新聞記者でした。「行って、見て、書く」ことを大切に、現場を歩いたり、人と出会うことで、心の中の「?」が、ちょっと背伸びして「!」に変わっていく瞬間を、できるだけ毎日、書いてみたいです。(小国綾子)

あやちゃんの野菜畑 (初めての収穫編)

あやちゃんの野菜畑」 でいよいよ、ミニトマトが赤く色づいた。
このトマト、もともとは苗2本だけなんだけど、今やこの勢い……。

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どう見ても、苗2本のトマト、じゃないよね?
そうなんです。脇芽かきを、初期段階で怠ったら、こうなってしまった。
今や、成長点 (というのかな?) が10本以上あると思う。
で、それぞれに実をつけている。
さすがにこのままじゃ、エライことになると気づき、ここ数週間はきちんと脇芽を掻いてるんだけど、まあこんな感じでしげり放題。
救いは、この地域には梅雨がないこと。
こんなに葉を茂らせちゃったら、普通、風通し悪くて、害虫やら病気やら、発生しちゃいそうだものね。
でもとりあえず、現在健康!

写真で見ても、トマトが色づいているなんて全然分からないでしょ。
ところが、とんでもなく茂った株の、一番下側から、トマトは順調に赤くなっていたわけ。
で、それを教えてくれたのは……こちらでは、チップモンク、と呼ばれるシマリス。
このシマリスは、うちの植木の中に巣を作っているらしく、毎朝きまった庭石の上に乗り、きちんとトマトの成長ぶりをチェックする几帳面なヤツだった。
ところが、最近、庭石ではなく、トマトの茂みの中に入っていくことが増えてきたなあ、と思っていたら……。

息子が、
「母ちゃん! トマトが赤くなってる!」

大急ぎで親子で収穫しました。
すでに、シマリスに2つほどやられてました。
プチトマトで良かった〜。
大きいのだったら、少しずつかじられて、すごく悔しい思いをしてただろうけれど、今の感じだと2つくらいかじられても、まだまだ残りがあるもんね。
10個ほど収穫して食べてみたけれど、アメリカのトマトのわりには甘くてうまい!
日本のトマトって、たいていすごく甘くて、ベランダ栽培ごときのトマトじゃとても太刀打ちできなかったもんだけど、アメリカのスーパーのトマトよりはおいしいのが庭でできて、満足!!!

ちなみに上記の写真を説明すると、手前にナス2本。(支柱、立てなきゃ! 3本立てにするか、伸ばし放題にするか、悩み中)。
左手前は、香菜(コリアンダー)。右手の背の高いのが、ディル。ディルの足元がタイム。
奥に見えてるのが、キュウリ2本。
すでにツル掻きを忘れて伸ばし放題。ああ、どうなることやら。
さらに見えてないけれど、バジルが4本ほど。

一方、裏庭の小さな場所に、「あやちゃんの薬味畑」 もあります。

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手前左から、セージ、三つ葉 (これ、アメリカのスーパーではまったく見たことがない貴重品)、右側は奥まで全部シソ (我が家では大量消費するの。これも、日系スーパーで時々あるけど、古いし高いので、絶対に庭にほしかったの!)、真ん中になぜか、ふき。これは来年春のフキノトウ狙いで植えたもの。
奥にネギがあるのは、スーパーで買ったネギの根っこのほうを適当に植えておいたもの。
スーパーでも普通に手に入るし、安いんだけど、冷蔵庫にうっかり切らした時に、ネギなし食卓なんて考えられないので。
そう。
むちゃくちゃ、好きなの。
薬味。
ああ、ここにミョウガがあれば、ほぼ完璧なのになあ。

去年は、ズッキーニお化けが庭に突如として自生し、おそろしく大きなお化けズッキーニ (後日、カボチャ、と判明。放っておいたら、ハロウィーンに使えるほど巨大なオレンジ色のカボチャになったらしい。知らずにこれくらい育てたところで、収穫しちゃったの) の無法地帯だった前庭だけど、今年は楽しみ〜。

問題は、シマリス、小鳥たち、ウサギなど、敵がたくさんいること。
ほんと、シカが来ないだけ、我が家はラッキー。
すぐ近所の庭にはシカまで出て、こいつらったら、どんな草木でも若い芽と見れば、全部食べちゃうんだって。
もっか、あのシマリスより早く収穫し、被害を最小限に抑えるのが目標。
最初にアメリカに来た時、「きゃあー! シマリス君がいる!」 とか家族で喜んだもんだったけど。
今や、ただの害獣。
見つけた途端、必死に追い払う対象でしかない。
ああ、人間って、なんと身勝手なのかしらん。
でも、おい、シマリス。我が家のトマトを1日一個以上食うなよ。

お庭の蛍

去年より多い気がする。
庭に飛んでくる蛍。
夕立が降る。
雨の上がった後の、日暮れの庭はもう、ホタル天国。

ぽつりぽつりと庭を舞う。
10匹くらいが始終光っていて、ちょっと物寂しい感じがいい。
のんびりとながめながら飲むお酒は、なかなかいける。
残念なのは、日暮れのわずか1時間くらいで消えてしまうこと。
でもって、その時間帯というのが、まさに息子の野球で忙殺されている時間である、ということ。

蛍は毎晩、自分の庭にいるのに。
なぜか滅多にゆっくり見られないのだ。
そんなわけで、わずか1日の 「シーズンオフ」 の夜、
久しぶりにのんびりと、蛍をながめたのだった。

シーズンオフだっ!

Olney Pirates とのプレイオフ決勝戦に負け、春のシーズンが終わったその夜、監督兼コーチのルーから、こんなメールが届いた。

「素晴らしいシーズンをありがとう。トーナメントも含め、28試合戦い、23勝5敗というのは、どの子にとっても誇るべき結果です。僕らは、2つのチームにしか負けなかったのです」

そして、最後に、こんな言葉が。

Enjoy the off season (tomorrow).

そうなのだ。
ははは。
オフシーズン、っていったって、実は1日だけなんだよねー。
次の日にはもう、夏最初のトーナメントが始まる。
そこから、3日間、連続で試合を戦い、本当に勝ち抜けば、4日目も。

そんなわけで、本日は、ほんの1日だけの 「オフシーズン」 なのだった。
明日からいよいよ、夏シーズンの始まりだっ!

