おぐにあやこの行った見た書いた

チベット問題をめぐるあれこれ

カレッジの春期授業が終わってしまって、自由時間が増えたので、久しぶりに行きつけ以外の別の図書館主催の英会話クラブなんぞにも顔を出してみた。
いわゆる英語を学ぶ外国人向けに無料で開かれているもので、ボランティアのアメリカ人が会話相手となる。

これまでにも、ヒロシマ・ナガサキ問題やら、パールハーバーやらをテーマに議論を吹っ掛けられ、ネイティブ相手にヒイヒイ言いながら説明したり、議論したり、してきたわけだけど。
最近は、中国をめぐる議論が増えてきた。

やっぱり、五輪の前だし。
おまけに、チベット、だし。

だいたい最初に議論を吹っ掛けるのは、自由を愛するアメリカの人たち。
「チベットの独立、なぜ認めないんだ?」
なにしろ、もともと 「コミュニストの国=人権侵害=中国」 という先入観があるうえ、他国に開拓者を多数送り込み、最後は反乱を起こしてアメリカの一部にしちゃう、という手法で領土を拡大してきた国の人だけに (テキサスしかり、カリフォルニアしかり)、心情的にもチベットに肩入れしちゃう人が多いんだろう (そう単純でもないんだろうけど。)

先日は、アメリカ人ボランティアの一人エドが、よせばいいのに、「中国共産党の公式見解が我が意見」 みたいな中国人のハイディにそんな議論を吹っ掛けちゃったもんだから、私は内心、「あっちゃー」 っと思ったのだった。
日頃は英語が流暢なハイディが、一瞬口ごもってるので、なんだか気の毒になって、

「いや、中国政府にも色々問題はあるけど、チベット問題の報道のあり方ってちょっと一方的過ぎるかもね」

なーんて灰色見解を、助け船のつもりでつい口にしてしまったら、ハイディが一言。

「ちょっと、ですって? 『ちょっと』 じゃないわよ。ものすごい偏向報道よっ!」

それから10分間、ハイディの独演会。

「ダライラマは正式なチベット人民を代表する存在じゃない。単なる一宗派に過ぎないんだから、政府がダライラマと話し合う必要なんかないわ」
「英国政府はアイルランドの独立を喜んで認めた? エド、あなたはIRAを良しとするわけ?」

ひええええ。
激しい。なーんだ、助け船なんていらなかったのねえ。

さあ、そろそろ、英語力という圧倒的なアドバンテージを持ったエドが、攻勢に転じるか……と息をひそめて見守っていたら、エドはあっけらかんとこう言う。

「へ? チベットって、中国の領土の一部だったのかい? 最近になってチベットって国を中国が侵略した、とかそういうんじゃないの? なーんだ、そうなんだー」

………。
エド。
そんな状態で、中国共産党を固く信じる彼女に、議論を吹っ掛けないでよー。
ハイディはエドと議論するのがバカらしくなったのか、今度は私一人を相手に延々と主義主張を大展開してくれて、聞き役に回った私はすっかりつかれたのだった。

そんななかで、おんなじテーブルでこれまでずっと黙って議論を聞いていたペルーからの移民夫婦が、ぽつりと一言。

「……で、ダライラマって誰?」

どっひゃーん。
ハイディも、これにはさすがに呆然。
この爆弾発言で、チベットをめぐる議論はお開きとなったのだった。

で、お次は本日の出来事。
ルーマニア、ブラジル、アルゼンチン、ナイジェリア、中国、日本 (これは私ね) の出身者で、お互いの国の民族衣装について話し合っていた時のこと。

いきなり、ルーマニアのおばちゃんが、中国人のばあちゃんに対して、こう言ったのさ。

「中国の民族衣装って、ダライラマが着てる、オレンジのドレスでしょ?」

のんのんのーん!

と、焦りまくるのは、ほとんど私だけ。
ものすごく固い表情で、「ノー」 とだけ言い切る中国のばあちゃんの目がちょっと怖かった。

人の振りみて我がふり直せ。
教訓1。「もっともっと世界を勉強しなきゃ」
教訓2。「生半可な知識で、タッチーな議論に飛び込むのはやめよう」
教訓3。「英語力で負けてても、知識力で勝っていれば、議論に勝てる道はある」

たくさん新聞を読んで、たくさん本を読もう、とあらためて痛感する42歳。

カレッジの社会学、無事修了

本日、カレッジの社会学の期末試験があった。
中間試験は、エッセイ問題にものすごく苦しんだ。
(だって、単語が全然思い出せなくて、中学生レベルの英語で社会学的な概念を説明しなきゃならなかったんだもん)。
でも、今回は、エッセイ問題は自宅持ち帰りで、試験日に提出すればよかったから、随分と気が楽だった。選択問題だけの試験なら、ははは、共通一次世代の私には、ラクショーラクショー。

……と思ったら、案の定、試験問題の英語がよくわからず、ちょいと悩んでしまった。

そうそう。今日はもう一つ、ニュースがあった。
なんとなんと。
電子辞書が1つ、戻ってきた。
先生が教室にメモ付きでぽつんと置かれているのを見つけてくださったらしく、「たぶん、何か知らずに盗んじゃった子が、使い道がなくて戻したんじゃないかしら」 というのが先生の分析。
何はともあれ。
すっごくうれしいのだった。

1月下旬から始まったこのクラス、思った以上に面白かった。
最初は、「英語を勉強するより、英語で勉強したい」 というだけで選んだ科目だったけれど、中身のほうがずっと楽しかった。
まず、アメリカの教科書って、どんどん新しいセオリーを紹介してくれているから、20年前の学生生活では学べなかった話が結構ある。
おまけに統計なんかも満載。米国の貧困やら人種やら寿命やら、そういった統計を通して、随分とこの国を学ぶこともできた。

でも一番おもしろかったのは、実に多様性に富む若いクラスメートたちだった。
みんな普通に英語をしゃべるので、私一人だけがおばさんで、おまけにガイコクジン、と思ってたら、どうやらそうでもなかったみたい。
あちこちからの移民の子がたくさん混じっていた。

人種や民族、偏見や差別についての授業では、
プエルトリコからの移民の娘さんが、引っ越した先のコミュニティーで嫌がらせを受けて、そこを立ち退かざるを得なかった体験を話したり、アルジェリアから来た白人の娘さんが 「私の第一言語はアラブ語だけど、エスニックアイデンティティーは 『アフリカ人』。でもこの国では 『ホワイト』 と見られる」 などと語ったり。
日本で同じ授業をやったなら、どこまでも他人事でしかないだろうテーマなんだろうけれど、この国では誰もが当事者だ。ディスカッションで体験談が飛び出し始めると、徐々に生徒たちが生き生きしてくる。

