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アメリカの学校登校もあと4日

息子は金曜日からいよいよ夏休み。
……ってことは、4年近くに及んだ息子のアメリカ学校生活も、残すところあと4日、ってわけだ。

子どもの記憶というのは便利にできていて、息子によると、もはや、「英語が全然分からなくて不安だった日々」 はうまく思い出せない、という。
こっちは、「英語がたいして分からなくて、苦労する日々」 が現在進行形だというのにさ。

偶然同じクラスにいた日本人の生徒と、ピタリと一緒に過ごして、一言も英語をしゃべろうとしなかった最初の1年。渡米から半年たって、最初の野球練習を迎えた日、初めて息子は、「日本で、日本の仲間と、ずっと野球を続けたかった。アメリカになんて来たくなかった」 と泣いたんだっけな。

日本人の友だちとクラスも離れ、ほかのお友達も少しずつできた2年目。野球ではトラベルチームに入り、厳しい競争社会の中、英語が分からないなりに必死で戦っていたっけ。

周囲の日本人のお友達がみーんな帰国してしまって、日本人のお友達とほとんど遊ぶことがなくなった3年目。アメリカが長い日本人の友だちと遊ばせても、気付けば英語で遊んでいるようになってしまった。中学受験と野球と現地校の勉強との両立に、分刻みのスケジュールをこなしてたんだっけ。

そして今。
学校でどんな様子かは想像するしかないけれど、野球仲間と一緒にいる息子は、この4年間で一番、リラックスして見える。ジーンコーチの、あの大らかでユーモアたっぷりの指導のお陰もあるんだろう。

野球チームの中にいる息子の姿は、この4年間、たっぷりと傍らで見守ってきたから、その変化がよーく分かるんだ。
ずっと内向的な性格のためだと思ってきたことが、実は言葉の壁のせいだったんだな、と今さらながら親として気付かされてる。

今、息子は、野球チームの中で、たぶん、誰より大きい声を出す。
積極的なプレーもぐっと増えた。
実はチームメートにも、つまらんことを言われたときには、しっかり言い返してるみたいだ。
コーチに、「今日の試合で投げたい人は?」 などと聞かれたら、「俺!」 と手を挙げてるらしい。
おいおい、あんたって、ほんとはそんな性格だったんだっけ?

言葉が分からない状態、あるいは、聞き取れなかった部分もあるかも……とか聞き間違えてるかも……という不安から解放されると、息子はこんな風になるんだなあ、と、ちょっと驚いている。

内向的な性格は、オリジナルなもので、英語とは関係ないと思ってた。
いつもオドオドして見えるのも、性格なんだ、と。
だから、「言葉の分からない国につれてきた親のせいじゃあないぞ」 と思ってた。
「日本にいたって、オドオドしてたじゃん」 と。
「英語のせいじゃないよ。あの子の性格なんだもん」 という言葉、夫婦で何度交わしたことか。

でも、やっぱり、「言葉が分からない」 ということは、個人差こそあれ、子どもにとって大きいことなんだなあ。
……と当たり前のことを、いまさらながら、こっそりと痛感している。
あるいは、アメリカでの4年間の体験が、極めて内向的だった息子を、少しずつ変えていった、ってことなんだろうか。
あるいは、思春期に入り、オドオドすることを恥じて、そうじゃない自分を探し始めた、ってことなんだろうか。

いずれにしても。
この微妙な年齢で今度は日本に戻って、日本の学校に通うことになる息子が、再び経験する大きな変化を、うまく乗り切ってくれることを祈ってやまない。
もはや、4年前みたいに、ぴたりと寄り添ったり、手助けしたり、根回ししたり、そんなことをしてやるべき年齢でもないもんね。

がんばってくれ。
あたしも、4年ぶりの日本、4年ぶりの会社員、4年ぶりの新聞記者に挑戦してみるから。

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「四捨五入して50歳」 か 「teenager の母」 か

5月5日が息子の誕生日なのだけれど、5日はあまりに忙しい日なので、4日のうちに家族でお祝いした。
「誕生日ケーキ、何がいい?」 と尋ねたら、息子は即答。

「抹茶ロールケーキ」

ああ、相変わらず、渋すぎる趣味だこと……。

そんなわけで、抹茶ロールケーキを焼いた。
私の誕生日には、丸いスポンジケーキにイチゴにチョコクリーム、という、典型的なお子様誕生日ケーキを焼いたというのに、なぜか息子の誕生日には、抹茶たっぷりのお砂糖控えめ、緑色のロールケーキだもんね。

