おぐにあやこの行った見た書いた

サンフランシスコ1週間の旅

今年の夏の家族旅行は、西海岸だった。
なぜ西海岸に決まったかというと、夫婦して飲んべえなので。
「やっぱ、ナパバレーでワイナリー巡りだろ」 とどちらともなく決まったのだった。

もちろん、子連れだし、1週間、ワインのテイスティングだけでナパに沈没しているわけにもいかず、息子の意向をフルに取り入れ、立てた計画はこんな感じ。

クラゲで有名なモントレーの水族館

モントレーでアザラシやアシカに囲まれながらカヤック体験。

ナパに2泊し、ワイナリー巡り。
酒は飲まぬが、温泉大好き息子のために、ナパバレーの奥の温泉地にて宿泊。

ヨセミテ公園

サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフでシーフードを満喫。さらに、日本人街にて、ワシントンDCエリアより間違いなくレベルが高いだろう日本料理をしみじみ味わう。

まあ、なんというか、毎晩夫婦でワインのボトルを1本ずつ開けていく旅だった。
(食い物と飲み物に散財するため、ホテルは思い切りけちったので、テレビ環境に恵まれず、北京五輪は開会式すら見られなかった……)

すごいお客様

舅、姑、そして姑の妹さんの3人が、日本からやってきた。
2週間ほど滞在する予定。
彼らの渡米前、この話をアメリカ人の女友だちの誰にしても、

「ひええええ、大変じゃないのっ!」

と言われたもんだ。
何でもアメリカでも、嫁姑のバトルというのはあるらしい。
「そもそも二世代で同居する文化はないけどさ、私だったら数日で too much だなー」
などと言われる。
「そっか。嫁姑のバトルって、日本だけの話じゃないんだ。日本じゃあ、昼メロの永遠のテーマなんだよー」 と私。
そしたら、「アメリカにだって、mother in law が出てくるテレビ番組はあるわよ」 と言われた。
本当だろうか?

それはさておき。
我が家に何が起こったかというと……。

まず庭。
この春、庭師を大家さんが頼んでくれる、というので、待ちに待ったのに、突然庭師が病気になって来られなくなったり、新しい庭師を捜すのに難儀したり、新たに見つかったと思ったら夏になり雑草がものすごくて見積もりが変わったり、いまだ交渉中で、庭師が来てくれるのはいつになることやら。
そうこうするうち、我が庭には雑草が生えほうだい。
もう、どうにもこうにも手のつけようがない段階まで行ってたのだが……。

ところが、日本でガーデニングを楽しんでいる、という我が姑と姑の妹さんは、すごかった。
時差ぼけゆえに、朝4時や5時に目が覚めるのを利用して、暑くなる前に、黙々と我が庭の草取り……。
私が、「ふはははは〜」 とあくびをしながら、ベッドから起きあがるころには、庭にいる彼女たちの周囲には抜かれた雑草が高く積み上げられているのである。

……いいんだろうか。 ああ、私は長男の嫁。

さらにさらに。
彼らが来てから1度も食器洗い機を回してない。
なぜか。
だって2人が、洗ってくれるんだもん。
そういえば、洗濯機もほとんど私、回してないかも。
食事の後は、流しなんかまでピカピカに磨いてくれて、段々と台所が美しくなってきた感じ。

さらにさらにさらに。
息子。
いつもは甘えん坊で、「母ちゃん、何かして遊ぼ」 とまとわりついてくるヤツなのに、今は完全な 「じいちゃんっ子」。
夕方、陽が落ちて、涼しくなるといつもじいちゃんと2人、公園に出掛け、キャッチボールをしたり、息子のバッティングの練習にまで付き合ってくれている。
2人で毎晩、地下室で眠り、時差ぼけゆえに夜中に2人で目をさませば、人生を語り合っている (らしい)。
何でも昨夜は、じいちゃんが息子に、昔いじめられた話やら、悔しかった話など、色々と苦労話もしてくれたらしい。
普段は、夫が仕事で忙しいこともあって、どう逃れようと、「母子密着まっしぐら」 な我が家なので、これは本当にありがたい。

