おぐにあやこの行った見た書いた

息子からの電話

今朝、日本にいる息子から電話をもらった。
東京でお友達に囲まれていた時は、いつ電話しても、とてもつれない感じで、「へ? ああ、大丈夫大丈夫。じゃあね、うん、ばいばい」 などとかっこつけていたわけだが。
さすがに仙台の実家にいると、少しは寂しいらしく、

「もしもし、母ちゃん?」

などと、かわいらしい声で掛けてくるのだった。

私  「日本は楽しかった?」
息子 「うんっ!!」
私  「よし、元気出して、アメリカでも頑張るぞーって気になった?」
息子 「ぜんぜん……」
私  「じゃあ、『アメリカに戻りたくないな。このまま日本にいたいよ』 って気分?」
息子 「……うーん。母ちゃんがこっちに一緒に来てたら、絶対にそう思ったと思う」
私  「でも、母ちゃんがアメリカにいるから、アメリカに戻りたいな、と思ってるわけだ」
息子 「うん」
私  「わかった。待ってるから、元気に帰っておいで」
息子 「うんっ!」

電話を切ってから、思った。
やっぱり一人でこっちに残ってよかった。
私がこっちにいる限り、息子はアメリカに戻ってくるだろう、だから、下手に私まで一緒に一時帰国しないほうがいい、と思った直感は、結局のところ大当たりだったわけだ。
夕飯抜き廃人状態ビーチリゾート逃避旅行、も、した甲斐があったというもの。
さて、昨日の巨大ズッキーニの残りでも食うか。

母ちゃんはなぜ子どもがいないとお腹がすかないのか?

分かってたことだった。
私は、息子がいないと、ほぼ、廃人状態になる。
去年も、一昨年も、夏休みには2週間ほど、息子は一人で新幹線に乗り、仙台のじじばば宅に行ったわけだけれど、
「よし、これで仕事できるぜ」
「どうせなら飲み会もいれるぞ」
「ええい、日頃は行けない2次会だって行っちゃうぞ」
「今日は夫婦でこっそりデートだ!」
などと予定を入れまくってるうちに、1週間と経たないうちから、体調を崩す。

朝、起きられない。
朝ご飯、作れない。
そもそも、ご飯を食べない。
アルコールばかりが身体を満たす。
ダメダメじゃーん。

そんな私なので、今回の息子の一時帰国だって、結局、遅かれ早かれ 「廃人状態」 まっしぐら、という運命なのだった。

なにしろ、息子がいなくなってからの食事がすごい。
ある夜は、冷蔵庫に残ってた賞味期限切れのソーセージ3本を焼いただけ。
ある夜は、納豆3パック分に生卵をかけただけ。
やっぱりダメダメちゃんなのである。
独立記念日のパーティー用に作ったカリフォルニアロールが結構大量にできたので、翌朝と昼はこれを食べただけだし。

これじゃ、まずいっ!
と一念発起し、旅に出たわけで。

は〜い、今私は、メキシコ・カンクンのリゾートビーチにおります。
雨期のシーズンオフを良いことに、安いホテルでもオーシャンビュー。
初日は、島に渡り、シュノーケリングした後、ビーチでビールを飲み、まったり。
今日は、マヤ文明の遺跡を見てきちゃった。
明日は、ホテルの前のビーチでのんびりする予定……だけど、もしかしたら、パラセーリングでもやるかな。

もっとも、天罰は下るもので。
行きの飛行機は、飛行時間が3時間半の予定だったのに、離陸自体が3時間遅れ、それでもようやくチェックインとなり、みなで喜び勇んで機内に乗り込んだのに、いざ、飛び立とうと滑走路についた途端、「ブッシュ大統領がエアフォースワンで飛び立つ関係で、30分待機命令が出ました」……っておいおい。

まあ、一人リゾートなんて、寂しいもので。
会う人、会う人に 「一人で?」 とあきれられるし。
こっちに来ても食生活だけは 「ダメダメ」状態が続いており、初日は、夕方にフレンチフライとビール飲んだらあとは、部屋でビール飲んだだけで夕飯は抜き。翌日は昼ご飯だけはかろうじて食べたけど、夕飯はなぜかお腹がすかず、これまた夕飯抜き。今朝は、遺跡行きだったので、前夜に用意したスタバのパンとフルーツを朝かじり、夕方4時にツアーの昼食となったので、これは食べたけど、当然おなかがすかず、3日連続夕飯抜き。
リゾートでこれって、なんなんだろ。
明日こそは、ジタバタ出掛けず、ホテルでのんびり、ビーチでビール。昼ご飯はちゃんとうまそうなビュッフェか何かを食べ、夕飯は高級メキシコ料理か何かに挑戦したいもんだが、たぶん、昼ビュッフェだとまた食欲がわかず、4日連続夕飯抜きになっちゃうかもなあ。

……って4泊予定の旅行で、夜は毎晩食事抜き???
いかんいかん。
なぜ、母ちゃんという存在は、子どもがいないと食欲がわかないんだろう。

こんなことで、本当に私、子離れできるんだろうか。
息子を日本に送り出し、自分はちゃっかりメキシコでリゾート、なーんてことをやってるわりには、案外と私、「子離れできない母親」 なんだと思う。
うん。

ライト兄弟の格好って?

