新聞記者でした。「行って、見て、書く」ことを大切に、現場を歩いたり、人と出会うことで、心の中の「?」が、ちょっと背伸びして「!」に変わっていく瞬間を、できるだけ毎日、書いてみたいです。(小国綾子)

おことわり

実は、昨夜、秋の少年野球がどんな風だったのか、6本に渡るエントリーを書き、そのうち5本まで公開していたのですが。
よくよく考えたら、息子もすでに思春期前期のお仲間入りをしているわけで、
それどころか数年後には、パソコンやネットとのお付き合いも始まる可能性が濃厚なわけで、
そろそろ、息子ネタを書き散らすのも自粛するタイミングかなあ、と思い直し、
結局、全部、公開を取りやめました。

思えば、「ベイビーパッカーでいこう」 (日本評論社) 以来、息子のお陰で随分と駄文を書き連ね、それでいくばくかの原稿料もいただいてきたわけですが、段々とそういうこともできなくなるんだろうなぁ。
息子や子育てをネタに、原稿料を稼ぐのは、息子が小学校を卒業するまでにしよう、と心に決めていたわけだけど、小学校5年生でもすでに、なんというか、人格を持った人間なのねえ。
……って当たり前なんだけど。

ちなみに、週刊ポストの連載に関しては、息子も読んでおり、時には、「母ちゃん。これ、俺がいなかったら書けなかった原稿だろ。モデル料、ちょうだい」 とちゃっかりのたまうようになりました。
こんな感じで、時々プライバシーを切り売りして生活している母ちゃんを持った運命を呪わず、したたかにそれをうまく遣い倒しながら、ちゃっかり生きていってほしいもんだ、というのが、母ちゃんの切なる思いなのであります。

というわけで、いったんアップしたエントリーを全部削除しました。
おさわがせして、ごめんなさい。

たまらん夢

息子のトライアウトの夜、たまらん夢を見た。
滅多に夢を見ない体質で、おまけに 「夢を見た気がする」 という確信があっても、それを覚えているなんてことは滅多にない体質なので、朝になっても覚えている夢というのは、それだけで、妙な気持ちだ。
それにたいてい、私の見る夢 (=朝まで覚えている夢) は、悪いものばかりだから。

断片的な記憶によると、夢はこんな感じ。
息子たちのチームが野球の試合をやっている。
私はいつものようにスコアをつけている。
試合は初回から快勝ムードで、なんか理由は分からないけれど、あれこれ周囲に気を回しているうちに、息子の打順が終わってしまう。

あーん、見逃した!
と思って、夫に聞くと、夫がぶ然として、
「バントサインが出された」 という。
初回で、すでに10−0と大量得点差をつけた状態で、2アウトランナー2、3塁、という場面で、息子にバントサインが出されたという。息子はバントをきれいに決めたけれど、もちろん、ファーストアウトで、得点はならず。
それで、チェンジ。

「ああ、こんな場面ですら息子にはバントサインが出されるのか……。やはりこのチームに残留させたのが間違いだったのか」 と、たまらない思いにかられる、という展開。

おまけに、そこからはもっとキテレツな展開で、気づけば私は船に乗っている。
なんかやけ酒飲んで、完全に泥酔しているところで、悪いヤツにダマされ、世界一周のクルーズの旅に連れて行かれたのだ。

「船から降ろしてくれー。
息子が野球の試合中なんだ。
試合を私は観たいんだ!」


と、見渡す限りの大海原の真ん中の船の上で、私はオイオイオイと泣いている。
そんな夢。
こりゃもう、病気だな。
それも相当に重症。
ああ、もう、こうなったら、息子の野球なんか忘れて、本当に、一人世界一周クルーズにでも出掛けたほうが良いのかも。

夢の内容を深読みするのはあまり好きじゃないけれど、たとえ息子がトライアウトにもしも受かったとしても、今のチームで来シーズンも野球を続けることが息子にとって幸せなのかどうか、私の中ではどこまでも迷いが残っているってことなんだろうなあ。
まいったまいった。

今年も野球パパの一番長い日

今年もこの日がやってきた。
「野球パパの一番長い日」。
すなわち、BCCの11歳以下チームの年に一度のトライアウト (選抜試験) である。
去年、初めてこれに参加した時、あまりに 「父と子、父と子、父と子……」 という組み合わせばかりで、ママの姿がほとんどなかったのに驚愕し、こんなエントリーを書いた。

題して、「野球パパの一番長い日」 (前編後編)。

今年は、25人の少年が参加した。
このうち、11人が、息子を含むチームの現役選手だ。
定員は12人だから、13人が落ちることになる。

実は、このトライアウトの前、長い長いスランプにあった息子と、それを見守るしかなかった私たち家族には、本当にいろいろと紆余曲折があったのだった。
だから、正直なところ、「どうせ受からないからトライアウトは受けない」 とまで一時は言い出した息子が、自分なりに覚悟を決め、自らトライアウトを受けることを選んだ段階で、私はもう、「これで十分」 と思えるところがあった。

何しろ一時は 「野球ブログ」 と呼ばれるほど野球の話ばっかり書いていた私が、この秋シーズン、17試合を戦った息子の野球話を、一度もブログに書けなかったのだ。
それだけでも、どれほどのスランプだったか、分かってもらえると思う。
そんな話は、あとでアップするとして。
まずは、本日、トライアウトの話。

去年は、どの子どもたちもパパとキャッチボールをしてウォームアップをしていたんだけれど、今年はそうでもなかった。
特に、トラベルチームの現役選手たちは落ち着いたもので、もはや父親の出番すらない。
チームメートがずらり並んで2人組みになり、まずは片膝をついて、手首だけを使ってなげるキャッチボール、次はその姿勢のまま、腕を振り上げて投げ、さらに立ち上がって両足をついたまま上半身で投げ、最後に普通のキャッチボールから、距離を段々伸ばして行き、遠投へ……というような、普段通りのウォームアップを始めるのである。
見ようによっては、現役選手だけで固まって淡々とウォームアップをしているわけで、かな〜り威圧的な感じなのだった。
息子が現役選手の一人ではなく、挑戦者の側だったら、むちゃくちゃ嫌な感じだろうなあ、とふと思う。

ベースランニングのタイムに、内野守備、外野守備、そしてバッティング。
順々にこなしていく。
息子の不安材料は、打撃の不振だったのだけれど、バッティングでは、試合中にはまったく出たことのないようなセンター越えの当たりなどが飛び出し、とりあえず、力を出し切った感じ。
これで落ちても、絶対にほめてやろう、と思った。

トライアウトの途中では、息子と仲良しの我がチームのエースで主砲ザックが、「あいつ、どうだった? うまくやってた?」 と私に声を掛けてきた。
トライアウトが終わったら、何人かのパパが駆け寄ってきた。
「息子さん、今日のバッティング良かったねえ。本当に良かった!」

ことほどさように……。
周囲が息子のことを心配してくれていたのだ。
まあ、今の現役選手のうち誰が落ちるかというと、息子は間違いなく3本の指に入るし、もしかしたら2本指にも入るかもしれないし、もっと正直に言うなら1本指にだって入っちゃうかもしれない。
そういうポジションに今、息子はいるのだ。

挑戦者が10人であろうと、50人であろうと、よそのトラベルチームで物足りなくなって、「もっと強いチームでやりたい」 と我がチームを受けに来るような実力派が2〜3人いたら、息子は間違いなくはじき出されるのだろうし、そういうヤツが誰もいなければ、息子はこのチームに居残るんだろう。
毎年のトライアウトの目的も、「一から選手を選び直す」 というよりは、「もっと強い選手を1〜2人取って現チームを補強したい」 というようなものらしい。
トライアウトの出来不出来とは別のところで、合不合格が決まるんだろうから、息子がトライアウトで実力をきちんと出し切れたからといって、結果のほうはまったく見えない。

それでも。
この秋、息子が、この世で一番好きだったはずの野球をストレスに感じ、プレッシャーにつぶれそうになったり、思い悩んで苦しんだりしてきたのを、目の当たりにしてきた親としては、無事にトライアウトに挑戦できたことだけでもう十分だ。
息子自身が一時は 「受けたくない」 と言ったし、
夫や私のほうも、「たとえ息子が受けたがっても、もうトライアウトは受けさせないほうが良いのではないか」 とまで悩んだ。
何しろ、練習や試合のたびに、胃痛や腹痛はもちろん、最後は片頭痛発作らしきものまで出始めたのだ。
「チームを去ることを、息子に判断させるのは無理だ。親が無理矢理でも、このチームから引っぺがしてやったほうがいいのではないか。野球が楽しめなくなるほど、強いチームにいるよりは、楽しめる野球をさせてやったほうがいいのではないか」 なんて、夫婦で何度も話し合った。
一方で、「トラウアウトにたとえ失敗したとしても、いや、失敗するならば、なおのこと、挑戦させて、自分なりに精一杯力を出し切って、それで力及ばなかったという現実を見つめさせるべきだ。挫折する経験こそ大切だし、今ここで、困難から逃げさせてはいけないのではないか」 とも思ったし。
でも、頭やお腹が頻繁にいたくなり、夜は溜め息をついてばかりの息子を見ていると、「挫折の経験は大事」 なんてきれい事は吹き飛び、心はいつも揺らいだ。

だって、私自身、小学生時代にこんな競争社会に身を置いたことはなかったもの。
中学時代だって、ピアノの練習を理由に部活を辞め、しばらくすると、部活を辞める理由だったはずのピアノすらやめた。干したての布団に寝転がって、ポテトチップスをぼりぼりとほおばりながら、好きな本をだらだらと読んでいるだけの、「帰宅部」 だった。
振り落とされるかもしれない試験を受けたのなんて、せいぜい高校受験が初めてで、それも成績だけは良かったから、落ちることなんてまったく想定してなかった。
「落ちるかも」 と緊張しながら何かに向かったのなんて、実は大学受験が初めてだったのだ。

そんな自分の軟弱人生を振り返ってみると、「人生なにごとも挑戦」 とか、「困難から逃げてはいけない」 なーんてエラソウなことはとうてい言えないのだった。部活をやめた時も、ピアノをやめた時も、黙って口をはさまないでいてくれた両親には、ただただ感謝あるのみ、だ。
などと考えていると、やっぱり、小学生のうちから、こんなプレッシャーの強い空間でスポーツをさせることが親として本当に良い選択なのか、まったく分からなくなってきてしまう。

結局、私も夫も、息子に対して、「トライアウトを受けるの?」 とか 「どうするの?」 とか、あえて聞くのをやめた。
その時が来れば、本人が決める。
それを親はただ、静かに待っていればいい。
悩んだすえに、そんな境地にどうにか立ち戻った。

そしてトライアウトの日の朝を迎えた。
「怖いな……」
息子がつぶやいた。
それで、本人の心は、トライアウトを受けることでもうとっくに決まっていたのだと、私は知った。
だから私も、当たり前のような顔をして、トライアウト会場に連れて行った。
「挑戦することに意義がある」 なんて、随分なきれい事だと思ってきたけれど、それでもやっぱり、挑戦することには意義があるのだと信じたい。

トライアウトに挑戦する少年たちは誰も必死だった。
普段足の遅いクリスが、死にものぐるいでベースの間を走り抜けるのを見た。
息子とともに 「打順最下位グループ」 仲間だったマイケルやアズラが、大変な緊張と戦いながらボールを追うのも見た。
一方で、登録を終え、ゼッケンももらってから、「やっぱり受けたくない」 と言いだし、どうにかなだめすかせて受けさせようとする両親から走って逃げた子すらいた。
それぞれに戦う11歳なのだった。

息子よ。
そして、トラウアウトに挑戦した24人の子どもたちよ。
本当に本当に、よく挑戦したね。
あとは、静かに、結果を待とう。

アサーティブな私

息子の野球は、秋シーズンが先週からスタートしている。
忙しくて、なかなか新エントリーをアップできないでいるのだけれど、その前に一つだけ。
実は、この秋シーズンの前に、監督兼コーチのルーに、悩んだ末、メールした。