監督兼コーチのルーからまたしてもメールが届いた。

「オフシーズンをお楽しみのことと思います。
モンゴメリー郡野球連盟の決勝戦を戦ったのが、
まるで昨日のことのように思い出されますね」


パソコンの前で爆笑してしまった。
だって、決勝戦はほんとに、昨日だったんだもん。
ああ、なんと短い、シーズンオフ。

……ということで、ここの 「野球ブログ化」状態は、まだまだ続きそう。

春のシーズン、終了

さて。
昨日をもって、息子の野球の春シーズンが、すべて終了した。
まったく、なんてとんでもないシーズンだったのだろう。

息子自身は、何よりスランプに苦しんだ。
打順1番でスタートした今シーズン、打撃不振で打順は坂を転がり落ちるように落ち続け、一時は最下位を低迷した。息子は落ち込み、自信を失い、迷い、考え込み、もがけばもがくほど、抜け出せない所に落ちていくような感じだった。
正直なところ、傍目にもキツそうで、1週間くらい野球を休ませて、気分転換させてやりたい、とこの私が思い詰めるほどだったのだ。
それでも、初夏トーナメントでのセーフティーバント成功をきっかけに、自分の力で壁をよじ登り始め、さらにトッドコーチのプライベートレッスンで息子の心は一つまた何かをつかみ、あとは一試合、一試合、結果を出せたり出せなかったりを繰り返してきたのだった。

一方、チーム全体では、リーグ戦をなんと2位で終了し、初夏のトーナメントでは優勝なんてことまで経験し、何時の間にやら、「メリーランド州のランキングで9位」 などという、実力以上の評価を得てしまった。
「それもこれも、トッドコーチの魔法だよなあ」 なんて思っていたら、トッドコーチがいきなり、シーズン終了を直前にして、コーチを辞任しちゃうし。最後はもう、はちゃめちゃ。
総括するならば、「ほんと、色々あったシーズン」 なのだった。

決勝戦前日、トッドコーチの辞任騒ぎでたぶん誰より傷つき、でも、さすがは敏腕弁護士らしく、猛スピードで立ち直った監督兼コーチのルーが、保護者にこんなメールを送った。

「いやはや、本当に、色々なことがあって、まだ僕らが経験してないことといったら、イナゴの来襲くらいですね」

この 「イナゴ」 というのは、かつてサンダーストームで毎日のように試合が中止になっていた時、ルーが保護者たちに、「明日は、雨が降ろうと、イナゴが来ようと、絶対に試合をやりたいもんです」 みたいなメールを出したのを踏まえてのことだ。
選手一家がチームを去ったり、トッドコーチが急に辞めたり、本当に嵐のように色々なことがあったけれど、それを全部ふまえて、今、優勝決定戦を前に、明るく、前向きにやっていこうとする監督ルーの思いがよく伝わってきて、だから私も早速、ルーに返事を出した。

「息子は明日の Olney 相手の決勝戦に燃えています。イナゴの大群の中だって、全力を尽くすでしょう!」

そしたら、すぐさま、Fabulous!! という返事が届いた。

泣いても笑っても、トッドコーチはもう、いない。
だったら、残された私たち野球パパママは、もっと取り残された思いでいるだろう監督のルーと、パパコーチ陣を、盛り立てていくしかないもんね。

そんなわけで、いよいよ運命の日がやってきた。
リーグ1位の Olney Pirates とのプレイオフ決勝戦。
ちなみにこのチームとは、春のリーグ戦で3回戦った。
初戦は、0−12でコールド負け。
次は、1−5。
そして、最後は、7−6 と、1点差だったけれど、勝利を収めることができた。
実力は間違いなく相手が上だけれど、一度はその相手に勝てたのだ。

ところが。
決勝戦。
結論から言うと、もう、清々しい気持ちで白旗を振りたくなるくらい、相手は強かった。
こちらがものすごいエラーを重ねたわけでもない。
ピッチャーの調子だって、そう悪くはなかった。
だけど、明らかに、Olney は、前に戦った時より、数段強くなっていた。
何より違っていたのは打撃だ。

もともと守備はとても良いチームなのだけれど、今回はさらにピッチャーの安定感が違った。おまけに、これまではお互い、数本ずつの安打で、あとはいかにうまく試合を転がすか、みたいな勝負だったのが、今回の Olney は、実によく打った。11人の選手のうち、9人が計10本の安打を繰り出してきた。つまり、まったく打線に切れ目がなかった。
速球派で、以前は Olney 打線を比較的よく抑えていたリオも、ザックも、見事なまでに打たれた。
ここぞ、というチャンスでは、必ずタイムリーヒットを打ってきた。

スコアは、0−8。
完封負け。
でも、実力をほぼ、反映した結果だったと思う。

息子は、打順2番、サードで出場。
3打席回ってきた。
1、2打席目はどちらも、ピッチャーゴロ。
センター返しの基本に忠実なバッティングだったが、いかんせん、ピッチャーの球威に負けていた。
最後の打席は、なんと最終回2死ランナーなし、という場面で回ってきた。
その前の2人は、クローザーの好投に三振させられていた。
決め球は、どれもチェンジアップだった。

だから息子は、チェンジアップに狙いを絞ったらしい。
速球はファールで逃げて、粘って、待っていたら、本当に2ストライクから、ピッチャーがチェンジアップを投げてきたのだった。
ちょっと待ちきれず、でもバットを振り抜いた打球は、三塁線ぎりぎり。
当たりは悪くなかった。
抜ける! と思った。

でも、10歳で、あの打球を逆手で止めて、捕球の勢いで三塁線からはみ出すほどの位置から、矢のような球を一塁に投げられる三塁手のほうが、結局は、数段うまかったということなんだろう。
タイミングは、本当にギリギリで、アウト。
結局、シーズン最後の決勝戦で、息子の念願のヒットは出なかった。

もっとも、我がチーム、この試合のヒット数はなんとわずか1本。
誰も打てなかったのだ。
いつもは長打を打つ主軸のザックやブランドンが2打席とも三振。
唯一のヒットというのも、リオが放った1塁線ギリギリの当たりが、ライトに抜けた、というだけ。
ちょっとずれていれば、ただの内野ゴロの当たりだった。
外野フライすら、わずか1本しか打てなかった。
相手チームが取ったアウト18個 (6回までの試合なので) のうち、三振はなんと9個も。
なんと見事なピッチングだったろう!
同じ10歳以下のチームとは思えないくらい、攻守ともに秀でたチームだった。

おまけにコーチ陣はみな感じが良く、
さらに観客席の父母たちまで、実にスポーツマンシップに満ちた人たちだった。
ほんと、もう、ただただ、完敗。そして、脱帽。
ちなみに、この Olney Pirates は、我々が 「9位」 と評価されているメリーランド州の10歳以下チームのランキングで、3位、だそうだ。

