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万歳! みょうが収穫! (感涙)

とうとうこの夏、ミョウガが採れました!
地下茎を植えて早2年? 3年?
アメリカを去るわずか18日前に、懸案だったミョウガが収穫できるなんて、
ああ、ミョウガの神様、ありがとう!
(そんな神様、いるかなあ)


myoga.jpg


今夜は、冷奴にミョウガ、それに、クーパーズタウンで買ってきた地ビールで決定です。

しかし。
帰国準備に追われてなきゃいけないのに、全然手につかない。
おまけに庭は、シソがさらに勢いを増している。
1週間前、シソジュースを3リットルも作ったところなのに。
早く消費するため、今日はシソジュース1リットルをちょっと薄めて、ゼリーにした。
ぜいぜいぜい。
帰国準備で忙しいはずの私が、なぜこんなことをしてるんだろう?

庭のフキも、キャラブキを作って1ヶ月くらい経ったせいで、またまた大きくなってきた。
これもキャラブキ第三弾を、作らなきゃ。
バジルも花が咲き始めたぞ。
ジェノベーゼにして食べなきゃ!

……と、ああ、庭のことだけで、こんなに忙しい。

結局は、帰国準備をするのが嫌で、逃避してるだけなのよね。
クーパーズタウンのあれこれ、もう少し書き足しますが、しばしお待ちを。

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「要領の良い記者にだけはなるな」

要領の良い記者にだけはなるな」 という言葉、そういえば、私も何度か、若いころに、先輩記者さんたちから説教された気がする。
まあね。
別に、ほかの職業だっていいと思うのだけど。

要領の良い証券マンにだけはなるな、とか。
要領の良い映画監督にだけはなるな、とか。
要領の良い学校教師にだけはなるな、とか。

それはそうとして。
この言葉を久しぶりに見かけた。
今年から新聞記者になられた方のツイートに。
(偶然彼のツイートを目にしたことがあって、なんとなく、心に残ったもので、あまり深く考えないままに、それ以来、彼をフォローしているのだ)。

彼のツイートによると、たぶん、この若き新聞記者さんが、先輩記者だろう相手から、こんな風に、言い聞かされたんだと思う。
「要領の良い新聞記者にだけはなるなよ」 と。
で、彼は、この言葉を、心のとても深いところで受け止め、自分なりにかみしめ、ツイートされていた。

さて、ここで問題です。
私は、どんな行動を取ったでしょう?

ははは。
恥を忍んで告白してしまうと、なんと、まったく見知らぬ相手であるこの方に、「メッセージ」 の形で返信しちゃいました。
曰く、

「要領の良いだけの記者にはなるな」 の方が実感に近いかも。要領悪いと、記者続けながら、同時に 「良き父」 にはなれませんもん。仕事ばかりで、家庭は妻に丸投げな記者なんて、人生つまんないかも。はじめまして。ひょんなことからフォローさせてもらってます。

あああああ。
やっちゃったよ。

でもね。
「要領の良いだけの記者」 は確かに困り者だけど、「要領の良さ」 はまったくないよりも、やっぱりあったほうがいいんじゃないかな、と思っちゃったんだもの。
それを、しみじみ実感したのは、もしかしたら、子どもを生んでからかもしれないなあ。

職場においては、要領がいいほうが、
自分が本当に書きたいこと、紙面に載せたいことを、きちんと載せて、読者に伝えられる気がするし、
生活一般においても、要領がいいほうが、
生活者として感じたこと、学んだことを、記事に生かしていける気がするし、
仕事と私生活の線引きが難しい新聞記者という仕事においては、
要領がいいほうが、
仕事も、子育ても、人生も、趣味も、楽しめると思うので。

おまけに、「要領の良い記者にだけはなるなよ」 なんて後輩に説教したその先輩記者さんが、もしも、仕事一辺倒で、家庭のことは妻にまかせっきりの人だったら、「たのむから、次世代の記者さんたちよ、ああいうオヤジ記者にはならないでくれよー」 という切なる思いもあったもんで。
つい、返信しちゃったんだと思う。

……ってやっぱり、余計なお世話よねえ。
あああ、また一つ、オバサンくさいことを、してしまった。
とほほ。

でもまあ。
私も10月を目処に、古巣の新聞社に再就職をもくろんでいるわけで、
それがかなえば、彼と同じ2011年度入社の 「新人記者」 ですから。
適度な 「要領の良さ」 と、要領だけに流されないこだわりと、その両方を握り締めて、もう一度、会社員をやり直してみようと思ってます。
どんな仕事ができるのか。
ちょっと、どきどき。

「アメリカなう。」 がNYの日系メディアに

ニューヨークの日本人向けフリーペーパーの 「週刊NY生活」 の書評欄に、近著 「アメリカなう。」 が紹介されました。 

ニューヨークには日本人向けのメディアって、いろいろあるみたいなんですが、こちらの 週刊NY生活は、iPad用のアプリもあったりするもんで、毎週愛読しています。
先日、ふと思いついて編集部に、本をお送りしてみたら、なんと、ありがたいことに、紙面にてご紹介くださっていたというわけ。(昨夜気付いて、度肝を抜かれた……!)。

こちらの 4月23日号 をツラツラ読んでいって、ちょうど20ページ目の書評欄に。
記者さんは、どうやら、このブログなどにも目を通し、取材した上で書いてくださったようで、ああ、ありがたい限りです。

でも、肝心のニューヨークの書店にはまだ、配本されてなかったんだよなあ……と今調べてみたら、
Kinokuniya Book Web を見る限り、店頭在庫あり、に!
(小学館の販売ご担当さま、どうもありがとうございます)。

知り合いで、英語が第一言語の日本人男性に、今、読んでいただいてます。
「僕の日本語でも、これなら、漢字も少ないので、ぎりぎり読めそう……」 だそうで。
人づてに聞くところによると、「なるほど、アメリカのあれこれって、日本人の目にはこう映るのか!」 と大変新鮮だ、とのことでした。
こっちはむしろ、その彼の感想のほうが、新鮮なわけで。
ぜひ、彼の感想を今度、じっくり聞いてみたいと思います。

あなたにとって、100ドルの寄付とは?

