新聞記者でした。「行って、見て、書く」ことを大切に、現場を歩いたり、人と出会うことで、心の中の「?」が、ちょっと背伸びして「!」に変わっていく瞬間を、できるだけ毎日、書いてみたいです。(小国綾子)

おことわり

実は、昨夜、秋の少年野球がどんな風だったのか、6本に渡るエントリーを書き、そのうち5本まで公開していたのですが。
よくよく考えたら、息子もすでに思春期前期のお仲間入りをしているわけで、
それどころか数年後には、パソコンやネットとのお付き合いも始まる可能性が濃厚なわけで、
そろそろ、息子ネタを書き散らすのも自粛するタイミングかなあ、と思い直し、
結局、全部、公開を取りやめました。

思えば、「ベイビーパッカーでいこう」 (日本評論社) 以来、息子のお陰で随分と駄文を書き連ね、それでいくばくかの原稿料もいただいてきたわけですが、段々とそういうこともできなくなるんだろうなぁ。
息子や子育てをネタに、原稿料を稼ぐのは、息子が小学校を卒業するまでにしよう、と心に決めていたわけだけど、小学校5年生でもすでに、なんというか、人格を持った人間なのねえ。
……って当たり前なんだけど。

ちなみに、週刊ポストの連載に関しては、息子も読んでおり、時には、「母ちゃん。これ、俺がいなかったら書けなかった原稿だろ。モデル料、ちょうだい」 とちゃっかりのたまうようになりました。
こんな感じで、時々プライバシーを切り売りして生活している母ちゃんを持った運命を呪わず、したたかにそれをうまく遣い倒しながら、ちゃっかり生きていってほしいもんだ、というのが、母ちゃんの切なる思いなのであります。

というわけで、いったんアップしたエントリーを全部削除しました。
おさわがせして、ごめんなさい。

たまらん夢

息子のトライアウトの夜、たまらん夢を見た。
滅多に夢を見ない体質で、おまけに 「夢を見た気がする」 という確信があっても、それを覚えているなんてことは滅多にない体質なので、朝になっても覚えている夢というのは、それだけで、妙な気持ちだ。
それにたいてい、私の見る夢 (=朝まで覚えている夢) は、悪いものばかりだから。

断片的な記憶によると、夢はこんな感じ。
息子たちのチームが野球の試合をやっている。
私はいつものようにスコアをつけている。
試合は初回から快勝ムードで、なんか理由は分からないけれど、あれこれ周囲に気を回しているうちに、息子の打順が終わってしまう。

あーん、見逃した!
と思って、夫に聞くと、夫がぶ然として、
「バントサインが出された」 という。
初回で、すでに10−0と大量得点差をつけた状態で、2アウトランナー2、3塁、という場面で、息子にバントサインが出されたという。息子はバントをきれいに決めたけれど、もちろん、ファーストアウトで、得点はならず。
それで、チェンジ。

「ああ、こんな場面ですら息子にはバントサインが出されるのか……。やはりこのチームに残留させたのが間違いだったのか」 と、たまらない思いにかられる、という展開。

おまけに、そこからはもっとキテレツな展開で、気づけば私は船に乗っている。
なんかやけ酒飲んで、完全に泥酔しているところで、悪いヤツにダマされ、世界一周のクルーズの旅に連れて行かれたのだ。

「船から降ろしてくれー。
息子が野球の試合中なんだ。
試合を私は観たいんだ!」


と、見渡す限りの大海原の真ん中の船の上で、私はオイオイオイと泣いている。
そんな夢。
こりゃもう、病気だな。
それも相当に重症。
ああ、もう、こうなったら、息子の野球なんか忘れて、本当に、一人世界一周クルーズにでも出掛けたほうが良いのかも。

夢の内容を深読みするのはあまり好きじゃないけれど、たとえ息子がトライアウトにもしも受かったとしても、今のチームで来シーズンも野球を続けることが息子にとって幸せなのかどうか、私の中ではどこまでも迷いが残っているってことなんだろうなあ。
まいったまいった。

今年も野球パパの一番長い日

今年もこの日がやってきた。
「野球パパの一番長い日」。
すなわち、BCCの11歳以下チームの年に一度のトライアウト (選抜試験) である。
去年、初めてこれに参加した時、あまりに 「父と子、父と子、父と子……」 という組み合わせばかりで、ママの姿がほとんどなかったのに驚愕し、こんなエントリーを書いた。

題して、「野球パパの一番長い日」 (前編後編)。

今年は、25人の少年が参加した。
このうち、11人が、息子を含むチームの現役選手だ。
定員は12人だから、13人が落ちることになる。

実は、このトライアウトの前、長い長いスランプにあった息子と、それを見守るしかなかった私たち家族には、本当にいろいろと紆余曲折があったのだった。
だから、正直なところ、「どうせ受からないからトライアウトは受けない」 とまで一時は言い出した息子が、自分なりに覚悟を決め、自らトライアウトを受けることを選んだ段階で、私はもう、「これで十分」 と思えるところがあった。

何しろ一時は 「野球ブログ」 と呼ばれるほど野球の話ばっかり書いていた私が、この秋シーズン、17試合を戦った息子の野球話を、一度もブログに書けなかったのだ。
それだけでも、どれほどのスランプだったか、分かってもらえると思う。
そんな話は、あとでアップするとして。
まずは、本日、トライアウトの話。

去年は、どの子どもたちもパパとキャッチボールをしてウォームアップをしていたんだけれど、今年はそうでもなかった。
特に、トラベルチームの現役選手たちは落ち着いたもので、もはや父親の出番すらない。
チームメートがずらり並んで2人組みになり、まずは片膝をついて、手首だけを使ってなげるキャッチボール、次はその姿勢のまま、腕を振り上げて投げ、さらに立ち上がって両足をついたまま上半身で投げ、最後に普通のキャッチボールから、距離を段々伸ばして行き、遠投へ……というような、普段通りのウォームアップを始めるのである。
見ようによっては、現役選手だけで固まって淡々とウォームアップをしているわけで、かな〜り威圧的な感じなのだった。
息子が現役選手の一人ではなく、挑戦者の側だったら、むちゃくちゃ嫌な感じだろうなあ、とふと思う。

ベースランニングのタイムに、内野守備、外野守備、そしてバッティング。
順々にこなしていく。
息子の不安材料は、打撃の不振だったのだけれど、バッティングでは、試合中にはまったく出たことのないようなセンター越えの当たりなどが飛び出し、とりあえず、力を出し切った感じ。
これで落ちても、絶対にほめてやろう、と思った。

トライアウトの途中では、息子と仲良しの我がチームのエースで主砲ザックが、「あいつ、どうだった? うまくやってた?」 と私に声を掛けてきた。
トライアウトが終わったら、何人かのパパが駆け寄ってきた。
「息子さん、今日のバッティング良かったねえ。本当に良かった!」