春のシーズンは、いろいろと考えさせられるシーズンだった。
「考えさせられる」 は、かなり穏やかな表現であって、ホンネを言うなら、「かなり嫌な思いもしたシーズンだった」 というべきかもしれない。

春を簡単に振り返ってみると……。
「勝つためのチーム作り」を合言葉に、それまでの成績によって打順が毎回代わり、打順の上がり下がりに子どもも親も一喜一憂するようになった。
その中で、自分の子どもがないがしろにされていると感じたドリューのパパが、試合中にトッドコーチに食ってかかり、侮辱し、それが原因で、ドリュー一家がまずチームを去った。
おまけに、それをきっかけに、トッドコーチも、「これ以上、このチームのコーチはできない」 と去ってしまった。
プロのコーチを欠いたまま、チームとしては、それでも夏のトーナメントを全勝し、トロフィーをいくつも手にしたわけだけれど、トッドコーチのなき後、選手の起用に関して、パパコーチ陣に抗議しまくる親 (具体的にはショーンのパパとライアンのパパ) が続出。
私は、声を荒げてルーに食ってかかる、ショーンのパパやらライアンのパパを見て、「ウソだろー。日本だったらありえない〜」 と呆然とするしかなかった。
心のどこかで、「あんなことしても逆効果だろうに」 とすら思っていた。
だって、日本の常識だったら、あそこまで険悪なムードで口論しちゃうと、感情的なしこりが残ってしまって、逆に選手起用に悪影響を及ぼしそうだもの。

ところが実際には違った。
ショーンのパパ、ジョンは結局、先々のことを見通して、この秋からチームを去ったけれど、少なくとも激しい抗議をしてからチームを去るまでの間、ショーンが内野を守ったりする機会は圧倒的に増えた。
ライアンもそうだ。
ちょっと何かあると、必ず、「これはルーに文句を言わなきゃ」 と行動を起こすのが、ライアンパパのマークなんだけれど、その効果があってか、他の選手が順番にベンチで控えに回っているような時ですら、ライアンがベンチに戻されることがほとんどなくなった。

結局、言ったモン勝ちなのかよ。

そんな思いが、どうしても残った。
というか。
私や夫が、日本の常識を引きずって、「コーチに子どもの選手起用のことで文句をつけるなんて」 とか思っているうちに、結局、「モノを言わない親」 の子どもである息子がワリを食っているのではないか、と自問自答の日々だったのだ。

日本では、手弁当で子どもの指導にあたってくれているパパコーチたちに、ねぎらいや感謝の声をかけることはあっても、抗議するなんてありえない。
いや、もしも、何か意見することがあったとすれば、それは、「チーム全体の話」 として、保護者会などで話し合う程度だろう。
まさかまさか、自分の子どもの起用やらポジションのことで、たとえば 「どうしてうちの息子の打順7番なんだ!? (実際にショーンのパパが言ったとされるセリフ)」 なんてこと、絶対に言わないと思う。

そういう 「日本の常識」 がまず何より邪魔をした。
おまけに、ショーンのパパやら、ライアンのパパやら、カッtとなって怒りにまかせて自己主張するパパの姿を見ていると、日本人の私としては、ただひたすらに、ルーが気の毒で、これ以上、彼の心労を増やしてはいけない、とかそういう風についつい考えてしまったわけだ。

が、段々と分かってきた。
ルーは、日本人の私が思うほどには、全然こたえてないのだ。
その場その場で、誠実に対応する、という姿勢だけは常に崩さないけれど、もっともっとしたたかで、冷静で、おまけに、切ろうと思ったら躊躇なく相手を切り捨てる。
さすがは年間何百万ドル (たぶん) も稼ぐ敏腕弁護士である。(ってことは関係ないけれど)

そんなわけで、ルーのことは心配しなくてもよさそうだ。
となれば、文句をつける、という形でないにせよ、もう少し、ルーとコミュニケーションを取り、私や夫が悶々と考えてきたことをきちんと伝える努力はしたほうがいいのではないか。
そんな風に考えるようになった。

悩んだ末に、口頭ではなく、メールにした。
相手を目の前にして、口頭でしゃべりだしたら、きっと 「和を重んじる」 日本人の私のことだ。
思ったことの半分も伝えられない可能性があるもんね。

ルーに送ったメールはこんな感じ。

秋シーズンが始まる前に、一つだけ伝えたいことがあります。
バントについてです。

春シーズンから、息子は自宅で黙々と練習を続けています。最低100回の素振りを毎日。トスバッティングも。今や、息子のバットのペイントは、打撃練習の結果、ほとんどはがれ、色すらありません。
それでも。
まだ結果を出せていません。

今息子に必要なのは、結果であり、結果から得られる自信です。
息子は、ラインドライブを外野に打ちたいのです。
そう。あなたの息子、ザックがやっているみたいに。

息子にしろ、私たち親にしろ、バントが大切な戦術であることは理解しています。
だからこそ、息子は、あなたのバント指示に嫌な顔一つしたことがなかったはずです。
息子は、バントを成功させ、仲間のランナーを進められた時はうれしそうだったし、息子にしろ私たちにしろ、コーチ陣の判断は常に尊重してきたつもりです。

しかしながら。
もしも、息子にバントではなく、ヒッティングのチャンスを与えていただけたならば、打撃不振にもがいている息子の大きな手助けになると思います。
もしもその打席でヒットを打てなかったとしても、その失敗から彼は何かを学び、次につなげていくでしょうから。
息子自身も、少しでも自分のバッティングを改善するために、1回でも多く、打ちたがっています。

僅差の大事な試合だとか、一回負けたらお終いのトーナメントはともかく、これからの秋のリーグ戦の普段の試合では、各選手の技術向上のためにも、バントではなく、ヒッティングのチャンスを与えてやってもらえないでしょうか。

もちろん、選手の起用や戦術に関する一切の判断をするのはコーチ陣であると分かっています。私たち家族はそれを尊重するつもりでおります。
ただ、今回こうしてメールしたのは、私たちがどんな風に考えているかを、できるだけ誠実に、あなたにきちんとつたえたいと思ったからです。


英語でアサーティブになるのは、ものすごい難しい作業かと思ったけれど、やってみたら思いの外、簡単だった。
結局、私が乗り越えなければならなかったのは、英語の壁ではなく、「こういうことを親がスポーツチームの監督に主張するなんて!」 という日本の常識のほうだったってわけだ。
ひとたび、そこを乗り越えてしまえば、言葉の壁のほうがずっとずっと低かった。

英語表現についても、最初は、「アメリカ文化において、どの程度の言い方が一番ちゃんと伝わるんだろうか」 とか 「もう少し宴曲なほうがいいのか、あるいはストレートなほうがいいのか」 とか悩むかと思ったのだけれど、実際に英文を書き始めてみて、「ああ、私の英語力じゃ、ものすごく宴曲な言い方とか、そんな凝ったことできるわけないじゃん」 と気づいたのだった。

そもそも、私の性格上、アサーティブであること自体は、実は簡単なんだよね。

思えば、日本にいる時、学童保育か何かの保護者会でこんなことがあった。
私が何か意見を述べた後、「ほかに意見はありませんか?」 と司会役が聞いたのだけれど、ほかの人は何も言わなかった。
で結局、私が言ったことがそのまま通っちゃった。
ところが、後でこんな風な話が耳に聞こえてきたのだ。

「もっと広く意見を聞いてほしかった」 
(……って、聞いてたじゃん)
「あんな公の場所で平気で意見を言える人もいるだろうけど、言えない人だっているのに」 
(だったら、なんのための話し合いの場所なのよ?)
「結局、声の大きい人の意見が通ってしまう」 
(だったら大きな声で話しなさい)

あのころの私、「はっきり言えない人」 に随分とイライラしてたっけなあ。
ところが、アメリカじゃ、そんな私が誰より 「はっきり言わない人」 になっちゃいそうなのだ。
いやになっちゃうなぁ、もう。

今まで、ショーンのパパとか、ライアンのパパとか、むちゃくちゃ攻撃的な自己主張の仕方を目の当たりにして、「こんなの、私には無理〜」 と思っていたけれど、何も、そういうやり方だけが自己主張の方法じゃないものね。
単に、アサーティブになれ、っていうだけなら、実はむしろ私、性格的には得意だもの。

結局。
言葉の壁があってもなお、アメリカでアサーティブになるほうが、日本でアサーティブになるよりずっとラクチンなのだと気づいた。
というか、アメリカでは言わなきゃダメなんだよねえ、きっと。
日本では、「意見をいえない人の意見も汲んでほしい」 とか無茶なことをいう 「モノ言わぬ人たち」 に閉口していたはずの私が、アメリカで 「モノ言わぬ人たち」 になってどうするねん!

さて。
メールには、すぐに返事が来た。

メールありがとうございます。誠実で建設的なアプローチに深く感謝いたします。
あなたのおっしゃるよう、これからの秋シーズンのリーグ戦は、春のリーグ戦や夏のトーナメントとは性格を異にします。秋シーズンは、勝敗よりも、1人ひとりの選手の技術向上に、重点を置く時期です。もちろん勝つことは良いことですし、子どもたちも喜びますが、僕たちコーチ陣はこの秋シーズンをつかって、選手にもっと多様なポジションを経験させたり、バントよりヒッティング重視のサインを出していきたいと考えています。

もちろん、息子さんは 「指名バント打者」 などではありません。
思い切り強いスイングをしてくれれば、ヒットも出ると思います。
試合の流れによっては、バントを指示することもあるでしょうけれど、秋シーズンはもっと打たせるつもりでいます。

繰り返し申し上げますが、率直に伝えてくれて、ありがとう。


おもしろいもので、最近は、英文であっても、ニュアンスというものや、温度というか、その人の人となりというか、思いのようなものをかぎ取ることができるようになってきた。
で、ルーの返事から感じたのは、

「うわっ。やっぱりなんか、彼のメールって、あったかくないのよねー」

だった。
つまり、「秋シーズンはあまりバントさせません」 と書きつつも、過去のことについては、「春や夏は勝つことが目的のシーズンなので、仕方なかった」 と書き、息子にバントを指示したのは、「本人が思い切ったスイングを見せなかったから」 と暗に言っているわけだ。
相変わらず、ガードの堅い文面だこと。
子ども同士が大の仲良しながら、親の我が夫婦は、ルーのこういうところが苦手で、ついつい、もっと分かりやすいショーンのパパママやら、別の親たちと仲良くしちゃうんだよなぁ。

そんなわけで、なんか返事をする気もしなくなり、忙しいこともあって、半日ほど放置していた。
そしたら、驚くことに、さらに追加がきた。

さきほどの最初のメールに加え、もう少し補足させていただきたく、メールしております。僕は本当に、あなたの息子さんに深い愛情を感じております。彼の能力を高く評価してもいるし、彼の目標達成のために、それが可能となるポジションに、彼を起用するつもりでもいます。

あなたの息子さんは、春、そして夏の私たちのチームの勝利に、実に大きな貢献をしてくれました。すべてのゲームにおいて、チームを勝利に導いたことは、彼が誇って良いことだと思っております


たぶん、解釈するに、いつもクイックレスポンスが常である私が、半日以上も返事を寄越さないもので、さすがに心配になってきたらしい。
それで、フォローのメールを、となったのだろう。
なんか、ムチャクチャわかりやすい人なのだった。
でもって、フォローのメールであっても、「愛情」 という言葉を使いながらも、やっぱり、愛情あふれるような文面を書けない男なのだった。

まあ、そういう人だから、トッドコーチ退任の後のあのゴタゴタをどうにか乗り切っても来られたんだろうなぁ。

ところで、ルーは、私への1本目のメールと、2本目のメールとの間に、チームの保護者全員にむけて、こんなメールを送っている。

「秋シーズンは、春シーズンや夏のトーナメントと違って、勝敗よりもむしろ、子どもたちを新しいルール (リード可、振り逃げあり、など) に慣れさせる時期ととらえています。だから、春シーズンより、多様なポジションを守ることになると思います。