普段は、高校生に毛が生えただけの、どうしようもなくガキっぽい子たちで、ほとんど母親の目で 「ああ、かわいい子たちだなあ」 なんて見てきたわけだけど。
カレッジだから、中には学費を払えなくなって4年制大学をいったん退学し、教養課程の単位だけ集めにカレッジに入り直した子など、経済的な事情を抱えた子もいる。
それぞれに、色々な人生を抱えているのだ。

先生自身もこの国ではマイノリティーに属するわけで、

「最初は人種をテーマにした授業をするのに躊躇がありました。私自身がこの国ではマイノリティーだから、どうやってもバイアスが掛かってるんじゃないか、などと受け取られるかも、などの危惧もあって」

と話しておられた。
強い反発を示す生徒が毎年いる、とも。

こんな話を聞いて、ああ、もっとこのカレッジで学びたいなあ、と思った。
秋のセメスターでまた、一つ何か授業を取ってみようかな。
今度は、もちっと英語でディスカッションに参加してみたいもんだ、というのが、次回の目標!

カレッジの最初の授業

今週から、カレッジでの授業が始まった。
最初は外国人向けの英語(ESL)でいいや、と思っていたのが、いつの間にやら英語テストを受け、クレジット取得できる授業にもぐりこむことになった。

今回取ってみたのは、社会学入門、のようなもの。
25人の少人数クラスで、ディスカッションにもそれなりの比重が置かれているらしい。もしかしたら、どうせ100番台の基礎的な授業ならば、大学の大講義室でひたすら講義を聴くより、少人数のカレッジの授業のほうが、案外おもしろいかもしれない。
テキストを読んでも、2001年の米国多発テロやグローバリゼーションなど、比較的新しい事柄を題材に選んである。
なるほど、日本の大学の教養課程みたいに、とんでもなく古い教科書を延々と使い続けたりしないんだなあ。
これは、うらましい話だ。

次に登録したのは、テスト結果を踏まえて大学側から推奨された英語クラス。
てっきり外国人向けの少しハイレベルな英語クラスなのかと思ってたら、今日の初日、行ってみて唖然。ネイティブ向けのライティングクラスだった。
宿題の多さも半端ではなく、ちょっと社会学と両方取るのは無理そう。

さらにもう一つ。
実は私、外国人向けのESLの授業も登録しちゃってるのだ。
テスト結果によると、「ESLは必要なし」 らしいけれど、とてもとても自分の英語がそんな状態だとは思えないもので。「日本人はテストで点数取るのばかり上手で、実力よりも結果が良くなっちゃうもんなんです〜」 とESLコースのカウンセラーに泣きつき、もぐりこませてもらったのだった。
私のように、在米外国人の生い立ちやライフヒストリーを根掘り葉掘りインタビューしたい者にとって、ESLはすっごく貴重な場でもあるしね。

さてさて。
3つの授業で1週間の予定表を組んでみて、唖然。
火曜、木曜の午前午後と、月水金の午後が埋まってしまっている。
これに水曜日午前のコーラスの練習があって、金曜日朝はお気に入りの図書館の会話クラブがある。月曜日の朝は、友人の韓国人に誘ってもらった、これまた面白い会話クラブに参加しているわけで。
ぜんぜん自由になる時間がないのだった。

さらに、コーラスは4月にケネディーセンター、5月にはアメリカン大学で日本の合唱団と共演、という二つの大舞台が控えており、定期練習以外に自主練習がどんどん入ってくることは必至。練習を休むと周囲に確実に迷惑をかけるのが、コーラスの怖いところだ。

「こりゃいかん!」
ということで、自主練習が入りやすい水曜日の午後をあけるために、結局はライティングのクラスをキャンセルすることになった。
キャンセルの期限は来週の火曜日なので、今日はキャンセルする腹づもりで、それでも、どんなクラスか様子だけを見に行ってみた。

カレッジの講義初日はたいてい、そのクラスのルールの説明から始まる。
そこで、きちんと成績や評価におけるルールを明示してくれる。
さらに、今日の授業では 「本日説明を受けたルールをすべて理解し、守ります」 という一文を書いた紙に署名までさせられた。
このルールの中には、

「遅刻2回で欠席1回とカウント。15分以上の遅刻は欠席と見なす。欠席は3回までOKだが、4回目からは成績に響く」 とか、「授業中は携帯電話の使用は禁止。ただし、子どもやお年寄りなど、責任を持って面倒をみてやらねばならない相手がいる人に限り、緊急時は先生の許可を得て使用可」 とか、「コンピュータールームでは授業に掛かる作業しかしない。メールチェックや音楽のダウンロードなどを勝手にやっているのを見つけたら即退室」 など、むちゃくちゃ細かいルールも含まれる。

それぞれのルールを恐ろしいほど明確に説明し、「質問はないか」とくどいほど念押しし、最後は署名までさせるあたり、いかにも契約社会における学びの場だなあ、という気がした。

もう一つ、おもしろいな、と思ったのは自己紹介。
単なる自己紹介じゃないのねえ。
社会学の授業でも、今回のライティングクラスでも、自己紹介にはちょっとした趣向がこらされていた。

社会学のほうは、紙に簡単な自己紹介を書かされ、その紙をお隣の人と交換し、互いに相手を紹介し合う、というもの。
私の相手は18歳の白人のお嬢さん。「自慢できるもの」 の項目に、きちんと 「Family」 と書いているような子。心理士になりたくて、専攻は心理学。カレッジ卒業後、メリーランド州立大学への編入を目指している。
自己紹介なら、ちょっとくらい下手でも 「外国人だもん、しかたないっしょ〜」 とカラカラ笑い飛ばせそうなもんだけど、他人を紹介するとなると、結構怖い。
どんな素敵な子でも、私の英語力のせいで、なんだかわけのわかんない子みたいになっちゃったらまずいもんね。
そんなわけで極力笑顔で、抑揚つけまくりで、どうにかクリア。

むしろ困ったのは、本日のライティングクラスの自己紹介かも。
「財布の中にあるものを1つ選んで、それをプレゼンしながら自己紹介をしてね」 だって。
こんな時、日本のティーネイジャーだったら 「えええええ!!」 とか 「サイテー」 とかいう声が起こりそうなものだけど、米国の子って全然平気なのねえ。
さすがは小学校、いや、幼稚園から 「好きな物をクラスのみんなの前でプレゼンする」 ことを繰り返してきたショウアンドテルの国の子たちだ。