ことほどさように……。
周囲が息子のことを心配してくれていたのだ。
まあ、今の現役選手のうち誰が落ちるかというと、息子は間違いなく3本の指に入るし、もしかしたら2本指にも入るかもしれないし、もっと正直に言うなら1本指にだって入っちゃうかもしれない。
そういうポジションに今、息子はいるのだ。

挑戦者が10人であろうと、50人であろうと、よそのトラベルチームで物足りなくなって、「もっと強いチームでやりたい」 と我がチームを受けに来るような実力派が2〜3人いたら、息子は間違いなくはじき出されるのだろうし、そういうヤツが誰もいなければ、息子はこのチームに居残るんだろう。
毎年のトライアウトの目的も、「一から選手を選び直す」 というよりは、「もっと強い選手を1〜2人取って現チームを補強したい」 というようなものらしい。
トライアウトの出来不出来とは別のところで、合不合格が決まるんだろうから、息子がトライアウトで実力をきちんと出し切れたからといって、結果のほうはまったく見えない。

それでも。
この秋、息子が、この世で一番好きだったはずの野球をストレスに感じ、プレッシャーにつぶれそうになったり、思い悩んで苦しんだりしてきたのを、目の当たりにしてきた親としては、無事にトライアウトに挑戦できたことだけでもう十分だ。
息子自身が一時は 「受けたくない」 と言ったし、
夫や私のほうも、「たとえ息子が受けたがっても、もうトライアウトは受けさせないほうが良いのではないか」 とまで悩んだ。
何しろ、練習や試合のたびに、胃痛や腹痛はもちろん、最後は片頭痛発作らしきものまで出始めたのだ。
「チームを去ることを、息子に判断させるのは無理だ。親が無理矢理でも、このチームから引っぺがしてやったほうがいいのではないか。野球が楽しめなくなるほど、強いチームにいるよりは、楽しめる野球をさせてやったほうがいいのではないか」 なんて、夫婦で何度も話し合った。
一方で、「トラウアウトにたとえ失敗したとしても、いや、失敗するならば、なおのこと、挑戦させて、自分なりに精一杯力を出し切って、それで力及ばなかったという現実を見つめさせるべきだ。挫折する経験こそ大切だし、今ここで、困難から逃げさせてはいけないのではないか」 とも思ったし。
でも、頭やお腹が頻繁にいたくなり、夜は溜め息をついてばかりの息子を見ていると、「挫折の経験は大事」 なんてきれい事は吹き飛び、心はいつも揺らいだ。

だって、私自身、小学生時代にこんな競争社会に身を置いたことはなかったもの。
中学時代だって、ピアノの練習を理由に部活を辞め、しばらくすると、部活を辞める理由だったはずのピアノすらやめた。干したての布団に寝転がって、ポテトチップスをぼりぼりとほおばりながら、好きな本をだらだらと読んでいるだけの、「帰宅部」 だった。
振り落とされるかもしれない試験を受けたのなんて、せいぜい高校受験が初めてで、それも成績だけは良かったから、落ちることなんてまったく想定してなかった。
「落ちるかも」 と緊張しながら何かに向かったのなんて、実は大学受験が初めてだったのだ。

そんな自分の軟弱人生を振り返ってみると、「人生なにごとも挑戦」 とか、「困難から逃げてはいけない」 なーんてエラソウなことはとうてい言えないのだった。部活をやめた時も、ピアノをやめた時も、黙って口をはさまないでいてくれた両親には、ただただ感謝あるのみ、だ。
などと考えていると、やっぱり、小学生のうちから、こんなプレッシャーの強い空間でスポーツをさせることが親として本当に良い選択なのか、まったく分からなくなってきてしまう。

結局、私も夫も、息子に対して、「トライアウトを受けるの?」 とか 「どうするの?」 とか、あえて聞くのをやめた。
その時が来れば、本人が決める。
それを親はただ、静かに待っていればいい。
悩んだすえに、そんな境地にどうにか立ち戻った。

そしてトライアウトの日の朝を迎えた。
「怖いな……」
息子がつぶやいた。
それで、本人の心は、トライアウトを受けることでもうとっくに決まっていたのだと、私は知った。
だから私も、当たり前のような顔をして、トライアウト会場に連れて行った。
「挑戦することに意義がある」 なんて、随分なきれい事だと思ってきたけれど、それでもやっぱり、挑戦することには意義があるのだと信じたい。

トライアウトに挑戦する少年たちは誰も必死だった。
普段足の遅いクリスが、死にものぐるいでベースの間を走り抜けるのを見た。
息子とともに 「打順最下位グループ」 仲間だったマイケルやアズラが、大変な緊張と戦いながらボールを追うのも見た。
一方で、登録を終え、ゼッケンももらってから、「やっぱり受けたくない」 と言いだし、どうにかなだめすかせて受けさせようとする両親から走って逃げた子すらいた。
それぞれに戦う11歳なのだった。

息子よ。
そして、トラウアウトに挑戦した24人の子どもたちよ。
本当に本当に、よく挑戦したね。
あとは、静かに、結果を待とう。

★われ大いに笑う、ゆえにわれあり (著・土屋賢二)

★われ大いに笑う、ゆえにわれあり (著・土屋賢二)

正直に言ってしまうと、私はかなり、哲学者という存在に弱い。
別に、なんとなくカッコイイ感じがするから、とか、ものを考えてそうだから、とかいうんじゃなくて、実際に、すごい言葉を持っている人が多いからだ。
私がこっそり、心の師と仰いでいるのは、鷲田清一さん。
彼にはインタビューもしたし、彼の本の書評もブログに書いたりした。

でも今回ご紹介するのは、「笑う哲学者」 の異名を取る、土屋賢二さんのユーモアエッセイ。
初版96年の本で、文庫もとっくの昔に出てる。でも私は最近読んだ。
歌の発表会を前にして、身につまされるくらい、面白かったので、久しぶりに書評に残しておくことにした。

その名も、「趣味は苦しい」 と名付けられた一章がある。
土屋氏の趣味は、ジャズピアノである。とんでもない労力と時間と金を費やしてきた、と書く。
さらに、

金と労力を奪われるだけならまだいい。問題なのは、それだけ苦労しても苦しみしか得られないことである。

と来る。
発表会を前に、おろおろしている私なんかもうここで、拍手喝采、である。

苦悩は大きくなったり小さくなったりしながら、結局は次第に大きくなって行く。絶望の淵からはい上がっては、もっと深い絶望の淵に沈むという経験を繰り返しているうちに、劣等感が身体にしみこみ、性格は暗くなる。ついには、芸術的能力がないくせに性格だけ 「芸術家タイプ」 という、最悪の人間になってしまう。