で先日。
みなでホームセンターに行き、60リットルの花壇の土2袋と、花の苗を10本以上買い込んできた。
お金を出してくれたのは、舅。
寄せ植えを作ってくれたのは、姑。
翌日は、みんなで早起きして (私は寝倒してしまったが……)、花の苗を植えてくれた。
ああ、これでやっと、息子のプレイデート相手の友だちたちを、胸張って自宅に招けるわー。
(これまで、あまりに恥ずかしい雑草だらけの庭だったので、人を呼ぶのを躊躇してたのです)

もう、心配なのは、姑たちが帰国した後、その花壇を維持できるかどうか、よねー。
毎月、遊びに来てくれないものかしら……。
ああ、こんな私は、長男の嫁。

初めての独立記念日

アメリカ暮らしを初めて最初の独立記念日となったきょう、7月4日。
夫も、息子も、いないのだった。
あまりに気の毒がった私の政治談義友だちのエドが、自宅のパーティーに招いてくれた。
んなもんで、生まれて初めて、カリフォルニアロールなんか作っちゃったぜ。
実は結構簡単にできることを発見。しめしめ。
(完璧だぜ、と思って持参したら、なんとしょう油を持参するのを忘れてた私。最近はミソやしょう油を自宅においてるお宅も多いらしいんだけど、エドの家にしょう油はなかった。結局、マヨネーズで食べたのだった。ちゃんちゃん。)

エドの家に集まったのは、近所の老夫婦のフィリスとディック。
それから、ボスニアから難民として13年前にこの国に来たという夫婦、セナーダとモハメッド。

エドの家は、庭も、家の中も、バルコニーも、星条旗で飾られていて、ああ、アメリカの人はこんな風に独立記念日を祝うのか……としみじみしちゃった。
私がカリフォルニアロール(ただし、しょう油なし)、フィリスが野菜スティックとディップとチップスとワカモレ、セナーダが雑穀入りのクラッカーを焼いてきた。料理上手のエドの妻エディスは、コールスローに、ポテトサラダに、マカロニサラダ、さらにマリネした鶏肉とホットドッグをバーベキューしてくれた。

しかし、今回は妙にテーブルが健康的だ。
お野菜たっぷり。カロリー控えめ。
年齢層が高いからだろうか。
それとも、思い切り民主党支持の強い青い州メリーランドの文化ゆえだろうか。

この前、ポトマック河を一つ越えた赤い州バージニアで、バーベキューにお呼ばれした時は、見事、肉、肉、肉、といった感じのテーブルだった。
だいたい、パーティーの日に、一人で3品のサラダを作り、テーブルに並べるアメリカ女性なんて、初めてみたかも。肉より野菜が主役、なんてテーブル自体、初めてだわん。

会話のほうも、実に「青い州」らしかった。
「ところで、あやこ。ブッシュって日本での評判はどうなんだい?」

そうエドに聞かれて、思わず 「うーん、難しいところを突くわねー」 と苦笑いしたら、「その反応だけでだいたい分かったよ」 とみなに爆笑された。
「日本人って結構アメリカが好きな人が多いと思うんだけど、ブッシュ大統領が好きって人はあんまり多くないかも」 と正直に答えたら、「当たり前よ、アメリカでも彼を好きな国民なんてあんまりいないもの」 ってな具合で、みんなでワッハッハと笑っていたのだった。
テーブルの料理から分かる、彼ら彼女らの民主党支持度、って感じ。

テレビをつければ、DCのダウンタウンの特設ステージで誰かが懐かしのメロディーを歌い、花火がバンバンと上がっている。
老若男女が星条旗をはためかせ、腰を振り、踊りまくっている。
なんの陰りも迷いもなく、独立記念の日を心から祝っている、という感じ。
テレビのこちら側では、私たちがみんなで中国茶を飲みながら、この国について語り合う。

来る大統領選のこと。
オバマ氏の妻の発言について。
マケイン氏に勝ち目はあるのか、という問題について。
白人警官を殺めた黒人の容疑者が、刑務所で何者かに殺された事件について。
宗教について。(エドはユダヤ人で、セナーダ夫婦はイスラム教。異なる宗教を信じる者同士が集った時、この国の人は本当に上手に、無難に、話をまとめるなあ、といつも感心するよ)。