自分のアルバイト先のパブの従業員証だったり、家族の写真だったり、地下鉄のパスだったり、何気ないもので自己紹介し、おまけに笑いまで取ってる。
まいったなあ。

私の財布の中には、
レシートがたくさん。米ドル札数枚。クレジットカード。運転免許証。学生証。
どれも自己紹介向きじゃない。
かろうじて、和服美人の絵が入った日本の図書券が見つかったので、それに絡めて日本から来たことや、読書が好きなことなどをしゃべってみたけれど、とうてい笑いを取れるレベルじゃあなかった。

だいたい、笑いを取るどころか。
実は2つの授業ともに言えることだけど、先生の話す英語は理解できても、クラスメートがしゃべってる英語はほとんど理解できない。
早いし。
スラングだらけだし。(たぶん)
彼らとどうやってディスカッションやグループワークとかすればいいんだろ。

彼らの自己紹介を聞いていても、笑いを取る箇所に限って全然英語が分からない。聴き取れない。
だから、なぜ、みんなが笑ってるのか、ほとんど理解できない。
笑いの場所だけ、見事に聴き取れないのだ。

笑いの国、大阪に生まれた私としては、これはどうしようもなく屈辱的なのだった。
大阪では、「つまらん奴」 「おもろいことを言えへん奴」 に人権はない。
笑ってもらってナンボ、なのだ。
それなのに、今の私は、笑ってもらえないだけでなく、笑えないのだから。

ちくしょー。
決めた。
私の英語の目標は 「スピーチで笑いを取ること」 にする。
そんな能力を磨いて、日本に帰って何の役に立つのかと思うけど、でも。
いつかこの国のやつらを、ガハハガハハと腹を抱えて笑わせてやる……。

若者英語に囲まれて

今日はほんとに怖い経験をした。
周囲は、アメリカ人の兄ちゃんと姉ちゃん。
歳の頃は、18か19。
私が22歳で出産してたら、ちょうどこんな娘や息子がいたのねえ、というような感じ。
彼らに混じって7人一組にグループ分けされ、色紙や色マジックや真っ白い段ボール紙を与えられ、「グループごとに協力して、かっこいいポスターを作ってね! 優秀作品には25ドルの賞金が出るよ!」 だって。

何はともあれ。
ポスター作り、は、この国ではお馴染みの課題だ。
多くの場合、模造紙や、段ボール紙など大きなボードに、プレゼンテーション用の視覚的な資料を作る、というものだ。

先日は、息子がポスター作りの宿題を持って帰ってきた。
図書館で何かハウツーものの本を借り、それを元に自分でプロジェクトを考え、手順をポスターにして、クラスの前でプレゼンテーションをしよう、という宿題だった。英語がまともにわからないだけでなく、日本でいた頃でさえクラスの前で発表するのが苦手だった息子には、あまりにレベルの高すぎる宿題なのだった。

「やっぱりアメリカは show&tell の国ねえ。この歳でプレゼンの練習なのねえ」
息子の宿題にはすっかり感動した私だったが、まさかこの歳になって私までが 「ポスター作り」 なんかやらされる羽目になるとは!!

おまけに、二回りも違うこの国の若者の会話ったら。
全然、ほんと全然わかんない。
少しでも建設的な会話をしてる時はまだ、話の筋が追えるの。
ところが、ちょっとした冗談や、周囲の大人への揶揄、テンションの高いバカ騒ぎ……。
ぜーーーーーーーーーーーんぜん、わからんわ。
耳に残るのは、

Cool !  とか
Sweet ! とか。

何を聞いても、どんな話題でも、全部、「Cool !」 で片づけちゃう若者に、おばさんとしては、「言葉の乱れだわ! ぷりぷり」 とか言いたいところだけれど、乱れどころか、おばさんは全然言葉が分からない状態なわけで……。
ああ、みじめ。

「どこの高校を出たの?」
「おれ、○○。君は?」

当然、おばさんは出身高校の話題になんかついていけません。
高校時代? もう四半世紀も前だわ。

「ポスター作りかあ。子どもの時、よくやらされたよねー。思い出したくもないわ。ああ、嫌だ」
「そうだよな。スッゲー時間をかけたのにさ、クソみたいに先生に鼻で笑われたりしてさ」

あんた、「子どもの時」 っていうけど、まだ子どもじゃん……。

深まる疎外感。
この国に来て、ここまで周囲の英語についていけなかったのは初めてかも。
思わず、英語をまったくわからないまま現地校にたたきこまれた息子の気持ちを思ったよ。
あんた、毎日大変なのねえ。
母ちゃんもやっと分かったよ。この辛さ。

どうにか会話の端々から彼らがどんなポスターを仕上げようとしているかを理解し、何とか手助けらしいことに参加したものの、いやはや、参った参った。
グループ内に1人だけ韓国からの留学生の女の子がいて、たぶん彼女の英語は私とトントンのはずなんだけれど、何というか、むちゃくちゃきれいでグラマラスな子でさー。
黒髪はつやつや。
肌はぷるぷる。
腰回りはほっそり。
男たちはもう彼女に夢中。やたら、ちやほやするわけよ。
あんたら、私に対する態度と、えらい違いじゃねーか。

……よけいに募る疎外感 (落涙)。

前振りの文章、長すぎよね。
「どんな場面の出来事か、読んでも全然わからんぞ! 説明しろ」 と思った方、ごめんなさい。
実はこれ、何かというと、近所のモンゴメリーカレッジの新入生オリエンテーション。

結局、あれこれ悩んだ末、私、とりあえず1〜5月はカレッジのパートタイム学生となることに決めちゃった。今年半年を英語強化月間と位置づけ、毎日、近所のカレッジで英語を使ってお勉強する空間に身を置いてみようかな、と。

というのもね。
外国人同士でしゃべってるうちは英語に不自由をそれほど感じないのに、ネイティブ同士の会話に混じろうとするともう全然たちうちできない、という状態がとにかく苦しい。これをどうにかクリアしたい。
となると、「英語を学ぶ」 のではなく、「英語で学ぶ」 ことが大事だろう、と思ったわけ。