だって。
またしても、「性格だけ 『芸術家タイプ』」 というところに、膝を打ち、思わず大爆笑。
おまけにここまで書いておいて、次はこうだもの。

金と労力を奪われながら苦しみに耐え、絶望的努力を続けているのをふりかえってみるたびに思うのだが、もしこれが仕事だったら、とても耐えられないところである。つくづく趣味でよかったと思う。

ははは、この一文、色紙か何かに書いて、額縁に入れて、ピアノの前に飾っておきたいよ。
たしかに、つくづくピアノや歌が趣味で良かった。
なーんて思えば、発表会なんかも、頑張ってみようかな、という気持ちになれるじゃあないか。
……って、そうでもないんだけどね。
やっぱり怖いし、しんどいぞ。

さて、土屋さんは 「趣味は苦しい」 の一章の後に、続けて、今度は 「趣味は楽しい」 という文章も書いている。
今度は一転、趣味がいかに楽しいものか、というのをものすごくシニカルに綴っている。
なるほど、今度は 「趣味は楽しい」 と書きたいんだな、と読者に思わせたところで、いきなり、文章が思わぬ方向に走り出す。

さらに深くこの趣味を追究していくと、そこには、単純な喜びの域をはるかに越える、すばらしい体験が待っている。それは、偉大な苦悩の体験である。(中略) 大芸術家や名スポーツマンが味わっているのと同じような高尚な苦悩なのである。

………ははは、また苦しみの話かよ。
しかし、土屋さんの指摘するのは、もっともだと思う。ただの趣味で、ものすごく低レベルであったとしても、真剣にやっている者にしてみれば、結局自分の実力に最後まで満足できないものだ。
土屋さんは、「その苦悩の大きさは一流の音楽家と比べても遜色ない」 というのである。

つまり、土屋さんが 「趣味は楽しい」 と説く理由とは……。

このように芸術的創造の苦悩を一流音楽家と共有する、これほどうれしいことがあるだろうか。ただ、はっきり、うれしいと思ってしまうと、苦悩でなくなるところがつらいところである。
一流になりきっていくにつれて、苦悩も深く大きくなってくる。何も知らない他人から見ると、「実力もないくせに何を好きこのんで苦しんでいるのか、まるで金を払って拷問してもらっているようではないか」 と思われるだろう。しかしこのように辛酸をなめればなめるほど、一流に近づいたような気になるのである。一流になったつもりになるためには、苦しみまで含めて模倣することが必要なのである。
音楽とか野球のような、なんの役にも立たないことのために絶望するという体験は、他では決して味わえないものである。ありがたいことに、実力がない者でも、このような貴重な体験が得られるのだ。
一流との違いは、わずかに実力の差だけである。


いやはや、やっぱり土屋さんはすごい。
発表会を前にして、私が、ウンウンとうなりつつ、苦悩を楽しんでいる状態の浅はかさをこうも見事に喝破されちゃうともう、開き直るしかないわー。
下手くそなりに、苦悩しながら、楽しんでやるぞ〜、って気にもなってくるじゃあないか。
やっぱり、哲学者ってなんとも怖い存在だ……。

またやるのか、発表会>じぶん。

ピアノの発表会の前は、いつも後悔した。
「ああ、どうして、出ます!なんて言っちゃったんだろ。やめりゃ良かった。こんな苦労するなんて。だいたい楽しむために始めた趣味で、なんで、こんな思いをしなきゃならんのだ。ああ、私ってなんと、アホなんだろ〜っ」 と。

それなのに、人間は考える葦である前に、繰り返す葦なんだろーな。
また、やってしまうのである。発表会。
それも今度は、声楽。ソロ。
ははは、逃げ場はもう、ありません。

曲は2曲。
以前、ああだこうだ書いた、ヘンデルの Lascia ch'io pianga。
で、次にサウンド・オブ・ミュージックから Climb Every Mountain。
「ちょっと待て。イタリアの古典と、アメリカのミュージカル。いくらなんでも、節操なさ過ぎではないか」 と思われた方はきっと正しい……。
でも私の中では、「囚われの身の信仰の篤い女性が、自由に恋い焦がれ、神に祈る」 という Lascia ch'io pianga と、「あきらめず、すべての山に登りなさい」 というClimb Every Mountain は、言語も違えば、時代も違うというのに、「問いと答え」 という形で結構完結できてるのよね。

だからとりあえず、現段階ではこの2曲を、違和感なく、同じ気持ちで、でも別の居場所から、歌えています。

ただし、歌自体 (というか、発声および響きやら呼吸やら、イタリア語の発音やら、つまり歌に絡むあれこれ全部) は、「多少難あり」 ではなく、「多いに難あり」 で、これはもう、あと10日ではどうにもなりそうにありません。
ははは。そうなんです。
あと10日しかないのねえ。

特に1曲目のイタリアものは、難物です。
あれこれ試してみたけれど、結局落ち着いた結論はこれ。

「正しい姿勢で、正しい呼吸で、正しい発声で、ていねいに歌う」 プラス 「常に息の流れや響きの流れを止めない」 の基本をがちっと固めることでしか、とうてい表現しきれない世界があるらしい。

気持ちが先走っても、ちっとも伝わらないし、下品になるし。
哀しみと、信仰心と、誇りと、喜びと、苦しみと、確信とを、同時に表現するなんてことが、人間にどうやれば可能なのかよくわからんけれど、この曲はつまり、どう考えても、そういう曲なんですよね。

ピアノの発表会の前には、ピアノがピアノであることを嘆いていたように思う。
「会場のピアノが、練習してるピアノと違うなんて、なんてハンディーを負った楽器なんだろう」 とか。
でも、今から考えたら、なんと愚かだったんだろう。
ピアノは、まだいい。
私が風邪をひこうと、緊張しようと、何をしようと、楽器はちゃんと音を出してくれるもの。
声は怖い。
ある朝、突然声が出なくなってたらどうしよう……、なんてことを、時々想像しては、一人びびっている。
もっと怖いのは、緊張することだ。
緊張すると、人間の声帯って、手巻き寿司の海苔がべたっと喉の奥に張り付いたみたいな感じで、どうにもこうにも動かなくなる。ほんとに冗談じゃなく、声がべたっと出なくなる。
一度、コーラスの舞台でアンサンブルをやった時、そのような経験をしている身としては、ましてソロの初舞台となった時、自分がどこまで緊張するのか、想像するだに恐ろしい。
もはや、未体験ゾーンだ。

まあ、それでも。
40代で、未体験ゾーン に挑戦できる人生って、きっと幸せなんだろうな。
 

我が家の新型インフルエンザ (の疑い) 体験記

感染元は、たぶん、私。
なんとなく、そういう確信があったりする。
でも、確証はない。
なぜなら、私、1週間も倦怠感が続いたというのに、まったく熱が出なかったから。

始まりは、金曜日の朝だった。
朝起きたら、喉がいたい。身体がだるい。
その日は大事を取って、1日、家でゆっくり過ごした。まあ、これで治るだろ、と思っていたんだけど。
土曜日になると、喉の痛みは取れていた。残るのは、倦怠感と寒気だけ。鼻水も咳もない。もちろん熱もない。
ちょっとした風邪かなあ。
そんな感じである。

