おぐにあやこの行った見た書いた

明日から引っ越し

「明日は」ではなく、「明日から」なのです。
そう。
2日に渡る引っ越し予定です。
「1日じゃ、とても無理そうですね」と業者さんに言われてしまったもので。どうなることやら……。

職場の上司・同僚の皆様方のご厚意で、あれこれと仕事を外していただけたものの、結局は退職手続きだの、住所変更手続きだの、あっちこっちに行っては判子を押したり、名前を書いたり、そんなことをしているうちに2週間などあっと言う間に過ぎ去ってしまったのでした。

職場から完全に荷物を引き揚げたのが20日木曜日。
21日はあれこれ用事があり、結局、本格的に動き始めたのは本日。
で、明日から引っ越し。
うーむ。
こんなことでいいんだろうか。
おまけに、時間を惜しんで、こんなエントリーを書いている私って???

前回の引っ越しは、まだ息子が生まれて3カ月。
息子の思い出の荷物なんて、ほとんど何一つなかった。
今回は違う。
息子のドロドロに汚れた学校のお道具箱を開けては胸が詰まり、
「もういらないのよね」と捨て掛けた手を止め、まじまじと体操着を眺めてはホロホロと泣き、
息子がお友達からいただいたお餞別の細々したものを、「ああ、整理がつかないわ!」とため息をつきつつも、何度も何度も愛でてしまったり……。

なんだか、泣き笑いの引っ越し作業なのです。

息子は、お友達のおうちに初のお泊まり体験。
ちょっと不安げに今朝、「行ってきまーす……」
親が引っ越し作業をしている明日には、最後の野球の練習に参加する予定。帰ってきたら、家がガランとしてて、びっくりするだろうなあ。

(明日の夕方、ちゃんと、ガラン……と片づいてくれているだろうか。それも不安)

秋の根津神社大祭

この週末、近所の根津神社の大祭がありました。
町会ごとに神輿が出て、2日間、町内を練り歩きます。
息子も子ども神輿に参加しました。
昔は幼児向けの神輿の綱を引っ張る程度だったのに、今回は本格的に肩で担いで、汗びっしょりでした。

夕方、親子で引っ越しの買い物に出かけようとしたら、私たちの住んでる町会の2つの神輿(大人の。一つは女神輿)が、並んでやってきました。

担ぎ手の顔をながめていたら……。
あらら、あれは、息子の同級生の八百屋のお父さん!
あ、お母さんの女神輿を担いでる!
あ、あっちにも知り合いが!

向こうもこちらを見つけ、「おぐにさん、担いでいきなよ!」と引きずり込まれかけました。祭りは大好きなので、実は乱入したかったのだけど、引っ越し準備に追われてる身としては、あきらめるしかありませんでした。
残念!

祭りの喧噪を背に、親子で駅を目指しました。
息子相手に、何となしに

「9年前、この街に越してきた時には、知り合いも誰もいなくて、お祭りなんかも傍観者だったのにね……」

などと言い始めたら、不覚にも、鼻の奥がツンとして、しばし黙りこくってしまったのでした。
口に出すと泣き出しそうで、心の中だけで言葉を選びました。

「この街にとけ込めたのも、実はあんたのお陰なんだよね。学校の友達、野球の友だちを通して、母ちゃんも父ちゃんも、この街と知り合えたんだ。きっとアメリカでも大丈夫。母ちゃんは、一人でなく、あるいは夫婦だけでもなく、あんたと一緒に新しい街に行けることをうれしく思うよ」

最後の小学校保護者会

「日本最後の」シリーズが続きます。ははは。
本日は、息子の小学校の保護者会。
議題は夏休みのもろもろ。

夏休みの宿題について、何かご意見は? と聞かれたので、ついつい最後に言っちゃった。

「漢字ドリルの漢字を10回ずつ写させる、というのは不条理に挑む根性を付けるには格好の宿題と思ったんですけど、単に漢字の習得だけを考えるなら、10回ではなく、1回ずつ5ターン書かせたほうが、覚えやすいんじゃないでしょうか?」

「読書感想文は1200字以上、と指定されてましたが、低学年の場合は、○○字以上、という条件をつけないほうがいい気がしました。長く書くことばかりを目的にしてしまうし、文章を書くのが嫌いになっちゃうんじゃないかしら」

ところがところが!!
先生曰く、

「……いや、僕は1200字以下、と言ったんですけど」

へ?
それってうちの息子の完全な勘違い?