私たちのチームは、どの選手、コーチ、親にいたるまで、スポーツマンシップに欠ける行為を行ったり、それが問題とされたことはありません。しかしながら、残念なことに、春シーズンには、他のチームでそのような問題が起こり、それを目の当たりにもしました。ですから、私たちは、いかなるスポーツマンシップに欠ける行為に対しても、『ゼロ・トーレランス(Zero Tolerance)』 のポリシーを採用したいと思います。

もしもお子さんの守備位置や起用などについて何か質問がありましたら、私あるいは他のコーチ陣に遠慮なく伝えてください。ただし、試合直後 (試合中はもちろんのこと) というのは、この手の問題を話し合うのにはあまり適切なタイミングではないと思います。試合の後は双方とも気持ちが高ぶっているし、生産的な話し合いにならないことが多かったので。

常に変わらぬみなさんのご支援に感謝します」


たぶん、私とのやりとりの中でふと、「試合中だけでなく、試合直後に親が文句を言ってくるのも、やめてもらうよう、ルール作りをしていいのではないか」 と思いついたのだろう。
メール自体は穏やかな口調ながら、たとえば、試合直後にルーにかみ付き、延々と30分以上文句を言っていたライアンのパパあたりに、「試合直後は、やめてくれ」 とメッセージしたと思われ。
おまけに、その前に、「ゼロ・トーレランス」 の話を並べて書くことで、トッドコーチ退任以降、「無法地帯」 と化していたチームを立て直そうとしたとも思われ。
やっぱり、監督業って楽じゃないのね。
でもルーは、こういうことをビジネスライクにきちんとできちゃうから、たとえば、頭に来ているライアンのパパなんかに、「ちぇっ。確かに、ルーは頭が切れるよ。切れすぎるね!」 なんて言われちゃうのだろう。

ところで、実は、このバントをめぐるメール話には、後日談がある。
このやりとりから数日後にあった、秋シーズンの初試合。
相手に3点先制された後、0−3で迎えた2回裏攻撃。無死一塁のランナーが出た。
この場面で息子に打順が回った。
シーズン初試合だし、やっぱり大事な試合だし、1点でも返しておかないと始まらないし……という場面で、これはバントサインが出てもしkたないかな、と覚悟したが、結局サインはなかった。

一方、5点差と引き離された後の別の回の攻撃時に、同じパターンで無死一塁のランナーが出たことがあった。監督兼コーチのルーは、迷わず、次の打者であるエバンに初球からバントさせた。
相手ピッチャーの制球が定まらず、最初のランナーも四球による出塁だったにもかかわらず、だ。

もちろん、前者は2回裏攻撃、後者は7回裏攻撃だった、という違いはある。
でも、バントに関して私が例のメールを送っていなかったならば、たぶん、ルーは2回裏のあの場面でも、もっと軽い気持ちで、息子にバントを 「試させた」 気がする。

なるほど、親がこうして意思表示したことで、ルーとしてはもう、「試しにバントでもさせてみるか」 と軽い気持ちで息子にバントサインを送れなくなったのだろう。
だから、ルーが息子にバントをさせること自体は、今後だってもちろんあるだろうけれど、きっと、ルーは、本人や親にきちんと根拠を説明できるような説得力のある場面だけでしか、それをやらないだろう。
なるほど、だから、アメリカでは、親たちがスポーツチームの監督やコーチに、どういう形であれ、きちんと自己主張だけはするのだ。して、損はない、ということなんだろう。

あらためて実感。

結局、言ったモン勝ちなのかよ……。

日本じゃ、「言わないモン勝ち」 とか、「言ったら墓穴を掘る」 ってことが多いのになあ。
というか、それ以前に、小学校5年にも6年にもなった息子の野球チームで、親が出張っていって、自分の子どもの打順や守備位置なんかについて、意見するのって、やっぱり変だと思ってしまうんだけどね。
そんなこと、子どもに委ねてしまえばいいのに。
どうしてもバントしたくなかったら、息子から言えばいい話なのに。

……なーんて思っていたわけだけれど、アメリカでは、いや、少なくとも息子のチームにおいては、親は子どもの起用についてあれこれ口をはさむし、また、コーチ陣のほうも、交通整理ができる範囲であれば、子どもではなく、親からきちんと意思表示してくることを期待しているふしもある。
実際、アメリカでは親の財力、時間的余裕だけでなく、実は、コミュニケーション能力まで、子どものスポーツの成果につながってしまう、という気がする私なのだった。

アメリカで息子がシビアな勝負の世界に入ってくれたお陰で、知ることのできた、一つの異文化コミュニケーションのありようである。

秋を前に……

夏休みももうすぐ終わり。
今週から、学校の開始に先立って、野球チームの練習が始まった。
9月に入れば、すぐに、リーグ戦が始まる。
これまで郡(カウンティー)のリーグで 「U10」 という分類だった少年たちは、この秋から、「U11」 の分類となる。
そんな秋シーズンを前にして、またしても、バタバタと色々なことが起こり、過ぎていったのだった。

ことの始まりは、我がチームの監督兼コーチ、ルーからのメール。
「秋シーズンが始まる前に、みなさんに報告があります。エバン・カッツ君があらたに我がチームに加わりました。そして、ショーン・クック君は、チームを去ることになりました」

……ショ、ショーンがいなくなる???

これはショックだった。
私がこの野球ブログ (いつから野球ブログになったんじゃーっ!>ぢぶん) に最も登場させちゃっている野球バカな親父こそが、ショーンのパパ、ジョンだ。
NIHという国立の医療機関の研究者でありながら、子どもの野球に怖いほど真剣で、500ドルのバットを買い与え、息子の打席が終わるごとに必ず息子を叱咤激励(たいていの場合、怒っている)する、恐ろしき野球バカ。
それでいて、うちの息子のことを、本当に気に掛けてくれていた。
アメリカの少年野球ってものをまったく知らない私や夫に、何かと教えてくれたのも彼だ。
忘れもしない。
息子がまだ英語をちっともしゃべれず、ボールを捕る時にすら、「Mine!」 とか 「I got it」 とか声をなかなか出せなかった時期を経て、初めて、「I got it !」 と試合中に叫んで捕球した日、ジョンだけがそれに気づき、まるで我がことのように大喜びし、感動し、「やったな!」 と私に声を掛けにきてくれたのだ。
私自身、野球の練習や試合のたびに、たいていジョンとああでもないこうでもない、と野球談義をするのが一番楽しかった。
もしも、彼が Nova とか英会話学校の先生だったら、私は彼とのプライベートレッスンですでに100万円ほど払っている計算になるのではないか。
……ってほど、彼は私にとって、最高の野球談義の相手でもあったのだ。

そのジョンが、チームからいなくなる???

もちろん、予期されたことでもあった。
息子ショーンが春シーズンからピッチャーとして起用されなくなったこと、
打順も下位に回されることが多かったこと、
外野を守らされることが増えたこと、などについて、
ジョンは何度も何度も監督に掛け合っていた。

トッドコーチがチームを去り、親たちがパパコーチ陣にあれこれ文句をつけ始めた夏のトーナメントあたりになると、コーチ陣と激しい口論になっているのを見たこともあるし、ゲームが終わると、表彰を待たずにジョンとママのスーザンが息子のショーンをさっさと連れ帰ってしまう、なんて場面も見られるようになった。

野球バカ親父のジョンはともかく、普段は冷静なスーザンさえも、どこかチームと距離を置き始めたから、こりゃ、ただごとじゃない、と思わざるを得なかった。
我が家だって、息子の暗い暗いスランプのトンネルの途中で、予定していた家族旅行を取りやめちゃったりしたことがあったわけで、きっと、野球の試合の時だけでなく、家でも、色々と思い悩んでいるんだろう、と気になっていたのだ。

そしたら、やはり……。
ジョンは、いったい、息子のショーンをどこのチームに入れるつもりなのだろうか。

しばらく悩んだ後、ジョンにメールを書いた。
これまでお世話になったことのお礼と、息子を大事に見守ってくれていたことのお礼と、気づけばどんなに私たち夫婦がジョンを頼りにしていたのか、ということや、私たち自身も、息子の野球のことでは色々と悩んできたこと。
そしたら、こんな返事が来たのだった。

「メールありがとう。
夏のトーナメントが終わった後、僕とスーザンは、ショーンのために何かしなければ、と思ったんだ。このままでは、事態は好転するとは思えなかったからね。それで、まず、Olney Pirates の選抜試験を受けた。すごく厳しい試験だったよ。3日間、3時間ずつ、つまり9時間かけて、選手を選抜するんだ。
結局、1人しか受からない試験で、ショーンはうまくいかなかった。
しかし、Olney のほうから、Olney Pirates はダメでも、Olney Buccaneers でプレイしないか?とオファーされたんだ。
なんと、秋から、Buccaneers はカウンティーのリーグ戦に参加するらしい。というわけで、少なくとも、君と僕は、リーグ戦の2試合では、顔を合わせることになる。
忘れないで。
僕らはチームを去ったけれど、それはチームを去ったというだけで、僕らの友情まで置き去りにするつもりはないからね。
僕も君たち夫婦と野球談義をするのが本当に楽しかった。また会おう」

なんだかしみじみしてしまった。
自分のチームで息子がうまく起用してもらえない、と分かるやいなや、レベルの少し落ちるチームを選ぶのではなく、あえて、カウンティーでトップの実力を誇る Olney Pirates の試験を受けさせる、というあたりが、強気のジョンらしい。
息子のショーンも、すごいと思う。
自分のチームメートの元を去り、ライバルチームに行って戦うことにこだわりをもたないんだもんな。
息子だったら、絶対に嫌がるに違いない。

さて、ここでおさらい。
息子たちの BCC Hurricanes が所属したカウンティー(郡)の春リーグの上位3位は、以下の通りだった。

1位、Olney Pirates
2位、BCC Hurricanes
3位、Germantown Hawks

ただし、3位のGermantownのコーチがまずチームを去り、この騒動に嫌気が差した エバン・カッツという少年がこのチームを去り、我がチームでは、トッドコーチとの確執でドリュー一家が BCC を去り、さらにその直後、トッドコーチまで辞めてしまった。
……というあたりまでが、春のシーズンで起こった出来事。

さらに夏シーズンのトーナメントでは、Germantown のエバンだけでなく、このチームのリードオフマンにして剛速球投手のランディーが、我がチームの補強として加わった。
ランディーのパパは、「秋は、Olney にするか、BCC にするか、迷っている」 と言っていた。

そんな話をあれこれ聞きながら、
「アメリカって、結局、強い子はより強いチームを求めて、どんどんチームを渡り歩くんだ! その陰で、弱い者はどんどんはじき飛ばされるんだ!」
と、仰天した私だったが……。

もっともっと仰天する展開になっちゃったのよね。

色々な情報を総合すると、こうなる。
Olney Pirates で、抜けた選手の穴を埋めるための、選抜試験を受けたのは、我がチームのショーン。そして、我がチームに入るかどうか迷っていた、Germantown Hawks の剛速球投手ランディー。
結局、ランディーがどうやらこの枠を勝ち取ったらしく、ランディーは秋から Olney Pirates のメンバーとなった。
そしてショーンは、Olney Buccaneers でプレイすることに。

一方、Germantown からは、我がBCCに エバン・カッツという少年が秋から参加することになった。
つまり、Germantown は、春の終わりのごたごたを機に、剛速球投手のランディーと、ものすごく器用で足の速いエバンとの両方を失ったことになる。

「ランディーが Pirates に入ったなんで、またしても Pirates が強くなっちゃうなあ」 
なんて親子で話し合っていたら、もっとすごいニュースが飛び込んできた。

なんとなんと。
強くなりすぎてしまった Olney Pirates は、カウンティー(郡)の U12、つまり1歳年上のリーグでプレイすることを決めたらしい。
これにはビックリだ。
そもそも、日本だったら、それを望んでも、許可されないんじゃないかなぁ。

