新聞記者でした。「行って、見て、書く」ことを大切に、現場を歩いたり、人と出会うことで、心の中の「?」が、ちょっと背伸びして「!」に変わっていく瞬間を、できるだけ毎日、書いてみたいです。(小国綾子)

シーズンオフだっ!

Olney Pirates とのプレイオフ決勝戦に負け、春のシーズンが終わったその夜、監督兼コーチのルーから、こんなメールが届いた。

「素晴らしいシーズンをありがとう。トーナメントも含め、28試合戦い、23勝5敗というのは、どの子にとっても誇るべき結果です。僕らは、2つのチームにしか負けなかったのです」

そして、最後に、こんな言葉が。

Enjoy the off season (tomorrow).

そうなのだ。
ははは。
オフシーズン、っていったって、実は1日だけなんだよねー。
次の日にはもう、夏最初のトーナメントが始まる。
そこから、3日間、連続で試合を戦い、本当に勝ち抜けば、4日目も。

そんなわけで、本日は、ほんの1日だけの 「オフシーズン」 なのだった。
明日からいよいよ、夏シーズンの始まりだっ!

監督兼コーチのルーからまたしてもメールが届いた。

「オフシーズンをお楽しみのことと思います。
モンゴメリー郡野球連盟の決勝戦を戦ったのが、
まるで昨日のことのように思い出されますね」


パソコンの前で爆笑してしまった。
だって、決勝戦はほんとに、昨日だったんだもん。
ああ、なんと短い、シーズンオフ。

……ということで、ここの 「野球ブログ化」状態は、まだまだ続きそう。

春のシーズン、終了

さて。
昨日をもって、息子の野球の春シーズンが、すべて終了した。
まったく、なんてとんでもないシーズンだったのだろう。

息子自身は、何よりスランプに苦しんだ。
打順1番でスタートした今シーズン、打撃不振で打順は坂を転がり落ちるように落ち続け、一時は最下位を低迷した。息子は落ち込み、自信を失い、迷い、考え込み、もがけばもがくほど、抜け出せない所に落ちていくような感じだった。
正直なところ、傍目にもキツそうで、1週間くらい野球を休ませて、気分転換させてやりたい、とこの私が思い詰めるほどだったのだ。
それでも、初夏トーナメントでのセーフティーバント成功をきっかけに、自分の力で壁をよじ登り始め、さらにトッドコーチのプライベートレッスンで息子の心は一つまた何かをつかみ、あとは一試合、一試合、結果を出せたり出せなかったりを繰り返してきたのだった。

一方、チーム全体では、リーグ戦をなんと2位で終了し、初夏のトーナメントでは優勝なんてことまで経験し、何時の間にやら、「メリーランド州のランキングで9位」 などという、実力以上の評価を得てしまった。
「それもこれも、トッドコーチの魔法だよなあ」 なんて思っていたら、トッドコーチがいきなり、シーズン終了を直前にして、コーチを辞任しちゃうし。最後はもう、はちゃめちゃ。
総括するならば、「ほんと、色々あったシーズン」 なのだった。

決勝戦前日、トッドコーチの辞任騒ぎでたぶん誰より傷つき、でも、さすがは敏腕弁護士らしく、猛スピードで立ち直った監督兼コーチのルーが、保護者にこんなメールを送った。

「いやはや、本当に、色々なことがあって、まだ僕らが経験してないことといったら、イナゴの来襲くらいですね」

この 「イナゴ」 というのは、かつてサンダーストームで毎日のように試合が中止になっていた時、ルーが保護者たちに、「明日は、雨が降ろうと、イナゴが来ようと、絶対に試合をやりたいもんです」 みたいなメールを出したのを踏まえてのことだ。
選手一家がチームを去ったり、トッドコーチが急に辞めたり、本当に嵐のように色々なことがあったけれど、それを全部ふまえて、今、優勝決定戦を前に、明るく、前向きにやっていこうとする監督ルーの思いがよく伝わってきて、だから私も早速、ルーに返事を出した。

「息子は明日の Olney 相手の決勝戦に燃えています。イナゴの大群の中だって、全力を尽くすでしょう!」

そしたら、すぐさま、Fabulous!! という返事が届いた。

泣いても笑っても、トッドコーチはもう、いない。
だったら、残された私たち野球パパママは、もっと取り残された思いでいるだろう監督のルーと、パパコーチ陣を、盛り立てていくしかないもんね。

そんなわけで、いよいよ運命の日がやってきた。
リーグ1位の Olney Pirates とのプレイオフ決勝戦。
ちなみにこのチームとは、春のリーグ戦で3回戦った。
初戦は、0−12でコールド負け。
次は、1−5。
そして、最後は、7−6 と、1点差だったけれど、勝利を収めることができた。
実力は間違いなく相手が上だけれど、一度はその相手に勝てたのだ。

ところが。
決勝戦。
結論から言うと、もう、清々しい気持ちで白旗を振りたくなるくらい、相手は強かった。
こちらがものすごいエラーを重ねたわけでもない。
ピッチャーの調子だって、そう悪くはなかった。
だけど、明らかに、Olney は、前に戦った時より、数段強くなっていた。
何より違っていたのは打撃だ。

もともと守備はとても良いチームなのだけれど、今回はさらにピッチャーの安定感が違った。おまけに、これまではお互い、数本ずつの安打で、あとはいかにうまく試合を転がすか、みたいな勝負だったのが、今回の Olney は、実によく打った。11人の選手のうち、9人が計10本の安打を繰り出してきた。つまり、まったく打線に切れ目がなかった。
速球派で、以前は Olney 打線を比較的よく抑えていたリオも、ザックも、見事なまでに打たれた。
ここぞ、というチャンスでは、必ずタイムリーヒットを打ってきた。

スコアは、0−8。
完封負け。
でも、実力をほぼ、反映した結果だったと思う。

息子は、打順2番、サードで出場。
3打席回ってきた。
1、2打席目はどちらも、ピッチャーゴロ。
センター返しの基本に忠実なバッティングだったが、いかんせん、ピッチャーの球威に負けていた。
最後の打席は、なんと最終回2死ランナーなし、という場面で回ってきた。
その前の2人は、クローザーの好投に三振させられていた。
決め球は、どれもチェンジアップだった。

だから息子は、チェンジアップに狙いを絞ったらしい。
速球はファールで逃げて、粘って、待っていたら、本当に2ストライクから、ピッチャーがチェンジアップを投げてきたのだった。
ちょっと待ちきれず、でもバットを振り抜いた打球は、三塁線ぎりぎり。
当たりは悪くなかった。
抜ける! と思った。

でも、10歳で、あの打球を逆手で止めて、捕球の勢いで三塁線からはみ出すほどの位置から、矢のような球を一塁に投げられる三塁手のほうが、結局は、数段うまかったということなんだろう。
タイミングは、本当にギリギリで、アウト。
結局、シーズン最後の決勝戦で、息子の念願のヒットは出なかった。

もっとも、我がチーム、この試合のヒット数はなんとわずか1本。
誰も打てなかったのだ。
いつもは長打を打つ主軸のザックやブランドンが2打席とも三振。
唯一のヒットというのも、リオが放った1塁線ギリギリの当たりが、ライトに抜けた、というだけ。
ちょっとずれていれば、ただの内野ゴロの当たりだった。
外野フライすら、わずか1本しか打てなかった。
相手チームが取ったアウト18個 (6回までの試合なので) のうち、三振はなんと9個も。
なんと見事なピッチングだったろう!
同じ10歳以下のチームとは思えないくらい、攻守ともに秀でたチームだった。

おまけにコーチ陣はみな感じが良く、
さらに観客席の父母たちまで、実にスポーツマンシップに満ちた人たちだった。
ほんと、もう、ただただ、完敗。そして、脱帽。
ちなみに、この Olney Pirates は、我々が 「9位」 と評価されているメリーランド州の10歳以下チームのランキングで、3位、だそうだ。

そんなわけで、春のシーズンは終わった。
あまりの負けっぷりに、パパママたちもかえってさばさばしていた。
試合終了後、クローザーとしてマウンドに立って、2四球に3安打を浴び、4点を失ったザックが、目を真っ赤にして泣いていた。
普段から泣き虫のライアンも。
あとで息子に聞いた話だが、試合中には、ブランドンが三振した後、ベンチで悔し泣きをしていたらしい。
大人は、「勝ち負けなんかにこだわらず」 というけれど。
やっぱり子どもは、勝ちたいんだ。
勝つ喜びをこの子たちに教えてくれたのも、トッドコーチだったんだよな、と思い出す。
リオは、この今シーズンを前に、レクレーションリーグの野球でもらった過去のトロフィーやメダルを全部捨てたらしい。
「俺がほしいのは、トラベルチームの、ほんもののトロフィーだから」 と。
さすがは、赤ヘル長髪キャラ。かっこいいこと、言うじゃないか。