3日後に迫った、Sing Out For Japan (東日本震災支援コンサート) の準備で学んだこと第4弾。

ある日、我が家に知らない人から封書が届いた。ビリリと封書を破って中身を見ると、小切手が入ってる。額面は、100ドル!
「友人からあなたとあなたたちのコンサートの話を聞きました。喜んで寄付します」 とメモが入ってる。
この友人というのが、先日、別のエントリーで宗教について書いた、ユダヤ人の友だち、なのだった。
どうやら、宗教に関するいろいろな思いを越えて、あっちこっちの人にメールを出してくれたらしい。
ありがたい話だ。

とはいえ。
まったく見知らぬ人から100ドルもの小切手をいきなり送りつけられて、慣れてない私は、おののいたよ。
具体的に、なににおののいたかというと……。

1、これ、コンサート当日までに失くしちゃったらどうしよー。
(現実には、小切手なので、送り主は損をしないが、寄付されないので、被災地に迷惑もかかるし、なにより、寄付したいという送り主の気持ちを裏切ることになる。責任重大!)

2、見知らぬ相手に100ドルもの小切手をさっさと郵送してしまえるもんなんだな。

3、アメリカのしっかりしてるようで案外だらしない郵便事情から、封書が途中で消えてたら、フォローのしようがないじゃん!

4、領収書とか、いらんのだろーか。

5、そもそも、100ドルというのは寄付金額として一般的なものなのか。

などなど。
普段、

アメリカでは、寄付しやすいような税制度が充実しているので、個人寄付が集まりやすい」 

とか、

アメリカ人の個人寄付は年額約20兆円 (1ドル100円で計算してるから、今だともっと多くなる)。これは日本人の個人寄付額の100倍で、日本の税収のなんと半分以上!」 

とか、知識としては知ってたけどね。
いわゆる大掛かりな募金活動なんてしたことなかったので、渡米3年目にして初めて、他人さまからの100ドル小切手を手にすることになっちゃった、というわけ。
やっぱり、見知らぬ人から託された100ドル、というのは、重いもんなのだ。

まだまだ分からないことも多いけれども周囲の方々に聞いたところ、アメリカでは、「国に税金を納めるくらいなら、私の応援したい活動に寄付するわよ」 とばかりに、寄付先を常に探してるようなところがあるらしい。

日本で確定申告をするときの、あの煩雑な作業を考えると、「だけど、年間に寄付したことを証明する書類を集めるだけで大変なんじゃないの?」 と思いたくもなるが、アメリカではいたって簡単らしい。

「小切手を書くじゃない? すると、写しが手元に残るよね。極端な話、それだけで十分なの。領収書? んなもん、いらんわよ」
「申告するとき、書類がなくても、口頭で、どこどこにいくら、あそこにいくら、って言っただけで、OKだったわ」
「4月15日が毎年申告の締め切りなわけ。となるとだいたい、クリスマス時期から、『このままじゃ国に税金もっていかれるから、ちょっと頑張って寄付しないと!』 ってムードになるのね。クリスマス時期の寄付ラッシュは、そういう背景もあるのよ」

なるほど確かに。
税金として支払ったら最後、日本だって、自分が支払う税金が、子どもたちの教育やら、保育園の拡充やらに使ってもらえるのか、わけのわからん地方空港建設なんかに使われるのか、わかんないわけで。
だったら、税金の控除を受けるべく、自分なりに納得できる団体に寄付したほうが、ずっと、自分の支払うお金に責任を持てるじゃん! ってわけ。

この手の納税者意識というか、自分の税金の使い道に対して徹底的に責任を持とう、敏感でいよう、という意識は、アメリカで学んだことの一つだったりするのよね。

日本で、「募金」 というと、なんとなく、駅前の募金箱にチャリーンというイメージだった。
チャリーン、だから、つまり、小銭、ってわけだ。
アメリカで、私が知る範囲で、コインの寄付って滅多にないのではないか。
(いや、美術館とか空港とか、公共の場においてある箱の中には、案外コインも多いかもしれないけど)。

こちらで donation というと、最低でも20ドル紙幣から。
今回、私が、「コンサートに行けないけど……」 と預かった小切手の額面に、75ドル、という妙にハンパな金額があって、これを日本人の友だちに話すと、「あ~、私も私も!」 と彼女がいう。
なんと、彼女の場合、アメリカ人ばかりの趣味グループに参加しているんだけど、「あんたに小切手渡すから、しかるべきところにちゃんと寄付してよね。アメリカの団体に寄付するより、あんたに託したほうが、ちゃんと日本に届くでしょ」 ってなわけで、何人ものアメリカ人の友人から、寄付の小切手を押し付けられているらしい。

「その額で一番多いのが75ドルなのよー」。


うむむ。
75ドル、という数字に、なにか意味はあるんだろうか?
不思議だ。

彼女は、自分が別途寄付するときに、日本大使館を通じて寄付しようかな、といっていた。
ちなみに、日本大使館では、アメリカ人にとって、税控除にもならない。
それでも、彼女の周囲のアメリカ人たちが、彼女に 「あんただったら日本にちゃんと届けるルート知ってるでしょ」 と小切手を手渡した、ってことは、このケースの場合は、税控除目的、というわけでもなかった、ってわけだ。

まあ、なんというか。
こちらの、寄付に対する敷居の低さには驚かされるばかりだ。
何しろ、震災の翌日にはもう、募金イベントが始まってたような感じだった。
今なお、DC界隈だけでも、ほぼ毎日どこかで募金活動が行われているような具合だ。

正直に告白すると。
私は日本にいたころ、たぶん、寄付や募金をむしろ苦手としていたと思う。
なんとなく、「身体を動かすことこそが尊い。お金で解決しようなんて、自己満足だ」 みたいな思いもあったし、また、その寄付金のうちどの程度が募金団体の諸経費や人件費に向けられるのか、どの程度が本当に必要としている人の手元に届くのか、なんてことをあれこれ考え始めると、寄付するのもまた、無責任な気がして……。

それでも、日本では、阪神大震災などを経て、本当に必要とされている支援は何なのか、長い目でみると、寄付金って、一番汎用性のある、どうにでも役立てる、支援なのではないか、特に被災地が何を必要としているかという細かなニーズに対応できないような人にとっては、最も有効な支援手段ではないのか、というような認識が広がったとは思う。