アメリカの年に一度の大事な記念日だから。
観光気分でDCのダウンタウンに花火を見に出掛けるよりも、
こんな風に家でバーベキューをしながら記念日を祝う普通の家庭のパーティーに混ぜてもらえて、極めておもしろかった。

でも、来年は家族でDCのダウンタウンに繰り出して、花火を、というより、大騒ぎしてるアメリカの人たちを観察してみたいな。
もうすぐ、アメリカに来て10カ月だ。

壊れゆく。パソコン

私が今、自宅で使っているノートパソコンは、たぶん5年以上も前のものだ。
渡米前に1台新しく買ってこようと思いつつ、ついつい買いそびれたのは、会社用に使っていたノートパソコン(これは4年前くらいに買ったもの) と2台もあるのに、どっちも古いからといって、仕事を辞める私がパソコンを買うか〜??? とついついケチってしまったためだ。

渡米する前からもう、メモリーが圧倒的に足りなくて、トレイに常駐したソフトは削りまくるわ、画像のたぐいはCDに焼いて削除しまくるわ、たぶんいらないだろーと思われたソフトも削除しまくるわ、さんざ知恵を絞りまくっていたので、もう、今さら、どうしようもないところまで来ていたのだ。

それまでも、日本語入力が突然ものすごくのろくなって、まったく仕事にならなくなったり (このたびに再起動をかけていた)、インターネットのウェブサイトを見ている時間より、例の砂時計マークをじーっとながめている時間のほうがすでに長くなったり、ひどいもんだったが、昨日あたりから、とうとう、いよいよ、という感じになってきた。

ネットどころか、エクスプローラーまでが、すぐ凍る。
ファイルを右クリックしただけで凍る。
こりゃ、いかん、ととりあえず、応急処置で、仕事に必要なものをもう一台のパソコンに移すことにした。
とりあえず、渡米後に作った文書ファイルを一つにまとめ、メモリースティックで移動。
さらにメールをエクスポートする方法をネットで調べ、良い機会だからと、何万件もたまったメールの半分以上を削除し (どうでも良いメルマガとか、さんざたまっていたので)、無事インポート終了。
(いや、無事、かどうかはまだわからない。実際、すでに最近のメールが数本、行方不明になってしまっているし……)

で、次に、過去10年近くたまったドキュメントファイルを、それごとどさっと移動しようと、DVDに焼こうとしたところで、なんか妙な感じのエラーが出た。
再起動したら、あれれ。

なにやら、

recovering orphaned file....なんちゃらなんちゃらなんちゃら

という白い文字が延々とスクロールし続けている。すでに1時間。
隣のパソコンであれこれ調べてみると、チェックディスクという機能らしい。
人によっては、このまま放置していたらまたウィンドウズが立ち上がったが、たくさんファイルが壊れていた、なーんて書いてある。

うーん。
私の場合は、もう1時間たってるし、堂々巡りしてる感じ。
もうダメかなあ。
ご昇天あそばされたかなあ。
結局、昔だした本の元原稿とか、そういった色々の文書は、救済することができなかった。
本当にむかーし書いた文章とか。
ちょっと恥ずかしい手紙とか。
そういうのもみんな今回は救い出せなさそう。
いや、ま、当面必要なものは救い出せたのだし、
メールも奇跡的に移行作業がこの2日で終わっていたし、
どっちかというと、「ぎりぎりアウト」 というよりは、「ぎりぎりセーフ」 と自分をほめてあげたい。

理性的に考えれば、「アメリカで安いパソコンを買えよ」 という話なんだろうけど、
この手の移行作業が嫌で、おまけに日本語の読み書きができる状態にどうすれば持って行けるのかわからず、二の足を踏んでいたら、こういうことになったわけ。