そんなわけで、春のシーズンは終わった。
あまりの負けっぷりに、パパママたちもかえってさばさばしていた。
試合終了後、クローザーとしてマウンドに立って、2四球に3安打を浴び、4点を失ったザックが、目を真っ赤にして泣いていた。
普段から泣き虫のライアンも。
あとで息子に聞いた話だが、試合中には、ブランドンが三振した後、ベンチで悔し泣きをしていたらしい。
大人は、「勝ち負けなんかにこだわらず」 というけれど。
やっぱり子どもは、勝ちたいんだ。
勝つ喜びをこの子たちに教えてくれたのも、トッドコーチだったんだよな、と思い出す。
リオは、この今シーズンを前に、レクレーションリーグの野球でもらった過去のトロフィーやメダルを全部捨てたらしい。
「俺がほしいのは、トラベルチームの、ほんもののトロフィーだから」 と。
さすがは、赤ヘル長髪キャラ。かっこいいこと、言うじゃないか。

試合後、息子に一言声を掛けた。
「よかったね。最後に、飛んだじゃん。左に」
そうなのだ。
あの日、トッドコーチのプライベートレッスンで、「考える分、スイングがワンテンポ遅れる」 という問題を指摘され、それを修正するために、トッドコーチから教わったのが、「早く振ろう、ではなく、左に打とうと意識してごらん」 だった。
ヒットには至らなかったけれど。
チェンジアップに絞って、左へ、左へ、と意識した打球だったのだ。
次に続く打席だったと、今は信じたい。

そんなわけで、長い長い、春のシーズンが終わった。
(ようやく、ここの 「野球ブログ化」 も小休止、と思うでしょ。実は……。次のエントリーにつづく)。

コーチ辞任で見えたこと色々

親愛なるトッドコーチの辞任から2日目。
……っておいおい、まだ2日しかたってないのか。
まったく、なんと大変な週末だったんだろう。

ドリューのパパが試合中に、息子の起用をめぐって、トッドコーチに食ってかかり、それに怒ったトッドコーチが試合の途中で帰ってしまった事件が、土曜日の朝。
土曜日の夜には、ドリュー親子がチームを去ることで決着がついた、と監督兼コーチのルーから一斉メール。
なんだかなー、とフクザツな思いで迎えた翌日曜日の朝、今度は、トッドコーチがいきなり自分からコーチを辞任した、とルーから一斉メール。
月曜日は、ルーとのメールのやりとり、さらにはトッドコーチへのメール書きなどで、ほとんど1日つぶれた感じ。

とまあ、すっかり心は疲弊しているわけだけど、トッドコーチが辞任したことで、あらためて見えてきたことだってあるのだ。
「ただでは起きない」 がモットーの私としては、今回の辞任劇から、せっかくなので、色々と学んじゃおう、と思っているわけなのだった。

本日は、次のナゾを解いてみることにした。

なぜ、チームをここまで強くしてくれたトッドコーチがいきなり辞任したというのに、
他のパパママは、案外平然としているのか。
アメリカ流のドライな対応、ってやつなのか?


私の立てた仮説は、

1、ホントはもっと昔から事情を知っていた。だから今回の辞任劇も織り込み済みだった。
  (言葉の壁ゆえに、事情を知らなかったのは我が家だけ、という仮説)。

2、誰か一人が職場を辞める、というだけで大騒ぎし、慰留説得したり、大送別会を何度も開いたり、はたまた噂話でもちきりになるのが当たり前の日本人からみると、転職が当たり前で、誰かの辞職に騒いだりしないアメリカ社会は、ものすごーく、ドライに見えてしまう、というような類の話に過ぎない。

3、実は、みんな、そこまでトッドコーチに思い入れがなかったのではないか。

以上の3つ。
一番最初に考えたのは、仮説1だった。
でも後日、監督兼ルーは、私に事情説明の長い長いメールをくれた後、迷った末に、私に送ったメールをほかの保護者にもコピペする形で、「やはり迷ったけれど、率直に僕の知る範囲ですべて説明したいと思います」 みたなメールを一斉に送っていたから、どうやら、みんなは既に知っていた、というわけではないらしい。
となると、仮説1は違うことが分かった。

だったら、仮説2かな、と思ってたんだけどね。

今日、あらためて、意識的に色々な父母の様子を観察したり、話を向けてみたりして、なんとなく見えてきたことがある。

去年の秋、私と同じくらいトッドコーチに心酔していたはずの、ショーンのパパ、ジョンは、たぶん、今やトッドコーチにとても批判的であること。
それはシーズン途中で (それもシーズン終了間際になって)、チームを放り出すという無責任さに対してもそうなんだけど、たぶん、それ以前に、ジョンは、今シーズンのトッドコーチにある程度の不満を抱いていたのかもしれない。

そういえばシーズンの最初のころに、「内野と外野の守備を、去年ほどあれこれいじらず、固定する傾向があるのには反対だ」 というようなことを言ってたっけ。
ジョンにしてみれば、去年まで、ショートやサードを一番うまく守れるのが自分の息子ショーンだったはずなのに、この春から、いきなり、常にセンターを守らされていることが、とても不満だったのだろう。
また、投手としての起用が減っていたことも、不満の一つだったはずだ。

もしかしたら、実際にそういう不満や疑問を、監督兼コーチのルーなり、トッドコーチなりに伝えていた可能性もある。

トッドコーチの辞任劇でヘロヘロになっている私に、「つらいよなー」 と共感してくれると思っていたジョンが、意外にも冷たく、「人間なんてそんなもんさ。優れた面もあれば、そうでない面だってあるのさ」 と言ってのけた時には、ひええええ、と思ってしまったのだった。

さらに、スコットのママ、サリーと話した時のこと。
「私ね、後悔してるのよ。英語が苦手だから、ってトッドコーチとまともにコミュニケーションを取ろうとしなかったの。私が彼に言った言葉なんて、『Hello, Coach Todd! 』 だけだよ」
なーんて、私が嘆いていたら、彼女はこう言ったのだ。

「私だって、実はその程度しかトッドコーチとはしゃべってないわよー。というか、ほら、勝ち負けをすごく重視する人だったから。あ、誤解しないでね。私は、過去に、トッドコーチに意見したり、不満をぶつけたりしたことなんて一度もないのよ。ただ、まだ11歳の子どもたちの野球チームが、ここまで勝ち負けにこだわる必要があるのかなー、とは思ってたの」

よくよく考えたら、当たり前だ。
なにしろ、公務員で正論派のサリーは、かつて我がチームが、ハリケーン、ではなく、アタック、という名前のチームになりかけた時、
「11歳の子どもの野球チームの名前としては、アタック(攻撃) というのは、攻撃過ぎるのではありませんか?」
と意見し、そんなことはなーんにも考えてなかった野球パパ陣を、ひええええ、とのけぞらせた人物なのだった。