周囲からは、もっと建設的な選択肢を随分と提示していただいた。

この1月からアメリカン大学のマスターコースに入学を決めた同世代の韓国人の友人は、このカレッジで3年間、パートタイム学生をやった経験を踏まえて、こう言った。
「あのね、自分の息子や娘の歳の学生さんたちとじゃ、話も合わないし、絶対あんたに向かない。今あんたがやるべきなのは、toefl の勉強をみっちりやって、スコア100をクリアしてマスターコース入りを目指すことよ!」。

妹のかつての主任教授だった学者夫婦は、「カレッジに通うくらいなら、同じ学部レベルでも、もう少しきちんとした大学で、フルタイムの学生は無理でも、週に1クラスだけでも聴講(audit)してごらん。学ぶところは大きいはずよ」 と。

一方、カレッジのESL(外国人向け英語クラス) の一番エライ先生は、「あなた、すでに大学出てるんでしょ? カレッジはここで教養科目の単位を取って2年間で卒業し、大学に編入を目指す人のための場所なの。あなた、今更、教養科目レベルの勉強をしたい? 英語を学ぶのが目的なら、ESLの中でレベルの高いものを選べばいいじゃない!」 と助言してくれた。

どの意見もほんと、ありがたかったし、それぞれにおっしゃるとおりなんだけど。
でもね。
マスターの学位を取るべく正規入学を目指せば、3年間(たぶん)のアメリカ暮らしが勉強一色に染まってしまうことは不可避で、コーラスだ、ピアノだ、旅行だ、アウトドアだ、と欲張りな私にはかなりハードルが高い。
大学でのaudit、という案は将来の選択肢。
ただ、どうせお金払うなら、単なる audit ではなく、単位取得を目指したほうが自分にうまく負荷をかけられるはず。将来、パートタイム学生なりを目指すのならば、まずは近所のカレッジで単位取得向けクラスに挑戦してみるのも、現実的なステップかな、と。

また、ESLの先生のいうように、「今更教養課程のお勉強ですか?」 という見方はもちろんあるわけだけれど、英語を学ぶために英語を学ぶ、ってのも、私の場合、あまり性に合わないのよね。
カレッジは、高等教育の学費の高いこの国で、大学4年間の授業料を払えない若者たちのための、大学入学へのワンステップになっている。それゆえ、多種多様な学生たちがやってくる。モンゴメリーカレッジは、いわゆるカレッジの中ではレベルも高いから、外国からの留学生もたくさんいる。
人間観察の場としては、案外おもしろいかな、と。

さらに。
渡米3カ月を過ぎても、現地校に適応する気配のない息子を見ていると、アフタースクールやベビーシッターを活用してまで、あれこれ手を広げる勇気はさすがにわいてこない。
遠くの大学に通うよりも、まずは毎日近所 (車で10分!) のカレッジで英語空間に身を置いてみようか、ってな選択なのだった。

しかし……。
思った以上に、アメリカのティーンエイジャーの会話についていくのは困難だった。
会話だけでなく、その文化についていくのも。
壇上で演説する先生を、身もだえポーズで冷やかす男の子がいたり、黙々と吹き矢らしきものを作って、装飾用のバルーンを割ろうとしてる男の子がいたり、ひっきりなしに甘そうなキャンディーをなめまくってる女の子がいたり。
そうだよなあ。
この子たち、ほんの最近まで高校生だったんだもんなあ。

韓国人の友人の 「あんた、自分の息子や娘ほどの子と話が合うと思う?」 という一言が脳裏によみがえる。
でもまあ、いいさいいさ。
この子たちって、私にしてみれば、日本で取材していた思春期の学生さんや若者とほとんど同じ世代なのよね。

だったら、聞きたいことはいっぱいある。
知りたいことも、教えてほしいこともいっぱいある。
もちろん、伝えたいことも。

どんなに所在なくても、疎外感を感じても。
そこが私の 「現場」 だと思ったら、私は、そこにいられるし、その空間や、人間を愛おしむことができる。その時間を、存分にスリリングに楽しめる。
新聞記者という仕事を選んで良かったなー、とつくづく思うのはこういう時。

というわけで、ほとんど20年ぶりの学生生活が始まります。
どうやら学生仲間の会話にも行動にも、ほとんどついていけそうにありません。
どうなることやら。

キョンに会ったこと

地元の図書館の外国人向け英会話クラブで先週会った韓国人女性、キョンの話を書こうと思う。

先週初めて会った時、この手のクラブでお決まりの、「どのくらいアメリカにいるのですか?」 という質問に、小さい身体をもっと縮めて、「2年もいるんですけど……」 と答えたのが妙に印象に残ってた。
今朝、1週間ぶりに再会したら、むこうもなぜか私のことを覚えていて、隣のイスに座って、と呼んでくれた。
このクラブ、アジアンとヒスパニックが2大勢力で、妙にアジアン同士は親近感を募らせちゃったりするのである。

この日は、ボランティアに来てくれた先生役の米国人が一人で勝手にベラベラとしゃべっちゃったので、みな少々、しゃべり足りず、欲求不満気味。
そんなこんなで、クラブの後に、少しキョンと話しをしたのだった。
私が大量に図書館で児童書を借りてるのを見て、「私も借りたい! 何を読めばいいか、教えて」 という。
「わかんないけど、とりあえず、ニューベリー賞を取った比較的新しい書物をピックアップしてきたから、一緒に借りましょうか」 と私。
結局、2人して仲良く、

・The Higher Power of Lucky (Susan Patron)
・Criss Cross (Lynne Rae Perkins)

の2冊をそれぞれ借りた。
あまり蔵書のない図書館でも、ニューベリー賞受賞作品はさすがに2〜3冊置いてあったので。

キョンは、2年もアメリカにいるのに、英語があまり話せないのをとても恥じ入っている。
でも彼女は、2年前に韓国を出てきたんじゃないんだ。
実はもう国を出て7年になる。

始まりは、今17歳の息子さんが幼稚園だったころ。
家族でバンクーバーに旅行したら、まだ6歳だった息子さんがすっかりカナダを気に入ってしまった。
「親を残して一人でもカナダで暮らしてみたいって言ったの」
キョンは言う。
でも、幼稚園児が本当にそんなことを言うのかなあ、とちょっと疑問。
きっとキョンも夫も、息子さんに国外で教育を受けさせてみたい、という思いがあったんだと思う。
息子さんは、そんな両親の思いを敏感に感じ取ってもいたんだと思う。