息子の学校でこんな宿題が出た。
BOOK REPORT.
期限は10日後。

なーんだ、読書感想文か。
と、最初は思ったのよ。
ただ、英語の本読んで、感想文を英語でなんか書けるのかなあ、うちの息子、とだけ心配したけど。
(というか、現実には、ライティングの宿題はいまだ私が全部手伝ってる状態なので、「私に書けるのかなあ」 なんだけどさ。)

ところが、宿題の詳細を知って驚いた。
・アメリカの歴史上の人物を一人選び、その人の伝記か自伝を1冊読む。
・どの本を読むかは、先生の許可をもらわねばならない。
・ブックレポートの内容には、「人物の名前」「なぜ有名なのか。職業」「彼らが生きたのはどんな時代だったのか」「彼らの教育的なバックグラウンド」「彼らの人生の中で最も重要な出来事は何だったか」が含まれなければならない。

……とまあ、ここまでは、いいわよ。
次がすごい。

その人物のような衣装を着て、そのような格好で、その人物について学んだことをみなの前でプレゼンテーションすること。

つまり、単なる読書感想文なんかではなく、
むしろ、プレゼンテーションに主眼が置かれた宿題だったというわけ。

なにしろ、日本でだって、みなの前で何かを発表する、というのを何より嫌い息子の性格からいって、プレゼンテーション、というのは最低最悪の課題なのだ。
しかし、アメリカの現地校って、この、プレゼン系の課題がやたらめったら多いのよね。
さすがは、Show & Tell の国。

息子が学校に行ってる間に、つらつらと策を練った。
息子が好んで読んだ伝記といえば……、ベーブルースがあったな。
あれだったら日本語版の本も、家にあったんじゃないか?
となると、テキトーに野球のユニフォーム着せて、バット持たせて、簡単な文章でプレゼンさせればどうにかなるか。

ところがところが。
今朝、息子によくよく話しを聞いてみると、息子はすでに、課題の人物を自分で決めて帰ってきたらしい。

「で、誰にしたの?」
「うーんとね、たぶん、ライト兄弟」

ら、ら、ら、らいときょううだい……。
それって、飛行機乗りみたいなこんな格好(ページ中程) をさせなきゃだめってこと? と思っていたら、ライト兄弟で残るのはフォーマルな背広姿の写真で、こんなイメージ(ページ中程)なのねえ。
いずれにせよ、どーすんねん!

おまけに、息子曰く、

「いや、ライト兄弟を選んだつもりなんだけどさ。英語もよくわからないし、もしかしたら、トマスなんちゃらって人を間違えて選んじゃってるかも……」

トマスなんちゃらって、あんた、それはきっと、トマス・ジェファーソン。
米国第三代大統領で、アメリカ独立宣言を起草した、っちゅう男でしょ。
そんな小難しい話、あんたに(というか私に)、レポートが書けるわけないじゃん!

さらに息子曰く、

「学校で習ったから、ジャッキー・ロビンソンでも良かったんだけどさ」

ジャッキー・ロビンソンか。
黒人初の大リーガー。
有色人種に門戸を閉ざしてた大リーグで、初めてアフリカンアメリカンの選手として活躍した人よね。
あ、それいいじゃん。
この前、ヤンキースタジアムで、背番号42番がなぜ全球団において永久欠番になっているかを学んだばかりだし。
衣装のほうも、家にある野球のユニフォーム着てさ、
でもって、顔を黒く塗って……って、それは、それで、NGか。

とりあえず。
たぶん、息子が選んだのはライト兄弟。
これから親子で必死で英語の本を読み解き、
課題にそってレポートをまとめ、
息子にもできそうな、ごく簡単なプレゼンの文章を書き、
おまけに、ライト兄弟の衣装 (どんなやねん!!!) を考えねばなりません。

ものの本によると、ライト兄弟は、自作の飛行機(というか、フライヤーと言うのね)に腹這いになる時すら、普通の白いワイシャツにネクタイ、スーツ姿だったんだそうだ。
息子は、一切、フォーマルな服なんて持ってないしなぁ。
さて、どこまでこだわるべきか、それが問題だ。

でも、日本で同じ宿題が出たらもっと大変だろうね。
織田信長。派手派手な着物を用意するのかしらん。
一休さん。髪の毛、そっちゃったりして。
二宮金次郎。やっぱ、薪を背負うのかねー。
水戸黄門。これは結構大ウケしそう〜。
聖徳太子。ここまで時代を遡ったら、衣装は手作り決定よね。
アメリカって歴史が浅いから、「衣装付きのプレゼン」 も成立するのかも。

アメリカのお誕生日パーティー

野球シーズンが始まって間もない4月上旬、突然、息子にお誕生日会 (5月22日) のお誘いがありました。
誘ってくれたのは、野球チームの監督の息子で、息子と同い年のブライアン。
ブライアンのお誘い、というよりは、
新メンバーの外国人である息子を気遣った監督の奥さん (つまりブライアンのママ) からのお誘い、というのは、火を見るより明らかでした。
本当にありがたいなあ、と感謝しつつも、いきなりお誕生日会というのは、英語をまともに話せない息子にはハードルが高すぎやしないか? と思ったり、いや、誕生日会までの1カ月ちょっとの間に野球を通してブライアンと仲良くなってるし、きっと大丈夫だ、と思ったり。
親として、随分と心が揺れたものです。

