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高い声 低い声

ブログに、甲高いお声の持ち主、という方から、「不快です」 というコメントをいただきました。
嫌な思いをさせちゃって、いやはや、申し訳ないです……。

何のことだか分からない方も多いだろうから、事情を説明しますね。
実は、先日、週刊ポストに書いた、「アメリカと日本で好まれる女性の声の傾向」 みたいなエッセイが、「ポストセブン」 というネットサイトに抜粋転載されたのです。

でもって、この抜粋部分の中身をめぐっては、あれこれ色々な方が、ご意見を寄せてくださっているようです。
(英国の女性の声も甲高いんだよ、など、私の知らなかった内容も多く、とても勉強になりました。感謝。)

ただ、これらのご意見の中に、「だからアメリカが正しいのか?」「文化の差異ってもんがあるだろ」「記事には欧米崇拝が見て取れる」 などのお声があって、はてな???? と戸惑ったのでした。
というのも、私、エッセイに、アメリカのほうが正しいと書いたつもりもないし。
おまけに、私自身はもともと、天下無敵の甲高い声女であるわけだし。
アメリカでは子ども扱いされたくない一心で、英語を話すときは低い声を心がけたわけだけど、日本に帰ったら、間違いなく、あの甲高い 「電話声」 を取り戻しちゃうぞ、と思ってますし。

どうして、こういう誤解を受けたんだろう。
私、また、誤解を受けるような書き方をしちゃったんだろうな……と反省しつつ、抜粋転載されたポストセブンの記事を読んで、ああああ、と頭を抱えたのでした。
確かに、これだけ読んだら、「アメリカのほうが正しい」 と私が思ってるように感じ取れてしまいますよねえ。

ちなみに、ポストセブンの抜粋転載はこんな感じです。

実はこれ、もともとの週刊ポストのエッセイのちょうど前から3分の2を抜粋転載したものです。
ちなみに、週刊ポストには、上記リンクにある文章の後に、以下のような文章が続いてました。

ちなみに、日本人女性が丁寧な受け答えをする際に声の周波数を上げる傾向があるのは、「高い声=女らしさ」という日本の社会規範の影響らしい。日本人の被験者に周波数の異なる女性の声を聞かせ、その印象を尋ねた結果、高い声には「かわいらしさ、美しさ、優しさ、丁寧さ」、低い声には「わがまま、強さ」のイメージがあると分かったんだって。

かくいう私も、日本で働いていた頃は、受話器を握った瞬間、誰より高い声で勝負してたっけ。電話で取材先にアポ取りをしていると、同僚がよく肩を震わせ、笑ったもんだ。「おまえの声、そりゃ詐欺だぜ」と。実際、取材先の男性に「えっ! あなたが? 電話のお声と余りに印象が違う……あ、いや失礼」などと、何度言われたことか。どーせ、「電話声にだまされた~っ」とか心で舌打ちしてたんでしょ。
今ではすっかり低い声になっちゃった私。日本に帰ったら、「電話声」の練習が必要かなぁ……。


日本の社会で、高い声に 「かわいらしさ」 や 「丁寧さ」 を感じさせる力があることは、実体験から知ってましたが、低い声に、「わがまま、強さ」 のイメージがある、っていうのは、私自身、調べていて、びっくりしたもんです。
私自身は、なんとなく、丁寧な感じを相手につたえたくて、初めての電話の相手などには、高いトーンの声で話してたんだけど。
日本では、低い声の方が、変に誤解を受けたりすることもあるのかなあ、と。

私自身は、アメリカに来たばかりのころ、「丁寧さ」 を相手に伝えたい一心に、日本流の甲高い声を多用していたはずなんですけど、幾多の誤解や子ども扱いを経験した末に、いつのまにやら無意識に自然と声が低くなっていったように思います。
その、「声のトーンの変化」 には、先日、日本に電話するまで、ほとんど自覚してなかったんですよね。
社会規範や文化や音に対する感性などの違いって、面白いなあ、と感じました。

