書いたり、消したり、色々とお騒がせしてますが。
息子のプライバシーに配慮しつつ、この秋の少年野球体験について、書き直してみました。
野球の話のようであり、実はそれだけではないようでもあり、親として随分と考えさせられた秋でした。
思えば、我が家の中で、アメリカの競争社会で本気で戦いを強いられているのは、実は息子だけなのかもしれません。
夫の勝負の舞台はあくまで日本のメディアで、職場もほとんど日本人。
一方、私はといえば、18,19歳のお子様たちに混じって 「オバサン学生」 をしている程度で、やはり本当の勝負所は、日本人のジャーナリストとしてこの国の何を見つめるか、ということだから。
アメリカで、アメリカ人と同じ土俵で、彼らと勝負するなんてことは、駐在暮らしでは、ほとんどないんですよね。
だから、息子の野球を通して、時折、そうしたアメリカの社会のシビアさを垣間見ると、ドキリとしてしまうんだと思います。
正直な話、ここが日本だったなら、日本語が通じる世界だったなら、日本の常識で判断できる場所だったなら、などと弱気になったこともありました。
そのたびに、迷ったり、フラフラしたり、動揺したり、夫婦して情けないくらいオロオロしながら、息子を見守ってきました。
そんなわけで。
2009年秋、一人の野球少年の戦いの物語……というようなお話です。
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この秋シーズンの目標を「バッティングの改良」と位置づけた息子。
初試合から、良いスタートを切った。
同じ日本人の野球少年で、きれいなフォームでバシバシと速球を決めてくる本格派ピッチャー、M君のいる、Montgomery Nationals とのシーズン初試合で、M君との最初の対決は「空振り三振」だったのだけど、次の打席では、ライト前ヒット。2打点も上げたからだ。
「長い長いスランプから、ようやく抜け出せた!」
私はそう思ったし、息子自身もそうだったと思う。
夏休みの間、毎日素振りを欠かさず頑張ったかいがあったというものだ。
目標に一歩近づいている気がした。
この時はまったく分かってなかったのだ。
この後、春以上に精神的にきついスランプが待ち受けていようとは……。
息子はこの日を最後に、ぴたりと打てなくなった。
次の試合は、サードゴロ、四球、ピッチャーゴロ。
その次は、ショートゴロ、四球、セカンドゴロ。
次はピッチャーフライ、サードゴロ。
シーズンの最初の息子の打順は7番で、後ろにまだ4人いた。
しかし、3試合ノーヒットの後、息子の打順は9番に落ちた。
ここで思わぬ不運に見舞われた。
なんと息子が、この最悪のタイミングで新型インフルエンザにかかってしまったのだ。
……って言っても、うつしたのは、私なんだけどね。
これで息子は、3試合を棒に振った。
そのうち2試合は、かつてチームメートで、「このチームにいる限り、息子は活躍できないから」 と、あえてチームを去ったショーンが現在所属する Olney Buccaneers とのダブルヘッダーだった。
久しぶりに、ショーンのパパのジョンに会いたくて、息子のことを相談したくて、ずっとずっと私自身が楽しみにしていた試合だったのだ。
だけど、そんな願いも、新型インフルエンザの前に、露と消えた。
息子を欠いた BCC Hurricanes は、ショーンのいる Buccaneers に、大差で快勝したのだった。
久しぶりのヒットは、インフルエンザからの復帰試合で出た。
この時もなぜか、第一試合と同じ相手の Montgomery Nationals との試合だ。
初回から打線爆発。2回の攻撃が終わった時点で、ヒットが出てないのはなんと、息子とアズラの2人だけだったのだ。
「こんな日にノーヒットだと、さすがにもう、声の掛けようがないよなぁ」
そんな状態で迎えた3回の攻撃。打順は8番スコットからの下位打線で、スコット、息子、アズラ、マイケルの打撃不調4人組みが連続でヒットを放った。
こうして、「全員安打の猛攻撃」 の例外的存在になることだけはなく、久しぶりのヒットが出たのだった。
ライト前への当たり、だった。
ただし、この試合にはオマケがあった。
27−4、というとんでもない大差試合だったこともあり、「投げてみるか」 といきなり息子にピッチャーのお役が回ってきてしまったのだ。
しかし、息子の今期の目標はバッティングであり、もはや投球練習すらしたことがない。
日本で小学校3年まで軟式野球をやっていたから、プレートの使い方や牽制球の投げ方こそ知っているけれど、実際にアメリカのマウンドでそれをやったことすらない。
インフルエンザからの病み上がりで、体力も落ちている。
おまけに、審判から 「ユニフォームの下に着ている白いシャツは、バッターが球を見極めにくいので、脱ぎなさい」 と指導され、凍えるような寒い夜に、メッシュのユニフォーム1枚で投げることになってしまった。
どう考えても、非常に悪いことの重なったタイミングでの、久しぶりのマウンドだった。
投球練習をしている間、1球もストライクが入らなかった。
最初のバッターに対しては、ボール、ストライク、ストライク、ボールで、最後は空振り三振。
なーんだ、もしかしたら、そう不調でもないじゃん、と思ったんだけど。