その日の夜は、お友達のおうちでホームパーティーの予定だった。
息子も楽しみにしているし、私ももちろん楽しみにしている。
まあ、咳もしてないし、風邪かどうかもわからないし、ちょっと疲れが出たのかな、くらいに安易に考え、パーティーに参加した。

さて。
その夜のことである。
まず、息子が熱を出した。微熱。でも、かなりしんどそうだ。
「明日は野球の試合がダブルヘッダーなんだから、急いで寝なきゃ!」 と、家族して大急ぎで寝たわけだけど……。
翌日曜日。
息子は朝から、38度5分。
この時点で、野球の試合は2試合ともお休み決定。
私のほうは、相変わらず熱なし。
その日の夕方、夫が 「俺も熱っぽいかも」 と言い出した。
このあたりで初めて、「いわゆる新型インフルエンザってヤツじゃないか?」 と疑った。
たまたま、夫の会社から配布されていたタミフルが我が家にあったこともあり、あれこれ考えた末、医者に行く前に飲んだ。
40度に達していた息子の熱は、多少の妄想と大騒ぎと大量の鼻血の末、引いていった。
夫の熱は結局、37度ちょっとしか出なかった。
そして、たぶん感染源の私は……結局、一切熱が出なかったのだった。

翌月曜日。
とりあえず、かかりつけの医者に行った。
医者曰く、「いやあ、うちじゃ、インフルエンザの簡易検査キットがないんですよ〜。症状からいうと、インフルエンザかもしれませんねえ。発熱しないインフルエンザ? ありますよ〜。とりあえず、タミフルと、それからインフルエンザじゃなかった時のための抗生物質を処方しておきますから」。

………。
なんか妙にテキトーなのだった。
結局、インフルエンザかどうかまったく分からぬまま、タミフルを処方された。
ちなみに我が家は無保険なもので、タミフルは1シート90ドル。
つまり、1粒9ドル、ですな。

家族で神妙な面持ちで、1粒9ドルのタミフルをつまみ上げれば、なんとももの悲しい気持ちになる。
「9ドルかぁ」
9ドルで何が食べられるかなあ、とあれこれ考えてしまう私。

それにしても、一番ショックだったのは、土曜日に遊びに行った先のご家族全員にうつしてしまったってことだ。そのせいで、友人一家は楽しみにしていた日本語補習校の運動会に出られず、おまけに、ご主人は出張がダメになり……。
ああ、なんという迷惑をかけてしまったんだろう。
日本のインフルエンザ騒動を多少哀しい気持ちで見つめながらも、「重症化しやすい人たちにとっては本当に大変な病気なのだから、絶対に他人にうつさないよう、慎重に行動しよう」 と決意していたのに。
結果的には、家族を含め、何人もの人にうつしてしまったことになる。
せめて熱が出ていてくれたら。
インフルエンザかも、と考え、絶対に他人の家なんか行かなかったのに。
軽い風邪以下、みたいな症状なのに、インフルだなんて。
随分と落ち込んだし、悩んだのだった。
熱でも出ていれば、悩む体力的余裕もなかったんだろうが、下手に元気だったせいで、余計に悩んだのだった。

息子は火曜日の朝に熱が引いた。
念のため、水曜、木曜、と休ませ、金曜に学校に行かせた。
野球に関しても、木曜日まで試合も練習も休ませた。
「誰かにうつしてはいけないから」 と念には念を入れたというわけ。
日本の厚生労働省などの情報で、「熱が引いてから48時間」 って知識はあったので。
ところが、後日、学校からこんなメールが。
「熱が引いて48時間でなく、24時間です。もっと早く登校させてもよかったのに!」

あれれ、日本の学校だったら、長く休ませたほうが 「ご配慮に感謝します」 とか言ってもらえそうなものなのになあ。
やっぱりこのあたりは、大らかだ。
実際、調べてみると、米国CDCのホームページでも、「熱が引いて24時間は自宅待機」 とある。日本では確か、「最低でも熱が引いて48時間。望ましくは、症状が出てから1週間」 じゃなかったっけ?

いずれにせよ、私としては結果的に、この 「新型インフルエンザ(の疑い)」のお陰で、たっぷり1週間、熱もないのに自宅でゴロゴロと過ごしたのだった。

アメリカではいよいよ、新型インフルエンザで 「国家緊急事態」宣言が出された。
死者はすでに1000人を超えているそうだ。
そりゃそうだ、と思う。
実際に他人に感染させてしまった者としての実感だけど、この病気の感染力はハンパじゃない。
おまけに、私みたいに熱が出ないケースもあれば、簡易検査キットで陰性と出ちゃうケースだっていっぱいあると聞く。(ちなみに、私が感染させてしまった友人一家は、検査で陰性だった)。
「まさかインフルじゃないよね」 などとたかをくくっているうちに、あっちこっちでウイルスをばらまきまくる、なんてことが、あっちこっちで起こっているんだと思うな。

もちろん、あれが新型インフルだった確証はない。
それでも。
目下、息子のクラスで新型インフルが猛威をふるっているというのに、息子はまったく平気だし、この前は私、新型インフルに感染中の女性と3時間ほど談笑しても、やっぱりまったく平気だったし。
こりゃもう、どう考えても、当たりだったよな、と思うわけなのだった。

夏のイエローストーン&グランドティトン

もはや2カ月以上も前の話なので、ざくっと簡単に。
8月に1週間、グランドティトンとイエローストーンという2つの国立公園に行ってきました。
近くのジャクソンホールという街でレンタカーを借り、

1日目:グランドティトンでトレイルをハイキング。野生動物観察、ジェニーレイクでカヌー。
2日目:早朝、グランドティトンで乗馬。
その後、イエローストーン入りして、超有名なオールドフェイスフルガイザーなど間欠泉見学。
3日目:イエローストーンのマンモスカントリーに移動し、テラスマウンテンを見学した後、温泉がわき出て川に流れ込んでいるところで、水着をきてゆったり入浴。
4日目:早起きしてラマーバレーに動物を見にいく。何度も熊を間近で見る。バイソン(バッファロー)はもう、飽きるほど見る。さらにキャニオンカントリーでトレールを歩いたり、滝を見たりした後、イエローストーンレイクの宿へ。
5日目:一路、グランドティトンへ。メナーズフェリーなど、19世紀末の人々の暮らしの跡を見にいく。
6日目:家族3人して生まれて初めてのラフティングに挑戦。