そんなわけで。
いよいよ私も、teenager の母、という未体験ゾーンに突入したわけだ。
アメリカにいると、12歳から13歳になるタイミングって、とても特別な意味を持つようで (何しろ、teenager という言葉があるくらいですから)、あっちこっちで、「とうとう、あんたも、teenager の母になるのねえ」 などと笑われる。
「イバラの道へ、ようこそ」 みたいなニュアンスで。

四捨五入したら50歳突入、という自分の45歳の誕生日以上に、
teenager の母になる、という息子の13歳の誕生日のほうが、
今年は妙にインパクトがあったなあ。

息子が保育園を卒園する際に、同じ学年のお父さんが作ってくださった記念のDVDがあるのだけれど、今夜はこれを家族で見て、息子の成長にしみじみし、さらに、なぜか、「男はつらいよ 奮闘編」(第七話、かな) も見た。
1971年公開の映画。
冒頭のシーンでは、息子とわずか3歳しか違わない若者が、ふるさとの親元を離れ、集団就職列車に揺られて東京に向かっていた。

6年後、息子にさっさと家を出て行ってもらえるように、それを目標に、あともうちょっと、子育てするか……。


息子が 「ベイビーパッカー」 を読む日が来るとは

息子が、「アメリカなう。」 を読みながら、ガハハガハハと笑っている。
そうか、面白いか? ねえねえ、どこが面白い?
うれしくなって、そう尋ねたら、息子の答えは……。

「俺が出てるところと、イラスト」

ちぇっ。
そういうことか。

ならば、とふと思いついて、別の本を薦めてみた。
「あんたが登場する本、といえば、むしろ、こっちのほうが露出度大きいよ」

ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅
(日本評論社、2000年)
もはや、品切れ重版未定、という名の絶版状態。
図書館でしか手に入りません。
わが家にも、ほんの数冊残るだけ。
(ありえない話だけど、自分でイラスト描かされた)。

息子は早速読み始めた。
オトナ向けの本でも、小難しい本じゃなければ、漢字も苦にならない歳になったんだなあ。
「こりゃ、面白い。俺がずっと出っ放しだ」 だって。
アホか、そもそも、あんたとの旅行記なんだから、当然だろ。

でも。
スペインを息子と2人で旅行したのは、もう12年以上も前になるんだなあ……。
あと1週間で、息子が13歳だなんて。
冗談みたいな話だ。

あの本を書いたときの私って、出産するまでずっと会社人間で、仕事大好きで、それが出産でキャリアが寸断されるようで、いきなりの育児休業にも焦るばかりで、夫ばかりが仕事を楽しんでいるように見えて、その不公平さに余計にストレスためちゃったりしてたんだよなあ。
それで、ええい、ええい、絶対に夫をうらやましがらせてやる!!! ってそれだけのために、スペイン3週間の旅に出かけたんだったっけ。

旅の中で少しずつ心がほどけて、
自由になって、
子どもがいるからできないことがあるように、
子どもがいるからできることもあるんだ、ってことを、
すんなりと納得できるようになって。

あれが、私の子育てと仕事の両立の、原点になったんだっけなあ。
うわあ。えらい昔話みたいで、ちょっと焦る。
あれから12年。
気付けば、今度は夫の転勤を機に、会社を辞めちゃってるなんて。
あの時の私は、そんなこと、全然想定してなかったもんね。

実は、私のもとには、最近でもポツリポツリと、この本を読んだ読者さんからメールが舞い込むの。
「子どもを生んだばかりの身には、本当に勇気と元気のわいてくる本でした。ネットで検索して、ブログを拝見したら、本の中では赤ちゃんだった息子さんが、今はもう中学生? なんかものすごくビックリしました」
みたいなメール。
ほんとだよね。
私も、なんか、ビックリだ。

生後6ヶ月の赤ん坊だった息子が、13歳を迎える1週間前に、この本を読んでるってこと自体に、
なにより、ビックリ、なのだ。

「穴 (Holes)」、再び

以前のブログで、ルイス・サッカーの 「穴」 について書いたことがある。
それが、これ

6年ほど前に読んだ本なんだけど、ちょうどその頃、息子は6歳。
「いつか、息子に読ませたいなあ」 と思ったのをよく覚えている。

そしたら、まあまあ。
息子が、現地校の中学校の英語クラスの課題図書として持ち帰ってきた。
私はすっかり舞い上がり、これがいかにすごい本で、へたに日本語訳で読むより原書で絶対に読むべき本で、学校の課題図書だからとかそういう理由ではなく、じっくりとこの本を楽しんでほしい、と熱弁をふるってしまった。
で、後になって、思い切り後悔!!!