試合後、息子に一言声を掛けた。
「よかったね。最後に、飛んだじゃん。左に」
そうなのだ。
あの日、トッドコーチのプライベートレッスンで、「考える分、スイングがワンテンポ遅れる」 という問題を指摘され、それを修正するために、トッドコーチから教わったのが、「早く振ろう、ではなく、左に打とうと意識してごらん」 だった。
ヒットには至らなかったけれど。
チェンジアップに絞って、左へ、左へ、と意識した打球だったのだ。
次に続く打席だったと、今は信じたい。

そんなわけで、長い長い、春のシーズンが終わった。
(ようやく、ここの 「野球ブログ化」 も小休止、と思うでしょ。実は……。次のエントリーにつづく)。

コーチ辞任で見えたこと色々

親愛なるトッドコーチの辞任から2日目。
……っておいおい、まだ2日しかたってないのか。
まったく、なんと大変な週末だったんだろう。

ドリューのパパが試合中に、息子の起用をめぐって、トッドコーチに食ってかかり、それに怒ったトッドコーチが試合の途中で帰ってしまった事件が、土曜日の朝。
土曜日の夜には、ドリュー親子がチームを去ることで決着がついた、と監督兼コーチのルーから一斉メール。
なんだかなー、とフクザツな思いで迎えた翌日曜日の朝、今度は、トッドコーチがいきなり自分からコーチを辞任した、とルーから一斉メール。
月曜日は、ルーとのメールのやりとり、さらにはトッドコーチへのメール書きなどで、ほとんど1日つぶれた感じ。

とまあ、すっかり心は疲弊しているわけだけど、トッドコーチが辞任したことで、あらためて見えてきたことだってあるのだ。
「ただでは起きない」 がモットーの私としては、今回の辞任劇から、せっかくなので、色々と学んじゃおう、と思っているわけなのだった。

本日は、次のナゾを解いてみることにした。

なぜ、チームをここまで強くしてくれたトッドコーチがいきなり辞任したというのに、
他のパパママは、案外平然としているのか。
アメリカ流のドライな対応、ってやつなのか?


私の立てた仮説は、

1、ホントはもっと昔から事情を知っていた。だから今回の辞任劇も織り込み済みだった。
  (言葉の壁ゆえに、事情を知らなかったのは我が家だけ、という仮説)。

2、誰か一人が職場を辞める、というだけで大騒ぎし、慰留説得したり、大送別会を何度も開いたり、はたまた噂話でもちきりになるのが当たり前の日本人からみると、転職が当たり前で、誰かの辞職に騒いだりしないアメリカ社会は、ものすごーく、ドライに見えてしまう、というような類の話に過ぎない。

3、実は、みんな、そこまでトッドコーチに思い入れがなかったのではないか。

以上の3つ。
一番最初に考えたのは、仮説1だった。
でも後日、監督兼ルーは、私に事情説明の長い長いメールをくれた後、迷った末に、私に送ったメールをほかの保護者にもコピペする形で、「やはり迷ったけれど、率直に僕の知る範囲ですべて説明したいと思います」 みたなメールを一斉に送っていたから、どうやら、みんなは既に知っていた、というわけではないらしい。
となると、仮説1は違うことが分かった。

だったら、仮説2かな、と思ってたんだけどね。

今日、あらためて、意識的に色々な父母の様子を観察したり、話を向けてみたりして、なんとなく見えてきたことがある。

去年の秋、私と同じくらいトッドコーチに心酔していたはずの、ショーンのパパ、ジョンは、たぶん、今やトッドコーチにとても批判的であること。
それはシーズン途中で (それもシーズン終了間際になって)、チームを放り出すという無責任さに対してもそうなんだけど、たぶん、それ以前に、ジョンは、今シーズンのトッドコーチにある程度の不満を抱いていたのかもしれない。

そういえばシーズンの最初のころに、「内野と外野の守備を、去年ほどあれこれいじらず、固定する傾向があるのには反対だ」 というようなことを言ってたっけ。
ジョンにしてみれば、去年まで、ショートやサードを一番うまく守れるのが自分の息子ショーンだったはずなのに、この春から、いきなり、常にセンターを守らされていることが、とても不満だったのだろう。
また、投手としての起用が減っていたことも、不満の一つだったはずだ。

もしかしたら、実際にそういう不満や疑問を、監督兼コーチのルーなり、トッドコーチなりに伝えていた可能性もある。

トッドコーチの辞任劇でヘロヘロになっている私に、「つらいよなー」 と共感してくれると思っていたジョンが、意外にも冷たく、「人間なんてそんなもんさ。優れた面もあれば、そうでない面だってあるのさ」 と言ってのけた時には、ひええええ、と思ってしまったのだった。

さらに、スコットのママ、サリーと話した時のこと。
「私ね、後悔してるのよ。英語が苦手だから、ってトッドコーチとまともにコミュニケーションを取ろうとしなかったの。私が彼に言った言葉なんて、『Hello, Coach Todd! 』 だけだよ」
なーんて、私が嘆いていたら、彼女はこう言ったのだ。

「私だって、実はその程度しかトッドコーチとはしゃべってないわよー。というか、ほら、勝ち負けをすごく重視する人だったから。あ、誤解しないでね。私は、過去に、トッドコーチに意見したり、不満をぶつけたりしたことなんて一度もないのよ。ただ、まだ11歳の子どもたちの野球チームが、ここまで勝ち負けにこだわる必要があるのかなー、とは思ってたの」

よくよく考えたら、当たり前だ。
なにしろ、公務員で正論派のサリーは、かつて我がチームが、ハリケーン、ではなく、アタック、という名前のチームになりかけた時、
「11歳の子どもの野球チームの名前としては、アタック(攻撃) というのは、攻撃過ぎるのではありませんか?」
と意見し、そんなことはなーんにも考えてなかった野球パパ陣を、ひええええ、とのけぞらせた人物なのだった。

サリーがそういうなら、たぶん、ライアンのママのパムとか、リオのママとかも、似たような意見だったのかもしれない。

思えば、ブランドンのパパだって、息子のスランプを案じる時に、「あいつだって、あんなに身体が大きくったって、まだ10歳なんだよ。ただの子どもなんだよ。もっと、素直に、まっすぐに、野球を楽しませてやりたいのに……」 なーんて言ってたっけ。
そういう意味では、ブランドンのパパもまた、勝ち負けにこだわるあまりに、行き過ぎた雰囲気になっているのでは、という懸念を抱いていたのかもしれない。

まあ、でも、それを言い始めたら、私だってブログに 「11歳の競争社会」 とか 「チームの絆ってなんだろう」 なんてエントリーを書いているわけで、心のどこかで、「11歳がここまで激しい競争に身を置くことって必要なんだろうか」 という自問が常にあったのだ。
私の場合は、それはトッドコーチ個人ではなく、コーチ陣全員という漠然としたものへの抵抗感だったけれど、でも、きっと、私の心の中にも、似たような気持ちはすでに生まれていたんだと思う。

そんなわけで、案外、実は3つの仮説の中でも、もっとも真実に近いのは、仮説3だったのではないか、という意外な結論に落ち着きそうな気がしている。

トッドコーチがいなくなって以来、パパたちは、気軽にベンチに近づき、自分の息子を叱咤激励するようになったし、ライアンのママなんか、久しぶりに大きな一眼レフのカメラを持ってきて、遠慮なくベンチの中に入って、子どもたちの写真をバシバシ撮りまくっていた。
「子どもの気が散るから、親はベンチやダグアウトに近づかないでください」 というルールは、トッドコーチの辞任とともに、どこかに消えてしまったみたいだ。
でもって、それはそれで、パパもママも、楽しげなのだった。

そうそう。
トッドコーチの辞任問題とは全然別の話だけれど、スコットのママのサリーと話していて、もう一つ、この国の少年野球について、分かったことがある。
サリー曰く、

「私ね。これまで国防省とか色々働いたけど、まあ、どこも、何というか男社会だったわよ。女にはどこか入りきれない、みたいな雰囲気があった。でも、そんな私が経験したどこの男社会職場と比べても、少年野球の世界っていうのは、ホント、男社会なのよね。
結局、この世界で女ができることって、子どもを球場に送り届けることと、食べ物を持っていくこと、あとはユニフォームを洗うことと、応援することくらい。あとはせいぜい、スコア付け、だもんね」

思わず、大爆笑してしまった。
実はそれ、私がずーっと思っていたことだったから。
古くはウーマンリブの国のくせに、女性学発祥の地のくせに、ジェンダーフリーがこんなに浸透している国のくせに、少年野球の世界って、
とんでもなく、パパ一色の世界なのよね。

単に、日本よりも、アメリカのパパのほうが早く会社を抜け出して、子どもの野球の練習や試合につきあえるせいかなー、なんて思ってきたわけだけど、やっぱり、それだけじゃなかったんだ!