 
なにはともあれ。
週刊ポストのエッセイから、ポストセブンへの転載は、先方の編集担当さんが短く編集しなおすことが非常に多いため、数ヶ月前に、「せめて、抜粋転載、と明記してください」 とお願いした経緯があります。
一部だけを転載したためにトーンが変わって、それがもとでトラブルになることなど、十分に考えられたからです。
最近は、エッセイ1本を前後2本に分けて、丸ごと転載してくださることが増えていたのですが、さすがに今回は、後半部分は転載する意義なし、と判断されちゃったのかもしれません。
(確かに、後半部分だけを1本の記事として転載するのには、若干無理がありますもんね)。

そんなわけで、抜粋転載の部分だけよんで、なんとなく、嫌な思いをしたり、イラッとしたりした方には申し訳ないことをしてしまいました。
よろしければ、週刊ポストのオリジナルをぜひぜひお読みくださいませ。
なんといっても、フジモトマサルさんの素敵なイラストがついています。
(ああ、そういえば、甲高い声の話を書いた回だけ、フジモトさん、ご療養のため、イラストをお休みされたのですが)。


……もっとも。
私もあと1週間で日本に帰りますので、週刊ポストの連載もあと数本を残すのみ、です。
アメリカの多様性に触れ、「アメリカは〇〇だ」 と一般化することのおろかさをひしひし感じつつ、一方で、日本とアメリカを比較して記事を書くたび、日本や、アメリカのことを、一般化してきたわけで、随分と自己矛盾に満ちた連載だったなあ、と痛感してます。

アメリカという国は、知れば知るほど書けなくなる、と聞いたのは、渡米直後の4年前のことでした。
そのとき、知り尽くしてから書こう、と思わず、「書きながら知っていこう」 と思ったのでしたっけ。
気付いたら150本を越えるエッセイを書いてました。
1本書くごとに、皆さんからご意見をいただくたびに、一つひとつ、アメリカという国を知ることができたように思います。

あらためて、皆さんに感謝です。
(あと2本。しっかり書きます)。

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キッザニアはアメリカでウケるか?

現在店頭で並んでいる週刊ポストに書いた記事。
前半と後半に分けて、こちらで読めます。

NEWSポストセブン。
米国では「努力しないと一生マクドナルド店員」は差別でない ←こちらが前半。
キッザニアが米国の子供に受けぬ理由 ←こちらが後半。

なかなかブログを更新する時間がないもので。
雑誌連載の引用で、失礼します。

日本で学校の先生が、「今勉強しないと、おまえら、一生、〇〇(ファストフード店の個別名)でハンバーガーを焼き続けるか、スクールバスの運転手くらいにしかなれないぞ」 って発言したら……。
間違いなく、保護者から何らかのリアクションがあると思うし、ヘタしたら新聞沙汰かも。

しかし、キッザニアって、世界中に広がっているのね。
時間とお金があったら、世界各地のキッザニアをめぐって、各国でのキッザニアの位置づけをレポートしたら面白いだろうなあ。
アジアの新興国あたりのキッザニアで、親子がどんな顔してるのか、ものすごく興味あります。
アメリカにできるというキッザニアがどういう展開を見せるか、も面白いそうだけど。


私の文章が大学入試に?

私が昔書いた文章が、大学入試に使われた、と聞いて、驚いた。なんかちょっとうれしい。
自分の文章だったら、その試験に合格間違いなし、だもの。
……って、今さら、私が入試を受けるわけないんだけど。

文章というのは、何年前かに書いた、学士会会報875号。
そもそもは、学士会会報のご担当だった女性が、私のブログに興味を持ってくださって、「よかったら」 と執筆の機会をくださったことがきっかけ。
深く考えず、いつもの調子でホイホイ引き受けたけど、後で掲載誌を開いてみたら、ご専門をお持ちの皆様方の 「論文」 の中に、一つだけ軽いエッセイが間違えて混じっちゃった、って感じで、えらく場違いだった記憶がある。

