今年もこの日がやってきた。
「野球パパの一番長い日」。
すなわち、BCCの11歳以下チームの年に一度のトライアウト (選抜試験) である。
去年、初めてこれに参加した時、あまりに 「父と子、父と子、父と子……」 という組み合わせばかりで、ママの姿がほとんどなかったのに驚愕し、こんなエントリーを書いた。
題して、「野球パパの一番長い日」 (
前編と
後編)。
今年は、25人の少年が参加した。
このうち、11人が、息子を含むチームの現役選手だ。
定員は12人だから、13人が落ちることになる。
実は、このトライアウトの前、長い長いスランプにあった息子と、それを見守るしかなかった私たち家族には、本当にいろいろと紆余曲折があったのだった。
だから、正直なところ、「どうせ受からないからトライアウトは受けない」 とまで一時は言い出した息子が、自分なりに覚悟を決め、自らトライアウトを受けることを選んだ段階で、私はもう、「これで十分」 と思えるところがあった。
何しろ一時は 「野球ブログ」 と呼ばれるほど野球の話ばっかり書いていた私が、この秋シーズン、17試合を戦った息子の野球話を、一度もブログに書けなかったのだ。
それだけでも、どれほどのスランプだったか、分かってもらえると思う。
そんな話は、あとでアップするとして。
まずは、本日、トライアウトの話。
去年は、どの子どもたちもパパとキャッチボールをしてウォームアップをしていたんだけれど、今年はそうでもなかった。
特に、トラベルチームの現役選手たちは落ち着いたもので、もはや父親の出番すらない。
チームメートがずらり並んで2人組みになり、まずは片膝をついて、手首だけを使ってなげるキャッチボール、次はその姿勢のまま、腕を振り上げて投げ、さらに立ち上がって両足をついたまま上半身で投げ、最後に普通のキャッチボールから、距離を段々伸ばして行き、遠投へ……というような、普段通りのウォームアップを始めるのである。
見ようによっては、現役選手だけで固まって淡々とウォームアップをしているわけで、かな〜り威圧的な感じなのだった。
息子が現役選手の一人ではなく、挑戦者の側だったら、むちゃくちゃ嫌な感じだろうなあ、とふと思う。
ベースランニングのタイムに、内野守備、外野守備、そしてバッティング。
順々にこなしていく。
息子の不安材料は、打撃の不振だったのだけれど、バッティングでは、試合中にはまったく出たことのないようなセンター越えの当たりなどが飛び出し、とりあえず、力を出し切った感じ。
これで落ちても、絶対にほめてやろう、と思った。
トライアウトの途中では、息子と仲良しの我がチームのエースで主砲ザックが、「あいつ、どうだった? うまくやってた?」 と私に声を掛けてきた。
トライアウトが終わったら、何人かのパパが駆け寄ってきた。
「息子さん、今日のバッティング良かったねえ。本当に良かった!」
ことほどさように……。
周囲が息子のことを心配してくれていたのだ。
まあ、今の現役選手のうち誰が落ちるかというと、息子は間違いなく3本の指に入るし、もしかしたら2本指にも入るかもしれないし、もっと正直に言うなら1本指にだって入っちゃうかもしれない。
そういうポジションに今、息子はいるのだ。
挑戦者が10人であろうと、50人であろうと、よそのトラベルチームで物足りなくなって、「もっと強いチームでやりたい」 と我がチームを受けに来るような実力派が2〜3人いたら、息子は間違いなくはじき出されるのだろうし、そういうヤツが誰もいなければ、息子はこのチームに居残るんだろう。
毎年のトライアウトの目的も、「一から選手を選び直す」 というよりは、「もっと強い選手を1〜2人取って現チームを補強したい」 というようなものらしい。
トライアウトの出来不出来とは別のところで、合不合格が決まるんだろうから、息子がトライアウトで実力をきちんと出し切れたからといって、結果のほうはまったく見えない。