そもそも、ちょうどその頃は私、まだ息子の、「号泣事件」 をまだ引きずってもいたしね。
さらにさらに。
友人からこんな話を聞かされた後でもあったの。
そこの娘さんは、アメリカの保育園に行ってお友達もたくさんいたんだけど、お誕生日にお呼ばれしたので娘を行かせてみたら、その夜、「明日から保育園に行きたくない」 と号泣したんだそうです。
なんでも、保育園の中では先生が上手にフォローしてくれるお陰で、娘さんは自分があまり英語がわからない、ということを意識せずに済んでいたのね。それが子どもたちばかりの空間で、突然、疎外感を感じ、みなと同じように英語ができない自分に気付いた、というような話。

「大丈夫かなあ」
「1カ月もあれば、野球のチームメートだもん、仲良くなるよ」

あれこれと思い悩む我が夫婦。
そんな両親の期待と不安をよそに、息子の1カ月は飛ぶように過ぎました。
チームの中には、息子に積極的にアプローチしてくれる子が何人かいて、その子たちとは言葉を介さなくてもなんとなく楽しそうに遊べるようになっていた息子なのですが、肝心のブライアンとは……

まったく、会話なし。

こんな状態で、お誕生日会に行くのかよ……とほほ、といった状態のまま先週を迎えました。
そろそろ、お返事をする期限も迫っていたわけで、息子に、
「あんた、どうするの? ブライアンの誕生日、行くの? 行かないの?」

私の詰問に、息子は
「うーん、どっちでもいい」

行ってみたいけど、やっぱりちょっと怖い……というのが本音だったみたい。
さらに息子は、

「だって、ブライアンって話したこともないし、何が好きかも知らないから、お誕生日のプレゼントに何を持っていっていいかだって分からないし」

案外、具体的なことを心配してる息子の様子に、私の心はスパッと決まっちゃった。
よし、こりゃ、行かせてみよう。
それで私のほうから、ブライアンのママに 「ぜひぜひ、参加しま〜す。でも、ブライアンのプレゼント選びで迷ってるので、好きなものを教えてね!」 とメールしたのでした。

すぐに返ってきた返事は、
「ブライアンに直接聞いてみたら、日本の野球選手の野球カードがほしいんですって」

これを息子に告げた時の、息子のうれしそうな顔ったら!
さっそく、大事に大事にファイリングした自分の野球カードコレクションをながめ、同じ選手で複数のカードを持っているものを選び出し、なかなかバランスの良い10枚のカードセットを実に楽しそうな表情で作ったのでありました。

ブライアンと、一言も言葉を交わしたことがないくせにね。
野球カードを集めてる同好の士、と思うと、俄然、身近に感じちゃった、ということのようで。
ああ、男って、なんて、単純!

さて、ブライアンのお誕生日会は二部構成。

前半は、みんなで映画館に行き、ナルニア物語(第2作目)を見る。
後半は、映画館の隣のピザレストランでピザを食べ、ケーキを食べ、プレゼント交換、といった具合。

誕生日会に映画かよ、と日本人の感覚だと驚くけど、こっちのご家庭のお誕生日会はなんだかとっても派手派手で、ほかにも、スケートリンクを貸し切ってパーティーとか、クラウンや手品師を雇って子どもたちを喜ばせるとか、いろいろ。
そういえば、船を借り切って、ポトマック河3時間のクルーズパーティー、なんて話も聞いたことがあったな。
スポーツセンターとか色々な施設も、お誕生日などのパーティー向けの貸し切りプログラムを持ってるところが結構あるのね。
いやはや何かとお金がかかるわけで、当然それを前提にプレゼントを選ぶから、プレゼントを渡す方もそれなりにお金がかかるわけです。

もちろん、ブライアンのお誕生日では、映画代もピザ代も、みなホスト側の負担。
ちなみに、ブライアンのママによると、数週間後にはブライアンの妹のお誕生日パーティーが迫っており、この時は女の子たちにパジャマ姿のままで集まってもらい、枕カバーを作ったり、ケーキを焼いたり、いかにも女の子なイベントを企画してるんだそうで。
すごいなー。

さてさて。
でもって、本日、行って参りました。
親子して、アメリカ初のお誕生日会体験!
ブライアンのママの気遣いで、「アヤコが一緒のほうが息子さんも気が楽でしょー」 と映画とピザの両方に私まで招いてもらっちゃった。
ナルニア物語は、そもそも我が親子は第一作を見てないし、おまけに、英語はアメリカのアクセントではないし、私でも分からないところがいっぱいあったわけで、たぶん、息子はチンプンカンプンだったはず。
さらに、ピザレストランでも息子は、ものすごい勢いでしゃべくりまくる少年たちの隅のほうで、ぽつねんとピザを食べているような状態だったんだけどね。
それでも、プレゼントの野球カードを思った以上にブライアンに喜んでもらえたことで、息子は本当にほっとしたみたい。
思えば彼が一番心配し、脅えてたのは、「プレゼントを喜んでもらえなかったら、どうしよう」 ってことだったのねえ。