今回、大学入試になったというのは、その文章のほんの一部抜粋で、以下のような感じ。


宗教の多様性もまた、私たち親子には新鮮だ。
クリスマスの時期、近所を歩いていると、ツリーやサンタクロースをテーマにしたクリスマスのイルミネーションがあちこちの庭に見られる。その中に一軒、青と白を基調にした9本の燭台などのイルミネーションを飾る家がある。
「こっちはユダヤ教のハナカというお祭りのイルミネーションだよ」と息子に教えてやる。

日本では、子どものいる家庭のほとんどすべてにクリスマスツリーがあり、サンタクロースがやってくるのではないか。
これをアメリカ人に言うと、「日本人って全員クリスチャンなの?」と必ず聞かれる。アメリカではクリスマスはあくまてキリスト教徒の祝日で、他の宗教を信じる家庭ではツリーも飾らなければ、サンタクロースも来ない。
キリスト教徒が国民の85%を占める国とはいえ、相手の宗教が分からない時などは、「メリー・クリスマス」と挨拶する代わりに、「ハッピー・ホリデーズ」という言葉を使う。相手がキリスト教徒でなかったときに、相手の気分を害さないように、という生活の知恵だ。

友だちのザックがユダヤ人と知った時の息子の反応は、極めて興味深かった。
「つまりザックはサンタさんからプレゼントをもらったことがないってこと?」とまず単純に驚いた後、見る見る深刻そうな表情になり、「っていうか、ザックって本当にユダヤ人なの? ユダヤ人ってナチスドイツに殺されたあのユダヤ人?」と、そのまま黙りこくってしまったのだった。

本で読んだアウシュビッツの悲劇と、ヤンチャで明るいザックとが、最初はどうしてもつながらなかったのだろう。「アンネの日記」を読んだり、テレビでナチスドイツのドキュメンタリーを見ていても、日本にいた時、それはどこまでも遠い国の歴史であって、息子にとっては身近なものではなかった。しかし、アメリカでユダヤ人の友だちができて初めて、歴史が身近なものとなり、あらためてホロコースト博物館で見たものが脳裏に蘇ったのだろう。

そんな息子の姿を見る度、「教科書では学べないものを学んでいるなあ」と、この国の多様性をありがたく思う。



この前後には、アメリカの格差社会のこととか、競争社会のこととか、いろいろ書いてたんだけど、試験に使われたのは、原稿の4分の1くらいの部分だった。

たまたま、入試に使ってくださったという大学から、入試問題集を作成するにあたっての著作権許諾申請書というのが届いたおかげで、そちらの大学の入試問題を知ることにいたったんだけどね。

この入試問題というのが、こんな感じ。


1、この文章に、ふさわしいタイトルをつけよ。
2、この文章の論旨を要約した上で、あなたの体験を交えて 「多様性」 についての考えを述べよ。


うーん。
2番はまあ、いいとして。
問題は、1番だ。
どんなタイトルをつければいいのか。

最初に思いついたのは、
「宗教の多様性に学ぶ」
あまりに、そのまんまで、ベタだ。

「多様性を感じる、ということ」 は?
うーん、ダメダメ。
漠然としすぎてる。

つくづく、私って、タイトルをつけたりするセンス、ないんだなあ。
これじゃもう、不合格、決定だ。
ところで、みなさんだったら、どんなタイトルをつけますか?