盛りだくさんで、移動距離も長いし、ちょっと無理し過ぎかな〜、と思ったんだけど、思いの外、満足度の高い旅行でした。
野生動物も、エルクやムース、プロングホーンにミュールジカ、グリズリーベアにブラックベア。見たいものはほとんど見たって感じ。

blogバイソン


小高い位置から平原を見渡した時、私や夫が 「動物、全然いないねー」 なんて溜め息をついている時、息子一人が、「へ? あそこに2匹、エルクがいるし、あっちはミュールジカじゃない?」 なんて言う。
恐ろしい視力。
とても現代人とは思えない。
……ってやっぱ、勉強してないから、小学校5年になっても視力が落ちないのよねえ。
ははは。

そんなわけで、息子の視力に頼りっぱなしの野生動物観察の旅なのでした。

私としては、もっとも思い出深いというか、一生忘れないだろうと思うのが、乗馬。
乗馬自体は、モンゴルでも、中国でも、ほとんど安全性確保とかいう概念を無視した、素人には恐ろしすぎるような乗馬をすでに体験済みなので、アメリカの、きちんと管理された、前と後ろにきちんとガイドの付くような乗馬など、お茶の子さいさいだったわけですが。
思わぬ伏兵がいたのです。

それは……。

尿意。

朝食でさんざ紅茶のお代わりをしまくったことが、思わぬ結果を呼ぶことになった。
念のため、乗馬の前に2度もトイレにいったのに、哀しき40代女の膀胱は思った以上に脆弱だったのよね。
乗馬ツアー開始からわずか30分もしたころ、「う、まずいかも……」。
1時間に至る前に、すでに、「ああああ、もうダメ」 状態。
でも、2時間半予定のこの乗馬ツアー、一切、下馬は許されておらず、つまりトイレ休憩なども一切なし。というかそもそも、乗馬用トレールは、トイレももちろんなし。

おまけに、乗馬という行為自体、哀しき膀胱をなんと刺激することだろう!
あ、あかん。
絶対に、これはもう乗り切れない。
覚悟を決めて、「すみませーん、トイレ行きたいんですけど」 とこっそりガイドさんに伝えたかったんだけど。
それすらできない。
なぜならば、ガイドさんは先頭と最後尾にいるだけ。
私が先頭のガイドさんに声を掛けようと思ったら、それはもう、大声で、

すみませーん。トイレ!

と言うしかないシチュエーションだったわけ。
不幸中の幸いだったのは、先頭のガイドさんの後ろが息子で、その後ろが私、という絶妙な位置関係だったこと。
私は日本語で息子に頼み込んだ。

「申し訳ないんだけどさ、非常事態なわけよ。先頭のガイドさんにこっそり、英語で、『母ちゃんがトイレに行きたいっていってるんですけど』 と伝えて……」

息子は 「まったくもう!」 という顔で、それでもあっさりガイドに伝えてくれたのだった。
「My mom wants to go to bathroom...」
そしたら、ガイドさん、びっくりして、
Are you kidding me?


と、あまりの反応……。
息子はその瞬間、大声でこう否定したのだった。

Not me!! My mom!!!

そうですよ、ふん!
トイレに行きたいのは私ですよ。ふんふんふん!

結局、ガイドさんは一瞬の休憩中に、「あの草むらあたりでどうかしら」 と私を馬から下ろしてくれたのでした。あとで夫と息子に聞いた話によると、息子、私、夫と並んだ後ろにいた少年が、「あれれ、あのおばさん、どこに行ったの?」 とガイドさんに聞いたらしい。そしたら、ガイドさんがぶっきらぼうに 「トイレ」 と一言。
少年は、「ああ……」 と口ごもり、ぷっ、と少しだけ笑ったらしい。

まあねえ。
「そのへん (公共の場所である屋外) で済ます」 というようなことに対しては、大変厳しい国だから。「酔っ払いの立ちションベン」 なるものが、社会的に絶対に許されないような国だから。
結構まずかったと思う。
反省。

私はといえば、草むらの中で至福の時を過ごしつつ、ただただ息子に感謝したのだった。
それも、これがもし1年前であったなら、恥ずかしがりでプライドの高い息子が、初対面のガイドさんに英語でトイレの話などしてくれたとはとうてい思えず、いやはや、息子の成長のお陰で救われたよ、としみじみしてしまったのだった。

それにしても。
女の膀胱は、なんと不条理にできているんだろう。
年に一度の夏の家族旅行の一番の思い出が、尿意との戦いだったなんて……。


Here I am. Still alive...

はっ!

と気づいた時にはもう、このブログを1カ月も放置していたのだった。
理由はあれこれ。

(1) 純粋に忙しかった

「週刊ポスト」の連載のネタ探しで気持ちがいっぱいの上、社会学者の土井隆義先生との往復書簡形式を取っている季刊誌「青少年問題」の締め切りが迫っており。
おまけにカレッジの先生は案外厳しく、私の書いたレポートにA評定をくれつつも、 「もう少し課題にconformしてくれないかな」 とか 「せめて3枚におさまるように書いてもらえないか」 などといちいちコメントしてくるものだから、妙に意地になってしまい、2〜3枚のペーパーのために参考文献を2〜3冊読むようなところに自分を追い込んでしまい (英語の本を読むのは、日本語の本の10倍ほど時間がかかります……)。
さらにさらに、息子の野球の秋シーズンの送り迎えと、日本の塾の宿題 (他人にやらせるより、自分がやるほうが100倍楽だし、早いよ。とほほ) などの時間管理。
来る11月のサンクスギビングの旅行と、正月旅行の両方のアレンジ (私は、我が家のツアコンと呼ばれています)。
時間がないというより、心の余裕がなくなって、「あれも書きたい」「これも書かなきゃ」なんて思っているうちに、1カ月が経ってしまったのでした。

(2) 新型インフルエンザ(の疑い)にかかった

たぶん、今頃店頭に並んでいる週刊ポストあたりに、我が家の新型インフルエンザ体験記を書いているのですが。
これは別途、アップします。

(3) 息子の野球スランプをきっかけに親子して悩んだ

夏以来ずっと続いている打撃不振問題と、秋の終わりに控えている今のトラベルチームのトライアウト(選抜試験)を受けるかどうかなどについて、息子が激しく悩み始め、大変ストレスをためているのを傍らで見守ることしかできず、これまでみたいに脳天気に、野球話をアップできなくなってしまったのでした。

とりあえず、青少年問題の原稿も仕上げ、カレッジの中間試験も終わったし、レポートもこれまでにやるべきことはすべてやり、「野球」をめぐる悩みは現在進行中としても、もはや悩んでいる状態にすっかり親子で慣れてしまったもんだから、再びブログ更新を再開いたします。

メールなどで、「大丈夫?」「忙しいの?」などとご心配くださったみなさま。
色々とご心配をお掛けいたしました。
数日前には無事、結婚14周年、というやつも迎え、ワインなどをかっくらい、飲む方も食べる方も、それから書く方も、元気にやっております。


ジョージ・ブッシュの運転……

息子が音楽の宿題をしている。
なにやら、音符を読んだり、書いたりする練習らしい。
息子は学校で楽器プログラムに参加していて、トランペットの練習をしているわけだけれど、何しろ、ピアノだのバイオリンだのを幼少期から習っているお子さんと違い、そういう素養が一切ないため、はっきり言って楽譜がまったく読めない。

ト音記号もヘ音記号も知らない。
ドレミファソラシド、という言葉は分かるし、それに対応する英語として、

CDEFGABC

というのも分かっているけれど (英語読みするので、「エービーシー」 なのです。決して、「ツェーデーエー」 とか読んでるわけじゃあ、ありません!)、

たとえば、ト音記号のついた楽譜に、ファの音符を書け、とか、ドの音符を書け、とか言われると、まったく一つもできないありさま。
帰国したら大変だろうなあ。
中学校の授業でも、音楽ってついて回るんだっけ?
ああ、不安。

そんな息子が、五線紙に、必死で楽譜を書き込んでいる。
が、なぜか妙なことを口にしているのだ。

Even George Bush Drives Fast...