最後にお返しのお菓子なんかを配ってもらい、「ありがとう!」 と言って帰る時には、「あーおもしろかったね」「行ってよかったね」 と何度も何度も言ってる息子だったのでした。
所在なげで、心細い瞬間もいっぱいあっただろうにね。
私も、なんだかほっとしちゃった。
ブライアンとママに、「ぜひぜひ今度、野球カードコレクションを持って、我が家に遊びに来てね」 とプレイデートのお願いもしてきちゃった。

思えば私、息子のお誕生日会なんて、やったこと、なかったのよね。
なにしろ息子の誕生日は5月5日。つまりゴールデンウィーク中なもので、ついつい、それに甘え、いつも家族で夫の実家のある仙台に出かけていたので、友達を招く機会もなかったの。

来年はいっちょ頑張って、息子のために、派手な誕生日会を企画してみようかしらん。

隣の芝生は

「隣の芝生」 という言葉をしみじみ噛みしめた朝。
何かというと……昨日、お隣のコリン君のパパが頑張って芝刈り機を押してたのよね。
実はこのご近所、だいたいの人はここ2〜3週間の間に、人を雇って庭の芝生の手入れをしているわけで。
ボオウボオウと芝生が伸び放題なのは、我が家とお隣のコリン宅くらいだったわけ。
ところが、コリンパパの見事な働きで、お隣の芝生は……すごーくきれい。

となると、我が家だけだよ。
タンポポ、伸び放題。
夫が徹夜仕事明けに必死で抜いたものの、タンポポって強い。
ほかにもホトケノザとか、日本でもお馴染みの雑草がワンサカ、伸び放題。

私なんか、タンポポで黄色く染まる前庭を見て、「まあ、きれい!」 なーんて思うわけだけど、周囲を見れば、どのお宅の庭も、緑、緑、緑。
どうやら、この国では、タンポポ畑は好まれないようで。

もちろん、我が家だって、何もしないつもりはないのだ。
昨年秋の入居時に、大家には 「庭の半分枯れた木を切ってちょうだいね」 という要求を出してあったのだけれど
(ここまでは正当な要求)、

どうせ庭師が来るなら、庭の植木を1回だけそちらの費用負担で刈ってくれない? 我々は昨年秋に入居したわけで、去年の夏は空き家だったから伸び放題だったわけでしょ?」 
(このあたりからビミョー。なにしろ庭木の手入れは店子の責任、と契約書に明記されている)
と要求を重ね、

ついには、
そこまでやってもらうなら、芝生なんかも……
(これは明らかに要求し過ぎ。芝生の手入れは店子の責任)

ところが、ビジネスを兼ねて世界旅行ざんまいの我が家の大家さんはいつも太っ腹で、これをすんなに飲んでくれ、今週末には庭の手入れの業者が入る予定なのだ。
ラッキー!
でも、この夏は、ボオウボオウと伸び盛る芝生との闘いとなりそう……。

算数を教えちゃった

3度目の教室ボランティアの日。
コピーや教材作りなら、いいな〜、楽だし。
と思っていたら、いきなり、算数プリントを生徒たちが解くお手伝いをすることになった。
なにしろ、各学校の評判はもちろん、学区の不動産価格まで左右するというメリーランド州の一斉テストは間近に迫っているし、学校としても、テスト科目である算数とリーディングにひたすら時間を割く時期なのだ。

最初の問題は、こんな感じ。

テラさんは、壁にタイルを貼ります。毎回、白いタイルを3枚、黒いタイルを2枚ずつ貼って模様を作ります。合計30枚のタイルを使いました。白いタイルは何枚使いましたか?

最初に思ったのは、「おおお、美しい問題だ」 ということ。
単純な掛け算や割り算ではない。計算の意味がわかってないと解けない問題だ。

最初に相手をしたのは、アメリカ生まれのラティーノ少女。
いきなり回答欄に、「3枚」 と答を書いて、私をびびらせてくれた。

「ちょっと、待って待って。まず絵を描いてみようよ」

□□□■■ □□□■■
□■■□□ □■■□□
□■□□■ □■□□■

ここまで書いたところで、「ほらね。どんな模様を作るにしろ、毎回白は3枚、黒は2枚。つまりこの5枚を1セットとして考えてみようよ。すると、30枚のタイルを作るのに、何セットいるかな?」

30÷5

を導き出す質問だったはずなんだけど、いきなり少女は私に聞いてきたよ。

「掛け算か割り算かどっち?」

あああああ。
ここにもいたか、計算の意味を考えず、与えられた数字を足したり引いたり割ったり掛けたり、それで答を求めた気になってしまう輩が。
まるでうちの息子にそっくり。

ああでもない、こうでもないと説明し、ようやく、5枚一組のタイルを6セット使うことまで理解させた。
「すると、1組のセットに白いタイルが3枚ずつあるわけだから、6セットだと、合計何枚になるかな?」