結局、そんなこんなで、息子さんが小学校に入学するタイミングでキョンは息子と2人でカナダに渡った。
アメリカではなく、カナダ。
キョンによると、「アメリカはビザが大変で最初は無理だったから。カナダなら、その当時、1年のビザがもらえたの。あとは延長、延長を続ければ、子どもと一緒にカナダに住めたからね。アメリカだと、ビジタービザでたぶん数カ月がせいぜいだと思う。実際、韓国人で、子どもの教育のために夫を国に残して海外に渡るケースでは、アメリカ、カナダ、オーストラリアがポピュラー。でもアメリカは長期ではなかなかいられないのよ。オーストラリアは安いけど、教育レベルはほかの2国のほうが高いってみな言ってるわ」

韓国や中国で、子どもを国際派に育てようと、夫を置いて子連れで海外に渡るママたちが増えてる、とは何度もニュースで読んだけど、実際に目の当たりにすると、その信念に圧倒されちゃう。
まして韓国での英語熱は本当にすごいらしい。
toefl(米国留学のために必要なスコアを得る試験)を受けるにも、受験希望者が多すぎてなかなか予約が取れず、わざわざ日本まで来て受験する人がいる、と聞いたこともあったっけ。

キョンはカナダで5年ちょっとを過ごしたらしい。
でも、英語は一切話せなかった。なぜか。
「カナダでは、子どもの教育のためにビザをもらうことはできても、働けないだけでなく、親が英語を習うことも禁じられていたの」
このあたり、少し法律を調べてみようと思う。
どういうことなのかよくわからないけれど、とにかく彼女は異国で、5年以上、ひたすら子どもの教育のために暮らし続けたんだ。

英語を習いに行ったり、何かを学ぼうとしたり、そんなことを何も考えずに。

彼女がラッキーだったのは、詳しく彼女は話してくれないけれど、実父が自国で何らかのコネクションを持っている人だったから。
カナダに暮らしながら、韓国で米国のグリーンカードを申請し、1年待って親子でグリーンカードを取得。はれて今度はアメリカに渡ってきたというわけ。

アメリカで息子さんはハイスクールの学生さん。
10歳から韓国を離れてる彼は、「韓国には戻りたくない。仕事をするなら、アメリカか。いや、カナダが一番好きだな」 と言ってるらしい。
息子が独立したら、どうするの?
そう尋ねたら、「韓国に戻ると思う」 とキョンは言った。

彼女はなぜ、アメリカに暮らして2年目にようやく、図書館の英会話クラスに顔を出し、英語を学ぼうと思ったのかな。
息子さんに何か言われたのかな。
またいつか、聞いてみよう、と思った。

私は、「家族は一緒にいるべき」 ということを最優先して、日本を出てきた。仕事もやめた。日本に残りたがった息子をアメリカに連れてきた。息子は今でも 「日本に帰りたい」 という。
息子みたいな性格の男が、いきなり親の都合で外国に連れてこられて、言葉の分からない学校に毎日通わなければならないのは、きっと大変だろうな、とも思う。
息子の教育面からいうと、もちろん得るものも大きいと思うけれど、失うものもまた、大きいんだろう。
それでも結局、家族でアメリカに来ることを選んだのは、「家族で一緒にいること」 は何にも替えられないと思ったから。

キョンは、そしてたくさんの韓国人のお母さんたちは、どんな思いで子どもと2人、海を渡るんだろう。
お父さんと一緒に暮らせないことの子育て上のマイナス面を、どんなふうに考えているんだろう。
いつか聞いてみよう。
キョンは、私の選択を逆にどう感じるんだろう。

サンクスギビングデーで七面鳥を食らうわけ

息子が学校でサンクスギビングデーのための飾り物工作を作ってきた。
というのはウソで、本来ならそうやって学校で工作するはずだったのに、前日に息子がそのプリントを 「たぶん宿題だと思う……」と言って持ち帰ったため、我が家では宿題としてそれを工作する羽目になったのだった。

翌日、家で作った宿題を息子が学校の先生に見せたら、「Good,good,goooooood!!」と先生に思い切りほめてもらった後、みなが教室で工作している間、別の先生に連れられ、学校探検をさせてもらったんだそうな。
このあたり、柔軟な対応に感謝。

つまりなにかというと、息子も私も、いまだ、英語の壁のせいで、何が宿題で、何が宿題でないのか、ほとんど理解できてないというわけ。
お陰で、私は毎朝、担任の先生に手紙を書いているような状態で、ある意味、ものすごく英文を書くのが早くなったとも言えるんだけどさ。
こういう日々がいつまで続くのかなあ。

ちなみに息子が作った工作とは、七面鳥の紙飾り。
色とりどりの紙で七面鳥の羽飾りを作り、その羽に、自分が感謝しているものを4つ書くの。
息子が書いたものは……

Foods
Mother
Father
Baseball

そうだよね。
野球がやっぱり、君の心の支えなんだねえ。
主なスポーツにシーズンのあるこの国では、春まで野球はできないんだけど。

ところでところで。
家族で話題になった。
「なぜ、サンクスギビングデーに七面鳥なんだ???」
そもそも、サンクスギビングデーって何なんだろう。

なーんて疑問に思っていたら、本日、カレッジのESL生徒対象の会話クラブでそんな話題になった。
ボランティアの先生曰く、

「1620年、英国から宗教上の理由でアメリカに渡った人たちがいました。メイフラワー号に乗ってマサチューセッツにたどりついたのですが、その冬は酷寒で、食べ物もなく、100人ほどいた人の半分が病気や死に至りました。そんな時、先住民のネイティブアフリカンが彼らにトウモロコシの育て方や魚を肥料にして土地を肥やす方法、野生の七面鳥の狩りの仕方などを教えてくれたんです。翌秋、大変豊かな収穫を得た彼らは、ネイティブアフリカンを招き、3日間、食べ物を山と積み、収穫を祝ったんだそうです」

おおお。
だから七面鳥、というわけか。
ちなみに、その 「大宴会」 の日、ネイティブアフリカンは七面鳥だけでなく、鹿の丸焼きを作ってくれたんだそうだ。
なるほど、この国のオーブンがいかに大きくても、各家庭で鹿は焼けないもんなあ。だから七面鳥が定着したんだろな。
勝手な想像だけど。

ボランティアの米国人女性の先生は、
「サンクスギビングデーは、宗教色もなく、アメリカ人にとっては純粋に家族と過ごす大切な休日なのです。宗教色がないため、多くの人が祝うことができるのです」
と言う。
でも、その後、多くのネイティブアフリカンがこの国で命を失っていくわけで、なかなか脳天気に受け止められない私だったりする。
さらにそれを、ESLの生徒である中南米から来たヒスパニックの女の子たちが聞いているという何ともシュールなシチュエーション。