でも確かに、勝ってばかりのリーグ戦から得るものは少ない。
理想は、半分勝って、半分負ける、だ。
だからといって、より強い州の強豪チームと戦うようなリーグに参加したならば、試合のたびに何時間も車を走らせることになってしまう。
手近に、郡内で、強い相手を見つけようと思ったら、「年上のチームと戦えばいいじゃん〜」 ということになったらしい。

さすがはアメリカ。
強い子はより強いチームを求める。
そして、強いチームは、より強いリーグを求める。
そこに年齢とか、しがらみとかは、関係ないのだ。
そういえば、トッドコーチも子ども時代、同年齢の子に比べると強すぎて、2〜3歳年上のチームでプレイしてたっていってたもんなぁ。
まったく、この国ときたら。

そんな風にチームを渡り歩くチームメートたちに、息子は何を感じるんだろうな。
秋が終わって、今度のトライアウトで、今のチームからはじき飛ばされた時、息子はどんな選択をするのかな。
カウンティー(郡)のトラベルチームのリーグで、より弱いチームに居場所を求め、元チームメートたちと戦うことを選ぶのか。
それとも、あくまでBCCという組織の中で、トラベルチームの下位リーグであるセレクトチームに参加し、元チームメートとは顔を合わせない舞台を選ぶのか。

実は、私には一つの秘策がある。
もしも息子が今のチームのトライアウトに落ちたら、来年の春はちょっと趣向を替えて、数年前に近所の街にできたリトルリーグに入れてみたらどうだろう。
1才ごとのチーム分けで、ほぼきっ抗した実力の子どもだけでトラベルチームを作り、戦うのもおもしろいが、もう少し実力に幅のある子どもたちで、それでも実力差のないように分けられたチーム同士が街で戦い、もしもうまくオールスターに選んでもらえれば、より面白い、広い世界を見にいく、というのもなんだか楽しそうじゃないか。
それに、やっぱりアメリカの少年野球をもっと知るならば、リトルリーグも経験しておきたい (おいおい、息子が、でなく、自分が、かい?>ぢぶん) のだった。

それはもう、今度のトライアウトを落ちてからの話だけれど。
今回、ジョンや、色々な仲間から教わったことは、

この国では、選択肢は複数ある、ということ。
チームも、コーチも、リーグも、レベルも、自分たちで選んでいいんだ。

さあ。
波乱含みの秋の野球シーズンも、もうすぐだ。

久しぶりの 「わっしょい」

先週、家族でイエローストーンとグランドティトンという2つの国立公園に行ってきました。
というような話は、後日、アップするとして……。
今回は、旅行から帰ってきて、ヘトヘトだというのに、ついついその翌日、片道2時間も車を運転し、「カルリプケンリーグ」 の世界大会に行ってしまった話を。

旅行から帰ってすぐにチェックしたのが、このカルリプケンリーグのWorld Seriesで、日本が勝ち残っているかどうか、ってことだった。
そしたら、なんとなんと。
日本代表チームは、無敗のまま、外国チームの間で戦われる準決勝で、韓国を下し、翌日の決勝でメキシコと戦う予定だという。さらに、この「外国チーム間の決勝戦」 でチャンピオンになれば、さらに次の日には、アメリカ国内のチャンピオンチームを相手に、いわゆるホンモノの決勝戦を戦うことになるという。

息子に聞けば、当然、「見に行きたい!」 というし、実は私もちょっぴり見てみたいのだった。
だって、そろそろアメリカ流の野球に息切れし始めた今、妙に、日本流の野球ママが懐かしかったんだもん。
それに、12歳のトップレベルの日本の野球がどんなものか、見てみたかったし。
2歳年上の日本の子どもたちがどんな風に戦っているのか、息子に見せたい、という思いもあったしね。
それで、疲れてるのに、眠いのに、片道2時間かけて、メリーランド州アバディーンの球場まで車を走らせたというわけ。

試合自体は、日本代表チームがメキシコ代表の背番号5番の投手君に翻弄され、ほとんど打てないまま、0−1で負けてしまった、という展開だった。
私のつけたスコアでは、日本代表チームのヒットは2本だけ。
1本は、足の速さが生んだ内野安打で、もう1本は、右中間を破ったのに、2塁で刺され、アウトにされた。
おまけに、取られた18個のアウトのうち、10個は三振だった。
10個の三振のうち、見逃し三振も3個あった。
このあたり、きっと日本の少年たちは、アメリカ流の審判に随分と苦しめられたんだろう、と思う。
アメリカの少年野球では、2ストライクからは、よほどの悪球でない限り振れ、と徹底的に指導される。
なぜなら、特にフルカウントから、内角の胸元に食い込んでくるような速球とか、バットに当たるか当たらないかと思われる外角低めの微妙な球なんかを、好んでストライクとする審判が、アメリカの少年野球界にはむちゃくちゃ多いからだ。

「よく、思い切って投げた。あっぱれ!」
そんな審判の声が聞こえてきそうな、男気を感じて(?)のストライクコールの多いこと多いこと。
だからよほどのことがない限り、2ストライクからは、「くさい球は振っていく」。
それがアメリカ流だ。
2ストライク以降は、へたに選球眼を働かせたら、墓穴を掘ることが多いのだ。

そんなわけで、日本代表チームはたぶん、いつもの調子を出せないまま、わずか1点差に泣いた。
そんな感じに見えた。
ストライクゾーンも違うだろうし、時差ぼけもあるだろうし、内野の芝生にだって慣れてないだろうし、そんな中で試合を戦うなんて大変だろうなあ……。
なんだか、しみじみしてしまったのだった。

一方で、私は、久しぶりの日本の野球文化に触れられて、ちょっとうれしかった。
何かって、試合応援の、うるさいこと、うるさいこと。
大リーグから少年野球、大学野球、マイナーリーグまで、色々とこの国で試合を観戦してきた私だけど、アメリカでみた試合の中で、一番、うるさい試合だったことは間違いない。
だって。
攻撃のたびに、チームのママたち全員が起立し、一斉に歌い出すんだもの。

かっせーかせかせかせかせ ○○(選手の名前)
おっせーおせおせおせおせ ○○(選手の名前)
かせかせ ○○
おせおせ ○○

で、途中で何やら入って、最後は、

全員で、「わっしょい!」 って叫ぶの。
ああ、楽しい〜!
「わっしょい!」 と言うべきところを、どうもノリが違って、 Let's Go ! と叫んでしまう私だったんだけど、いいわ〜、この集団応援!
懐かしい〜!

ほんと、最初から最後までほとんど休まずママたちは手拍子を打っていたのではないかしら。
日本の応援席には、選手たちを家に泊めてくださっているアメリカのホストファミリーのみなさんや、かつて日本の少年を泊めたことがあるという元ホストファミリーの野球好きなんかが、わんさといたんだけれど、みな、この大騒ぎを結構楽しんでくれているみたいだった。
だいたい、日本の応援団の鈴を、やんややんやと鳴らし続けてたのは、たいてい、アメリカの子どもたちやママたちだったしね。
物珍しさがあるうえ、そもそも騒ぐのが嫌いな人たちじゃないから、案外アメリカ人も、鳴り物応援って嫌いじゃないのかもしれない。

でも、日本のママみたいに、手拍子を打ち続けるような苦行について行けたのは、はっきりいって、私の隣に座っていた、うちの息子だけだったな (汗)。
やっぱり、うちの息子は、日本流の応援 (定型のあるコールをみなで歌ったり、手拍子したりするパターン) への親和性が高い。
私なんか、最初の雰囲気を楽しんだら、早々に脱落しちゃったもんね。

それでも、息子ですら着いていけなかったことが1つ。
守備になった時、日本のパパやママたちが、ドスを聞かせて叫ぶこの一言。

「からだで止めろ〜」

ドスが効き過ぎていたからか、迫力がありすぎたからか、息子がよく分からない顔でボソリ。

「母ちゃん。あれ、日本語? 何て言ってるんだろ?」

ははは。
でもやっぱり、そうよね。
日本の守備は、「からだで止めろ」 が基本よねー。

試合運びについて、もう1点。
なんとも日本的だったのは、1点差で迎えた最終回裏の攻撃。
1人目が奇策としてセーフティーバントを狙ってアウトになったのは仕方ないとして、2アウト1塁の場面で、最後のバッターとなった打順2番君がいきなりバントの構えをしたのには驚いた。
思い切りスイングして、ヒットを放つ可能性よりも、とにかく三振を避け、ボールを転がせば、何か起こる……という作戦だったんだろうか。
でも、下位打線でもないし、たしかにこの日は2三振の少年だったけれど、他の試合では本塁打だって打ってた選手なのになぁ。
これには、私もびっくりしてしまった。

実は2アウトでバントサインを出されたこともある、非力な我が息子ですら、「なんでここでバントなんだよ!」 と叫んでいる。
周囲を見渡すと、野球をよく知っているアメリカ男たちは、みな一様に、信じられない、とでもいうように、首を振っている。
だよなあ。
普通、アメリカじゃ信じられないよなあ。
こんな場面で、バントサインだなんて。
というか、日本だとこういう作戦はフツーなんだっけ?
そうも思えないんだけど。

「思い切って、バットを振らせてやればいいのに」
つい、思ってしまったのは、さんざバントサインを出され続けている息子の母親だからだろうか。

結局、彼は見る見る2ストライクに追い込まれ、最後はバッティングに切り替えた。
そして、セカンドゴロに倒れた。
一塁には、頭から滑り込んでいた。
ゲームが終わってもしばらく立ち上がらなかった。
泣いていた。
日本の高校野球児はみんな、こうやるんだったっけ。

アメリカ代表チームとの決勝戦進出を決めたメキシコチームの少年たちが大喜びしている。
一方、日本代表の子どもたちは、多くの子が泣いていた。
アメリカ流に、「Good Game!」 と手を合わせた後は、きちんと日本流で、相手チームのスタンドの前で整列し、帽子を取り、頭を下げた。
その礼儀正しさに、メキシコ国旗を振り回していた観客席もきちんと拍手を送ってくれた。

喜びに浮かれ、メキシコチームのスタンドの前で大騒ぎしようと思っていたメキシコチームの面々は、いきなり、自分たちの目の前で、負けた日本チームがまず最初に味方ではなく、相手チームのスタンドに頭を下げる姿を見て、「ありゃりゃ、そういうもんなのか。じゃあ、俺らもやるか〜」 ってな感じで、日本のスタンドにやってきて、明るくさわやかに、手を振ってきた。
次に、日本の少年たちが相手スタンド前から戻ってきて、今度は、自分たちを応援してくれた味方スタンドの前で、しっかりと頭を下げた。
どちらのチームにも、惜しみない拍手が送られた。

最後は、Good Game! と声をかけたくなるような、そんな雰囲気だった。

ちなみに、この日本代表チームは、日本のボーイズリーグの選抜チームらしい。151チーム2700人の選手の中から選ばれたんだそうだ。
U12だから、多くは中学1年か小学6年生、ってことかな。
ボーイズリーグといえば、リトルリーグと並ぶ硬球の少年野球リーグで、たとえば、ダルビッシュも、田中マー君も、リトルリーグではなく、ボーイズリーグの出身なんだそうだ。

ちなみに、の話をもう一つ。
この大会の期間中に、息子の野球の練習に出掛けたら、ママ友だちから、「息子さんがテレビスターになっちゃったママの気分はどう?」 と笑顔で声を掛けられた。
訳が分からず、「へ?」 と言っていたら、なんと、カルリプケンのサマーキャンプで息子が起用されたという、ワールドシリーズのCMが実際にMLBネットワークというテレビ局で流れ、それを見た、息子のチームメートたちが、「ひえええ、あいつがテレビに映った!」 と大騒ぎしたらしい。
そういうわけで、息子と私も、本腰を入れて、あらためてテレビを見てみた。