思わず、「すみません〜!!! 結局うちの息子がばかものでした〜」と謝ったら、そばでママ仲間が、「おぐにさん、親向けのプリントにも1200字以下と書いてあったわよー」だって。

「すみませ〜〜ん! 親子でばかものでした〜」

ひたすら恥をかき、謝ったのでありました。あーあ。

先生も、「だから息子さんの感想文だけ無茶苦茶長かったんですか〜。わっはっは」だと。
冷や汗。

皆さんに最後はお別れのご挨拶をして帰りました。
退学届けも記入しました。
息子の小学校も、あと1週間です。

引っ越し見積もり、そして……

ブログにたくさんのコメントをありがとうございます。
目の前の仕事と、引っ越し準備と、息子のケアとに忙殺され、
とりあえず、新しいエントリーを書き殴るだけで精一杯。
コメントのお返事をしばらくは書けないかも。
ほんと、すみません。

ところで、いよいよ引っ越しも秒読みです。
昨日は、我が家に引っ越し業者の方が見積もりに来ました。
部屋を見てしばらくして、業者さんが一言。
「……2LDKと聞いてたのですが、間取りのわりにものすごくたくさんの物を詰め込んでおられますねえ!」

思わず出てしまった本音、という感じでした。
独身時代、6畳一間のアパートに住んでたころから、引っ越しのたびに言われるのがこの一言です。
「ほ、ほんとにこの部屋に、これだけの荷物が入ってたんですかぁ?」

物を捨てられない。
片づけられない私。
片づけはできるけれど、単に 「見えないところに突っ込む」 だけの夫。
この取り合わせは、引っ越しには最悪ですねー。

で、本日はマンション購入をご検討されている方がお一方、我が部屋に見に来られました。
引っ越しの最中に、美しい部屋を見せるなんて絶対に不可能だから、
せめても……と部屋中の電気を付けました。
不動産会社の担当の方から、「部屋を明るく見せるため、部屋中の電気をつけておいてください」と助言されたもので。

ところがところが。
まさにお客さんが来られている最中に、
「ただいま〜」
帰って来ちゃったよ、我が息子。
おまけに友だちまで連れている。
2人して濡れた靴下でずかずか上がり、磨いたばかりのフローリングにしゃがみこみ、息子がここで一言。

「あれ、母ちゃん。

どうして今日は、電気が全部ついてるの???」


立ち会っていた不動産会社の担当者は一瞬顔をひきつらせ、私は息子の一言が聞こえなかったふりをした。
まいった、まいった。

マンションを売るためには、せめて部屋を清潔に、とかよく聞きますが、その前に、「子どもを口封じ」というのがあったわね。
盲点でした……。

米国ビザを取りに

渡米を3週間後に控え、夫と2人、米国大使館にビザ申請に行った。
米国ビザの申請手続きとそのための面接は、やたらめったら並んで待たされることで有名で、混んでる時は、大使館前の歩道に長蛇の列ができる、という。
それを聞いただけで、うんざり。
おまけに、今朝起きてみたら、ビザ申請の日に限って、やってくるのよね。
何が、って、台風。

横殴りの雨の中、吹きさらしの歩道で、1時間も立って待たされたら……。
想像するだけで、気持ちが萎えそう。

結果からいうと、台風が逆にラッキーだったのか、この日は申請者も少なく、建物に入るまでは一切並ばずに済みました。
建物の中では2時間ほど待ったかなー。
それより、なんか釈然としなかったのは、ビザ取得のための面接。
窓口であれこれ質問されている人たちをながめながら、

「何を聞かれるのかなあ」
「英語でちゃんと答えられるんだろか、私」

などと、ちょっと心配なような楽しみなような気分で待っていたというのに。
先に夫の名前が呼ばれ、夫が窓口へ。
その間、私はノホホンと読書して、自分の名前が呼ばれるのを今か今かと待っていたわけで。
ところがところが。
しばらくして窓口から帰ってきた夫が
「終わったから、帰ろ〜」

へ? 私のは?

「ああ、家族3人分の手続きが済んだみたいだから。面接は俺だけで良かったみたい」

は? それ、なに?
じゃあ、私が大使館に足を運んだのは、左手と右手の人差し指の指紋を採ってもらうためだけかい???