それでも。
この秋、息子が、この世で一番好きだったはずの野球をストレスに感じ、プレッシャーにつぶれそうになったり、思い悩んで苦しんだりしてきたのを、目の当たりにしてきた親としては、無事にトライアウトに挑戦できたことだけでもう十分だ。
息子自身が一時は 「受けたくない」 と言ったし、
夫や私のほうも、「たとえ息子が受けたがっても、もうトライアウトは受けさせないほうが良いのではないか」 とまで悩んだ。
何しろ、練習や試合のたびに、胃痛や腹痛はもちろん、最後は片頭痛発作らしきものまで出始めたのだ。
「チームを去ることを、息子に判断させるのは無理だ。親が無理矢理でも、このチームから引っぺがしてやったほうがいいのではないか。野球が楽しめなくなるほど、強いチームにいるよりは、楽しめる野球をさせてやったほうがいいのではないか」 なんて、夫婦で何度も話し合った。
一方で、「トラウアウトにたとえ失敗したとしても、いや、失敗するならば、なおのこと、挑戦させて、自分なりに精一杯力を出し切って、それで力及ばなかったという現実を見つめさせるべきだ。挫折する経験こそ大切だし、今ここで、困難から逃げさせてはいけないのではないか」 とも思ったし。
でも、頭やお腹が頻繁にいたくなり、夜は溜め息をついてばかりの息子を見ていると、「挫折の経験は大事」 なんてきれい事は吹き飛び、心はいつも揺らいだ。
だって、私自身、小学生時代にこんな競争社会に身を置いたことはなかったもの。
中学時代だって、ピアノの練習を理由に部活を辞め、しばらくすると、部活を辞める理由だったはずのピアノすらやめた。干したての布団に寝転がって、ポテトチップスをぼりぼりとほおばりながら、好きな本をだらだらと読んでいるだけの、「帰宅部」 だった。
振り落とされるかもしれない試験を受けたのなんて、せいぜい高校受験が初めてで、それも成績だけは良かったから、落ちることなんてまったく想定してなかった。
「落ちるかも」 と緊張しながら何かに向かったのなんて、実は大学受験が初めてだったのだ。
そんな自分の軟弱人生を振り返ってみると、「人生なにごとも挑戦」 とか、「困難から逃げてはいけない」 なーんてエラソウなことはとうてい言えないのだった。部活をやめた時も、ピアノをやめた時も、黙って口をはさまないでいてくれた両親には、ただただ感謝あるのみ、だ。
などと考えていると、やっぱり、小学生のうちから、こんなプレッシャーの強い空間でスポーツをさせることが親として本当に良い選択なのか、まったく分からなくなってきてしまう。
結局、私も夫も、息子に対して、「トライアウトを受けるの?」 とか 「どうするの?」 とか、あえて聞くのをやめた。
その時が来れば、本人が決める。
それを親はただ、静かに待っていればいい。
悩んだすえに、そんな境地にどうにか立ち戻った。
そしてトライアウトの日の朝を迎えた。
「怖いな……」
息子がつぶやいた。
それで、本人の心は、トライアウトを受けることでもうとっくに決まっていたのだと、私は知った。
だから私も、当たり前のような顔をして、トライアウト会場に連れて行った。
「挑戦することに意義がある」 なんて、随分なきれい事だと思ってきたけれど、それでもやっぱり、挑戦することには意義があるのだと信じたい。
トライアウトに挑戦する少年たちは誰も必死だった。
普段足の遅いクリスが、死にものぐるいでベースの間を走り抜けるのを見た。
息子とともに 「打順最下位グループ」 仲間だったマイケルやアズラが、大変な緊張と戦いながらボールを追うのも見た。
一方で、登録を終え、ゼッケンももらってから、「やっぱり受けたくない」 と言いだし、どうにかなだめすかせて受けさせようとする両親から走って逃げた子すらいた。
それぞれに戦う11歳なのだった。
息子よ。
そして、トラウアウトに挑戦した24人の子どもたちよ。
本当に本当に、よく挑戦したね。
あとは、静かに、結果を待とう。