5年以上前のパソコンから救い出した中身を、
4年前に買ったパソコンにとりあえずつっこむなんて、
パソコンに詳しい人が聞いたら、きっと思い切りあきれるんだろうな。
私だって思うもの。
この2日間の恐ろしい作業は、本当に意味があったんだろーか、って。
今ひとつ、自信なし。

私の隣で、延々と青地に白い字でスクロールし続けている、

Recovering orphaned file...の文字。
ふええええん、こわいよー。

息子のともだち

長らくブログ更新できなかった3つ目の理由。
それは、息子の大事な 「ともだち」 が消えてしまったこと。
ハムスターのタプ君の、大失踪事件……。

「犬を飼いたい」 と言い続けていた息子に、私が買い与えたのは、2匹の小さなハムスター。
どうせすぐに飽きるだろー、という私の予想を裏切って、息子は何をおいても彼らの世話だけは毎日欠かさなかった。
ある時期、現地校に友達ができなくて、日本語補習校にも友達ができなくて、ベッドの中で夜になると 「もうこのまま目が覚めなきゃいいのに……」 なんて哀しい言葉まで口にし始めていた息子にとって、自分の手の中でエサを食べる小さな、ふわふわした生き物の存在は、唯一の 「ともだち」 でもあったのだ。
また、我が家に新しい子どもが遊びに来てくれた時、本当は人見知りする息子なのだが、ハムスターを介することで、初対面の異年齢の友達とも、なんとなく遊べるようなところがあって、親としても本当にこのハムちゃんたちには感謝してきたのだった。

停電騒ぎに加え、猛暑で大騒ぎしてる時、それは起こった。
段ボール箱をいくつもつなぎ、小さなトンネルで出入りできるようにした、巨大なハムスターのお城を造ったところまでは良かったんだけど、ちょっとした隙間があって、そこから1匹のハムスターが逃げ出したらしい。
彼の名前は、タプ。
たぷたぷと太り気味だったから付けた、先に息子に懐いたほうのハムスターだった。

懐中電灯片手に、
ピアノの後ろも探した。
ソファーの下も探した。
食糧貯蔵戸棚の中も探した。
靴の中も探した。
暗いところ、狭いところ、奥まったところ、すべて探したのに、見つからなかった。

夜中に、あちこちに、ヒマワリの種を置いて寝たら、1晩目は夜中に種を食べた痕跡があった。
「やった、まだ生きている!」 と小躍りした。
2晩目も、あちこちの種を食べていて、夜中に家じゅうを走り回っているだろう様子がうかがえた。
ところが3晩目。
エサにおびき寄せられたハムスターが、そのまま、段ボール箱にぽとんと落っこちちゃうような仕組みを作ってみたんだけど、この夜は、まったくエサに触った形跡がない。

水を飲めず、体力が落ちて動けないのではないか。
どこかの物陰で今にも死にかかってるんじゃないか。
息子の前では口に出せないけれど、嫌な予感ばかりが募った。
息子は毎晩、さめざめと泣き、朝は、戻ってこないタプを思い、がっくりと肩を落とした。

そんな今朝。
息子が、「母ちゃん! いる! タプがいる!」 と叫んだ。
息子が指さしたのは、床の 冷暖房吹き出し口。
その奥で、いかにもハムスターっぽい音がする、という。
地下室にあるヒートポンプに続く、ダクトの入り口だから、そこに落ち込むと大変なことになるはず。
真っ青になりながら、ヒマワリの種を手のひらに乗せ、吹き出し口の奥に手を突っ込んでみたら……。

顔を出したのである。
愛しのタプ君。
どうやら、小さな隙間から吹き出し口に落ち込み、はいあがれなくなっていたらしい。
奥に進んでいたら、そのままダクトを通して地下室まで真っ逆さま、だったはずで (いや、その構造は今一つよくわからないんだけど)、考えるだけでぞっとした。

飼育ケースに戻したら、タプは狂ったように水を飲み、それから、ひたすらケージの隙間から逃げようと頑張り続けた。
よほど逃亡生活が気に入っていたらしい。
こっちの気も知らないで! まったく〜。