サリーがそういうなら、たぶん、ライアンのママのパムとか、リオのママとかも、似たような意見だったのかもしれない。

思えば、ブランドンのパパだって、息子のスランプを案じる時に、「あいつだって、あんなに身体が大きくったって、まだ10歳なんだよ。ただの子どもなんだよ。もっと、素直に、まっすぐに、野球を楽しませてやりたいのに……」 なーんて言ってたっけ。
そういう意味では、ブランドンのパパもまた、勝ち負けにこだわるあまりに、行き過ぎた雰囲気になっているのでは、という懸念を抱いていたのかもしれない。

まあ、でも、それを言い始めたら、私だってブログに 「11歳の競争社会」 とか 「チームの絆ってなんだろう」 なんてエントリーを書いているわけで、心のどこかで、「11歳がここまで激しい競争に身を置くことって必要なんだろうか」 という自問が常にあったのだ。
私の場合は、それはトッドコーチ個人ではなく、コーチ陣全員という漠然としたものへの抵抗感だったけれど、でも、きっと、私の心の中にも、似たような気持ちはすでに生まれていたんだと思う。

そんなわけで、案外、実は3つの仮説の中でも、もっとも真実に近いのは、仮説3だったのではないか、という意外な結論に落ち着きそうな気がしている。

トッドコーチがいなくなって以来、パパたちは、気軽にベンチに近づき、自分の息子を叱咤激励するようになったし、ライアンのママなんか、久しぶりに大きな一眼レフのカメラを持ってきて、遠慮なくベンチの中に入って、子どもたちの写真をバシバシ撮りまくっていた。
「子どもの気が散るから、親はベンチやダグアウトに近づかないでください」 というルールは、トッドコーチの辞任とともに、どこかに消えてしまったみたいだ。
でもって、それはそれで、パパもママも、楽しげなのだった。

そうそう。
トッドコーチの辞任問題とは全然別の話だけれど、スコットのママのサリーと話していて、もう一つ、この国の少年野球について、分かったことがある。
サリー曰く、

「私ね。これまで国防省とか色々働いたけど、まあ、どこも、何というか男社会だったわよ。女にはどこか入りきれない、みたいな雰囲気があった。でも、そんな私が経験したどこの男社会職場と比べても、少年野球の世界っていうのは、ホント、男社会なのよね。
結局、この世界で女ができることって、子どもを球場に送り届けることと、食べ物を持っていくこと、あとはユニフォームを洗うことと、応援することくらい。あとはせいぜい、スコア付け、だもんね」

思わず、大爆笑してしまった。
実はそれ、私がずーっと思っていたことだったから。
古くはウーマンリブの国のくせに、女性学発祥の地のくせに、ジェンダーフリーがこんなに浸透している国のくせに、少年野球の世界って、
とんでもなく、パパ一色の世界なのよね。

単に、日本よりも、アメリカのパパのほうが早く会社を抜け出して、子どもの野球の練習や試合につきあえるせいかなー、なんて思ってきたわけだけど、やっぱり、それだけじゃなかったんだ!

「だからね。コーチと話すのも、父親の役目、みたいな雰囲気があるわけよ。コーチトッドになんか、私だって、『Hello』 くらいしか話せてないわよー。話す時は、夫にお任せ、みたいなことになっちゃうわよね。だって、コーチ陣だって、野球談義は男しか相手にしないでしょー」

わかるー、わかるわー。
正直なところ、日本の野球ママのほうが、絶対に野球に詳しいし、野球を熱く語るもん。

こっちのママなんか、たいてい、練習に子どもを連れて行くだけ。
試合観戦もたいていパパ任せで、ママは時々来たって、試合なんかそっちのけで、おしゃべりに夢中。
おまけに野球を全然知らない。
この前なんか、バントの指示を受けたライアンが、上手に転がしはしたけれど、今ひとつ転がりが足りず、あっさりキャッチャーに処理され、2塁ランナーが3塁でアウトにされちゃった時に、ライアンのママが、
「ライアン! 素晴らしいバントだわ!!」
と誉めちぎっていたのを聞いてしまった。
いくらなんでも、そりゃないぜ、って感じ。
そんなわけで、野球談義は圧倒的にパパの世界なのだ。

……とここまで考えて、はたと気づいた。
ちょっと待てよ。
ほかのママが、トッドコーチのことをそれほど高く評価してなかったのは、ある意味当たり前なのだ。
そこまで子どもの野球をずっと見てきたわけじゃないんだもの。
そもそも、アメリカのママはたいてい3人くらい子どもを抱えているから、本当に大変だ。
一人の子どもの野球の試合に延々とかかずらわっているわけにはいかないのだ。
当然、「野球はパパの専門ね」 となる。

技術面でのトッドコーチのすごさは、試合ではなく、あの練習を見ていなければ、きっとわかんないだろう。子どもを一瞬たりとも、たるませることなく、心地よい緊張の中で、絶対に怒鳴ったりしかったりせず、でもきちんと言うべきことは言いながら、子どもをその気にさせていく。
次から次に繰り出される、見たこともない練習方法。
それぞれの子どものバッティングを直す時、「君のバッティングはこうなってるんだよ」 と真似してみせる時、それがどんなに、本人とそっくりか。どれだけ明快に、問題点を指摘するのか。
その問題点を克服するために、いかに具体的な練習法を指示してくれたか。

あの、わずか2時間だけど、半日ほどの中身が詰まったような見事な練習を、まともにずっと見ているのは、ボランティアコーチをやっている3人の選手のパパ以外では、せいぜい、ショーンのパパと私くらいなのだ。
去年の秋の、Focus することと Aggressive になることの大切さを説いた彼のスピーチだって、私以外に聞いてたママは誰もいなかったしね。

案外、トッドコーチの辞任後、しばらく、ふぬけみたいになっちゃってたのは、私くらいなのかも。

さらに、つらい結末

突然、トッドコーチが辞めることになった。
春のシーズンのリーグ戦を15勝3敗という成績で終え、リーグ2位のチームとしてプレイオフを戦い、初戦で負けたものの、ダブルエリミネーションのお陰で、さらに2回勝ち抜き、ようやく、初戦の相手、Germantown Hawks と再び戦える権利を得て、これに勝てば次は決勝戦、という場面で。
トッドコーチが突然、チームを去った。