これはわかるだろー、と思ったんだけど。
彼女はまたしても聞く。
「掛け算、割り算?」

これまた必死に説明し、

3×6

の数式を導きだした。
が、彼女はさらに問う。

「3×6なんて、答の出し方、わかんないよ」

そっか。掛け算の九九を覚えないのが、この国の新しい算数のありようだったっけ。
仕方なく、絵を全部描かせた。

□□□■■ □□□■■ □□□■■ □□□■■ □□□■■ □□□■■

彼女は白いタイルを1枚1枚数え、「18枚だ!」 と大喜びで答を回答欄に書いた。
めでたしめでたし。

気になったので、20人クラスの半分くらいの子の解き方もチェックしてみた。
てんで関係のないむちゃくちゃな式で、答も間違えてる子が数人。
タイル30枚を全部描き、白いタイルを数えてる子がほとんど。
解けてない子も結構いた。
きちんと正しい数式が2つ並んでたのは、私の見た限りでは誰もいなかった。

一人だけ、私を驚かせてくれたのが、息子をハグして、カルチャーショックを息子に与えてくれたジェイコブ君。
問題用紙に書いてあった、

□□□■■

という5個のタイルの中に、いっぱい点が打ってある。
なるほどー。

1、2、3、4、5
と数えながらまず、タイルの中に1つずつ点を打つ。
次に、
6、7、8、9、10
と、最初からまた、5枚のタイルに点を書き加える。
さらに、
11、12、13、14、15
と最初からやる。
こんな風に、30まで点を打ち続けると、それぞれのタイルに6個ずつ点が打たれることになる。
あとは白いタイルに書き込まれた点 (各タイルに6個、それが3枚分) を数えれば、18、となる。
なかなかオリジナリティーあふれる解き方よね。
打ち間違いや、数え間違いが頻発しそうな解き方で、決して推奨はできないけれど。

いずれにせよ。
これじゃーだめだな、と思った。
そもそも問題用紙に、「自分で30枚のタイルを描いてみよう。それから白いタイルの数を数えてみよう」 とヒントが描いてある。だからほとんどの子はタイルの絵を描き、白いタイルの数を数えて、それでおしまい。

算数の問題を考えるために絵を描くのは大切だけれど。
絵を描くことで、どんな風に考えれば良いかを考案し、数式を導きだしてこそ、応用力が付くというもの。そこまでの作業を、ほとんどすべての子が全然できてないように見えた。

つまり、ほとんどの子は、

□□□■■□□□■■□□□■■□□□■■□□□■■□□□■■

こんな風に絵を描いて、数を数えてるだけ。
そうじゃなくって、

□□□■■|□□□■■|□□□■■|□□□■■|□□□■■|□□□■■

上のように、5枚を1セットとして考え、割り算や掛け算を使えば解けることを自分で導き出し、数式にできるかどうかが、この手の問題のカギだと思うだけどなあ。

え? うちの息子は解けてたか、って?
ぜーんぜん。

そもそも。
問題文の英語自体がまったく分からず、ぼーっと座ってました。
あまりにたいくつだったのか、別の日本人の生徒のところに立ち歩いて行き、おしゃべり。
しっかり先生に注意されてました。あーあ。
先生なりに息子にも一生懸命解き方を教えてくれてるんだけど、その先生の英語自体を息子がまったく理解できてないようなのよね。
どうしたもんだろ。

ボランティアに入ってみて、よその子の勉強の相手をしつつ、ちらちらと息子を観察してる。
ようやく、いかに息子が、まったく言葉が分からないままに、授業を受けてるかが、よーく分かったよ。先生がどんなに気を掛けて説明してくれても、説明してくれている英語がこれまた分からないんだもの。
どうしたらいんんでしょうねえ。

変わる算数

先日、「線分、半直線、そして直線」 というエントリーにも少し書いたけど、とにかく息子の算数の宿題には、

「どんな風に解いたのか、図や文字や数字で説明しなさい」

という問題が多い。
英語ができない息子は、結局、ひたすら 「図を描く」 ことになる。
掛け算や割り算、足し算や引き算の意味も分からず、問題文の中の数字を適当に足したり掛けたりしがちな息子にとって、これは 「問題の意味を理解し、計算の意味を考える」 のにすごく良い訓練になっているなあ、と常々思っていたのだけれど。

実はこの教授法、先日のワシントンポスト紙によると、この国でも新しい取り組みということらしい。

例えば息子はこの国の現地校3年生で、掛け算を習った。
3×6とか、4×2とか、そんな計算をするたび、絵を描くよう徹底して指導されていたようだ。

***
***
***
***
***

とか、

****
****

とか。

「アメリカって、掛け算の九九とか覚えないんだなあ」 などと私は勝手に思っていたわけだけれど、実はそうでもなかったらしい。
ワシントンポスト紙によると、アメリカでもちょっと前までは、

3 times 5 is 15

とか、

4 times 2 is 8

とか、記憶に頼っていたというのだ。
なーんだ、そうなのか。

もう一つ、同紙が例に挙げていたのが、2桁の足し算。
例えば、42+34、という数式があったとする。日本ならば迷わずこれだ。

  42
+ 34
------
  76

アメリカでもこれまで上記のようなアプローチで教えていたのだが、最近は多くの学校でこんな風に教えているという。

 2+
4030  2+4
70  +  6 =

なるほど。
確かに筆算の意味もよく考えずに問題を解いている子の多くが、筆算で、4+3 を計算する時、
実は 40+30 なんだということを理解してなかったりする。
はっきりいえばうちの息子はその典型。(ため息)。