そりゃ、面倒な手続きをなにもせず、2時間、イスに座って読書をできたわけだから、別に文句はないけどさ。
夫の面接だけで、私や息子のビザまで取れてしまうという展開って、どうよ?
うーん、気に入らない。
やっぱり気に入らない。

……と、思わず憤然としてしまったのでした。
(むちゃくちゃ複雑な質問を英語でされたら、それはそれで困っちゃったんだろーけどねえ……)

遅い夏休み@白馬岳

1週間、夏休みを取って、北陸と信州を旅しました。

まず、1泊目は、家族で信州・奥山田温泉の定宿、満山荘
ここは何より、お料理が気に入っているのですが、偶然か、昨年の時とほぼ同じお料理だったため、今回は「おおお、驚愕の味!」という感激は薄かったかも。
でも、ここの牛ヒレ肉と冬瓜のお吸い物の黒胡椒仕立ては、最高にうまいっす。

2泊目は、北陸・氷見の永芳閣
大阪の実父夫婦、妹家族ら総勢8人の温泉旅行、となりました。
農業をやっている義弟が、取れたてのトマトをたくさん持ってきてくれて、これが最高においしいし。さらに、珍しい食用ほおずきをこれまた大量に収穫してくれて、とんでもなくおいしいし。さらに持参してくれたシャンパンがおいしくて、軽く2本みなで空けてしまったところで、お宿の方から「お食事の準備ができました」。

……そこからの記憶がほとんどありません(涙)。
ただ、お料理はとてもおいしかった!
お部屋も良かったし、接客も本当にきめ細やかでした。感謝感謝。

3泊目は、なんと氷見駅からチンタラチンタラと鈍行で白馬駅まで5時間近い旅。でも料金は2000円。ほとんど青春18切符状態、ですな。
白馬では、かつて毎日新聞の記者だった夫の元上司がやってるペンションKENへ。
早期退職して、白馬の地で第二の人生を送る先輩記者の歩みに、色々と感じ入りました。お料理がおいしくて、ボリューム満点で、かなり感激。
おまけに目の前にある広々としたサッカー場が空いていたお陰で、この先輩記者が息子のキャッチボールの相手をしてくださいました。
すごいんだわ、これが。
私、あんなに高々とフライを投げ上げられる人を初めて見たかも。
さすがは元運動部記者!
でも、それをしっかり捕球してみせる息子の成長にも感動しちゃいましたけどね。

翌朝は、猿倉から大雪渓を経て白馬岳へ。
わざわざ早朝に、猿倉まで車で送ってくださったペンションの先輩記者さんに感謝、感謝。
お天気サイコー。
息子にとっては、初の、一切ロープウェイなどを使わないで高度を1500メートルほども稼ぐ山行です。
(これまでの月山、栗駒岳、蔵王、茶臼岳、宝剣岳などは全部、ある程度ロープウェイで高度を稼いでからの山登りだったので)。

山頂宿舎で一泊の後、栂池高原へ下山しました。
私は若いころから、下山が本当に苦手で、上りも下りも所要時間が同じ、という変なところがあったのですが、ひそかに他人より体力があることと、上りで疲れ知らずのところに自信を持っていたんです。

ところがところが。
ここんところの運動不足で、私はとんでもなく山に登れなくなっていたのでした。
下山してみればもう、夫婦で全身筋肉痛。
ただ一人、運動靴で (運動靴にアイゼンつけて大雪渓登らせちゃった……ちょっと反省)飛び跳ねるように下山し、筋肉痛知らずだったのが、我が息子@9歳。

夫婦して、「次回の登山では、あいつに巨大なアタックザックを担がせ、我々2人はデイパックで楽させてもらおうぜ」と固く心に誓ったのでした。

お天気に恵まれ、本当に素晴らしい眺望でした。
息子が撮ってくれた写真がこれ。

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下山後、すぐに鈍行で帰宅するパワーがあったのはウン十年前の話でして……。今回はもう一泊、ペンションKENにお世話になりました。
翌日、無事に帰宅。なかなか充実した夏休みでした。

この夏の自由研究

親子で食い意地が張っているので、夏休みの息子の自由研究はいつも食べ物がテーマ。

1年生の時は、当時まじめにやっていた通信添削の実験テーマをそのままいただいた。
アイスクリーム作りの巻」。

2年生の時は、仙台に息子を預けすぎて、8月も下旬になって自由研究も読書感想文ものこっていることが発覚。夕飯用のスルメイカをそのまま自由研究のネタにした 「イカのりょうり」。

でももう3年生ですから、テーマくらい自分できめてもらおう、と今回は息子主導。
週末に仙台に旅行した時、遠刈田温泉で一泊したことから、安易に 「とうふ作り」 に決まりました。この温泉街には、むちゃくちゃおいしい豆腐屋さんがあるのよ。ここで豆乳とにがりを買って、固めるだけでもういいじゃん、という、安易な考えからスタート。