そこから大きいのをポンポンと2つほど打たれたところで、息子は崩れた。
ストライクが入らなくなった。四球が続いた。
それでも、大差にあぐらをかいた監督のほうは、替える気がなかったらしい。
ただ、「大丈夫か?」 と監督が声を掛けたところで、息子からマウンドを降りた。
あとで聞いたら、「腕の調子が変だったし、これ以上投げてもダメだと思った」 という。
マウンドに死んでもかじりついてやる、とは思わなかった……そういう事なんだろう。
久しぶりのヒットと。
久しぶりのマウンド体験。
息子は……、やっぱり喜んでいるわけはなく、ムチャクチャ落ち込んでいたのだった。
「お声がかかるなんて、ピッチャーとしてもまだまだ期待されてるってことじゃん」
などと、てきとーに励まそうとしたのだけれど、もはや思春期前期の息子がそんなことでおだてられるわけもなく……。
「
俺、もう、ピッチャーはいいや」
ぼそっと出た一言は、そんな言葉なのだった。
帰り道、車中に漂う重苦しい雰囲気。
なんとなく、きつい秋シーズンになりそうな予感。
そんなあれこれを吹き飛ばすため、すでに夜7時半を過ぎていたというのに、私はスポーツ用品店に車を走らせた。
「
そろそろ去年買ったバットも短すぎるんじゃない? 1本、新しいのを買おうか」
夕飯も食べてなかったし、店がそもそもまだ開いているのかだってよく分かってなかったけれど、そんなことしかもう思いつかなかった。
息子のその時使っていたバットは、ちょうど前年のトライアウトの前に買い与えたものだった。
もはや重さも長さもよく分からない。
というのも、それらを書いた塗料も、模様の塗料も、すべてはげて、ただの銀色の棒状態だから。
連日、素振りのほかに、ティーボールやら、私の球出しを打ってきたため、安物バットの塗料はすっかりはげ落ちてしまっていたのだ。
息子が実はバットを買ってもらいたがっていることは、薄々気付いていた。
でも言い出さないのが不思議だった。
時々遠慮がちに、
「ブランドンってさ、バットを3本持っていて、ピッチャーによって使い分けるんだよ」 とか、「エバンが新しいバットを持ってきた」 なんて言うことはあった。
そのたびに私はサラリと、「みんな、お金持ちだからねえ」 なんて言い方でかわしてきた。
息子から、「俺もほしい」 と言ったことはなかった。
だから、それほどほしくないんだろう、と思ってきた。
だけど、「新しいバット、これから買いに行こう」 といった時の息子の表情がパッと明るくなったのを見て、なんとなくこれまでの息子の心理がよく分かった。
バットは、とてもほしかったらしい。
でも、言い出せなかったらしい。
バットがほしい、と言い出せるほど、ヒットを打てていないから。
ヒットが出ないのをバットのせいにしているみたいで、潔くないと思われそうだから。
それを母ちゃんや父ちゃんに指摘されると悔しいから。
あまりに高い買い物で、親に申し訳なかったから。
きっとまあ、そんなところだろう。
新しいバットは、少し重い目のにした。
10歳くらいまでの子どもにとって、硬球用バットは、軽ければ軽いほうが良い、だ。
速く振れるほど、ボールもよく飛ぶから。
でも11歳、12歳くらいからは、事情が少し変わってくる。
軽いバットは、スイングも速くなるけれど、軽いばかりのバットの真芯でボールをとらえるのは、かなり技術がいる。スイートスポットが小さいからだ。
成長し、力がついてきて、スイングも速くなってきたならば、今度は、「軽ければ軽いほど良い」 ではなく、もう少し重い目のバットのほうが、ヒットを出しやすい、らしい。
さらに、スポーツ用品店で聞いたところによると、息子のように、どちらかというと小柄で非力なタイプは、バットが one-piece ではなく、two-piece のほうがよく飛ぶらしい。
なるほどなあ。
ただの one-piece で、おまけに 「軽ければ軽いほうが良い」 路線の銀色バットは、すでに息子には合わなくなっていたのだ。
スポーツ用品店の兄さんに、「それはあまりに短すぎます」 と指摘されてしまった。
で、バット売り場には、息子のチームメートたちが持っているバットがずらりと並んでいた。
値段を見て、はあああ、と溜め息が出た。
250ドルを下るバットは、ありませんでした、はい。
なんかもう、思いつきで夕飯も食べず、車を走らせてきた勢いで、私は息子に言ってしまった。
「値段なんか気にするな。母ちゃんは、こういう時のために働いて、原稿書いて、お金を稼いできたんだから」
息子がおずおずと選んだバットがこれ。
Easton の Stealth Speed シリーズ。
30インチ、19オンス。買っちゃったよ。
269ドルでした。
「高いバット買ったんだから、絶対にヒット打ちなさいよ」 などと、母ちゃんはもう、言いませんでした。
言わなくても、269ドルの重荷は、息子にしーーーーーーーっかりのし掛かってるみたいだったし。
しみじみと新しいバットを愛でながら、ただただ、素振りに励む息子なのでした。
さて。
新しいバットがきっかけで、いきなり息子がヒットを打ち始めたら、
テレビドラマか漫画みたいな展開なんだけど。
現実は、やっぱり、やっぱり、厳しいわけで。
でもそれは、次回のお話。
(つづく)