この日は、ハイチから来たすごくきれいな黒人の女の子もいた。
彼女を中心に、ハイチのクレオール言語なんかについて盛り上がった。
でも、ラテンアメリカで一番最初に独立した国が確かハイチだったはず。フランス語とクレオールの両方を操る上、学校で学んだスペイン語まで話せるという彼女だから、当然、独立後の自国のアメリカとの微妙な歴史なんかも熟知してるはず。

「英語を学びたい!」と集まってる彼ら彼女らが、実はこの国にどんな思いをいだいているのか、少しずつ聞き出してみようかな、と下心たっぷりの私だったりする。

今日は、台湾や中国から来た人たちと、しばし中国語でしゃべってみた。
何もESLで英語ではなく中国語を学ばなくてもいいと思うんだけれど、授業が終わると途端に中国語で仲良く会話している彼らにどうにか食い込んでみたい、とついつい思っちゃうのよね。
この際、英語と同時に、中国語も練習しちゃおうかなあ。



社会見学的英語レッスンのススメ

今朝もカレッジでふらふらしてたら、カレッジのESLクラスの掲示板に、地元の図書館でやってる英語学習者向けの会話クラブの情報が貼られていた。
へええ、おもしろうそうじゃん。

見れば、カレッジのESLのコンピュータラボの先生Mollyが、「すごくゴージャスな図書館があるのよ」 と評した Rockville Library にも会話クラスがあるらしい。
(図書館を「ゴージャス」って表現するんだから、どんな図書館かしらん、と気になるじゃない?)

曜日や時間を調べてみたら、なんとなんと、まさに30分後に始まろう、という絶好のタイミング。

コンピュータラボでネット検索し、大急ぎで詳細を調べてみたら、どうやら登録も必要なさそう。
自宅からもカレッジからも直近の図書館らしいし、こりゃ、行ってみよう、とカレッジをあっさり後にし、今度は図書館へ。

しばし迷った末、無事に尽きましたよ、ゴージャス図書館。
確かにね。
一帯を再開発したらしく、おしゃれで真新しいレンガ造りの建物群の中に、すごく雰囲気のいい図書館があったのでした。
ゴージャス、かどうかは別にしても、明るくてモダンですごくいい感じ。
一目で気に入っちゃったのだった。

だいたい私は、図書館運がものすごくいいのだ。
東京で暮らしていたマンションは、マンションから最寄り駅までの道に図書館があったから、とっても便利だった。
息子の名前でカードをつくり、私のと息子のと2枚のカードを駆使して、ネット上で常時30冊の本を予約してたのだっけ。
あれ以来、どこに住むにしても、家から最寄り駅までのルート上に図書館がないと耐えられないわ、なんて思ったものだ。

アメリカは車社会だから、「最寄り駅までのルート上に」とは言わないけれど、家と大学とのほぼ真ん中にこんな図書館があったら、やっぱりすごくラッキーな感じ。

さてさて肝心の、会話クラス@図書館。
カレッジでは、若いヒスパニックの au pair が圧倒的に多かったんだけれど、こちらはものすごくアジア人率が高い。日本人の女性も数人いるようだった。

実はこちらで暮らしてる中国人や韓国人のコミュニティーってすごく独特でおもしろそうだったので、ぜひ一度、彼らに聞いてみたいなと思っていた私。
早速、韓国人の夫婦の隣の席を選んで強引に聞いてみたのだった。

この夫婦、米国滞在はもう4年になるそうだ。
ボストンあたりで暮らしていたが、いよいよ自分たちでこの国で商売を始めよう、と考え、商機を見出すためにワシントンDC近郊にやってきた。
「思った以上に韓国人向けの店が充実してるので、どういう店なら経営が成り立つか、今考えてるところなんだ」 と。

さらに、私が、こちらの暮らしのセットアップでいかに苦労したかという話をすると、

「日本人向け教会ってないかな。韓国人向けの教会はいっぱいあって、韓国人はたいがい教会で情報収集するんだ。僕ら夫婦は仏教徒だけれど、妻は情報収集のために教会に通ってるよ。教会では、病院に行くとか警察に行くとかの付き添いや、英文の翻訳までやってくれるよ」

恐るべし、教会ネットワーク。
同じグループにいた日本人女性によると、日本人向けの教会も実はあるんだという。
へええ。
今度、のぞいてみるか。

何となく分かってきたけれど、地域で簡単な英語を学ぶにはたぶん、4つくらいの方法がある。

・地元のカレッジのESL関連 (有料)
・地元の図書館の会話クラブ (無料)
・地元の教会でやってるESL (無料)
・各種英語学校 (もちろん有料)

当面、週2回は図書館、週2回はカレッジのフリーカンバセーションクラスに顔を出してみるつもり。
カレッジでは絶対にヒスパニックの若い女の子たちと仲良くなっちゃうのだ。
図書館では、できれば中国人や韓国人の人の話が聞ければいいな。

……と気付けば、私の目的は、「英語を学ぶ」 というのから、ずんずんと離れていってしまうのだった。
結局は私、社会見学というか、「この国で英語を学ぶ人に会いたい」 ってことなのよね。
第一、この手の英語クラスって常に自己紹介から始まるから、ライフヒストリーを遠慮なく根掘り葉掘り聞ける格好の場なんだもの。
それに、英語のためだけに、英語を学ぶのって、なんだか性に合わないしね。

私が、
「実は、家の電話、まだ開通してないの。水道会社なんか、電話しても何を言ってるか分かんないしさ、いまだ引っ越し連絡すらできてないのよ〜。英語なんか勉強してる場合じゃないわよねえ。がっはっは」
などと笑い飛ばすと、ヒスパニックの姉ちゃんも、アジアンなご夫婦も、本気で心配してくれる。

英語に苦労しているもの同士の結束力って、案外強くて、国境なんか軽く越えるぞ、と思った昼下がり。

コミュニティカレッジのESL

昨日登録したモンゴメリーカレッジに早速行ってみた。
コンピュータラボで適当に自習した後、週に2回のフリーカンバセーションクラスへ。ESLに登録してる生徒なら誰でも参加できるから、私のようにクラス分けされたESLに登録してない生徒でも、潜り込むことができるのだ。