私は実は、ひそかに、「せっかく仙台には海があるのだし、海関係の実験ぽいのがいいなあ。海水から塩を作るってのはどうだろう?」 などと計画を立てていたのだけれど、「これは私の宿題じゃあないんだからっ!」 と涙を飲んで断念。
誰か、私に夏休みの自由研究の宿題を出して〜って気分なのでした。

最初のハプニングは、豆腐屋さんがにがりを売ってくれなかったこと。
味で有名なお店ですもの。もしかして、秘伝の「にがり」なのかもしれません。がっくし。
スーパーに行くも、結局、健康食品としての「にがり」(米を炊く時などに入れるもの)が手に入っただけでした。これだと豆乳にどれくらいのにがりを入れていいか分かんないじゃん。
立ちこめる暗雲……。

「豆乳」って「まめのちち」なんだよ、というところから、牛乳ににがりを入れたらどうなるんだろうね、と話が転がりだした。
やってみるか? 牛乳豆腐。
さらに、ぐぐっと口をはさまぬよう我慢していた母ちゃんでしたが、ついついこの展開には我慢できず、「あのさ、牛乳にレモン汁を入れたらカッテージチーズができるって知ってる?」と口をはさんでしまったことから、「豆乳でカッテージチーズができるか?」もついでに実験してみることに。

息子が立てた予想は、こんな感じ。
豆乳でとうふ→○
牛乳でとうふ→×
牛乳でチーズ→○
豆乳でチーズ→×

ところがところが……。

にがりもレモン汁も、適当な量でやってみたら、予想外の結果に!

豆乳とうふ → なぜかドロドロ。固まらない。
牛乳とうふ → 量は少ないがしっかり固まる。
豆乳チーズ → 大量にできた。でも味は豆腐みたい。
牛乳チーズ → おいしい。でも量はちょっとだけ。

つまり、豆乳チーズと牛乳とうふが大成功!
本来成功するはずの、豆乳とうふは、ああ無惨!!
豆乳チーズはかなり不思議な味で、醤油をかけても、ハチミツをかけても、それなりにおいしくいただけました。牛乳豆腐のほうは、コクのある乳臭い豆腐って感じでしょーか。

ここまでの実験を、仙台で済ませ、あとは「まとめ」作業を残すのみ、という状態のまま、8月も下旬に突入。
数日後には夫婦とも夏休みを取り、北陸温泉旅行や北アルプス登山なども計画しているわけで、実質、宿題ができるのはあと3日くらい。
そろそろせっぱ詰まってきた状態だったのでした。

今回ありがたいのは、学校側が自由研究の参考資料として、「自由研究のコツ」というプリントを配布してくれたこと。ちゃんとまとめかたのコツとかも書いてあるのね。それによると、実験をまとめるには、

1実験のきっかけ
2自分の予想
3調べ方
4研究の結果
5感想と反省

の順番でまとめればいいんだって。ラクチンじゃん。

今年はもう、口述筆記みたいなのは嫌なので、最初にこの1〜5について、何を書くか下書きを作らせた。あとは大きくそれを清書するだけで、それだと付きっきりでなくても大丈夫……なはず。
まあ、実際にやってみると、絵の具を使いたいと汲んできた水をフローリングにこぼしたり、平仮名や片仮名が思い出せなかったり (もう3年生なんですけど……とほほ)、思わぬハプニング続出。
結局、今夜は半分済んだだけ。
それでも、ほぼ一人でどんな作業もできるようになって、「息子の宿題」らしくなりました。

思えば、1年のアイスクリームや、2年のイカのりょうりなんて、まとめ作業は親がつききり。
あそこに文字を書けだの、ここに写真を貼ったら、だの、口も手も出しまくったのだっけ。3年にもなると、こういうのが自分でできるのねえ、とうれしいような、弱冠物足りないような。

だめだめだめだめ。
そろそろ、子離れ (というか、子どもの自由研究離れ、だろうか……)しなければ。
ああ、だれか、自由研究フリークな私に、自由研究の宿題を出してください……。

やってみたいことはたくさんあるの。
例えば、

・海から塩を取り出す。副産物としてできるにがりで豆腐を作ったり、塩の働きを調べるために、漬け物やらハムやらを作ったりした上で、塩の歴史を、「塩の博物館」などに行って調べる、とか。

・顕微鏡で色々な身近なものを観察し、スケッチする。そのスケッチをモチーフに、何枚かデザイン画を仕上げる、とか。

・知人の娘さんがやっていた、野菜をミキサーにかけた繊維で「食べられる紙」を作る、というもの。どうせなら、紙の歴史に絡めて、パピルスってどんな植物なのか調べて、日本で似た植物の繊維で紙を作れないか実験したり、日本和紙の紙漉体験をしに行ったりもしてみたい〜。