そしたら。
映ったのよ、息子が。
カル・リプケンと、弟のビル・リプケンが会話する周囲にいる7人の子どもたちの1人として。
最後はみんなで 「イエーイ!」 とか叫んでた。
息子は始終、笑顔で映っていた。
キャンプの2日目に撮影したというCM。
とりあえず、緊張しすぎて凍り付いたような笑顔でもなく、実に楽しそうに映っていて、ほっとした。
まあ、こんな面白い経験までさせてもらっておいて、それでもなお、「来年は行かない」 という根性なしの息子には、あきれるしかないけどね〜。

そうそう。
ちなみに、の話をあともう一つ。
現在、リトルリーグの世界大会も、アメリカはペンシルベニアで開催中。
アメリカでは8月というのは、実は少年野球が最もテレビで放映される季節だったのね。
今度、日本の代表チームの試合をテレビで見てみようっと。

悩む親の見つけた結論

迷いと悩みの中で迎えた Smithsburg のトーナメント決勝戦。
またスタメン落ちかな、と覚悟しながら、スターティングメンバーがアナウンスされるのを聞いた。
息子の打順は11番。12人のうちの11番。
トーナメントでは、打順を10人で回すから、結局息子はスタメン落ち、みたいだ。
ちなみに打順最下位は、なんとショーン。
前日の試合で2三振をしているとはいえ、ショーンが打順最下位に落ちたことなんて一度もない。
というか、スタメンの打順から外れたことすらないのではないか。

怖くて、ショーンのパパの顔を盗み見ることすらできなかった。
たまんないなあ。

子どもたちがずらり整列したところで、一同起立、脱帽。
アメリカ国歌斉唱、だ。
一回戦でもこれをやったのだけど、決勝戦ではもう一度これをやるんだなあ。
12人の選手たちの後ろ姿がほほえましい。
ひときわ大きいのがブランドン。
それに続くのが、ザック、リオ、それにクリス。
ここまでの4人は長打力があって、チームの主軸打者だ。
次に背が高いのがショーン、マイケル、ジョーンズイ。
一方、ここからはどんぐりの背比べ。
スコットとライアンと息子は、我がチームの低身長3人組みなんだけど、今回補強で入っているランディーとエバンも、同じくらい低い。

後ろから見ていると、首のあたりなんて、息子も、白人の11人の少年も、ほとんど肌の色なんか変わらない。それほど、みんな褐色に日焼けしているからだ。
アメリカ国歌には、なんの思い入れもないけれど、そうやって仲間と一緒に並んでいる息子の背中を見ていると、やっぱりここが息子の居場所なのかなあ、と思わずにいられないのだった。

さて試合開始。
なんかもう負ける気がしないと思ったら、案の定だった。
我がチームは毎回得点。
相手チームを2安打に抑え、15−1でコールド勝ち。

2回表に、打順10番のスコットが四球を選び、一死満塁の場面で、打順が1番に戻るんだろうと思っていたら、いきなり息子がでてきて驚いた。
なんと、監督兼コーチのルーは、この決勝戦で、12人全員に打順を回すことにしたみたいだ。
前の試合の、「自分の息子だけを打順から外す」 という決断にしろ、今回にしろ、有能な弁護士でもあるルーが、チームの保護者たちの批判や不満を上手にかわすための、練りに練った末のシナリオのように思えた。

それにしても。
一死満塁かあ。
ちと息子には荷が重そう。

初球、ボール。
第二球、思い切ってバットを振るが、空振り。
おいおい、なんか、当たりそうにないんですけど。
案外相手のピッチャーは力がある。
この時点までで3点を入れていた我がチームだけれど、まだ無安打に抑えられている。
息子に打てるかなあ。
3球目はボール。
4球目はストライクの球を見逃した。
5球目は、ボール。
これで、いよいよフルカウント。

もう、私まで緊張しちゃって、心臓バクバク。
応援する余裕すらない感じ。

さあ、第6球。
息子は思い切りバットを振った。
かすった。
ファール。
第7球目も。
かすって、ファール。

結局、粘った末に、四球を選んだ。
ほっとしたような、残念なような。
でもまあ、打ちたかったけれど、迷いのないスイングで粘れたし。
母ちゃんとしては、ほよよーん、という感じでどっと疲れつつも、ほっとしたのだった。

息子はこの試合で、あと2回、打席に立ったが、もうピッチャーが乱れまくっていて、ストライクが入らず、結局3打席とも四球。
というか、この試合、相手チームのピッチャーは16四死球も出しちゃったんだもの。
何とも、盛り上がらない決勝戦なのだった。

こちらのピッチャーは、先発がリオ、中継ぎがザック、そして抑えがランディー。
特に、ランディーは1イニングしか投げなかったけれど、まず2三振のあと、セカンドフライ。
本当に見事なピッチングだった。
セカンドフライは、息子がたまたまその時セカンドにいて、これを捕球。
これでコールド試合が成立し、ゲームセット、となったのだった。

試合の後、子どもたちがフィールドに整列した。
主催者が、1人ひとりの選手の名前をアナウンスしていく。
息子の名前も。
トーナメントの初日は、このアナウンサーたちが、馴染みのない日本人の名前をどう発音していいかわからず、ほとんどフランス読みみたいなすごい発音で読み上げてくれて、チームの子どもたち全員大爆笑だったんだけど、いつの間にか、ちゃんと読み上げてくれるようになっていた。
名前を読み上げられた子どもたちが、帽子を取って、高く掲げるたび、会場から拍手が起こる。

子どもたちの背中しか見えないけれど、ちゃんと分かる。
きっと今、息子はとても誇らしげな顔をしているだろう。
少しばかり照れているかもしれない。

ふと気づいた。
今日、打順最下位だったショーンの姿がない。
あとから息子に聞いた話だが、パパとママがさっさとショーンを連れて車で立ち去ってしまったらしい。
チームメートが 「これからトロフィーの授与とかあるらしいぜ」 と車の外から声を掛けたのに、車はさっさと立ち去ってしまったらしい。
息子のその場面を遠目に見て、びっくりしたらしい。

一方、ルーを見やれば、ライアンのパパにつかまっている。
ライアンのパパは、試合中、ライアンが1打席だけバントのサインを出されたことに、ものすごく怒り狂っていた。
たまたま、小耳にはさんでしまったんだけれど、ライアンのパパは、ブランドンのパパのもとに駆け寄って、
「どういうことだよ、いったい! 今シーズン7打点も上げて、打率だって5割を打ってるライアンに、バントをさせるか? ああ、絶対にルーに一言言ってやらなきゃ」
などと怒鳴りまくっていたのだ。
この時はさすがに、思わず、心で苦笑してしまった。
「何回も何回もバントさせられてる息子を持つ母親の隣で、1回バントサインを出されただけで、ここまで怒りを爆発させるんだもんな〜」 と。
その場は、ブランドンのパパにいさめられ、落ち着いたように見えたけれど、結局、試合直後にルーをつかまえて、抗議していた。
まだ子どもたちはフィールドで優勝を喜んで走り回っているっていうのに。
おまけにこの抗議は、30分以上も続いた。

トッドコーチが辞めて以来、何が変わったって、とにかく親がルーに食ってかかったり、意見したりする場面が圧倒的に増えた気がする。
それまでは、「選手の起用はすべてトッドコーチに任せてあります。それでも、何か意見がある時は、トッドコーチではなく、まず私に話してください」 というスタンスをルーは採ってきた。
そんな風にワンクッション置くことで、ルーは、「すべてはトッドコーチの判断」 と掲げつつ、親たちの要求や抗議を冷静にさばいてこられたんだと思う。
でも今、新しいコーチであるジョーがまだ、それぞれの選手の特性や実力を把握できずにいる中で、打順や守備位置を決めているのがルーであることは明らかだ。
おまけに、トッドコーチはもういない。
いわゆる 「無法地帯」 状態。
一気に、これまでの親たちの疑問やら、不満やらが、噴きだしてる感じ。
考えてみれば、私や夫が、打順や守備位置にどこか割り切れないものを感じ始めたのも、トッドコーチが去ってからなのだ。
つくづく、親がコーチをやるってのは、本当に難しいことなんだな、と思った。

どんなに正しい判断であっても、「息子をひいきしている」 と言われかねない。
プロでないから、「その判断はおかしい」 と理詰めで抗議してくる親が絶えない。
なんだか、延々と難しい顔で話し合っているライアンのパパとルーを見ていたら、こちらまで暗澹たる気分になって、「ああ、やっぱり、このチーム、段々つらくなってきた……」 とまた思ってしまった。

そんな時である。
ふと、少し離れたところに、ランディーのパパを見つけた。
やっぱり、感動したことは、素直に相手に伝えておきたいと思ったから、初対面だったし、挨拶もまだだったのに、思わず駆け寄ってしまった。
「素晴らしいピッチングでしたね。このトーナメントで私が一番うれしかったのは、ランディーの素晴らしいピッチングをこの目で見ることができたことです」
と正直に賛辞を送った。

それから少し立ち話をした。
そしたら、ふっと、なぜなんだろう。
親としての悩みなんか、チームメートのパパママ仲間の誰にも相談できない、と思っていたはずなのに、気づけば私は、初対面の、強面の、スキンヘッドの、脳みそまで筋肉みたいなスポーツマンタイプ (苦手なんだよホントは私はこういう男が……) の相手に、思いを吐露し始めていたのだった。

「トライアウトに受かる限り、その強いチームにいることが、子どもにとってベストの選択なんでしょうか」
今にして思えば、なんと舌足らずな質問だろう!
おまけに、すごく一般化して尋ねてしまった。
「息子のレベルで、このチームにいることは、息子にとってベストの選択なんでしょうか」 と聞くことができなくて。
それなのに。
息子の状態や、色々なことを説明すらせず、何もかもをすっとばして言ったこの私の一言で、ランディーのパパはすべてを喝破したみたいだった。

彼自身も、実は地元名門私立校の野球チームのプロコーチらしい。
だから、彼も彼の仕事の中で、チームの子どもたちの親の思いをあれこれお聞かされたことがあったのかもしれない。
あるいは、3日間のトーナメント試合を見ていただけで、息子の置かれている立場を見て取り、私の一言ですべてを悟ったのかもしれない。

ともかく、彼は一言、こう言った。

「今のチームにいるべきかどうか。答えは、イエス、だね。なぜなら、第一に、このチームは、プロのコーチを雇っている。第二に、新たにこのチームのプロコーチになったジョーは、高校のチームのコーチをしてたころ、僕のライバル校にいて、お互いコーチとして争ったことがある。彼は確かに、いい仕事をしていた」
「何をどうしていいかわかっていない父親たちがコーチするチームなんかに、子どもを預けるくらいなら、どんなことがあっても、プロのコーチのいるチームにしがみつくべきだと思うよ」

単純明快。
そんな感じの回答だった。

「それともう一つ。息子さんは、今のチームでいてハッピーなのかい?」

ランディーのパパにこう聞かれて、ふと、フィールドを見やれば、スタメン落ちしたり、控えに回されたり、バントのサインが多かったり、色々な悔しい場面もあったトーナメントだったけれども、それでもやっぱり、くったくない笑顔で、チームメートたちと子犬みたいにじゃれ合いながら、優勝を喜ぶ息子の姿がそこにあった。

「ええ、それはもう、とっても。そうですね。それが一番大事ですもんね」

胸のつかえが、すっと溶けていく感じがした。

ランディーのパパは、「大丈夫。彼は良いスイングをしているよ。僕は、そういう子には 『毎日素振り100回しろ』 って言うんだよ」 って。
だから私も、「ええ、まさに、息子は毎日、それだけはやってます」 と。
いつか、あの練習が実を結ぶかな。

ランディーのパパに 「ランディーはどこでこれからプレーするのですか?」 とも聞いてみた。
パパは、「秋シーズンには移籍させたいので、この1週間で、ここBCC Hurricanes にするか、Olney Pirates にするか、決めなきゃと思ってる」 だって。
なるほど、彼は彼で、息子を預けるに値するチームかどうか、このトーナメントの中でチームを値踏みしていたんだろう。トーナメント初日に、ランディー自らが、息子たちに 「俺、Olney のトライアウトを受ける予定なんだ」 と言ったそうだから、最初は Olney に傾いてもいたんだろう。
そして今は、BCCとの間で迷っている、と。
そういうことらしい。