(実は、当時、自分でかいた原稿のファイルを探し出したら、この項目には自分でちゃっかり 『小見出し』 をつけてました。それがなぜか、今の私には、全然思いも付かなかった、タイトルでした。な、なぜ……?)。



アメリカなう。 2

ふたたび、
「アメリカなう。」


連載でもお世話になっているフジモトマサル氏が、表紙の装画を描いてくださったのです。
上記リンクで、見られます。

この三毛猫が、わたしです。
この表情を見たとき、アメリカに来たばかりの頃の、途方にくれていた自分を思い出して、
あわわわわわ、となってしまいました。

フジモトさんのイラスト、すごすぎます。

表紙だけでなく、本の中にも、フジモトさんのイラストがたくさんあります。
イラストだけでも (と私が言っちゃおしまいか?) どうか、お手に取って、お楽しみくださいませ。
3月16日発売予定、だそうです。


アメリカなう。 1

おかげさまで、週刊ポストの連載 「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」も、この春で3年を迎えました。
身体を張ってネタを提供してくださった、我が夫に息子、それから、日本人やアメリカ人のお友達のみなさまに、本当に本当に感謝です。

で、これが、この春、本になります。
タイトルは題して……


アメリカなう。


なんと、twitter を思わせるタイトルとなっております。
まったく、twitter を使いこなせてない私は、冷や汗かいてます。
さすがに、ツイートの1本もしてないんじゃ、恥ずかしいだろ、と今さらながら、1年近く放置した twitter と facebook のアカウントにログインし、あれこれいじってみたりしてるのですが、やっぱり、活用できるようになるまでには、しばらく試行錯誤が必要みたいです。

さて。
今回の本について1点だけ。

週刊ポストの連載自体もそうだし、だから今回、1冊にまとまった 「アメリカなう。」 もそうなんだけど、ひどく自己矛盾してるよなあ、って思うことがあります。
私がアメリカで学んだ一番大きなことは、

「アメリカ人は……」 とか
「アメリカは……」 と
一般化できないくらい、
多様性に満ちた国なんだ、

ってことです。

だけど、日本の読者に向けて、連載記事を書くときには、常に日本とアメリカを比べてるわけで、
どうやっても、日本を、
そしてアメリカを、
一般化しちゃってるんですよね。

ああ、なんたる自己矛盾!
これが、連載開始から今にいたるまで、一番の、迷い、です。

おまけに、何か専門のある学者さんだとか、何十年もアメリカに暮らしている著者さんならともかく、私なんて、アメリカに来て半年足らずで連載を始めたわけですから。そりゃ、勘違いも、思い込みも、たくさんあると思うんですよね。
私の友達が、周囲の人々がそうだったというだけで、「アメリカが……」 と一般化できないことを百も承知で、でも、アメリカで出会う文化衝突のあれこれが、あまりにスリリングで楽しかったもんだから、ついつい、全部書いちゃった、わけです。

アメリカという国は、住めば住むほど、「アメリカってこういう国だ」 とは書けなくなる国だそうです。
それ、今となっては、とってもよく分かります。
でも、渡米直後にこの言葉を聞いたとき、私は、「知りすぎて書けなくなるくらいなら、書きながら知ろう!」 と思っちゃったんですよね。
書くことで考えたり、出会いなおしたりするのが、性分なのです。

「アメリカなう。」 に載ってる話を、数人のアメリカ人の友人にしてみたけど、それだけでも反応はさまざまでした。

「わかるわかる、鋭いねえ!」 と笑ってくださった人。
「それ、誰に聞いたんだよ。僕はそうは思わないぜ」 と反論した人。
「あのねえ。今のアメリカは確かにそうだけど、ほんの数十年前は違ったのよ」 と教えてくれた人。
「これって、驚くような話なのか? え? 日本は違うのか……」 と驚いてくれた人。
ほんと、いろいろなのでした。

新聞記者上がりのライターには難しい作業でしたが、生まれて初めて、笑っていただけるものを書こう、と努力した数年間でもありました。
思えば、私が新聞記者として書いた最後の記事は、狂言の茂山千作さんのインタビュー記事 (こちらのブログに記事が残ってました。懐かしい!)でした。
記事の最後に、こう書いたんですよね~。