これらの新しい教授法は本来、記憶や計算練習を重視した教授法から脱却し、生徒たちが絵を描いたり、実際にモノを動かして考えたり、工夫したりしながら創造的な解き方を探すよう手助けすることで、中学や高校に進んだ時に数学という概念をより深く理解できる子を育てよう、というような目的で導入されたという。
この趣旨、私としてはすごーく納得。

ところが、今回のワシントンポスト紙によると、これらの新しい教え方に対する保護者からの批判が結構すごいんだそうだ。
1000人の署名嘆願が集まっちゃったり。
新しい教え方に異議をとなえるサイトができちゃったり。

着実な計算力、そして、それを支えるための九九などの記憶か。
記憶をあえて排し、数字や計算の意味を理解し、自分で考える癖をつけることか。
いや、どっちも大事、ってのがホントなんでしょーけどね。
(そういえば、日本でもあるものね。100マス計算や公文式の功罪をめぐる議論などなど)

月曜日は学校ボランティアの日

ずっと、息子の小学校の学校でボランティアができないかな、と思ってきた。
息子から、断片的に聞こえてくる学校の話はどれもおもしろい。

「毎朝、『忠誠の誓い』ってのをやるんだよ。United of America のところだけ、いつも聴き取れるんだけど、あとは分からない」 とか、
「先生が黒板の前で全員に説明するような授業は、算数だけ。あとはみな、別々のことをやってて、Done? (終わった?) とか聞かれるの」 とか、

気になる。
私も見てみたい。
いったいこの国の小学校って、どんな授業風景なんだろう。
子どもたちはどんな風に学んでいるのだろう。

新聞記者の立場で学校を見学しようと思ったら、日本国内だって、申し込みだの親の許可だの何だのって結構面倒だ。ところが、「生徒の親」 の立場を利用したら、誰に文句を言われることもなく、堂々と、それも感謝されながら、学校に出入りできるというわけ。
現地の教育に興味のある私が、これを使わない手はないのだった。

しかし。
問題は、今の私が忙しすぎること。
息子が学校に行っている平日午前9時〜午後3時。カレッジだ、合唱だ、英会話だと、あれこれ詰め込みすぎて動きが取れない。
それでも、1週間の予定を1時間刻みで書きだしてみたら、見つけたぞ!
月曜日の朝9〜10時半が空いている。

早速、息子の担任、ドーブリッジ先生に手紙を書いた。
「学校のことをもっと知るためにも、ボランティアをさせていただけませんか? 息子がこの学校に慣れるのを支えるためにも、私自身が学校のことを知る努力をしたいんです」
いかにも優等生ちっくな手紙に、我ながら満足。
本音は、「親の立場を利用した学校取材」 なんだけどね。

ということで、本日初めて行って参りました。学校ボランティア。
最初は、噂に聞いていたコピー取り。
渡米前に聞いた時は、「アメリカでは、教師が親にコピー取らせるの???」 とびっくりしたものですが、不思議ねえ。こっちに来てみれば、なぜ日本にいた時、そんなことに抵抗を感じたのかすら思い出せないわ。

「これはホッチキスで止めたのを7部、これは一部ずつ、この紙は全部で23枚、おねがいします」 とドーブリッジ先生に頼まれ、いそいそとコピー室へ。ほかのボランティアママに手取り足取りコピー機の使い方を教えてもらい、これは難なくクリア。
次は、図形の絵と名前を書いた紙を色画用紙と一緒にラミネートしたものを渡され、「もう1セット作ってもらえます?」 だって。
コピー室に戻ると、おおお、ラミネートする機械があったのだった。これまた別のボランティアママに教えてもらって、あっさり完了。
この手の工作ちっくな作業は、実は私、かなーり得意なのよね。

このあたりでもう、私、楽勝ムード。
「何でも来い、ガハハハハ」状態の私に、次にドーブリッジ先生が頼んだボランティアは……。

「アーロンという生徒のリーディングを見てやってもらえます?」

は? リーディング?

「アーロンはこの本に今取り組んでます。このページの内容について、アーロンにいくつか質問してやってください。アーロンがうまく答えられないようなら、内容を吟味したり、必要なら、数ページ前まで戻ってないようを確かめたり、そうやって本の中身の理解を深めさせてやってくださいな」

がーーーーーん。そんな、いきなり。
なにしろ私、アーロン君とは初対面。
アーロン君の本とも初対面。
アーロン君の本の登場人物とも、もちろん初対面。
話の中身、全然分からないのに、何を質問すればいいの?

とりあえず、やってみた。

私 「ハ〜イ、アーロン、よ、よろしくね」
ア 「ハーイ……」
私 「じゃ、始めよう。え〜っと、このお話、主人公は誰?」

(仕方ないよね、話の筋が分からないんだもん)

ア 「このネズミ」
私 「なるほど。で、このページでは、このネズミ君にどんなことが起こったの?」

アーロンはしばらく考え込んだあと、一言。

ア 「別のネズミにラブしたの」

…………。

LOVE の単語にしばし頭が凍る私。
ネズミのラブ。いったいどんな恋なのか。
さらに、どういう質問をすればいいわけ?