「だからね。コーチと話すのも、父親の役目、みたいな雰囲気があるわけよ。コーチトッドになんか、私だって、『Hello』 くらいしか話せてないわよー。話す時は、夫にお任せ、みたいなことになっちゃうわよね。だって、コーチ陣だって、野球談義は男しか相手にしないでしょー」

わかるー、わかるわー。
正直なところ、日本の野球ママのほうが、絶対に野球に詳しいし、野球を熱く語るもん。

こっちのママなんか、たいてい、練習に子どもを連れて行くだけ。
試合観戦もたいていパパ任せで、ママは時々来たって、試合なんかそっちのけで、おしゃべりに夢中。
おまけに野球を全然知らない。
この前なんか、バントの指示を受けたライアンが、上手に転がしはしたけれど、今ひとつ転がりが足りず、あっさりキャッチャーに処理され、2塁ランナーが3塁でアウトにされちゃった時に、ライアンのママが、
「ライアン! 素晴らしいバントだわ!!」
と誉めちぎっていたのを聞いてしまった。
いくらなんでも、そりゃないぜ、って感じ。
そんなわけで、野球談義は圧倒的にパパの世界なのだ。

……とここまで考えて、はたと気づいた。
ちょっと待てよ。
ほかのママが、トッドコーチのことをそれほど高く評価してなかったのは、ある意味当たり前なのだ。
そこまで子どもの野球をずっと見てきたわけじゃないんだもの。
そもそも、アメリカのママはたいてい3人くらい子どもを抱えているから、本当に大変だ。
一人の子どもの野球の試合に延々とかかずらわっているわけにはいかないのだ。
当然、「野球はパパの専門ね」 となる。

技術面でのトッドコーチのすごさは、試合ではなく、あの練習を見ていなければ、きっとわかんないだろう。子どもを一瞬たりとも、たるませることなく、心地よい緊張の中で、絶対に怒鳴ったりしかったりせず、でもきちんと言うべきことは言いながら、子どもをその気にさせていく。
次から次に繰り出される、見たこともない練習方法。
それぞれの子どものバッティングを直す時、「君のバッティングはこうなってるんだよ」 と真似してみせる時、それがどんなに、本人とそっくりか。どれだけ明快に、問題点を指摘するのか。
その問題点を克服するために、いかに具体的な練習法を指示してくれたか。

あの、わずか2時間だけど、半日ほどの中身が詰まったような見事な練習を、まともにずっと見ているのは、ボランティアコーチをやっている3人の選手のパパ以外では、せいぜい、ショーンのパパと私くらいなのだ。
去年の秋の、Focus することと Aggressive になることの大切さを説いた彼のスピーチだって、私以外に聞いてたママは誰もいなかったしね。

案外、トッドコーチの辞任後、しばらく、ふぬけみたいになっちゃってたのは、私くらいなのかも。

さらに、つらい結末

突然、トッドコーチが辞めることになった。
春のシーズンのリーグ戦を15勝3敗という成績で終え、リーグ2位のチームとしてプレイオフを戦い、初戦で負けたものの、ダブルエリミネーションのお陰で、さらに2回勝ち抜き、ようやく、初戦の相手、Germantown Hawks と再び戦える権利を得て、これに勝てば次は決勝戦、という場面で。
トッドコーチが突然、チームを去った。

先日書いたように、試合中に選手の父親からかなり激しく非難されたことがきっかけなのだろうが、たぶん、それはきっかけでしかなく、いろいろな事情があってのことだった。
あとになって、監督兼コーチのルーから、それらの事情を知らされた。
詳しいことはここでは書けない。
ただ、トッドコーチが、色々なことに悩み、最後は、チームを指導することに喜びを持てないところまで追い込まれていたことを知らされた。
とてもショックだ。

誰が悪いとか、誰が正しいとか、そういうこととは別に。
全幅の信頼を置き、自分の子どもを預けていた相手が、実はとても苦しんでいたことを、まったく知らずにきた自分が、とても悔しい。

チームは今のところ、淡々と戦っている。
たぶん一番傷ついただろう監督兼コーチのルーが、ここでチームを空中分解させてはならない、と必死で、本当に必死で、保護者と子どものフォローに努めている。
だからなのか、あるいは、そもそも、ドライだからか、保護者のほとんどは、「仕方ないよ」 「もう終わったことだし」 と平然としている。
ドリューが辞めさせられたことにも、トッドコーチが辞めたことにも、さして拘泥せず、前を向いて歩いていこうとしている感じ。
それがものすごくアメリカ的で、驚いてしまう。

日本だったら大変だよな。
保護者会なんかたぶん、5回くらい開くよ。
ママは、片っ端からあちこちに電話しまくり、情報収集し、ああでもないこうでもない、と意見交換するだろう。
パパたちは、コーチをなだめに行ったり、コーチに食ってかかった父親に謝るよう説得したり、挙げ句は酒宴を一席もうけて、やんややんやとその場を取り繕い、どうにか丸く収めようとするだろう。
でも、少なくとも、息子が所属していた日本のチームだったら、父親の行為を理由に、子どもをチームから追い出すようなことは絶対にしない。
近所のおばちゃんやおっちゃんが身体を張ってでも、それだけは許さなかっただろう。
その代わり、その騒動の噂は、少なくとも半年は、チームのパパとママの間で、語り継がれることだろう。
何にしても、もっともっとウェットだ。

アメリカはすごく淡白だ。ドライだ。
もちろん、目の前に、大事な試合が次々控えている、というのもあるだろう。
ルーの頑張りと、子どもたちの踏ん張りのお陰で、結局、Germantown Hawks との2戦目は快勝できた。とうとう、優勝まであと一歩、なのだ。

さすがに、プレイオフのチャンピオンシップ決定試合の直前、という局面で、やめた選手のこと、やめたコーチのことをグチグチと話していても仕方ないのかもしれない。チームが崩壊しないためにも、ここは誰もがぐっとこらえているのかもしれない。
先に大人が前を向いてやらないと、子どもたちが走れない。
そういうことなのかも知れない。
でも。

あの華麗なトッドコーチのノックがもう見られない、と思うだけで、私なんかもう、泣けてくる。
去年の秋、Focus することと Aggressive であることの大切さを教えてくれ、今年の春、スランプにもがく息子を言葉だけのプライベートレッスンで救ってくれた、トッドコーチが、もういないなんて。

せめて、彼が辞める前に、どれほど私や夫がトッドコーチに感謝しているのかを、もっと言葉を尽くして、伝えておけばよかった。
英語が下手だとか、うまい言葉が見つからないとか、そんな風に躊躇せず、きちんと言葉で、感謝の思いを伝えておけばよかった。
それが何より大きな、後悔だ。

つらい結末

昨日のエントリーの後半に書いた話のつづき。
ドリューのパパが、昨日の試合中に、息子の起用について、トッドコーチに文句をつけ、トッドコーチが試合途中に帰ってしまった一件について、監督兼コーチのルーから、保護者向けのメールが届いた。

昨日の夜のうちに届いていたわけで、試合後の数時間の間、ルーがどんなに大変だったのかがしのばれた。
メールの内容はこんな感じ。

<多くの方々がすでにご存じの通り、本日のゲームでトッドコーチに抗議した保護者がいました。
試合中にコーチに抗議することだけに限らず、あらゆる混乱や不適切な行為は許されるものではありません。この点に、例外はありません。>

<また、これらの行為の結果についても、混乱があってはいけません。つまり、この家族 (両親と選手の両方) はチームから去るよう求められることになります。>

<ご自分のお子さんの起用などについて、何か質問や不満、ご意見などある方は、どうか試合の後か前に、私に言ってください。私はいつも、メールでも電話でも受けています。
試合中に、選手起用などについて議論することが適切な行為だと思われる方は誰もいないと思います。だからこそ、これまでも我々は、みなさん保護者に、ベンチやダッグアウトには近づかないようにお願いしてきました。もしも保護者のみなさんが、観客席に居続けてくれれば、こういった一線を越えるような事態も起こりにくくなるからです。どうかトッドコーチや他のコーチたちの仕事に、敬意を払ってください。>

普段のルーの、ユーモアにあふれた文面ではなく、むしろ弁護士の本業がちらりと垣間見えるような、とてもビジネスライクな文面だった。
おまけに、この文章に続いては、もう、淡々と、次の日から続くプレイオフ終盤と、夏のトーナメントについて、こんな言葉が並んでいた。
曰く、

<今回の出来事が、私たちの素晴らしいシーズンを乱すものであってはなりません>
<今日、私たちは22勝目を上げました。プレイオフの決勝戦まで、あと1勝です>
<プレイオフ、そして夏のトーナメントと戦い続ける中で、親もまた、神経をすり減らしたり、感情が高ぶったりすることもあるでしょう。しかしどうか、私たちは、BCCのユニフォームを着た11人の少年の見本であり続けること、そして時には、相手チームの少年たちの見本であり続けることを、見失わないでください。>

「11人の」 という言葉にギクリとした。
ドリューはもう、ここに含まれないんだ、と。
12人ではなく、11人。
ルーは、そのことを意図的に、「大人が我を忘れて見苦しい行動を取るな」 という戒めの文章の中に、明記したのだ。