だって、子どもというヤツは、ここまで親が口を出すと、逆に、その本を放り出しちゃうもんだ。
だから、熱弁をふるった後、あああ、いらんことをやっちまった、と自分の軽率な行動を恥じ、後悔したんだんだけど……。

さすがはルイス・サッカーの魅力!
母親のおせっかいの壁を乗り越えて、いつの間にやら、息子はこの本に夢中で、今や通学路を歩きながら読んでいるらしい。
アメリカに来て3年たった今も、読書は基本的に日本語がメインの息子にとって、ここまで英語の本を夢中になって読むのは初めてじゃないかなあ。

でしょ、でしょ、夢中になるでしょ?
日本語訳でなく、原書で先にこの本に出会うことができた、ってだけで、
あんた、アメリカに来た甲斐があるってもんよ。

となれば、母ちゃんの野望第二弾!
息子がアメリカにいる間に、「Whale Talk」 を読ませてみたい!

ちなみに、この本について書評を書いたブログは、これこれ

今にいたってなお、私の中では、ヤングアダルト本のナンバーワン、なのよね。
これだけは、息子が逃げ回ろうと、縛り付けてでも無理矢理に読ませてみたい~、と心底思うほど、息子に読ませてみたかったんだ。
こっちは英語じゃなくてもいいぞ。
日本語訳、金原瑞人さんの文章、最高だから!

内容は、人種差別あり、児童虐待あり、かなりハードだけれども。
アメリカに暮らして、白人が半分以下しかいないような多民族な中学校に、自らも一マイノリティーとして身をおいているんだからこそ、読み取れることだってあるはず。
だから、アメリカにいるうちに、読んでほしかったんだ。

あと半年。
いらぬお節介はせず、でも上手に、この本に導く作戦を立てようっと。

崩壊する日本語2

どうも忙しくて、ブログが全然書けない。
息子の野球モノは、秋シーズンのメインイベントがまだ書けてないし。
私のカレッジは、選挙キャンペーンのテレビコマーシャルをテーマにしたレポートの話がまだ手付かずだし。
息子の受験やら、昨日ようやく飾ったクリスマスツリーの話なんかも、いつ書けるのやら。

でも、とりあえず、短いのを1本。
再び、崩壊する日本語……。

算数の問題を解いていた息子が、突然、こんなことを言う。

「母ちゃん。ほんとに、ワビさんって名前、日本ではよくあるのかなあ?」

「は? ワビさん? いや~、聞いたことないねえ」

「でも、算数の問題に、やたら出てくるんだよな。この、ワビさん、って人」

息子の問題をのぞきこんだら、そこにはこんな文字が……。

和美さん。。。

息子よ、これは、カズミさん、と言うのだよ。
ああ、第一志望の中学受験まで、あと20日。

崩壊する日本語1

いきなり、シリーズ化決定。
息子の、崩壊する日本語。
崩壊の仕方にもたぶん、個性があって、実に息子らしい崩れ方をしているようで。
どうせ日本語が崩壊しつつあるなら、それを憂うだけでなく、いとおしんでみよう、という企画。

昨夜の会話。
最近の日本は、なかなか就職先が見つからないんだよね、というような話を親子でしていたときのこと。
それなりに危機感を持ってる息子が、いう。
「しかし、どうすれば、就職先って上手に見つけられるのかなあ」
うーん、どうかなあ。
「とりあえず、自分の持ち味を上手に伸ばすことなんじゃないの? 他との差別化。たとえば、あんただったら、あらためて留学するとか?」

息子は、びっくり仰天。
「り、りゅうがく? なんかみっともなくていやだな。ってか、それでどうして就職できるわけ?」
私も、びっくり仰天。
「留学って、みっともないか?」
息子はひとこと。
「だって、1年、学年を落とすんでしょ?」

……あんた、それは、留年です。


それから数時間後。
同じ日の夜。

あんまりバカなことを行って親を笑わせるもんで、息子に、「あんた、そういう才能を何かに生かせればいいねえ」 といったら、息子がぼそり。

「やっぱり、俺、マージャン師を目指すかな」

え……。マージャン師? 麻雀師?