先日書いたように、試合中に選手の父親からかなり激しく非難されたことがきっかけなのだろうが、たぶん、それはきっかけでしかなく、いろいろな事情があってのことだった。
あとになって、監督兼コーチのルーから、それらの事情を知らされた。
詳しいことはここでは書けない。
ただ、トッドコーチが、色々なことに悩み、最後は、チームを指導することに喜びを持てないところまで追い込まれていたことを知らされた。
とてもショックだ。

誰が悪いとか、誰が正しいとか、そういうこととは別に。
全幅の信頼を置き、自分の子どもを預けていた相手が、実はとても苦しんでいたことを、まったく知らずにきた自分が、とても悔しい。

チームは今のところ、淡々と戦っている。
たぶん一番傷ついただろう監督兼コーチのルーが、ここでチームを空中分解させてはならない、と必死で、本当に必死で、保護者と子どものフォローに努めている。
だからなのか、あるいは、そもそも、ドライだからか、保護者のほとんどは、「仕方ないよ」 「もう終わったことだし」 と平然としている。
ドリューが辞めさせられたことにも、トッドコーチが辞めたことにも、さして拘泥せず、前を向いて歩いていこうとしている感じ。
それがものすごくアメリカ的で、驚いてしまう。

日本だったら大変だよな。
保護者会なんかたぶん、5回くらい開くよ。
ママは、片っ端からあちこちに電話しまくり、情報収集し、ああでもないこうでもない、と意見交換するだろう。
パパたちは、コーチをなだめに行ったり、コーチに食ってかかった父親に謝るよう説得したり、挙げ句は酒宴を一席もうけて、やんややんやとその場を取り繕い、どうにか丸く収めようとするだろう。
でも、少なくとも、息子が所属していた日本のチームだったら、父親の行為を理由に、子どもをチームから追い出すようなことは絶対にしない。
近所のおばちゃんやおっちゃんが身体を張ってでも、それだけは許さなかっただろう。
その代わり、その騒動の噂は、少なくとも半年は、チームのパパとママの間で、語り継がれることだろう。
何にしても、もっともっとウェットだ。

アメリカはすごく淡白だ。ドライだ。
もちろん、目の前に、大事な試合が次々控えている、というのもあるだろう。
ルーの頑張りと、子どもたちの踏ん張りのお陰で、結局、Germantown Hawks との2戦目は快勝できた。とうとう、優勝まであと一歩、なのだ。

さすがに、プレイオフのチャンピオンシップ決定試合の直前、という局面で、やめた選手のこと、やめたコーチのことをグチグチと話していても仕方ないのかもしれない。チームが崩壊しないためにも、ここは誰もがぐっとこらえているのかもしれない。
先に大人が前を向いてやらないと、子どもたちが走れない。
そういうことなのかも知れない。
でも。

あの華麗なトッドコーチのノックがもう見られない、と思うだけで、私なんかもう、泣けてくる。
去年の秋、Focus することと Aggressive であることの大切さを教えてくれ、今年の春、スランプにもがく息子を言葉だけのプライベートレッスンで救ってくれた、トッドコーチが、もういないなんて。

せめて、彼が辞める前に、どれほど私や夫がトッドコーチに感謝しているのかを、もっと言葉を尽くして、伝えておけばよかった。
英語が下手だとか、うまい言葉が見つからないとか、そんな風に躊躇せず、きちんと言葉で、感謝の思いを伝えておけばよかった。
それが何より大きな、後悔だ。

アメリカで、もろきゅう弁当

息子の夏休みも2週目に入った。
今週から、野球キャンプ (日帰りで9時から3時まで、お遊び野球で遊ぶサマーキャンプ) にたたき込んであるため、母ちゃんは、毎朝の弁当作り以外は、超お気楽生活〜。

野球キャンプも今年で2年目。
去年は、まだ一緒に参加する友だちもいなくて、おまけに、小さな子どもがいっぱいいたこともあって、実につまらなそうな顔で、それでもやっぱり野球ができることがうれしくて、結局、ほとんど英語ができない状態で通い続けたのだっけ。
その時に書いたエントリーがこれ
まあ、なんて懐かしい!

今年は、トラベルチーム仲間のザックが一緒に参加するので、周囲のレベルにどんなにばらつきがあっても、とりあえず、ザックとキャッチボールしていれば、たいくつしないはず。
おまけに、ザックのママとカープールできるから、送迎の手間も半減!
ああ、この1年で、親子ともに進歩したもんだわー。

さらに、問題の弁当。
去年は、酢飯の代わりに、塩と白飯を使って、見た目は巻きずし、でも味はおにぎり、という作品を発明し、「おにぎりが食べたいけれど、黒い海苔を巻いたおにぎりはちょっと……」 という息子に持たせたんだっけ。
「これ何? と聞かれたら、堂々と胸を張って、『スシ』 と答えなさい」 と息子を励ましたんだっけなあ。
なんて、できた母ちゃんだったんだろう!

今年は、ずばり、ただのおにぎり路線。
「これ何? と聞かれたら、堂々と 『ライスボール』 と言いなさい」 なーんて息子を励まさなくても、息子自身が、平然とした顔で、「ライスボールだよーん」 と周囲の子どもたちに言えるようになったもんだから。

今朝は、ご飯にふりかけ2種を混ぜ込み、2食おにぎり。海苔なし。
それだけじゃなんだなーと思って、ジップロックにトマトを洗って入れた。
それから、息子の大好物である、もろきゅうを持たせようとして、はたと気づいた。

キュウリを縦に半分に切る。これをジップロックの袋に入れる。ここまでは良し。
味噌を小さなタッパーに入れて持たせようと、タッパーに味噌を少し入れたところで……。
私は思わず、ふきだしてしまった。

小さなタッパーに入った味噌の塊というのが、なんというか、似ているのである。
つまりは、うん○に。

出勤直前の夫に、「見て、見て〜。これ、何かに似てない?」
夫は本気で、「おまえ、こりゃまずいよ。絶対にあいつに持たせたら、アメリカの子どもに笑い倒されるぞ」 という。
いや、私もそう思うけど。

検便じゃああるまいし、さすがに、小さなタッパーに味噌、というのはマズかろう、と思い、路線変更。
2つ割りしたキュウリに薄く味噌を塗り、「味噌サンド」 のような状態にしてみた。
これなら、はさまれた味噌はほとんど見えない。
息子に、「これだったら恥ずかしくない?」 と聞くと、息子も 「大丈夫大丈夫」 という。
そんなわけで、「もろきゅう味きゅうり味噌サンド」 を息子のランチに持たせたのだった。

さて。
半日後、息子が持ち帰った弁当袋を見て、あ然。
キュウリがまるまま、残っている。
それもそのはず。
味噌をサンドしたキュウリからは水分が出まくってる。
ラップこそしていたが、無惨にも、味噌まみれのキュウリ、状態。
これがなんというか、見ようによっては、うん○まみれのキュウリ、にも見えるわけで。
息子が、アメリカの子どもたちの前で、これを食べられなかったわけだ。
というか、日本の友だちの前でも、これを出す勇気はないよな。