シビアだなあ。
そう思わずにいられない。
私は、ザックと息子を連れて試合に行くことが多いのだけれど、時々、ここに加わるのがドリューだった。
女の子みたいに声が高くて、腕白ザックからいじられるキャラで、でも、息子の日本語の本の挿絵から勝手に物語りを作るのが上手で、この子がしゃべっている間、私はずっと笑っていられた。

息子には、夫と私とで、淡々と事実を告げた。
「えっ! ドリュー、チームを辞めちゃうの?」
息子は悲鳴を上げた。
それから、「ドリューは何もしてないのに。ドリューは何も悪くないのに」 とうめいた。

だから、少し説明した。

「あんたも、この前の試合で、ドリューと同じように、1打席だけ立った後、すぐ打順から外されて、守備にも立てず、ずっとベンチにいたよね。でも、それを試合中に、母ちゃんに訴えに来たりはしなかったでしょう? するわけないよね? でもドリューは、自分がバントを決めて、それなのに、次で外されたことを、試合中に、お父さんに訴えにいったの。ベンチを離れて。それは、母ちゃんも見てた。
確かに、ドリューはかわいそうだ。母ちゃんもたまらない思いがしてる。でも、もしもあんたがドリューだったら、母ちゃんがたとえば、トッドコーチに、『息子をなんで外すんですか』 って言いに行こうとしたら、どんなことがあっても止めるでしょう?」

息子は、うなづいた。
ドリュー自身は、チームから立ち去らねばならないほどのことは、何もしなかった。
それは私も、そう思う。

確かに、このチームの最初の保護者会で、

*選手の起用はコーチ陣に任せること
*選手の起用やチーム運営について質問や意見がある時は、トッドコーチではなく、ルーに告げること

の2点は確認済みの事項だったし、
選手の集中力を欠かないため、という理由で、

*親は、試合中のベンチやダッグアウトから離れていること

というルールも付け加えられて久しい。
ドリューのパパの行為は、明らかにルール違反で、まして、試合中、それも大事なプレイオフの試合の最中にやって許される行為ではない。
でも。
責任は親にあって、子どもにはないのに、どうして、ドリューまでチームを去らねばならないのか。
たとえば、ドリューのパパを 「2週間、観戦停止処分」 とかにして、その場を収める選択肢はなかったのか。
ルーにしても、ドリュー一家とはとてもお付き合いが深いようだったし、今回のことで、監督としてドリューのパパに、「チームを去ってくれ」 と頼むのは、本当に苦しい作業だったと思う。

こんな時、チームのパパやママは、どんな返信をするんだろう。
どんな風に書いても、英語じゃうまく伝えきれない気がして。
いまだに、ルーに返信できずにいる。

11歳の競争社会・後編

12−6でLUYYAというチームに快勝した我がチームの次の相手は、Burtonsville。
これに勝てれば、ようやく、前回敗北を喫した相手の Germantown Hawks と再び戦う権利を得られる。
さらにその試合に勝てば、いよいよ、全勝で来ている Olney Pirates との決勝戦だ。
といっても、ダブルエリミネーション方式なので、一敗している我がチームは、もしもこの決勝戦に勝てたとしても、さらに翌日、同じ相手ともう一度戦って、再び勝たない限り、優勝はない。

Burtonsville はこれまで負けたことのない相手ではあったけれど、最近、調子を確実に上げている感じで、うかうかしていると分からないぞ、という相手でもあった。

さて。この試合。
ふたを開けてみたら、息子は、打順7番サードで、先発入りしていた。
前の試合で結果が出せないまま、外されていたので、今回ばかりは先発から外されるのではないか、と予想していたので、これは、ほっとした。
今日こそ、結果を出せればいいなあ。

我がチームは1回裏の攻撃で、四球とワイルドピッチ、それに内野ゴロでまず1点先取。
こういう、ノーヒットで確実に得点していく、というのが、うちの持ち味らしい。
2回の攻撃では息子にも打順が回った。
ザックが四球を選んだ後、無死1塁。息子も結局、四球を選んでこれで無死1,2塁。
さらに次のライアンがデッドボールで無死満塁のチャンス。
相手ピッチャーの暴投でまず、ザックがホームを突いて1点を追加。
さらに、本日打順最下位のドリューがバントし、ピッチャーが1塁に送球した間に、息子がホームに滑り込み。これで3点目。

また3回の攻撃では、クリスのセンター返し、ブランドンのポテンヒット、リオの四球で一死満塁のあと、ザックも四球を選んで押し出しで4点目。
一死満塁のチャンスで、息子に打順が回ってきた。
この時は初球をたたいて、セカンドゴロ。しかしとりあえず、3塁ランナーのブランドンを返して5点目につながった。
ノーヒットだけど、打点1というわけ。

次に息子に打順が回ったのは5回。
すでに7−2で快勝ムード。
2四球と暴投で一死2、3塁の場面で、息子に回った。
ああ、なぜ、この試合、チャンスにばかり、打席が回るんだろう。

それだけに、どうしても、どうしても、打ちたい場面。
息子はフルカウントから、バットを振り抜いた。
センターに抜ける! と誰もが思ったような当たりだったんだけどな。
結局は、ショートがむちゃくちゃうまくて、どうにか打球を止め、必死で1塁へ送球。
タイミングは……アウトか、セーフか、ぎりぎりだ。

と、1塁手の前でワンバウンドした送球を、1塁手が捕れず、結局息子は2塁へ。
ランナーは、おおっと2人とも帰ったぞ。
一塁のエラー出塁、としてもいいのだけれど、ああ、ここは親心、思わず、スコアは内野安打にしちゃった。
いいよね?
ちょっとでも、自信をつけさせなきゃ、って場面だし。

最後に出てきたこの背番号15番のピッチャーは、かなりの速球派で、ザックですらサードフライ。ライアンは三振。ジョーンズイもセカンドゴロ。速球だと、ついつい考えてしまう分、右方向への平凡な内野安打に倒れることの多い息子としては、センター返しの基本に近いバッティングができたことは (センターまで抜けなかったとしても)、ちょっとした自信につながったようだった。

そんなわけで、9−5で、この試合も快勝。
いよいよ、決勝戦まであと2戦というところまで、たどりついたのだった。

が、そんな試合の勝ち負けとは全然関係のない所で、大変なことが起きていた。
試合終了後の挨拶が終わった時のことだ。
監督兼コーチのルーが、「保護者のみなさんはちょっと集まってください」 と言い出した。
どうせ、これからのプレイオフに向けて、子どもに喝を入れてくれ、とかそういう話かな、と思ったんだけど。

実は違った。

とても深刻そうな声で、ルーが、何かを説明し始めた。
子どもには聞こえないように、という配慮から、小声で、とても早口で。
「小声+早口」 の英語なんて、私には聞き取れるわけもなく。
それでも、
「トッドコーチが試合中に帰ってしまった。あとは保護者たちの判断に任せる、と言って」
みたいな部分だけが聞き取れた。
それから、ルーは、少しだけ唇をふるわせ、言いよどんだ。
DCの有名な弁護士事務所の企業弁護士で、敏腕で知られるルーが、こんなに動揺するのを、私は初めて見た。

集まっていた保護者のうちの一人のママから、
「もう十分よ。それ以上、言わなくていいわ。私たち、分かってるから」
と助け船が出て、
ルーは、ほっとした表情で、「ありがとう」 とだけ言ったのだった。

皆が深刻そうな表情で解散する中で、
たぶん、全員が事情を理解している中で、
まったく何が起こったのか分かってない私。
いったい、どうなっちゃったのよ〜????