新聞はたくさんの悲しい記事と少しの喜びの記事でできていて、
一番苦手なのが「笑い」なのかも。

(中略)
からりと朗らかで、
だけど薄っぺらではない笑いを、
いつか私も書けるだろうか。


新聞記者をやめるにあたって、自分への 「宿題」 のつもりで、インタビュー記事にこの文章を忍ばせたことを、思い出しちゃいました。

が。

「笑い」 はとことん難しいです。
今なお、模索中。。。



毎日小学生新聞での連載第三弾、無事終了

毎日小学生新聞で、また連載させていただきました。
今回のテーマは、少年野球。

すでに連載は終わってますが、まだネットに記事が残っているので、以下にリンクを貼り付けておきます。
アメリカの少年野球にご関心がおありの方は、どうぞ。
もちろん、アメリカでは、日本以上に 「コーチも色々、チームも色々」なので、「アメリカでは」 と一般化するのは難しい部分も多いんですが。
とりあえず、これが、私の見聞きしたアメリカの少年野球の世界です。
ブログなどあちこちに書き散らかしてきた話を、きちんと考えて、再構成する作業は、私自身、いろいろと再発見があったりして、実に楽しいものでした。

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/1(その1) 弱肉強食の世界
少年野球で見えた!アメリカの素顔:/1(その2止) たった一人で上を目指す

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/2(その1) 補欠がいない!
少年野球で見えた!アメリカの素顔:/2(その2止) 「機会平等」方式?

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/3(その1) 練習よりも試合だ!
少年野球で見えた!アメリカの素顔:/3(その2止) 勝ち残った子が「守備王」

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/4(その1) ほめて育てる
少年野球で見えた!アメリカの素顔:/4(その2止) 我が子もよその子も

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/5(その1) 熱心な野球パパ

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/5(その2止) 圧倒的に「パパの世界」

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/6止(その1) お金の力

少年野球で見えた!アメリカの素顔:/6止(その2止) スランプ克服は…

そんなわけで。
毎日小学生新聞は、こんな新聞です。
「毎朝届いて、1カ月1430円(税込み)」 です。
(と、しっかり宣伝しておこうっと)。

息子がインタビューし、私が書いた上原浩治選手の記事

今年最初に紙面化された私の仕事は、なんと週刊ポストの連載ではなく、息子がインタビューしたオリオールズの上原浩治投手の記事なのだった。

毎日小学生新聞1月3日付。
「あの人に会った」欄。
記事はこんな感じ。


最後の2つの質問は私がフォローしたものだけれど、それ以外の前半は、ほぼこの順番で息子が質問したそのまんま。
しっかし、息子が平然とした顔で、「走り込みが嫌だったから、ピッチャーをやらなかったってホントですか」 と聞いた時にはびびった~。
いや、確かに、取材前には徹底的に資料を読み込む性分なもので、私、色々な情報を息子にインプットしましたよ。
でも、息子の心に残ったのが、「上原さんも走り込みは嫌いなんだ!」 という事実だったなんて。とほほ。

しかし、さすがは上原投手。
「本当です!」 と笑って答えたうえで、自分から選び取ってやる練習について、きちんとしゃべってくれたのでした。

実物紙面は写真付きですが、ウェブ紙面は写真もないことですので、別カットで撮らせてもらったのを小さく載せておこうっと。

bloguehara.jpg

この身長差はともかくとして、せいぜい真っ黒に日焼けしているはずの息子も真っ青のこの上原投手の日焼けぶり。
本気でトレーニングしたらこのようになるのだなあ、と圧倒されました。

今年は、毎日小学生新聞にどこかで再び書かせていただけそうです。
そんなわけで、今年は毎日小学生新聞をよろしくお願いいたします。
(……あれれ、年始挨拶をすっとばして、宣伝活動に入ってしまったか)。