実に色々な背景を持った人たちが集まっていて、かなりおもしろい。
一番多いのは、ヒスパニックの au pair の女の子たち。
(au pair って日本からも斡旋サイトがあるのね。知らなかった)
特に、コンピュータラボにたくさんいる。
なぜかというと、ある程度時間に制約がある彼女たちが、空いた時間に自習できるかららしい。コンピュータラボでの3時間の自習が、1時間の講義に参加したと換算されるらしく、単位取得に欠かせないシステムになっているようだ。

次に目立つのがアジアン。
例えば今日出会ったのは、

・美術学校の教師をリタイアした年配の台湾女性。娘がこのカレッジで美術を学んでいるため、夫を残し、渡米。せっかくだから、と英語を学んでる。

・中国の北京でコンピュータプログラムを専攻し、大学を卒業。米国で修士号を取るため渡米。大学に入る試験のため、まずは英語の勉強中。

・台湾ですでに修士号を取得。でもあまり良い仕事がなかったのですぐに渡米し、こちらで英語力を身につけ、1年後、台湾でより良い仕事をみつけるのが目標。

ヒスパニックの彼女たちは、話そうという意欲がものすごい。
それに比べるとアジアンは何でもかんでも話そう、とはしない。英語が苦手な人も多い。
でも、ひとたび頑張って話し始めると、もともと知識人だから、極めて面白い自国の情報を披露してくれたりする。

私が、米国の書店でみなが座り込んで本を読むのに仰天した話をすると、台湾の2人が誠品書店の話を教えてくれた。

彼女たちによると、夜、行き場のない子どもたちにとっての、不思議な居場所にもなっているんだという。
なんかまた、台湾に行ってみたくなっちゃった。

「日本の書店なんか、漫画売り場に 『立ち読みお断り』って書いてあるよん。座り込み読みなんて、絶対ダメダメ」 というと、みなに驚かれてしまった。

generous じゃないねー。
stingy だねー。


そういう反応を受けちゃうと、うーむ。
例えば、日本の書店がいかに万引き被害で苦しんでるかとか、そういう話まできちんとしないと、不公平だったかな。

「英語を学ぼう」という意欲以外に、何の共通項も持たない者が、ぐちゃっと集まってるこの空間は、英語を学ぶというよりも、人間観察に格好の場のように思えた。
ここには、ここでしか会えない人が集まってる。


コミュニティカレッジに挑戦

渡米から1カ月余り。
新居に引っ越してから1週間が過ぎた。
息子を朝8時40分に学校に送り届け (息子は、どうしてもスクールバスが嫌なんだって。一人ぼっちで座ってるのが苦痛だ、って。目の前がスクールバスのバス停だっていうのになあ! ま、慣れるまでは仕方ないかな)、それから、息子を迎えに行く午後3時までが私の時間。
つまり、約6時間、ね。

この1週間は、家のセットアップのための買い物に忙殺されてました。
なにしろ、私の場合、英語力もひどいけど、それにも増して運転力がひどいのです。
毎日毎日、目標を定めて走れども、必ず道に迷いまくって、学校のお迎えの時間に遅れそうになることばかり。
それでも、ようやく、「我が家」と呼べるような状態になりつつあります。
あとは2〜3週間後に届く予定の船便の整理まで、小休止、という感じ。

だめなのよね。
暇、が一番苦手。
のんびり、なんてできない。
これ、性分。

おまけに、段々と分かってきたのだけれど、たぶん意識して勉強しないと英語なんてうまくならないのよね。
だって、学校の送り迎えにもスーパーの買い物にも、英語なんかいらない。おまけに内向的な息子ちゃんを持つと、習い事なんかもしないわけで、息子の習い事の合間に、現地でママ友だちを作る、なんて機会もないわけ。
これじゃやっぱりつまんない。

ということで、昨日、自宅から車で10分ちょっと(のはず)の、モンゴメリーカレッジというコミュニティーカレッジをのぞいてみました。
10分ちょっと、と思ったら、迷いに迷って半時間以上かかったけどさ。
気を取り直して、今朝息子を学校に送り届けた後、その足で(これが大事。やっぱり人間、勢いがついてないとね)、再び大学へ。
今度は15分で到着。
よし。

で、今から私が勉強できるような英語クラスがないか、色々とさまよい歩いてみた。
「秋季授業がもう始まってるからねえ」
「こっちじゃなくて、あっちへ行ってごらん」
などなど、色々な人の指さす方へ歩くうち、英語を第二言語とする人のためのセクション (ESL) へ。
そこで、学習アドバイザーのアネットに出会った。

何というか、一目で彼女が気に入っちゃった。
年は私より10歳くらい上かな。
色々な国から来た人の学びたい気持ちを、きちんと、丁寧にすくってくれる、そんな感じに見えたから。
自己紹介の後、「とりあえず、春まで待つんじゃなくて、今何か勉強できるものはないの? あんまり時間を無駄にしたくないのよ、私」 とアネットに取りすがったら、アネットがこんな提案をしてくれた。

「確かに、ESLの授業は年末にテストをして、1月の第三週から始まるの。でも、たぶん、あなたはそれまで待てないってわけよね。だったらこういうのはどう?」

曰く、
秋学期のクラスの中に、コンピュータ室の色々な英語プログラムを使って英語を学べるクラスがある。
これは他のESLの授業よりもずっとずっち値段も安い。
だから、秋学期が半分終わろうとしている今登録しても、それほど損にはならない。
これに登録すれば、毎日自由に好きな時間に勉強できるうえ、学生として登録されるから、ESLの先生が正規のクラス以外でボランタリーにやっている週2回の会話プログラムなんかにも、無料で参加できる。
カレッジで色々な情報収集もできるだろう、と。

私   「つまり、私の先生は、コンピュータ、ってわけだ」
アネット「そう。でも1週間の朝から夜まで、好きな時間に自分の好きなように勉強できるし、このクラスなら、途中からでも私がサインをすれば登録できるわ。ESLの春季コースが始まる前に、英語力を磨いておくのも悪くないんじゃない? どうする? 興味があるなら、今、そこまで連れて行ってあげるけど」
私   「ぜひぜひ!」

先生がコンピュータというのはいただけないけど、一つひとつ道を結んでいけば、きっと人にも出会えるだろうしね。

そんなわけで、コンピュータ室へ。
そこには、この部屋のスタッフのMollyが座ってた。
彼女は結構なお年寄りで、それゆえしゃべるのがものすごーーーーーくゆっくり。会話の相手には最高なのだった。