とにかく、私は昔っから、寄付するのも苦手だし、寄付しました~、という人も苦手だった、んだよね。
寄付するとき、「寄付くらいしかできないけど……」 とつい言い添えてしまう、そんな気持ちは、今だってある。
でも、周囲のアメリカ人を見て、しみじみ思うのは、寄付って、「寄付したわよ」 と胸張ったりするほどのことでもなければ、「寄付くらいしかできない」 と卑下することでもなく、もっと自然な、日常の営みの中の一行為であってもいいんだなあ、ってこと。

文化も違うし、なにより税制も違うから、日本もそうあるべき、とは思わないけれど。
自分の出したお金に責任を持つ、という意味合いでは、私には、税金よりも、寄付のほうが、肌に合う、とそういう気はしたのだった。

9.11後のアメリカ人に学ぶ

東日本大震災復興支援コンサート 「Sing Out For Japan」 の準備作業の中で学んだこと第三弾!
……というわけでもないのだけれど。
今回はむしろ、私がなぜ、今回、コンサートの準備に打ち込むことになったか、って話。

震災直後、アメリカに暮らしてる日本人の多くが、そのニュースをリアルタイムに見続けた、と思う。
なにしろ、普段は有料の、テレビ・ジャパンが、数週間の間、無料で放映してくれたし、U-stream では、NHKや民放が見放題だったから。
アメリカだから、停電もしなかったし。
以前のエントリーに書いたみたいに、被災地にいる仙台の義父母なんかより、アメリカにいる私のほうが、ずーっと情報が早かったし、多くもあったのだ。

何だよ、これ? と思い始めたのは、たぶん、それから数日後。
「おぐにさん、僕、震災うつかも。パソコンの前から離れられなくて、食欲もなく、寝られないんです」 と知人から電話が入った。
あんた、日本にすらいない私たちが、そんなていたらくでどうするよ!
と内心思いつつ、ふと周囲を見渡せば、
普段ならありえない感情のぶつかりあいやら、涙が止まらない人やら、いろいろ。
おまけに、なんだか私自身まで、変だ。

でもって、誰もが、最後はここに行き着くときてる。
「日本にすらいないくせに。アメリカにいて、何もできないくせに。それでつらい、なんていえるわけない」

そんなとき、アメリカ暮らしの長い友人が、「9.11のときと同じ状態だ……」 と教えてくれた。
同じ時期、日本の友人から 「擬似被災」 なんて言葉も聞いた。

それで、あわてて、9.11後のことを調べてみたら、ニューヨーク以外に暮らしていた人たちの間でも、PTSDのような症状を訴えて、精神科医のもとに相談に行った人がたーくさんいた、と分かった。
そんなとき見つけたのが、このサイト

なるほどなあ、と感嘆してしまった。
9.11の後のストレスに対処するために、アメリカの人は何をしたか。

1位。誰かと話す。
2位。宗教に救いを求める。
3位。グループ活動をする。
4位。寄付をする。

ならば、私の場合、宗教はダメだけど、誰かと震災について感じたことを正直に打ち明けながら、グループで、寄付集めをする、というのは、自分自身がいつか誰かの役に立つための 「長続きする元気」 を維持するために有効な手段なんだな、と。

そんなとき、合唱のグループの中から、ベネフィットコンサートをやろう、って声があがった。
ああ、これは、私のためのチャンスだ、と正直思った。
何もできない、と嘆くよりは、何か身体を動かしていたい。
このコンサート準備がなかったら、私はたぶん今だって、「こんなご時勢に歌を歌ってるなんて」 みたいな罪悪感から自由になれなかった気がする。

そんな話を正直に友人につづったら、アメリカの友人たちも随分と協力してくれている。
自分の名前で、友人たちに一生懸命メールをかいて、チラシを転送してくれたり。

ちなみに、友人にあてた手紙およびメールの文面は、こんな感じ。

I am a member of Japanese Choral Society of Washington. We will have a benefit concert on April 23rd to support victims of the earthquake in Japan.

Just after the earthquake, some members of our chorus group said it was too difficult for them to sing because they felt guilty (a kind of survivor's guilt....). Others said we should do whatever we could. Some, including me, have their families in the Tohoku district of Japan.

During the discussion, I found a website describing how Americans had coped with a huge stress after September 11.

http://www.tgorski.com/terrorism/PTSD_After_9-11-01_Lit_Review_01-19-02.htm

I can learn a lot from this website. I am initiating several of the recommendations : e.g. talking with others, and doing something to help.
In a sense, the benefit concert I am working on is just what I have learned from Americans here in the U.S.A.

One more thing.
Currently in the US, it may be difficult to find an opportunity to donate directly to Japan while getting a tax deduction from the IRS. At the concert, we will be accepting donations to the JCAW Foundation, a charitable organization (501(C)3) established by the Japan Commerce Association of Washington, D.C. The JCAW Foundation will send 100% donations directly to Japan Red Cross.

I do hope you will be able to attend.
I will sing my very best!

ところで最近、メンバーの方と少し、どんな英文メールを友人に送っているのかシェアしあったら、私の気持ちにぴったりの英文を彼女のメールの中に見つけた。

It has been a comfort for me to work on this project.

ああ、ほんとだ。
ほんとに、ほんとだ。

実はコンサートまであと1週間を切って、次から次へとわけのわからないことに振り回され、少々疲れ気味だったんだけど、そうだよね、そもそものスタート地点はこれだったんだもの。
私自身のための comfort なんだもんね。

あと5日。
笑顔で乗り切ってみよう。
うん。


コンサートの英文チラシ

春らしい色なので、
あまりに彩りのないブログに、
はりつけておこう。
ワシントンDC界隈にお住まいの皆様。
どうぞお越しください。


SingOurForJapanConcertRevmini.jpg


今回、コンサート準備作業の中で、しみじみ思ったのは。
私に、まともな英語力があったなら、誰にも迷惑や面倒をかけずに、今の5倍のスピードで、3倍の仕事量をこなせただろうになあ、ということ。
結局、アメリカで何かをする限り、誰かに英訳してもらわなきゃいけないとか、誰かに英語のチェックをしてもらわなきゃいけない、ということは、スピード勝負の仕事には致命的なんだな。
おまけに周囲に迷惑をかけるから、お話にならない。

これまで、英語なんて、個人宛で使うことがほとんどだったから、多少変な語彙選びがあっても、文法上間違ってても、定冠詞が抜けてたり多すぎたりしても、意図と熱意が伝われば良し、と思えた。
それで乗り切れた。