結局、こういう時に頼りになるのは、ショーンのパパの野球バカ仲間ジョン。
「ジョン。結局いったい何があったのか、説明してよ」
と頼むと、ジョンがこれまた早口で説明してくれた。
早口だったので、こちらも実は、完璧には理解できなかったんだけれど、なんとなく、おおまかな話だけは分かった。

この試合、打順最下位で、打席に立った時に、バントを決め、息子がホームインする手助けをしてくれたドリューのパパが、トッドコーチともめた、というのだ。
「どうしてうちのドリューにバントをさせたのか」
「どうして、その後、控えのスコットに変えられてしまい、打たせてもらえなかったのか」
そういう起用方針をめぐってのことだったらしい。

それを聞いた時は、さすがにビックリした。
確かに、この試合でドリューは打順10番ライトで先発出場していたが、最初の打席でバントをした後、控えのスコットに変えられ、守備でも1、2回を守っただけで、あとはベンチに留め置かれていた。
だけど……。
それって、この前の試合の息子の状態と、まったく同じなのに。
おまけに、息子がほとんど控えで終わってしまったこの前の試合で、ドリューは打順10番のまま、守備でも攻撃でもフル出場させてもらっている。
考えようによっては、息子とドリューとスコットがほぼ平等に出してもらっている、とも言えるのに。
文句、言うかなあ、そんなことで。

ドリューは、息子と同じように、打撃不振に悩んでいた。
息子が一時、打順最下位(12番)だった時、11番にいつもいたのがドリューだ。
息子が少し打てるようになって、今は打順7番となっているけれど、いずれにしても、12人のメンバーのうち打順を10人だけで回す、となった時、フル出場できなくなる顔ぶれはもう決まっていた。

ドリュー、スコット、アズラ、そしてうちの息子。
これに時々、ライアンが加わる。
スコットやアズラは、ピッチャーとしての起用もありえるが、ドリューと息子とライアンにはそれもない。
打順を10人で回す、となった時、ドリューや息子の場合、ほとんどボールに絡むことのできない試合があるのは、これはもう、仕方ない話なのだった。

でも、ドリューのパパはそれが許せなかったんだろう。
私はちっとも気づいてなかったけれど、ドリューのパパはこのシーズン、ずっと息子の起用について不満をためていたらしい。
これは、ショーンのパパもとっくに気づいていたというし、たぶん、誰もが気づいていたんだろう。
ドリューのパパがトッドコーチに文句を言い、その文句の付け方や内容に、トッドコーチが腹を立て、「ならば、親たちで勝手にやってくれ」 と言って、試合の途中で帰ってしまったという。
そんなこと、ちっとも知らなかったのだった。

そもそも、トッドコーチは、いわゆる 「雇われコーチ」 だ。
野球の指導を生業にし、お金をもらってチームをコーチしている。
チームの監督は、ザックのパパのルーであって、でも、技術的な指導から、選手の起用まで、トッドコーチに任せる、というルールでこのチームは運営されてきた。
私自身は、息子に対するトッドコーチの指導やプライベートレッスンでの一件もあって、トッドコーチには全幅の信頼を置いている。
息子が控えに回された時も、客観的に見て、それはもう、仕方ない、と思えるしね。

ルーははっきり言わなかったけれど。
ショーンのパパ、ジョンの分析によると、トッドコーチが 「親たちで判断してください」 と言ったからには、「ドリューのパパがコーチに頭を下げる」 とか 「監督のルーが、ドリューに、チームを辞めるように迫る」 とか、そういう展開しかありえないんじゃないか、という。
なるほど、そこまで聞いて、なぜ、ルーがあんなに動揺していたのかが分かった。

少し時間をおいて、息子にも淡々と事情を説明しておいた。
隠しても仕方ないからだ。
いずれ、子どもの間にも噂は広まるだろうしね。

ドリューのパパが、トッドコーチに文句を言った、という話をしたら、息子は一言、こう言った。

「だったら、レクレーション目的のチームに行けばいいんだ。ここはトラベルチームなんだから、実力主義なのは仕方ないよ」

その実力主義のせいで、最近は、控えに回ることも多くなってきた息子から、そんな一言が出るとは、正直なところ、思っていなかった。
結局、チーム内の競争や実力主義の厳しさや、それの持つ意味を、息子が一番身に染みて分かっているってことなんだろう。

明日も試合がある。
ドリューは来るだろうか。
トッドコーチは来てくれるのだろうか。
ルーは、トッドコーチやドリューのパパを相手に、今頃、どんな交渉や説得をしているんだろう。

明日はいよいよ、プレイオフ初戦で負けた相手、Germantown との対決だ。
これに負けたら、もう後はない。
実力はたぶん、五分五分。
そんな大事な試合の前日に、チームは思わぬ難局にぶつかってしまったみたいだ。

11歳の競争社会・前編

プレイオフ初戦、Germantown Hawks に手痛い負けを喫して以来、さらにコーチ陣は子どもたちを意図的に鼓舞しまくっている。
試合前のウォーミングアップのノック練習の時なども、ちょっとたるんでると見ると、全員をフィールドからいったん撤収させ、ガツンと喝を入れてから、再びノックをし直す、とか。

親の意識変革を狙ったものだろうか。
監督兼コーチのルーからは、こんなメールが来た。

「10歳以下のメリーランド州内の野球チームのランキングが出ています。我がチームは今のところ、9位につけています。もちろんこの手のランキングには諸説あります。それにしても、春のシーズンだけで20勝以上をあげているチームは、それほどない、ということです。自信をもって、プレイオフを勝ち抜きましょう!」

州内には、リトルリーグのチームもそれなりにあるだろうし、「9位」 というポジションを額面通り喜んでも仕方ない気もするが、はっきりしてきたのは、チームがいよいよ、「勝ちに行く」 という目的を明確に前面に押し出し始めた、ということだ。

今回のプレイオフも、夏のトーナメントも、あえて、12人全員ではなく、10人で打順を回す、という方針だって、結局は、「打てないメンバーがストッパーになるのを防ぐ」 というのが目的なのだ。
いよいよ、競争が厳しくなってきた、って感じ。

そんな中で、1つでも負けたら後がもうないプレイオフの第二戦があった。
息子は、打順7番セカンドで先発出場。
でも、初回二死2、3塁のチャンスで、ショートゴロに倒れた。
次の打席は回ってこなかった。
セカンドを3回守った後、控えのスコットと変えられてしまったからだ。

それでも、「最後にもう一回、スコットに変えて、おまえを出すから」 と言われたのだろう。
5回の守備の間、息子はずっとバッティングヘルメットをかぶり、バットを持ったまま、素振りをしていた。5回の守備は、すでに11点差で勝っていたこともあり、6番手7番手のピッチャー、クリスがマウンドに立った。見事に打ち込まれ、相手チームは打者一巡の猛攻。
この長い長いイニングの間じゅう、息子は、固い表情で、バットを握りしめていた。

結局5回裏の攻撃では、息子に打順が回る前に、ランナーが挟まれ、タッチアウトになり、結局、息子には最後の打席は回ってこなかった。

12対6の快勝。
息子とスコット以外は、全員がヒットを打つという試合展開の中で、息子はボールに一度も触ることなく、後半3イニングはベンチで応援するだけで、試合は終わってしまった。

落ち込んでいるだろう、とは思っていたけれど、帰りの車の中の息子のいら立ちようは、予想以上だった。
「結局、何もできなかった試合だった」
「ちっとも面白くなかった」

思わず私が、「今度はチャンスで打てればいいね」 と言ったら、息子は、ものすごくトゲのある口調で、「今回だって、そんな場面で打席は回ってこなかったじゃないか!」 と吐き捨てた。

思わず、「二死2、3塁のチャンスで1度、打席に立ったでしょ」 と言い返してしまったら、息子はむすっとして黙りこくった。
「ああいう場面で打てないんじゃ、外されても仕方ないよ。1打席のわずかなチャンスをどうやって生かすか考えなさい!」 なーんて思わず言いそうになったけど、まあ、一番分かってるのは本人だろうと思って、ぐっとこらえた。
悔しいのは分かるけれど、私に当たるのはやめてくれー、って感じ。

結局、帰りの車の中は、2人して沈黙。
重い重い雰囲気。
それでも、20分の道のりの中で、少し気持ちがほどけていったのか、家についた時はもう、いつもの息子だった。

息子だけじゃない。
アズラなんて、ピッチャーとしてマウンドに立っただけで、打席には一度も立たせてもらえなかったんだ。
「今度の試合、先発を外されてたとしても、そんなことで落ち込んだりせず、与えられるチャンスをしっかりモノにしてみな」
最後はそんな言葉で、寝かしつけた。
息子はその夜、なかなか寝付けないようだった。
私も、やっぱり、なかなか寝付けなかった。

プレイオフ初戦……負け

やっぱり、緊張とかプレッシャーというのは、魔物だなあ。
いよいよプレイオフ初戦……と思ったら、いきなり負けた。

相手は、もはや宿敵というか因縁ありすぎ、の Germantown Hawks。
うちのピッチャーのレオが、相手選手をデッドボールで病院送りにしたこともあれば、相手チームの 「暴言コーチ」 が結局、プレイオフに入る直前に、コーチを退任するという事態となったのも、うちとの試合がきっかけだった。

リーグ2位で春シーズンを終え、第二シード、ということで、一回戦はシードされ、プレイオフ初戦の相手はまたしても、この Germantown Hawks だった。
チームをこの数年間引っ張ってきた、「暴言コーチ」 が退任し、選手一人がチームを去る危機を経て、今、新しいコーチのもと、人数不足を補うため、急きょ、あたらしいメンバーを1人加えてやってきたこのチーム……やっぱり、強いのだった。

一方、我がチームは、といえば。
エラー連発。
基本的に、滅多にエラーなどしないほど、守備には自信があるチームのはずなのになあ。
おまけに打てない。
結局、ヒット2本だけ。
相手は10本打ってるもの。
負けて、当然、か。

初回、相手チームの攻撃から。
こちらの先発ピッチャーはレオ。
決して調子は悪くなかったと思うんだけれど。
相手チームの先頭打者は、背番号16番。
そう。来期は、我がチームのトライアウトを受けるともっぱらの噂の少年だ。
彼がセンター前に軽々ときれいなヒット。
さらにレフト前ヒットが2本続き、見る見る、無死満塁の大ピンチ。

プレイオフともあって、リオはものすごく緊張している。
なぜって、マウンドで青い顔をしているもん。
球はそれなりに走ってるけれど、マウンド上のリオの動きのほうは、素人目にも明らかなほど、ぎこちない。
結局、2人の打者に連続で四球を出してしまい、押し出しで2点を失ったのだった。

ああ、なんという展開!