な、なんだ?
なぜ音楽の宿題に、ジョージ・ブッシュ前大統領 (あるいはパパブッシュの元大統領?) が出てくるわけ?

息子に聞いたら、こういう図を見せられた。

blogABC.jpg

これ、五線紙に、英語のドレミファソラシドを落としたものなんだけど。
この右側の列、つまり、EGBDF (ミソシレファ) を覚えるゴロ合わせなんだって。

Even George Bush Drives Fast……

いいのか、こんなことで?
音符覚えるのに、大統領まで引っ張り出してきていいのか (それも、子どもが、President Bush とかではなく、George Bush とか呼び捨てで……) という問題もあるけど、それ以前に、
こういう音符の覚え方でいいんだろうか……?

左側の FACE (ファラドミ) は単に face(顔) と覚えるらしい。

息子は、Even George Bush... の E (つまり低い方の 「ミ」) と、
Face の E (つまり1オクターブ高い 「ミ」 ) との関係すら分からず、

「ジョージ・ブッシュですら、速く運転するんだぜ」

とか、やっているわけで。
ああ、暗澹……。
帰国後の音楽の授業で落ちこぼれていく様子がまざまざと見えるようだ〜っ。

ちなみに、この手の語呂合わせは、ジョージ・ブッシュだけじゃないらしい。

Every Good Bird Does Fly あたりはキレイよね。
Empty Garbage Before Dad Flips  は、妙に光景が想像できて笑える。

ほかにも何個も似たような語呂合わせはあるらしいのに、それでもなお、音楽の先生は、子どもにとって一番印象的で、覚えやすいものとして、ジョージ・ブッシュを選んだのだ。
そこのところが、やっぱり、笑えるのだった。

アサーティブな私

息子の野球は、秋シーズンが先週からスタートしている。
忙しくて、なかなか新エントリーをアップできないでいるのだけれど、その前に一つだけ。
実は、この秋シーズンの前に、監督兼コーチのルーに、悩んだ末、メールした。

春のシーズンは、いろいろと考えさせられるシーズンだった。
「考えさせられる」 は、かなり穏やかな表現であって、ホンネを言うなら、「かなり嫌な思いもしたシーズンだった」 というべきかもしれない。

春を簡単に振り返ってみると……。
「勝つためのチーム作り」を合言葉に、それまでの成績によって打順が毎回代わり、打順の上がり下がりに子どもも親も一喜一憂するようになった。
その中で、自分の子どもがないがしろにされていると感じたドリューのパパが、試合中にトッドコーチに食ってかかり、侮辱し、それが原因で、ドリュー一家がまずチームを去った。
おまけに、それをきっかけに、トッドコーチも、「これ以上、このチームのコーチはできない」 と去ってしまった。
プロのコーチを欠いたまま、チームとしては、それでも夏のトーナメントを全勝し、トロフィーをいくつも手にしたわけだけれど、トッドコーチのなき後、選手の起用に関して、パパコーチ陣に抗議しまくる親 (具体的にはショーンのパパとライアンのパパ) が続出。
私は、声を荒げてルーに食ってかかる、ショーンのパパやらライアンのパパを見て、「ウソだろー。日本だったらありえない〜」 と呆然とするしかなかった。
心のどこかで、「あんなことしても逆効果だろうに」 とすら思っていた。
だって、日本の常識だったら、あそこまで険悪なムードで口論しちゃうと、感情的なしこりが残ってしまって、逆に選手起用に悪影響を及ぼしそうだもの。

ところが実際には違った。
ショーンのパパ、ジョンは結局、先々のことを見通して、この秋からチームを去ったけれど、少なくとも激しい抗議をしてからチームを去るまでの間、ショーンが内野を守ったりする機会は圧倒的に増えた。
ライアンもそうだ。
ちょっと何かあると、必ず、「これはルーに文句を言わなきゃ」 と行動を起こすのが、ライアンパパのマークなんだけれど、その効果があってか、他の選手が順番にベンチで控えに回っているような時ですら、ライアンがベンチに戻されることがほとんどなくなった。

結局、言ったモン勝ちなのかよ。

そんな思いが、どうしても残った。
というか。
私や夫が、日本の常識を引きずって、「コーチに子どもの選手起用のことで文句をつけるなんて」 とか思っているうちに、結局、「モノを言わない親」 の子どもである息子がワリを食っているのではないか、と自問自答の日々だったのだ。

日本では、手弁当で子どもの指導にあたってくれているパパコーチたちに、ねぎらいや感謝の声をかけることはあっても、抗議するなんてありえない。
いや、もしも、何か意見することがあったとすれば、それは、「チーム全体の話」 として、保護者会などで話し合う程度だろう。
まさかまさか、自分の子どもの起用やらポジションのことで、たとえば 「どうしてうちの息子の打順7番なんだ!? (実際にショーンのパパが言ったとされるセリフ)」 なんてこと、絶対に言わないと思う。

そういう 「日本の常識」 がまず何より邪魔をした。
おまけに、ショーンのパパやら、ライアンのパパやら、カッtとなって怒りにまかせて自己主張するパパの姿を見ていると、日本人の私としては、ただひたすらに、ルーが気の毒で、これ以上、彼の心労を増やしてはいけない、とかそういう風についつい考えてしまったわけだ。

が、段々と分かってきた。
ルーは、日本人の私が思うほどには、全然こたえてないのだ。
その場その場で、誠実に対応する、という姿勢だけは常に崩さないけれど、もっともっとしたたかで、冷静で、おまけに、切ろうと思ったら躊躇なく相手を切り捨てる。
さすがは年間何百万ドル (たぶん) も稼ぐ敏腕弁護士である。(ってことは関係ないけれど)

そんなわけで、ルーのことは心配しなくてもよさそうだ。
となれば、文句をつける、という形でないにせよ、もう少し、ルーとコミュニケーションを取り、私や夫が悶々と考えてきたことをきちんと伝える努力はしたほうがいいのではないか。
そんな風に考えるようになった。