が、こうして不特定多数の人に向けて何かを発信するとなると、さすがに、それじゃ困るもんねえ。
結局、そのレベルの英語力がないと、まともな仕事にはならないんだなあ、周りの足を引っ張るんだなあ、とあらためて思い知らされた感じ。

いや、今回のコンサート準備は、それはそれで良いと思うの。
英語の得意な人、日本語の得意な人、人脈のある人、機動力のある人、デザインセンスのある人、お料理の上手な人、おしゃべりの得意な人、それぞれがそれぞれの得意分野を持ち寄って、お互いにフォローしあって、ありがとうを言い合って、できるだけ多くのメンバーが上手に無理なく関わることで一つのイベントを作り上げることのほうが、より多くの人が達成感を得られるし、意味もあるし、組織運営上も健康的だし。

たとえば、英語も日本語も得意で、人脈もあって、おまけに機動力もあって、一人で何でもかんでもやっちゃったら、結局、そんなイベント、誰も満足感を味わえないし、組織としても次に続いていかないもんね。

ただ、今回思ったのは、「誰かに思いをそれなりに伝え、人を動かしうる英語力」 と、「不特定多数の人に堂々と読んでもらえる間違いのない英語力」 との間には、実は随分と大きな隔たりがあって、どうやらこの隔たりを飛び越えることは私には無理そうだな、ということと、突き詰めて考えれば、私が別に飛び越えなくても、もう向こう側にいる人に助けてもらえながら、自分はこちら側でやれることをやる、というのでいいじゃん、という開き直りと。

それでも、
スピード勝負で作業してるときに、
自分の英語力に貧しさに、
いい加減頭にくることは、
やっぱり、
ある。

(だったら本腰入れて勉強しろよ、って? そうね、でも結局、
今さら語学のために語学を勉強するような作業に魅力を感じてないのも、
ホントなんだよなあ)

inclusive であるということ

Japanese Choral Society of Washington のコンサート SING OUT FOR JAPAN の広報作業を通して学んだ話、第二段。
(うるさいほど、コンサートのチラシにリンクを貼ってるのは、新手の宣伝手法か、って? 実はそうです)。

ワシントンDC界隈には、日本人を主に読者と想定した日本語のフリーペーパーがある。
名前を、CAPITAL という。
隔週発行で、主に日系のお店やレストランなどに置かれているもので、この界隈の日本人への情報伝達を目的とした紙メディアだ。コンサート情報の宣伝のためには、どうしても押さえたいメディアだった。
アメリカでは、ご年配の方であっても、メールやインターネットを自在に操る人が多いが、それでも、紙メディアを頼って暮らしている人だって、きっといるだろうと思ったから。

つてを頼って、同紙の編集長さんにご連絡を取った。
大変お忙しい方なので、できれば情報は、記事スタイルに仕上げてからお願いしたほうが良い、という話を小耳に挟んだので、「それではかえって、失礼じゃないのかしら」 と不安に思いつつも、プレスリリーススタイルのものと、記事スタイルのものの両方を恐る恐る、編集部にお送りしたのだった。

隔週発行の紙メディアの締め切り1日前に、新聞にしてたぶん70行近い原稿と写真1枚を送りつけたのである。
業界事情を知ってるだけに、「フツーだったら、まともに取りあう気がうせるよなあ」 と覚悟したんだけど、ふたをあけてみたら、合唱グループの活動暦を書いた10行足らずが削られてたいだけで、あとは 「満額回答」。
写真なんか、1段写真にしてまで、必死で入れてくれていた。
見出しなんか、3段も立ててくれていた。

半分、宣伝を兼ねたブログのエントリーでもあるので、どうせだから、記事内容を下記に。


東日本大震災を受けて、ワシントン首都圏で活動している日本合唱グループ「Japanese Choral Society of Washington」 (JCSW) が4月23日午後1時半から、ファースト・バプテスト教会 (First Baptist Church,55 Adclare Road, Rockville)で被災者支援募金コンサートを開く。入場は無料。当日、会場でワシントン日本商工会が設立した基金「JCAW Foundation」(IRSの501(C) Section 3認可団体)への寄付を呼びかける。寄付金は商工会を通し、100%が日本赤十字社に送られるという。

コンサートは、グループを指導・指揮する同市在住の嶋田貴美子さんが、「日本から遠く離れ、手をこまねいているのではなく、できる限りのことをしたい」と提案したのがきっかけ。メンバーの中には、被災地に家族や友人のいる人も少なくなかった。
「被災者を思うと苦しくて歌えない」、「でも海外にいてもできることは、寄付すること、そして寄付を呼びかけること」、「震災のニュースに心を痛め、苦しんでいる者同士、集うことにも意味はあるはず」など、話し合いを重ねた結果、開催が決まったという。

嶋田さんは「故郷や家族を題材にした日本とアメリカの両方の歌を聴いていただくことを通して、被災地を思う人々の心をつなぎ、被災地に募金を届けたい。ぜひ多くの方に聴きにきてほしい」と話している。

曲目は、「さくらさくら」「Going Home (家路)」「ロンドンデリーの歌」「上を向いて歩こう」など。
問い合わせは、JCSWmail@gmail.comへ。詳細は、http://www.jchoral.org/

(CAPITAL free Japanese semi-monthly newspaper 2011年4月2日号より)

ちなみに、上記は記事そのままの内容。
コンサートの開始時間は、この記事が掲載された後、諸事情あって、1時半から2時に変更されたので念のため。

この号の編集後記を読んで、ここの編集長さんが、締め切り前日の情報掲載のお願いに対しても、柔軟に対応してくださった理由に、ようやく思い至った。

編集長さんは、編集後記の中で、「自分もなにかできないか」 と思いつつ、娘さんと一緒に支援のためのグッズを買ったりするのがせいぜいである、と書き、一方で、「みなさんの義援金集めなどの活動を報告するのも何かの役に立っていると信じ、今回も2ページ使って募金活動などの記事を掲載しました」 と書いてあったから。