・雨降りの時、傘を差したまま足元も構わず走るのと、出来るだけ濡れないようにゆっく歩くのと、結局どちらが濡れずに済むのか(私の永遠のテーマだわ)を、何度も何度も地道な実験を繰り返す、というのも楽しそう。

・かまぼこ実験! まず、魚を卸すところから始め、かまぼこを作る。さらに塩の働きで、魚のすり身の弾力が増すあたりの実験も。身のまわりの野菜なんかをうまくつかって、カラフルな変わりかまぼこを作ったりしちゃうのも楽しそう。

・納豆実験。市販のいくつかの種類の納豆を茹でた大豆にまぜ、保温し、それぞれ出来上がった納豆の味を比べる。さらに、農村に出向き、わらを入手し、今度はわらについた納豆菌で昔ながらのわらに包まれた納豆が作れるか挑戦。あとは図書館で、納豆の歴史や、大豆関連食品がそれぞれいつの時代に発明されたか、などを年表にまとめる……。

書き出すと切りがないよ。
わかってます、わかってますって。
はい、仕事が忙しいんです。
ちょっと逃避したい気分なんです。
ルーティーンワークに追われてる時って、なぜか、「自由研究」という響きはたまらんものがあるわけです。
やっぱり、「自由」って響きのせいでしょーか。

私も、自由研究の宿題と、それからついでに40日もの夏休みが、ほしいのでありました。

今年も最後の関門は読書感想文

今夜は、息子の読書感想文。
昨年のドタバタに続き、今年も夏休みの宿題の最終関門、なのだ。

おまけに今年は、なんと「1200字以上」の条件付き。
読書好きの女の子たちにとっては、何てことのない宿題なんだろうが、文章書くのが大嫌いで、特に「自分の考え」や「自分の思い」を文章にすることが何より大嫌いな息子には、苦行以外の何ものでもないようで……。

「1200字以上なんて大変そうだし、原稿用紙2枚書いて、3枚目は絵でも描けば」などと助言してみたんだけれど、根が真面目な息子は 「そんなことしちゃ、ダメなんだよ!」と言い張る。
まじめだなあ〜。

読書感想文が死ぬほど苦手な息子は 「こればっかりは自力じゃ無理。母ちゃんに去年みたいに色々アドバイスしてほしい!」と真剣に頼みこんでくるし。
正直な話、私のほうも、息子の宿題をネタに読書感想文の書き方を子どもに教えるのが決して嫌いじゃないのだ。
というか趣味なのだ。
子どもの反応って面白いし。

ただし、息子が将来、文章を書くのが嫌いになったら、私のせいだろーな、とは思うけど。
親が喜んで子どもに熱心に教えることを、子どもが好きになることって、実はあんまりないんだよねー。

ところで。
今年の夏、私は息子に1冊の絵本をプレゼントした。
「かわいそうなぞう」。
昔は小学2年生の教科書に載ってたし、この話を知らない小学生なんてまずいなかったのに……。最近は、この話を知らない子が結構いるのね。息子も、そういった現代っ子の一人なのだった。
名付けて、「かわいそうなぞうを読もうキャンペーン」。

息子にこの絵本を与えた時、「読書感想文は別に自分の好きな本で書いていいからね。母ちゃんはただ、この夏に、あなたにこの1冊だけは読んでほしい、と思って、この本を買ってきただけなんだから」と伝えたのだった。
無理強いはしたくなかったので。
いや、普段は図書館でしか本を借りてこない母親が、珍しく本を新たに購入し、おまけに、「この1冊だけは読んでくれ」 というなんて、もう十分に「無理強い」なんだろうけどさ。

案の定、息子は結局、感想文を書く段になって、この本を選んだのだった。

息子にとって、読書感想文は最初の書き出しが難しいらしい。最初の一文にウンウンと悩んで、一行も書かないうちに嫌になってやめてしまうのが常なのだ。
だから、今回は、こんな助言から入ってみた。

母 「なぜこの本を読むことになったか、という辺りから入るのが書きやすいと思うよ」
息子「どういうこと?」
母 「だから、今回だったら、母ちゃんが 『ほの本だけは読んでほしい』と言ったから、これを読んだわけじゃない? そこから書き出したらいいんじゃない?」

