(このエントリーは3部構成です。
上編、
中編から先にお読み下さい)
■久しぶりのバントサイン
もはや6−2だし、もう、負ける気もしなくなってきた。
5回表の守備では、ザックがサードゴロ、三振とあっさりツーアウトを取った。
ここで、たまたまこの回、セカンドを守っていたアズラがお手玉し、ツーアウトからランナーを出してしまった。さらに、暴投で走られ、おまけに次のバッターのショートゴロをマイケルがそらしてしまい、二死1、3塁。
次は……とバッターボックスを見たら、またしても、今日当たっている先頭打者君だよ〜。
案の定、センター前にヒットを打たれ、これで1点を返されるも、次の難しいショートゴロを今度はマイケルが華麗にさばいて、3アウト。
6−3の3点差で5回の裏の攻撃となった。
相手の攻撃はあと1回。
4点差あれば、まず大丈夫。3点差では……ちょっと微妙なのだった。
だから、できればもう1点ほしい。
そういう場面だった。
我がチームの打順は……といえば、打順も良く、1番マイケルから。
いきなり初球、デッドボール。
ああ、この試合8個目だよ。
思えば、デッドボールで救急車を呼ぶ騒ぎになり、中断試合となったのが始まりのこの試合、なんとデッドボールとご縁の深いことか!
とにかくこれで、無死1塁。
となれば、当然2番の息子に出されるのは……バントのサインだ。
息子は初球から、迷わずバント。
打球は一塁線をきれいに転がって……塁線の外へ出た。
くっ、惜しい!
次のボール球を見て、さらに3球目。
た、高いぞーっ。
高めのボール球につい手が出て、打球はファールフライ。
あーあ、結局、バント失敗か。
2ストライクになった今、もはやバントはない。
追い込まれた状態から、このピッチャーの球を外野に持って行けるんだろーか。
ゲッツーだけは避けたい。
うーむ。
と、そんな時、トッドコーチがサインもへったくれもなく、息子に叫んだ。
「もう1回、同じこと、やってみろ!」
は?
バントしろって?
2ストライクから?
も、もしかして、こんな大事な場面で、トッドコーチったら、ボールカウントを勘違いしてない?
思わず、「あの……2ストライクなんですけど」 とコーチに進言しようか、と、私は中腰になってしまった。が、まさかトッドコーチに限って、カウントの勘違いなんて、ありえないもんな、ともう一度座り直す。
ああ、なんだか落ち着かない。
相手チームは、この見え見えのバント指示に、逆に、フェイクバントとでも思ったんだろう。
もはや前進守備もない。
さあ、第4球目。
ピッチャーが投げ込んで来る。
息子がバントの構えに入る。
「ええ?!」とパパママ席からも悲鳴のような驚きの声が上がる。
うっそー。
私が息を飲んだ瞬間!
息子が3塁側に転がした。
内野の天然芝にも負けない、でも転がりすぎない、絶妙なバント。
サードの前進が遅れ、結局ピッチャーが取ってファーストへ。
タイミングは、ひえええ、ぎりぎりセーフだ!
おまけに、2ストライクからのまさかのバントに、相手ピッチャーも焦ったのだろう。
一塁への送球が暴投となり、結局息子は2塁へ。
1塁ランナーだったはずのマイケルは、なんとなんと、ホームイン!
ほしかった追加点だ。
7−3の4点差。
やった、試合はほぼ決まりだ!
次の打者はリオ。
息子は暴投の間に3塁に走っている。
無死3塁。
しかし、さすがに相手ピッチャー背番号15番君はしつこかった。
気持ちを立て直し、ぐいぐいと力強いピッチングで押してくる。
結局、リオは低めを見逃し、三振!