上原浩治投手のインタビュー

今回は、宣伝&告白。
先日、大リーグのボルティモア・オリオールズの上原浩治投手に、インタビューしました。
しかも、親子で。

そもそものきっかけは何かというと、上原投手のブログだ。
我が家の暮らすメリーランド州のチームに、いよいよ日本人選手がやってきた、ということで、上原投手のことは、家族して注目していた。とはいえ、そもそも阪神ファンであり、東京ドームで六甲おろしをがなり立てるのが最大のストレス発散だった私としては、「うーむ、巨人の選手だもんなあ」 と最初はちょっと距離を置いていたのも事実。。。

ところが、上原投手のこのブログが、なんとも良いのだ。
長年の夢だった大リーグ行きが決まった時の、こっちまでドキドキするような高揚感。
生まれて初めてのアメリカ暮らしへの戸惑い。
プロ11年目にして 「あらためて野球が楽しくなった」 という素直な思い。
そして、故障者リスト入りと、シーズン中復帰断念以後の、心中の吐露。
一つひとつの言葉が、短いけれど、とても力を持っていた。
あるいは、ちょうどそのころ、息子が野球でスランプに苦しんでいたから、それを見守るしかない親にとって、上原投手の言葉が重く重く響いたということだったのかもしれない。

とにかく、夫も私も、息子には上原投手のブログを読ませるようにした。
息子に伝えたい言葉がいっぱいあったから。
息子にとっては、力を持った言葉だと思えたから。
だからこそ、息子だけでなく、ああ、日本の小学生たちにも伝えたいなあ、と、そう思ったのだった。

そんなわけで、古巣の毎日新聞の、毎日小学生新聞でインタビュー記事を掲載、という展開となった。
急なお願いであったにもかかわらず、「子どもたちのためになることならば」 と、ご帰国直前の忙しい中で、上原投手も快くインタビューを受けてくれることになった。
今回は小学生新聞ということもあり、ここの特派員メンバーの一人である息子が、上原投手にインタビューすることになった。私はあくまで、補佐役。

「母ちゃん、俺、何を聞いたらいいのかな」 と弱気になった息子が尋ねてくる。
そのたび、私は、「自分が一番聞きたいこと。読者の、同じ小学生に一番伝えたいことを、自分で考えなさい」 と冷たく突き放した。
日本語なんだから。
もう5年生なんだから。
一番好きな野球の世界の話なのだから。
自分で突破してごらん、と。
だから、一切具体的な質問例など、助け船は出さなかった。
ただ、一言、

「もしもあんたが、当日、緊張して何もしゃべれなくなったら、その時は母ちゃんがどうにでもしてやる。
 それがプロなのだ。がはははは」

とエラソーに言い放っておいたのだった。

ところがところが。
当日。
実際にインタビューの場面になったら、息子は恐ろしい勢いで、質問を、それも正攻法の質問を繰り出し始めた。

「野球を始めたのはいつですか?」
「小学生時代、ポジションはどこでしたか?」
「野球をやめたいと思ったことはありますか?」
「メジャーに来て一番印象に残っている試合は何ですか?」
「子ども時代、好きな野球漫画は何でしたか?」

どうやら似たようなインタビュー記事を読んだりして、いわゆる定番の質問を頭の中でリストアップしたらしい。
最初は私、へええ、なかなか、実は、やるじゃん、となどと感心したのであったが。
途中で、あれれ、と気づいた。
どうやら、息子は、上原投手の答えが終わるやいなや、次の質問を繰り出している。
なんというか、上原投手の答えを受けて、さらに何かを尋ねるというような、いわゆる「会話」的行為は、まるで、なし。

も、もしや、こやつ、
上原投手の答を聞く余裕もなく、
質問ばっかり考えてないか?