みなが自分の居場所で、それぞれに戦ってくれているのだ、と思った。

……とここまでが前置き。
ここからが今回のエントリーの本題なんだけど。
(前置きの長い文章を、「悪文」 といいます。反省)。

今回、上記のような原稿スタイルの文章を書き上げ、合唱グループの役員さんたちに目を通してもらったときに、目からウロコが落ちるような指摘をいただいた。

原稿の最初の一文の主語部分を、私は、最初、

日本人合唱グループ「Japanese Choral Society of Washington」 (JCSW) が

と書いていた。
これに対し、ある方が、「これだと数人おられるアメリカ人や韓国人の会員さんが入らなくなってしまう。私たちはもっと inclusive な会を目指してきました」とおっしゃったのだ。

正直、はっとさせられた。
アメリカ人や韓国人の会員さんがおられることももちろん知っていたし、あれこれお話したこともあった。それでも、記事の中で、行為の主体であるグループ名を紹介するとき、そのグループの属性を極力短い表現で説明しなければいけないのが、新聞記事の宿命でもある。
そういう 「属性説明」 がたいていの場合、その人やグループを100%言い表せなかったり、誤解を招きかねなかったり、ステレオタイプに陥ったり、人々の思い込みを誘発したりする難しさについては、私も、過去に何度も悩んだことがあった。

たとえば……。

「自らの子育てを描いてきた絵本作家〇〇〇〇さんがこのほど、4歳の息子△△君との対話集を出版した。」 と紹介したその絵本作家が、実は子育てと無縁なテーマの絵本もいくつか出版されておられたとか。
「新幹線建設に反対する△△会は」 と書いたそのグループが、実は、新幹線反対だけでなく、実に多方面で活躍していたとか、グループ内にも反対や中立や色々な意見があって、その上で建設問題に取り組んでおり、単純な 「反対」 と言ってしまえないとか。
もっといえば、宇宙飛行士が女性で、子どもがいるというだけで、なぜか見出しに 「ママさん宇宙飛行士」 と表現されてしまうことなども。

結局は、ある程度カテゴライズして読者に分かりやすく伝えたいとか、短い字数でなんとか表現しなきゃいけないとか、そういうせめぎ合いの中で生まれたもので、実は現場の記者はそれなりに悩んだりしてるもんなのだ。

で、「日本人合唱グループ」、である。
短い記事の、それも最初の一文の中で、「主に日本人だがアメリカ人や韓国人メンバーもいる合唱グループ」 と書いても、どうもしっくりこない。
で、これをどうしたか。

inclusive でありたい、とおっしゃった方が自ら、対案を出してくださった。
「ほかに表現する方法がないのも分かります。言葉としては変だけれど、『人』 を取って、『日本合唱グループ』 としてはどうでしょう?」

おおおおお、って思った。
新聞社のデスクだったら、たぶん、通してくれない言葉かもしれない。
でも、私は、inclusive でありたい、というこだわりの方を大切にしたかったし、ほかに良い言葉も思いつかなかったので、即答した。

「それでいきましょう! 日本合唱グループ、と書き直します」。

編集長さんに送る際、「あ、脱字だ」 と勘違いされ、「日本人合唱グループ」 と訂正される可能性が高いと思ったので、事情まで全部説明した。

「主に日本人が多いことや、日本語の歌を主に歌っていることは事実ですが、一方で、アメリカ人や韓国人のメンバーもおられますし、何より、この多民族国家アメリカにあって、日本人だけで狭く閉じてしまうのではなく、できるだけ広く開かれた、inclusive な会でありたい、というのが我々の願いです」 と。

編集長さんが、「日本合唱グループ」 という言葉で、そのまま通してくださったことにまず感謝。
もしかしたら、読者100人のうち、99人は、「日本人合唱グループ」 でも 「日本合唱グループ」 でも、その違いに気付かないかもしれない。
でも、このこだわりを、大事にすることからしか、何も生まれない、と思う。
あとはそれを、どれだけ伝えられるか。
ここは、今後の自分への宿題、だと思ってる。

その上で、自分であらためて気が付いた。
今回、プレスリリースを作ったとき、たとえば、ついつい、こんな表現を書いてしまいそうになる自分がいた。

遠いアメリカの地にいても、故郷日本のために、何かできることを、とか。
家族や故郷をうたいこんだ曲を選びました。懐かしい日本に思いをはせ、とか。

そのたびに、inclusive、inclusive、と自分に念じたもんだ。
だって、アメリカにいて、骨身に染みた。
日本の被災地の様子を見て、何かできることをしたい、と強く思っているのは、何も、日本人だけじゃない、って。
アメリカにいて、ベネフィットコンサートをするからには、この地の日本人だけでなく、様々な民族・人種的背景を持った人たちにも来ていただき、歌を通して、思いを重ねていく作業が、とても大切なんだ、って。

そんな inclusive であることへの希求が、プログラムを少しずつ変えていき、Going Home (家路) を英語で歌うこと、などの選択につながっていった。

震災の後、いろいろなアメリカ人の反応に、あれこれ考えさせられた。
社交辞令のように、「家族は大丈夫だった?」 と聞かれ、「大丈夫」 と答えると、カラカラと明るい笑顔で 「goooooood!!!」 とはしゃいだ後、さっさと次の話題に変えてしまう人もいれば、「でも、つらいよね。heartbreaking だよね」 と気持ちに寄り添おうとしてくれる人もいた。

私の日本人の友人の中にも、「地震で、日本の国土がちょっとずれたんだって? 良かったじゃん! 数センチでも日本がアメリカに近づいたんだから」 という冗談をアメリカ人の知人に聞かされて、笑えなかった、という人や、
「確かに日本はプレートが複雑に入り組んだ場所にあって、大変だろうけど、それでもアフリカの〇〇〇(国情不安定な国を指して) の人は、可能なら大喜びで今の日本に行くと思うよ」 という表現で暗に、「なんだかんだあっても、日本はまだまだ恵まれている」 と説教めいたことを言われ、思わずきちんと反論した、という人がいる。

今回の震災について、周囲に伝わらない、伝えきれない思いが降り積もる中で、ともすれば、「やっぱり分かり合えるのは日本人同士だけ」 なんてメンタリティーに簡単に陥りそうな場面がたくさんあったと思う。

そんな時だったから、合唱グループの役員の方のおっしゃった、inclusive という言葉が、今回はとても胸に響いたんだと思う。
このグループの中には、すでにアメリカに何十年も暮らし、根を下ろし、社会的地位を築いてこられた方がいっぱいいる。日本が、今ほど世界に認められていなかった時代にも、やれ貿易摩擦だの、日本企業がマンハッタンの土地を買いあさってるだの、そういう時代にも、この国で、生きてきた人たちだ。
そんな暮らしの中で、「自らも inclusive であること」 へのこだわりが、生まれてきたんだと思う。