「で、告白はしたの? まだなの?」 じゃあ、性急だよな。
「相手のネズミさんは、どんな娘さん?」 は、何かオバサン臭い。

焦っていたら、アーロン君、正直にこんなことを打ち明けた。

「でも、僕、このページ、まだあんまり読んでないんだ」

心の中で歓声を上げる私。
でも表情はあくまで冷静に。
にっこり笑顔で私は言ったわよ。

「OK、アーロン。一緒に声を出して読んでみましょ〜」

2ページ、音読したところで授業はお終い。
めでたしめでたし。
でも、ここだけの話、音読してみたところで、登場人物のネズミが多すぎて、話の筋はまったく分からなかった。
まいったまいった!

最後は、何人かの子に、「じゃあね〜。また来週来るよ」 などと調子よく声を掛け、学校を退散。
ああ、おもしろかった。

コピー室と教室を言ったり来たりだったので、ゆっくり授業を見学できたわけじゃないけれど、息子の言う 「算数以外は、みなてんでバラバラなことをしてる」 は本当みたい。リーディングだって、レベルによって取り組んでる本も違うし、息子たち英語ができない生徒3人はさらにまったく違う課題をやっていたし。
先生はそれぞれの子のところを転々とし、その場その場で指導をしてる。
息子によると、お母さんボランティアはこの指導の一端を担うことも求められているだそうだ。
学校内を歩き回っていて、たくさんのお母さんボランティアとすれ違った。
コピー取りから教材作りから授業の指導分担まで、ボランティアの力の大きいこと!

そんなわけで初日は無事終了。
今朝は息子も張り切って登校してくれて、そんな姿を見ただけでも、毎週頑張るぞ、と勇気が沸いてくるってものだ。

もっとも、帰宅した息子には一言文句を言われた。

息子 「母ちゃん、俺に声をかけないまま、ほかの子とかに声をかけて、帰っちゃったでしょ」
私   「あんたに声をかけたら、なんかヒイキみたいじゃん。あえて声をかけなかったのよ」 
息子 「ほかのお母さんたちは、自分の子どもにだけ声をかけて帰るんだよ!」
私   「うそっ。それで、ヒイキとか言われないわけ?」
息子 「それどころか、ボランティアに来るたび、自分の子どもを抱きしめてるよ」
私   「……。それ、今度、母ちゃんやろうか?」
息子 「それは、やめてよ」
私   「じゃあ、投げキッスとか」
息子 「それもダメ」
私   「両手でちぎれそうになるくらい手を振るとか」
息子 「……片手でいいよ」

あ、そーですか。
しかし。
教室ボランティアとして登場し、自分の子どもをハグしちゃって良いんですか。
やっぱり、何でも体験してみるに限りますなあ。
これから毎週月曜日、アメリカの学校探検が楽しみな私です。

息子が取り戻した消しゴム12個

「母ちゃん。学校で消しゴムがさ、なくなるんだよ。誰かに盗られてるんだと思う」
息子が最初にそう言い出したのは、たぶん1カ月くらい前だった気がする。
アメリカには、エンピツにつけるキャップ型のカラフルな消しゴムというのがあって、何色も入ったのを文具店で売っている。
「クラスのみんなが持ってるのを見て、ほしいなーと思うんだけど、買ってくれる?」
息子が米国に来て最初にねだった文具が、これだった。
「文具は日本のに限るなあ」  などと言うことが多かった息子が、初めてアメリカの文具に興味を示したのがなんとなくうれしくて、あっさり買ってやったのが1カ月前。
それ以来、一つ、また一つと机の中から消えていくんだという。

「だからアメリカは嫌なんだ」 などと息子が言い出すもんだから、「日本だってよくある話しじゃない〜」 などと焦って言いなしたら、「俺は日本ではモノを盗られたことはないっ!」 と息子は断言する。 
なまじ日本で友だちに恵まれていた息子だから、何か嫌なことがあると、全部 「アメリカ」 のせいにしちゃいそうで、とっても心配なのだった。

そんなある日、息子は言った。
「俺、消しゴムを盗る奴、だいたい分かってきた。わざと消しゴムをちらつかせたら、ずっとこっちを見てて、こそこそと友だちと俺の名前を言ってたもん。明日はあいつを、1日じゅう、監視してやるんだ」
なんだか最初から敵対ムード。
穏やかじゃないなあ。
大丈夫なのかしらん。

そしたら翌日。
学校が終わって、お迎えの私の車に飛び込んできたと思ったら、ポケットの中から何やら出して、得意満面に言う。

「返してもらったよっ!」

手のヒラにはなんと、消しゴムが8つ。
息子の話は、こんな感じ。

「算数の時間に、俺、ずーっとアイツの行動を見てたんだ。そしたら、別の子の机の上から消しゴムを盗る瞬間を見ちゃったの。それで、英語しゃべれないけど、どうしたらいいかな、って考えて、ドーブリッジ先生のところに電子辞書を持っていって、アイツを指さしてから、『消しゴム』 と 『盗む』 って文字を辞書で探して見せたの」

先生はその子をすぐ呼び出し、事情を聞いたらしい。
その子は絶対にやってないと言い張ったけれど、2人組の片割れが全部正直に離し、その子も認めたんだそうだ。
で、その場で戻ってきたキャップ消しゴムの数が、なんと8個。
「まだ家にあるから、明日持って来てくれるんだって」
息子は実にうれしそうだ。

