本はありませんか?」でした。
つまり、海外で取材した内容を含んだ本であっても、海外で出版してなければ、「海外で活動している」と認めるには不十分らしい。
(資料として提出するのは本の表紙のコピーであって、本の内容ではないのでした……)。
次に言われたのは、「新聞社にお勤めでしたら、『旧姓使用証明書』を提出してくださればすぐに旧姓併記で発行できますよ」ってこと。
窓口の方が親切で言ってくださった助言だったのに、なぜかなあ、この一言で私の何かにスイッチが入っちゃった。
実は、私の職場の机の中には、すでに「旧姓使用証明書」の書式が入っています。上司に見せて、「いざと言う時は書いてね」とも伝えたことがあります。
それでも、なんか妙に抵抗があったのです。
「結局、会社の力を借りないと、私は『おぐに』の旅券をもらえないってことか〜」って。
なんかこだわってしまっていたのでした。
だから、窓口では、こう答えてしまいました。
「会社から書類をもらうことは可能だと思う。でも私は知りたいんです。会社の書類なしには、認められないのかどうか。例えば、フリーライターさんならどうですか? どういう書類があれば認められるんですか?
旅券の問い合わせ窓口では、これとこれがあれば必ず認められる、というような言い方を絶対になさいませんよね。ケースバイケースで判断します、と。だから、ネット上でも古い情報から新しい情報まで色々な情報が飛び交ってます。特に会社組織に属してない人は苦労もしてます。
私はこの著書のほとんどを、会社の仕事とは別の取材活動として書きました。会社員として海外で取材活動を行ったこともありますが、会社の仕事以外で海外で取材したことも何度もあります。
勤務先の社印を押した書類なしで、旧姓併記を認めてもらえるかどうか、そのために何が必要なのか、確かめてみたいんです。
それで認めてもらえないなら、何が問題だったのか、きちんと理由を説明してくださればいいです。認めてもらえなかった段階で、もう一度検討して、『旧姓使用証明書』を提出して申請しなおしますから」
なんでかなあ。
むちゃくちゃ意地になってた気がする。
一言でいうなれば、「私が『おぐに』(旧姓)であることを、会社の力を借りずに証明したい」という思い。
いやはや。
よくよく考えるとものすごくナンセンス。
旅券の名義が、人間の存在を左右するわけなんかないのにねえ。
このクソ忙しい時に、窓口で延々と30分も1時間も説明に費やしたのはなぜなのか、なぜこうまで意地を張っちゃったのか、自己分析してみた。
結婚して以来、「おぐに」を証明してくれるモノが何一つなくなり、名義変更すれば健康保険証や郵便局の通帳の「おぐに」名義を二重線で消され、訂正印を押さされ、そんな一つひとつの経験の積み重ねの果てに、旧姓へのこだわりがますます強くなっていたことが一つの理由。
あと、会社の書類一つで、あっさり旧姓「おぐに」を認めてもらえちゃうことへの妙な抵抗感が、私の中にはあるのだなあ、とも気づきました。
会社のルーティーンワークとは別に、自分なりの思い入れを大事に、取材し、本にまとめてきた努力や時間を、私はたぶん、思いのほか大切に思っていたのかもしれません。
何やってんだろ、と自分でも思っちゃう。
制度に対する抵抗というには、あまりに徹底してないし。
どうしようもなくなったら会社に泣きついて「旧姓使用証明書」を出してもらえばいいや、という担保を確保した上での「ジタバタ」にほかならず、それで社会が変わるわけでもなく、誰かのための行動というわけでもなく……。
はっきり言えば、私の単なる自己満足に過ぎない。
そこまで頭で分かっていてもなお、やっぱり、会社名義の「旧姓使用証明書」なしでまずは申請してみたかったのだった。
それで結果的にだめだったとしても。
例えばこの先、私が会社を辞めたなら、求職中だったら、「旧姓使用証明書」を用意することもできない。会社員でなくなったら、私は「おぐに」の名前を併記した旅券を取る道が閉ざされるってわけ?
窓口の女性の、さらに上司の女性が登場したので、正直にそんな思いを伝えたら、意外なことに、彼女はまっすぐに、すっきりと、私の言い分を受け止めてくれたのでした。
「フリーの方でも、会社組織の書類がなくても、旧姓併記が認められているケースはあります。もう条件緩和から1年が経っています。少しずつ状況は緩和されてきています」。
彼女は私の目を見て、きっぱりとこう言ったのだった。
「わかりました。じゃあ、やってみましょう!」
「旧姓使用証明書」があれば、旅券事務所レベルで判断して発券が可能なんだそうだ。でも、その書類がないと、事務所レベルでは判断ができないため、「事情説明書」を添付し、外務省の協議にかけられる。となると、1カ月くらいかかることもあるし、その上で不許可の結論が出ることもある、と一連の流れを説明してくださった。
とりあえず、事情説明書を作文する。
自分の作文のまずさで旧姓併記できなかったら、こりゃ、あきらめもつくというもんだ。
ところがところが。
再度、窓口に行ったら、さっきまで対応してくださった女性上司の方が不在で、また、新たなご担当者が登場し、私の事情説明書を読んで一言、
「会社に所属されているなら、会社に『旧姓使用証明書』を出してもらったら、すぐにOKが出ますよ〜。事情説明書なんてなくても、旧姓使用証明書があれば確実なのに」
だから、それ、もう、終わった議論なんですってば……。
一から、再び、ほとんど理屈にならない思いを、熱っぽく語る私。
「だから、外務省協議でも何でもかけてください。それで不許可なら、その理由とともに教えてくだされば結構です。だったら納得もします。どういう結論が出るのか確かめようというこの作業も、自分にとっては、取材活動の一つだと思ってます」
などと説明していたら、さきほどまで対応してくださっていた女性が飛んできてくれて、周囲のスタッフにはっきり宣言してくださった。
「この人は、旧姓使用証明書なしで、事情説明書を添えていったん申請することでもう決定してますからっ!」
その彼女の毅然とした態度に、ちょっとだけ胸を衝かれた。
ああ、この人はたぶん、私のむちゃくちゃ意固地な、ほとんど理屈ではない、説明しようのない思いを、そのまま、きちんと受け止めてくれたんだ、と、そう思えたから。
彼女がふと私に言った。
「記者さんはやはり旧姓を使う方が多いんですか? 昨年、条件が緩和されて以来、たくさんの記者さんが申請に来られているんですよ。それまでは、申請前にわざわざ離婚されたりしていたそうです……」
きっと彼女は、この旅券事務所で、色々なものを見つめてこられたんだろう、とふと思った。
ということで、「旧姓併記旅券への道1」でした。
「2」を書けるのは、いつかなあ。