次にマウンドに呼ばれたのは、強心臓のスコット。
ファールでねばる相手に、粘り勝ちし、最後はえらい内角の球で三振。
でも、大暴投も2回あって、これでさらに2点を失い、内野ゴロをアウトにしたものの、さらに返られ、結局、この試合、初回だけでなんと5点も失ってしまったのだった。

このチーム相手に、5点差は痛い。
誰もがそう思った。
が、我がチームも負けてなかった。

マウンドに登る相手ピッチャーは、「暴言コーチ」 の息子君背番号15番。
むちゃくちゃ球は速いけど、むちゃくちゃ負けん気が強くて、気持ちで投球が乱れるタイプ。
まず、先頭のマイケルにぶつけて無死1塁。さらにショーンに四球で無死2塁。2人とも、塁に出れば盗塁大好き少年たちだから、結局無死2、3塁。
ザックが三振になって一死2、3塁。
4番ブランドンは、相手ピッチャーの調子が悪いと見ると、決して大振りせずに、球をしっかり見極める子だ。途中、ストライク球が来たので、一振りしたら、相手キャッチャーが後逸。
これで、マイケルが滑り込んで1点。
なおも一死3塁。
ブランドンが四球を選んで一死1、3塁。
クリスのショートゴロで、とりあえずもう1点。
これで二死1、3塁に。
マウンドで5点失点のきっかけを作ってしまって、かなり気落ちして見えたリオが、しかし、ここで右中間を抜く2塁打。
これでもう1点。

結局、ワンヒットで3点を返したのだった。
3−5。2点差なら、まだまだ分からない。

しかし、この後、試合は膠着状態。
我がチームの攻撃は……。
2回裏は、無死1、2塁のチャンス (息子はデッドボールで出塁) でも無得点。
3、4回は、来シーズン、我がチームのトライアウトを受ける予定の (ああ、くどいか) 16番君の好ピッチングを前に、我がチームの打線は沈黙。2イニングとも三者凡退で、計3三振。
(息子、ショートゴロ。残念)。

最大の好機と見えた5回なんて、無死満塁で、打順2、3、4番に回ったのに!
チャンスに強いはずのショーンがピッチャーゴロで、ピッチャーが落ち着いて捕手になげ、一死満塁。
外野に飛ばさない打席はほとんどないくらい良く打つザックが、なんとピッチャーフライ。
これで二死満塁。
最後は4番ブランドンが、ショートゴロ。
ショートが自分で2塁を踏んで、スリーアウトチェンジ。得点なし。
あ、あ、ありかよ……こんなの。

結局、うちは、初回の3点以外は、得点できずに終わった。
最終回は、クリスがサードのエラーっぽいが、まあ、レフト前ヒットということで出塁したものの、リオが三振、ライアンがショートゴロで見る見る2アウト。

最終回2アウトの場面で打席に上る、気の毒なバッターは誰だろ、と思ったら、ははは、息子だった。
2球ほど、目もさめるようなファールボールを1塁線側に放ったんだけどなあ。
これでもう、観客席は、むちゃくちゃ盛り上がったんだけどなあ。
最後は、ピッチャーゴロ。
当たりは悪くなかったけど、ピッチャー、むちゃくちゃ落ち着いてた。
これでゲームセット。

一方、我がチームの守備では、普段見られないようなプレイが続出。

ただの内野フライを、まず、ファーストのリオが取ろうとして、無理だと判断して1塁に入ろうと、引っ返し、その分、スタートが遅れたセカンドのライアンが、これを捕れなかったり。
(ちょっと、お見合い風)。
セカンドのアズラと、ライトのジョーンズイが、まさに 「お見合い」 でポテンヒットとか。
ほかにも、ショートゴロを2塁でアウトにしようとしたら、2塁手が落球するとか、逆に2塁手がセカンドゴロを2塁でアウトにしようとして悪送球とか。
普段は守備の固いショーンなんか、センターで1度はトンネル。さらに次の打球もセンター前ヒットだったものだから、焦ったのか、ボールを投げようとして、今度はこれを落球。
シングルヒット2本のはずが、どちらも2塁まで走られ、これで1点を失ったり。

息子の右を抜く三塁線ギリギリのゴロだって、普段の息子なら楽々さばいたろうに、なんと運悪く、息子のグローブの前でいきなり、ありえない角度のイレギュラーバウンド。

なんだか歯車がひたすら狂い続けるのを見ている感じだった。

そういえば。
去年秋シーズンの後のプレイオフもそうだったっけ。
ただの内野ゴロを、普段は絶対にエラーしない子が、次々エラーするのを、ただ呆然と見ているうちに負けて終わったのだっけ。
やっぱり、リーグ戦と違って、勝ち負けにこだわる分、プレイオフは怖いんだなあ。

そんなわけで、完敗。
去年のトーナメント方式ならば、もう、一度負ければ後がなかったわけだけど、今回は、ダブルエリミネーション方式なんだって。なんだかWBCみたいね。

ということで、息子のチームは、あと2試合、負けた同士の試合に連続して勝てば、優勝候補の Olney Pirates と 宿敵 Germantown Hawks の負けたほうとぶつかり、これにも勝てば、優勝決勝戦に進む望みがまだなんとか残されている。
今日1回負けたことで、もしも優勝決勝戦で勝ったとしても、それで優勝決定とはならない。
さらにもう一試合、決勝戦の相手と戦って勝って初めて、「優勝」 を手にすることができる、という仕組みらしい。

なんかよくわからんけれど、今週はこれからまだ3試合戦う、というわけ。
すでに1敗。
2敗したらもう、そこでお終い。
「もう1回負けたら終わり」 のプレシャーに、我がBCC Hurricanes は打ち勝てるかな。
プレイオフ、まだまだ続く……。


チームの絆って何だろう

いよいよ春のリーグ戦の決戦の時、プレイオフだっ! という段になって、色々な雑音が聞こえてくる。

まず。
リーグ最終戦で、選手が審判に悪態をつき、退場を命じられ、その選手の父親でもあるチームのコーチがさらに悪態をつきながら、試合を放棄してしまい、結局、このコーチが 「2試合出場停止」 という重い処分を受けた件の後日談について。

まず、このチームに今年から参加していた、背番号7番の選手が、この一件でチームをやめた。
先のエントリーでも書いたが、例の暴言コーチから 「3球続けてボール球なんか投げるな!」 と怒鳴られ、よけいに緊張して、ファーボールを出しまくってしまった投手だ。

実は彼は、去年の秋には、うちの息子の所属する BCC というスポーツクラブのトラベルチームにいた。
といっても、息子たちと同じチームではなかった。
去年は、トッドコーチ率いる息子たちのチームのほかに、もう一つ、別のコーチが率いるトラベルチームがあったのだ。ところが、このチーム、運営がゴタゴタした結果、ほとんどの選手が BCC 自体から離れ、ベセスダにできたばかりのリトルリーグやら、ライバルチームである Olney Pirates、Germantown Hawks などに流れた。
今回、Germantown をやめた背番号7番君は、この時に Germantown のチームに移った少年なのだった。

親にしてみれば、BCCであまり良い思いができず、仕方なしに、より強いチームに……と選んで Germantown 入ったのに、もっとひどいゴタゴタを目の当たりにし、子どもも傷つき、おまけに試合に負けた相手は、子どもが昔いたチームを運営するスポーツクラブのチームだった、という展開。
さすがに、嫌気が差して、親のほうが見かねて辞めさせたんだろう、という噂なのだった。

さらにさらに。
このような事態を招いた責任を取ってか、結局、例の 暴言コーチ もチームを辞めた。
結局、ボランティアでコーチをしていたパパの一人が、チームのコーチを引き受けたらしかった。

さらにさらにさらに。
実は、これが一番ショックだったのだけれど、我がチームのコーチ兼監督ルーの息子であるザックから、とんでもない情報がもたらされた。

「Germantown のリードオフバッター(日本語でいうところの、トップバッターのこと)、いるじゃん? あの子、来期は、うちのチームでプレイするつもりなんだって。今回の一件で、もう、次は Germantown では野球をやらせたくない、って親が言ってるらしいよ」

これには私も内心穏やかじゃあないのだった。
Germantown のリードオフマンといえば、背番号16番の少年だ。
私の知る限り、ほぼ全打席で外野に抜けるヒットを打っている子である。もっというなら、去年秋、息子が1点差のリードで迎えた最終回6回裏、マウンドに送られ、2者連続デッドボールなどで無死満塁のピンチを招いてしまった試合で、この後、息子の代わりにマウンドに上ったタイラー君の初球を、軽々とサヨナラ満塁ランニングホームランにしてしまった少年でもある。
(ああ、なんと苦い思い出!)