タプが戻ってきたら、頭の中の霧がすかっと晴れた気がした。
「ああ、ブログでも書くか……」 とパソコンの前にようやく座れた。
それから気付いた。
そうか、何も書く気がしなかった、この珍しき日々の一番の原因は、こいつだったんだなあ。
やっぱり、生き物を飼うってことは、重いなぁ。

息子は 「ああ、今日はなんて良い日なんだろー」 なんて言う。
アメリカに来て以来、「あーあ、良いことが何もない日だった」 とか 「毎日何かぱっとしないよなー」 とか、まだまだネガティブ発言が多い息子なんだけど、今日だけはホント、実にうれしそうだった。

停電と猛暑とハムスター失踪と。
なんか、すごく疲れる1週間がようやく明けた気がした。
さて、明日はシーズン最後の野球の試合。
敵は、1学年上の強豪チーム。息子は先発、らしい。
ぼこぼこに打たれるんだろーなー。
ま、精一杯応援してみようっと。

猛暑、猛暑、猛暑

ブログが更新できなかった理由、2つめは、猛暑。
こっちは華氏を温度の単位に使うから、摂氏に慣れてる私には今一つピンと来ないんだけど、みんなが大騒ぎしてたのは、

「とうとう、100度を超えたーーーーーーーーーーーっ!」

という瞬間だった。

さて、これは摂氏では何度か?

(100−32)×5÷9=37.77777………

まあ、日本でも首都圏で結構あるよね、こういう日。
たださあ。これが停電の日から4日も続いたのよ。
停電後の冷蔵庫の始末に重なっただけでなく、週末の息子の野球の試合にも重なったのよ。
37度を超えるマウンドで投げる子どももすごいけど、それを観戦する親もツライよー。

もっとも、この季節にここまで暑くなるのは、ワシントンDC界隈でも珍しいことらしい。
「普通は8月の天気よねー、これ」 とみながいう。
……つまり、8月は結局、こういうお天気になるというわけね。
はっきりいって、蒸し暑いし。
東京と全然変わりません!!

我が家は地下室+1、2階建ての貸家なんだけど、2階の暑いこと、暑いこと。
40度を超えてたんじゃないか、と思う。
クーラーをいれども涼しくなるのは1階だけ。
暑い空気は上へ行く、って知ってるけど、それにしてもあんまりだ。
何しろ、構造上、リビングは1階だけどベッドルームはすべて2階。ところが暑すぎて眠れなーい。

一方、地下室に行くとこれがビックリ。
クーラーを入れなくても涼しい。
というか、寒い。

結局、この猛暑の期間、我が家はキャンプ用のエアマットを地下室に並べ、長袖長ズボンを着込んで布団をしっかり被って寝てました。
クーラー要らず、といえば聞こえがいいけど、穴蔵暮らし、ってもんだ。

夏にお客さんをたくさん呼ぶことを予定している我が家なのだけれど、2階の客間に寝てもらえるんだろうか。いざとなったら、地下室で約10人が雑魚寝???

まあ、そんなこんあで。
昼間はずっと地下室に避難していたもんだから、1階のパソコンの前に座る時間がほとんどなかったというわけ。
これがブログ更新できなかった2つ目の理由、です。

嵐のような、というか嵐の週末

長い間、ブログが更新できなかったのには3つ理由がありまして。
まず最初の理由は、嵐。

サンダーストームというんですがね。
雷の嵐、です。
先週末、停電しました、なんと30時間も!
折しも、35度を超える猛暑というのに。
冷蔵庫の中は……嗚呼、無惨。

停電し、パソコンも電話も何もかもが死に絶えた朝、とある雑誌の連載のために、十年以上ぶりに手書きで書き上げ、でもよくよく考えたら、日本の読者にはあまりに遠い話だよね、ということで最終的に没になった荒原稿を、記録代わりに以下に添付しておきます。

************

 突然、停電した。

 息子を学校に迎えに行こうとしたら、突然、雷がとどろき、夜みたいに真っ暗になり、横殴りの雨が降り始めた。見る見るお隣の庭の巨木の枝が次々折れ、我が家の裏庭に落ちてくる。1回、2回と室内の電気が揺らぎ、
……そして消えた。