で、息子の書いた書き出しはこれ。

夏休みに入って、お母さんが言いました。
「この夏、この本だけは、読んでほしいの」。
その本が、この「かわいそうなぞう」でした。


カギ括弧の中の私のセリフは、私が吹き込んだ。
だって、うふん、若い男性担任教師が相手ですもの。
「〜読んでほしいの」という、ちょっと気取った語尾が良いかな、と思って。ふふふ。

そして、次は、

母 「この本がどんな本だったか、簡単に書いてごらん。これは2年生の時に感想文を書いたのと同じやり方だから」
息子「やってみる!」

この本は、せんそうでぞうがころされてしまうお話です。せんそうで、おりががこわされたら、ぞうが町に出て、あばれだしてしまうので、しょうがなく、しいくがかりがぞうをころしてしまったのです。

「おりががこわされたら」とあるのはなぜかなあ。
「おり」ではなく、「おりが」という名詞だと思ってるんだろうなあ、我が息子。
幼き日、よく、蚊に刺されるたび、「カニに刺された」と言ってたことを懐かしく思い出し、全然成長してないなあ、と笑ってしまったのだった。

さて、ここまででまだわずか半ページ。
まだ目標の6分の1だ。

息子「もう、これ以上、何を書いていいかわかんない!」
母 「とりあえず、『一番心に残った場面は……』と言う感じで、自分で場面を選んで、それを説明してみたら?」

息子が選んだ場面は、これだった。

一番心に、のこったのは、ぞうがエサをもらおうとしてげいとうをした場面です。

だよなあ。
やっぱ、このシーンだよなあ。

母 「よし。そしたら、その場面を読んでどう思ったのか、それを自分で考えて書いてごらん。『かわいそう』とか『かんどうしました』とか、そういう当たり前のことでなくて、素直に自分で思ったことを書けばいいんだからね」

段々と疲れてくる息子。
私に文章を隠しながら、どうにか書いた一文がこれ。

その場面についてぼくは、「そのぞうは、頭がいいなー」と思いました。なぜならば、むかしのことを思い出してげいとうをやれるからです。
それで、えさをもらえた時、「そのかかり員はやさしいな」と思いました。


うむむ。
言いたいことは分かる。
が、表現しきれてないなあ。
ま、いっか。

だいたい、この子、「動物を殺せ」と命令したのが誰なのか、分かってるんだろうか。
ちょっとそのあたりが不安になって、息子に聞いてみる。

母 「動物を殺せ、って命令したのは誰か知ってる?」
息子「動物園の園長さんでしょ?」
母 「違うんだよ。動物園の園長さんだって、動物が好きで始めた仕事だもん。殺したくなかったんだよ」

ここまでしゃべっただけで、感極まって、涙ぐむ私。
あかん。
どうも、戦争物を子どもに伝えようとすると、すぐに涙ぐんでしまうのだよなあ。

息子「……!! そうかっ。だから、絵本の中で、園長さんは 『うえばかり見つめて口びるを噛みしめていた』のかあ」
母 「そういうこと。じゃあ、命令したのは?」
息子「えーと。国?」
母 「そう。だから飼育係さんは困ったんだよ。国の命令にそむいたら、どうなるんだろうねえ」
息子「殺される?」
母 「そうかもしれないねえ」

次に息子が書いたのがこれ。

動物をころせといったのは、国の命れいでした。国の命れいにしたがわなければころされるかもしれません。

そこですかさず私。

母 「去年の読書感想文で教えてあげたコツを思い出せ」
息子「なんだっけ? ああ、『もしもぼくが○○だったなら』ってやつ?」
母 「どうする? 『もしもぼくがゾウだったら』がいいか、『しいくがかりさんだったら』がいいか?」

息子が選んだのは、ゾウ、ではなく、飼育係、のほう。
ま、普通、そうだよな。

もしもぼくが、しいくがかりだったら、どうしただろう。きっと、「ぞうをころすのは、いやだ。」と思うと思います。

ところが、ここで息子は考え込んでしまった。
どうしていいか、わからない、というのだ。
そりゃそうさ。
答なんかないもの。
ゾウは殺したくない。
でも国の命令は国の命令だ。
どうすればいいんだろう……。
そんなの、私だって答が出ないさ。
ウンウンうなる息子。「どうしていいか、わかんない……」とつぶやく。
「それをそのまま書いていいんだよ。それが感想文なんだから」と私。
息子は、上の文章に続けて、次の言葉を書き加えた。