おまけに、この子はピッチャーでもあり、速球派で、しかもチェンジアップも投げる。
この子の球を、うちのチームの打線はほとんど打ててなかったりもする。

あんな子が入ってくるのか……、とかなりびびったのだった。
(親の私がびびってどうする>ぢぶん)。

いえね。
日本のジョーシキでいえば、
「あんな強い子が入ってくれるの? ラッキー! 来年はもっと強いチームになるわねえ」
で済むんだろうけどね。
アメリカでは、そうはいかない。
今の息子のチームは、去年の秋のシーズンの後のトライアウトを経て、出来上がったチームだ。
去年の秋シーズンの仲間のうち、サムとタイラーの2人は、トライアウトで落ちた。ほかにも抜けた子が2人いて、その代わりに入ったのが、今のマイケル、アズラ、ジョーンズイ、ブランドンの4人だ。

今のチームの期限は今年秋シーズン終了まで。
秋の終わりには再び、トライアウトが行われる。
Germantown からは、7番君とともに、「速球派投手ザックより速いピッチャーで、ブランドンより長打を打てる男」 と思われる16番君までが、このトライアウトを受ける、ということになる。
他のチームから、さらに数人来たとして、今のチーム12人のうち、たぶん、今年も4人くらいは、トライアウトで落ちるだろう。

冷静に見て、息子はたぶん、この当落ギリギリのところにいると見ていい。
息子が、今の仲間と野球をしたい、とどんなに望んでも、ダメな時はダメなのだ。

確かに、トラベルチームのスケジュールはとてもハードで、来年もどっぷりこのチームで野球をするとなると、我が家のアメリカ生活はたぶん、野球一色で終わる。
旅行も、ほとんど行けない。
休みのたびに、色々なアメリカらしい遊びを試すこともできずに、キャンプも滅多に行けずに、ただただ、ひたすら球場に通い詰める生活になる。
私だって、運転手人生が続く。
そんなことなら、いっそ、トライアウトに落ちて、別の、もう少し緩やかなプログラムで野球をしてもらったほうが、親としてはずっと楽だ。

……とは思う。
でも。

一時は、「明日なんて来なきゃいいのに」 と言うほど、アメリカ暮らしになかなか適応できず、苦しんでいた息子が、曲がりなりにも自信を取り戻し、英語をしゃべれるようになりたい、と思えるような仲間を得たのは、やっぱり、トッドコーチ率いる、このチームなんだよね。

やんちゃでエラそうだけど、いつも一緒にキャッチボールするザックがいて、
いつも声を出し、励まし合う仲間のリオがいて、
打順最下位あたりで、スランプに悩んだ仲間のドリューがいて。

こうして1年近く、密度の濃い練習と試合を通して育んできたチームの絆が、息子のことをずっと支えてくれたんだよね。
この仲間がいたから、アメリカが好きになれたんだよね。

それなのに。
年に1度のトライアウトで、こんなチームの絆は、いとも簡単に解かれてしまう。
あとは別々のチームで、野球を続けるだけだ。
たいていの場合、もう、会うこともない。
戦う舞台も、技術レベルも、どんどんと差がついていって、おしまい。

実力のある子は、より良き指導者を求めて、ライバルチームであろうと、どんどん移籍しようとする。
強い、まとまりの良いチームほど、強い子がトライアウトに集まり、その結果、チームで力のない順に、そのチームからはじき出される。
ほんとにシビアな世界だ。

息子が去年の秋、チームに入ったことで、このチームにいられなくなった子がいたように、
今度は、息子がいつ、はじき出される番に回るかだって分からない、というわけ。

そんな激しい競争の世界を見ていて、この国の少年野球チームにおける 「絆」 って何なんだろう、と思う。
日本で息子がお世話になったチームは、それこそ 「絆」 が合言葉だった。
チーム名からして、ファミリーズ、だもんね。
アメリカに来ても、息子が最初に参加したリクレーションチームもまた、「家族」 的な雰囲気だった。
息子が最初にアメリカで得た居場所はそこだったし、親である私にとっても、「故郷」 に近い存在。

それに比べて今のトラベルチーム。
去年、ショートを守らせれば誰よりうまいと思われたライアンは、そのポジションを、この春に入ってきたマイケルにすっかり奪われた。
アズラやジョーンズイなど、新しく力のあるピッチャーが増えて、息子の登板の機会はもう、ほとんどない。
一方、去年、誰よりサードがうまいと思われたショーンは今年、センターを守り、そのサードは今、息子の定位置である。
試合の結果で、次の試合の打順が変わる。
自分の打順の前後を打つチームメートが、まず、目の前のライバル、となる。

こんなチーム内の競争を日々繰り広げながら、一方で、チームが負けそうになれば必死で励まし合い、勝てば、子犬たちがじゃれ合うように抱き合い、転げ回り、喜びをわかちあう子どもたち。

そんな姿を見ていると、しみじみ思う。
競争の激しさと、
絆の強さは、
少なくとも、絶対に反比例はしないのだ。

誰より息子本人がこのチームにいたい、と望んでいるのだから。
だったら、せいいっぱい秋のトライアウトまで、頑張るしかないよね。

シーズン最後のダブルヘッダー・下

(このエントリーは3部構成です。上編中編から先にお読み下さい)

■久しぶりのバントサイン

もはや6−2だし、もう、負ける気もしなくなってきた。
5回表の守備では、ザックがサードゴロ、三振とあっさりツーアウトを取った。
ここで、たまたまこの回、セカンドを守っていたアズラがお手玉し、ツーアウトからランナーを出してしまった。さらに、暴投で走られ、おまけに次のバッターのショートゴロをマイケルがそらしてしまい、二死1、3塁。
次は……とバッターボックスを見たら、またしても、今日当たっている先頭打者君だよ〜。
案の定、センター前にヒットを打たれ、これで1点を返されるも、次の難しいショートゴロを今度はマイケルが華麗にさばいて、3アウト。
6−3の3点差で5回の裏の攻撃となった。

相手の攻撃はあと1回。
4点差あれば、まず大丈夫。3点差では……ちょっと微妙なのだった。
だから、できればもう1点ほしい。
そういう場面だった。

我がチームの打順は……といえば、打順も良く、1番マイケルから。
いきなり初球、デッドボール。
ああ、この試合8個目だよ。
思えば、デッドボールで救急車を呼ぶ騒ぎになり、中断試合となったのが始まりのこの試合、なんとデッドボールとご縁の深いことか!

とにかくこれで、無死1塁。
となれば、当然2番の息子に出されるのは……バントのサインだ。
息子は初球から、迷わずバント。
打球は一塁線をきれいに転がって……塁線の外へ出た。
くっ、惜しい!

次のボール球を見て、さらに3球目。
た、高いぞーっ。
高めのボール球につい手が出て、打球はファールフライ。
あーあ、結局、バント失敗か。
2ストライクになった今、もはやバントはない。
追い込まれた状態から、このピッチャーの球を外野に持って行けるんだろーか。
ゲッツーだけは避けたい。
うーむ。

と、そんな時、トッドコーチがサインもへったくれもなく、息子に叫んだ。
「もう1回、同じこと、やってみろ!」
は?
バントしろって?
2ストライクから?
も、もしかして、こんな大事な場面で、トッドコーチったら、ボールカウントを勘違いしてない?

思わず、「あの……2ストライクなんですけど」 とコーチに進言しようか、と、私は中腰になってしまった。が、まさかトッドコーチに限って、カウントの勘違いなんて、ありえないもんな、ともう一度座り直す。
ああ、なんだか落ち着かない。

相手チームは、この見え見えのバント指示に、逆に、フェイクバントとでも思ったんだろう。
もはや前進守備もない。
さあ、第4球目。
ピッチャーが投げ込んで来る。
息子がバントの構えに入る。
「ええ?!」とパパママ席からも悲鳴のような驚きの声が上がる。
うっそー。
私が息を飲んだ瞬間!

息子が3塁側に転がした。
内野の天然芝にも負けない、でも転がりすぎない、絶妙なバント。
サードの前進が遅れ、結局ピッチャーが取ってファーストへ。
タイミングは、ひえええ、ぎりぎりセーフだ!
おまけに、2ストライクからのまさかのバントに、相手ピッチャーも焦ったのだろう。
一塁への送球が暴投となり、結局息子は2塁へ。
1塁ランナーだったはずのマイケルは、なんとなんと、ホームイン!
ほしかった追加点だ。
7−3の4点差。
やった、試合はほぼ決まりだ!