 最初は甘く見ていた。実はこの地域ではちょっとした雨でもすぐに停電するが、通常は1〜2時間ですぐ復旧するものだったから。

 とにかく息子のお迎えだ、と車に飛び込んだところで、あれれ、ガレージのドアが開かない。あーん、電動式だったっけ。懐中電灯片手にはしごによじ登り、手動に切り替え、どうにかガレージを抜け出した。外では信号が全滅していた。不思議。車は互いに譲り合い、淡々と走っている。すごいなあ。みんな、相当に「停電慣れ」してるみたい。

 暗くなる前に夕飯を作らなきゃ、と思ったところで、またまた呆然。我が家って、オール電化じゃん。コンロが使えないよ〜。こうなったらヤケだ。炭をおこして裏庭でバーベキューだっ、と思ったものの、今度は冷蔵庫の前でしばし考え込んだ。停電が数時間で復旧するなら、庫内の温度を上げないよう、冷蔵庫の扉は絶対に開けないほうがいい。でも、何日も復旧しなかったら? 冷凍庫の中身を冷蔵庫に突っ込み、巨大クーラーボックス化させた方がいいのかも……。
 結局その夜は、冷蔵庫を開ける勇気もなく、カセットコンロで餅を焼き、レトルトみそ汁をすすった。
 夜が更けていく。街中の電気が死んでいる。雨は上がり、つやつやの漆黒の空に満天の星。現実離れしてるよ、この光景。いったい、いつまで続くんだろう。

 情報収集したくて、電話の受話器を持ち上げたが、うんともすんとも言わない。近所の友人宅の電話も全滅だ。結局、携帯同士で連絡を取り合り、近所の友人から仕入れた情報は怖い話ばかりだった。
 曰く 「以前5日間も復旧しなかったことがあるのよ」 「ホテルに避難したことも」。
 ええっ、うそでしょー。

 ここは首都ワシントンDC近郊。日本でいえば川崎市や大宮市郊外の住宅地だ。そんな場所が、5日間も停電する? 
 日本だったらパニックだ。
 「電力会社は何してる!」と暴動だ。
 が、アメリカの人はいたって冷静。「夏の嵐の季節は停電が多いのよー」って、みんな、どうしてそんなに冷静なの? 
 夜のCNNニュースでも首都圏の停電は一切報道されなかったらしい。結局、「よくある話」なのか。

 一夜明けた翌朝。やはり電気は復旧していなかった。たぶん息子の学校は休みだろうが、もはや確かめるすべもない。テレビは死んでいる。電話も死んでいる。おまけに、古くてバッテリーがいかれた私のパソコン殿は、停電から数分後には休眠状態にお入りあそばされている。

 ……と、ここに至って気付いた。今日って雑誌連載の締め切り日じゃないの! がーん。

 そんなわけで、今回は十年以上ぶりに手書きで原稿なんぞを書いている。どこか電気のある街まで車を走らせ、国際ファックスを送るんだ。
 どうかどうか、来週の締め切りまでに電気が戻ってますように。

****************

ははは、確かに日本の雑誌に載せてどうなるもんでもないなー、と今さらながら笑っちゃうんですが、でもほんと、あの時は必死だったの。手書き原稿って、思ったより結構簡単に書けるものねえ。
ちょっとうれしかった。

結局、午後3時に停電し、翌日夜8時まで停電してました。
冷凍庫で半解凍された肉や魚を食べるのに必死で、「しばらく買い物はいらないなー」 と思っていたら、世間の人たちはcostcoなんかで大量の買い物をしてる。
「冷蔵庫や冷凍庫の中のものはどうしたの?」 と野球ママ友に聞いたら、

「あんた、冷蔵庫の中のものは全部捨てなきゃダメよ!」

とすごい勢いでみなに説得されました。
大量に買い込むけど、捨てる時も大量。
これ、アメリカ流?