どうしていいか、わからなくなったと思います。

さて、ここでまだ1枚半に満たないの。
困った困った。

息子「どうする、母ちゃん? これじゃ、3枚全部をうめるのは大変だと思うよ」
母 「うん、母ちゃんもそう思う。とりあえず、もう一場面について、書いておこう。あんた、ゾウが死んだシーンでどう思った?」
息子「最後までげいとうをして死んだなんて、本当にエサがほしかったんだな、って思ったよ」
母 「それ! それでいいよ。全部書いちゃえ」

段々と、母はやけっぱち。
疲れてきたのである。
息子はもっとやけっぱち。
段々と嫌気がさして来てるんである。

ぼくは、それでもさい後ぞうが、死んでしまった時に、かわいそうだなと思った。ぞうは、はなを高く上げてげいとうをしたまま死んだそうです。ぼくは、「さい後のさい後までエサを、ほしかったんだな」と思いました。

ここまでで1枚目の半分をようやく突破。
どう考えても、この感想文、ここまでで完結してる、と思った。
息子を見ても、この本についてこれ以上書くのは無理っぽい。
再度、「あとはゾウの絵とか書いてごまかそうよ」と誘う私。
「だから、そういうのはダメなんだってば!」とムッとする息子。

ならば、もう、これしか手がない!

母 「あんた、そういえば、仙台にいる時、『はだしのゲン』をテレビ
で見たって言ってたっけ?」
息子「うん。見たよ」
母 「それ、書こうよ」
息子「だって、これ、読書感想文だよ。本と違うこと書いちゃだめなんじゃないの?」
母 「いいのいいの、気にしない気にしない」

ぼくは、この夏休み、TVで「はだしのゲン」を見ました。仙台のじいちゃんとばあちゃんと見て、じいちゃんからせんそうの話をたくさん教えてもらいました。
仙台くうしゅうの時、けやきどおりがまるやけになって、近くの市民プールにある、ぼうくうごうにかくれたそうです。


厳密には、空襲の時、ケヤキ通りはなかったし、市民プールもなかった。義父は、「今ケヤキ通りになっている場所」「市民プールになっている場所」と言いたかったのだろうが、息子にはそのあたりはよく伝わらなかった様子。
まあ、いいやいいや。
「ついでに、その話を聞いてどう思ったかも書いといたら」と私。
息子はついに、

ぼくは、せんそうはこわいなと思いました。

あああ、なんと陳腐な表現!
口をはさみたいのを、ぐぐっとこらえる。これでようやく2枚目を終了。しかし、これでまだ3分の2かよ!
どうすればいいのよ!

仕方なしに、もう一つ書かせる。

母 「あんたさ、この前、原爆の話をしてあげた時に、母ちゃんの父ちゃんの話を教えてあげたでしょ。あれも書いてしまおう」
息子「広島に引っ越すはずだった話?」
母 「そうそう。それ!」

ぼくのお母さんの親せきは、広島の原ばくでたくさん死んだそうです。
ぼくの、大阪のおじいちゃんは、原ばくがおちるまえに広島にひっこそうとして、ともだちに「あぶないからやめたほうがいいよ」と言われ、神戸にのこったそうです。
もしじいちゃんが原ばくで死んでいたら、ぼくもお母さんも生きていません。


ぜいぜいぜい。
親子ですでに息切れ。
ひるまず、母は、言う。
「さあ、この話を母ちゃんから聞いて、あんたはどう思った?」

母は息子の答を待ちました。
10分くらい待ちました。
「戦争は怖いなと思いました」はもう使ったから、使えません。
悩んだ末に息子は、またしても安易な一文を見つけてきました。

それをきいて、ぼくは、「じいちゃんが生きててくれてよかった」と思いました。

なはははは〜。
まあ、いいか。
あと半ページ。
どうやっても、うまらない。
途方に暮れる息子。
傍らで、絵本を読み直す私。

あああ、見つけてしまった。
絶妙な、しかし、子どもらしくない終わり方。
やだなあ、完全な誘導になっちゃうぞ。
(……って、最後だけでなく、ここまでも十分に誘導してるか。とほほ)

母 「この絵本に出てくる動物のお墓って、あんた、どこにあるが知ってる?」
息子「へ? えーっとね、上野動物園」
母 「あんたさ、赤ちゃんの時から何回も上野動物園に行ったよね。こんなお墓があったの、知ってた?」
息子「知らなかった」
母 「実は母ちゃんも、よくわかんないんだ。こんなに近くにいるのにねえ。今度行ったら、見てみようか」
息子「うんっ!」