「ほら、なんか人前でいろいろやる人たちのこと、マージャン師って言うじゃん」

もしかして、マジシャンとかの間違い?

「ほら、ギャグとか言う人!」

あああ、あんた、それは、たぶん、漫才師!
漫才師は、いわば言葉のマジシャンです。
マージャン師、とか言ってるようでは、なかなか難しいんではないかい?

日本語の崩壊、まだまだ続く。

「悪人になっちゃうよ」

暑い。
歴史的な暑さ、らしい。
先週は、華氏100度を軽く超え、一説には104度だったとか。

計算してみると、
(104-32)÷9×5=40

せ、せ、摂氏40度???


そんなわけで、結構ダレダレ気味な毎日。
おまけに、ちょっとしたコーチ陣の手違いもあって、予定されていた息子の野球のトーナメントがキャンセルされ、この2週間、野球は週2日の練習だけの日々。
もっとも、摂氏40度の中、ラジオが 「危険だから外を出歩かず、クーラーつけて Stay Cool !! 」 なんて叫んでいるさなかにも、野球の練習だけは淡々と行われるわけで、それはそれで大変なのだけど。

いずれにしても、こうも野球の試合がないと、どーも、気持ちがだれる。
息子は、私以上にそうらしく (当たり前か)、「あーあ、なんか人生ぱっとしないよな」 なんてうめく。

昨日も、「なんかさ。ほんと、つくづく、色々なことが嫌になってきた」 とか気分でいう。
「こうも暑いと、ストレスたまるし、野球はないし、つまんないし……俺、このままじゃ、大人になったら悪人になっちゃうよ」
とも。

野球の試合がちょっとないだけで、なぜ人間が長じて 「悪人」 になってしまうのか、よくわかんないんだけど、息子は大真面目に言うのだ。

若干日本語のニュアンスが変だぞ、と思いつつも、真意を知りたくて、
「悪人、ってなによ。悪人って、どんな風になるわけ?」 とつっこんでみたら。
息子の答えがこれ。

「そりゃ、ぬすっととか、人斬りとか」

もはや、「なぜ野球がないと人斬りにつながるのか」 なんて根本的な問題以前に、「あんたにとって、泥棒とか、人殺しとか、そういう語彙よりも、ぬすっとや人斬りという日本語のほうが身近なのかい?」 と驚いた。

あかん。
こりゃ完全に、「龍馬伝」 (最近、韓国系ビデオ屋で海賊版DVDを借りてみているのだ) の影響だ。
「人斬り伊蔵」 が拷問されてるシーンを見たばっかりだしなぁ。

昔、子どもの日本語維持のため、と時代劇もののマンガを子どもに読ませていたら、子どもがいつの間にやら、「拙者は○○でござる」 というような日本語を使い出した、という話しを聞いたことがあるのを思い出した。


同じ棺(ひつぎ)に

息子との会話の一場面。

私 「子どもはね。1日でも長く、親より長生きするの。それが一番の親孝行」
息子「でもなあ。やっぱり、母ちゃんが死ぬの、嫌だなあ」

ところが、しばらく悩んでいた息子、ぱっと表情を輝かせたかと思うと、

「俺、すごいいいこと、思いついた」 という。

息子の思いついた 「すごいいいこと」 というのがコレ。

「同じ日に死んで、同じ棺(ひつぎ)に、遺体を並べようよ!」

……………。

親の都合で外国に連れて行かれた子どもというのは、一時期、親に頼らなければ生きていけないという事情もあり、よく言えば素直、悪くいえば、精神的に幼い、とよく言うけれど、ほんとにそうなんだなあ。
12歳の、思春期前期の、もうすぐ声変わりだって始まるだろう少年が、まだ、こういうことを言うんだなあ。

おまけに、ビミョーに日本語がヘンだと思いません?