あとで息子に確認してみると、やっぱり、その通り。
「緊張して、何を聞いたか全然覚えてない。でも、質問しなきゃ、ってそればっかり考えてた。母ちゃんがテープを回してくれてるって知ってたから、答えはあとでテープを聴かせてもらえばいいと思って、必死で次ぎの質問を考えてた」 だって。
がっくし。
あの、示唆に富んだ、宝物のような上原投手からの君への言葉を、君は、まともに聞く余裕もなく、「次は何を質問しよう???」 とそればかりに必死になっていたのか……。
まあ、いかにも息子らしいのだった。

それはそうとして、一番心に残ったのは、「上原投手の言葉は子どもに向けた時に光る」 ということ。
息子のつたない質問に、ていねいに答えてくれた時もそう。
あるいは私が、「日本の子どもたちに」 と、あえて子どもの読者を想定して訪ねた質問に対しても、そう。
目の前に、子どもという聞き手を意識した時、上原投手の言葉は、ずっと生き生きと、力のこもったものになる。

だからだろうか。
インタビューの日を境に、息子に小さな変化が見られた。
もう1年以上も、「夢はプロ野球選手」 などと口にしなくなっていた息子が、半分冗談めかしつつではあるけれど、「夢はメジャーリーガー」 などと再び言い始めたのだ。
この1年、競争の激しいチームで、スランプに悩んだり、州内外の強豪チームに出会う中で、「夢はプロ野球選手!」なんて脳天気に言えなくなっていたんだろう。
そろそろ5年生だから、夢と現実との折り合いをつけていく時期なのかもしれないけれど、それにしても、ちょっと早過ぎるよなぁ、と親としては内心、寂しく思っていたのだった。

息子が再び、夢を語るようになったのは、インタビューの中で上原選手が語った

あきらめるな
あきらめたら、そこでゲームオーバー。


という一言だったのではないか、と思う。

そんなわけで。
上原投手の記事を、夢を追いかけているすべての小学生に送ります。
掲載日は、来年1月3日付け。毎日小学生新聞「あの人に会った」欄。
写真付き、です。

これを機会に、「毎朝届いて1か月たったの1430円(税込み)」の毎日小学生新聞を、よかったら、2010年1月だけでも、ぜひぜひご購読を。(と、最後は宣伝調で)。

在外投票に行ってみた

週刊ポスト連載「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」用に書いた原稿が、イラストが間に合わないということで、ボツになった。
何かというと、在外投票の話。
そんなわけで、ここに、ブログ風に少々手を加えたものを、残しておこうと思う。
なかなか貴重な大変だった。
大使館で投票する、なんてことももうないだろうしね。

*****************

衆院選投開票日を前に、ワシントンDCの日本大使館で、「在外投票」に挑戦してみた。
06年の公職選挙法改正のお陰で、比例選に加え、今回から小選挙区も海外で投票できるようになったんだって。ちょっと得した気分。
おまけに、投票場が日本大使館というのも味がある。

そもそも私、投票場の華やぎが大好きだ。
日曜日に近所の小学校や図書館なんかに家族連れがワイワイ集まってくる。
会場の周囲には選挙ポスターがずらり。メディアの出口調査員やテレビカメラなんかもいたりして。
ああ、選挙ってあの「お祭り気分」がいいのよねえ。

そんなわけで、在外投票の日は朝からウキウキ。
何しろ投票場は天下の日本大使館。普段は滅多に会わないような在米日本人が集まり、「あら~、○○さん、お久しぶり!」「今度また一杯やりましょーよ」なんて社交サロンと化してるかも。やっぱり、お洒落して行くべきかしらん。と、ところが……。

投票に行ってみたら、肝心の日本大使館は、シーンと静まりかえっている。金属探知器でぐるり自家用車の周囲からトランクの中までチェックされ、車を降りて館内に入れば、今度は空港同様、手荷物をX線でチェック。ようやく重厚な大使館の建物に入ってみれば、何やら重苦しい沈黙の中、立会人や職員ら10人ほどがずらり並んで座っている。
一方、投票にやってきた一般市民は私と夫だけ。
な、なんだ、この静寂は?