電子辞書と消しゴム12個

カレッジで日本語の電子辞書を失った。
今回は、非常に限定された場面だったため、これはもう、どう考えても、どう否定しても、やっぱり、同じ結論にたどり着く。

盗まれちゃったんだ……。

実は、ほぼ同じ空間で、すでに1個なくしていて、これも、どう考えてもなくしモノをするシチュエーションじゃあなかっただけに、今となると、あの時もそうなのかも、なんて思えてくるのだった。

必要なものなので、.富士山.com にて新しいのを購入。
それにしても、なんかものすごく、気持ちにこたえる体験なのだった。

うまく言えないんだけど。
自分がマイノリティーである国で、何かものを盗まれるというのは、日本で盗難に遭うのとは全然違うキツサがある。
おまけに今回みたいに、どう考えても相手がクラスメートだと分かっているわけで。
疑心暗鬼になりたくない自分もいたりして。
マイノリティーとして、むちゃくちゃ気弱になる自分もいたりして。
周囲が怖くなりそうな自分もいたりして。

いかんいかんいかん、と叱咤激励する。

そんなこんなで、やっとこさ、息子の気持ちが少しだけ分かった気がした。
息子が学校で延々と消しゴムキャップを盗まれ続けていた話を思い出したのだ。

毎日毎日、算数の時間になるとなぜか小さな消しゴムキャップが消えていく。
周囲を見ても、誰がやったか分からない。
何を話してるか分からないから、みんなが自分をわらってる気がする。
すごく怖いし、哀しい。
腹も立つ。
でも、どうしようもない。

そんな中で、息子は消しゴムキャップを合計12個も失った。
私はその時、すごく軽く言いなしたわけだけど、ああ、こんなにも気が重くなる出来事だったんだなあ。
まして私は電子辞書2個。被害額は膨大だけど、数は少ない。
息子の場合は、毎日毎日、1つずつ消えていったわけだから。
そりゃ、切ないよな。

消しゴムを捕っちゃった子はその後も、今にいたるまで、先生に隠れて息子にさんざちょっかいを出してるらしい。
替え歌を作ったり、冷やかしたり。
息子は学校で、何よりそれが嫌らしい。

アメリカだから、ではなく、日本にだって、どこでだってよくある話、と片付け、「そんなもん無視無視!」 なんて、かる〜く息子には言ってきた私なんだけど、ははは、いざ自分の電子辞書が消えたら、これだもんなあ。
ああ、切ないぞ。
ちくしょー。

あらためて、息子の日々の闘いを知る、って感じ。

ちょっと今度機会を見つけて、担任のセンセに相談でもしに行ってやるかぁ……なんて思った昼下がり。

はっぴばーすでーとぅーみー

ははは、42歳だぜ。
いぇ〜ぃ!

このところ、悪いこと続き。
車ぶつけた。自損事故。対物だったのが不幸中の幸い。でも2000ドルくらいかかるらしい。保険をつかっても、保険料がむちゃくちゃ値上がりするんだそうだ。ちぇっ。
コンタクト、なくした。
面倒なので、そのまま眼鏡生活を送っていたら、今度は眼鏡の部品がどこかに消えた。かろうじて使えるが、妙に目が疲れる。
こうなったら、誕生日くらい、ぱーっと祝わなきゃ。

と思っていたら。
夫、風邪でダウン。
ちぇっちぇっちぇ。

自分でケーキを焼いた。
普段はもっぱらパウンドケーキ派なのに、ほとんどやけになって、ふわふわのスポンジケーキ。アールグレーの葉を粉に混ぜ、ロールケーキに。中にはリンゴ煮とレーズン、生クリームを巻いた。
うまい。
結局、幸せになるためには、うまいものを食わねばならず、うまいものが食いたければ、我が家では自分で作るしかないのだ。

そうだそうだ、自分の両足でしっかり立って生きていこうぜ。
なーんて、思いをあらたにした42歳の誕生日。

夫と息子が誕生日プレゼントをくれた。
息子のは、

「おしりふみけん (400回) ただ おたんじょうびおめでとう!! かあちゃんへ」

と書いてあった。
息子によくお尻や足の裏を踏んでもらうのだ。いつもは400回1ドル。今回のプレゼントは、それのタダ券らしい。
緑色のマジックで、書いてあるのはこんな文字。