秋シーズンの前に、エバンがやってくるのか、ランディーがやってくるのか、あるいは両方がやってきて、誰かがチームを去る話がすでにもうあるのか。
私には何もわからないけれど。
おまけに11月のトライアウト(選抜試験)では、息子はもう、選んでもらえないかもしれないけれど。
とにかく、このチームにいられる限り、やっぱりここが息子の居場所なんだろう。

「また勝った!」 と近づいてきた息子に、声を掛けた。
「よかったね。こうなったら、このチームにいられる限り、ここで精一杯、がんばってみようか」
息子は、大きくうなづいた。
迷いのない顔で。
ならば、それも良いのかもしれない。
秋シーズン、せいいっぱい頑張ってみて、それでも努力が実を結ばなくて、11月のトライアウトに挑戦して、やっぱり落ちてしまったら、きっとそれも息子にとっては貴重な経験になるに違いないもの。

こうして、長かった2009年の春シーズンと夏シーズンが終わった。
楽しいだけじゃなく、親も子もつらい、苦しいシーズンだった気がする。
春からのチームの通算成績は35勝5敗。
4つのトーナメントで16試合を戦い、一度も負けずに、すべて優勝を勝ち取った。
息子がいるには、もはや強くなりすぎてしまっただろうチームで、息子はアメリカに来て2度目の秋シーズンを迎える。
秋シーズン開幕は9月上旬。
もう、わずか1カ月後だ。

親が悩む夏

ここのところ、野球エントリーの更新がないのは、野球の試合がないから、ではない。
むしろ逆。
相変わらず、週末は夏のトーナメントを戦っている。
すごい少年野球場」 というエントリーで触れた、Cove Creek Park でのトーナメントも、息子の所属するBCC Hurricanes はなんなく優勝してしまった。
野球の本場Red Stateであるヴァージニア州のチームが続々とやってくるわけで、さすがに苦戦するかと思ったら、組み合わせが良かったのか、何が良かったのか、決勝戦なんか、コールド勝ち。
振り返れば、初戦でぶつかった Herndon Hawks が一番の接戦だった。

息子自身は、打順2番で先発させてもらったものの、ほとんどの打席でバントサインが出され、もちろんこれを決めてランナーを進塁させたことで先取点につながった、という展開が何度もあったものの、結局、外野にヒットを打てたのは、決勝戦の1本だけだった。
1本でもいいや。
打てたから。

試合の後、監督兼コーチのルーから、「息子さんがバントするのが決して好きじゃないことは分かっているけれど、バントをしろ、とサインを出すたび、彼がちゃんと決めてくれたお陰で試合に勝てました。その自己犠牲のプレイが、チームを優勝に導いたんです。また、内野と外野の両方を同じようにちゃんと守れる数少ない選手でもあるうえ、どこを守らせてもそこでしっかり仕事をしてくれる。彼のお陰で、随分と、フレキシブルな守備体制が取れると感謝しています」 なんてメールももらった。

そんなわけで、バッティングに課題は残しつつも、ちゃんと監督にも評価してもらえてよかったね、という雰囲気でこの週末は終わったわけだったんだけど。

さて、翌週の Smithsburg でのトーナメント。
当初、アズラとクリスが欠場する、と言われていて、さすがに9人じゃまずかろう、と2人の補強を加えることになった。
これが、カウンティーのリーグ戦で戦ってきた宿敵 Germantown Hawks のランディーとエバンだ。
特にエバンは、かつてBCCにいた子で、この春から Germantown に移籍したのだけれど、結局、あの横暴監督にさんざ怒鳴られたりした挙げ句、監督が出場停止になっちゃった例の試合のドタバタに嫌気が差して、チームを辞めた子だった。
トッドコーチとの確執で、チームを去ったドリューの穴埋めに、秋からは、彼が我がチームの仲間になることはほぼ確実視されている。

さらに、注目は、もう一人のランディー。
すべての試合のスコアをつけてきたから、よーく知っている。Germantown Hawks の先頭バッター。長打力があり、ヒットを打たなかった打席なんて数えるほど。おまけに剛速球ピッチャーで、安定感抜群……そんなヤツいるのかよ、と思うけど、ホントにいるのだ。

この2人が補強に入る、と聞いて、「ああ、息子の出番はこれでないな」 と正直思った。
おまけに、欠場すると言われていたクリスが、急きょ、参加できるようになり、今回の登録メンバーは12人。
案の定、第一試合から息子はスタメン落ちした。

実際、ランディーとエバンはすごかった。
特にランディー。
驚くことに、身長は、うちの息子とほとんど変わらない。
でも、打球の速いこと、速いこと。彼と争えるパワーヒッターなんて、我がチームではせいぜいブランドンくらいだ。
でももっとすごかったのは投球。
むちゃくちゃ速かった。
我がチームでは速球はのザックもリオも目じゃない。全然レベルが違う。
なるほど、我がチームが対戦しても、彼からほとんどヒットを打てなかったわけだ。
味方になってみて初めて、そのすごさが良く見えた。

一方、エバンは器用だ。
バントもうまいし、結構打てる。
ピッチャーも、ランディーほどではないけれど、たぶん、我がチームに入れば、3、4番手のピッチャーにはなれるだろう。
でも、恐るべきはその足。
むっちゃくちゃ速い。

ちなみに、このトーナメントで、監督兼コーチのルーは、1塁に出たエバンと息子の2人だけに、こんなサインを出した。
「1球目でセカンドに盗塁。次の1球でサードに盗塁してみろ」
念のため言うと、この年齢のリーグではまだ、ランナーはリードしてはいけない。
つまり、ボールがキャッチャーに届いてからしか、スタートを切れない。

息子は、どうにか3盗まで決めた。
かなり危ういタイミングだった。
でも、エバンは楽々、3盗を決めた。
ひええええ、って感じ。
「チーム一俊足」 が、息子の唯一の自慢だったろうになあ。

このエバンがたぶん、秋からはチームメートになる。
さらに、秋シーズンが終わった後の、年に1度のトライアウト (選抜試験) には、ランディーも加わるのでは、という噂だったのだけれど、息子によると、
「ランディーは、Olney のトライアウトを受けるつもりなんだって」
だそうである。
恐るべし。
今やメリーランド州ランキングで3位につける、モンゴメリーカウンティーでは敵なしの Olney に、その宿敵チームだったはずの Germantown からあっさり移籍するんだもんなあ。
また、Olney が強くなっちゃうなぁ。
(リトルリーグでは、こういった移籍については厳しく制限するルールがあるんだけれど、リトルリーグじゃないので、そういう制限はないのだ)。

強い子は、より強いチームを選んで入る。
その結果、弱い者から、はじき出されていく。
アメリカ社会の縮図だよなあ、と思わずにいられない。
……っていうことは、日本のチームは、いわゆる 「終身雇用」 の反映なのかしらん。

まあ、それはそれとして。
今回のスタメン落ちは、結構、夫婦で色々なことを話し合うきっかけとなった。
もちろん、これまでもスタメン落ちはあったわけだけれど、今回は、補強2人が入った結果のスタメン落ちで、その補強のうちの1人はほぼ我がチームに秋からやってくることは確実と思われるわけで、なんだか秋シーズン以降の息子の運命を垣間見た気がしてしまったのだ。

さらに最近、トッドコーチがいなくなって、チームの守備位置がかなり変動するようになった。
サードが定位置だった息子が、ライトやセカンドを守ることが増えた。

見ようによっては、3人のパパコーチ陣の息子が厚遇され、さらに、そのコーチ陣にあれこれと息子の起用について要求する親の子が厚遇されるようになった、とも言える。
これは、事実をどっち側から見るかによって、少しずつ色合いを変えるような事柄だから、はっきりしたことは言えないとは思う。
でも、第三者であるコーチの判断ではなく、親たちの判断でチームが動くようになったことで、他の親も以前以上にその采配に不信感を持ちやすくなり、その結果、パパコーチ3人組にあれこれ物申す親が急激に増えてしまっていることだけは、ほぼ間違いない。

一方、やっぱり私や夫は、どこかで日本人で、だから、よその親みたいに、「なんでうちの子はバントばかりなんですか」 とか 「なぜうちの子にもっと○○を守らせないのか」 なんてことを監督やコーチ陣に言えない。
というか、言うもんじゃないだろー、とついつい思ってしまう。
だって、みんなほど長打力がないのも確かだし。
確かに、内野でも外野でもどこでも無難に守るけど、息子でないとできないミラクルプレー、みたいなのを見せるような派手なタイプじゃないし。

ただ、親としては心のどこかで、「結局、物言わぬ親を持ったせいで、息子が割を食っているのではないか」 という思いは残るわけで、これが何というか、妙にストレスフルなのだ。

Smithsburg のトーナメントはこれまで3戦戦った。
監督兼コーチのルーは、この試合で、補強のランディーとエバンの実力のほどをきちんと見極めたかったんだろう。色々な場面で、色々な形で、彼らを使った。それがこのトーナメントの一つの目的のようにすら見えた。そういう采配を可能にするために、多くの子が打席から外れたり、守備から外れたりした。
ルーはルーなりに、とても気を遣った。
だから、3試合目には、なんと12人のメンバーのうち、11人で打順を回し、自分の息子であるザック1人をあえてスタメンから外した。
どこからどうみても、「我が身も切るから、これで勘弁してくれ」 的な采配なのだった。
きっと、色々と思うところもあっただろう親たちは、これで何も言えなくなった。

(いや、そう感じたのは私や夫くらいで、案外、言う人はそれでもなお、言うのかも……うむむ)。

決勝戦は、明日。
お相手は、Glade Valley Athletic Association  というスポーツクラブが主宰するトラベルチームらしい。
でもたぶん、どっちにしても、うちが勝つと思う。

息子は、素直に、少しでも活躍して、勝ちに貢献したい、と思っている。
トロフィーがもう一つ増えるのを、心待ちにしている。
でも、なんか私のほうは、少し、心が重い。
ああ、また、スタメンから外された時、息子はどんな風に感じるのかなあ、なんて。

迷うのはたぶん、単に息子がスタメン落ちするからじゃないんだと思う。
日本にいれば、スタメンに入れない子など当たり前の話だし、そもそも、中高生の部活なんて、1年や2年生はスタメンどころかベンチ入りだってできないチームも多いと聞く。そしてそういう問題はすべて、本人の話であって、親がどうこう、という世界じゃない。

一方、アメリカでは、ここがアメリカだから迷う。
なぜなら、選択肢があるから。
おまけに、親がその選択に関われるから。

たとえば、今やメリーランド州9位、なんて常勝チームになってしまったBCC Hurricanes にいる限り、息子はやっぱり、バント専門で、内外野両方守れる 「便利屋さん」 であり続けるだろう。
でも、同時並行で続けてきた、地元のレクレーション目的のチームでは、いまだに彼だって 「エースで4番」 なのだ。
選択肢は、トラベルチームとレクレーション目的のチームの2つだけではない。
たとえば、BCCが組織内で運営しているセレクトプログラムがあり、トラベルチームのトライアウトには受からないけれど、レクレーションチームよりはちょっと上手な子たちが集まって、結構楽しく野球をやっている。
また、最近は、近くの街にリトルリーグもできた。

夫は、「鶏口牛後、って言葉もあるしなあ」 なんていう。
本当に。
息子にとってどちらが良いのか。

これまでは迷いがなかった。
レベルの高い仲間と練習するほうが、勉強にもなるし、本人も楽しい。そう思えたから。
でも、これからさらに競争が激しくなり、試合のたびに、打順が回ってこなかったり、守備につけなかったりする機会が増えるのであれば、あえて、トラベルチームを去り、セレクトプログラムで野球をやったほうが、より多くの打席に立ち、たぶん、ピッチャーとしての経験も積めるのではないか。