日本に帰っても、「inclusive であること」 を常に心のどこかに留めておくことにしよう。


アメリカという国と、宗教というもの

まずは宣伝から。
4月23日、所属している合唱グループ Japanese Choral Society of Washington で、東日本大震災の復興支援を目的としたベネフィットコンサートを開きます。
詳細は、以下の通りです。

************************

■■■ 歌でつなごう支援の心 ■■■ 
        東日本大震災復興支援コンサート

主催 Japanese Choral Society of Washington (JCSW)
協賛 ワシントン日本商工会

■日時■  2011年4月23日(土)午後2時~3時
      (寄付金受付時間は、午後1時半~2時と、3時から3時半)
       コンサート後にレセプションも。

■場所■  First Baptist Church of Rockville
      (55 Adclare Rd, Rockville MD 20850)無料駐車場あり。

■内容■
合唱 : 四月の風、雨のあと、花、ロンドンデリーの歌、さくらさくら、
     Going Home、夕焼け、上を向いて歩こう、など。
ソプラノ独唱 : 嶋田貴美子 (二期会オペラ)

指導・指揮  嶋田貴美子
編曲・ピアノ 千葉真衣子
ヴァイオリン Heinosuke Voelkel

■入場無料■ 
(ご寄付の有無にかかわらず、コンサートご来場のみの方も大歓迎です)

■支援のための義援金■

1、コンサート会場でお寄せいただいた義援金は、ワシントン日本商工会(Japan Commerce Association of Washington, D.C. http://jcaw.org/main/)が設立した JCAW Faoundation(503(c)3 認可)に委託し、日本赤十字社などに全額送られます。
2、小切手の支払い先に、JCAW Foundation と書き、メモ欄には、Donation for Earthquake Relief とお書き添えください。JCAW Foundation 宛の寄付金は、米国の税金控除の対象となります。
3、ご寄付は、小切手か現金でお願いいたします。

今回のプログラムには、家族や故郷をテーマにした日本とアメリカの両方の曲を選んでみました。被災地の復興を願う私たちの心と、そして支援金を、歌声とともに日本に届けられたら……と思います。
ぜひとも、お越しくださいませ。

■詳細・問い合わせ■
JCSWのウェブサイト http://www.jchoral.org
Email JCSWMail@gmail.com

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で、今回は、これを素材とした、アメリカと宗教について。

実はこのコンサート、教会で行う。
合唱グループのメンバーのお一人が、教会の牧師さんで、快く、教会を無料で場所提供くださったのだ。
今回、企画段階で、ふと、「私のユダヤ人やイスラム教徒のお友達をお誘いするとき、コンサート自体は宗教色がないことを説明する良い英語の表現はないかなあ……」 と思って、その牧師さんにご相談したら、

Non-Religious. Everyone Welcome.

がいいんじゃないか、と。
なーるほど、これは良い言葉を教わった。
そう思った。

一方、この文言を、チラシなどに盛り込むかどうかについては、別の視点からの意見も出てきて、見合わせることにした。それは、「わざわざ無料で会場をご提供くださる教会に対して失礼な感じがするし、キリスト教徒の目には逆に、わざわざ non-religious と表記されることに、不快感を感じる人もいる」というご意見だった。

これもすごーく分かるのだった。
そもそも、どんな宗教を信じる人より、無宗教を標榜する人が、最も信頼されない、という世論調査結果すらある国だ。(9.11の後の世論調査ですら、イスラム教徒への信頼度より、無宗教者への信頼度のほうが低かったのだ)。
non-religious を標榜することは、それはそれで誰かの気分を害するリスクを常に負う。
それに、アメリカはやっぱり、成り立ち自体が、キリスト教徒の国だ。
それだけに、たとえばクリスマスの季節に、無防備に 「メリークリスマス」 の一言すら言えない状況に、複雑な思いを抱えているクリスチャンの友人は多い。
多民族国家だから、さまざまな宗教的背景を抱える人が暮らす国だから、「メリークリスマス!」 の代わりに、「ハッピーホリデー!」 と挨拶するこの国にいると、日本人はなんと無防備に、あっけらかんと、メリークリスマス! と言ってしまえるんだろう、と頭がクラクラするくらいだ。

教会を貸してくださるのだもの。
クリスチャンの人たちの気持ちも大切にしたい。
そう思った。

チラシを配るときは、個々人が、コンサートに宗教色がないことを、相手に説明すればよいのだ、とも思った。

数日前、友人に英語版のチラシをメールで送った。
上記の合唱グループのウェブサイト(リンクあり)のトップページに貼り付けられている、若草色のチラシ。
Non-Religious. Everyone Welcome、とも書いた。
「夫婦で行くよ」 と返事してくれた友だちがいた。
我が家にも、ご夫婦で招いたことがある、大切な友人だった。
それでもって、彼らはユダヤ人だった。

今日、この夫婦の夫のほうと会ったら、こんな話をしてきれた。

「妻は、コンサートには行きたい、と言ってくれてる。でも、彼女がコンサートに行く、と決断してくれた思いを、君には前もって伝えておきたいんだ」 と。
彼の話は、こんな風だった。

僕はね、それほど宗教にまじめな人間じゃない。
でも、妻は、もう少し、それを大事にしてる。
そういうことは、簡単に変えられることではなくて、そうだな、例えば、彼女は、
ドイツには死ぬまで旅しない、と決めてる。
ユダヤ人として、ね。
彼女にとって、教会で行われるイベントに参加することは、たとえそれが一切宗教色のないイベントであっても、そう簡単なことじゃないんだ。
まして、4月23日って、すごいタイミングなんだよね。
キリスト教徒にとってはイースターの前で。
僕らユダヤ人にとっては、とても大切なパスオーバーの、まして Good Friday の翌日。
下手すれば、クリスマスより宗教的には意味があるような2つの日にはさまれた23日に、
妻がキリスト教の教会に出かける決意をしたのは、
ただただ、あやこや、ほかの日本人に出会ったことで、彼女がとても日本を愛するようになって、今回の震災で、自分も何かしたい、と強く願っているからなんだ。
そんな彼女の思いを、どうしても、先に君に知っておいてほしくて、ね。