彼の喜びを分析するに、
「消しゴムが戻ってきた」 が5割。
「英語が話せなくても、なんとかなった」 が4割。
「先生がちゃんと信じてくれた」 が1割。
というところかなー。

息子に言いたいことは、実は色々ある。
「消しゴム」 くらい、辞書を使わなくても、既に知ってる単語だろ、とか。(完璧主義の息子だから、完璧を期したかったんだろうことは、容易に想像つくけどね)。
辞書を駆使してでも意思表示する気持ちがあるなら、誰かと友だちになるとか、もっとポジティブな場面でその努力をしろよ、とか。

それでも。
息子の性格を考えると、本当に緊張しながら、迷いながら、先生に告げに行ったのだと思う。
単に自分のモノが盗られたからじゃなく、クラスメートの消しゴムが盗られてるのを見て行動に移したことも、うれしい。
何より。
どんなささいなことでもいい。
少しでも自信を取り戻してもらえるなら、それはやっぱり息子にとっては貴重なステップなんだろう。

翌日。息子はさらに消しゴムを4つ持ち帰った。
その子が直接届けてくれたんだって。
息子は12個の消しゴムを、今はしっかり家で保管している。
現地校に行き始めてもうすぐ4カ月。
いまだ英語で友だちと会話する気配のない息子の、長い長い道のりの中での小さな出来事なのだった。


ハグと日本人

相変わらず、日本人のクラスメートとべったりくっついたまま、現地校でこちらの友だちを作れずにいる息子。
昨年末、業を煮やして、「どんなもんでしょーか」 と、担任のドーブリッジ先生に相談したのだった。そしたら、ドーブリッジ先生も、日本人男児がいつも固まり、ほかの子と交わらない状態を案じてはいたらしい。

「年が明けたら席替えをして、誰か面倒見がよくて、息子さんと友だちになれそうな子を息子さんの隣に座らせ、何かの作業のたびに2人組でやらせるなど、自然と友だちができるように工夫してみますね」

と言ってくださった。

さて、我らがドーブリッジ先生が、息子との 「カップリング」 相手として選んだのが、ジェイコブ君。ドーブリッジ先生曰く、「すごく sweet な少年」 なんだそうだ。
焦りは禁物、と3週間ほど待ってから、先日、息子に聞いてみた。

私  「ところでさ、最近、席替え、あった?」
息子 「あったよ」
私  「隣は何て子?」
息子 「ジェイコブ」
私  「で、どうなの? どんな子?」
息子 「気持ち悪い」
私  「……は???」
息子 「なんかさ。すぐ抱きついてくるんだよ。女子にも抱きついたり。この前はアヤンナに抱きついてた」
私  「で、アヤンナは嫌がってた?」
息子 「……。いや、別に嫌がってなかったけど」

ああ、なんということ!
きっとドーブリッジ先生に、「英語が分からない日本人のクラスメートに優しくしてあげてね」 と言われたんだろうジェイコブ君。言葉のいらない愛情表現として、一生懸命、ことあるごとに息子をハグしてくれたに違いない。
それなのに。
ハグ文化に慣れてない息子は、いきなり抱きついてくる言葉の通じない相手に、戸惑い、違和感を拭えず、「気持ち悪い」 と思ってたというのだ。

がぁああああああ〜ん!!

まさに、カルチャーギャップだよなあ。
確かに、日本の教室で、所構わず男女構わず相手に抱きつく子がいたら、間違いなく、気持ち悪がられるもんなあ。

とりあえず、息子に ハグ について少し説明を試みた。
ジェイコブは、言葉のわからない君に、どうやったら優しい気持ちが伝わるか考えた末、そうやってハグしてくれてるんだと思うよ、と。
さらにカルチャーギャップについても。

曰く、
この国では、学校に見送りに来たお母さんたちは、誰も子どもに人前で平気でキスするでしょう?
あんたと母ちゃんとは、家ではハグしても、人前ではしないよね? ましてキスなんてしない。
それぞれの社会によって、それぞれの国の人たちによって、何を大事に思い、何が良くて、何がいけなくて、何が好まれるかは違う。それを文化というの。
外国に暮らしたからといって、別にその国の文化に同化しろ、なんて思わないけれど、逆に自分たちの常識だけが正しいんじゃない、ってことはお互いこの国で覚えて帰ろうよ。
お互いの文化や考え方の違いを大事にしながら上手に仲良くなっていこうよ。

とりあえず、私としては、息子に過度に assimilation しなくて良い、ってことも伝えたいが、それ以前に、絶対に ethnocentrism には陥らないでほしいのだ。
(この2つの単語、社会学の授業の予習に出てきた。ははは)

しかし。
まいったなあ。
ドーブリッジ先生に、正直に全部伝えてみるか。
日本人のハグ観ゆえ、ジェイコブの愛情表現を 「気持ち悪い」 と思ってしまった息子と、それについて家で話し合った内容とを説明した上で、「長い目でフォローよろしく」 と手紙でも書いてみるのが良いのかなあ。

ふと思う。
息子の隣で、愛すべきジェイコブ君は、ハグしても無反応な息子のことをどんな風に受け止めてるんだろうか、って。
あーん、ごめんね、ジェイコブ君。