かくして、最後の章はこんな感じ。

 ぼくは、上野動物園の近くにすんでいます。上野動物園には、なんかいもなんかいも行っています。
 上野動物園には、せんそうでころされた動物のおはかがあるそうです。三びきのかわいそうなぞうもこのおはかに、ねむているそうです。
 でも、おはかのことなど、ぼくはこれまでぜんぜんしりませんでした。
 こんど、上野動物園に行ったら、そのおはかにおまいりをしたいです。


私の好みでいえば、上記文章の一段落目と二段落目は順番を逆にしたいところだったが、さすがにそこまでは口出しするのはやめた。

この夏の 「読書感想文@1200字以上」、無事終了。
所要時間、1時間半。

私の「かわいそうなぞうを読もうプロジェクト」は、上野動物園でお墓を確認した上で、今度はゾウ列車の話をして聞かせ、その生き残りのゾウを井の頭動物園に見に行くところで総仕上げのつもりだったんだけど、とりあえず、今は暑いので、また今度。

それにしても。
「1200字以上」などという条件付き感想文の宿題を出す教師と、趣味を兼ねてついつい指導に熱を入れちゃう悪のり母のせいで、文章嫌いの子どもが増えていくのだなあ、と苦笑いしてしまう私なのでした。
反省。

戦争になったなら

今夜は息子と外食。
何でも息子は、仙台で祖父母と一緒にテレビ版「はだしのゲン」を前後編とも見たのだという。一緒にいた祖父に、戦争の体験談も聞かせてもらったんだという。

へええ。
どんな風に理解したのやら。

せっかくなので、私が父(つまり息子の祖父)から聞いた戦中戦後の苦労話も聞かせておいた。

広島に原爆が落とされる直前、神戸に住んでいた私の父の家族は、広島の親戚を頼って、広島に引っ越す予定だったこと。その時、知人に「広島は、まだ空襲が来てないから、今行くと危ないかも」と言われたため、神戸の貧しい暮らしを我慢したこと。
もしもこの時、広島に引っ越していたら、父は死んでいたかも知れず、となると当然、私も、息子も、この世に存在しなかったということ。
この原爆で、私の祖母の親戚はたくさん死んでいること。
祖母は、原爆が落ちた後、広島入りしたせいで、今も原爆手帳を持っていること。
戦後の貧しい暮らしの中で、空襲で焼け出された父たち一家は、「はだしのゲン」と同じように、よそのおうちの物置を間借りしたこと。ゲンと同じように、海で貝を採ってくらしたこと。

そんな話の中で、どういう流れになったのか、私、こんな一言を言ってしまったのでした。

「戦争は残酷だから、他人を押しのけても自分が助かろうという強い人ばかりが得をして、弱い人から死んでいくようなこともあってね……」

そしたら、しばらく神妙な顔で黙っていた息子がポツリ。

「だったら、僕は先に死ぬんだろうなあ」

……。
そ、そう来るか?
思わぬ反応にドキリ。
息子なりに、「自分が、自分が」という積極性(あるいは厚かましさ)に欠ける自らの性格を重々自覚していたのだなあ。

その後、
「○○君は生き残りそうだね」
とも。

○○君とは、クラスで一番自己主張のうまい、たくましいタイプの、息子の親友なのです。

「強い人も弱い人も、積極的な人もおとなしい人も、等しく、幸せに暮らせるためにも、やっぱり戦争には反対していきたいと思ってるんだよね、母ちゃんは」 と、一応、話をまとめたんですが。
いやはや。
子どもと戦争の話をすると、ほんと、毎度毎度、思わぬ反応にオロオロさせられますね〜。

あなたがいつか買いたいものは?

2週間近く仙台にいた息子が無事、帰宅。
またしても、子どものいる暮らしが始まった。

息子は、仙台や大宮の親戚宅で、「つまらない」とこぼしつつも墓参りに付き合ったようで、そのたびに、顔も知らないような親戚に少しずつお小遣いをもらったらしい。
しみじみと幸せそうな顔でお札を数えている。

「そのお金どうすんの?」と問えば、
「郵便局で定期預金にするのっ!」と堅実なお答え。
へええ、そういうタイプか。

さらに問う。

「定期にしたら、しばらく遣えないけどいいの?」
「うん。しばらく遣わないし」
「そのあと、満期になったら、何買うの?」
「もう決めてるもん」
「なに? ゲーム? それとも大きくなって旅行でもする?」
「違うよー」

さてここで問題。
息子が、「○○を買うの」と答えた、この○○とは何でしょう?

……なんと。

「家を買うの」

どひゃーーーーん。
大きく出たな。
堅実なような、夢物語のような。
まあ、頑張ってくれたまえ。