「きもちい」

きもちい、ってなんだ?
あんたは、小学4年生。
きもちの「気」も、「持ち」も、漢字を習ってるはずだぜ、おい。
それが、「きもちいい」 ならまだしも、 「きもちい」 って……。

夫のプレゼントは、

「特別大出血! 楽健法 1回40踏み なんとタダ! やってもらったら、やってあげること」

やってもらったら、やってあげることって……。
これ、プレゼントか?
おまけに、息子は400踏みなのに、夫のは40踏み。
しみじみとため息。
うれしいような、哀しいような、よくわからない42歳の誕生日。

そうさ。
自分の2本の足で、しっかり立って生きていくのさ。


歩行者天国と焼き鳥とビール

ワシントンDCの桜は、ハンパじゃなく美しい。
一番有名なのはタイダルベイスンというポトマック河沿いなんだけれど、私のお気に入りはケンウッド通りという普通の住宅街の街路樹の桜。
日本でいえばたぶん、ゴルフ場1つ分くらいの広さのコミュニティー全体の街路樹がすべて桜で、多くが巨木で、2車線の道路を見事にトンネルのように両側からおおう桜の花が延々と続くのだ。

でも、本当に普通の住宅地だから、どこにも車を停められない。
たいていの 「花見」 客は、この街路樹の桜を、車に乗ったままソロリソロリと進んで楽しむことになる。車に乗ったままの花見なんて、生まれて初めてだけれど、美しさでは上野公園なんて目じゃない、と思う。

それはそうとして。
ワシントンDCではこの時期、「桜祭り」 という一大イベントがあって、全米からものすごい数の観光客がやってくる。何日もにわたって、色々な特設ステージで日本の文化紹介やらカラオケ大会なんかが行われるわけで。
私も、合唱の仲間と一緒に何度か歌わせてもらった。

とくに最後の土曜日には恒例のパレードがあって、国会議事堂脇の目抜き通りがドカーンと歩行者天国になる。
ある日本人の知人に、

「いや、僕もいったことがないんだけど、すごいらしいよ。歩行者天国にビアガーデンができて、焼き鳥なんかも食べられるらしい」

と聞いたから、ものすごーく期待してた。

だって、ビアガーデン。
だって、焼き鳥。

とくに、屋外の公共の場では基本的に飲酒禁止ということが多いこの国だから、むちゃくちゃうれしいじゃあないか。

んなもので、息子を日本語補習校に送り出し、舞台で合唱の公演を終えた後、必死で探したのだった。何か、ってビアガーデン。

大きな、KIRIN の文字のノボリを見たときはうれしかったねー。
やったぜ、ビアガーデン、と喜び勇んで駆けつけたら……。
そこには、動物園のおり、というか柵、に似たものがあった。
入り口には、警官もいる。

へ?
ビアガーデン?

入り口で、まず、21歳以上であることを証明しなきゃあならない。
あわてて、運転免許証を出す。
そしたら、手首に赤い紙テープを巻かれた。
「21歳以上です」 と書かれた文字。
中でチケットを買う。
ビールはチケット3枚。1枚2ドル。
で、カウンターに持っていくと、プラスチックカップに入ったキリンビールをくれた。
柵の中には、ほとんどイスは、なし。
みな、立ち飲み。
もちろん、子連れはNG。柵の中に一緒に入れないからね。

ビアガーデンとは似ても似つかないのだった。

それでも、青空ビールは、うまい。
気を取り直して柵の外にでて、今度は 「焼き鳥」 に挑戦。
あった、あった。
CHICKEN ON STICK
串に刺した鶏肉。うむ。これだよね?

しかーし。
出てきたのは、なんというか、いわゆるアジアンな、巨大サテ、だった。
サイズは、見事にアメリカサイズ。
味は、どっちかというと東南アジア系。
うーむ。
ねぎまの夢は、遠いのだった。

私に 「ビアガーデンと焼き鳥」 の妄想を植え付けた張本人の日本人は、やはりこの光景にあっさりとくじけ、さっさと帰って家でビールを飲んだらしい。
残念無念。