普段はお互い、冗談ばっかり言う仲の彼なのだけれど。
この時ばかりはもう、言葉もなかった。
ただ、「彼女の気持ちを教えてくれてありがとう。コンサートに行こうとしてくれて、ありがとう。一生懸命歌うよ」 って返すしかなかった。
私が、自分のつたない英語力を悔しく思うのは、こんな時だ。
あふれそうになるこの思いを、すっぽりと、過不足なく、きちんと相手に伝えられる言葉がほしい、といつも強く思う。

その後も、彼にいくつか念押しされた。
「牧師さんの挨拶とか、ないよね?」
「歌う曲目の中に、宗教色のある曲はないよね?」
これらの質問に、「大丈夫。コンサート自体に宗教色は一切ないから」 と返事しながら、ああ、私は、全然分かってなかったんだなあ、と思わずにいられなかった。

第一、4月23日という日付自体が、そこまでの意味を持つと知ってなかった。
パスオーバーは知っていても、Good Friday という概念は知らなかった。
ある宗派の教会でコンサートを行うということが、さまざまな宗教的背景を持つ人の暮らすこの国で、どんな風に見つめられるのか、ということに、自分で思っている以上に無自覚だった。

この国に来て3年。
常々、「日本人がこの国を理解するのに、とても難しい三大案件は、宗教、人種、そして連邦制」 と思ってきた私だけれど、思っていた以上に、やっぱり私はわかっていなかったんだな。
それも、最も色々な話をできた、大切な友人についてですら、このざまだ。
そんなことも心しながら、今回は、きちんと歌おうと思う。

実は、今回のこのコンサート。
私としては珍しく、企画立案や広報に関わってみて、あらためてアメリカを学ぶ機会に恵まれた、気がする。
そんなことも、コンサートの当日まで、ポツリポツリと書いてみたいと思う。


扉をあけてみたら……

庭のフキノトウが、もはやてんぷらにするには巨大化してしまったので、そろそろお浸しにしようかな、と思った。
夜8時。
夕飯の準備のため、庭のフキノトウを取ろうと、玄関のドアを開けたら………。





sakura from irene


一抱えもある桜の花束が、玄関先にどーんと置かれていたのだった。
封書が添えられている。
署名を見てびっくり。
うちの、イラン人の大家さんじゃないか!

私が、来月の家賃の小切手を送るとき、うっかりして300ドル近くも余計に払ってしまっていたらしく、昨夜、大家さんから、「金額、間違えてたよー」 とわざわざご連絡をいただいたばっかりだったの。
あれこれ迷惑かけちゃって申し訳なかったなー、と反省してたら、なんと、その金額間違いの小切手のコピーをわざわざ自宅に届けてくれたらしい。
で、その時に、この桜を持ってきてくれたのね。

「我が家の庭に咲いてる桜です」 とメッセージが添えてあった。

不覚にも、思わず、涙ぐんでしまった。
このイラン人の大家さん、震災の日からこちらが恐縮するくらい親切にしてくれるの。
「あやこ、家賃は急がなくても、いつでもいいからね」 とまで言ってくれた。
普段は人の2倍も3倍も、お金に細かくて、きっちりした人なのに。
今日だって、呼び鈴を押してくれればいいのに、きっと、遠慮して、帰っちゃったんだろう。

イランも地震の多い国だもんね。
何万人もの方がなくなるような震災に何度も遭った国だものね。

お礼のメールを書いた。
「今年の桜は、特別に美しいです。私にとって今年がアメリカで見る最後の桜になるから、だけでなく、あなたの暖かい心遣いに触れたからです」 と。

家中の花瓶を使って、桜をいけた。
我が家の中まで、春がやってきた!


遠くにいて

書いては、消し、書いては、消し、しているのだけれども。
いまだ、うまく、言葉にできない。
震災のこと、日本のこと。
遠くにいて、自分に何ができるのか、とそればかり考えている。

アメリカの友人たちの反応はびっくりするくらい早かった。
震災が起こった半日後にはもう、あっちこっちからお見舞いのメールが届いた。
自宅の電話も随分鳴った。中には、すっかり縁遠くなっている人なんかからも電話がかかってきて、驚いた。
「あなたの家族は、友人は、大丈夫?」 と。

2日目にはもう、Red Cross に義援金を送りましょう、という呼びかけを、facebook あたりで目にするようになった。私の元にも 「今私ができることは何かしら?」「あなた自身が困ってることはない? 私はあなたと、あなたの国を助けたい」 などのメールが届くようになった。
被災したのが日本で、彼らにとって知っている日本人が私だったから。

オロオロしているうちに数日間が過ぎて。
ようやく重い腰を上げて、あちこちからいただいたメールにお返事を書いた。
特に英語で書く返事には、時間がかかった。
だって、日本語でだって、いまだに自分の思いを言葉にできていない状態なのだから。

遅ればせながら、アメリカの Red Cross に自分で寄付してみた。
ああ、これなら、簡単だし、友人たちにも声をかけてみよう、と思うことができた。
そしたら数時間後、アメリカ人の友人が、日本赤十字に直接クレジットカードで寄付できるよ、と広く呼びかけているのに行き会った。
私がアメリカの赤十字に寄付したのと同じ日に、
アメリカ人の彼女が日本赤十字への寄付を呼びかけてることに、
少しだけ、心が落ち着いた。

どこに行っても、アメリカの友人たちから、「家族は? 友達は? みんな大丈夫なの?」 と聞かれる。

おかげさまで、仙台の義父母は、比較的海から遠いところに住んでいて無事なのよ。まだ、ガスも水道も止まっているけれどね。何しろ戦中派だから、本当にたくましいわ。73歳の義父なんて、6キロもの水を背負って、片道40分歩いちゃうのよ。停電で、やることがないから、って、時にはビールを飲んだりして、上手にストレスも解消してた。地震にも慣れてるからね。「大丈夫、あと2週間くらい停電しても私は平気よ」 って義母だっていうの。まいっちゃうわよね、ふふふ。

そんな風に答えてるんだけど。
友達らから、「良かった! あなたのお母さんお父さんが無事で、本当によかった!」 などと握手されたり、ハグされたりするたび、実は心のどこかが苦しくなる。