おいしく出来上がった、この、みそ漬けキュウリは、息子が帰宅後、冷蔵庫に冷やし直して、あとでおいしくいただきました。
ちゃんちゃん。
もろきゅうを見た目美しく、アメリカで弁当 (というかジップロックの袋に入れて) に持っていくにはどうすればいいかなあ。

つらい結末

昨日のエントリーの後半に書いた話のつづき。
ドリューのパパが、昨日の試合中に、息子の起用について、トッドコーチに文句をつけ、トッドコーチが試合途中に帰ってしまった一件について、監督兼コーチのルーから、保護者向けのメールが届いた。

昨日の夜のうちに届いていたわけで、試合後の数時間の間、ルーがどんなに大変だったのかがしのばれた。
メールの内容はこんな感じ。

<多くの方々がすでにご存じの通り、本日のゲームでトッドコーチに抗議した保護者がいました。
試合中にコーチに抗議することだけに限らず、あらゆる混乱や不適切な行為は許されるものではありません。この点に、例外はありません。>

<また、これらの行為の結果についても、混乱があってはいけません。つまり、この家族 (両親と選手の両方) はチームから去るよう求められることになります。>

<ご自分のお子さんの起用などについて、何か質問や不満、ご意見などある方は、どうか試合の後か前に、私に言ってください。私はいつも、メールでも電話でも受けています。
試合中に、選手起用などについて議論することが適切な行為だと思われる方は誰もいないと思います。だからこそ、これまでも我々は、みなさん保護者に、ベンチやダッグアウトには近づかないようにお願いしてきました。もしも保護者のみなさんが、観客席に居続けてくれれば、こういった一線を越えるような事態も起こりにくくなるからです。どうかトッドコーチや他のコーチたちの仕事に、敬意を払ってください。>

普段のルーの、ユーモアにあふれた文面ではなく、むしろ弁護士の本業がちらりと垣間見えるような、とてもビジネスライクな文面だった。
おまけに、この文章に続いては、もう、淡々と、次の日から続くプレイオフ終盤と、夏のトーナメントについて、こんな言葉が並んでいた。
曰く、

<今回の出来事が、私たちの素晴らしいシーズンを乱すものであってはなりません>
<今日、私たちは22勝目を上げました。プレイオフの決勝戦まで、あと1勝です>
<プレイオフ、そして夏のトーナメントと戦い続ける中で、親もまた、神経をすり減らしたり、感情が高ぶったりすることもあるでしょう。しかしどうか、私たちは、BCCのユニフォームを着た11人の少年の見本であり続けること、そして時には、相手チームの少年たちの見本であり続けることを、見失わないでください。>

「11人の」 という言葉にギクリとした。
ドリューはもう、ここに含まれないんだ、と。
12人ではなく、11人。
ルーは、そのことを意図的に、「大人が我を忘れて見苦しい行動を取るな」 という戒めの文章の中に、明記したのだ。

シビアだなあ。
そう思わずにいられない。
私は、ザックと息子を連れて試合に行くことが多いのだけれど、時々、ここに加わるのがドリューだった。
女の子みたいに声が高くて、腕白ザックからいじられるキャラで、でも、息子の日本語の本の挿絵から勝手に物語りを作るのが上手で、この子がしゃべっている間、私はずっと笑っていられた。

息子には、夫と私とで、淡々と事実を告げた。
「えっ! ドリュー、チームを辞めちゃうの?」
息子は悲鳴を上げた。
それから、「ドリューは何もしてないのに。ドリューは何も悪くないのに」 とうめいた。

だから、少し説明した。

「あんたも、この前の試合で、ドリューと同じように、1打席だけ立った後、すぐ打順から外されて、守備にも立てず、ずっとベンチにいたよね。でも、それを試合中に、母ちゃんに訴えに来たりはしなかったでしょう? するわけないよね? でもドリューは、自分がバントを決めて、それなのに、次で外されたことを、試合中に、お父さんに訴えにいったの。ベンチを離れて。それは、母ちゃんも見てた。
確かに、ドリューはかわいそうだ。母ちゃんもたまらない思いがしてる。でも、もしもあんたがドリューだったら、母ちゃんがたとえば、トッドコーチに、『息子をなんで外すんですか』 って言いに行こうとしたら、どんなことがあっても止めるでしょう?」

息子は、うなづいた。
ドリュー自身は、チームから立ち去らねばならないほどのことは、何もしなかった。
それは私も、そう思う。

確かに、このチームの最初の保護者会で、

*選手の起用はコーチ陣に任せること
*選手の起用やチーム運営について質問や意見がある時は、トッドコーチではなく、ルーに告げること

の2点は確認済みの事項だったし、
選手の集中力を欠かないため、という理由で、

*親は、試合中のベンチやダッグアウトから離れていること

というルールも付け加えられて久しい。
ドリューのパパの行為は、明らかにルール違反で、まして、試合中、それも大事なプレイオフの試合の最中にやって許される行為ではない。
でも。
責任は親にあって、子どもにはないのに、どうして、ドリューまでチームを去らねばならないのか。
たとえば、ドリューのパパを 「2週間、観戦停止処分」 とかにして、その場を収める選択肢はなかったのか。
ルーにしても、ドリュー一家とはとてもお付き合いが深いようだったし、今回のことで、監督としてドリューのパパに、「チームを去ってくれ」 と頼むのは、本当に苦しい作業だったと思う。

こんな時、チームのパパやママは、どんな返信をするんだろう。
どんな風に書いても、英語じゃうまく伝えきれない気がして。
いまだに、ルーに返信できずにいる。

11歳の競争社会・後編

12−6でLUYYAというチームに快勝した我がチームの次の相手は、Burtonsville。
これに勝てれば、ようやく、前回敗北を喫した相手の Germantown Hawks と再び戦う権利を得られる。
さらにその試合に勝てば、いよいよ、全勝で来ている Olney Pirates との決勝戦だ。
といっても、ダブルエリミネーション方式なので、一敗している我がチームは、もしもこの決勝戦に勝てたとしても、さらに翌日、同じ相手ともう一度戦って、再び勝たない限り、優勝はない。

Burtonsville はこれまで負けたことのない相手ではあったけれど、最近、調子を確実に上げている感じで、うかうかしていると分からないぞ、という相手でもあった。