実は、在外投票には事前登録が必要だ。この手続きをしたのは海外の有権者のわずか13%程度だったらしい。せっかく制度ができたっていうのにねえ。

さあ、気を取り直して投票だ。
私の場合、渡米前に暮らしていた東京2区に投票することになる。
が、あちゃー。
日本のニュースにとんとご無沙汰なもので、候補者の名前をど忘れしちゃった。焦っていたら、脇のテーブルの上に、全国分の小選挙区候補者氏名のリストが! 助かった~。

さて、投票用紙に名前も書いたし、これを投票箱にポイ……と思ったら、そう簡単ではなかった。用紙を小さな封筒に入れ、厳重に封をし、これを少し大き目の封筒に入れ、また封をする。さらにこれを日本国内郵送用の封筒に入れる。都合3重も封をするってわけ。
何だかエラソーな「清き一票」だ。

こうして完成した投票用紙入りの封筒を、姿勢の良い立会人の女性にしずしずと差し出した。彼女は無表情なまま、小声で「ありがとうございます」。
気づけば私まで、「いえいえ」と深く頭を下げちゃっていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。お疲れさまでごさいます」

なに、この重苦しさ?
選挙特有の「お祭り気分」はどこに行っちゃったのよ。

大使館の場違いに荘厳な内装のせいなのか、投票にやってくる人が少ないせいなのか。この雰囲気、何かに似てる、と思ったら、
ああ、葬式の香典受付なのだった。

「ご愁傷様でございます」
「本日はありがとうございます」 みたいな。

神妙な顔で静かに頭を下げ、時折沈痛な表情なんか浮かべたりして。
ああ、調子狂うなぁ。
それにしても、「政権交代選挙」の投票と葬儀が、どうして似ちゃうかねえ?

*****************

いよいよ、日本では投票が始まるんだなあ。
何が悔しいって、日本の選挙報道ラッシュを見られないのが残念!

毎日小学生新聞連載へのリンク

毎日小学生新聞に5回連載させていただいた記事へのリンクを以下に貼り付けておきます。

1、母子が見た、アメリカが変わる! 「黒人(?)初」の大統領
2、母子が見た、アメリカが変わる! 「就任式で学校はお休み」
3、母子が見た、アメリカが変わる! 「最大のchangeは自信」上と、それから
4、母子が見た、アメリカが変わる! 「ワッペンで不思議な連帯感」
5、母子が見た、アメリカが変わる! 「いよいよ就任パレード」

今回は、連載開始の数日前に引いた風邪のお陰で、ほんとにエライ目に遭いました。
たぶん、逆にこの連載という理由がなかったら、あの体調だし、就任パレードを見にいったりしなかっただろうし、もしも行ったとしても、セキュリティーゲートが通れそうにない、と分かった段階で、あっさりあきらめていたと思います。それくらい、身体がきつかったのです。
だから、結果的には、今回のお仕事に心より感謝、というわけです。

やっぱり、肌身に感じられたことってあるし、
なかなか面白い体験でもありました。

前回の連載と同様、今回も、あえて、「取材行為」のようなことはしませんでした。
いわゆる、「○○新聞に記事を書いているのですが、少しお話を聞かせてもらえますか?」 というような質問は、誰にも、一言もしなかったということ。
気になる場所に行ってみて、取材者を名乗るのではなく、そこにいる人と同じような目線で、一緒にワクワクしたり、あきれたりしながら、「▽▽だよね~」「○○だよね~」 とわきわきあいあいとなった時に生まれてくる言葉を拾い集めていきました。
つくづく、そういう作業が好きなんだろう、と思います。
取材者を名乗ると、相手も構え、新聞向けのコメントを用意してくれるので、案外こっちの期待通りの反応がすぐに出てくるんだけれどね。
そういうことをせずに、静かに見守ってる時のほうが、その人その人の素の行動やら言葉がこぼれだしてくる。メディアが期待するコメントの枠をはみ出した言葉や行動に行き当たる可能性も高くなる。

今回は体調不良もあって、なかなかそれを拾いきれていない部分もあるのだけれど、いい勉強をさせていただけたなあ、とありがたく思っております。
プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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