……と、このストライクボールを、なんと相手のキャッチャーが止められず、後逸。
すかさず息子が3塁から滑り込んで、おおっと、8−3。
5点差と突き放し、沸きに沸く我がチームのベンチ。
チームメートが口々に息子の名を呼び、2ストライクからのバントをほめちぎってくれている。息子もうれしそうだ。
ああよかった、ほんとによかった。
「バントが好き」 と誤解されて以来、バントを決めながらも息子の心にはずっと割り切れないものがあったはずだ。「どうして俺だけバントなんだ?」 って。
逆に、その
誤解が解け、ヒッティングをさせてもらえるようになり、それ以来、バントはまったくしてなかった。
今、あらためて、本当にバントが必要な時に、バントのサインを受け、2球失敗したけれど、2ストライクからバントを決め、おまけにランナーまでホームインさせた。自分までホームを踏めた。
今の息子の表情に、数週間前の迷いは、もう、ない。
バントをほめられることを、素直に喜んでいた。
ああ、本当によかった……なーんてしみじみしていたら、
その間に、フィールドでは、大変なことが起こった。
■あっけない幕切れ
試合が、いきなり、終わってしまったんである。
何があったのか、相手チームのピッチャー15番君がマウンドを降りていく。
相手の、怒鳴りまくりコーチが、いつもに増して声を荒げて、
「Disgusting!!!」
と叫んでいる。
どうやら審判に向かって叫んでいるらしい。
は?
いったい何これ?
怒り狂っている相手コーチの合図で、なんと、守備についていた Germantown の選手たちが全員、グランドからダッグアウトへと引き上げる。
親も子もわけが分からぬうちに、選手たちの整列が始まり、いつものように、
Good game! Good game!
と相手チームの選手と手の平を打ち合う終わりの儀式となった。
Good game……ってあんた、いったい、これ、どうなってるわけ?
あとでコーチ陣から受けた説明によると、こうだ。
三振を取ったのに、後逸で息子がホームインをした直後、マウンドにいた相手チームのエース15番君が何やら審判に食ってかかったんだという。
息子のホームイン自体は、なんらクロスプレーでもなかったし、キャッチャーの子はボールをつかんでもいなかったから、審判のコール自体への抗議ではなかったはずだ。
でも、とにかく。
15番君は、審判に 「言ってはならないこと」 を言い、審判から 「退場」 を命じられた。
しかし、Germantown Hawks はけが人が出たりして、この日も9人ぎりぎりで試合に臨んでいた。つまり、ピッチャーの退場は、「8人で戦う」 ことを意味する。
それで監督がこの審判の判断に激怒し、
「おまえ、うちのチームが9人しかいないことを分かってて、退場を命ずるなんて、どういう了見してんだっ! ちくしょー、disgusting な試合だぜっ!」
と自ら、試合を放棄したんだという。
……ってそんなアホな。
8人であろうと、すでに5点差であろうと、負けていようと、次の最終回の攻撃に望みをつないで戦ってた子どもたちの気持ちはどうなるのよ。
おまけに打順は3番から。
3、4、5番のバットで逆転してやるっ! と絶対に子どもたちは必死だっただろうに。
そんな子どもたちの思いを、親が、怒りに任せて、踏みにじってどうするのよ!
だいたい、あんなコーチの言動を目の当たりにしてるから、15番君だって、退場を命じられるほど 「言ってはならない暴言」 を審判に言ってしまったんじゃないのか。
(後日調べてみたら、この15番君は、「怒鳴りまくりコーチ」 の息子なのだった……。嗚呼!)