さて。この試合。
ふたを開けてみたら、息子は、打順7番サードで、先発入りしていた。
前の試合で結果が出せないまま、外されていたので、今回ばかりは先発から外されるのではないか、と予想していたので、これは、ほっとした。
今日こそ、結果を出せればいいなあ。

我がチームは1回裏の攻撃で、四球とワイルドピッチ、それに内野ゴロでまず1点先取。
こういう、ノーヒットで確実に得点していく、というのが、うちの持ち味らしい。
2回の攻撃では息子にも打順が回った。
ザックが四球を選んだ後、無死1塁。息子も結局、四球を選んでこれで無死1,2塁。
さらに次のライアンがデッドボールで無死満塁のチャンス。
相手ピッチャーの暴投でまず、ザックがホームを突いて1点を追加。
さらに、本日打順最下位のドリューがバントし、ピッチャーが1塁に送球した間に、息子がホームに滑り込み。これで3点目。

また3回の攻撃では、クリスのセンター返し、ブランドンのポテンヒット、リオの四球で一死満塁のあと、ザックも四球を選んで押し出しで4点目。
一死満塁のチャンスで、息子に打順が回ってきた。
この時は初球をたたいて、セカンドゴロ。しかしとりあえず、3塁ランナーのブランドンを返して5点目につながった。
ノーヒットだけど、打点1というわけ。

次に息子に打順が回ったのは5回。
すでに7−2で快勝ムード。
2四球と暴投で一死2、3塁の場面で、息子に回った。
ああ、なぜ、この試合、チャンスにばかり、打席が回るんだろう。

それだけに、どうしても、どうしても、打ちたい場面。
息子はフルカウントから、バットを振り抜いた。
センターに抜ける! と誰もが思ったような当たりだったんだけどな。
結局は、ショートがむちゃくちゃうまくて、どうにか打球を止め、必死で1塁へ送球。
タイミングは……アウトか、セーフか、ぎりぎりだ。

と、1塁手の前でワンバウンドした送球を、1塁手が捕れず、結局息子は2塁へ。
ランナーは、おおっと2人とも帰ったぞ。
一塁のエラー出塁、としてもいいのだけれど、ああ、ここは親心、思わず、スコアは内野安打にしちゃった。
いいよね?
ちょっとでも、自信をつけさせなきゃ、って場面だし。

最後に出てきたこの背番号15番のピッチャーは、かなりの速球派で、ザックですらサードフライ。ライアンは三振。ジョーンズイもセカンドゴロ。速球だと、ついつい考えてしまう分、右方向への平凡な内野安打に倒れることの多い息子としては、センター返しの基本に近いバッティングができたことは (センターまで抜けなかったとしても)、ちょっとした自信につながったようだった。

そんなわけで、9−5で、この試合も快勝。
いよいよ、決勝戦まであと2戦というところまで、たどりついたのだった。

が、そんな試合の勝ち負けとは全然関係のない所で、大変なことが起きていた。
試合終了後の挨拶が終わった時のことだ。
監督兼コーチのルーが、「保護者のみなさんはちょっと集まってください」 と言い出した。
どうせ、これからのプレイオフに向けて、子どもに喝を入れてくれ、とかそういう話かな、と思ったんだけど。

実は違った。

とても深刻そうな声で、ルーが、何かを説明し始めた。
子どもには聞こえないように、という配慮から、小声で、とても早口で。
「小声+早口」 の英語なんて、私には聞き取れるわけもなく。
それでも、
「トッドコーチが試合中に帰ってしまった。あとは保護者たちの判断に任せる、と言って」
みたいな部分だけが聞き取れた。
それから、ルーは、少しだけ唇をふるわせ、言いよどんだ。
DCの有名な弁護士事務所の企業弁護士で、敏腕で知られるルーが、こんなに動揺するのを、私は初めて見た。

集まっていた保護者のうちの一人のママから、
「もう十分よ。それ以上、言わなくていいわ。私たち、分かってるから」
と助け船が出て、
ルーは、ほっとした表情で、「ありがとう」 とだけ言ったのだった。

皆が深刻そうな表情で解散する中で、
たぶん、全員が事情を理解している中で、
まったく何が起こったのか分かってない私。
いったい、どうなっちゃったのよ〜????

結局、こういう時に頼りになるのは、ショーンのパパの野球バカ仲間ジョン。
「ジョン。結局いったい何があったのか、説明してよ」
と頼むと、ジョンがこれまた早口で説明してくれた。
早口だったので、こちらも実は、完璧には理解できなかったんだけれど、なんとなく、おおまかな話だけは分かった。

この試合、打順最下位で、打席に立った時に、バントを決め、息子がホームインする手助けをしてくれたドリューのパパが、トッドコーチともめた、というのだ。
「どうしてうちのドリューにバントをさせたのか」
「どうして、その後、控えのスコットに変えられてしまい、打たせてもらえなかったのか」
そういう起用方針をめぐってのことだったらしい。

それを聞いた時は、さすがにビックリした。
確かに、この試合でドリューは打順10番ライトで先発出場していたが、最初の打席でバントをした後、控えのスコットに変えられ、守備でも1、2回を守っただけで、あとはベンチに留め置かれていた。
だけど……。
それって、この前の試合の息子の状態と、まったく同じなのに。
おまけに、息子がほとんど控えで終わってしまったこの前の試合で、ドリューは打順10番のまま、守備でも攻撃でもフル出場させてもらっている。
考えようによっては、息子とドリューとスコットがほぼ平等に出してもらっている、とも言えるのに。
文句、言うかなあ、そんなことで。

ドリューは、息子と同じように、打撃不振に悩んでいた。
息子が一時、打順最下位(12番)だった時、11番にいつもいたのがドリューだ。
息子が少し打てるようになって、今は打順7番となっているけれど、いずれにしても、12人のメンバーのうち打順を10人だけで回す、となった時、フル出場できなくなる顔ぶれはもう決まっていた。

ドリュー、スコット、アズラ、そしてうちの息子。
これに時々、ライアンが加わる。
スコットやアズラは、ピッチャーとしての起用もありえるが、ドリューと息子とライアンにはそれもない。
打順を10人で回す、となった時、ドリューや息子の場合、ほとんどボールに絡むことのできない試合があるのは、これはもう、仕方ない話なのだった。

でも、ドリューのパパはそれが許せなかったんだろう。
私はちっとも気づいてなかったけれど、ドリューのパパはこのシーズン、ずっと息子の起用について不満をためていたらしい。
これは、ショーンのパパもとっくに気づいていたというし、たぶん、誰もが気づいていたんだろう。
ドリューのパパがトッドコーチに文句を言い、その文句の付け方や内容に、トッドコーチが腹を立て、「ならば、親たちで勝手にやってくれ」 と言って、試合の途中で帰ってしまったという。
そんなこと、ちっとも知らなかったのだった。