この1年半、アメリカの少年野球をどっぷりと見てきて、痛感するのは、子どもがいかに試合で成長するか、だ。アメリカでは、シーズン中は、試合数が練習日より多いんだから、当たり前だ。
子どもは、起用してもらえば起用してもらうほどに、それに応じた成長をする。
自信をつけることで、メンタル面だけでなく、技術面まで伸びる子も多い。

たとえば、リクレーションチームの昔の仲間に、1学年上のスティーブンという少年がいた。
投げるのも今ひとつ、守備をやらせばエラーばかり。
だから、息子の所属するチームでは、彼はいつも外野だった。
父親はそのたび、「なぜ息子にファーストとかショートとかをやらせてくれないんだ!」 と食ってかかり、もめにもめ、結局その父親は息子をチームから引きはがし、別のチームに入れた。
なんと2歳も年下の子どもたちが主力の、弱小チームに。

それを聞いた時は、なんとアホなことをする父親か、と思ったもんだ。
何年も一緒にやってきたチームから、息子を無理矢理引きはがし、年下の子たちと野球をやらせるなんて! と。
でも。
今年の春、久しぶりのそのチームと対戦した時、スティーブンの変わりように驚いた。
確かに弱小チームだった。
あっさりコールド負けした。
でもそのチームで、スティーブンはピッチャーをやり、キャッチャーをやり、内野を守り、ほとんど1人でアウトカウントを積み上げていた。攻守の大黒柱として、必死に弱小チームを率いる彼の姿には、ちょっと胸が熱くなった。
ずいぶん野球だって上手になっていた。

どんどん自信を失い、上手になるきっかけもつかめずにいるスティーブンを見ていて、パパはきっとつらかったんだろう。
今になって思えば、パパの選択は、もしかしたら、スティーブンにとっては、そう悪いものじゃなかったのかもしれない。
少なくとも、今になってみれば、スティーブンのパパの切なさが、ドリューのパパの切なさが、ちょっとだけ分かる気がする。

息子の場合はどうなんだろう。

どうせあと1年ちょっとで帰国する息子にしてみれば、アメリカの子どもたちのように、トラベルチームで何年プレイをしたか、なんて実績がハイスクールやカレッジの入学に有利に働いたりすることもない。
奇跡みたいに見事だったトッドコーチの練習があるならともなく、トッドコーチもいなくなってしまった今、このチームにしがみつく意味が本当にあるんだろうか。

そして何より。
息子はどっちを望むんだろう。

結局、迷った末に、夫婦して息子に親の考えを伝えた。
「この国には、色々な選択肢がある。だから、今のチームで頑張るのもいいし、セレクトチームでより活躍できる場を求めるという選択肢もある。選んでいいんだからね」 と。
息子は、何も言わなかった。
ああいう性格だから、新しいチームメートと一からやり直す、というだけで、もう十分に、嫌だろう。
おまけに、今のチームメートたちといるのは、やっぱり楽しそうなのだ。

夫がぼそっと後で言った。
「こういうの、子どもに選ばせていいのかな。このチームにいる限り、あいつはこの勝負を自分から下りることはできないよ、やっぱり。本当は、親がある程度、介入してやったほうがいいんじゃないか」

そうなのかもしれない。
誰かに相談したくて、ふと回りを見回して、ああ、と立ちすくんだ。
チームメートの親たちもまた、今や、ライバルなのだ。
去年と違う、不思議な緊張感が、最近は少しずつ流れるようになってきた。
一番、気心が知れていて、何でも相談できる相手だったショーンのパパだって、今回ばかりはちょっとしんどい。
なぜなら、息子とサードを取り合っているのが、ショーンだったりするから。
ショーンのパパが、ルーたちコーチ陣にあれこれ激しく言いつのるようになってから、実際、息子ではなくショーンがサードを守る機会がぐっと増えたのだから。

相談できる相手がいない、というか、誰に相談してよいものか。
おまけに、いざ相談するとなると、今度は、ああ、英語という言語の厚い厚い壁が……。
生活上、そう英語で苦労することはなくなってきたけれど、それでも、こういう利害関係がともない、さらに、押したり引いたりの駆け引きや微妙なニュアンスを伝えなきゃいけない場面では、自分の言葉が相手にどんな風に伝わるのか厳密に分からないということが、むちゃくちゃ怖い。
普段は、日本語でしゃべるのと同じくらいの勢いで、下手な英語でしゃべり倒しているのにねえ。
言えずに飲み込む思いに限って、飲み込むには重く暗すぎるものばかりなのだ。

スポーツのトラベルチームの世界を知る人は、「11歳なんてまだまだ。年齢が上がれば上がるほど、本当に競争が激しくなり、親も本気になり始め、親同士までライバルみたいな雰囲気になっていくのよ」 なんて言う。そんなの、息子以前に、私がとうてい、耐えられそうにない。

そんなわけで、野球母ちゃんの私は、少々息切れ中。
明日のトーナメント決勝戦が終わったら、1カ月ほど、シーズンオフだし、その間に少し頭を冷やそう。
メモリアルデーのトーナメント以来、出場した4つのトーナメントすべてで優勝し、トロフィーばかりが増えていくのに……。
ああ、それなのに。
悩ましい夏。

すごい少年野球場

この週末も、息子の野球トーナメント。
自宅から車で3時間以上かかるヴァージニア州シャーロッツビルのさらに先、というようなロケーションだったため、2泊3日の遠征となったのだった。
試合の結果はまた、今度書くとして。
何がすごいって、このトーナメントの舞台となっている Cove Creek Park という野球場がものすごいの。

初めて足を踏み入れた日には、いったい、ここは何なんだろう、と思った。
最寄りの街シャーロッツビルからざっと35キロほども離れたド田舎の小さな村の中に、いきなりドカーンとディズニーランドのごとき巨大な入口が現れ、中に入ってみれば、緑の山に囲まれた広い広い土地には、7つもの野球場! 
ほとんどのフィールドには、ホームプレートとマウンドを結ぶ道と塁間以外、内野にも外野にも、美しい天然芝が生えそろっていて、この芝に、雑草の一つもないの。
電光掲示板には、アウトカウントやボールカウントまで表示されるし。
それぞれの球場の脇に、ちゃんとバッティングケージまでついてる。

フィールドに入って、芝生を触った時には、仰天した。
パパ仲間のリックが、「おいおい、俺んちのカーペットよりフワフワだぜ」 と言ったもんね。
まったく。
どうやったら、こんな素晴らしい芝生を維持できるのかしら、というくらい、雑草一つなく、短く刈られた天然芝は、すべすべでフワフワなのだった。

なんでも、全米中で最も素晴らしい少年野球施設なんだそうだ。
だよねえ。
一歩そこに足を踏み入れれば、まるで、野球のテーマパーク。
野球少年たちの天国、って感じだ。


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この球場、成り立ちにもちょっとしたドラマがある。
「評決のとき」 「ペリカン文書」 「依頼人」 なんかで世界的にも有名な作家、ジョン・グリシャムが私財をなげうって作った球場なんだって。
私、全然知らなかったのだけれど。
彼の小説って、弁護士のキャリアを生かしてのものだという話だけれど、彼が本当に夢みていたのは、プロ野球選手になることだったんだって。
大学野球まで、野球一色の生活をしてきたグリシャム青年は、あるチームにいた時、とうとう周囲のレベルについていけない自分に気づいたらしい。
「90マイルの速球は怖い。俺には打てない」
そう悟って、野球をやめ、一転、法曹の道に入ったらしい。

長い間野球から離れていたグリシャムの運命が大きく変わったのは、息子が 「僕、野球をやりたい」 と言いだした日から。
「まさか、こんなことになるなんて!」 というような、野球パパ人生が、そこから始まったらしい。
結局、彼は息子のチームを7歳から15歳までコーチしたというからすごい。
リトルリーグにいられる最後の年である12歳を息子が迎え、12歳最後の試合が終わった時、グリシャムはこう思ったらしい。

「本当にこれで終わりなのか? ああ、あともう1年、せめてもう1年やらせてくれよ」

で、この思いが後に、「Mickey」 という映画の脚本につながったらしい。
ちなみに、この映画のストーリーとは、ホントは13歳の息子の年齢を偽って、リトルリーグでプレイさせる野球パパの物語、だって。おいおい……。

さて。
作家として超有名になって、プライバシーがもっとほしい……というのがきっかけで、1994年だかに、ヴァージニア州シャーロッツビルの近くの山奥の家に移住したそうな。
たぶん、その時には、娘も息子もリトルリーグにいられる12歳という年齢を超えていたんだけれど、彼がこの小さな街に引っ越してきてびっくりしたのは、山間のその土地に一つも球場がなかったことなんだって。
だから、野球を続けていた息子のために、35キロも先の街まで送り迎えするしかなかったし、だから、周囲には野球をやったこともない子がいっぱいいたそうな。

「こんなの許してたまるかーっ」 とグリシャム親父は一念発起。
わずか2年後には、この素晴らしい球場を完成させたのだった。
息子さんはここで野球を、娘さんはここでソフトボールを、長くやり続けた。
息子さんは後に、大学野球の選手にもなったらしい。

とまあ、そんなわけで。
小さな小さな山間の街に、ドカーンと、「全米一」 の野球場が出来て、作家グリシャムはそれを作るだけでなく、毎年の維持のためにも相当額の寄付をしていて、野球なんかしたこともなかった子どもたちがたくさんその球場で野球をやることになって、近所の野球好きたちが、週末のたびに、子どもたちの野球を観戦に来るようになったというわけ。

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トーナメント自体は、球場が有名ということもあって、州の境を超えて、色々なチームがやってくる。
息子のチームだって、お隣メリーランド州からの参加だし、ペンシルベニアあたりからもやってきている。
「ヤンキース球場より美しい天然芝」 とも言われる素晴らしい球場で野球ができる子どもたちって、なんと幸せなんだろう。

息子なんか、最初の試合の後、
「母ちゃん、あの球場、むちゃくちゃフワフワ!」 
とすっかり感動していたのだった。

さあ、今日はいよいよ決勝戦。
あの素晴らしい球場にもう一度立てるんだから、1本でも打てればいいねえ……。
(息子、打順2番で先発ながら、バントは全部きれいに決めてるが、ヒットはまだ出ない。苦しい夏)。

独立記念日も野球漬け・6 (最終回)

(ご注意:長文! ああ、結局6回連載に。1回目からどうぞ)

7月5日の日曜日朝9時。
いよいよ、決勝戦が始まった。
決勝戦の相手は、予想に反し、Olney Pirates ではなく、Sykesville Cyclones だった。
なんと準決勝で、優勝候補のはずの第一シード Olney が、4−7で Skyesville に負けたのだ。
ほんと、少年野球って分からない。
私たちが今シーズン、格上の、たぶん実力ではかなわないはずのチームに、何度か勝てているように、こういうことって、起こりうるのだ。
特に、Olney は、普段のリーグ戦では負けなしである。今シーズンも、我がチームと Germantown Hawks に1度ずつ負けてはいるものの、普段通りの力を出せればたぶん、負けることはありえないくらい、実力は飛び抜けている。
これは逆にいうと、このチームにとって不幸なことだ。
自分たちより強いチームと、必死に戦って、接戦をものにする、といった経験を普段はできないわけだから。
案外、Olney が今回負けたのは、そのせいじゃないか、とも思った。

そんなこんなで、決勝戦の相手は Sykesville Cyclones。
郡レベルを超えたメリーランド州中部一体の代表チームが集まって戦う Mid Atlantic Baseball Association (MABA) でも、強豪タイタンズに続き、2位につけているチームだ。
我がチームは、息子が昨年秋に参加する前に初めて戦い、コールド負け。今年春のトーナメントでも1−6であっさり負けている。
州内に名の轟くチームでもある。
おまけに、我がチームを完封してくれちゃった Olney に3点差をつけて勝ったという。
もう、朝からパパもママもドキドキなのだった。

前日、パパコーチのクリスの父親と口論になった後は、ほとんど誰とも口をきかない状態だったショーンのパパが、その日は少し落ち着いていた。
前日の夜の飲み会で情報収集したところによると、ショーンのパパがコーチに文句を言っているのは以下の3点らしい。