こういう会話では、「棺おけ」 とかもっと口語的表現を使うべきであって、
「棺(ひつぎ)」 だなんて、ちょっと会話にはなじまない。
そもそも、どこでそんな日本語覚えたんだろ。
と考えてみたら、あれだ、数ヶ月前、ほとんど中毒のような状態でむさぼり読んでいた 「ダレン・シャン」 のシリーズ (吸血鬼になった少年の成長物語)。
たしかに、あの小説には、「ひつぎ」 だの、「遺体」 だの、出てきたもんなあ。

忘れてしまったら、ちょっともったいないので、ここに書きとめておこう。
いつか、息子が思春期の嵐に突入した時にでも、こっそり一人、思い出し笑いができるように。

状況に結びついた言語

先日、我が家でホームパーティーをした時、一つ発見があった。
我が家よりアメリカ暮らしが長い日本人一家のお子さん (うちの息子より年下で、両方とも小学生)と息子が遊んでいる時、もはや言語は英語になっている、ということ。
もっとも、お友達宅では、兄弟がいることもあって、もはや兄弟の間での第一言語は英語になっているらしく、その子たちと遊ぶと自然と英語が主になり、息子もようやくそれについていけるようになった、ということなのかもしれない。

でも少なくとも、我が家では日本語で会話しているし。
息子が本を読む時は、英語より、日本語のほうが、早いし、理解度も深い。
学校の話をする時に、単語に英語が混じることがあっても、少なくとも息子の場合、第一言語は日本語であり、そこはもう、揺るがないものだと思ってた。

あとで息子に聞いてみた。
「あんた、○○君や▽▽ちゃんと遊ぶ時、英語でしゃべってたんだって?」
そしたら息子は、
「あー、そうかも」
だって。

「でも、日本語のほうが楽なんじゃないの? 英語のほうが遊びやすいわけじゃないでしょ?」 と尋ねると、面白いことにこんな答が返ってきた。

「うーん。よく分からないけど。
何かを説明したりする時は日本語のほうが楽。
でも友達と遊ぶ時は英語かなあ」


なるほどなあ。
結局、もはや日本人の友達すらいなくなった学校では、ずっと英語で暮らしているわけで、「遊ぶ」 というシチュエーションは常に英語と結びついているんだろう。
だから、「英語 = 遊ぶ時の言葉」 で、「日本語 = 遊び以外で人と話す時や本を読む時の言葉」 となってきているのかも。
言語というのは、状況と結びついて切り替わるものなのか。

よくよく考えてみれば、息子の英語は、遊びや野球だけと結びついているから、いわゆる理念的な語彙がまったく増えていかないんだなぁ。
逆に言えば、英語環境が、遊びと野球だけに制限されているから、思ったほど息子の日本語は衰えていかない、とも言えるんだろう。
やっぱり子どもの言語習得ってほんとに面白い。

渡米して最初の1年間、息子はほとんど英語をしゃべらなかった。
日本人のクラスメートと別れて、段々と英語を口にするようになったが、自分から長々と話すことはなく、渡米2年後ぐらいでも、学校の先生や野球のコーチの話は断片的にしか分からなかったはずだ。
少なくとも去年の今頃までは、野球のコーチがしゃべることを私が息子に通訳してたんだから。

ところが、渡米から2年半が過ぎた今、語彙などはまだまだだが、日常会話レベルでは、親より英語を解するようになった。特に野球のコーチの話なんかの理解度は、私じゃもう、太刀打ちできない。
ラジオ番組を聞いている車中、こっちは分からないのに、息子だけジョークを理解して、クスリと笑うことがあって、そういう時はムチャクチャ悔しい。
日常生活でも、「今、あの人、なんて言ってたの?」 と後で息子に教えてもらうことが増えてきた。これも、情けない。
だいたい、うっかり間違いとはいえ、summer を sammer といまだに綴り間違うような子どもに、ヒアリング能力ではもはや負けている、という事実が、ほんとに腹立たしい。

もっと英語環境に身を置かねば、
さらにミジメな日々が待ってるぞ、と
焦り始めた今日このごろ。。。


「うさんくさい問題」

算数の計算問題を解いていた息子がぼそっと言ったのがコレ。


あああああ、
うさんくさい問題だなぁ!



……。
うさんくさい問題、って何だ?
しばらく考え込んで、ああ、もしかして、と思い当たった。


「あんた、もしかして、『面倒くさい問題』 って言いたかったんじゃないの?」

こうして海外暮らしの子どもの日本語は、崩壊していくのねえ。
でも、「うさんくさい算数の問題」 ってありそうな気もして、ちょっと笑っちゃった。

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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