そもそも、トッドコーチは、いわゆる 「雇われコーチ」 だ。
野球の指導を生業にし、お金をもらってチームをコーチしている。
チームの監督は、ザックのパパのルーであって、でも、技術的な指導から、選手の起用まで、トッドコーチに任せる、というルールでこのチームは運営されてきた。
私自身は、息子に対するトッドコーチの指導やプライベートレッスンでの一件もあって、トッドコーチには全幅の信頼を置いている。
息子が控えに回された時も、客観的に見て、それはもう、仕方ない、と思えるしね。

ルーははっきり言わなかったけれど。
ショーンのパパ、ジョンの分析によると、トッドコーチが 「親たちで判断してください」 と言ったからには、「ドリューのパパがコーチに頭を下げる」 とか 「監督のルーが、ドリューに、チームを辞めるように迫る」 とか、そういう展開しかありえないんじゃないか、という。
なるほど、そこまで聞いて、なぜ、ルーがあんなに動揺していたのかが分かった。

少し時間をおいて、息子にも淡々と事情を説明しておいた。
隠しても仕方ないからだ。
いずれ、子どもの間にも噂は広まるだろうしね。

ドリューのパパが、トッドコーチに文句を言った、という話をしたら、息子は一言、こう言った。

「だったら、レクレーション目的のチームに行けばいいんだ。ここはトラベルチームなんだから、実力主義なのは仕方ないよ」

その実力主義のせいで、最近は、控えに回ることも多くなってきた息子から、そんな一言が出るとは、正直なところ、思っていなかった。
結局、チーム内の競争や実力主義の厳しさや、それの持つ意味を、息子が一番身に染みて分かっているってことなんだろう。

明日も試合がある。
ドリューは来るだろうか。
トッドコーチは来てくれるのだろうか。
ルーは、トッドコーチやドリューのパパを相手に、今頃、どんな交渉や説得をしているんだろう。

明日はいよいよ、プレイオフ初戦で負けた相手、Germantown との対決だ。
これに負けたら、もう後はない。
実力はたぶん、五分五分。
そんな大事な試合の前日に、チームは思わぬ難局にぶつかってしまったみたいだ。

11歳の競争社会・前編

プレイオフ初戦、Germantown Hawks に手痛い負けを喫して以来、さらにコーチ陣は子どもたちを意図的に鼓舞しまくっている。
試合前のウォーミングアップのノック練習の時なども、ちょっとたるんでると見ると、全員をフィールドからいったん撤収させ、ガツンと喝を入れてから、再びノックをし直す、とか。

親の意識変革を狙ったものだろうか。
監督兼コーチのルーからは、こんなメールが来た。

「10歳以下のメリーランド州内の野球チームのランキングが出ています。我がチームは今のところ、9位につけています。もちろんこの手のランキングには諸説あります。それにしても、春のシーズンだけで20勝以上をあげているチームは、それほどない、ということです。自信をもって、プレイオフを勝ち抜きましょう!」

州内には、リトルリーグのチームもそれなりにあるだろうし、「9位」 というポジションを額面通り喜んでも仕方ない気もするが、はっきりしてきたのは、チームがいよいよ、「勝ちに行く」 という目的を明確に前面に押し出し始めた、ということだ。

今回のプレイオフも、夏のトーナメントも、あえて、12人全員ではなく、10人で打順を回す、という方針だって、結局は、「打てないメンバーがストッパーになるのを防ぐ」 というのが目的なのだ。
いよいよ、競争が厳しくなってきた、って感じ。

そんな中で、1つでも負けたら後がもうないプレイオフの第二戦があった。
息子は、打順7番セカンドで先発出場。
でも、初回二死2、3塁のチャンスで、ショートゴロに倒れた。
次の打席は回ってこなかった。
セカンドを3回守った後、控えのスコットと変えられてしまったからだ。

それでも、「最後にもう一回、スコットに変えて、おまえを出すから」 と言われたのだろう。
5回の守備の間、息子はずっとバッティングヘルメットをかぶり、バットを持ったまま、素振りをしていた。5回の守備は、すでに11点差で勝っていたこともあり、6番手7番手のピッチャー、クリスがマウンドに立った。見事に打ち込まれ、相手チームは打者一巡の猛攻。
この長い長いイニングの間じゅう、息子は、固い表情で、バットを握りしめていた。

結局5回裏の攻撃では、息子に打順が回る前に、ランナーが挟まれ、タッチアウトになり、結局、息子には最後の打席は回ってこなかった。

12対6の快勝。
息子とスコット以外は、全員がヒットを打つという試合展開の中で、息子はボールに一度も触ることなく、後半3イニングはベンチで応援するだけで、試合は終わってしまった。

落ち込んでいるだろう、とは思っていたけれど、帰りの車の中の息子のいら立ちようは、予想以上だった。
「結局、何もできなかった試合だった」
「ちっとも面白くなかった」

思わず私が、「今度はチャンスで打てればいいね」 と言ったら、息子は、ものすごくトゲのある口調で、「今回だって、そんな場面で打席は回ってこなかったじゃないか!」 と吐き捨てた。

思わず、「二死2、3塁のチャンスで1度、打席に立ったでしょ」 と言い返してしまったら、息子はむすっとして黙りこくった。
「ああいう場面で打てないんじゃ、外されても仕方ないよ。1打席のわずかなチャンスをどうやって生かすか考えなさい!」 なーんて思わず言いそうになったけど、まあ、一番分かってるのは本人だろうと思って、ぐっとこらえた。
悔しいのは分かるけれど、私に当たるのはやめてくれー、って感じ。

結局、帰りの車の中は、2人して沈黙。
重い重い雰囲気。
それでも、20分の道のりの中で、少し気持ちがほどけていったのか、家についた時はもう、いつもの息子だった。

息子だけじゃない。
アズラなんて、ピッチャーとしてマウンドに立っただけで、打席には一度も立たせてもらえなかったんだ。
「今度の試合、先発を外されてたとしても、そんなことで落ち込んだりせず、与えられるチャンスをしっかりモノにしてみな」
最後はそんな言葉で、寝かしつけた。
息子はその夜、なかなか寝付けないようだった。
私も、やっぱり、なかなか寝付けなかった。

プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。
   仕事を辞めて渡米。
   メリーランド州在住。
   現在、週刊ポストに
   「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」
   を連載中。
趣味■読書、ピアノ、旅、昆虫飼育
目標■ちょっと背伸びして、
    疑問符を感嘆符に変えること
苦手■勧善懲悪
著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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