あとで息子に聞くと、3塁コーチャーに立っていたこのコーチの怒鳴り声を、3塁手として守備についている間じゅう、延々と聞く羽目になったらしい。
「ムチャクチャだよ、あのコーチ。今日の審判は、かなり低めをストライクに取るんだけどね。どっちのチームに対してもそれは平等なの。ところが、自分のチームのバッターがこれでストライクを取られるたびに、『は? いったいどうすればそれがストライクなんだ?』 とか 『俺らの試合の時に、そういうのはやめてもらいたいね!』 とか叫んでるの。審判にも聞こえてると思うなあ」
というのが息子の談。
どう考えても、ありえないよー。
そんなわけで、試合が終わった後も、相手チームは怒り狂った表情で引き上げてしまうし、こっちは訳が分からないし、ちょっと動揺してしまったのだった。
救いは、子どもたちが、本当に冷静だったこと。
余計なことをあれこれ詮索せず、素直に勝ちを喜び、勝ち鬨を上げ、リーグ2位で春のシーズンを終えたことを心から誇っていた。
子どもに教わった気がした。そりゃそうだよね。
勝ちは、勝ちだ。
あんな相手のコーチに振り回され、こっちまで、「何なのよ、この展開!」 と憤ったって仕方ない。
■15勝3敗
10歳以下リーグに所属したのは我がチームを含め全7チーム。
相手6チームと3試合ずつ戦って、18戦すべてを闘い終えた。
成績は、15勝3敗。
1位の Olney Pirates の16勝2敗に、1つ及ばなかったけれど、素晴らしい健闘ぶりだ。
去年はこのリーグで、勝ち数と負け数がどっこいどっこいだったのだ。随分と成長したもんだ。もっとも、去年の秋のトライアウトで、メンバーが数人入れ代わり、長打力があり、最高のキャッチャーでもあるブランドン、センス抜群のマイケル、ピッチャーのアズラとジョーンズイが加わったことは大きい。
でも、それだけでなく、シーズン最初の4月上旬から見ても、他チームのどこよりもチーム力を向上させたと感じられるのは、決してひいき目だけではないはずだ。
シーズン最初のころ、1位の Olney に0−12でコールド負けしたのが、最後には1点差だったとはいえ、Olney に勝てるチームに成長したんだから。
やっぱり、トッドコーチの指導力はすごい!
この試合の顛末には、さらに後日談がある。
モンゴメリーカウンティーの野球連盟は、今回の Germantown Hawks の監督の行為を非常に重くみて、なんと監督自身を2試合出場停止、という処分を下した。
リーグ戦2試合を残していたこのチームは、そのうち1試合を投げた。
没収試合だ。
監督自身の判断で、没収試合を申し出たのか、それとも実際に病気か何かで選手の数自体も足りなくてやむをえずの判断だったのか、私には分からない。
4位以下のチームとは、勝ち数で大きく差をつけているから、1〜2試合、投げ出したところで順位は変わらない、と判断したのかもしれない。
いずれにしても、子どもたちは、本来戦えるはずの試合を、戦うチャンスすら与えてもらえなかったことになる。
よく、「アメリカの野球コーチは、ほめるのが上手で、ほとんどしからない」 とか 「大人が激してしまい、感情のままに行動するようなことは、アメリカのコーチはしない」 とか言って感心する日本人の野球ママパパたちがいる。
確かに、アメリカ人の大人は子どもをほめるのがうまい。ほめ言葉も豊富だし、感情表現も豊かだ。
おまけに、自分の子どもを人前で派手にほめることを恥じと思わない文化的な差異もあって、アメリカの子どもたちはたぶん、日本の子どもたちよりもずっと、「ほめ言葉」 の中で野球をしている。
それは確かだ。
でも、アメリカの少年野球の世界にも、子どもの試合を我がモノのように勘違いしてしまう大人や、感情をうまくコントロールできず、子どもを萎縮させてしまう指導者は、間違いなくいる。
実例を挙げろ、といわれたら、私ですら、2〜3人は挙げられるもん。
そう考えたら、息子って何と幸せ者だろう。
アメリカに来て1年半。
最初のレクレーションチームでめぐり会った、温厚で人格者のキルナー監督といい、有能な弁護士で 「Believe」 が合言葉で、「small baseball」だの「team first」だの日本っぽい精神論を大真面目に子どもたちに語る、今のトラベルチームの監督兼コーチ、ルーといい、技術的な指導だけでなく、メンタルな面でも子どもたちをどんどん成長させてくれるトッドコーチといい、ほんと、つくづく、息子は、コーチ運がいい。
思えば、アメリカに来る前、日本でも、つくづく素敵な指導者に恵まれて来たしね。
やっぱり、息子には、野球の神様がついてるのかも。
なーんてね。
さあ、いよいよ今度は、郡リーグのプレイオフが始まる。
2位の我がチームは第二シードだから、準決勝ラウンドからの参加だ。
もちろん、狙うは、リーグ優勝。
どの子にも、野球の神様がほほえみますように。