「良かった」 じゃないのよ。
だって、町ごと消えちゃったんだよ。
今も、なお、行方不明の人がどんどん増えてる。
救助されて、避難所にたどりついたというのに、そこで命を落とす人すらいる。
オムツが、ミルクがない、と赤ちゃんをかき抱くお母さんがいる。
原発の原子炉は、どうやってもなかなか冷えてくれない。
人体に影響があるほどの放射能の中で、もはやどんなテレビカメラも、衛星写真でも追えない、見守れない場所で、働いてる人がいる。
それを案じる家族がいる。
だから、「良かったね!」 とハグされるたび、どうしていいのか、分からなくなる。
確かに私の肉親は助かったけれども。
でも、やっぱり、「良かった!」 じゃないのよ、と。

アメリカにいて、毎日、Ustream で日本のニュース映像を見続けて、情報ばかりが降り積もっていく。
仙台の義父母と初めて電話で連絡が取れたとき、義母は 「あら、あやちゃん、どーもねー」 って明るく言った。
あまりに普段通りの声だったから、逆に、胸を衝かれた。
少し話して、理由が分かった。
停電し、テレビも見られず、乾電池が切れ、ラジオも聞けなかった義父母は、完全に情報から遮断されていて、津波が来たことも、たくさんの町が流されたことも、何百と言う遺体がすでに打ち上げられていたことも、何も知らなかったのだ。

仙台にいる義父母より、アメリカにいる私のほうが、たくさんの情報を、簡単に得られてしまうという事実が、とてもショックだった。
遠くにいて、できることは何だろう。
そんなことを、ずっと考えていた。

考えても考えても、「寄付することくらいしかできない」 って結論に落ち着いた。
自己満足で何かするんじゃなく、被災した人にとって一番役に立つように使ってもらおうと思ったら、結局、やっぱり、現金が一番いいんじゃないか、と思ったから。
だから、寄付した。
「私に何かできることはある?」「寄付したいんだけど」 とメールをくれたアメリカの友人たちには、赤十字の窓口を連絡したりもした。

アメリカ人の一人の友達に、初めて打ち明けてもみた。
「あのね。仙台のご両親が無事でよかったね~、って好意で言ってもらっていても、『良かったね』 といわれるとさ、私は英語も下手だし、なんか、語彙も少なくて、ただ、『うん、本当に。ありがとうね』 とか言うことぐらいしかできなくて。でもものすごい違和感があるんだよね。それが苦しいんだよね」
って。
友達はちょっとびっくりした後、「こんな風に話をすることで楽になれる? 地震の話をするのはつらいかと思って、こっちから聞かないほうがいいかな、とか思ってたんだ」 と言った。
そうだったんだ……。
私は言った。
「ありがとう。聞いてもらえたほうがいい。言葉にしたほうが、私、落ち着くみたい」 
ほんとに、その日から、少し前向きになれた。

先日、合唱の練習があった。
いつもなら張り切って、練習の前には必ず自宅で1時間、発声練習をするんだけど、さすがに今日ばかりは気持ちがついてこなかった。
今まさに生死の瀬戸際にいる人たちがいるのに、趣味で歌を歌っていていいのか、みたいな罪悪感がわいてきて、練習1時間前になると、ベッドにもぐりこんで、起き上がれなくなってしまったのだ。
それでも、どうにか時間ギリギリで起き出した。
安全な場所にいて、この体たらくじゃ、あまりに情けないからね。

案の定、自宅で発声練習すらせずに参加した全体練習では、まともに声も出るはずもなく、とっても情けない思いをしたわけだけれど。

そんな時、合唱の指導をしてくださっている先生が、「義援金を呼びかけるチャリティーコンサートをしませんか?」 と呼びかけてくださった。
ああ、と不意を突かれた感じ。
日本から遠く離れて、私にできることなんか、寄付することくらい、と思ってたけど、
そっか。
自分が寄付するだけでなく、周囲に寄付を募る方法については、もう少し選択肢もあったのね。
歌を歌うことで、寄付が集まるならば、そんなありがたい機会はない。

みんなで歌の練習をした。
「故郷 (ふるさと)」 を歌っては、泣き、
「上を向いて歩こう」 を歌っては、泣き、
「家路 (Going Home)」 を歌っては、また、泣き。
全然練習にならないのだった。

そもそも声が出ないところに、泣いて、鼻水ずるずるで、まったく戦力にならなかった私は、もう、ひたすら反省。
人は、「泣く」 という行為で、ストレスを軽減できるらしい。
一方、歌は、泣いたら、歌えない。ちっとも美しい響きにならないから。
つまり、歌いながら泣く、というのは、美しい響きを聴き手に届けられないばかりか、自分のストレス軽減にしかならないんだな。
自己満足にしか、ならないんだな。

チャリティーコンサート、という企画自体だって、自己満足といえば自己満足かもしれない。
それでも今回は、どんな手段であっても、結果的に、日本でそれを必要とする人に、いくばくかの義援金を届けられるのであれば、私はそれにトライしてみようと思う。

んなわけで。
自分で自分と約束した。
歌いながら泣くのはやめよう。
本番では、絶対に泣かない。
できるだけ、あたたかい、やわらかい響きを、美しい音色を、
聴き手に伝えられるよう、がんばってみる。
うん。
がんばろ。
仙台のパワフル戦中派夫婦なんかに、気合で負けてたまるかってんだ。

息子が中学校から帰ってくるなり、「寄付しておいたから」 という。
学校でようやく、日本支援の義援金集めが始まったらしい。
一口1ドル。
少ない小遣いから、5ドル出してきたという。
ははは、そういえば、昨夜、息子から 「寄付が始まったから、お金出してね」 とか言われてたっけ。
自分のことに必死で、すっかり息子の学校のことなんて忘れてたよ。
でもまあ、息子は息子の場所で自分で考えて行動したんだもんね。

私は私で、今いる場所で、今できることを、1つひとつ探してみよう。

プロフィール

おぐにあやこ

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。仕事を辞めて渡米。11年、新聞記者に出戻り。
趣味■読書、歌、旅
目標■ちょっと背伸びして、
 疑問符を感嘆符に変える事
苦手■勧善懲悪


著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
「アメリカなう。」(小学館)
「アメリカの少年野球 こんなに日本と違ってた」(径書房、ミズノスポーツライター賞)
「?が!に変わるとき  新聞記者、ワクワクする」(汐文社、読書感想画中央コンクール課題図書、高校生の部)

訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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