+なぜ、バッティングの良いショーンが打順7番なのか。
+なぜ、いつもセンターばかり守らせるのか。サードやショートを守らせないのか。
+なぜ、投球のチャンスをくれないのか。時々投げた時には決して悪い出来じゃないのに。

いちいちもっともといえばもっともだけど、ショーンが7番にいてくれるお陰で、下位打線でも得点できているわけだし、外野の要としていつも活躍しているわけだし、息子なんかより投球チャンスだってずっと与えられているわけだし、おおお、ここまで細かくコーチ陣に詰め寄るもんなのか、とあらためて驚いたのだった。
日本にだって、コーチ陣にあれこれねじ込む親ってきっといるんだろうけれど、やっぱりアメリカのほうが、この手の話は多い気がするなぁ。

逆に、疑問に思ったら、きちんとコミュニケーションを取るのがこの国のやり方なんだろうし、私ももうちょっと、勇気を出して、微妙な話なんかも、この下手下手英語で果敢に切り込んでいかなきゃなあ、なんて思ったのだった。

とにかく。
ショーンのパパが前日よりは愛想良く話し相手になってくれたので、内心ほっとした。
やっぱりこの人とする野球談義が、私にとっちゃ、一番面白いんだもん。

さて。
息子はこの日も2番サードで先発。
ベンチを見て、胸が詰まった。
昨日、「秘打・花のワルツ」 の決勝打を打ったアズラが、松葉杖をついていた。
パパによると、ただの打撲では済まなかったらしい。
杖なしでは歩けないほどだったアズラが、打席に立ち、あの執念の一打を放ち、おまけに、必死で一塁まで走ったのだと思うと、涙がこみ上げた。
やっぱり子どものケガはつらい。
何よりつらい。

決勝戦は、我がチームがホームチーム(つまり後攻)だった。
なんと我がチームは、出場チームの中で、唯一、無敗で勝ち抜いてきたらしい。だから、第一シードで決勝戦に臨めることになったのだ。
本日の先発はリオ。
初回は6球で3者凡退。
ああ、二枚目キャラのおばさまキラー、リオ。絶好調!

1回裏、今度は我がチームの攻撃。
1番マイケルが左中間に長打を放つ。目も覚めるような当たりだ。
俊足で、おまけに走塁センス抜群のマイケルは、コーチャーの指示に従い、3塁を目指した。
が、やっぱり Sykesville の守備って固い〜。
ものすごく良い球が返ってきて、なんと3塁はタッチアウト。
ああ、まぼろしの3塁打!

これで一死ランナーなしとなったところで、息子の第一打席だ。
さすがにこの場面でバントはない。
初球、外角のストライクを見逃し。
夫が隣で 「ううう」 とうめく。
その後3球、ボール球。
これでカウント、1−3。
次の球を息子が叩いた。
外角高めをライト方向に流し打ち。
ライト側だと、少年野球の狭い球場だと、一塁であっさりアウトになってしまうことも多いのだけれど、それなりに飛距離もあったらしい。
余裕で1塁はセーフ。
やった〜! 決勝戦でヒットが出た。

朝から緊張していたのか、ウォームアップの時からまったく笑顔を見せなかった息子が、一塁ベースの上で、ホロリと転がるような笑顔を見せた。
こちらまで、晴れ晴れとしてくる。

さらに、3番クリスがレフト越えの2塁打。
これで一死2、3塁。先取点の大チャンス。
4番ブランドンの当たりは、運悪くセカンド真正面で、二死2、3塁に変わった後、リオが、中途半端な当たりをレフト方向へ。
中途半端な分、フライは三塁手とレフトの真ん真ん中にポトンと落ち、これで息子がホームインして先制点をあげた。
この後が続かず、1点止まりとなったものの、Sykesville 相手にこちらが押してるなんて、す、すごい!

最初だけかと思ったら、そうでもなかった。
リオの好投で、2回の表もゼロ点に抑えた後、我がチームは2回裏の攻撃で、3点の追加点をあげたのである。
といっても、相手チームのピッチャーの制球が不安定で4つも四球を出してくれたお陰なんだけどね。
ランナーがたっぷりたまったところで、クリスが二塁打を放ち、そんなこんなで4−0とリード。
も、も、もしかして、優勝できちゃう?

ところが、2回までぴしゃりと相手を抑えてきたリオだが、3回で相手打線につかまった。
そもそも、前日にも3イニングを投げている。
疲れもたまっていたのだろう。
遠目に見ても、球威が落ちていることははっきりと分かった。
1人目のバッターにセンター前ヒット。
2人目にライト前ヒット。
ところが、ライトのジョーンズイがこの球をつかんで、何を思ったか、セカンドへ。

ベンチの中で、コーチのルーが、
「違うだろーっ! 一塁に投げろーーーーっ!」 と叫んでいる。
が、なんとなんと一塁ランナーはセカンドでアウト。
うっそー。
この1塁ランナー、身長は間違いなく165センチくらいある大きな少年なのだけれど、驚くほど足が遅かった。ジョーンズイは、この1塁ランナーの足の遅さを瞬時に見て取って、思い切ってライトから、ファーストではなくセカンドに投げたのだ。
恐るべきプレー。
怒鳴っていたルーが一転、怒鳴るのをやめたかと思うと、小声でかわいくつぶやいた。
Wow!!」
これで無死1塁が、一死1塁に変わる。

さらに次のピッチャーゴロをリオがセカンドに投げ、二死1塁に。
この回も相手に得点を与えず、このまま終わるかと思われた。しかし。
打順も一番に戻ったところで、いきなりレフト越えの3塁打。これで1点。さらに、打順2番の子もセンター越え2塁打。これで2点目。
結局、ツーアウトから点を取られ、4−2と迫られたのだった。

一方、我がチームも負けてない。
ザックのデッドボールに、ショーンの特大レフト越え3塁打、さらに敵失もからみ、3回裏にも2点を追加し、再び6−2と4点差に突き放した。

おまけに4回裏にも、3イニング目で疲れの見えた相手ピッチャーから2つの四球を選び、そこでリオがセンターに適時打。あとはザックの犠牲フライなんかもあって、またまた2点を追加。
……っておいおい、8−2?
6点差?
なんかこれって、楽勝ムードってやつ?

しかし、やっぱり Sykesville はすごい。
6点差でもあきらめない。気持ちを立て直し、ガンガンと攻めてくる。
普通のチームだったら、あきらめて、大人しくなるもんなのに。
5回表の相手チームの攻撃で、今度はザックが打たれ始めた。

先頭打者が三遊間を抜くラッキーな当たりで出塁し、無死1塁。
次の打者が、バントで手堅く送って、一死2塁。
さらに次の打者の当たりそこねの打球が、一塁とファーストの間に運悪く落ち、ザックがつかむも投げられずで一死1、2塁に。
やはり昨日の疲れか、ザックがここで四球を出し、一死満塁。
「満塁なら、守れる守れる」 なーんてたかをくくっていたら、次の打者が特大ライトフライ。いやはや、これをちゃんとつかんだジョーンズイは本当にすごい。
でもタッチアップで1点を返された。
これで二死2、3塁。
次の打者の打球は、すごい勢いでセカンドの脇を抜けていく……かと思ったら、ライアンがこれに飛びついた。不安定な態勢から、それでも素早く1塁へ。
若干逸れたが、捕れない球ではなかった。
が、クリスがこれを後ろにそらしてしまい、2人のランナーがその間にホームイン。
手痛い失策だ。
打ったバッターは2塁に進んでいる。2死2塁。
さらに次の打者にセンター前に適時打を打たれ、もう1点。
なんとこの回、一挙に4点も失い、8−4とされたのだった。

普段、4点差もあれば、心が落ち着くというものなのに、この試合では 「4点差」 であっても心もとない。
大丈夫かなあ。
大丈夫かなあ。
不安で不安で、思わずそんなことを口にしてたら、夫がふと言った。

「でも、見てみろよ。うちのチーム、1回から4回まで、毎回得点してるんだ。たいしたもんだよなあ」

ああ、本当に。
そっか。
点を取られても、取り返せばいいんだ。

ぜひもう1点取って突き放したい我がチーム。5回裏の攻撃。
まずライアンが見事な当たりを放つも、これまた運悪く3塁手の真ん前。ああ、1アウト。
ジョーンズイがきれいな左越えの2塁打を放ち、一死2塁のチャンス。
スコットも続こうと頑張ったが、打ち上げてしまった。
でも、タッチアップには十分で、これで一死3塁。結果的にいえば、このタッチアップがもう1点につながった。
マイケルがレフトに適時打を打ち、9−4とする。
さあ、次は息子だ。
続け、続け。

ああ、でも、初球を叩いてセカンドゴロ。
これでスリーアウトチェンジ。
どうも、ランナーがいる時に適時打が出ない。
ああ、残念!

いよいよ、最終回表の守備だ。あとアウト3つで優勝が決まる。
マウンドには、3イニング目になるザック。マイケルに投球練習までさせていたのだが、まずはザックで様子を見てみようということらしい。
先の回で結構打たれたザックだったが、最初のバッターを三振に取ると、少し元気になった。といっても普段通りの球威はもうない。
ボールも真ん中に集まりがちだ。

だからだろう。
その後の3人の打者はすべて初球打ち。打球はすべて外野に飛んだ。
が、1人はライト前ヒットだったものの、次はセンターフライ。最後はライトフライ。
センターのショーンは、本当に前に前に突っ込んできて、ギリギリのところで滑り込んで捕ってくれた。松井秀喜選手が腕をケガした時みたいな、あんな滑り込みだった。
見事!
最後のジョーンズイも、突っ走って、すくうように捕ってくれた。
このシーズン、外野の要として、ほぼ固定してそれぞれセンターとライトを守ってきたショーンとジョーンズイ。いつの間にか、恐ろしく守備が上手くなっていて、あらためて感動してしまった。

とにかく、最後はジョーンズイのナイスキャッチで試合終了。
その瞬間、BCC Hurricanes の優勝が決まった。
なんと。
このトーナメントで、無敗のまま、優勝を手にしてしまったのである。
誰が見ても優勝候補ナンバーワンだった、Olney と戦わずして。

もちろん、組み合わせにも恵まれた。
それは本当だ。
でも、トーナメントも3つ目となって、あらためて思う。
週末トーナメントの場合、長期間戦うリーグ戦と違って、連日の試合、時にはダブルヘッダーというスケジュールの中で、常に実力を発揮し続けることが、実は一番難しい。トーナメントを制するのは、きっと、それができるチームなのだ。
今でも、我がチームが Sykesville や White Marsh より実力が上かと言われたら、私には正直言って分からない。
たぶん、実力で言えば、Olney がやはり一番だろうし、Sykesville や White Marsh のほうが上かもしれない。
それでも。
もしかしたら、思った以上に、息子たちのチームは強くなっているのかもしれない。

試合の後、大きなトロフィーが一人ひとりに授与された。

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息子にとっては、メモリアルデーの週末に参加した Elkridge のトーナメント 以来、2つ目のトロフィーとなる。
その日、息子は自宅で、2つのトロフィーを並べては、しげしげと、本当にしみじみと、見つめていた。

前夜、リオのパパ、ゲーリーが言った通りだ。
ほんと、チーム競技ってすごいなあ。
私の息子だもの。きっと息子に、天賦の運動神経なんてないはずだ。
おまけに、小柄で、非力で。
ただ、ひたすら努力型の息子でも、こんな大きなトロフィーを2つももらえたのは、野球がチームスポーツだから。
一人じゃないから。
みんなと一緒だから。

それにしても
決勝戦で、念願のヒット。
本当におめでとう。

プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。
   仕事を辞めて渡米。
   メリーランド州在住。
   現在、週刊ポストに
   「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」
   を連載中。
趣味■読書、ピアノ、旅、昆虫飼育
目標■ちょっと背伸びして、
    疑問符を感嘆符に変えること
苦手■勧善懲悪
著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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