悩んだ末に、口頭ではなく、メールにした。
相手を目の前にして、口頭でしゃべりだしたら、きっと 「和を重んじる」 日本人の私のことだ。
思ったことの半分も伝えられない可能性があるもんね。

ルーに送ったメールはこんな感じ。

秋シーズンが始まる前に、一つだけ伝えたいことがあります。
バントについてです。

春シーズンから、息子は自宅で黙々と練習を続けています。最低100回の素振りを毎日。トスバッティングも。今や、息子のバットのペイントは、打撃練習の結果、ほとんどはがれ、色すらありません。
それでも。
まだ結果を出せていません。

今息子に必要なのは、結果であり、結果から得られる自信です。
息子は、ラインドライブを外野に打ちたいのです。
そう。あなたの息子、ザックがやっているみたいに。

息子にしろ、私たち親にしろ、バントが大切な戦術であることは理解しています。
だからこそ、息子は、あなたのバント指示に嫌な顔一つしたことがなかったはずです。
息子は、バントを成功させ、仲間のランナーを進められた時はうれしそうだったし、息子にしろ私たちにしろ、コーチ陣の判断は常に尊重してきたつもりです。

しかしながら。
もしも、息子にバントではなく、ヒッティングのチャンスを与えていただけたならば、打撃不振にもがいている息子の大きな手助けになると思います。
もしもその打席でヒットを打てなかったとしても、その失敗から彼は何かを学び、次につなげていくでしょうから。
息子自身も、少しでも自分のバッティングを改善するために、1回でも多く、打ちたがっています。

僅差の大事な試合だとか、一回負けたらお終いのトーナメントはともかく、これからの秋のリーグ戦の普段の試合では、各選手の技術向上のためにも、バントではなく、ヒッティングのチャンスを与えてやってもらえないでしょうか。

もちろん、選手の起用や戦術に関する一切の判断をするのはコーチ陣であると分かっています。私たち家族はそれを尊重するつもりでおります。
ただ、今回こうしてメールしたのは、私たちがどんな風に考えているかを、できるだけ誠実に、あなたにきちんとつたえたいと思ったからです。


英語でアサーティブになるのは、ものすごい難しい作業かと思ったけれど、やってみたら思いの外、簡単だった。
結局、私が乗り越えなければならなかったのは、英語の壁ではなく、「こういうことを親がスポーツチームの監督に主張するなんて!」 という日本の常識のほうだったってわけだ。
ひとたび、そこを乗り越えてしまえば、言葉の壁のほうがずっとずっと低かった。

英語表現についても、最初は、「アメリカ文化において、どの程度の言い方が一番ちゃんと伝わるんだろうか」 とか 「もう少し宴曲なほうがいいのか、あるいはストレートなほうがいいのか」 とか悩むかと思ったのだけれど、実際に英文を書き始めてみて、「ああ、私の英語力じゃ、ものすごく宴曲な言い方とか、そんな凝ったことできるわけないじゃん」 と気づいたのだった。

そもそも、私の性格上、アサーティブであること自体は、実は簡単なんだよね。

思えば、日本にいる時、学童保育か何かの保護者会でこんなことがあった。
私が何か意見を述べた後、「ほかに意見はありませんか?」 と司会役が聞いたのだけれど、ほかの人は何も言わなかった。
で結局、私が言ったことがそのまま通っちゃった。
ところが、後でこんな風な話が耳に聞こえてきたのだ。

「もっと広く意見を聞いてほしかった」 
(……って、聞いてたじゃん)
「あんな公の場所で平気で意見を言える人もいるだろうけど、言えない人だっているのに」 
(だったら、なんのための話し合いの場所なのよ?)
「結局、声の大きい人の意見が通ってしまう」 
(だったら大きな声で話しなさい)

あのころの私、「はっきり言えない人」 に随分とイライラしてたっけなあ。
ところが、アメリカじゃ、そんな私が誰より 「はっきり言わない人」 になっちゃいそうなのだ。
いやになっちゃうなぁ、もう。

今まで、ショーンのパパとか、ライアンのパパとか、むちゃくちゃ攻撃的な自己主張の仕方を目の当たりにして、「こんなの、私には無理〜」 と思っていたけれど、何も、そういうやり方だけが自己主張の方法じゃないものね。
単に、アサーティブになれ、っていうだけなら、実はむしろ私、性格的には得意だもの。

結局。
言葉の壁があってもなお、アメリカでアサーティブになるほうが、日本でアサーティブになるよりずっとラクチンなのだと気づいた。
というか、アメリカでは言わなきゃダメなんだよねえ、きっと。
日本では、「意見をいえない人の意見も汲んでほしい」 とか無茶なことをいう 「モノ言わぬ人たち」 に閉口していたはずの私が、アメリカで 「モノ言わぬ人たち」 になってどうするねん!

さて。
メールには、すぐに返事が来た。

メールありがとうございます。誠実で建設的なアプローチに深く感謝いたします。
あなたのおっしゃるよう、これからの秋シーズンのリーグ戦は、春のリーグ戦や夏のトーナメントとは性格を異にします。秋シーズンは、勝敗よりも、1人ひとりの選手の技術向上に、重点を置く時期です。もちろん勝つことは良いことですし、子どもたちも喜びますが、僕たちコーチ陣はこの秋シーズンをつかって、選手にもっと多様なポジションを経験させたり、バントよりヒッティング重視のサインを出していきたいと考えています。

もちろん、息子さんは 「指名バント打者」 などではありません。
思い切り強いスイングをしてくれれば、ヒットも出ると思います。
試合の流れによっては、バントを指示することもあるでしょうけれど、秋シーズンはもっと打たせるつもりでいます。

繰り返し申し上げますが、率直に伝えてくれて、ありがとう。


おもしろいもので、最近は、英文であっても、ニュアンスというものや、温度というか、その人の人となりというか、思いのようなものをかぎ取ることができるようになってきた。
で、ルーの返事から感じたのは、

「うわっ。やっぱりなんか、彼のメールって、あったかくないのよねー」

だった。
つまり、「秋シーズンはあまりバントさせません」 と書きつつも、過去のことについては、「春や夏は勝つことが目的のシーズンなので、仕方なかった」 と書き、息子にバントを指示したのは、「本人が思い切ったスイングを見せなかったから」 と暗に言っているわけだ。
相変わらず、ガードの堅い文面だこと。
子ども同士が大の仲良しながら、親の我が夫婦は、ルーのこういうところが苦手で、ついつい、もっと分かりやすいショーンのパパママやら、別の親たちと仲良くしちゃうんだよなぁ。