コンピュータソフトの使い方を教えてもらううち、彼女は色々なことを教えてくれた。
彼女の世代から見たこの国の教育制度の問題点、近所にできた新しい公立図書館の場所、私たちの住むモンゴメリ郡に充実してる女性向けプログラムの話から、彼女曰く 「一番安いガソリンスタンドの場所」 まで。
都合2時間くらい、彼女とおしゃべりしてたんじゃないかなあ。

日本のベルリッツで先生とプライベートレッスンを2時間受けたら、それだけで今回の登録料なんて消えちゃうよな、と、ふと思いつき、自分のあまりのせこい発想に、一人苦笑いした。

登録することに決めて、帰り道にアネットの部屋に立ち寄った。

「決めました。私、やってみますね」

そう言うと、アネットは、ずばっと聞いてきた。

「で、そのクラスであなたは何を勉強するつもり?」

ははは、さすがは学習アドバイザー。
漠然と 「何でも勉強したい」 じゃ許してくれないのねえ。
だから、正直に私も言ってみる。

「まずは、できるだけ毎日、定期的に通うこと。そして勉強癖を付けること。単に英語のヒヤリングだ、語彙力だ、というのじゃなくて、この国を知るために、今後どんな勉強ができるかの情報収集。困ったらまた相談に乗ってくれる?」

アネットはにっこり笑って、「もちろん!」 と答えてくれた。

登録料を払ったら、緑色の小さなカードをもらった。
秋季学期のみの学生向けの駐車場カード。
こんなものが、妙にうれしいなんて、私って変?

新聞記者という仕事、何より好きだったけれど。
今は、毎日が新しいことずくめで、仕事を恋しがってる暇もなし。
いや、恋しい気持ちがどこかにあるから、こうやって毎日新しいことを探しちゃうのかな?

ディスポーザー、といふもの

今夜のビッグニュース。
いきなり、台所の ディスポーザー が壊れた。
ディスポーザーって、実は私、アメリカで初めて使ったんだ。

日本では私、台所シンクの流し口にパンストくらい目の細かいネットをセットし、野菜クズからヨーグルトまで水分を切って生ゴミとして処理してきたから、アメリカで初めてディスポーザーを見たときは、たまげた。

「これ、どうやって使うんだろね」と私。
「細かく粉砕してくれるんだろ。シンク下から、細かくなった生ゴミを取り出してゴミ箱に捨てるんじゃないのか?」と夫。

ぶぶーーーーっ。
(↑ 間違い、の音)

違うのねえ。
水を流しながら、スイッチを入れると、生ゴミが一瞬にして粉砕され、ドロドロ状になって、そのまま下水へ……。

ひえええええ。
私は仰天しましたわよ。
だって、それ、絶対に、環境破壊じゃん、と。
思い出したのは、あの数値。

台所から流すもの   浄化に必要な水量(300リットルの浴槽)
てんぷら油500CC    330杯
マヨネーズ大さじ1杯   12杯
米のとぎ汁500ml    4杯
牛乳コップ1杯      9・4杯

……って、あれです。
まずいよ。マヨネーズほんのちょっとでこれだもの。
ドロドロの生ゴミといったら!!

ところが。
色々調べてみると。

アメリカではディスポーザーの歴史ってすごく古い。
発明されたのがちょうど80年前。商品化されたのが約70年前。
アメリカでは多くの自治体で、生ゴミを水道に流すことを禁じ、むしろディスポーザーの設置を義務づけてきた経緯があるっていうのよね。
うーむ。
さらにさらに。
下水システムが古いため、過度に負担が掛かるだろう、と長い間ディスポーザーの設置が禁じられてきたニューヨークですら、あれこれ研究した結果、ちょうど10年前に、設置を禁じた法律が改正されてるみたい。

日本では、まだまだメジャーじゃないディスポーザーだけれど、「ゴミの量の削減になる」などと、むしろ、エコフレンドリーな商品として宣伝されることも多いらしい。
もちろん、その真偽は、下水処理や浄化槽のシステムによって変わってもくるようなんだけど。
このあたりは、また今度調べてみることにしよー。

アメリカなんかでは、ディスポーザーで流されたドロドロ生ゴミちゃんを含む汚水を上手に処理して、堆肥にリサイクルしてる、なんて話もあるようで……。

とまあ、ディスポーザー一つ壊れただけでも、色々勉強ができて楽しいわ!

……というのは、ただのやせ我慢でして。
すっごく困ります。
ほんとに困ってますっ!

ディスポーザーが壊れる

生ゴミが処理できない

生ゴミネットとかを設置できないので、どうやっても細かいゴミは流れてしまう

どんどんゴミがディスポーザーにたまっていく

排水がつまる

台所のシンクが洪水だーーーーーーーーっ!

まいった、まいった。
明日は朝一番に、アパートメントのフロントデスクに相談になきゃ。
今日は、ディスポーザーが壊れた後、さらに親子でテレビを観ていたら、カートゥーンチャンネル(子ども番組専門)で突然映像が止まったまま、音も出なくなっちゃった。
20分くらい待ったけど、これまた、うんともすんとも言わない。

一瞬、テレビまで壊れたかと思った。
もしかして、私って、破壊光線でも出して生きてるんじゃないかしら、と。

チャンネルをあちこち変えてみたら、数チャンネルで同じ現象が起きていたけれど、ほとんどのチャンネルは無事だった。
どうやらテレビが問題ではないらしい。
となると、ケーブルテレビ会社の問題かしらん。
なぞは深まるばかり。
数時間後、確認したら、すべて直ってました。

アメリカで一軒家を借りたある方に、「毎月のように何かが壊れるわよー。先月は冷蔵庫。今月は乾燥機、みたいな」 と聞かされたこともあります。
今の月極めアパート以上に、一軒家を借りたら、家の維持って大変そうで、これからも、あれやこれや、色々なものが壊れていくのかもしれません。

モノが壊れるのは、単に不便というだけでなく、やっぱりとても哀しくて、気分が沈んでしまう。時には、「アメリカだから」 とネガティブな気分になっちゃうときもあるかも。
そんなの、いやだなあ。
ということで。

決めた、決めた。
アメリカで一つひとつ、モノが壊れるたびに、一つひとつお勉強してみることにしよう。
モノが壊れるたびに、落ち込んでたんじゃ、この国じゃ気持ちが持ちませ〜ん。
やっぱり、前向きに生きないとね。

ということで、今回は、ディスポーザー。
渡米以来ずっと、単に 「ひどい環境破壊」 と思いこんできたけれど、色々な研究や色々な見方があることが少し分かった。
引き続き、ディスポーザーが直るまで、情報収集してみることにします。