次の打者はリオ。
息子は暴投の間に3塁に走っている。
無死3塁。

しかし、さすがに相手ピッチャー背番号15番君はしつこかった。
気持ちを立て直し、ぐいぐいと力強いピッチングで押してくる。
結局、リオは低めを見逃し、三振!

……と、このストライクボールを、なんと相手のキャッチャーが止められず、後逸。
すかさず息子が3塁から滑り込んで、おおっと、8−3。
5点差と突き放し、沸きに沸く我がチームのベンチ。

チームメートが口々に息子の名を呼び、2ストライクからのバントをほめちぎってくれている。息子もうれしそうだ。
ああよかった、ほんとによかった。

「バントが好き」 と誤解されて以来、バントを決めながらも息子の心にはずっと割り切れないものがあったはずだ。「どうして俺だけバントなんだ?」 って。
逆に、その誤解が解け、ヒッティングをさせてもらえるようになり、それ以来、バントはまったくしてなかった。
今、あらためて、本当にバントが必要な時に、バントのサインを受け、2球失敗したけれど、2ストライクからバントを決め、おまけにランナーまでホームインさせた。自分までホームを踏めた。
今の息子の表情に、数週間前の迷いは、もう、ない。
バントをほめられることを、素直に喜んでいた。

ああ、本当によかった……なーんてしみじみしていたら、
その間に、フィールドでは、大変なことが起こった。

■あっけない幕切れ

試合が、いきなり、終わってしまったんである。
何があったのか、相手チームのピッチャー15番君がマウンドを降りていく。
相手の、怒鳴りまくりコーチが、いつもに増して声を荒げて、

「Disgusting!!!」

と叫んでいる。
どうやら審判に向かって叫んでいるらしい。
は?
いったい何これ?

怒り狂っている相手コーチの合図で、なんと、守備についていた Germantown の選手たちが全員、グランドからダッグアウトへと引き上げる。
親も子もわけが分からぬうちに、選手たちの整列が始まり、いつものように、

Good game! Good game!

と相手チームの選手と手の平を打ち合う終わりの儀式となった。
Good game……ってあんた、いったい、これ、どうなってるわけ?

あとでコーチ陣から受けた説明によると、こうだ。
三振を取ったのに、後逸で息子がホームインをした直後、マウンドにいた相手チームのエース15番君が何やら審判に食ってかかったんだという。
息子のホームイン自体は、なんらクロスプレーでもなかったし、キャッチャーの子はボールをつかんでもいなかったから、審判のコール自体への抗議ではなかったはずだ。
でも、とにかく。
15番君は、審判に 「言ってはならないこと」 を言い、審判から 「退場」 を命じられた。
しかし、Germantown Hawks はけが人が出たりして、この日も9人ぎりぎりで試合に臨んでいた。つまり、ピッチャーの退場は、「8人で戦う」 ことを意味する。

それで監督がこの審判の判断に激怒し、

「おまえ、うちのチームが9人しかいないことを分かってて、退場を命ずるなんて、どういう了見してんだっ! ちくしょー、disgusting な試合だぜっ!」

と自ら、試合を放棄したんだという。

……ってそんなアホな。
8人であろうと、すでに5点差であろうと、負けていようと、次の最終回の攻撃に望みをつないで戦ってた子どもたちの気持ちはどうなるのよ。
おまけに打順は3番から。
3、4、5番のバットで逆転してやるっ! と絶対に子どもたちは必死だっただろうに。
そんな子どもたちの思いを、親が、怒りに任せて、踏みにじってどうするのよ!

だいたい、あんなコーチの言動を目の当たりにしてるから、15番君だって、退場を命じられるほど 「言ってはならない暴言」 を審判に言ってしまったんじゃないのか。
(後日調べてみたら、この15番君は、「怒鳴りまくりコーチ」 の息子なのだった……。嗚呼!)
あとで息子に聞くと、3塁コーチャーに立っていたこのコーチの怒鳴り声を、3塁手として守備についている間じゅう、延々と聞く羽目になったらしい。

「ムチャクチャだよ、あのコーチ。今日の審判は、かなり低めをストライクに取るんだけどね。どっちのチームに対してもそれは平等なの。ところが、自分のチームのバッターがこれでストライクを取られるたびに、『は? いったいどうすればそれがストライクなんだ?』 とか 『俺らの試合の時に、そういうのはやめてもらいたいね!』 とか叫んでるの。審判にも聞こえてると思うなあ」

というのが息子の談。
どう考えても、ありえないよー。

そんなわけで、試合が終わった後も、相手チームは怒り狂った表情で引き上げてしまうし、こっちは訳が分からないし、ちょっと動揺してしまったのだった。
救いは、子どもたちが、本当に冷静だったこと。
余計なことをあれこれ詮索せず、素直に勝ちを喜び、勝ち鬨を上げ、リーグ2位で春のシーズンを終えたことを心から誇っていた。

子どもに教わった気がした。そりゃそうだよね。
勝ちは、勝ちだ。
あんな相手のコーチに振り回され、こっちまで、「何なのよ、この展開!」 と憤ったって仕方ない。

■15勝3敗

10歳以下リーグに所属したのは我がチームを含め全7チーム。
相手6チームと3試合ずつ戦って、18戦すべてを闘い終えた。
成績は、15勝3敗。
1位の Olney Pirates の16勝2敗に、1つ及ばなかったけれど、素晴らしい健闘ぶりだ。
去年はこのリーグで、勝ち数と負け数がどっこいどっこいだったのだ。随分と成長したもんだ。もっとも、去年の秋のトライアウトで、メンバーが数人入れ代わり、長打力があり、最高のキャッチャーでもあるブランドン、センス抜群のマイケル、ピッチャーのアズラとジョーンズイが加わったことは大きい。
でも、それだけでなく、シーズン最初の4月上旬から見ても、他チームのどこよりもチーム力を向上させたと感じられるのは、決してひいき目だけではないはずだ。
シーズン最初のころ、1位の Olney に0−12でコールド負けしたのが、最後には1点差だったとはいえ、Olney に勝てるチームに成長したんだから。

やっぱり、トッドコーチの指導力はすごい!

この試合の顛末には、さらに後日談がある。
モンゴメリーカウンティーの野球連盟は、今回の Germantown Hawks の監督の行為を非常に重くみて、なんと監督自身を2試合出場停止、という処分を下した。
リーグ戦2試合を残していたこのチームは、そのうち1試合を投げた。
没収試合だ。
監督自身の判断で、没収試合を申し出たのか、それとも実際に病気か何かで選手の数自体も足りなくてやむをえずの判断だったのか、私には分からない。
4位以下のチームとは、勝ち数で大きく差をつけているから、1〜2試合、投げ出したところで順位は変わらない、と判断したのかもしれない。
いずれにしても、子どもたちは、本来戦えるはずの試合を、戦うチャンスすら与えてもらえなかったことになる。

よく、「アメリカの野球コーチは、ほめるのが上手で、ほとんどしからない」 とか 「大人が激してしまい、感情のままに行動するようなことは、アメリカのコーチはしない」 とか言って感心する日本人の野球ママパパたちがいる。
確かに、アメリカ人の大人は子どもをほめるのがうまい。ほめ言葉も豊富だし、感情表現も豊かだ。
おまけに、自分の子どもを人前で派手にほめることを恥じと思わない文化的な差異もあって、アメリカの子どもたちはたぶん、日本の子どもたちよりもずっと、「ほめ言葉」 の中で野球をしている。
それは確かだ。

でも、アメリカの少年野球の世界にも、子どもの試合を我がモノのように勘違いしてしまう大人や、感情をうまくコントロールできず、子どもを萎縮させてしまう指導者は、間違いなくいる。
実例を挙げろ、といわれたら、私ですら、2〜3人は挙げられるもん。

そう考えたら、息子って何と幸せ者だろう。
アメリカに来て1年半。
最初のレクレーションチームでめぐり会った、温厚で人格者のキルナー監督といい、有能な弁護士で 「Believe」 が合言葉で、「small baseball」だの「team first」だの日本っぽい精神論を大真面目に子どもたちに語る、今のトラベルチームの監督兼コーチ、ルーといい、技術的な指導だけでなく、メンタルな面でも子どもたちをどんどん成長させてくれるトッドコーチといい、ほんと、つくづく、息子は、コーチ運がいい。
思えば、アメリカに来る前、日本でも、つくづく素敵な指導者に恵まれて来たしね。

やっぱり、息子には、野球の神様がついてるのかも。
なーんてね。
さあ、いよいよ今度は、郡リーグのプレイオフが始まる。
2位の我がチームは第二シードだから、準決勝ラウンドからの参加だ。
もちろん、狙うは、リーグ優勝。
どの子にも、野球の神様がほほえみますように。

プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。
   仕事を辞めて渡米。
   メリーランド州在住。
   現在、週刊ポストに
   「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」
   を連載中。
趣味■読書、ピアノ、旅、昆虫飼育
目標■ちょっと背伸びして、
    疑問符を感嘆符に変えること
苦手■勧善懲悪
著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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