そんなわけで、なんか返事をする気もしなくなり、忙しいこともあって、半日ほど放置していた。
そしたら、驚くことに、さらに追加がきた。

さきほどの最初のメールに加え、もう少し補足させていただきたく、メールしております。僕は本当に、あなたの息子さんに深い愛情を感じております。彼の能力を高く評価してもいるし、彼の目標達成のために、それが可能となるポジションに、彼を起用するつもりでもいます。

あなたの息子さんは、春、そして夏の私たちのチームの勝利に、実に大きな貢献をしてくれました。すべてのゲームにおいて、チームを勝利に導いたことは、彼が誇って良いことだと思っております


たぶん、解釈するに、いつもクイックレスポンスが常である私が、半日以上も返事を寄越さないもので、さすがに心配になってきたらしい。
それで、フォローのメールを、となったのだろう。
なんか、ムチャクチャわかりやすい人なのだった。
でもって、フォローのメールであっても、「愛情」 という言葉を使いながらも、やっぱり、愛情あふれるような文面を書けない男なのだった。

まあ、そういう人だから、トッドコーチ退任の後のあのゴタゴタをどうにか乗り切っても来られたんだろうなぁ。

ところで、ルーは、私への1本目のメールと、2本目のメールとの間に、チームの保護者全員にむけて、こんなメールを送っている。

「秋シーズンは、春シーズンや夏のトーナメントと違って、勝敗よりもむしろ、子どもたちを新しいルール (リード可、振り逃げあり、など) に慣れさせる時期ととらえています。だから、春シーズンより、多様なポジションを守ることになると思います。

私たちのチームは、どの選手、コーチ、親にいたるまで、スポーツマンシップに欠ける行為を行ったり、それが問題とされたことはありません。しかしながら、残念なことに、春シーズンには、他のチームでそのような問題が起こり、それを目の当たりにもしました。ですから、私たちは、いかなるスポーツマンシップに欠ける行為に対しても、『ゼロ・トーレランス(Zero Tolerance)』 のポリシーを採用したいと思います。

もしもお子さんの守備位置や起用などについて何か質問がありましたら、私あるいは他のコーチ陣に遠慮なく伝えてください。ただし、試合直後 (試合中はもちろんのこと) というのは、この手の問題を話し合うのにはあまり適切なタイミングではないと思います。試合の後は双方とも気持ちが高ぶっているし、生産的な話し合いにならないことが多かったので。

常に変わらぬみなさんのご支援に感謝します」


たぶん、私とのやりとりの中でふと、「試合中だけでなく、試合直後に親が文句を言ってくるのも、やめてもらうよう、ルール作りをしていいのではないか」 と思いついたのだろう。
メール自体は穏やかな口調ながら、たとえば、試合直後にルーにかみ付き、延々と30分以上文句を言っていたライアンのパパあたりに、「試合直後は、やめてくれ」 とメッセージしたと思われ。
おまけに、その前に、「ゼロ・トーレランス」 の話を並べて書くことで、トッドコーチ退任以降、「無法地帯」 と化していたチームを立て直そうとしたとも思われ。
やっぱり、監督業って楽じゃないのね。
でもルーは、こういうことをビジネスライクにきちんとできちゃうから、たとえば、頭に来ているライアンのパパなんかに、「ちぇっ。確かに、ルーは頭が切れるよ。切れすぎるね!」 なんて言われちゃうのだろう。

ところで、実は、このバントをめぐるメール話には、後日談がある。
このやりとりから数日後にあった、秋シーズンの初試合。
相手に3点先制された後、0−3で迎えた2回裏攻撃。無死一塁のランナーが出た。
この場面で息子に打順が回った。
シーズン初試合だし、やっぱり大事な試合だし、1点でも返しておかないと始まらないし……という場面で、これはバントサインが出てもしkたないかな、と覚悟したが、結局サインはなかった。

一方、5点差と引き離された後の別の回の攻撃時に、同じパターンで無死一塁のランナーが出たことがあった。監督兼コーチのルーは、迷わず、次の打者であるエバンに初球からバントさせた。
相手ピッチャーの制球が定まらず、最初のランナーも四球による出塁だったにもかかわらず、だ。

もちろん、前者は2回裏攻撃、後者は7回裏攻撃だった、という違いはある。
でも、バントに関して私が例のメールを送っていなかったならば、たぶん、ルーは2回裏のあの場面でも、もっと軽い気持ちで、息子にバントを 「試させた」 気がする。

なるほど、親がこうして意思表示したことで、ルーとしてはもう、「試しにバントでもさせてみるか」 と軽い気持ちで息子にバントサインを送れなくなったのだろう。
だから、ルーが息子にバントをさせること自体は、今後だってもちろんあるだろうけれど、きっと、ルーは、本人や親にきちんと根拠を説明できるような説得力のある場面だけでしか、それをやらないだろう。
なるほど、だから、アメリカでは、親たちがスポーツチームの監督やコーチに、どういう形であれ、きちんと自己主張だけはするのだ。して、損はない、ということなんだろう。

あらためて実感。

結局、言ったモン勝ちなのかよ……。

日本じゃ、「言わないモン勝ち」 とか、「言ったら墓穴を掘る」 ってことが多いのになあ。
というか、それ以前に、小学校5年にも6年にもなった息子の野球チームで、親が出張っていって、自分の子どもの打順や守備位置なんかについて、意見するのって、やっぱり変だと思ってしまうんだけどね。
そんなこと、子どもに委ねてしまえばいいのに。
どうしてもバントしたくなかったら、息子から言えばいい話なのに。

……なーんて思っていたわけだけれど、アメリカでは、いや、少なくとも息子のチームにおいては、親は子どもの起用についてあれこれ口をはさむし、また、コーチ陣のほうも、交通整理ができる範囲であれば、子どもではなく、親からきちんと意思表示してくることを期待しているふしもある。
実際、アメリカでは親の財力、時間的余裕だけでなく、実は、コミュニケーション能力まで、子どものスポーツの成果につながってしまう、という気がする私なのだった。

アメリカで息子がシビアな勝負の世界に入ってくれたお陰で、知ることのできた、一つの異文化コミュニケーションのありようである。

プロフィール

Author:おぐにあやこ
名前■おぐにあやこ
生年■1966年 ひのえうま
仕事■07年秋まで新聞記者。
   仕事を辞めて渡米。
   メリーランド州在住。
   現在、週刊ポストに
   「ニッポンあ・ちゃ・ちゃ」
   を連載中。
趣味■読書、ピアノ、旅、昆虫飼育
目標■ちょっと背伸びして、
    疑問符を感嘆符に変えること
苦手■勧善懲悪
著書■
▼「薬(ドラッグ)がやめられない 子どもの薬物依存と家族」(青木書店)
「ベイビーパッカーでいこう 赤ん坊とザックかついでスペインの旅」(日本評論社)
「魂の声 リストカットの少女たち」(講談社)
「いいじゃない いいんだよ 大人になりたくない君へ」(共著、講談社)
訳書■
「自傷からの回復 隠された傷と向き合うとき」(みすず書房)

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